僧「一番上の横書き、読めますかな?」
み「喝(かつ)の観五」
僧「当たっていると思いますか」
み「3割ほどは」
↑会社では絶対必要でしたが、テレワークしたら、ぜんぜん必要じゃありませんでした。
僧「そもそも、読む方向が違います。
右から左です」
み「なんで右から読むのじゃ。
アラビア語じゃあるまいし」
↑これを見ただけで挫折。
僧「それは、これをトラックの右側面に貼るためです」
み「はぁ?」
僧「トラックの右側って、社名を右から書いてありますでしょ」
↑「所業エロ山」ではありません。「山口工業所」です。
み「何でトラックに貼るのじゃ!」
僧「思いついただけです」
み「僧が思いつきで喋るな」
僧「あなたの耳と一緒です」
み「何で」
僧「右から左でしょ」
み「なんだか、酔っ払いと喋ってる気がしてきた」
僧「それは、わたしのセリフです」
律「どうか、これにかまわないで下さい」
僧「修業が足りてませんな」
み「千年修業せい」
僧「関わりませんぞ。
この横書きは、『五観の偈(ごかんのげ)』と読みます。
あなたはさっき、“喝(かつ)”とおっしゃいましたが……。
僧「あれは口偏です。
“偈(げ)”は、人偏。
“偈”とは、元はサンスクリット語で……。
仏の教えや徳をたたえるために、韻文の形式で述べたものです」
↑お経の一種なわけですかね?
み「早い話、詩であるわけだな」
僧「左様です。
耳に心地よいリズムを持っております。
内容がわからなくても、覚えやすい。
古くから、教えを広めるために用いられてきた形式ですな。
それではまず、わたしに続いてご唱和ください。
まずは、意味がわからなくてもけっこうです。
リズムある文章の流れで、沐浴するようなお気持ちで。
それでは、始めます。
一(ひとつ)には功の多少を計り彼(か)の来所を量る」
皆「一には功の多少を計り彼の来所を量る」
僧「二(ふたつ)には己れが徳行の全缺(ぜんけつ)を忖(はか)って供(く)に應ず」
皆「二には己れが徳行の全缺を忖って供に應ず」
僧「三(みっつ)には心(しん)を防(ふせ)ぎ過(とが)を離るることは貧等(とんとう)を宗(しゅう)とす」
皆「三には心を防ぎ過を離るることは貧等を宗とす」
僧「四(よっつ)には正に良薬を事とするは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんが為めなり」
皆「四には正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為めなり」
僧「五(いつつ)には成道(じょうどう)の為めの故に今此(こ)の食(じき)を受く」
皆「五には成道の為めの故に今此の食を受く」
僧「みなさん、暗記できましたかな?」
↑現在、鎌倉幕府の成立年は、1192(いいくに)ではなく、1185(いいはこ)になってます。
み「でけるか!」
僧「暗記できないと、地獄に落ちます」
み「脅してどうする!」
僧「もちろん冗談です。
この中で地獄に落ちるのは、この方だけです」
み「なんでじゃ!」
僧「それでは、一文ずつ解説して参ります」
み「まだ食えんのか!」
僧「食事すなわち、修業そのものです」
み「自分がウンチクを垂れたいだけだろ」
僧「わたしが垂れるのはウンチクですが……。
あなたのは“ク”を抜いたものじゃないですか」
み「ウンチを垂れる……」
み「食事時にそんな下品なこと言っていいのか!」
僧「おっしゃったのはあなたです」
み「僧が罠を仕掛けてどうする」
僧「それでは、解説を始めます。
まずは……。
『一(ひとつ)には功の多少を計り彼(か)の来所を量る』。
この食事は、いきなりここに現れ出たものではありません」
み「出来たら、ドラえもんじゃ」
僧「続けます。
まず直近は、うちの厨房の者が料理したわけですが……」
↑『吉祥閣』ではありません。
僧「その前に、材料はお店から買い求めます。
お店では、棚に商品を並べる人がいます」
僧「さらにお店には、納入業者がトラックで運んできます」
僧「その前には、市場などで競りにかけられるのでしょう」
僧「そこに持ちこむのは、農協さんでしょうかね」
↑トウガン(冬瓜)だそうです。食べたこと無いかも。
僧「さらにもちろん、その前には、農家の方の苦労がある」
↑生まれ変われたら、こんなところで農家がやりたいです。
僧「さらに遡れば、種苗を生産する工場がある」
僧「この一膳の料理が、こうして調うのは……。
数限りない人々の働きがあってこそなのです。
まずは、その来歴に思いをはせ……。
人々に感謝をするところから、食事は始まるわけです」
み「ぐぅ~」
僧「何ですか?」
み「感謝しすぎて、お腹が鳴った」
僧「健康な証拠です。
ありがたいことです。
続けます」
み「やっぱり」
僧「『二(ふたつ)には己れが徳行の全缺(ぜんけつ)を忖(はか)って供(く)に應ず』。
そうして調えられた食事を、はたして自分はいただくに値するのか。
それを心に問い、反省するのです」
↑月曜の朝は、わたしもこんな感じです。
み「胸を張って値する」
僧「大した自信ですな」
み「1万2千円も払っておる。
いただくに値するに決まっておる」
僧「続けます。
『三(みっつ)には心(しん)を防(ふせ)ぎ過(とが)を離るることは貧等(とんとう)を宗(しゅう)とす』」
み「よく覚えられますな」
僧「意味を知れば自然と胸に入ってきます。
しかし、これは少しく難しいですな」
み「トントンを投げたら、シュート回転したというところはわかった」
僧「トントンとは何です?」
み「パンダではないか」
↑トントン(年1986~2000年)の剥製【国立科学博物館】。死因は癌だったそうです。
み「大陸伝来の教えに、パンダが出て来ても不思議ではない」
僧「パンダのことなど、どこにも書いてませんがな。
確かに、『貧等(とんとう)』はわかりにくいですな。
これは、三種の煩悩である『貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)』のいわゆる三毒を指します。
『貧(とん)』は、むさぼりですな。
美味しいものを前にすると、貪り食べてしまいます」
僧「『瞋(じん)』は、怒りや憎しみ。
粗末な食膳に怒ったり不平を言ったりする心です」
僧「『癡(ち)』は、愚かさ。
食することの意義や作法をわきまえないことです」
僧「すなわち、心を正しく保ち、あやまった行いから身を遠ざけるためには……。
毎日の食においても、『貪瞋癡(とんじんち)』を常に意識していなければならないということです。
続けます」
み「なかなか粘り強いではないか」
↑毎朝食べてます。ウマいぜ!
僧「こういうお客様のお相手をするのも、修業の一環です」
み「なんだか、クレーマーみたいではないか」
僧「『四(よっつ)には正に良薬を事とするは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんが為めなり』」。
『形枯(ぎょうこ)』は、痩せ衰えること。
すなわち食とは、この命を支えるためにいただく良き薬なのです」
↑江戸時代では、「薬食い」と称して獣肉を食べたそうです。
僧「よろしいですか?」
み「続けてよし」
僧「今日は、ひたすら修業です。
それでは、ようやく最後になります。
『五(いつつ)には成道(じょうどう)の為めの故に今(いま)此(こ)の食(じき)を受く』。
『成道(じょうどう)』とは、悟りを開くことです」
僧「その究極の目的を果たすために、今、この食事をいただきます。
それでは、みなさん、たいへん長らくお待たせいたしました。
いただきます」
皆「いただきます」
僧「あ、みなさん」
み「まだあるのか!」
僧「お食事後、箸は箸袋に収め、お部屋にお持ち帰り下さい。
明朝の食事にも使いますので、忘れずにご持参下さい。
なお、その後は、お持ち帰りになってけっこうです。
それではわたしは、これで失礼します」
み「風のように去っていったな」
↑ふなっしー、驚異の逃げ足。
律「あなたがあんまり絡むからよ。
恥ずかしいんだから」
み「げ、この箸……」
律「ちょっとスゴいわね」
み「家で使う気になりまっか?」
律「これはやっぱり、お仏壇とかに供えるんじゃないの」
み「で、死んだとき、枕元のご飯に刺すんだな」
↑枕飯(まくらめし)と云うようです。
律「もう、準備万端じゃないの。
いつでも死ねるわよ」
↑ご存じ、秩父市の奇祭「ジャランポン祭り」。
み「よし、善は急げだな。
って、何が善じゃ。
この箸を使うのは、まだ当分先だわい。
それよりこれ、オークションで売れませんかね?」
律「罰があたるわよ」
み「それではいただきますか。
まずは手を合わせましょう。
なんまいだ」
律「ちょっと!」
み「あ。
うっかりと箸を刺してしまった」
律「おまえはもう死んでいる」
み「えんがちょ」
↑「縁がチョン(切れる)」が語源だとか。
み「なかったことにします」
み「しかしなんだすな。
この料理、死んだ父に食べさせたかったな」
律「急に殊勝なこと言うじゃない」
み「父は若いころ、胃潰瘍で胃を3分の2くらい切っててね」
↑どういう手術だったかまでは聞いてませんが。
み「ほんと、食が細かった。
背が高かったから、まさしく鶴が歩いてるみたいだった」
↑やっぱり、サギの方が近かったかも。
み「その父なら、この料理でもお腹一杯になったろうね」
律「何が言いたいわけ」
み「どう考えても、少なくね?」
律「さっきの『五観の偈(ごかんのげ)』、ぜんぜん頭に入ってないじゃないの」
み「あれは、料理が少ないことへの布石ですか?」
律「あなたは早食いだから、足りなく感じるのよ」
律「噛みしめてゆっくり食べれば……。
その間に血糖値があがって、満腹感を得られるものよ」
↑か、過酷。
み「そういう先生も、早食いですがな」
律「職業柄、仕方ないわ。
ゆっくりとなんか食事を摂れないことがほとんどなんだから」
み「一番豪勢なのは、この天ぷらですかね」
み「でもこんなの、箸で浚えば一口だわ」
律「そうできないように、塗り箸なんじゃないの。
ひとつずつ食べなさい」
み「しかし、酒なしで夕食を摂るのは、年2回と決めておるのじゃが……」
↑内視鏡検査と職場健診の前日です。
み「今年は、3回になってしまった」
律「だからゆっくり食べなさいって。
公園の鳩じゃないんだから」
↑これはもちろん鳩ではなく……。イグアナです。
み「おっと、あやうくオカズを食べきってしまうところだった。
もう1杯、お代わりせねば。
のりたまでも持ってくれば良かったな」
↑久しぶりに食べたくなりました。
み「先生は?、おかわり」
律「いただこうかしら。
誰かのせいで待たされた分、お腹へっちゃった」
み「当然ここは、あのジャーからのセルフサービスじゃな」
み「お茶碗、寄こしなせい。
わたしがよそってきてくれる」
律「お椀、間違わないでよ。
区別つかないんだから」
み「間違ったって実害なかろう。
毒など持っておらんわ」
↑スポーツカーみたいですね。こういう派手な見た目を、警告色と云います。「毒持ってんぞー」と警告してるわけです。
律「怪しいもんだわ」
み「医者とは思えない発言。
そんなら、茶碗の縁に、鼻くそでも付けておきんさい」
律「食べてるときに!」
み「そんなら、その豆腐の味噌を付ければいいではないか」
律「ほんとに、なんでこんなことをしなきゃならないのかしら。
ほら、ここに付けたからね。
舐めたりしないでちょうだい」
み「妖怪じゃあるまいし」
↑妖怪「垢舐め」。ただの変態だと思います。
み「盛りはどうする?」
律「もりって?」
み「大盛りか、てんこ盛りか?」
律「普通でいいわよ」
み「こんなとこで気取ってもしょうがないぞ」
律「気取ってません」
み「確かに、このオカズの量じゃな。
白米ばっかり食ってたら、脚気になるわ」
↑脚気は“江戸患い”とも称されました。
律「一食くらいじゃ、関係ないわよ」
み「そんじゃ、ちょっくら行ってまいります」
律「見張ってるからね、お椀。
あ、すみませんね。
わたしたちだけ、うるさくて。
あれも、決して悪い人間じゃないんですよ。
頭が悪いだけで」
み「盛ってきたぞ。
ほれ、先生のが、これじゃ。
ちゃんと、味噌が縁に付いとる」
律「あんた……。
少しは、恥というのを知りなさい。
それじゃ、枕飯でしょ」
み「箸を刺すか」
律「やめなさいって」
み「オカズが足りん」
律「わかりきってたことじゃないの」
み「お味噌汁は飲んじゃってるから……。
ぶっかけるわけにいかんしな。
あ、これでいいか」
律「ちょっと、それ天つゆでしょ」
み「何も味がないよりはマシじゃ。
ほれ、これをちょろっと。
うわ。
ドバッといってもうた」
律「そんなの残して立てないわよ。
みっともないから。
全部食べなさい」
み「きびしー。
あ、けっこうイケます」
↑うちの犬も好きでした。
み「かすかに、天ぷらの味も残ってて。
なんか、わびしいけど」
律「こんなに綺麗な料理なのに……。
どうしてそう汚くしてしまうのかしら。
みなさんもう、お湯を召しあがってるわよ。
早く食べなさい」
み「かっこんでもいいか?」
律「そんなにビショビショにしたら……。
お箸で拾ってられないでしょ」
み「それじゃ、失礼して。
シャカシャカシャカ」
↑豪快です。スパゲッティをスプーンで食べるのは高等技術です。
律「静かに食べなさい」
み「仏教らしい音ではないか」
律「何でよ?」
み「お釈迦シャカシャカ」
律「バカらしい」
僧「みなさん、そろそろお済みですかな」
み「ぶ」
律「鼻から出さないでちょうだい」
↑この方は、鼻から食べてるんですかね?
