■14.エピローグ
レイラとタチアナの共同生活という同棲が、父デビッドの許しを得て一年が過ぎようとしていた。
レイラは大学を卒業後、プロのチアリーダーを目指していたが、あの忌まわしい出来事がトラウマになって思った以上に体が動かず、輝かしい今までの業績は捨て去りタチアナ(ソフィア社長の意向もあって)の勧めでソフィアの会社の社員として働き始めていた。
その社長ことソフィア・エバンスの消息はタイへ夫を看病に行った数か月後、夫バーナードは看病むなしく他界し、そのことを忘れるようにタイに留まって支店を立ち上げることだけを使命に動き回り本国には戻らずにいた。
噂では現地の性転換した女性を愛人として家に招き入れ、愛を育んでいるらしく両性の感性を重ね持つ彼女にソフィアはこの上ない喜びを見出し夢中になっているとも聞かされた。
ただ、そんなソフィアも一方ではレイラとのあの日の交わりは忘れられないようでレイラに定期的に連絡はしているようだ。
その証拠に、大学卒業旅行先にタイを選んだのも偶然ではないことはタチアナも分かっていたが追及はしなかった。
ソフィアの娘サラ・エバンスは父が他界して間もなく本国に舞い戻っていたが、タチアナとの同棲の事を知ったらしくレイラの前には一度も姿を見せていなかった。
隣町のアパートで誰かと生活を共にしているとの目撃があったが事実は定かではなかった。
サラの気持ちが自分に向けられていたことに気が付いたがお互いの為と距離を置くことにした。
ただ一抹のさみしさが残ったが、タチアナとの愛や仕事の忙しさがそれを打ち消してくれていた。
彼女の直属の上司は言わずと知れたタチアナで仕事中はレイラに対しても容赦はしなかった。
「レイラさん! この書類は何? もう一度書き直して!」
「はい、承知しました。ボス」
仕事中ではタチアナに対して顔色替えず素直に指示に従った。
だが、家に帰りベッドの上になると立場は逆転となり、タチアナは猫の様に従順になり、レイラは男たちの様に振る舞った。
レイラはタチアナの為にアダルトグッズ店にある物を購入しに行った。
当初はネット販売で購入をと思っていたが、現物を手に取り感触を確かめるために直接店へ足を運ぶことにした。
数か月前まで考えられない彼女の行動であった。
「いらっしゃいませ」
女性店員が出迎えた。意外だった。
男性がそれも太った中年の店員が無愛想で出迎えると思っていたからだ。
レイラはチアリーダーをやめて数か月も過ぎていたが、やはり著名人であることは否めなくサングラスをしての入店だった。
店内は女性や女性同士のカップルが思いの外多く、レイラはその中に溶け込んでいた。
店内を見て回った彼女は、あるショーケースの前で立ち止まった。
彼女はあるものを手に取り見つめた。
(これだわ、彼女に似合っている)
これを使った二人の痴態を想像するだけで股間に熱い物が噴出してくるように思えた。
「これ、頂くわ。……それとラッピングしてくださること出来ます?」
「はい、出来ますわ・恋人にプレゼントですか?」
「まあ、そんなところね」
レイラはサングラスの奥から女性店員を品定めしていた。
(彼女いい体をしている。……きっと客の中には彼女に言いよる人もいそうだわ)
「ありがとうございました。それからこれは当店の名刺です。ご希望の商品があればご用意できますのでよろしくお願いします。またのご来店をお持ちしています」
