排水路の石積みを越えて、山水が岩盤の上に流れ始めた。
昨夜来からの大雨で、室に流れ込む水の量が大幅に増えている。
亜希子は室の中に視線を巡らした。
「向こうよ、碧ちゃん。あそこが地盤が高いわ」
その場所は入り口とは反対側の、山水が室に入って来る入水口の横だった。
「荷物や毛布をあそこに運びましょう。それからその後に、乾いた薪を運ぶのよ」
「薪……?」
「ええ、さあ早く」
二人は荷物や毛布を運び終えると、5,6本ずつ薪を抱えて運び始める。
「分からないけど、この大きさだと15本ずつくらいでいいかな。あまり大きいのも、使いづらいわ」
目の前に薪を積んだ碧が口を開く。
「どうするのこれ?」
「15本くらいを束ねて、ばらけないように衣装や毛布を裂いて縛るのよ。浮き輪代わりにするの」
「そうか」
「いくつか作って、なるべく濡れないように高い場所に置きましょう。そう、祭壇の上がいいわね」
そう言いながら、亜希子は碧の肩越しに床を漂い始めた山水を見た。
それはまるで満ち潮の様に、二人に向かって静かに、しかし着実に近づいて来る。
「碧ちゃんは泳げるの?」
亜希子は薪を束ねながら碧に尋ねた。
「ええ、私、泳ぎは得意よ」
「そう、あたしはあまり泳げないの……」
「大丈夫、亜希子さん。水が来ても私が亜希子さんを助けてあげる」
「うふふ、ありがと」
きっぱりとした頼もしい口調に、亜希子は笑顔で碧の顔を見た。
しかし亜希子は泳ぐことなどあまり考えてはいなかった。
用を足すために水に入った時を思い出すと、凍るような水の中で満足に身体を動かして泳ぐなど到底不可能に思われた。
「さあ早く作って、私たちも祭壇の上に上がりましょう」
「ええ」
二人は顔を見合わせると、再び薪を縛り始めた。
いくつかの薪の束と共に、二人は山の神の祭壇の上で身を寄せ合っている。
碧はうつろな眼差しを下に向けた。
「ああ……、もうすぐ焚き木が消えるわ」
「ええ……」
二人の視線の先で、もう焚き木を囲む石積みを越えそうに水かさが増していた。
亜希子は祭壇の上から手を伸ばして山水に浸けてみる。
凍る様に冷たい感覚に手が震えた。
物言わぬ冷たい悪魔は、確実に亜希子と碧の住む世界を小さくしていく。
「焚き木が消えたら真っ暗になるわね……」
碧の呟きを聞いて、亜希子はその華奢な身体を抱きしめた。
「大丈夫。あたしが一緒だから、あなたは何も心配しなくていいの」
それを聞くと碧は亜希子の腕から身を反らした。
「どうしてそういうこと言うの、亜希子さん? どうして私だけ心配しなくていいの? 私たちはいつも一緒でしょう?」
亜希子は胸を突かれる思いだった。
「ええ、そ、そうね……」
「いや、いやよそんなの!」
碧は亜希子の両手を逃れて背中を向ける。
その時、室の中の明かりが大きく揺らいだ。
思わず二人は焚き木に目を向ける。
ひときわ最後の炎を輝かせて、焚き木はゆっくりと山水に飲み込まれていく。
「碧ちゃん!」
亜希子は碧の名を呼んだ。
両手で肩を掴んで振り向かせる。
「あなたの、あなたの顔が見えなくなる……」
「亜希子さん!」
二人はじっと互いの顔を見つめ合った。
「二人で頑張ればきっと大丈夫。それに……、山の神様が私たちを見殺しにするもんですか」
「ええ、亜希子さん……」
祭壇の上で二人はきつく抱き合った。
そしてそのまま、二人の姿は漆黒の闇に包まれていった。
「んっぐ……待って……、またダメになりそう……」
深く重ね合った碧の唇から逃げて、亜希子は切なげな声を上げた。
毛布の上で仰向けになった裸身に横から碧が寄り添っている。
肘を張った碧の右手が亜希子の両足の間に隠れて、細かく震えながらその動きを早めていく。
「ああっ……」
首を左右に振って、亜希子の背中が毛布から反り上がった。
碧の両足が亜希子の太腿を挟み付け、その引き締まったおしりが弾む。
熱い露とともに碧の陰毛が亜希子の太腿に粘り付き、その若い花びらはまるで唇のように吸い付いてくる。
亜希子は思わず碧の右手首を掴んだ。
「だめっ……またいっちゃう……」
上から碧の上気した顔が覗きこむ。
「いいよ亜希子、何度でも……」
「だって碧ちゃん……」
「もう。今は碧ちゃんじゃなくて、あなたでしょう?」
亜希子の顔が微かに紅潮した。
「だ、だって……あなた、あたしだけ何回も……」
全身を隅々まで碧に愛撫され、そして貪るように唇を合わせながら濡れたものを指で責められる。
太腿に熱く潤った碧のものが滑りつくのを感じながら、亜希子の身体をこの上なく甘美な絶頂が襲った。