僧「約1名、お済みでない方がおられますな」
律「この人は数に入れないでください。
どうぞ、お続けください」
僧「それでは、みなさん。
『食後の偈(げ)』を唱えましょう」
み「まさか、また五つもあるんじゃなかろうな!」
僧「ご飯粒が飛んでますぞ」
僧「ご安心下さい。
食後は1行です。
箸袋を今一度、お取り下さい。
下の方に書いてあります」
僧「それでは……。
『願わくはこの功徳を以って、普(あまね)く一切に及ぼし、我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜんことを』」
客「願わくはこの功徳を以って、普く一切に及ぼし、我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜんことを」
僧「ごちそうさま」
客「ごちそうさま」
僧「この後は、自由時間になります。
大浴場に入られるのもよし、宿坊の外の温泉に入られるもよし……」
↑入る度胸、あります?
僧「今日はお天気も良いので、夜の恐山を散策されるのもよし」
↑散策する度胸、あります?
僧「しかし、お気を付け下され。
もし、迷子になられても、携帯は圏外です。
助けを呼ぶことは出来ません。
あたりは真っ暗闇です。
朝まで彷徨ったお客様もおられました。
朝、宿に戻られたときは、髪の毛が真っ白になってましてな」
僧「人相もまるで別人でした」
↑NHK時代。髪の分け方が逆でしたね。
僧「よほど怖い思いをしたのでしょうな」
↑東京に住んでたとき、つのだじろうさんの自宅を偶然発見したことがあります。ちゃんと表札に「つのだじろう」と出てました。
み「貴僧は、よほど人を怖がらせるのが好きなようじゃな」
僧「ご忠告をしたまでです。
なお、当館の消灯は22時です。
廊下やロビーなどの照明が消されます。
もちろん、室内の明かりは点けていてもかまいません。
明日の朝は、6時に館内放送で起床の呼びかけがあります。
この放送がありましたら、身支度を調えられて下さい。
宿坊の1階から繋がる長い廊下がございますので……」
↑この先は、撮影も禁止です。
僧「6時半までに、地蔵殿においで下さい。
朝のお勤めをご一緒していただきます。
それではみなさん。
食器はそのままで結構です。
お箸だけは忘れずにお持ち下さい。
朝食でも使いますので。
それでは」
み「またもや、風のように去っていったな」
↑北九州市に実在するそうです。
律「あんたとかかわりたくないからだわ」
み「修業の足りんやつ。
しかし、なんで一緒に食べないのかな?」
律「これは、お客さん用の御膳だからでしょ。
お坊さんは、賄いみたいなのをいただくんじゃないの」
み「ビフテキとか、食ってないだろうな」
↑野菜も食え!
律「そんなわけないでしょ」
み「あの、みなさま。
先ほどは、この女の遅延行為のせいで……。
食事開始が遅れ、誠に申し訳ありませんでした」
律「何でわたしなのよ!
100%、あんたじゃないの」
み「ところで、みなさんにお尋ねしたいのですが……。
これから、ビールを飲まれるつもりの方はおられますかな?
おや。
どなたもおられませんか。
あなた、お好きでしょうに。
酒焼けしてますよ」
↑浜松市天竜区春野町「春野文化センター」にある日本一の大天狗面。縦8m、横6m、鼻の長さ4m。
客「かつては大いに飲みました。
しかし、肝臓を壊しましてな。
今はまったく嗜みません」
↑人ごとに非ず。
み「それで、幸せですか?」
律「大きなお世話でしょ!
ほんとにすみません。
失礼なことばっかりで」
客「いえいえ。
お酒の好きな方からすれば、当然の感想でしょう」
↑この人は、ほんとに美味しそうに飲みます。見ていて、こちらまで幸せになります。
客「わたしなら、十分、幸せです。
でも、これで健康な身体でお酒を飲めたら……。
もっと幸せでしょうね」
み「ほれみんさい」
客「十分、飲みましたから。
この先は、命と引き換えになってしまいます」
↑広島県のお酒のようです。
律「ご立派ですわ。
ちゃんと、ご自分で節制できて。
あんたも、よく聞いておきなさい」
み「ほかの方も、ビールは飲まれませんか?」
律「聞いちゃいないわ」
客「夜、ビールを飲みたい人は、ここには泊まらないんじゃないですか」
み「なるほど。
ということは……。
この宿の自販機のビールは、われらで独占ということでよろしいですかな?」
律「われらって、誰よ?」
み「わたしと先生に決まってるでしょ」
律「人聞きの悪い」
み「飲まないの?」
律「飲むけど」
み「ところで、ビールの自販機がどこにあるか、ご存じかな?」
客「それなら、内湯の入口にありましたよ」
み「ロビーじゃなかったか。
聞いて良かった。
あなたは恩人です」
↑魂の土下座。
客「大げさな。
でも、あまり飲み過ぎないようにしませんとな。
霊が寄ってきます」
み「そんなわけあるかい。
蚊じゃあるまいし」
↑こういうO型、いますね。
客「それじゃ、わたしはこれで」
み「これから、長い夜、どうするのじゃ?」
↑毛のあるころ。諸行無常。
客「本を持ってきておりますので。
こちらの副住職さんのご本です」
↑わたしはこの本、買って読みました。もちろん、ネタ本として買ったのですが、面白かったです。
み「まさか、さっきの生臭坊主じゃあるまいな」
↑魚が化けた坊主。まさに生臭さです。どうやら、鵜が怖いようです。
客「いえ、あの方じゃありません」
み「そうじゃろう。
あいつは、一から修業のやり直しじゃ。
しかし、ご飯食べて本を読んでたら、眠たくならない?」
↑こんな本もありました。ひょっとして、面白くないからなのでは?
客「眠くなったら、眠るまでです」
↑野生を失いすぎ。
み「お酒も飲まないで寝たら……。
夜中にぜったい、お腹が空くぞよ。
こんな粗食だったんだから」
↑粗食どころではありません。でも、食べ盛りの人には足りないかも(そういう年代の方は、恐山には行かないのでしょうが)。
客「五観の偈(ごかんのげ)を唱えて耐えます。
というのはウソで……。
鞄には、カップ焼きそばが常に入ってますから」
み「なぜに?」
客「旅行中は、何が起こるかわかりませんからな。
財布を落とすかも知れませんし」
み「野宿することもあり得ると?」
↑もちろんわたしは、一度も経験がありません。
客「ま、そんなところです」
み「お湯はどうするのじゃ?」
客「コンビニで分けてもらいます」
み「コンビニがなかったら?」
客「囓るまでです。
食べられないはずありません」
み「壮絶。
交番に相談したら、お金、貸してくれるんでないの?」
↑ほんとですかね? だって、身分証も一緒になくしてる場合が多いと思いますよ。
客「交番がなかったら?」
み「泥棒する」
客「いけません。
焼きそばを囓るべきです。
それもまた人生」
↑鶏肉って「焼肉」じゃなくて、「焼き鳥」なんじゃないですか?
み「なぜに、焼きそばなんです?
ラーメンじゃなくて」
客「四角いからです。
鞄に入れやすい」
み「それはひょっとして……。
『ペヤングソース焼きそば』ではないか?」
客「あたりです。
美味しいですよね」
み「いかにも。
学生時代を思いだす。
徹夜で本を読んだ翌朝、よく食べたものです」
↑焼いてない焼きそばだけど、スゴく美味しいです。
客「あなたにも、本を読んだ学生時代があったんですね」
↑わたしではありません。
み「何が言いたい?」
客「いや別に。
それじゃ、わたしはこれで」
み「カップ焼きそば、部屋のポットのお湯で食べる気?」
客「それしか方法はないでしょう」
み「冷めちゃってると思うぞ」
客「生よりはいいでしょう」
み「あ、お風呂があるじゃん。
お湯が出るでしょ」
↑頭のミカンは、人が載せるんですよね。自分ではできないよな。
客「内湯は、22:00までですな。
腹が空くのは、おそらくそれ以降」
み「外の温泉は?」
客「あなた……。
あんなところまで、カップ焼きそばにお湯を入れに行けますか?」
み「わたしはいかんよ。
アホの所業じゃ」
客「そんなら人に勧めないで下さい」
律「お湯なら、お部屋の洗面台で出るんじゃないですか?
冬なんか、お水じゃ冷たいでしょ」
客「恐山は、冬期間は閉鎖されます」
客「なので、11月から4月いっぱいまでは、こちらの宿もお休みです。
お湯は……。
出ない方に、3000点」
み「あんたも古いですな」
↑コックは、1つしかないみたいですね。でも、レバーの方向で温度を調節するのかも。
客「それでは、ほんとにこれで」
み「真に飢えたら……。
境内に出て、お供え物を探せばよろし。
饅頭くらい、あるじゃろ」
客「餓鬼ですか」
み「おー、懐かしい。
『がきデカ』」
客「あなたと喋ってると際限がありません。
これにて失敬」
み「年齢がわかる去り方じゃ」
律「さ、いい加減、戻るわよ。
もうすぐ、お片付けのお坊さんが来るんじゃないの?