店を出た後に名刺を見ると下の方に“裏を見て”と書かれていたので、なにげなく見たらメッセージが書かれていた。
“レイラさん、よろしければデートに付き合ってください。あなたの熱烈なファンより”
と書かれており携帯番号も記入されていた。
こんな店の店員にまでアプローチされるとは思いもよらなかったが、自分はいつの間にか女性から声を掛けられることが多くなったと今改めて思った。
(この人は後で連絡してみようかしら。……彼女、美味しそうだし……)
クスリと笑って小箱を脇に抱えタチアナが待つ家へ向かった。
「タチアナ、誕生日おめでとう。これプレゼントよ」
あの品物はタチアナへの誕生日プレゼントだった。
レイラは赤いリボンが結んである箱をタチアナへ渡した。
「ありがとう! うれしい! 開けていい?」
こぼれんばかりに笑顔を見せたタチアナにレイラは頷いた。
急いでリボンを解き、箱を開けて見たタチアナはレイラとその品物を交互に見て驚いた様子だったが、その用途を理解するに及んで、うっとりした顔になった。
この光景を見てレイラはあの日のことをフラッシュバックの様に思い出した。
オーウェンの男のシンボルを初めて見た時と同じ光景が目の前で行われていたからだ。
オーウェン・マイヤーズは大学卒業後、プロに転向し輝かしい成績を上げていたが、ある事件が起きて以来、成績がガタ落ちしスタメンから外されていた。その事件というのは『鋼のサミー』ことサミュエル・ターナーが情夫との三角関係のもつれによりスラム街の路地裏で射殺体として発見されるという痛ましい事件だった。
TVのある番組で、彼は一人では人の八割の働きしか出来ないのが、二人だと4人相当の働きがあったからこそ今まで活躍できたのだが、片割れを失ってしまった今ではベンチを温めているだけの用無しになってしまったと解説者が言っていた。それをぼんやりと見ていたレイラは何の感情も見せなかった。
「レイラ、これを使ってほしいです」
目をキラキラ輝かしてレイラにタチアナは懇願した。
「いいわ、だったら早く寝室に行って裸になってベッドで待っていて」
「はい」
あっという間に寝室へ行くと衣服を脱ぎ去ったタチアナはベッドの上でレイラを待ち構えた。
レイラは箱から品物を取り出すとあらため、その品物を手に取り見つめた。
それの片側は女性器にぴったり合う様にデザインされたものでベルトなしで装着できるようになっており、反対側は男性のシンボルを模写したものであった。
興奮し愛液が溢れ出ていたので思いのほか、すんなりと入った。
双頭ディルド。
レイラはアダルトグッズ店でこれを見つけ、購入したのだった。購入する際、色もこだわった。肌色や黒色といったものは彼らを思い出させたので嫌悪し、タチアナにはこれがふさわしいと透明のクリスタルディルドにした。
「ガチャッ」
ドアを開けて入ってきたレイラの姿を見たタチアナは目を大きく見開くと、思わず自分の胸と秘部へ手を伸ばした。
その姿はまるでレイラ自身から生えているように見え、そのクリスタルのシンボルからは放たれる光がタチアナの顔に七色の光を映し出していた。
レイラはベッドに上がると仁王立ちになりタチアナを見下ろした。
タチアナは吸い寄せられるように彼女に近づき、ディルドを両手に挟み込み舌で先端を舐めはじめた。
ディルドからの微妙な振動がレイラの中心部へと伝わり、まるで自分の一部を刺激されているような錯覚にとらわれた。
(感じるわ。……すごい!)
