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「あ、待って……」
奈美はベランダの際で、尻ごみした。
「どうしました?」
ベランダの両脇は、庇を支える壁になっている。
左右からの視線は遮られている。
しかし、前面に広がる芝生に出てしまえば、両隣の庭から見えてしまうはずだ。
「大丈夫ですよ」
ご主人は泰然として、陰茎を勃てたままだった。
ということはおそらく……。
裸で芝庭に出るのは、初めてではないということに違いない。
そしてそれは、ひとりではなかっただろう。
おそらく、奥さまと……。
「裸足で芝生を踏むと、ほんとうに気持ちがいいんですよ。
実は、娘の通ってた幼稚園の庭が芝生だったんです。
参観日には、親たちもその庭に出れたんです。
もちろん、裸足でです。
気持ちよくてね。
それで、ここに植えてあった木々を取り払って、全面を芝生にしたわけです」
ご主人は奈美の手を離し、サンダルを脱いだ。
裸足となった足裏を、芝生に移す。
なんだか、彼岸に渡ってしまったように思えた。
手を離されたが、奈美の足はそこから退こうとはしなかった。
ご主人が奈美の前で向き直った。
「最後の一枚……。
やっぱり、あなた自らで脱いでください。
獣に還る宣言として」
獣に……。
いや、奈美には、獣よりも、もっと身近に帰りたい自分があった。
本性に。
そう、変態という自らのルーツに。
奈美は、スカートのウエストに手を掛けた。
ホックを外す。
しかし布地は、張り出した腰に引っかかったままだった。
布地を掴み、引き下ろす。
ご主人が、奈美の斜め前にひざまずいた。
「わたしがスカート持ってますから」
ご主人の手にスカートを委ねる。
ご主人の肩に手を置き、スカートから片脚を抜いた。
サンダルは履いたままだった。
もう一方の脚も、布地から抜き取る。
ご主人はスカートを軽く畳んで芝生に安置した。
まさに“安置する”としか表現できない置き方だった。
「あ、待って……」
奈美はベランダの際で、尻ごみした。
「どうしました?」
ベランダの両脇は、庇を支える壁になっている。
左右からの視線は遮られている。
しかし、前面に広がる芝生に出てしまえば、両隣の庭から見えてしまうはずだ。
「大丈夫ですよ」
ご主人は泰然として、陰茎を勃てたままだった。
ということはおそらく……。
裸で芝庭に出るのは、初めてではないということに違いない。
そしてそれは、ひとりではなかっただろう。
おそらく、奥さまと……。
「裸足で芝生を踏むと、ほんとうに気持ちがいいんですよ。
実は、娘の通ってた幼稚園の庭が芝生だったんです。
参観日には、親たちもその庭に出れたんです。
もちろん、裸足でです。
気持ちよくてね。
それで、ここに植えてあった木々を取り払って、全面を芝生にしたわけです」
ご主人は奈美の手を離し、サンダルを脱いだ。
裸足となった足裏を、芝生に移す。
なんだか、彼岸に渡ってしまったように思えた。
手を離されたが、奈美の足はそこから退こうとはしなかった。
ご主人が奈美の前で向き直った。
「最後の一枚……。
やっぱり、あなた自らで脱いでください。
獣に還る宣言として」
獣に……。
いや、奈美には、獣よりも、もっと身近に帰りたい自分があった。
本性に。
そう、変態という自らのルーツに。
奈美は、スカートのウエストに手を掛けた。
ホックを外す。
しかし布地は、張り出した腰に引っかかったままだった。
布地を掴み、引き下ろす。
ご主人が、奈美の斜め前にひざまずいた。
「わたしがスカート持ってますから」
ご主人の手にスカートを委ねる。
ご主人の肩に手を置き、スカートから片脚を抜いた。
サンダルは履いたままだった。
もう一方の脚も、布地から抜き取る。
ご主人はスカートを軽く畳んで芝生に安置した。
まさに“安置する”としか表現できない置き方だった。
「そのスカート、最近買ったんですか?」
「まさか。
若いころのものです。
それに、わたしが買ったんじゃありません。
当時、付き合ってた彼が、通販で買ったみたいです」