一緒に片付けてもらう?」
み「何でわたしが片付かにゃならんのだ」
律「食器棚とかに住み着いたら?」
み「座敷童か」
客室に戻りました。
み「しかし……。
娯楽性のない部屋じゃの。
だだっ広いだけで」
み「喝(かつ)の観五」
僧「当たっていると思いますか」
み「3割ほどは」
↑会社では絶対必要でしたが、テレワークしたら、ぜんぜん必要じゃありませんでした。
僧「そもそも、読む方向が違います。
右から左です」
み「なんで右から読むのじゃ。
アラビア語じゃあるまいし」
↑これを見ただけで挫折。
僧「それは、これをトラックの右側面に貼るためです」
み「はぁ?」
僧「トラックの右側って、社名を右から書いてありますでしょ」
↑「所業エロ山」ではありません。「山口工業所」です。
み「何でトラックに貼るのじゃ!」
僧「思いついただけです」
み「僧が思いつきで喋るな」
僧「あなたの耳と一緒です」
み「何で」
僧「右から左でしょ」
み「なんだか、酔っ払いと喋ってる気がしてきた」
僧「それは、わたしのセリフです」
律「どうか、これにかまわないで下さい」
僧「修業が足りてませんな」
み「千年修業せい」
僧「関わりませんぞ。
この横書きは、『五観の偈(ごかんのげ)』と読みます。
あなたはさっき、“喝(かつ)”とおっしゃいましたが……。
僧「あれは口偏です。
“偈(げ)”は、人偏。
“偈”とは、元はサンスクリット語で……。
仏の教えや徳をたたえるために、韻文の形式で述べたものです」
↑お経の一種なわけですかね?
み「早い話、詩であるわけだな」
僧「左様です。
耳に心地よいリズムを持っております。
内容がわからなくても、覚えやすい。
古くから、教えを広めるために用いられてきた形式ですな。
それではまず、わたしに続いてご唱和ください。
まずは、意味がわからなくてもけっこうです。
リズムある文章の流れで、沐浴するようなお気持ちで。
それでは、始めます。
一(ひとつ)には功の多少を計り彼(か)の来所を量る」
皆「一には功の多少を計り彼の来所を量る」
僧「二(ふたつ)には己れが徳行の全缺(ぜんけつ)を忖(はか)って供(く)に應ず」
皆「二には己れが徳行の全缺を忖って供に應ず」
僧「三(みっつ)には心(しん)を防(ふせ)ぎ過(とが)を離るることは貧等(とんとう)を宗(しゅう)とす」
皆「三には心を防ぎ過を離るることは貧等を宗とす」
僧「四(よっつ)には正に良薬を事とするは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんが為めなり」
皆「四には正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為めなり」
僧「五(いつつ)には成道(じょうどう)の為めの故に今此(こ)の食(じき)を受く」
皆「五には成道の為めの故に今此の食を受く」
僧「みなさん、暗記できましたかな?」
↑現在、鎌倉幕府の成立年は、1192(いいくに)ではなく、1185(いいはこ)になってます。
み「でけるか!」
僧「暗記できないと、地獄に落ちます」
み「脅してどうする!」
僧「もちろん冗談です。
この中で地獄に落ちるのは、この方だけです」
み「なんでじゃ!」
僧「それでは、一文ずつ解説して参ります」
み「まだ食えんのか!」
僧「食事すなわち、修業そのものです」
み「自分がウンチクを垂れたいだけだろ」
僧「わたしが垂れるのはウンチクですが……。
あなたのは“ク”を抜いたものじゃないですか」
み「ウンチを垂れる……」
み「食事時にそんな下品なこと言っていいのか!」
僧「おっしゃったのはあなたです」
み「僧が罠を仕掛けてどうする」
僧「それでは、解説を始めます。
まずは……。
『一(ひとつ)には功の多少を計り彼(か)の来所を量る』。
この食事は、いきなりここに現れ出たものではありません」
み「出来たら、ドラえもんじゃ」
僧「続けます。
まず直近は、うちの厨房の者が料理したわけですが……」
↑『吉祥閣』ではありません。
僧「その前に、材料はお店から買い求めます。
お店では、棚に商品を並べる人がいます」
僧「さらにお店には、納入業者がトラックで運んできます」
僧「その前には、市場などで競りにかけられるのでしょう」
僧「そこに持ちこむのは、農協さんでしょうかね」
↑トウガン(冬瓜)だそうです。食べたこと無いかも。
僧「さらにもちろん、その前には、農家の方の苦労がある」
↑生まれ変われたら、こんなところで農家がやりたいです。
僧「さらに遡れば、種苗を生産する工場がある」
僧「この一膳の料理が、こうして調うのは……。
数限りない人々の働きがあってこそなのです。
まずは、その来歴に思いをはせ……。
人々に感謝をするところから、食事は始まるわけです」
み「ぐぅ~」
僧「何ですか?」
み「感謝しすぎて、お腹が鳴った」
僧「健康な証拠です。
ありがたいことです。
続けます」
み「やっぱり」
僧「『二(ふたつ)には己れが徳行の全缺(ぜんけつ)を忖(はか)って供(く)に應ず』。
そうして調えられた食事を、はたして自分はいただくに値するのか。
それを心に問い、反省するのです」
↑月曜の朝は、わたしもこんな感じです。
み「胸を張って値する」
僧「大した自信ですな」
み「1万2千円も払っておる。
いただくに値するに決まっておる」
僧「続けます。
『三(みっつ)には心(しん)を防(ふせ)ぎ過(とが)を離るることは貧等(とんとう)を宗(しゅう)とす』」
み「よく覚えられますな」
僧「意味を知れば自然と胸に入ってきます。
しかし、これは少しく難しいですな」
み「トントンを投げたら、シュート回転したというところはわかった」
僧「トントンとは何です?」
み「パンダではないか」
↑トントン(年1986~2000年)の剥製【国立科学博物館】。死因は癌だったそうです。
み「大陸伝来の教えに、パンダが出て来ても不思議ではない」
僧「パンダのことなど、どこにも書いてませんがな。
確かに、『貧等(とんとう)』はわかりにくいですな。
これは、三種の煩悩である『貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)』のいわゆる三毒を指します。
『貧(とん)』は、むさぼりですな。
美味しいものを前にすると、貪り食べてしまいます」
僧「『瞋(じん)』は、怒りや憎しみ。
粗末な食膳に怒ったり不平を言ったりする心です」
僧「『癡(ち)』は、愚かさ。
食することの意義や作法をわきまえないことです」
僧「すなわち、心を正しく保ち、あやまった行いから身を遠ざけるためには……。
毎日の食においても、『貪瞋癡(とんじんち)』を常に意識していなければならないということです。
続けます」
み「なかなか粘り強いではないか」
↑毎朝食べてます。ウマいぜ!
僧「こういうお客様のお相手をするのも、修業の一環です」
み「なんだか、クレーマーみたいではないか」
僧「『四(よっつ)には正に良薬を事とするは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんが為めなり』」。
『形枯(ぎょうこ)』は、痩せ衰えること。
すなわち食とは、この命を支えるためにいただく良き薬なのです」
↑江戸時代では、「薬食い」と称して獣肉を食べたそうです。
僧「よろしいですか?」
み「続けてよし」
僧「今日は、ひたすら修業です。
それでは、ようやく最後になります。
『五(いつつ)には成道(じょうどう)の為めの故に今(いま)此(こ)の食(じき)を受く』。
『成道(じょうどう)』とは、悟りを開くことです」
僧「その究極の目的を果たすために、今、この食事をいただきます。
それでは、みなさん、たいへん長らくお待たせいたしました。
いただきます」
皆「いただきます」
僧「あ、みなさん」
み「まだあるのか!」
僧「お食事後、箸は箸袋に収め、お部屋にお持ち帰り下さい。
明朝の食事にも使いますので、忘れずにご持参下さい。
なお、その後は、お持ち帰りになってけっこうです。
それではわたしは、これで失礼します」
み「風のように去っていったな」
↑ふなっしー、驚異の逃げ足。
律「あなたがあんまり絡むからよ。
恥ずかしいんだから」
み「げ、この箸……」
律「ちょっとスゴいわね」
み「家で使う気になりまっか?」
律「これはやっぱり、お仏壇とかに供えるんじゃないの」
み「で、死んだとき、枕元のご飯に刺すんだな」
↑枕飯(まくらめし)と云うようです。
律「もう、準備万端じゃないの。
いつでも死ねるわよ」
↑ご存じ、秩父市の奇祭「ジャランポン祭り」。
み「よし、善は急げだな。
って、何が善じゃ。
この箸を使うのは、まだ当分先だわい。
それよりこれ、オークションで売れませんかね?」
律「罰があたるわよ」
み「それではいただきますか。
まずは手を合わせましょう。
なんまいだ」
律「ちょっと!」
み「あ。
うっかりと箸を刺してしまった」
律「おまえはもう死んでいる」
み「えんがちょ」
↑「縁がチョン(切れる)」が語源だとか。
み「なかったことにします」
み「しかしなんだすな。
この料理、死んだ父に食べさせたかったな」
律「急に殊勝なこと言うじゃない」
み「父は若いころ、胃潰瘍で胃を3分の2くらい切っててね」
↑どういう手術だったかまでは聞いてませんが。
み「ほんと、食が細かった。
背が高かったから、まさしく鶴が歩いてるみたいだった」
↑やっぱり、サギの方が近かったかも。
み「その父なら、この料理でもお腹一杯になったろうね」
律「何が言いたいわけ」
み「どう考えても、少なくね?」
律「さっきの『五観の偈(ごかんのげ)』、ぜんぜん頭に入ってないじゃないの」
み「あれは、料理が少ないことへの布石ですか?」
律「あなたは早食いだから、足りなく感じるのよ」
律「噛みしめてゆっくり食べれば……。
その間に血糖値があがって、満腹感を得られるものよ」
↑か、過酷。
み「そういう先生も、早食いですがな」
律「職業柄、仕方ないわ。
ゆっくりとなんか食事を摂れないことがほとんどなんだから」
み「一番豪勢なのは、この天ぷらですかね」
み「でもこんなの、箸で浚えば一口だわ」
律「そうできないように、塗り箸なんじゃないの。
ひとつずつ食べなさい」
み「しかし、酒なしで夕食を摂るのは、年2回と決めておるのじゃが……」
↑内視鏡検査と職場健診の前日です。
み「今年は、3回になってしまった」
律「だからゆっくり食べなさいって。
公園の鳩じゃないんだから」
↑これはもちろん鳩ではなく……。イグアナです。
み「おっと、あやうくオカズを食べきってしまうところだった。
もう1杯、お代わりせねば。
のりたまでも持ってくれば良かったな」
↑久しぶりに食べたくなりました。
み「先生は?、おかわり」
律「いただこうかしら。
誰かのせいで待たされた分、お腹へっちゃった」
み「当然ここは、あのジャーからのセルフサービスじゃな」
み「お茶碗、寄こしなせい。
わたしがよそってきてくれる」
律「お椀、間違わないでよ。
区別つかないんだから」
み「間違ったって実害なかろう。
毒など持っておらんわ」
↑スポーツカーみたいですね。こういう派手な見た目を、警告色と云います。「毒持ってんぞー」と警告してるわけです。
律「怪しいもんだわ」
み「医者とは思えない発言。
そんなら、茶碗の縁に、鼻くそでも付けておきんさい」
律「食べてるときに!」
み「そんなら、その豆腐の味噌を付ければいいではないか」
律「ほんとに、なんでこんなことをしなきゃならないのかしら。
ほら、ここに付けたからね。
舐めたりしないでちょうだい」
み「妖怪じゃあるまいし」
↑妖怪「垢舐め」。ただの変態だと思います。
み「盛りはどうする?」
律「もりって?」
み「大盛りか、てんこ盛りか?」
律「普通でいいわよ」
み「こんなとこで気取ってもしょうがないぞ」
律「気取ってません」
み「確かに、このオカズの量じゃな。
白米ばっかり食ってたら、脚気になるわ」
↑脚気は“江戸患い”とも称されました。
律「一食くらいじゃ、関係ないわよ」
み「そんじゃ、ちょっくら行ってまいります」
律「見張ってるからね、お椀。
あ、すみませんね。
わたしたちだけ、うるさくて。
あれも、決して悪い人間じゃないんですよ。
頭が悪いだけで」
み「盛ってきたぞ。
ほれ、先生のが、これじゃ。
ちゃんと、味噌が縁に付いとる」
律「あんた……。
少しは、恥というのを知りなさい。
それじゃ、枕飯でしょ」
み「箸を刺すか」
律「やめなさいって」
み「オカズが足りん」
律「わかりきってたことじゃないの」
み「お味噌汁は飲んじゃってるから……。
ぶっかけるわけにいかんしな。
あ、これでいいか」
律「ちょっと、それ天つゆでしょ」
み「何も味がないよりはマシじゃ。
ほれ、これをちょろっと。
うわ。
ドバッといってもうた」
律「そんなの残して立てないわよ。
みっともないから。
全部食べなさい」
み「きびしー。
あ、けっこうイケます」
↑うちの犬も好きでした。
み「かすかに、天ぷらの味も残ってて。
なんか、わびしいけど」
律「こんなに綺麗な料理なのに……。
どうしてそう汚くしてしまうのかしら。
みなさんもう、お湯を召しあがってるわよ。
早く食べなさい」
み「かっこんでもいいか?」
律「そんなにビショビショにしたら……。
お箸で拾ってられないでしょ」
み「それじゃ、失礼して。
シャカシャカシャカ」
↑豪快です。スパゲッティをスプーンで食べるのは高等技術です。
律「静かに食べなさい」
み「仏教らしい音ではないか」
律「何でよ?」
み「お釈迦シャカシャカ」
律「バカらしい」
僧「みなさん、そろそろお済みですかな」
み「ぶ」
律「鼻から出さないでちょうだい」
↑この方は、鼻から食べてるんですかね?
