メルヘン号のコースは、これでおしまいです。
一行を乗せたバスは、このまま出発地の別府に戻りますが……。
途中、由布院で降りることもできます。

今日のお宿は由布院に取ってあるので……。
わたしたちは、由布院で下車することに。
由布院着は、14時30分です。
ここで、バスが着くまでの時間を利用して……。
由布院について、ちょっと一言。
由布院という地名を、聞いたことが無いという人は……。
まずいないと思います。
でも、どこにあって、何が有名かとなると……。
詳しく知ってる人は、多いとは言えないかも知れませんね。
わたしも、そのひとりでした。
なんとなく聞いたことはあるんだけど……。
それが、大分県にある温泉地だってことは、知りませんでした。
で……。
「ゆふいん」の表記ですが……。
ガイドブックやサイトを見てると……。
由布院のほかに、湯布院という書き方があることに気づきます。
何ででしょう……。
ということで、少し調べてみました。
元々の名称は、由布院でした。
温泉の名前も、由布院温泉。
それが……。
昭和30年(1955年)の町村合併で、湯布院町が出来たんです。
合併したのは、当時の「由布院町」と「湯平村(ゆのひらむら)」。
湯平村としては……。
湯平村の表記がまったく消えてしまうことに、抵抗があったんじゃないでしょうか。
そのまま「由布院町」になっちゃえば、吸収合併されたみたいになっちゃいますからね。
読み方は、「ゆふいん」のままで……。
「湯平村」の湯を、新しい町名のてっぺんに乗せることで、村のメンツを保ったんでしょう。
てなわけで、湯布院町が出来ました。
でも、温泉の名前は由布院温泉のまま。
そして、さらに話は複雑になります。
平成の大合併です。
平成17年(2005年)、大分郡の3町、湯布院町、狭間町、庄内町が合併し、由布市となりました。
で、住居表示ですが……。
大分郡が由布市に変わっただけです。
すなわち……。
大分郡湯布院町XX → 由布市湯布院町XX
つまり……。
由布市の中に、湯布院町があり……。
湯布院町の中に、由布院温泉があるということになったわけです。
いっそ、由布院に統一しちゃえばとも思いますが……。
湯布院の名称が出来て半世紀以上経ち、こっちの方もすっかり定着してしまってます。
湯布院の方が温泉のイメージを強調できるので、観光施設なんかでは、積極的に使われたみたいですし。
いまさら統一ってのは、難しいようです。
ちなみに……。
JR久大(きゅうだい)本線の駅名は、“由布院駅”。

大分自動車道のインターチェンジは、“湯布院IC”。

地元では、由布院駅周辺は、由布院に統一するという方針が出てるそうですが……。
この方針を、全国的なコンセンサスにしていくのは、なかなか難しいんではないでしょうか。
さて、楽しませてくれた亀の井バスですが……。
由布院駅前で降りましょう。

時間は、14:30。
「これから、どうするんですか?」
「宿に直行するにはまだ早いよな。
おいしい夕食を食べるために!
お腹減らしに、由布院を散策しましょ。
おしゃれだろ?」
「いいですけど……。
ちょっと荷物が」
美弥ちゃんもわたしも、手提げのボストンバッグを持ってます。
この荷物を持ったまま散策するんじゃ、ちょっとタイヘン。
「いいサービスがあるんだよ」
由布院駅を背にしてすぐ右手に、小さな店舗があります。

入り口の看板には、「手荷物受付カウンター」という表示が見えます。

手荷物の配送サービスを行ってるんですね。
「ゆふいんチッキ」という名称です。
システムは、実に簡単。
ここで荷物を預けると……。
宿に、荷物を運んでおいてくれるわけです。
手ぶらで散策でき、そのまま宿に入れるので、とっても便利です。
由布院は駐車場が少なく、クルマで回るには不便なところ。
なるべく、公共交通機関で来てもらいたいってことで……。
こういうサービスを始めたようです。
ちなみに、“チッキ”とは、国鉄時代の鉄道小荷物のことなんです。
駅から駅へ、鉄道を使って荷物を送ったんですね。
宅配便の普及と共に利用者が激減し、昭和61年(1986年)に廃止されました。
わたしは、内田百の随筆『阿房列車』が好きなんですが……。