「その彼は、今のご主人じゃないわけですね?」
「違います」
「でも、その人から貰ったものを、ずっと持ってるってことは……。
まだ、彼への想いが残ってるからじゃないですか?」
「いいえ。
取ってあったことさえ、忘れてました。
衣装ケースの中に紛れてたんです。
覚えてたら、結婚するときに処分したはずです」
「なるほど。
それは言えてますね。
でも、取っててもらってほんとに良かった。
それ、風俗店とかのユニフォームじゃないですか?」
「そういうお店、行ったことおありなんですか?」
「いえ。
前に週刊誌で見た気がして。
わたしの若いころの風俗と云えば、トルコ風呂でした。
短いネグリジェみたいなのを着てた気がします。
そうだ。
今度それ、わたしが調達しますよ。
これでも、ネット通販くらいは使えるんです。
奈美さん、ちょっと後ろを見せて」
奈美はよちよちと足裏を送り、背中を向けた。
「素晴らしい。
特に、スカートのウエストに載りあげた肉が最高です」
「いやだわ」
奈美は、腰脇の肉を手で覆った。
「それがいいんですって。
少ーしだけ、前屈みになってもらえます。
ゆっくりと。
そうそう。
ストップ。
ほら、お辞儀するくらいの角度なのに、もうお尻が見えてます。
とても外には着て行けませんね」
「当たり前です」
「でも、あなたは着て来たじゃないですか」
「この上から、コートを着てましたから」
「なんか、人間の本性を象徴するような姿ですよね。
取り繕った外皮の下には、変態の本性が隠れてるって。
でも、その変態性があったからこそ、人類は種を繋げて来れたんです。
聖人君主ばっかりだったら、とっくに滅びてますよ。
今日は、わたしたちまで繋げてくれた、先祖たちへのオマージュを捧げましょう。
獣の末裔であることを、確かめ合うんです。
さ、手を繋いで。
獣は、コンクリートの上にはいない。
草の上です」
ご主人は歩みだした。
ベランダの前に広がる芝生に向かって。
「まさか。
若いころのものです。
それに、わたしが買ったんじゃありません。
当時、付き合ってた彼が、通販で買ったみたいです」
「その彼は、今のご主人じゃないわけですね?」
「違います」
「でも、その人から貰ったものを、ずっと持ってるってことは……。
まだ、彼への想いが残ってるからじゃないですか?」
「いいえ。
取ってあったことさえ、忘れてました。
衣装ケースの中に紛れてたんです。
覚えてたら、結婚するときに処分したはずです」
「なるほど。
それは言えてますね。
でも、取っててもらってほんとに良かった。
それ、風俗店とかのユニフォームじゃないですか?」
「そういうお店、行ったことおありなんですか?」
「いえ。
前に週刊誌で見た気がして。
わたしの若いころの風俗と云えば、トルコ風呂でした。
短いネグリジェみたいなのを着てた気がします。
そうだ。
今度それ、わたしが調達しますよ。
これでも、ネット通販くらいは使えるんです。
奈美さん、ちょっと後ろを見せて」
奈美はよちよちと足裏を送り、背中を向けた。
「素晴らしい。
特に、スカートのウエストに載りあげた肉が最高です」
「いやだわ」
奈美は、腰脇の肉を手で覆った。
「それがいいんですって。
少ーしだけ、前屈みになってもらえます。
ゆっくりと。
そうそう。
ストップ。
ほら、お辞儀するくらいの角度なのに、もうお尻が見えてます。
とても外には着て行けませんね」
「当たり前です」
「でも、あなたは着て来たじゃないですか」
「この上から、コートを着てましたから」
「なんか、人間の本性を象徴するような姿ですよね。
取り繕った外皮の下には、変態の本性が隠れてるって。
でも、その変態性があったからこそ、人類は種を繋げて来れたんです。
聖人君主ばっかりだったら、とっくに滅びてますよ。
今日は、わたしたちまで繋げてくれた、先祖たちへのオマージュを捧げましょう。
獣の末裔であることを、確かめ合うんです。
さ、手を繋いで。
獣は、コンクリートの上にはいない。
草の上です」
ご主人は歩みだした。
ベランダの前に広がる芝生に向かって。