僧「約1名、お済みでない方がおられますな」
律「この人は数に入れないでください。
どうぞ、お続けください」
僧「それでは、みなさん。
『食後の偈(げ)』を唱えましょう」
み「まさか、また五つもあるんじゃなかろうな!」
僧「ご飯粒が飛んでますぞ」
僧「ご安心下さい。
食後は1行です。
箸袋を今一度、お取り下さい。
下の方に書いてあります」
僧「それでは……。
『願わくはこの功徳を以って、普(あまね)く一切に及ぼし、我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜんことを』」
客「願わくはこの功徳を以って、普く一切に及ぼし、我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜんことを」
僧「ごちそうさま」
客「ごちそうさま」
僧「この後は、自由時間になります。
大浴場に入られるのもよし、宿坊の外の温泉に入られるもよし……」
↑入る度胸、あります?
僧「今日はお天気も良いので、夜の恐山を散策されるのもよし」
↑散策する度胸、あります?
僧「しかし、お気を付け下され。
もし、迷子になられても、携帯は圏外です。
助けを呼ぶことは出来ません。
あたりは真っ暗闇です。
朝まで彷徨ったお客様もおられました。
朝、宿に戻られたときは、髪の毛が真っ白になってましてな」
僧「人相もまるで別人でした」
↑NHK時代。髪の分け方が逆でしたね。
僧「よほど怖い思いをしたのでしょうな」
↑東京に住んでたとき、つのだじろうさんの自宅を偶然発見したことがあります。ちゃんと表札に「つのだじろう」と出てました。
み「貴僧は、よほど人を怖がらせるのが好きなようじゃな」
僧「ご忠告をしたまでです。
なお、当館の消灯は22時です。
廊下やロビーなどの照明が消されます。
もちろん、室内の明かりは点けていてもかまいません。
明日の朝は、6時に館内放送で起床の呼びかけがあります。
この放送がありましたら、身支度を調えられて下さい。
宿坊の1階から繋がる長い廊下がございますので……」
↑この先は、撮影も禁止です。
僧「6時半までに、地蔵殿においで下さい。
朝のお勤めをご一緒していただきます。
それではみなさん。
食器はそのままで結構です。
お箸だけは忘れずにお持ち下さい。
朝食でも使いますので。
それでは」
み「またもや、風のように去っていったな」
↑北九州市に実在するそうです。
律「あんたとかかわりたくないからだわ」
み「修業の足りんやつ。
しかし、なんで一緒に食べないのかな?」
律「これは、お客さん用の御膳だからでしょ。
お坊さんは、賄いみたいなのをいただくんじゃないの」
み「ビフテキとか、食ってないだろうな」
↑野菜も食え!
律「そんなわけないでしょ」
み「あの、みなさま。
先ほどは、この女の遅延行為のせいで……。
食事開始が遅れ、誠に申し訳ありませんでした」
律「何でわたしなのよ!
100%、あんたじゃないの」
み「ところで、みなさんにお尋ねしたいのですが……。
これから、ビールを飲まれるつもりの方はおられますかな?
おや。
どなたもおられませんか。
あなた、お好きでしょうに。
酒焼けしてますよ」
↑浜松市天竜区春野町「春野文化センター」にある日本一の大天狗面。縦8m、横6m、鼻の長さ4m。
客「かつては大いに飲みました。
しかし、肝臓を壊しましてな。
今はまったく嗜みません」
↑人ごとに非ず。
み「それで、幸せですか?」
律「大きなお世話でしょ!
ほんとにすみません。
失礼なことばっかりで」
客「いえいえ。
お酒の好きな方からすれば、当然の感想でしょう」
↑この人は、ほんとに美味しそうに飲みます。見ていて、こちらまで幸せになります。
客「わたしなら、十分、幸せです。
でも、これで健康な身体でお酒を飲めたら……。
もっと幸せでしょうね」
み「ほれみんさい」
客「十分、飲みましたから。
この先は、命と引き換えになってしまいます」
↑広島県のお酒のようです。
律「ご立派ですわ。
ちゃんと、ご自分で節制できて。
あんたも、よく聞いておきなさい」
み「ほかの方も、ビールは飲まれませんか?」
律「聞いちゃいないわ」
客「夜、ビールを飲みたい人は、ここには泊まらないんじゃないですか」
み「なるほど。
ということは……。
この宿の自販機のビールは、われらで独占ということでよろしいですかな?」
律「われらって、誰よ?」
み「わたしと先生に決まってるでしょ」
律「人聞きの悪い」
み「飲まないの?」
律「飲むけど」
み「ところで、ビールの自販機がどこにあるか、ご存じかな?」
客「それなら、内湯の入口にありましたよ」
み「ロビーじゃなかったか。
聞いて良かった。
あなたは恩人です」
↑魂の土下座。
客「大げさな。
でも、あまり飲み過ぎないようにしませんとな。
霊が寄ってきます」
み「そんなわけあるかい。
蚊じゃあるまいし」
↑こういうO型、いますね。
客「それじゃ、わたしはこれで」
み「これから、長い夜、どうするのじゃ?」
↑毛のあるころ。諸行無常。
客「本を持ってきておりますので。
こちらの副住職さんのご本です」
↑わたしはこの本、買って読みました。もちろん、ネタ本として買ったのですが、面白かったです。
み「まさか、さっきの生臭坊主じゃあるまいな」
↑魚が化けた坊主。まさに生臭さです。どうやら、鵜が怖いようです。
客「いえ、あの方じゃありません」
み「そうじゃろう。
あいつは、一から修業のやり直しじゃ。
しかし、ご飯食べて本を読んでたら、眠たくならない?」
↑こんな本もありました。ひょっとして、面白くないからなのでは?
客「眠くなったら、眠るまでです」
↑野生を失いすぎ。
み「お酒も飲まないで寝たら……。
夜中にぜったい、お腹が空くぞよ。
こんな粗食だったんだから」
↑粗食どころではありません。でも、食べ盛りの人には足りないかも(そういう年代の方は、恐山には行かないのでしょうが)。
客「五観の偈(ごかんのげ)を唱えて耐えます。
というのはウソで……。
鞄には、カップ焼きそばが常に入ってますから」
み「なぜに?」
客「旅行中は、何が起こるかわかりませんからな。
財布を落とすかも知れませんし」
み「野宿することもあり得ると?」
↑もちろんわたしは、一度も経験がありません。
客「ま、そんなところです」
み「お湯はどうするのじゃ?」
客「コンビニで分けてもらいます」
み「コンビニがなかったら?」
客「囓るまでです。
食べられないはずありません」
み「壮絶。
交番に相談したら、お金、貸してくれるんでないの?」
↑ほんとですかね? だって、身分証も一緒になくしてる場合が多いと思いますよ。
客「交番がなかったら?」
み「泥棒する」
客「いけません。
焼きそばを囓るべきです。
それもまた人生」
↑鶏肉って「焼肉」じゃなくて、「焼き鳥」なんじゃないですか?
み「なぜに、焼きそばなんです?
ラーメンじゃなくて」
客「四角いからです。
鞄に入れやすい」
み「それはひょっとして……。
『ペヤングソース焼きそば』ではないか?」
客「あたりです。
美味しいですよね」
み「いかにも。
学生時代を思いだす。
徹夜で本を読んだ翌朝、よく食べたものです」
↑焼いてない焼きそばだけど、スゴく美味しいです。
客「あなたにも、本を読んだ学生時代があったんですね」
↑わたしではありません。
み「何が言いたい?」
客「いや別に。
それじゃ、わたしはこれで」
み「カップ焼きそば、部屋のポットのお湯で食べる気?」
客「それしか方法はないでしょう」
み「冷めちゃってると思うぞ」
客「生よりはいいでしょう」
み「あ、お風呂があるじゃん。
お湯が出るでしょ」
↑頭のミカンは、人が載せるんですよね。自分ではできないよな。
客「内湯は、22:00までですな。
腹が空くのは、おそらくそれ以降」
み「外の温泉は?」
客「あなた……。
あんなところまで、カップ焼きそばにお湯を入れに行けますか?」
み「わたしはいかんよ。
アホの所業じゃ」
客「そんなら人に勧めないで下さい」
律「お湯なら、お部屋の洗面台で出るんじゃないですか?
冬なんか、お水じゃ冷たいでしょ」
客「恐山は、冬期間は閉鎖されます」
客「なので、11月から4月いっぱいまでは、こちらの宿もお休みです。
お湯は……。
出ない方に、3000点」
み「あんたも古いですな」
↑コックは、1つしかないみたいですね。でも、レバーの方向で温度を調節するのかも。
客「それでは、ほんとにこれで」
み「真に飢えたら……。
境内に出て、お供え物を探せばよろし。
饅頭くらい、あるじゃろ」
客「餓鬼ですか」
み「おー、懐かしい。
『がきデカ』」
客「あなたと喋ってると際限がありません。
これにて失敬」
み「年齢がわかる去り方じゃ」
律「さ、いい加減、戻るわよ。
もうすぐ、お片付けのお坊さんが来るんじゃないの?
一緒に片付けてもらう?」
み「何でわたしが片付かにゃならんのだ」
律「食器棚とかに住み着いたら?」
み「座敷童か」
客室に戻りました。
み「しかし……。
娯楽性のない部屋じゃの。
だだっ広いだけで」
フ「ございません」
み「なんでじゃー!