タチアナはディルドを口に含むと顔を前後に揺らし始めた。
ディルドを押されるたびに強い刺激がレイラを襲った。
「アウ、アウ、アウ、ア~」
レイラの両手はタチアナの頭に添えられ動きを調整し始めていた。
「もっと、もっと! 強く動かして!」
タチアナはディルドを男性のコックをしゃぶるように動きを早くした。
「いい……いいわ! タチアナ! 行くわ! アウ、あう、ア~~」
レイラはぐったりし、しゃがみ込んだ。
タチアナが咥えていたディルドの先端から彼女の唾液がしたたり落ちていていた。
「タチアナ、うつ伏せになって腰を上げて」
「はい……。ア~~~」
これからされることを想像するだけでタチアナは感じていた。
レイラはひざをつくとヒップの割れ目を見つめた。
「もう、ぐっしょりと濡れているわ、よっぽどこれに飢えているみたいね」
「ハ、早く……」
「“早く”じゃないでしょ!」
「ハ、早く……。してください……」
ニヤリと笑みを浮かべたレイラはタチアナの腰に手を添えた。
「ア~~、レイラが私を……」
レイラは先端を割れ目に当てると一気に腰を突き出した。
「ウグッ、ハァ~」
先端が奥に突きあたった瞬間、レイラのプッシーに快感が突き抜けた。
「アゥ、アアア~」
(な、なんという快感なの……)
少し腰を押してみた。
「アッ、ア~~」
「アウ、アウ」
二人同時に声を上げた。
レイラは腰の動きを徐々に早くしていった。
ピストン運動を続けるうちにレイラは異常な感覚に襲われた。
タチアナの白い背中に自分を重ね、まるで自分自身が己を犯しているような錯覚を感じたのだ。
(これ……。病み付きになりそう……。アウ~)
「あ~~、イイ~、もっと強く。……もっと早く。…………もっと私を犯して! ……ア~~~」
「タチアナ、あなたはまだ、イってはダメよ……。私が先……。ア~」
レイラは小刻みに体を震えるとタイアナの背中に上半身を委ねた。
暫らくして、レイラは再び腰を揺り動かし始めた。
「さあ、あなたがイク番よ、思うぞんぶん快感を与えるわ!」
先ほど以上にレイラは腰を強く揺り動かした。
「ツッパン! ツッパン! ツッパン!」
「アウ、アウ、アウ、す、すごい! す、すごい! もっと、もっと、突いて、突いて!」
レイラは懸命に突きまくった。しだいに己自身にも快感が沸き起こった。
「レ、レイラ! あなたが好きよ! 好きよ! 愛しています! ア~~、もうすぐ~~ア~~」
タチアナが絶頂を迎えると同時にレイラも二度目の絶頂を味わった。
レイラはタチアナとの生活には満足し、幸せを感じていたがある思いを募らせていた。
それはある人との交わりを秘かに願い望んでいたことであった。
出来ればタイアナと共にその人を愛したいとも思っていて、日々追うごとにその思いは強くなるばかりであった。
そんなレイラの姿の変化を感じていたタチアナは彼女の思いがどのようなものであるのかを悟っているようであった。
そんな日が続いたある日、レイラの望みが実現することになった。
タチアナが手配したのか、その人物が望んできたことは分からなかったが二人のいる寝室のドアを開け音もなく忍び寄る影があった。
レイラはタチアナの股間に顔を埋め、いやらしい音を立てながらプッシーを舐めていた。
人影は彼女たちの痴態を見つめながら徐々に音もなく近づきながら衣服を脱ぎ去ると、全裸になって彼女達へと足を運んで行った。
通りすがりに台の上にあった双頭クリスタルディルドを手に取り見つめると、影になった顔から白い歯が覗いた。
その人物はディルドの片側を自分自身に差し入れると二人が絡みあうベッドへと近づいた。
「レイラ、もっと愛して。……舐めて、吸ってアウッ、素敵……アッ!」
タチアナは間接照明から灯される明かりの中に人物を見つけると、驚いて思わずレイラの頭を太腿で締め付けた。
