奈緒子は大阪梅田の裏通りを歩いていた。
もう傾いた日差しが、ビルの隙間から前方の道路を細長く照らしている。
やがて細い路地を抜けた所で、奈緒子はある瀟洒なマンションへ入って行く。
エレベーターで15階に上がり、観葉植物が配されたホールに降り立つ。
左手奥にあるインタホンを三度押すと、奈緒子はホールのガラス張りから夕陽に染まった大阪の街並みを眺めた。
「あら、どういう風の吹き回し? モニター見てびっくりしちゃったわよ。」
いつの間にかドアが開いて、40代半ばかと思われる女性が立っていた。
髪をアップに結い上げて高価なドレスを身に纏った雰囲気は、高級クラブのママといった感じだった。
「うふふ、お姉さんご無沙汰しました。久しぶりの里帰りよ。」
「久し振りって、あれからあなた東京に行って成功したって・・・。」
中年の女性は一瞬口ごもると、奈緒子の顔を見つめた。
はにかんだ笑みを浮かべたまま、奈緒子は再びガラスの外へ視線を向ける。
「ま、まあそんな事はどうでもいいわ。元気そうでよかった。さあ中に入って。」
女性は慌てて言葉を継ぎながら、肩を抱く様にして奈緒子を中に招き入れた。
奈緒子の前に紅茶を置くと、女性は自分も向かい合わせのソファーに腰を降ろした。
「本当に久しぶりだわね。もう何年になるかしら・・?」
「ふふ・・、もう10年以上になるのよ、お姉さん。」
「あなたがマスコミ関係の人に付いて行った後、東京で成功してるって噂を聞いて、あたしも嬉しかったのよ。頑張ったわね。」
「ええ、ありがとう。」
奈緒子は穏やかな笑顔で女性の顔を見つめた。
「きょうはゆっくりしていけるんでしょう? 久しぶりに沢山お話ししたいわ。」
「残念だけど、そうもしてられないの。それに私、今日はお客で来たのよ。」
「お客で・・? で、これからどこか行くの?」
奈緒子と女性の顔からふと笑みが消えた。
「うん、久しぶりに・・岡山の田舎にも顔を出そうかと思って。」
紅茶を口に運ぶ奈緒子を見つめると、再び女性は笑顔に戻った。
「そう、わかったわ。」
女主人はテーブルの上のボタンを押した。
「エミちゃんと優梨愛ちゃん、こっちに来て。」
しばらくすると、二人の若い女性が姿を現した。
エミはショートカットのラフなヘアスタイルで、スレンダーな身体にTシャツとジーンズを着こなしている。
優梨愛は柔らかく女性的な身体に、まるで女子高生の様なチェックのスカートがよく似合っていた。
「わあ~うれしい、こんな素敵なお客様で。さっきモニター見ながら、こんなお客様だったら嬉しいなあって、みんなで話してたのよね。」
エミがあっけらかんと優梨愛に問いかける。
優梨愛はただ微笑んで、奈緒子を見つめていた。
「まあ、あなた達ったらなに。お行儀の悪い・・。」
女主人は思わず苦笑いで二人を睨んだ。
「あっははは・・、どうもありがと。」
奈緒子は笑いながら二人の女の子を見上げる。
「ごめんなさい、まったくもう、今時の女の子ときたら・・・。でもこの二人は今うちのエースよ。楽しんでいって。」
「お客様、早くお部屋に行きましょう?」
もうエミは奈緒子の手を取ってソファーから立たせようとする。
「何ですかエミちゃん、んもう、はしたない・・・。でもあなたたちに言っとくけど、今日のこのお客様は、お芝居じゃ済まないかもよ・・。」
それを聞くと、二人の女の子は身を弾ませて笑った。
「あははは、ママ。あたしたち最初っからお芝居なんてする気ないわ。こんなに素敵なお客様だもの、あたし、すっごく楽しみ。」
女主人は呆れ顔で奈緒子の顔を見た。
