これは、第1507回から第1510回までのコメント欄で連載した、「『単独旅行記』(1~4)」を、『Mikikoのひとりごと』として、1本にまとめたものです。
さてさて、6周年&1500回のご褒美で行ってきた、旅行のご報告をいたしましょう。
実は、ご褒美が半分で、もう半分は所用だったのです。
行きは、交通費を節約するため、高速バスにしました。

↑「み」新潟のバスセンターで。新潟交通ではなく、西武バスでした。
わたしが撮ってきた写真については、↑のように「み」のマークを入れることにします。
ヘタクソなので、すぐにわかるとは思いますが。
「み」の入らない画像は、ネットから拾ったものです。
車内は、3列シートで、誰とも並ばずに済みます。

↑「み」
高速バスに乗るのは初めてでした。
新潟のバスセンターでは、4,5人しか乗客がいません。
こんなんでペイするんだろうかと、いらぬ心配をしました。
でも、途中の停留所で次々と乗客を拾い……。
最後の停留所、越後湯沢を出たときは、ほぼ満席になってました。
終点の池袋までは、5時間15分。
心配は、トイレでした。
バスに付いてるのは判ってましたが、座席から遠かったので。
通路を歩いてるとき、バスが揺れたりすると……。
おっさんの禿頭に手を着いたりしかねません。
でも、杞憂でした。
2回、トイレ休憩があったんです。
たぶん、車内のトイレを使った人は、誰もいないんじゃないかな。

↑これはネットから拾った画像ですが、こういう下に降りるタイプのトイレでした。
高速道路では、防音壁や法面の植栽に遮られ、あまり景色は楽しめませんでした。
さらに、前の方の席だったので、フロントガラスも映りこんでしまってました。

↑「み」こちら、山の中で撮った1枚。
そんな中、国境の長いトンネルを抜け、関東に入ると、驚きの景色が!
なんと、稲穂が実ってる!
関東は、すでに秋?
いやいや。
いくら関東が暑くても、秋になってるはずはない。
気を取り直して、よーく見ると……。
稲にしては短い。
どうやら、麦のようです。
麦秋というのは、夏の季語で……。
今は麦が実る時期ということなんでしょう。

↑愚かにも写真を撮り忘れました。これはネットから拾った画像(5月末の四日市市)ですが、ちょうどこんな感じでした。
昔は、関東の冬の風物詩として、「麦踏み」という作業があったようです。

↑国営昭和記念公園(東京都立川市)『こもれびの里』にて。昭和30年代の武蔵野の農村風景を再現してる施設。
霜柱で持ちあがった根元を踏み固める作業だとか。
新潟では、冬は雪に埋もれてしまうので、出来ませんね。
そもそも、麦は栽培されてませんし。
刈り入れどきの麦畑ってのを、今回、初めて見たかも知れません。
さて、こんな調子で書いてると、いつまで続くかわからないので、端折っていきましょう。
初日は、池袋でバスを降り、埼京線で逆走して埼玉に戻りました。
所用があったのは、武蔵浦和で武蔵野線に乗り換えて1駅目、西浦和でした。
終わるともう夕方遅くになるのが判ってたので……。
その日の宿は、大宮に取ってありました。
大宮の駅がデカくてたまげましたね。
駅前のデパ地下で夕食を仕入れ、ホテルに入ったのは、18時ちょっと前。
シングルの部屋ですが、ベッドはセミダブル。
おかげで部屋の半分をベッドが占めてましたけど、快適でした。
インターネットも繋げ、天然温泉もあって、朝食付きで6,280円。
朝食バイキングには、わたしにとっての三種の神器、生卵、納豆、味付け海苔も揃ってました。

↑泊まったホテルの画像ではありません。
夕食のビールの一口目の美味しかったこと。
大満足でした。
さて、2日目はフリータイムです。
どこに行くかは、さほど迷いませんでした。
大宮といえば……。
↓ここですね。