わたしは、ウォシュレットをこの上なく愛する女なのじゃ」
↑ウォシュレットを愛する猫。お尻にはあたってないようですが。
フ「細いノズルの内側に硫黄分が付着し、詰まってしまうんです。
欧米でウォシュレットが普及しないのは、水道水が硬水だからだそうです」
フ「ミネラル分が、ノズルの中に付着してしまうんですね」
み「ほー。
そういう課題があるのか。
そしたら、管を太くすれば良いではないか」
フ「いずれ詰まりますよ」
み「水圧を最強にすれば、ミネラルも付着しないんでないの?
水圧で鉄板を切断するカッターとかもあるよね?」
↑恐るべき威力。
律「そんな水圧、お尻に当てられないでしょ」
↑静岡県御殿場市に、かつてあった水飲み場。水の高さは7メートルに達したそうです。
律「そもそも、ウォシュレットの使いすぎは、お肌に悪いのよ」
み「おー、それそれ。
わたしもネットで読んだ。
おかげで、1度出した『痔主宣言』を取り下げたほどじゃ」
↑わかって着てるのでしょうか?
律「何それ?」
み「この春ごろ……。
ウォシュレットを使ってると、ピリピリ痛みを感じるようになったの」
↑ここまでじゃありませんが、ピクッとするくらいはありました。
律「痔でしょ」
み「それが、肛門じゃないんすよ。
明らかに外輪山の外側。
むしろ、山裾の窪みあたり」
み「汗でかぶれたのかと思ったけど……。
そんな季節じゃないしね。
そのうち、ペーパーに血が着くようになった」
み「当然、痔を疑うよね。
不本意ながら。
で、取りあえず、痔の薬を試してみることにした。
『ヒサヤ大黒堂』はあまりにもなんなんで……」
み「『ボラギノール』にしたわけよ」
↑これです。A軟膏はステロイド入り。M軟膏はステロイドが入ってません。
律「結果は?」
み「症状が改善しました」
律「痔じゃないの」
み「わたしもそう思って、『痔主宣言』を出したわけ。
しかし!
確かに一時的には良くなったんだけど……。
その後、『ボラギノール』を塗り続けても、症状は一進一退になった。
いわゆる『寛解(かんかい)』と『増悪(ぞうあく)』を繰り返す感じね」
律「難しい用語を知ってるじゃない」
み「乾癬を調べてるとき、ネットで知ったのじゃ。
まさしく乾癬も、良くなったり悪くなったりを繰り返して、決して完治しないからね」
律「ということは、早い話、『温水洗浄便座症候群』ってことよね」
み「お!
知ってますな」
律「妊婦さんにも多いのよ。
便秘がちになって、肛門への刺激を目的にウォシュレットを使う人が増えるから」
律「便意を催すまで、長時間、水を当てる癖がつくの。
そうすると、肛門周りの皮脂が取れちゃうのよ」
↑肛門の周りが、こうなると云うことでしょう。
み「わたしはさすがに、便秘解消のために使うことはないけど……。
事後の洗浄では、かなり時間をかけるわけ。
電気ポットを湧かしてるときなんか、ブレーカーが落ちることがあるからね」
↑1階まで、これを上げに行かねばなりません。
み「夜、便器に座った状態で、真っ暗になることを想像してみなはれ」
↑怖さは感じません。ただただ腹立たしいだけです。
律「はは。
情けないわね」
み「まさしく」
律「水圧を弱くして、あてる時間を短くするしかないわね」
み「でけるか!」
↑怒りのちゃぶ台返し。
み「ネットにも、『弱で、5~10秒』って書いてあったけど……。
そんなんで、ぜったいに綺麗になるわけありませんぜ。
犬じゃあるまいし」
↑昔、犬を散歩させてたとき、この体勢になってるのに気づかず、縄を引き続けてたことがあります。振り向いたら、スゴく切なげな顔をしてたのを覚えてます。
律「犬は綺麗になるの?」
み「動物は、排便時、肛門の内側が捲れあがるの。
直腸が反転するわけよ。
だから、肛門出口にうんこが着かないの。
紙で拭く必要もないってわけ。
ゲーリーじゃない限り」
律「ゲーリーって名前の犬だけ、紙で拭くの?」
↑ケーリー・クーパー。かっちょえーです。
み「阿呆か!
下痢便じゃ!」
フ「あのー。
そろそろ、よろしいですか。
もう、フロントは閉めますので」
み「あ、1点、重要な点を確認しておきます」
フ「なんでしょう?」
み「食事には、お酒は付けられないのよね?」
↑新潟市の鳥屋野潟前にある『割烹の宿 湖畔』の夕食。見た目の豪華さはありませんが、食材は見事です。南蛮海老、いかそうめん、めかぶ、ブリの塩焼き、ブリ大根、海老しんじょう揚、ブリとタコのしゃぶしゃぶ。ブリずくしなのは、冬だからでしょう。お銚子はもちろん『越乃寒梅』。
フ「はい。
お食事は、修業の一環ですので」
律「ちょっと。
明日まで、1滴も飲めないわけ?」
↑気持ちは実によくわかります。わたしは木曜日を休肝日にしてるのですが、帰り道が楽しくないのよ。
み「わたしが、そんな重要なことを調べないわけないでしょ。
自販機でビールを売ってるんだよね」
↑恐山『吉祥閣』ではありません。
フ「はい」
み「その場所を教えてたもれ」
フ「ロビーにございます」
ここで、ひとこと。
ビールの自販機があることは確からしいのですが……。
どこにあるかという情報は得られませんでした。
「ロビー云々」は、わたしの推測です。
上の写真だと、奥に小さく赤い自販機がありますが……。
これじゃないっぽいですね。
大浴場の近くかも知れません。
み「冷蔵庫があれば……。
食事前に買い占めておけるのじゃが」
律「温くなっちゃうから……。
飲むごとに、買いに行かなくちゃならないわね」
み「あ、いいこと思いついた。
ロビーで飲めばいいんだ」
律「それもそうね」
み「オッケー?」
フ「10時に消灯になりますので、お気を付け下さい」
み「懐中電灯、借りられるか?」
フ「残念ながら……」
み「故障する?」
フ「爆発します」
↑恐山『吉祥閣』ではありません。
み「ウソこけ!」
フ「それでは、よろしいでしょうか?」
み「おー。
手間を取らせましたな。
あいにく、細かいのがなくて、チップを出せまぬが」
↑こめんどくさい習慣です。ま、今後の人生で海外旅行に行く予定はないのでかまいませんが。
フ「ロビーの自販機は、お札が使えませんのでお気を付け下さい(※推測です)」
み「にゃにー。
そりは困る。
両替してたもれ」
フ「本来、お断りするところですが……。
なぜか、前のお客さんが、ここで豚の貯金箱を割って、お支払いになりました」
フ「長年、貯めて、ようやくご夫婦で来られたそうです。
喜んで両替させていただきます」
み「それでは、お頼み申す。
夫婦ってことは、2万4千円分は小銭があるわけね。
先生も、1万円分くらい替えてもらえば?」
↑1万円分の100円玉。棒金20本です。
律「そうね。
夜中にお酒が切れて、どこにも調達に行けないってのは避けたいわね」
↑謎。お酒を買っても、手がなくては持って帰れないと思いますが。
み「それじゃ、わたしのと合わせて、2万円ね」
フ「ちょうど1万円ずつ、封筒に入れておいたところです」
み「バカに段取りが良すぎるではないか」
↑わたしはいい方だと思います。でなきゃ定時では帰れません。
フ「細かいお金で、レジが一杯になってしまいまして。
やむなく、かような仕儀に。
どうぞ、ご確認下さい」
み「じゃらじゃら。
ひい、ふう、みい」
フ「あの、まさか時そばをやられるおつもりでは?」
み「鋭いヤツ」
フ「お風呂に入る時間がなくなりますよ」
み「ま、下北まで来て、小銭を数えるのも野暮なもんじゃな。
お主を信じる」
フ「ありがとうございました。
これで、細かいのができましたね」
み「それがどうした?」
フ「チップを下さるおつもりだったのでは?」
み「ぎく!」
み「お、すでにかような時間。
先生、部屋に急ぎましょう。
世話になったな。
決して振り返ってはなりませんぞ」
律「あ、ちょっと待ってよ」
フ「お客さーん」
み「先生、振り返ってはなりませんぞ」
フ「お客さん、そっちじゃありませんよ。
そっちは、大浴場です。
2階への階段は、フロントの正面になってますよ」
律「違うってよ」
み「罠かも知れん」
律「そんなわけないでしょ。
戻るわよ。
ちょっと、なんで後ろ向きで歩いてるのよ」
み「顔を合わせたくない」
律「こういうのを、墓穴を掘るというんだわ。
チップくらいあげればいいのに」
み「10円玉でもあればな。
封筒には、100円玉と500円玉しかなかった」
律「大丈夫よ。
ほら、ニコニコして指さしてる」
律「あ、階段を教えてくれてるんだわ。
ほら、あなたもちゃんと頭を下げなさい。
ありがとうございました」
フ「どうぞ、ごゆっくり。
夕食に遅れませんように。
チップは、お帰りのときで結構です」
み「げ」
律「冗談に決まってるでしょ」
み「今夜、小銭、ぜんぶ使い切るからな」
律「ケチなのに小心なんだから。
とっても情けない性格だと思うわ」
↑ほんまですか!
み「性分なんだから仕方あるまい」
律「階段もすごいわよね」
↑もちろん、『吉祥閣』ではありません。東京銀座の『マキシム・ド・パリ』です。『吉祥閣』の画像がないのよ。
み「螺旋状ですな。
↓新日本海フェリーのバブルの階段を思いだすわい」
み「よっこらしょっと」
律「掛け声はやめなさい」
み「おー、2階の廊下も立派ではないか」
律「シティホテル級ね」
み「土地が安いから、広々としておる」
↑『恐山』の土地は、誰の所有なんですかね? やはりお寺?
律「一言多いの」
み「あったあった。
『彩雲11』じゃなくて、『瑞雲11』」
ガチャ(鍵を開けた音。どういう鍵かわかりません)。
み「おー」
律「ほんと、まさしく旅館だわ」
み「座布団があるな」
み「早よー足を伸ばしたいわい」
律「ちょっと……。
お部屋、間違えたんじゃないの?
どう考えても、2人用の部屋じゃないわよ」
み「鍵が開きましたがな。
間違ってるわけ、おへん」
律「和室が、2部屋あるわ。
こっちは、四畳半ね。
向こうが、畳何枚ある?」
み「ひい、ふう、みい。
実にシンプルな敷き方ですな」
み「3枚敷きの5列。
ずばり、十五畳でしょう」
律「なんで四畳半が別にあるのかしら?」
み「控えの間みたいだよね。
あるいは、お付きの家来用」
律「じゃ、あんたが四畳半ね」
み「なんでじゃ!」
み「十五畳の部屋に、もう布団が2組敷いてあるではないか」
み「これだけ広ければ、おならをしても臭いが籠もりゃせん」
↑はなはだ危険です。「↓」印のところ、顔に見えませんか?
律「もっと離して寝なきゃ。
でも、広いし綺麗だし……」
み「材木も良さげですな」
律「シンプルよね。
和室の極意だわ」
み「テレビもねー。
ラジオもねー」
律「それを言うんじゃないの。
座布団なら、たくさんあるじゃない」
み「いらんわ。
牢名主じゃるまいし」
律「どうする?