「あっそ、それはよかったわ。じゃもう、さっさとお客様をご案内してちょうだい。」
奈緒子は二人の女の子に纏い付かれながら別室へと消えて行った。
その部屋は広く豪華で、真ん中に円形のベッドが置かれていた。
そのベッドの中心に膝立ちになると、二人は甲斐甲斐しく奈緒子の衣服を脱がせていく。
よほど嬉しいのか、時々二人で顔を合わせては悪戯っぽく笑い合っている。
奈緒子が一糸まとわぬ姿になると、エミが目を輝かせて口を開いた。
「まあきれい・・・。あたし憧れちゃう・・。」
エミが奈緒子の身体に見とれている間、優梨愛は静かに自分の服を脱いでいた。
霜降りで薄桃色の身体が露わになると、思いを込めた眼差しで奈緒子を見つめる。
「こっちにおいで・・。」
奈緒子は優梨愛の身体を抱いたまま円形ベッドの中央に倒れ込む。
「お客さま・・あむ・・・。」
奈緒子と優梨愛の唇がゆるゆると絡み合った。
下から肩先を掴んだ優梨愛の両手が、ゆっくりと奈緒子の背中に廻される。
「あっ、二人だけずる~い。」
もう全裸で身を絡ませる二人を見て、エミは不満げな声を上げた。
勢いよくTシャツを脱ぎ、ノーブラの胸にネックレスを揺らしながら、タイトなジーンズをもどかしげに脱ぎ捨てた。
スレンダーな身体を、優梨愛を抱きしめている奈緒子の背中に覆い被せていった。
エミの唇が奈緒子の背中を這い回り、快感のポイントを掘り起こしていく。
奈緒子は吸い付けていた優梨愛の唇を離して呻きを上げた。
「んふふ・・、気持ちいい?」
優梨愛はそんな奈緒子の様子に含み笑いを漏らすと、再び舌で奈緒子の唇を招く。
奈緒子は呻り声を上げながら優梨愛の口に武者ぶりついた。
堪らなく美味な唇だった。
奈緒子の舌を口の中に誘い入れて、そして赤子がお乳を吸う様に唾液を吸い出そうとしてくる。
鳥肌が立つ様に背中の肌をエミに愛されながら、後ろから回された両手で乳房を揉み上げられる。
ガクガクと細かく身体を震わせて、奈緒子も優梨愛の胸の膨らみを掴んだ。
片手にちょうど収まるくらいの優梨愛の乳房は、適度な柔らかさで吸い付く様な感触を奈緒子の手に伝えてきた。
エミは背中から脇腹を舐めつくすと、優梨愛の乳房にあてがっていた奈緒子の右手を跳ね除け、奈緒子の右の乳房に吸い付いてきた。
途端にいきり立つ乳首を、乳房全体が震えるほどエミの舌が舐め転がす。
奈緒子は身を捩り声を上げようとするが、優梨愛に唇を与えたままくぐもった呻きを発するしかなかった。
両足の間にエミの右足が割り込んでくる。
エミは優梨愛に目配せをすると、立たせるだけ立たせた奈緒子の乳首を音を立てて吸い離した。
すかさず優梨愛はその乳房を片手で包み、唇を吸わせたまま二人の身体を回転させ、今度は上から奈緒子の身体を抱きしめる。
エミが奈緒子の両足の間に顔を埋めた。
「んぐううっ・・あはっ!」
奈緒子は優梨愛の唇を振り切って声を上げた。
奈緒子の股間でエミの髪の毛が細かく揺れている。
優梨愛の腕の中で奈緒子の身体が駄々をこねる様にくねり、揺れる乳房の先で乳首が固く弾き立つ。
「いいよ、おねえさん、このまま一度満足して。でもエミちゃんに満足させてもらったら、次はあたしのことも愛してね。」
優梨愛が悩ましく耳元で囁きかけた。
そしてその唇がそのまま首筋をたどり、怒った様な乳首を吸い含む。
「う・く・・うぐううう・・・。」
奈緒子は忍び泣きにも似た声を上げた。
エミは両側の花びらを十分味わい尽くすと、そのよく動く舌で全体を掘り返す様に舐め上げ続ける。
「あっ、はあ、いい・・。おかしくなりそうっ・・・。」