亜希子は夫である若い女性に、身も世もなく愉悦の泣き声を上げたのである。
「私、亜希子のことを沢山愛したいの」
そうつぶやいた碧に亜希子は言った。
「ええ、あたしとっても嬉しい。でもあたしばっかりで、ちょっと寂しかったの……。ね、ひとつになりましょう。ちょっと待って……」
亜希子はそう言って立ち上がると、室の奥へと向かった。
「ああ……、このままもうだめになりそう……」
亜希子は逆さまに重なり合った碧の股間から顔を上げて言った。
「ええ、あたしも……」
碧の返事とともに、二人は互いの股間からいそいそと身を起こす。
「来て……」
その言葉に膝立ちのまま歩み寄る碧を亜希子は抱き寄せた。
「沢山、つばをちょうだい……」
そのまま二人の唇が深く重なり合った。
時間をかけて碧のつばをたっぷりと口の中に受け取ると、亜希子はそれを自分のつばと絡み合わせて片手に受ける。
奥から漏れくる焚き木の灯りを映して、亜希子の手の上に透明な輝きが宿った。
そしてその輝きが、二人をつなぐ物に薄く伸ばされていく。
「あなた、大丈夫? 最初はあたしに入れましょうか……?」
亜希子の言葉に、碧はゆっくりと首を横に振った。
「ううん、最初はあたしよ。亜希子、下になって……」
亜希子は微かに微笑むと毛布の上に仰向けになる。
「ちょっと恥ずかしいけど、こうしないと上手くいかないの……」
両手で太腿の後ろを持って両足を持ち上げる。
「あははは、可愛い……。赤ちゃんみたい」
碧の声が室の中に響いた。
「もう……、恥ずかしいから早く来て」
その声に碧は亜希子の両足の間で膝立ちになった。
微かにその眉が寄せられた時、片手の輝きが半ば碧の中に消える。
亜希子はそんな碧に両手を伸ばした。
「あなた、そのままゆっくり来て。さあ、あたしを抱いて……」
碧が亜希子に覆いかぶさって行くにつれ、碧に添えられた亜希子の右手がその輝きを自分に誘う。
「ああ……、あなた、もっと来て。あたしに体を預けても大丈夫よ……」
互いの乳房を押しひしぎながら二人の体が重なっていく。
「ああ……」
碧の口から切なげな声が漏れた。
「痛くない……?」
「ううん、大丈夫……」
「はあ…………、あなた……」
湿った溜息とともに亜希子の両手が碧の背中に回される。
微かに下肢を揺さぶると、二人はいっぱいにお互いを満たし合った。
「亜希子……」
きつく互いの体を抱き合って頬を重ねる。
「亜希子……」
「なに……?」
「こうしないと上手くいかないって、誰から教わったの……?」
「え……?」
亜希子は一瞬口ごもったが、もう慌てる事はなかった。
碧の肩を起こしてその顔を見つめる。
「もう私には死ぬまであなたしかいないわ。それでもそれが知りたい……?」
碧の目がみるみる潤んだ。
「亜希子!」
夢中で唇を重ねる亜希子の頬を、碧の熱い涙が伝い落ちていった。
先ほどまでの静けさが嘘のように、切羽詰まった息遣いが通路にこだましている。
両手をきつく握り合わせて、亜希子の両足の間で碧のお尻が弾んでいた。
「ああっ、奥まで来る………もうだめになりそう!」
亜希子はもうほとんど泣き声で訴えた。
二人を繋ぐものはもう程よく溶け込んで、女陰同士が押し付けあっても中で余裕がある程度になっていたのである。
しかしどうしても若い碧から亜希子の中に押し込んできて、激しくかき回すように刺激してくるのだ。
「はあ……ああ……、亜希子! はあ……私もおかしくなりそう……」
「お願い………ああ……ああもう来て! お願い一緒に……」
体の奥から快感が疼き上がって、もう絶頂の前触れの震えが亜希子の背筋を走り始める。
亜希子は碧と握り合わせた両手を離して背中に回した。
「ああ、もうだめ……。あなたキスして!」
激しく唇が絡むと同時に、舌を碧に吸いだされた。
しなやかな碧の身体を抱きしめると、亜希子はその柳腰の動きに合わせて敏感な突起を競り合わせていく。
「ぐう……!」
唇を重ねたまま碧の喉が鳴った。
亜希子の両手の中で若い体にビクビクと痙攣が走る。
「ぐむ~~~~!!」
強くクリトリスを押し付けあったまま、二人の腰がバッタのように振り立てられる。
碧は音を立てて亜希子の唇を吸い離すと、大きく口を開けて仰け反った。
「あ~~……、いっちゃ、いっちゃう……!」
「あ……く……いっくううううう………!」
異口同音に裏返った極みの声を上げて、ひとつになったままの二人を狂おしい絶頂が縛った。
碧を押し上げて毛布からせり上がった亜希子のお尻が、宙でブルブルと震える。