お風呂に入ってる時間はなさそうよ」
み「夕食には浴衣で行けないんだから、後回しでいいでしょ。
それよか、室内をば探索いたしましょう。
お、アメニティグッズがあった」
律「何が入ってる?」
み「浴衣と帯だすな。
あとは、バスタオル」
律「その袋は?」
み「歯磨きセットとフェイスタオルだね」
み「ま、最低限ですな」
律「こっちの部屋は何かしら?」
み「洗面所だな」
律「すごいわね。
洗面台が2つもある」
み「基本的に、団体向けに作られてあるんですよ。
あの座布団の数からして、10人くらいで泊まることもあるんじゃないの?
洗面台が1つじゃ、朝は大変でしょ」
律「こっちは……。
あ、トイレだ」
み「どれどれ。
なるほど。
綺麗は綺麗だけど……。
ウォシュレットがないのが致命的じゃ」
律「管が詰まるんじゃ仕方ないわよ」
み「風呂のシャワーで、綺麗に洗うしかないな」
律「そんなことまで、いちいち言わなくていいから。
お部屋は、これだけみたいね」
み「あ」
律「どうしたのよ?」
み「内風呂がない」
律「そういえばそうね。
大浴場を使って下さいということでしょ。
問題ないじゃないの」
み「ヤクザ屋さんの方々はどうするのよ?」
律「どうするって?」
み「彫り物して大浴場に入っていいの?」
律「知らないわよ。
さっきのフロントの人に聞いてくれば?」
み「そういえば、電話もなかったな」
律「でも、そうよね。
ヤクザは自業自得としても……。
皮膚病で炎症がある人とか、乳がんでお乳を取っちゃった人とかもいるわよね。
人前に裸を見せたくない人たち」
み「ま、そりゃそうだけどね。
でも、そういう姿を人前に晒すのもまた、修行と言うことでしょ」
↑これは修行ではありません。
律「そうね。
見る方も、目を背けたりせず、淡々と接する修業をすべきなのよね」
み「お茶でも飲みますか?
入口に電気ポットとお茶セットがあったよね」
み「料金のうちなんだから、飲まなきゃ損です。
取ってくる」
律「セコいんだから」
み「ちゃんと、お盆に載ってて運びやすいわい。
しかし、疑問じゃ」
律「なにがよ?」
み「なんで、玄関の靴入れの上にお茶セットがあるんだ?
出がけに立って飲めってか?」
律「知らないわよ」
み「これを配って回る人の手間を減らす目的しか考えられん」
み「あそこなら、靴を脱がずに置けるからね」
律「旅館とは違いますってことでしょ。
あくまで宿坊なんだから。
本来なら、お茶が欲しければ厨房まで取りに来てくださいってくらいなんじゃないの?」
み「これで申告してなかったら、怒るで」
み「あ」
律「何よ?」
み「お湯が沸いてない」
律「コンセントが差してないからでしょ」
み「あり得んぜよ」
律「だから、旅館じゃないのよ。
差しておいて、後で飲めばいいじゃない」
キンコンカンコン。
↑こんなのは付いてないと思います。
み「な、何ごとじゃ?
空襲警報か?」
律「そんなわけないでしょ」
み「ここらは、物騒な土地なのよ。
津軽海峡に近いでしょ。
だから、『ガメラレーダー』なんてスゴいレーダーが備え付けられてるんだよ」
↑下北半島の釜臥山にあります。ステルス戦闘機F22を捉えて米軍を震撼させたとか。
放「お食事のご用意が整いました。
お客様は、18時までに1階の食堂にお集まりください。
全員がお集まりになるまで、食事を始められませんので……。
お遅れにならないよう、お願いいたします。
なお、浴衣でのお食事はご遠慮いただいております。
私服にておいでください。
浴衣でお出でのお客様につきましては、素っ裸になっていただきます」
ここで、ちょっとお断り。
館内放送が流れることは確からしいのですが……。
チャイムや文言については、わたしの想像(でっち上げ)です(当たり前)。
なお、さっきのフロントマンも、もちろん実在の人物ではありません。
↑フロントマン想像図。
み「お、休憩スペースがある」
み「ここにビールの自販機があれば、1階まで降りなくていいのじゃが」
↑自販機は置いてないっぽいです。
この先、途中の画像が見当たらないので、いきなり食堂の場面に移ります。
み「なんじゃここはー」
律「尋常な広さじゃないわね」
み「300人くらい座れるんでないの?
ひよっとして、あの遙か彼方のステージ前にあるのが、夕食の席でっか?」
律「そうみたいね。
みなさん、もうお集まりだわ」
み「ともかく、座りませう。
コントだと、まず、お膳のない席に座るのだが……」
律「やってみれば?
誰も突っこまないんじゃないの」
↑『つっこみ如来立像(作:みうらじゅん)』。
律「ひょっとしたら、終わるまで放ったらかしかもよ」
み「ここはお笑いの場ではない。
背筋をシャンと伸ばしなされ」
↑お見事。
律「あんたに言われたくないわ。
早く座りましょ」
み「よっこいしょ」
↑このギャグは、初めて知りました。
律「掛け声は止めなさいって。
まぁ、綺麗なお料理ね」
み「力士には足りないだろうけど」
↑力士の焼肉会の様子。4人で60人前を食べたそうです。
律「なんで力士が来るのよ」
み「ご飯、よそってもいいのかな?」
律「まだっぽいわよ」
僧「みなさん、お集まりのようですな」
み「お坊さんが来た」
↑『恐山菩提寺』院代の南直哉(じきさい)さん。この方の『恐山: 死者のいる場所 (新潮新書)』は参考になりました。夕食の法話に来られることもあるようです。
律「いちいち言わなくてもわかるわよ」
み「読者のための説明セリフじゃ」
↑格の違う説明セリフがありました。
僧「大祭のおりなどは、この食堂が満席になります。
そのときは、壇上からマイクでお話しさせていただきますが……。
本日のような少人数のときは、このように、壇の下からマイクを使わずに話します。
わたしは、こちらの方が好きですな。
宿の方は、わたしが毎日壇上からマイクで喋る方が儲かってよいのでしょうが」
律「なんで肘でつっつくのよ?」
み「笑いどころじゃ。
みなさん、笑っておられるでしょ」
↑ここまでは……。
律「私語禁止」
僧「みなさん、全国各地から見えられ、昨日まではまったく知らない同士が……。
こうして、席を同じくしてお食事をいただく。
これまさしく、『一期一会』ですな。
この言葉は、千利休が初めて用いたと伝えられます」
↑1591(天正19)年、秀吉の逆鱗に触れ切腹を命じられます(享年69)。死を命じられた真相は、謎のままだそうです。
僧「利休自身に著作はありませんが……。
利休の弟子に山上宗二(やまのうえそうじ)という茶人がおります。
その方が、『茶湯者覚悟十体』という文を著しております」
↑この中に『茶湯者覚悟十体』があるようです。残念ながら絶版みたいですね。利休より22歳年下ですが、利休の死の前年に亡くなってます(享年46)。
僧「茶道の心得を示した一文ですな。
その中に、こんな記述があります。
『そもそも茶湯の交会は、一期一会といいて、たとえば、幾度の同じ主客交会するとも、今日の会にふたたびかえらざる事を思えば、実に我一世一度の会なり』
これが、千利休の教えだそうです。
この言葉を世に広めたのは、幕末の大老・井伊直弼ですな」
↑“大老"という役職名からか老人のイメージがありますが、『桜田門外の変』で暗殺されたときは、満44歳でした。
僧「茶人としても一流であった井伊直弼は……」
僧「自らの茶道の一番の心得として、『一期一会(いちごいちえ)』の言葉を掲げました」
僧「『一期』と『一会』。
この2つの言葉を出会わせて成句としたのは、茶道の先人の功績です。
しかし、この『一期』と『一会』、実はどちらも仏教語なのです。
『一期』は、人が生まれて死ぬまでの一生のことです」
僧「『一会』は、法会(ほうえ)などの集まりのこと」
↑灌仏会だそうです。
僧「茶道では、お茶の席になりますな」
僧「たとえ、これから何度も会う方であろうとも……。
今日この時に会うのは、まさしく一生に一度だけということです。
みなさんがこうして本日出会い、そして食事を共にする。
仏様のご縁でしょうな」
↑お金にご縁がありそうなポーズ。ありがたや。
僧「この時間は、人生でたった一度だけの瞬間なんです」
僧「今というときを抱きしめ、そしてご飯を噛みしめていただきたい。
噛みしめないで飲みこむと、喉に詰まりますよ」
↑「鵜呑み」の語源です。
僧「いやいや。
笑っておられるが、これはすべてのことに対する心構えでもあります。
さて、それでは、お手元にあります箸袋をお取り下さい」
み「やっと食べれる」
僧「まだでございます」
み「げ、聞こえてた」
僧「こういうところに長くおりますと……。
耳が聞こえすぎるようになりましてな」
↑コントではないようです。
僧「なにしろ、夜、床に入りますと、物音は何も聞こえません。
何も聞こえないと、逆に気になるものでしてな。
つい、目をつぶりながらも、聞き耳を立てる。
聞こえるのは、雨の音、風の音」
↑小林旭の名曲『さすらい』。
僧「しかし、こういう音が聞こえる夜は、まだいいのです。
雨風を聞きながら、いつしか眠りに落ちてしまいます。
しかし、これらが聞こえない静かな夜は困ります」
僧「何かが聞こえるのではないかと、妙に緊張しましてな。
そのうち、頬をさーっと生暖かい風が撫でる。
おかしいな。
窓は閉めてあるはずだが。
そのとき、耳元で囁く声がする。
『法円、法円』。
法円というのは、わたしの僧名です。
『法円、法円……。
寂しくはないか?』」
み「ひっ」
僧「いかがなされました」
み「怖くなったに決まっており申す。
こんな場所で、お坊さんが怪談話なんて反則であんしょ」
僧「お客さんは、どちら方面からお見えです?」
み「口調については気にするでない。
なんで怪談を語り始めるのじゃ」
僧「はて。
忘れ申した」
み「忘れるな!」
僧「どなたか、ご存じの方はおられますかな?」
律「たしか、耳が聞こえすぎるというお話からです」
僧「おー、そうでした。
こちらのお客さんが、『やっと食べれる』と呟かれたのが聞こえたのですな。
ちなみに“食べれる”は、ら抜き言葉です」
み「すでに認知されてるだろ」
僧「国語審議会は、まだ認知しておりません」
み「すぐに認知し、慰謝料を払うべきじゃ」
僧「何の話ですか。
ら抜き表現を使われる方は……。
“ら”で始まる食べ物は口にできません」
み「なんでじゃ!
誰がそんなこと決めた!」
僧「国語審議会です」
み「ウソこけ。
僧が、ウソこいてもいいのか」
僧「嘘も方便という言葉もあります」
↑当然です。
み「いいわい。
ラッキョウは嫌いだでな」
僧「“ら”で始まる食べ物は、ラッキョウだけじゃないでしょ。
例えば、ラーメンとか」
み「パカモーン。
“ン”で終わったら負けではないか。
誰か、墨!」
↑高島彩。髭を描かれても、美人は美人。
僧「しりとりではありません」
律「あの。
そろそろ。
皆さま、お待ちですので。
これを相手にしてると、朝まで食べられませんよ」
僧「途中からそんな気がしてきました。
でもわたしも、負けず嫌いなもので」
み「修業が足りん」
律「相手にしないでください」
僧「わかりました。
みなさん、お手元の箸袋をお取り下さい」
僧「では、それを裏返して下さい。
文字が書いてあります」
↑クリックすると、大きい画像が見られます。
み「なんでじゃー!