奈緒子は頭が真っ白になりつつあった。
エミに股間を貪られ、優梨愛の背中を掴みながら狂おしく身体をくねらせている。
女主人は自室のモニターを見ながら呟いた。
「奈緒ちゃん、あなた一体何があったの・・? でなきゃ、あたしのとこなんか来る訳ないもんね。・・・何だか悲しそう。」
奈緒子の身体は狂おしい断末魔の痙攣に近づいていた。
両足の指は曲げ伸ばしを繰り返し、下腹部では引き締まった腹筋の形が見え隠れしている。
「もうだめでしょ、おねえさま・・。いいよ、あたしがしっかり抱いててあげるから。さあ、思い切り、いって・・・。」
優梨愛が目配せをすると、エミは奈緒子の女を舐め上がったまま、その敏感な突起を吸い含んだ。
「あっ! あうっ!!」
奈緒子の身体がガクガクと揺れた。
エミは奈緒子のクリトリスを適度に吸い付けると、細かく舌を震わせながら何度も吸い離しを繰り返した。
「あああ~~だめだめだめ、ああもうっ・・・・!!」
「さあいって、おねえさま、思いっきり、さあっ!」
「あ・・・・ああだめっ!・・いやああっ・・いくうっ・・・・・!!!」
奈緒子は反り上がると激しく身体を痙攣させ、涙さえ流しながら絶頂を迎えた。
細かく痙攣を繰り返す奈緒子の身体にさらに二つ女体が絡んで行く様を見つめながら、女主人はモニターのスイッチを切った。
窓の外に目をやると、いつの間にか薄暗くなったうえに雨も落ちて来たようである。
“奈緒ちゃん、あなた泣いてたわね身体中で。何となくあたしにはそう思えたわ。いいわ奈緒ちゃん、今日はあの子たちに涙を拭いてもらいなさい・・。”
女主人はしばらく窓の外を見つめていたが、今度はつい声に出して言ってしまった。
「奈緒ちゃん、あなた・・・傘持って来てた・・?」
窓ガラスの外側には、今しがた降り始めた雨が、幾筋もの水色の線を描き出していた。
優美は洗濯物をたたむ手を止めて、窓の外に降り注ぐ初夏の日差しに目を細めた。
一人でいる時、優美の心を支配してしまう事は決まっていた。
それは前触れも無く、忽然と姿を消してしまった人のことだった。
裏切られた様な、しかし一方では何か大変な事が起きた様な気がしていた。
玄関のチャイムで優美は我に返った
たたんだ洗濯物を壁際に置いて玄関へ向かう。
玄関ドアを開けると、ファッション雑誌から抜け出たような可愛い少女が立っていた。
「あ、あの、こんにちは・・。」
要件を聞くのも忘れて優美は口ごもった。
その少女は人懐こく笑いながら口を開いた。
一見若いテレビタレントの様に見えて、優美を見返すその瞳は少女らしからぬ不思議な魅力を湛えている。
「あの、副島優美さんですか? 私、矢野彩香と申します。実は私、沢田奈緒子さんと同じ職場にいた者なんですが・・。」
優美は胸を突かれる思いだった。
奈緒子との関係で第三者に会うのは不安だった。
しかし今は、奈緒子の安否を知りたい気持ちの方が優美を支配した。
「ここでは何ですから、どうぞお上がりください。」
優美は彩香をリビングへ案内した。
「いいお住まいですね。」
彩香はお茶を口元に運んだ後、リビングから庭先へと視線を巡らせながら言った。
優美は軽く会釈を返したが、すぐ彩香に問いたださずにはいられなかった。
「あの・・、沢田さんのことで何か・・? 沢田さんに何かあったんでしょうか・・?」
彩香はお茶をテーブルの上に戻すと、その表情を曇らせて言った。
「ええ、副島さんが大変心配なさってると思いまして。実は沢田さんに頼まれてこちらに伺ったんです。」
「えっ、奈緒子さんに・・・?」