そう。
『鉄道博物館』です。
10時開館なのは判ってたのですが……。
9時半前に着きました。
なんでそんなに早く行ったのかと云うと……。
荷物です。
パソコンの入ったバッグを持ったまま回りたくなかったんです。
無料のコインロッカーがあるのは判ってました。
でも、ネットで検索すると、すぐに一杯になってしまうと書かれてたんです。
大荷物を背負ったままと空荷では、楽しみ度が大違いだと思い、早出したのです。
『鉄道博物館』へは、大宮駅からニューシャトルで一駅です。

↑この色の車両が来ました。
『鉄道博物館前』に着くと……。
30分以上前だというのに、すでに行列が!
なぜか、心臓がドキドキしました。
でも、これはまったくの杞憂だったんです。
行列は、ほとんどが子供連れ。
家族連れは、運転シミュレーターの順番を取るために早く並んでたんです。

↑この画像は夏休みのようです。
心配してたコインロッカーですが、誰も使ってない!
ほぼ、空でした。
わたしの検索した情報は、たぶん、オープン直後のものだったのでしょう。
シミュレーターとかに興味の無い方は、開館前から並ぶ必要はまったくありません。
そして、今気づきました。
帽子を忘れたのは、このロッカーです!
荷物を入れるとき、抜いだ帽子をロッカーの上に置いたんです。
そのまま忘れてしまったに違いありません。
持ち主が現れなければ、捨てられちゃうんでしょうね。
可哀想なことをしました。

↑これが、西条八十の詩だったとは、初めて知りました。
さて、博物館内です。
わたしが一番見たかったのは、昔の車両がずらーっと展示されてるスペース。
目的は、『特急とき』。
『特急とき』は、上越新幹線が出来るまで、新潟と上野を結んでた特急です。
昭和57年まで走ってました。
実はわたしも、乗ったことがあるそうです。
でも、ご幼少のころだったので……。
まったく記憶がありません。
『特急とき』については、叔父からよく聞かされてました。
叔父の学生時代は、東京との往復に、『特急とき』を使ってたそうです。
所要時間は、約4時間(時刻表)。

↑「み」当時のポスター。
上越新幹線の2倍です。
でも、景色がよくて、まったく飽きなかったそうです。
今の新幹線は、景色のいいところは、みんなトンネルになってしまいましたから。
でも、在来線を高速で走るためか……。
たいへん揺れたそうです。
叔父が酔っ払うと、よくする話ですが……。
上野を出発した車中で、お茶を飲もうとしたけど、揺れて飲めない。
やっと飲めたのは、長岡だった。
これは、当時の漫才のネタだったそうです。
↓さて、これがその『特急とき』です。

↑「み」
懐かしのボンネットスタイル。
↓国鉄カラーですねー。

↑「み」
↓内部も公開されてました。

↑「み」
隣同士の座席は繋がってますから、リクライニングとかは出来なかったんでしょうね。
↓こちら、奥にいた車内販売の売り子さん。

↑「み」下の段には、笹だんごがあります。おみやげ用でしょうね。車内で食べるとは思えません。
↓こちら、『ばんえつ物語号』でお馴染みの『C57』と『特急とき』のツーショット。

↑「み」
さて、全体を見て回っての感想ですが……。
1度行けば十分、というところでした。
所要時間は、1時間くらい(シミュレーターなどを体験しようと思ったら、何倍もかかると思います)。
お粗末だったのは、ミュージアムショップです。
子供のオモチャみたいなのばっかりで、大人が記念として買えるものが、まったくありませんでした。

↑こんなのばっか。
さて。
予定では、午前中いっぱいくらいかけて見るつもりだったのに……。
思いのほか、早く済んでしまいました。
帰りは、新幹線を予定してます。
午前中に乗ってしまっては、新潟にお昼すぎに着いてしまい、ちともったいない。
ということで、東京まで戻ることにしました。
当初は、大宮から新幹線に乗るつもりだったのですが……。
たぶん、大宮からだと、窓際には座れないだろうと気づきました。
同じお金を出してるのに、通路際で悶々としてるのは面白くない。
てなわけで、始発駅の東京までさかのぼることにしたのです。
ついでに、丸の内口を出て、新しくなった東京駅を見てこようと思いました。
↓というわけで、これが、そのとき撮った東京駅です。