わたしは、ウォシュレットをこの上なく愛する女なのじゃ」
↑ウォシュレットを愛する猫。お尻にはあたってないようですが。
フ「細いノズルの内側に硫黄分が付着し、詰まってしまうんです。
欧米でウォシュレットが普及しないのは、水道水が硬水だからだそうです」
フ「ミネラル分が、ノズルの中に付着してしまうんですね」
み「ほー。
そういう課題があるのか。
そしたら、管を太くすれば良いではないか」
フ「いずれ詰まりますよ」
み「水圧を最強にすれば、ミネラルも付着しないんでないの?
水圧で鉄板を切断するカッターとかもあるよね?」
↑恐るべき威力。
律「そんな水圧、お尻に当てられないでしょ」
↑静岡県御殿場市に、かつてあった水飲み場。水の高さは7メートルに達したそうです。
律「そもそも、ウォシュレットの使いすぎは、お肌に悪いのよ」
み「おー、それそれ。
わたしもネットで読んだ。
おかげで、1度出した『痔主宣言』を取り下げたほどじゃ」
↑わかって着てるのでしょうか?
律「何それ?」
み「この春ごろ……。
ウォシュレットを使ってると、ピリピリ痛みを感じるようになったの」
↑ここまでじゃありませんが、ピクッとするくらいはありました。
律「痔でしょ」
み「それが、肛門じゃないんすよ。
明らかに外輪山の外側。
むしろ、山裾の窪みあたり」
み「汗でかぶれたのかと思ったけど……。
そんな季節じゃないしね。
そのうち、ペーパーに血が着くようになった」
み「当然、痔を疑うよね。
不本意ながら。
で、取りあえず、痔の薬を試してみることにした。
『ヒサヤ大黒堂』はあまりにもなんなんで……」
み「『ボラギノール』にしたわけよ」
↑これです。A軟膏はステロイド入り。M軟膏はステロイドが入ってません。
律「結果は?」
み「症状が改善しました」
律「痔じゃないの」
み「わたしもそう思って、『痔主宣言』を出したわけ。
しかし!
確かに一時的には良くなったんだけど……。
その後、『ボラギノール』を塗り続けても、症状は一進一退になった。
いわゆる『寛解(かんかい)』と『増悪(ぞうあく)』を繰り返す感じね」
律「難しい用語を知ってるじゃない」
み「乾癬を調べてるとき、ネットで知ったのじゃ。
まさしく乾癬も、良くなったり悪くなったりを繰り返して、決して完治しないからね」
律「ということは、早い話、『温水洗浄便座症候群』ってことよね」
み「お!
知ってますな」
律「妊婦さんにも多いのよ。
便秘がちになって、肛門への刺激を目的にウォシュレットを使う人が増えるから」
律「便意を催すまで、長時間、水を当てる癖がつくの。
そうすると、肛門周りの皮脂が取れちゃうのよ」
↑肛門の周りが、こうなると云うことでしょう。
み「わたしはさすがに、便秘解消のために使うことはないけど……。
事後の洗浄では、かなり時間をかけるわけ。
電気ポットを湧かしてるときなんか、ブレーカーが落ちることがあるからね」
↑1階まで、これを上げに行かねばなりません。
み「夜、便器に座った状態で、真っ暗になることを想像してみなはれ」
↑怖さは感じません。ただただ腹立たしいだけです。
律「はは。
情けないわね」
み「まさしく」
律「水圧を弱くして、あてる時間を短くするしかないわね」
み「でけるか!」
↑怒りのちゃぶ台返し。
み「ネットにも、『弱で、5~10秒』って書いてあったけど……。
そんなんで、ぜったいに綺麗になるわけありませんぜ。
犬じゃあるまいし」
↑昔、犬を散歩させてたとき、この体勢になってるのに気づかず、縄を引き続けてたことがあります。振り向いたら、スゴく切なげな顔をしてたのを覚えてます。
律「犬は綺麗になるの?」
み「動物は、排便時、肛門の内側が捲れあがるの。
直腸が反転するわけよ。
だから、肛門出口にうんこが着かないの。
紙で拭く必要もないってわけ。
ゲーリーじゃない限り」
律「ゲーリーって名前の犬だけ、紙で拭くの?」
↑ケーリー・クーパー。かっちょえーです。
み「阿呆か!
下痢便じゃ!」
フ「あのー。
そろそろ、よろしいですか。
もう、フロントは閉めますので」
み「あ、1点、重要な点を確認しておきます」
フ「なんでしょう?」
み「食事には、お酒は付けられないのよね?」
↑新潟市の鳥屋野潟前にある『割烹の宿 湖畔』の夕食。見た目の豪華さはありませんが、食材は見事です。南蛮海老、いかそうめん、めかぶ、ブリの塩焼き、ブリ大根、海老しんじょう揚、ブリとタコのしゃぶしゃぶ。ブリずくしなのは、冬だからでしょう。お銚子はもちろん『越乃寒梅』。
フ「はい。
お食事は、修業の一環ですので」
律「ちょっと。
明日まで、1滴も飲めないわけ?」
↑気持ちは実によくわかります。わたしは木曜日を休肝日にしてるのですが、帰り道が楽しくないのよ。
み「わたしが、そんな重要なことを調べないわけないでしょ。
自販機でビールを売ってるんだよね」
↑恐山『吉祥閣』ではありません。
フ「はい」
み「その場所を教えてたもれ」
フ「ロビーにございます」
ここで、ひとこと。
ビールの自販機があることは確からしいのですが……。
どこにあるかという情報は得られませんでした。
「ロビー云々」は、わたしの推測です。
上の写真だと、奥に小さく赤い自販機がありますが……。
これじゃないっぽいですね。
大浴場の近くかも知れません。
み「冷蔵庫があれば……。
食事前に買い占めておけるのじゃが」
律「温くなっちゃうから……。
飲むごとに、買いに行かなくちゃならないわね」
み「あ、いいこと思いついた。
ロビーで飲めばいいんだ」
律「それもそうね」
み「オッケー?」
フ「10時に消灯になりますので、お気を付け下さい」
み「懐中電灯、借りられるか?」
フ「残念ながら……」
み「故障する?」
フ「爆発します」
↑恐山『吉祥閣』ではありません。
み「ウソこけ!」
フ「それでは、よろしいでしょうか?」
み「おー。
手間を取らせましたな。
あいにく、細かいのがなくて、チップを出せまぬが」
↑こめんどくさい習慣です。ま、今後の人生で海外旅行に行く予定はないのでかまいませんが。
フ「ロビーの自販機は、お札が使えませんのでお気を付け下さい(※推測です)」
み「にゃにー。
そりは困る。
両替してたもれ」
フ「本来、お断りするところですが……。
なぜか、前のお客さんが、ここで豚の貯金箱を割って、お支払いになりました」
フ「長年、貯めて、ようやくご夫婦で来られたそうです。
喜んで両替させていただきます」
み「それでは、お頼み申す。
夫婦ってことは、2万4千円分は小銭があるわけね。
先生も、1万円分くらい替えてもらえば?」
↑1万円分の100円玉。棒金20本です。
律「そうね。
夜中にお酒が切れて、どこにも調達に行けないってのは避けたいわね」
↑謎。お酒を買っても、手がなくては持って帰れないと思いますが。
み「それじゃ、わたしのと合わせて、2万円ね」
フ「ちょうど1万円ずつ、封筒に入れておいたところです」
み「バカに段取りが良すぎるではないか」
↑わたしはいい方だと思います。でなきゃ定時では帰れません。
フ「細かいお金で、レジが一杯になってしまいまして。
やむなく、かような仕儀に。
どうぞ、ご確認下さい」
み「じゃらじゃら。
ひい、ふう、みい」
フ「あの、まさか時そばをやられるおつもりでは?」
み「鋭いヤツ」
フ「お風呂に入る時間がなくなりますよ」
み「ま、下北まで来て、小銭を数えるのも野暮なもんじゃな。
お主を信じる」
フ「ありがとうございました。
これで、細かいのができましたね」
み「それがどうした?」
フ「チップを下さるおつもりだったのでは?」
み「ぎく!」
み「お、すでにかような時間。
先生、部屋に急ぎましょう。
世話になったな。
決して振り返ってはなりませんぞ」
律「あ、ちょっと待ってよ」
フ「お客さーん」
み「先生、振り返ってはなりませんぞ」
フ「お客さん、そっちじゃありませんよ。
そっちは、大浴場です。
2階への階段は、フロントの正面になってますよ」
律「違うってよ」
み「罠かも知れん」
律「そんなわけないでしょ。
戻るわよ。
ちょっと、なんで後ろ向きで歩いてるのよ」
み「顔を合わせたくない」
律「こういうのを、墓穴を掘るというんだわ。
チップくらいあげればいいのに」
み「10円玉でもあればな。
封筒には、100円玉と500円玉しかなかった」
律「大丈夫よ。
ほら、ニコニコして指さしてる」
律「あ、階段を教えてくれてるんだわ。
ほら、あなたもちゃんと頭を下げなさい。
ありがとうございました」
フ「どうぞ、ごゆっくり。
夕食に遅れませんように。
チップは、お帰りのときで結構です」
み「げ」
律「冗談に決まってるでしょ」
み「今夜、小銭、ぜんぶ使い切るからな」
律「ケチなのに小心なんだから。
とっても情けない性格だと思うわ」
↑ほんまですか!
み「性分なんだから仕方あるまい」
律「階段もすごいわよね」
↑もちろん、『吉祥閣』ではありません。東京銀座の『マキシム・ド・パリ』です。『吉祥閣』の画像がないのよ。
み「螺旋状ですな。
↓新日本海フェリーのバブルの階段を思いだすわい」
み「よっこらしょっと」
律「掛け声はやめなさい」
み「おー、2階の廊下も立派ではないか」
律「シティホテル級ね」
み「土地が安いから、広々としておる」
↑『恐山』の土地は、誰の所有なんですかね? やはりお寺?
律「一言多いの」
み「あったあった。
『彩雲11』じゃなくて、『瑞雲11』」
ガチャ(鍵を開けた音。どういう鍵かわかりません)。
み「おー」
律「ほんと、まさしく旅館だわ」
み「座布団があるな」
み「早よー足を伸ばしたいわい」
律「ちょっと……。
お部屋、間違えたんじゃないの?
どう考えても、2人用の部屋じゃないわよ」
み「鍵が開きましたがな。
間違ってるわけ、おへん」
律「和室が、2部屋あるわ。
こっちは、四畳半ね。
向こうが、畳何枚ある?」
み「ひい、ふう、みい。
実にシンプルな敷き方ですな」
み「3枚敷きの5列。
ずばり、十五畳でしょう」
律「なんで四畳半が別にあるのかしら?」
み「控えの間みたいだよね。
あるいは、お付きの家来用」
律「じゃ、あんたが四畳半ね」
み「なんでじゃ!」
み「十五畳の部屋に、もう布団が2組敷いてあるではないか」
み「これだけ広ければ、おならをしても臭いが籠もりゃせん」
↑はなはだ危険です。「↓」印のところ、顔に見えませんか?
律「もっと離して寝なきゃ。
でも、広いし綺麗だし……」
み「材木も良さげですな」
律「シンプルよね。
和室の極意だわ」
み「テレビもねー。
ラジオもねー」
律「それを言うんじゃないの。
座布団なら、たくさんあるじゃない」
み「いらんわ。
牢名主じゃるまいし」
律「どうする?