優美はその表情を硬くした。
「沢田さんは色々仕事の件で非難を浴びて、仕事先との癒着も明るみに出てしまったもので、会社にいられなくなって辞職されたんです。」
優美は呆然と彩香の顔を見つめた。
「そして損害賠償などの訴追を受けない事を条件に、沢田さんは東京を離れてしまわれました。」
「そ、そんな・・・。」
優美は胸を締め付けられる思いでテーブルの上に視線を落とした。
「だけど副島さんは本当にいいお友達だったし、きっと心配してるだろうから、副島さんの所にだけは行って欲しいと、あたしに頼んだんです。」
「そんな・・、そんなことって・・・、う・・うう・・。」
優美はぽろぽろと涙をこぼした。
「ううう~・・・、そんな勝手に・・・。」
そんな話、信じられなかった。
そして何故自分に話をしてくれなかったのか、自分とはその程度の関係だったのか、悲しくて、悔しくて、とうとう彩香の目もはばからずテーブルに伏して泣いてしまった。
「・・もう、・・帰ってください・・・。」
優美はやっとのことで彩香に告げた。
じっと優美の様子を見ていた彩香は、静かに立ち上がって玄関へと歩き始めた。
しかしリビングのドアに手をかけた彩香は、ふと優美を振り返って口を開く。
「副島さん、本当の事を申し上げましょうか・・。」
優美は顔を上げ、赤く泣きはらした目で彩香を見た。
彩香は改めてソファーに座り直すと、今回の失踪にまでつながる経緯を一部を除いて優美に告げた。
除いた一部とは、彩香が奈緒子と過ごした一夜のことであった。
優美への配慮もあったが、彩香が初めて身体の喜びを共にした大事な思い出でもあったのである。
優美は呆然とガラステーブルの上を見つめながら話を聞いた。
音も無くその頬を涙が伝い落ち、テーブルの上で美しく輝いた。
「沢田さんは自分を犠牲にしてもあなたを守ろうとしていました。そして自分がいなくなることが、あなたの為だと・・。」
彩香は静かにソファーを立ち上がって、優美の横に腰を降ろした。
「沢田さんは、心からあなたを愛してたんです。あなたと同じように・・。」
優美の脳裏に、心も体もひとつに溶け合った奈緒子との日々が鮮やかに蘇った。
その時、震える優美の肩さきにふと彩香の手が添えられた。
「あっ、やめて・・。」
優美は虚を衝かれて身体を小さく弾ませた。
彩香は一瞬驚いた様に長い睫毛を瞬かすと、珍しく顔を赤らめて言った。
「あら、すいません。あたしそんなつもりじゃ・・・。それに私、お金にならない事はやらないんですよ。」
彩香は再び玄関へと歩き始めた。
今度は優美も立ち上がってその後に続く。
玄関ドアを開けながら、彩香は再び口を開いた。
「あたしの仕事は、時々人を不幸にしてしまうんです。でも、沢田さん最後に言ってました。優美さんは必ず幸せになれる人だって・・・。では私、ここで失礼します。」
彩香が外に出ようとした時、後ろから優美の声がした。
「矢野さん。私は、奈緒子さんもきっと幸せになれる人だと思っています。それは私の幸せとは、また違ったものかもしれないけど・・。」
彩香は玄関から外へ出ると、優美を振り返って少女らしい笑みを浮べた。
「ええ、そうですね。では、もうお会いすることもありません。お元気で・・。」
静かに玄関ドアが閉められた。
傾きかけた日差しが彩香の顔を照らした。
アプローチを道路へと歩きながら、彩香はぽつりと独り言を言った。
「お金にならないことはやらないか・・。今日は私のサービスよ、優美さん。」
初夏のそよ風に艶やかな髪を光らせながら、その少女は去って行った。