↑「み」
正直言って、前とどこが違ってるのか、さっぱりわかりませんでした。
当然ながら、レンガも真新しく、重厚感は感じられません。
でも、外人さんはけっこう写真を撮ってましたね。
ヨーロッパなんか、古い駅はたくさんあるんじゃないのかね?
東京駅の新幹線ホームに出ると、最初の便まで30分以上ありました。
これなら、今から並べば座れるだろうと、一安心。
ホームを歩き、自由席の区画が描かれた線内に並びました。
なんと、わたしが先頭です。
大余裕じゃんと、ホームから見える東京の景色を名残惜しんでたんですが……。
だんだん不安になってきました。
発車時間が近づいても、わたしの後ろには誰も並ばないんです。
いくらなんでも、1車両にわたししか乗らないなんてことあり得ません。
こういう場合、大間違いをしている可能性が大です。
しばらくすると、構内放送が流れ出しました。
耳をマギー審司にして聞き入ると……。
案の定でした。
わたしの乗る新幹線は、新潟行きの『とき』と、越後湯沢止まりの『たにがわ』が、連結された車両だったのです。

↑これだ!
越後湯沢駅で切り離された『たにがわ』は、そのまま上りになって、東京に戻ってくるんでしょうね。
で、わたしの並んでた場所は、まさにその『たにがわ』の列だったのです。
これに気づいたのは、もうドアが開く間際でした。
あわてて、『とき』の車両位置に移ると……。
恐れてたとおり、長い行列が!
やられた、とガックリ肩を落としました。
せっかく30分も前に並んだのに、窓際を逃すなんて!
ほとんど、悲憤に近いガッカリ度。
やがて、ドアが開きました。
座れなかったら、もう1本後のにしようか……。
などと考えつつ、わたしひとり、屠所に引かれる牛のようにうなだれて歩みを進めました。

『とき』は、2階建てのMaxでした。

↑1階と2階の違いを見よ! これで同料金です。でも1階は、ホームでパンチラが望めることも……。
窓際は、さぞ景色がいいだろうな。
悔やんでも悔やみきれません。
でもなんと!
杞憂だったんです。
家族連れなんかが多く、窓際だけが埋まるということが無かったせいでしょうか。
あっさりと座れました。
しかも、午後、陽が当たらない右側の窓際です。
天はわれを見放さず、でした。
でもほんと、危ないところだったんです。
発車間近になったら、ほとんどの窓際は埋まりました。
大宮はもちろんですが、上野から乗っても、窓際には座れなかったでしょう。
やっぱり、東京まで戻って大正解。
大宮から東京までの料金は、550円。
でも、これ以上の価値はあります。
大宮から窓際に座ろうと思ったら、指定席を買うしかありません。
大宮から新潟までの指定席料金は、520円。
ま、こっちの方が安いですが、指定席でも窓際とは限りませんからね。
さて、以上が、今回の旅行の顛末です。
『鉄道博物館』に行って、帽子を忘れてきただけという気もするのですが……。
ま、深く考えないことにします。
1年に1回くらい、こういう機会があってもいいなと感じました。
ホントは、大好きな冬に行きたいのですが……。
大雪が降ったりすると、出発の新潟で気を揉むことになります。
高速バスも遅れたりするかも知れませんしね。
新幹線なら、まず大丈夫でしょうが……。
下手すりゃ、新潟駅まで行くのが大苦労です。
あ、あともう1点。
初日の埼玉での所要の件ですが……。
あるいは、後ほど書くことになるかも知れません。
それでは。
6周年&1,500回イベントは、これにてすべて終了。
『おもいで Refrain』のYoutubeへのアップは、もう少々お待ちください。
今、やみげんさんが準備をしてくださってます。
『ニコニコ動画』とは違い、世界が相手なので、訳詞なども付けてくださるとか。
楽しみです。
それでは、7周年に向けて、突っ走ってまいりましょ~。
さてさて、6周年&1500回のご褒美で行ってきた、旅行のご報告をいたしましょう。
実は、ご褒美が半分で、もう半分は所用だったのです。
行きは、交通費を節約するため、高速バスにしました。