泣きそうな快感の嵐が通り過ぎるのを待って、亜希子はそっと二人の身体を毛布に戻した。
そして二人を繋ぐ絆が落ちないように下肢を宛てがいながら、乱れた碧の黒髪を優しく整えたのである。
「さあ碧ちゃん、起きて。服を着て少し休みましょう」
亜希子は上体を起こして傍らの碧に声をかけた。
「ううん、このままでいいの……。それに、碧ちゃんは駄目よ」
それを聞くと亜希子はその場に起き直った。
「いいえ、今はお母さんよ。ほら、風邪ひくから、寝るんだったら服を来て寝てちょうだい」
「めんどくさ~い……ああっ……」
もう亜希子は黙って碧をその胸に抱き起こす。
「もう夜明けも近くなってきたわ。6時のお祈りの前に少し休まなくちゃだめよ。わかった?」
「ええ」
照れ笑いを浮かべながら、亜希子の胸で碧は頷いた。
「私、亜希子さんが奥さんになってくれたのも嬉しいけど、お母さんもとっても嬉しいの」
「うふふ……」
亜希子は小さく笑って碧の身体を抱きしめた。
「ねえ、今のはどっち……? 亜希子さん」
「ええ? ……あははは」
亜希子は笑い声を上げた。
「私にもよく分からないわ。多分……どっちもよ」
そう言って亜希子は立ち上がる。
つられて立ち上がった碧も、その場で一緒に衣装を着こみ始めた。
最後の帯紐を締める亜希子がふとその手を止める。
「また何だか、室の中が暑いわね」
亜希子はそう呟くと、固い表情のまま室の中へと足を向けた。
「まあ!」
室の内部の空間は熱気に満ちていた。
入り口近くにいた二人が気付かないうちに、急激に内部の温度が上がったように思われる。
「上を見て!」
後ろから追ってきた碧が声を上げた。
亜希子が上を見上げると、前回換気が滞った時よりもはるかに薄暗い煙が上に漂っている。
もうほとんど換気塔の穴は見えず、その機能も果たしている様には思えなかった。
その煙の下の空気でさえ、熱く身体を圧迫するように感じる。
「入り口の方に戻りましょう。7時には食事を届けに人が来るから、それまで通路に避難するのよ」
亜希子は手持ちの時計を確認した。
午前3時30分。
室の異変から解放されるには、あと約3時間半の辛抱だと思われた。
「あなたは何も心配しなくていいわ。さあ通路に戻りましょう」
そう言って亜希子が碧の肩を抱いた時、再び異変が二人を襲った。
髪の毛が逆立ち、激しい耳鳴りに襲われた。
眩暈と共に身体が持ち上げられるような感覚を覚える。
亜希子は碧の身体を抱いてその場にうずくまった。
必死に上を見上げると、どす黒い煙が渦を巻いて換気塔に吸い上げられていく。
換気が回復して室が熱気から解放される、亜希子がそう思った時、
“ゴドドド!!!!”
地響きと共に重く固い音が響き渡った。
「なに、今の音!!」
恐怖に震える碧の叫びに亜希子も答える事が出来なかった。
前回聞いた地響きよりも、今の音はさらに規模が大きかったのである。
亜希子はさらに異変がないか、しばらく碧の身体を抱いてその場にうずくまっていた。
しかしそんな懸念にも新たな異変は感じられず、上空の煙もすっかり消え去っていた。
亜希子は胸を撫で下ろす思いで、碧の肩を抱いて立ち上がった。
「碧ちゃん、念の為に入り口の近くで過ごしましょう。 6時のお祈りが済んだら、食事を運んで来た人に事情を話して、役場から見に来てもらいましょうよ」
「ええ……」
そう言って歩き出そうとした時、碧の足が止まった。
「亜希子さん……、あ、あれ……」
亜希子は碧の眼差しの先を見た。
「なに? どうしたの、碧ちゃ……!」
亜希子は2、3歩足を進めると、もう一度目を見開いて前方を見つめた。
勢いよく流れていた排水路の水が止まっていた。
石積みの10センチ下を流れていた水が、少しずつ水位を上げている様に見える。
亜希子は身体から血の気が引くのを覚えた。
反射的に亜希子は碧の身体を抱きしめる。
「大丈夫。碧ちゃん、なにも心配いらないのよ」
亜希子は力なく響く自らの言葉を虚ろに聞いた。
しかし碧を抱いたまま俯いた亜希子の脳裏に、やがて小山内薫から聞いた話が蘇る。
二人の内、一人だけは助かる方法。
「亜希子さん……」
不安そうな碧の呟きが聞こえる。
再び顔を上げた亜希子の顔には、もう笑みが浮かんでいた。
「そうよ、あたしがついてるからあなたは何も心配いらないわ。でも万が一に備えて、少し準備するから手伝って。さあ、お願い……あなた」
そう冗談めかして立ち上がると、亜希子はもう石積みから溢れそうに水位を上げた排水路の水に目をやった。