唖然とするタチアナにその人物は口元に人差し指を充て、声を出すなと目配せをした。
彼女はその人物が全裸で股間からディルドが突き出しているのを見て、この先の行動を知り彼女を見つめた。
レイラは顔を埋めながらもタチアナの体の変化に気が付いた。
レイラの腰にあてがわれた両手に彼女は驚いたが、手のぬくもりにあの人を思い出させ嗚咽を漏らし始めた。
彼女はその人が現れたことを知り、プッシーを舐めながら感動で涙を流していたのだ。
ゆっくりとヒップの間をディルドが分け入り熱いトンネルの入り口へと進むのが感じられた。
「レイラ、あなたが好きよ」
背後で聞き覚えのある声がした。
「う、嬉しい。……来てくれたのね。……この日を待っていたわ……」
その人物は腰をゆっくりと力強く前へ突き出した。
ディルドが本来の鞘に収まったようにレイラのプッシーの中へ姿が完全に消え失せた。
「ア~、あなたを感じるわ」
「ア~、素敵よ、3人で愛し合うのよ」
その人物はレイラの腰に手を添えながら仰け反り、腰を突き出すたびに3人の妖精たちの肉体と粘液が奏でる音と喘ぎ声が部屋中に響き渡った。
ヴェロニカが意識を取り戻すと心配そうにデビッドが覗き込んでいた。
「ここはどこ?」
「良かった! 意識を取り戻したようだ。ここはヘリの機内だよ。気分はどう?」
「ウオトカが飲みたい気分」
「その願いは叶えられ、腹いっぱいに飲ましてくれると思う。……それから、遅くなったけど、助けてくれてありがとう。君は僕の命の恩人だ」
デビッドは笑顔を見せ彼女の手を握りしめた。
「ううん、礼は妹に言って。彼女が言わなければ二人ともここにいなかったわ」
彼女はかぶりを振り、笑顔を見せた。
「奴らは?」
「ああ、彼らが退治した。
君がいることが分かると俄然張り切りってね。あっという間だったよ。
君にも見せたかった」
見わたすと興味深そうに隊員たちがこちらに視線を送っていた。
「君の話題で持ちきりだよ。先ほど看護兵からも“少尉殿、すごい美女をどこから拾ってきたのですか?”と聞かれたから言ってやったよ。“俺が彼女に拾われたのさ”ってね。
彼は目を白黒させていたよ」
ウィンクし笑顔を見せるデビッドに微笑んで見せた彼女であったが、目の前で微笑む少尉の為に、敵とはいえどれほどの命が絶たれたか計り知れないし、彼らの中には取材中、親切にしてくれた人々が混じっていたことを考えると複雑な心境になっていた。
「ところで、少尉のご家族には連絡したの?」
衛生兵が点滴の袋を替えに来た。
「先ほど、させてもらったよ。妻は絶句して泣いていた。私が行方不明になったと知らされて数週間、死亡通知が今朝届いたと言っていた……。妻には心配かけた……」
(タチアナには連絡しておいたはずなのに。……彼女に夢中になっていたということね。タチアナが夢中になるほどの彼の娘って会ってみたいもの)
「お嬢さんはどう言っていました?」
「そうそう、君の妹さんにも礼を言わなければならないな。
レイラは、電話口から耳を離さなければならないほど大きい声で、喜びの声を上げていたよ。
要点だけだったけど、君の妹さんと共同生活を始めたいとも言っていた。
どういうことなのか、後で聞いてみるが、命の恩人の妹さんなら安心だけどね」
(あの子も隅に置けないわ。……どちらが虜になっているかは分からないけど、楽しみが出来た……)
「お嬢さんを紹介させていただきたいわ。妹がお世話になっている方なのでぜひともお会いしたいです」
「こちらこそ! 私を救ってくれた命の恩人を紹介するにきまっているでしょう! ぜひともあってください。……それから司令部からの連絡ではあなたを表彰したいとの連絡があり、是非とも受け取ってほしいと要請がありましたが、どうしますか?」
(私の情報が欲しいということね。……ある程度は話さなければならいようだわ、仕方がない)