↑「み」新潟のバスセンターで。新潟交通ではなく、西武バスでした。
わたしが撮ってきた写真については、↑のように「み」のマークを入れることにします。
ヘタクソなので、すぐにわかるとは思いますが。
「み」の入らない画像は、ネットから拾ったものです。
車内は、3列シートで、誰とも並ばずに済みます。

↑「み」
高速バスに乗るのは初めてでした。
新潟のバスセンターでは、4,5人しか乗客がいません。
こんなんでペイするんだろうかと、いらぬ心配をしました。
でも、途中の停留所で次々と乗客を拾い……。
最後の停留所、越後湯沢を出たときは、ほぼ満席になってました。
終点の池袋までは、5時間15分。
心配は、トイレでした。
バスに付いてるのは判ってましたが、座席から遠かったので。
通路を歩いてるとき、バスが揺れたりすると……。
おっさんの禿頭に手を着いたりしかねません。
でも、杞憂でした。
2回、トイレ休憩があったんです。
たぶん、車内のトイレを使った人は、誰もいないんじゃないかな。

↑これはネットから拾った画像ですが、こういう下に降りるタイプのトイレでした。
高速道路では、防音壁や法面の植栽に遮られ、あまり景色は楽しめませんでした。
さらに、前の方の席だったので、フロントガラスも映りこんでしまってました。

↑「み」こちら、山の中で撮った1枚。
そんな中、国境の長いトンネルを抜け、関東に入ると、驚きの景色が!
なんと、稲穂が実ってる!
関東は、すでに秋?
いやいや。
いくら関東が暑くても、秋になってるはずはない。
気を取り直して、よーく見ると……。
稲にしては短い。
どうやら、麦のようです。
麦秋というのは、夏の季語で……。
今は麦が実る時期ということなんでしょう。

↑愚かにも写真を撮り忘れました。これはネットから拾った画像(5月末の四日市市)ですが、ちょうどこんな感じでした。
昔は、関東の冬の風物詩として、「麦踏み」という作業があったようです。

↑国営昭和記念公園(東京都立川市)『こもれびの里』にて。昭和30年代の武蔵野の農村風景を再現してる施設。
霜柱で持ちあがった根元を踏み固める作業だとか。
新潟では、冬は雪に埋もれてしまうので、出来ませんね。
そもそも、麦は栽培されてませんし。
刈り入れどきの麦畑ってのを、今回、初めて見たかも知れません。
さて、こんな調子で書いてると、いつまで続くかわからないので、端折っていきましょう。
初日は、池袋でバスを降り、埼京線で逆走して埼玉に戻りました。
所用があったのは、武蔵浦和で武蔵野線に乗り換えて1駅目、西浦和でした。
終わるともう夕方遅くになるのが判ってたので……。
その日の宿は、大宮に取ってありました。
大宮の駅がデカくてたまげましたね。
駅前のデパ地下で夕食を仕入れ、ホテルに入ったのは、18時ちょっと前。
シングルの部屋ですが、ベッドはセミダブル。
おかげで部屋の半分をベッドが占めてましたけど、快適でした。
インターネットも繋げ、天然温泉もあって、朝食付きで6,280円。
朝食バイキングには、わたしにとっての三種の神器、生卵、納豆、味付け海苔も揃ってました。

↑泊まったホテルの画像ではありません。
夕食のビールの一口目の美味しかったこと。
大満足でした。
さて、2日目はフリータイムです。
どこに行くかは、さほど迷いませんでした。
大宮といえば……。
↓ここですね。