お風呂に入ってる時間はなさそうよ」
み「夕食には浴衣で行けないんだから、後回しでいいでしょ。
それよか、室内をば探索いたしましょう。
お、アメニティグッズがあった」
律「何が入ってる?」
み「浴衣と帯だすな。
あとは、バスタオル」
律「その袋は?」
み「歯磨きセットとフェイスタオルだね」
み「ま、最低限ですな」
律「こっちの部屋は何かしら?」
み「洗面所だな」
律「すごいわね。
洗面台が2つもある」
み「基本的に、団体向けに作られてあるんですよ。
あの座布団の数からして、10人くらいで泊まることもあるんじゃないの?
洗面台が1つじゃ、朝は大変でしょ」
律「こっちは……。
あ、トイレだ」
み「どれどれ。
なるほど。
綺麗は綺麗だけど……。
ウォシュレットがないのが致命的じゃ」
律「管が詰まるんじゃ仕方ないわよ」
み「風呂のシャワーで、綺麗に洗うしかないな」
律「そんなことまで、いちいち言わなくていいから。
お部屋は、これだけみたいね」
み「あ」
律「どうしたのよ?」
み「内風呂がない」
律「そういえばそうね。
大浴場を使って下さいということでしょ。
問題ないじゃないの」
み「ヤクザ屋さんの方々はどうするのよ?」
律「どうするって?」
み「彫り物して大浴場に入っていいの?」
律「知らないわよ。
さっきのフロントの人に聞いてくれば?」
み「そういえば、電話もなかったな」
律「でも、そうよね。
ヤクザは自業自得としても……。
皮膚病で炎症がある人とか、乳がんでお乳を取っちゃった人とかもいるわよね。
人前に裸を見せたくない人たち」
み「ま、そりゃそうだけどね。
でも、そういう姿を人前に晒すのもまた、修行と言うことでしょ」
↑これは修行ではありません。
律「そうね。
見る方も、目を背けたりせず、淡々と接する修業をすべきなのよね」
み「お茶でも飲みますか?
入口に電気ポットとお茶セットがあったよね」
み「料金のうちなんだから、飲まなきゃ損です。
取ってくる」
律「セコいんだから」
み「ちゃんと、お盆に載ってて運びやすいわい。
しかし、疑問じゃ」
律「なにがよ?」
み「なんで、玄関の靴入れの上にお茶セットがあるんだ?
出がけに立って飲めってか?」
律「知らないわよ」
み「これを配って回る人の手間を減らす目的しか考えられん」
み「あそこなら、靴を脱がずに置けるからね」
律「旅館とは違いますってことでしょ。
あくまで宿坊なんだから。
本来なら、お茶が欲しければ厨房まで取りに来てくださいってくらいなんじゃないの?」
み「これで申告してなかったら、怒るで」
み「あ」
律「何よ?」
み「お湯が沸いてない」
律「コンセントが差してないからでしょ」
み「あり得んぜよ」
律「だから、旅館じゃないのよ。
差しておいて、後で飲めばいいじゃない」
キンコンカンコン。
↑こんなのは付いてないと思います。
み「な、何ごとじゃ?
空襲警報か?」
律「そんなわけないでしょ」
み「ここらは、物騒な土地なのよ。
津軽海峡に近いでしょ。
だから、『ガメラレーダー』なんてスゴいレーダーが備え付けられてるんだよ」
↑下北半島の釜臥山にあります。ステルス戦闘機F22を捉えて米軍を震撼させたとか。
放「お食事のご用意が整いました。
お客様は、18時までに1階の食堂にお集まりください。
全員がお集まりになるまで、食事を始められませんので……。
お遅れにならないよう、お願いいたします。
なお、浴衣でのお食事はご遠慮いただいております。
私服にておいでください。
浴衣でお出でのお客様につきましては、素っ裸になっていただきます」
ここで、ちょっとお断り。
館内放送が流れることは確からしいのですが……。
チャイムや文言については、わたしの想像(でっち上げ)です(当たり前)。
なお、さっきのフロントマンも、もちろん実在の人物ではありません。
↑フロントマン想像図。
み「お、休憩スペースがある」
み「ここにビールの自販機があれば、1階まで降りなくていいのじゃが」
↑自販機は置いてないっぽいです。
この先、途中の画像が見当たらないので、いきなり食堂の場面に移ります。
み「なんじゃここはー」
律「尋常な広さじゃないわね」
み「300人くらい座れるんでないの?
ひよっとして、あの遙か彼方のステージ前にあるのが、夕食の席でっか?」
律「そうみたいね。
みなさん、もうお集まりだわ」
み「ともかく、座りませう。
コントだと、まず、お膳のない席に座るのだが……」
律「やってみれば?
誰も突っこまないんじゃないの」
↑『つっこみ如来立像(作:みうらじゅん)』。
律「ひょっとしたら、終わるまで放ったらかしかもよ」
み「ここはお笑いの場ではない。
背筋をシャンと伸ばしなされ」
↑お見事。
律「あんたに言われたくないわ。
早く座りましょ」
み「よっこいしょ」
↑このギャグは、初めて知りました。
律「掛け声は止めなさいって。
まぁ、綺麗なお料理ね」
み「力士には足りないだろうけど」
↑力士の焼肉会の様子。4人で60人前を食べたそうです。
律「なんで力士が来るのよ」
み「ご飯、よそってもいいのかな?」
律「まだっぽいわよ」
僧「みなさん、お集まりのようですな」
み「お坊さんが来た」
↑『恐山菩提寺』院代の南直哉(じきさい)さん。この方の『恐山: 死者のいる場所 (新潮新書)』は参考になりました。夕食の法話に来られることもあるようです。
律「いちいち言わなくてもわかるわよ」
み「読者のための説明セリフじゃ」
↑格の違う説明セリフがありました。
僧「大祭のおりなどは、この食堂が満席になります。
そのときは、壇上からマイクでお話しさせていただきますが……。
本日のような少人数のときは、このように、壇の下からマイクを使わずに話します。
わたしは、こちらの方が好きですな。
宿の方は、わたしが毎日壇上からマイクで喋る方が儲かってよいのでしょうが」
律「なんで肘でつっつくのよ?」
み「笑いどころじゃ。
みなさん、笑っておられるでしょ」
↑ここまでは……。
律「私語禁止」
僧「みなさん、全国各地から見えられ、昨日まではまったく知らない同士が……。
こうして、席を同じくしてお食事をいただく。
これまさしく、『一期一会』ですな。
この言葉は、千利休が初めて用いたと伝えられます」
↑1591(天正19)年、秀吉の逆鱗に触れ切腹を命じられます(享年69)。死を命じられた真相は、謎のままだそうです。
僧「利休自身に著作はありませんが……。
利休の弟子に山上宗二(やまのうえそうじ)という茶人がおります。
その方が、『茶湯者覚悟十体』という文を著しております」
↑この中に『茶湯者覚悟十体』があるようです。残念ながら絶版みたいですね。利休より22歳年下ですが、利休の死の前年に亡くなってます(享年46)。
僧「茶道の心得を示した一文ですな。
その中に、こんな記述があります。
『そもそも茶湯の交会は、一期一会といいて、たとえば、幾度の同じ主客交会するとも、今日の会にふたたびかえらざる事を思えば、実に我一世一度の会なり』
これが、千利休の教えだそうです。
この言葉を世に広めたのは、幕末の大老・井伊直弼ですな」
↑“大老"という役職名からか老人のイメージがありますが、『桜田門外の変』で暗殺されたときは、満44歳でした。
僧「茶人としても一流であった井伊直弼は……」
僧「自らの茶道の一番の心得として、『一期一会(いちごいちえ)』の言葉を掲げました」
僧「『一期』と『一会』。
この2つの言葉を出会わせて成句としたのは、茶道の先人の功績です。
しかし、この『一期』と『一会』、実はどちらも仏教語なのです。
『一期』は、人が生まれて死ぬまでの一生のことです」
僧「『一会』は、法会(ほうえ)などの集まりのこと」
↑灌仏会だそうです。
僧「茶道では、お茶の席になりますな」
僧「たとえ、これから何度も会う方であろうとも……。
今日この時に会うのは、まさしく一生に一度だけということです。
みなさんがこうして本日出会い、そして食事を共にする。
仏様のご縁でしょうな」
↑お金にご縁がありそうなポーズ。ありがたや。
僧「この時間は、人生でたった一度だけの瞬間なんです」
僧「今というときを抱きしめ、そしてご飯を噛みしめていただきたい。
噛みしめないで飲みこむと、喉に詰まりますよ」
↑「鵜呑み」の語源です。
僧「いやいや。
笑っておられるが、これはすべてのことに対する心構えでもあります。
さて、それでは、お手元にあります箸袋をお取り下さい」
み「やっと食べれる」
僧「まだでございます」
み「げ、聞こえてた」
僧「こういうところに長くおりますと……。
耳が聞こえすぎるようになりましてな」
↑コントではないようです。
僧「なにしろ、夜、床に入りますと、物音は何も聞こえません。
何も聞こえないと、逆に気になるものでしてな。
つい、目をつぶりながらも、聞き耳を立てる。
聞こえるのは、雨の音、風の音」
↑小林旭の名曲『さすらい』。
僧「しかし、こういう音が聞こえる夜は、まだいいのです。
雨風を聞きながら、いつしか眠りに落ちてしまいます。
しかし、これらが聞こえない静かな夜は困ります」
僧「何かが聞こえるのではないかと、妙に緊張しましてな。
そのうち、頬をさーっと生暖かい風が撫でる。
おかしいな。
窓は閉めてあるはずだが。
そのとき、耳元で囁く声がする。
『法円、法円』。
法円というのは、わたしの僧名です。
『法円、法円……。
寂しくはないか?』」
み「ひっ」
僧「いかがなされました」
み「怖くなったに決まっており申す。
こんな場所で、お坊さんが怪談話なんて反則であんしょ」
僧「お客さんは、どちら方面からお見えです?」
み「口調については気にするでない。
なんで怪談を語り始めるのじゃ」
僧「はて。
忘れ申した」
み「忘れるな!」
僧「どなたか、ご存じの方はおられますかな?」
律「たしか、耳が聞こえすぎるというお話からです」
僧「おー、そうでした。
こちらのお客さんが、『やっと食べれる』と呟かれたのが聞こえたのですな。
ちなみに“食べれる”は、ら抜き言葉です」
み「すでに認知されてるだろ」
僧「国語審議会は、まだ認知しておりません」
み「すぐに認知し、慰謝料を払うべきじゃ」
僧「何の話ですか。
ら抜き表現を使われる方は……。
“ら”で始まる食べ物は口にできません」
み「なんでじゃ!
誰がそんなこと決めた!」
僧「国語審議会です」
み「ウソこけ。
僧が、ウソこいてもいいのか」
僧「嘘も方便という言葉もあります」
↑当然です。
み「いいわい。
ラッキョウは嫌いだでな」
僧「“ら”で始まる食べ物は、ラッキョウだけじゃないでしょ。
例えば、ラーメンとか」
み「パカモーン。
“ン”で終わったら負けではないか。
誰か、墨!」
↑高島彩。髭を描かれても、美人は美人。
僧「しりとりではありません」
律「あの。
そろそろ。
皆さま、お待ちですので。
これを相手にしてると、朝まで食べられませんよ」
僧「途中からそんな気がしてきました。
でもわたしも、負けず嫌いなもので」
み「修業が足りん」
律「相手にしないでください」
僧「わかりました。
みなさん、お手元の箸袋をお取り下さい」
僧「では、それを裏返して下さい。
文字が書いてあります」
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