「分かりました、心よりお受けいたしますと連絡してください」
「良かった。拒絶されたらどうしようかと思案していたけど承諾してくれてありがとう」
嬉しそうにヴェロニカに握手をすると、仲間のもとへ戻って行った。
彼に会わなければ、アフガンで取材を続けられ、ピュ―リッツァー賞という栄誉も手に入ったはずなのに、彼を救うことによって今までの努力がふいになったが、なぜか後悔はしていなかった。
彼は私の運命を変えた人、そしてこれから出会う彼の娘も私の運命を変えるような気がする。
彼の後姿を見ながら彼女はそんな予感を感じていた。
一週間後、祖国の空軍基地に静かに着陸した輸送機から降り立った帰還兵の一団にデビッド少尉はいた。
彼は、帰還兵を出迎える関係者たちの中に自分の家族がいるのを知り、笑顔をこぼした。
妻のアリソン、娘のレイラ、少し背が伸びたエヴィン、みんなが盛んに手を振っている。
そしてレイラの横にぴったりと寄り添って傍らに立つヴェロニカの妹らしい人物。
黒縁のメガネにビジネススーツを着込んだ姿は、ウォール街でも通用するようないでたちではあったが、デビッドは不思議な感覚を覚えていた。
「あなた、お帰りなさい。……私、私……。本当に良かった……」
妻のアリソンはデビッドの胸に顔を埋め嗚咽を漏らした。
「苦労かけてすまなかった。……家族に会えることだけを考えていた。
君を愛しているよ」
アリソンを抱き寄せると口づけをした。
遠くで二人を見ていた子供たちが駆け寄ってきた。
「パパ! お帰りなさい!」
エヴィンが父に飛びついた。
「ただいま、エヴィン。大きくなったな。イタズラはしなかっただろうな?」
エヴィンの頭を撫でながら聞いた。
「するわけないよ! パパに約束したじゃないか」
レイラの顔をちらりと見ながらエヴィンは父親に報告した。
「レイラ、私の宝石。……来ておくれ」
レイラは三人の様子を静かに見つめていたが、デビッドに手招きされ、ゆっくりと近づいて行った。彼女の目から一筋の涙がこぼれた。
「パパ、お帰りなさい」
「レイラ、ただいま。心配かけたな、悪かったな」
「ううん、誤らなくていいの。パパが悪いわけがないから」
「ありがとう。……見ない間に雰囲気が変わったね、大人になったというか、落ちついたというか、見違えたよ」
レイラの頬にキスをすると彼女に聞いた。
「ところで、あそこにいる方がタチアナ・マリーニナさんかな?」
レイラはぱっと笑顔を見せ、女性に走り寄ると手を引いて彼のもとに戻ってきた。
「パパ、紹介するわ。この方がタチアナ・マリーニナさんよ」
「タチアナ・マリーニナです。娘さんには、お世話になっています」
眼鏡をポケットに差し入れた彼女を見たデビッドは目を見開いた。
「こいつは驚いた! ……いや、これは失礼。あまりにもお姉さんに似ていたものだから驚いてしまいました。改めて、今回のことでは、お二人にはなんとお礼をしてよいかわからないほど助けられました。心より感謝いたします」
「私より姉にお礼を言ってやってください。
私の無理な願いで、危険なことをさせてしまったことを後悔しております」
デビッドや彼の家族には返す言葉がなかった。彼女たちの努力がなければ、ここにはデビッドはいなかっただろう。
「あそこに見えるのはタチアナさんのお姉さんじゃないかしら?」
重い雰囲気を払しょくするように明るい声でレイラが尋ねた。
ストレッチャーに横たわり衛生兵に押され、出口に向かう彼女がいた。
「おーい! そこの衛生兵待ってくれ!」
タチアナを先頭に彼ら家族が駆け寄って行った。
「Сестра!(お姉さん!)」
「Татьяна!(タチアナ!)」
二人は抱きしめ、互いの頬にキスを交わした。この様子を見たレイラが目を見開いた。
「そっくり!」
エヴィンがみんなの思っていることを叫んだ!