そう。
『鉄道博物館』です。
10時開館なのは判ってたのですが……。
9時半前に着きました。
なんでそんなに早く行ったのかと云うと……。
荷物です。
パソコンの入ったバッグを持ったまま回りたくなかったんです。
無料のコインロッカーがあるのは判ってました。
でも、ネットで検索すると、すぐに一杯になってしまうと書かれてたんです。
大荷物を背負ったままと空荷では、楽しみ度が大違いだと思い、早出したのです。
『鉄道博物館』へは、大宮駅からニューシャトルで一駅です。

↑この色の車両が来ました。
『鉄道博物館前』に着くと……。
30分以上前だというのに、すでに行列が!
なぜか、心臓がドキドキしました。
でも、これはまったくの杞憂だったんです。
行列は、ほとんどが子供連れ。
家族連れは、運転シミュレーターの順番を取るために早く並んでたんです。

↑この画像は夏休みのようです。
心配してたコインロッカーですが、誰も使ってない!
ほぼ、空でした。
わたしの検索した情報は、たぶん、オープン直後のものだったのでしょう。
シミュレーターとかに興味の無い方は、開館前から並ぶ必要はまったくありません。
そして、今気づきました。
帽子を忘れたのは、このロッカーです!
荷物を入れるとき、抜いだ帽子をロッカーの上に置いたんです。
そのまま忘れてしまったに違いありません。
持ち主が現れなければ、捨てられちゃうんでしょうね。
可哀想なことをしました。

↑これが、西条八十の詩だったとは、初めて知りました。
さて、博物館内です。
わたしが一番見たかったのは、昔の車両がずらーっと展示されてるスペース。
目的は、『特急とき』。
『特急とき』は、上越新幹線が出来るまで、新潟と上野を結んでた特急です。
昭和57年まで走ってました。
実はわたしも、乗ったことがあるそうです。
でも、ご幼少のころだったので……。
まったく記憶がありません。
『特急とき』については、叔父からよく聞かされてました。
叔父の学生時代は、東京との往復に、『特急とき』を使ってたそうです。
所要時間は、約4時間(時刻表)。

↑「み」当時のポスター。
上越新幹線の2倍です。
でも、景色がよくて、まったく飽きなかったそうです。
今の新幹線は、景色のいいところは、みんなトンネルになってしまいましたから。
でも、在来線を高速で走るためか……。
たいへん揺れたそうです。
叔父が酔っ払うと、よくする話ですが……。
上野を出発した車中で、お茶を飲もうとしたけど、揺れて飲めない。
やっと飲めたのは、長岡だった。
これは、当時の漫才のネタだったそうです。
↓さて、これがその『特急とき』です。

↑「み」
懐かしのボンネットスタイル。
↓国鉄カラーですねー。

↑「み」
↓内部も公開されてました。

↑「み」
隣同士の座席は繋がってますから、リクライニングとかは出来なかったんでしょうね。
↓こちら、奥にいた車内販売の売り子さん。

↑「み」下の段には、笹だんごがあります。おみやげ用でしょうね。車内で食べるとは思えません。
↓こちら、『ばんえつ物語号』でお馴染みの『C57』と『特急とき』のツーショット。

↑「み」
さて、全体を見て回っての感想ですが……。
1度行けば十分、というところでした。
所要時間は、1時間くらい(シミュレーターなどを体験しようと思ったら、何倍もかかると思います)。
お粗末だったのは、ミュージアムショップです。
子供のオモチャみたいなのばっかりで、大人が記念として買えるものが、まったくありませんでした。

↑こんなのばっか。
さて。
予定では、午前中いっぱいくらいかけて見るつもりだったのに……。
思いのほか、早く済んでしまいました。
帰りは、新幹線を予定してます。
午前中に乗ってしまっては、新潟にお昼すぎに着いてしまい、ちともったいない。
ということで、東京まで戻ることにしました。
当初は、大宮から新幹線に乗るつもりだったのですが……。
たぶん、大宮からだと、窓際には座れないだろうと気づきました。
同じお金を出してるのに、通路際で悶々としてるのは面白くない。
てなわけで、始発駅の東京までさかのぼることにしたのです。
ついでに、丸の内口を出て、新しくなった東京駅を見てこようと思いました。
↓というわけで、これが、そのとき撮った東京駅です。