そう、二人は双子であった。
姉のヴェロニカは日焼けし浅黒い顔立ちではあったが、その他の体の特徴は二人とも同じで、髪や瞳の色そしてプロポーションまでもがすべて一緒だった。
違いといえば、ヴェロニカは野性的でそれに対しタチアナは都会的な雰囲気を出していた。
二人の周りに家族が集まった。
「ヴェロニカ・マリーニナさん、なんとお礼をしたらよいか分かりません。主人を救っていただき感謝の言葉が見つかりません。主人の為に怪我をされたとうかがった時には胸が張り裂けそうになりました」
「奥様、そんなに泣かれると困りますわ。奥様が愛されているご主人が無事に戻られたので笑顔を見せてください。私の方こそ、ご主人のおかげでタチアナと数年ぶりに再会することが出来ましたし、二度と経験できないスリルを味わえましたから」
ウィンクしてアリソンを優しく抱きしめたがその眼はレイラに注がれていた。
ヴェロニカに見つめられていたことに気が付いたレイラは、背中に電流が走って行くのが分かった。
タチアナに出会った時とは比べられないほどの強烈な感覚だった。
一方のヴェロニカはタチアナの方が虜になっていることに彼女を見て知り、自分自身の体の奥に熱い物がふきだしていることを感じていた。
「ヴェロニカ・マリーニナさん、パパの為に傷を負ってまで救っていただいて、なんと勇気のある方だと感心し感謝しています。なんとお礼を述べていいか分かりません。それとともに妹のタチアナさんにも公私ともお世話になっており、感謝しております」
ヴェロニカから放たれる雰囲気に近寄りがたく少し離れてレイラはいんぎんに礼を述べた。
「よろしければ、もう少し近くによって下さらない? ……そう、それでいいわ。
お父様が自慢するだけあって魅力的なお嬢さんね。
タチアナがあなたをどうしてでも友人にしたいというのが分かる気がするわ。
妹を優しくしてやってくださいね。よろしくお願いします」
レイラは頬が熱くなっているのが分かった。
「あ、それから私もあなたの友人の一人に加えていただけるかしら、ダメかな?」
タチアナがヴェロニカの腕を強く握った。
「友人なら構わないと思いますが……いいでしょ、タチアナさん?」
タチアナは複雑だった。
ソフィア社長から自分に彼女の心を向けさせることが出来て、共同生活という心待ちしていた同棲が出来る矢先だったので姉が介入してくるとは夢にも思わなかったからだ。
ただ、他人にレイラを取られるより姉であれば、自分に引き戻せる自信があったので承知した。
「良かったわ。
タチアナ、後で彼女の連絡先教えてね。
彼らから解放されたら連絡するから……」
そう言った彼女の視線の先にどこから来たのか、前後に黒のセダンを従えた黒塗りのワンボックスカーがこちらの方へと向かっているのが見えた。
彼女が乗るストレッチャーの傍にワゴンが静かに止まると、数人のスーツを着たサングラス姿の男たちが開け放たれたスライドドアから降り立ち、彼女の周りを取り囲んだ。
デビッドたちや衛生兵が唖然と見ている中、あっという間に彼女をリアドアーから車内へ引き入れると3台もろとも基地のゲートから、すごいスピードで表へ飛び出していった。
タチアナはその姿を目で追っていたが何も言わずレイラの手を握りしめた。
(彼女から結局最後まで素性のことは聞かされなかったな……。だが……)
デビッドは彼女を乗せた車を目で追いながら、ある疑念を持った。
自分たちは、おとりとして利用されたのではないだろうか?
あの日、捕まって以来、一連の出来事を考えると事が上手く行きすぎて腑に落ちないことだらけであった。
自分の運が良いと当初は軽く考えていたが、そうでないことは、今、目の前にした彼女に対しての政府の対応ではっきりとした。しかし、それ以上の詮索はしないことにした。
それ以上首を突っ込むと、自分自身だけならまだ良いが、家族の身にも危害が及ぶことを軍で生活をしてきた彼は十分すぎるほど理解していたからだ。
「パパ、そんなにヴェロニカさんが未練なの? ぼーとして車が見えなくなるまで見ているものだからママが焼きもち焼いているわよ」
クスリと笑ってレイラが囁いた。
「いやー、ちょっと考え事をしていただけさ。
未練もなにもない。
ママのことだけを愛しているに決まっているだろう。そうだろアリソン?」
妻のアリソンは目を細めて親子二人の姿を黙って見つめていた。