↑「み」
正直言って、前とどこが違ってるのか、さっぱりわかりませんでした。
当然ながら、レンガも真新しく、重厚感は感じられません。
でも、外人さんはけっこう写真を撮ってましたね。
ヨーロッパなんか、古い駅はたくさんあるんじゃないのかね?
東京駅の新幹線ホームに出ると、最初の便まで30分以上ありました。
これなら、今から並べば座れるだろうと、一安心。
ホームを歩き、自由席の区画が描かれた線内に並びました。
なんと、わたしが先頭です。
大余裕じゃんと、ホームから見える東京の景色を名残惜しんでたんですが……。
だんだん不安になってきました。
発車時間が近づいても、わたしの後ろには誰も並ばないんです。
いくらなんでも、1車両にわたししか乗らないなんてことあり得ません。
こういう場合、大間違いをしている可能性が大です。
しばらくすると、構内放送が流れ出しました。
耳をマギー審司にして聞き入ると……。
案の定でした。
わたしの乗る新幹線は、新潟行きの『とき』と、越後湯沢止まりの『たにがわ』が、連結された車両だったのです。

↑これだ!
越後湯沢駅で切り離された『たにがわ』は、そのまま上りになって、東京に戻ってくるんでしょうね。
で、わたしの並んでた場所は、まさにその『たにがわ』の列だったのです。
これに気づいたのは、もうドアが開く間際でした。
あわてて、『とき』の車両位置に移ると……。
恐れてたとおり、長い行列が!
やられた、とガックリ肩を落としました。
せっかく30分も前に並んだのに、窓際を逃すなんて!
ほとんど、悲憤に近いガッカリ度。
やがて、ドアが開きました。
座れなかったら、もう1本後のにしようか……。
などと考えつつ、わたしひとり、屠所に引かれる牛のようにうなだれて歩みを進めました。

『とき』は、2階建てのMaxでした。

↑1階と2階の違いを見よ! これで同料金です。でも1階は、ホームでパンチラが望めることも……。
窓際は、さぞ景色がいいだろうな。
悔やんでも悔やみきれません。
でもなんと!
杞憂だったんです。
家族連れなんかが多く、窓際だけが埋まるということが無かったせいでしょうか。
あっさりと座れました。
しかも、午後、陽が当たらない右側の窓際です。
天はわれを見放さず、でした。
でもほんと、危ないところだったんです。
発車間近になったら、ほとんどの窓際は埋まりました。
大宮はもちろんですが、上野から乗っても、窓際には座れなかったでしょう。
やっぱり、東京まで戻って大正解。
大宮から東京までの料金は、550円。
でも、これ以上の価値はあります。
大宮から窓際に座ろうと思ったら、指定席を買うしかありません。
大宮から新潟までの指定席料金は、520円。
ま、こっちの方が安いですが、指定席でも窓際とは限りませんからね。
さて、以上が、今回の旅行の顛末です。
『鉄道博物館』に行って、帽子を忘れてきただけという気もするのですが……。
ま、深く考えないことにします。
1年に1回くらい、こういう機会があってもいいなと感じました。
ホントは、大好きな冬に行きたいのですが……。
大雪が降ったりすると、出発の新潟で気を揉むことになります。
高速バスも遅れたりするかも知れませんしね。
新幹線なら、まず大丈夫でしょうが……。
下手すりゃ、新潟駅まで行くのが大苦労です。
あ、あともう1点。
初日の埼玉での所要の件ですが……。
あるいは、後ほど書くことになるかも知れません。
それでは。
6周年&1,500回イベントは、これにてすべて終了。
『おもいで Refrain』のYoutubeへのアップは、もう少々お待ちください。
今、やみげんさんが準備をしてくださってます。
『ニコニコ動画』とは違い、世界が相手なので、訳詞なども付けてくださるとか。
楽しみです。
それでは、7周年に向けて、突っ走ってまいりましょ~。