たしかこの随筆に、“チッキ”という語が出てきたような気がします。
“チッキ”のほかにも、“赤帽”とか“ボイ”とか……。
古き良き時代の国鉄用語が使われてます。
“赤帽”は、運送業者の名前として残ってますが……。
本来は、駅構内で、お客の荷物を運ぶ人のことを、そう呼びました。
早い話、ポーターのことです。
赤い帽子を被っていたので、“赤帽”。
そのまんまですね。

上の画像は、佐藤哲三(1910~1954)の「赤帽平山氏」(宮城県美術館所蔵)。
佐藤哲三は、新潟県長岡市出身の画家です。
これは、20歳のときに描かれたもの。
“平山氏”は、村上駅(新潟県北部)の赤帽だったそうです。
この作品は、梅原龍三郎に激賞されたとか。
“ボイ”ってのは、ボーイ(給仕)の略。
昔の急行列車には、車両ごとに専属の係が付いてて……。
この人たちを、“ボイ”と呼んだようです。
国鉄内での正式な職名は、“車掌補”。
この“ボイ”ですが……。
イケメン揃いだったそうですよ。
と言っても、ナヨナヨ系ではありません。
体育会系。
なにしろ、採用条件に、「身体強健・容姿端麗」とハッキリ謳われてたそうですから。
重たい荷物とかも、運ばなきゃなりませんからね。
今で云えば、特撮ヒーロー物の主演俳優みたいな感じだったんじゃないでしょうか。

採用後は、その好青年に、サービス教育を徹底して施したそうです。
そのため、婦人客には絶大な人気を誇ったとか。
長身のイケメンヒーローが、何でも言うことを聞いてくれるわけですから。
贔屓の“ボイ”が乗務する列車を選んで、乗車する女性客もいたそうな。
またしても、脱線してますが……。
もう少し、百についてお話させてください。
『阿房列車』に描かれた風景は、見たことがないはずなのに、妙に懐かしいんです。
シリーズの最初となった『特別阿房列車』の冒頭の一節は有名。
『なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと思ふ。
用事がないのに出かけるのだから、三等や二等には乗りたくない』
というわけで、何の用事もない大阪に行くため、一等車に乗り込みます。
この随筆が書かれた昭和25年ころは、車両が、一等、二等、三等に分かれてたんですね。
料金も、大違いでした。
二等は、三等の2倍。
一等は、3倍したそうです。
割り増しどころじゃありません。
3倍ですからね。
私用で一等に乗れる人は、限られてたと思います。
しかしながら、百が裕福だと思ったら大間違いです。
真逆です。
貧乏で有名な人でした。
裕福な造り酒屋“志保屋”に生まれましたが……。
旧制岡山中学(現・岡山朝日高校)に通う16歳のとき、その志保屋が倒産。
以来、ずっと貧乏生活。
旧制第六高等学校(現・岡山大学)に入りましたが……。
寮費が払えず、自宅から通学してたとか。
でも、東京帝国大学独文科を卒業してますから……。
貧乏と云っても……。
いきなりホームレスになるような今時の貧乏とは、違ってたんでしょうけど。
しかしながら、一等車の切符を、自腹で買えるような内情では無かったようで……。
切符は、借金して買ったんです。
堂々と、「何の用事も無いが、一等車で大阪まで行ってこようと思うので」と言って、お金を借りたそうです。
借りる方も借りる方ですが……。
貸す方も貸す方ですよね。
でも、何となく貸してしまう雰囲気が、百にはあったみたいです。
と言って、百が好人物だったってわけじゃありません。
人当たりは、はなはだ悪かったそうです。
天の邪鬼な上に、頑固で偏屈、我が儘な人だったとのこと。
普通なら、嫌われるとこですが……。
不思議なことに、そうではありませんでした。
法政大学の教授をしてたころの教え子たちは……。
還暦を過ぎた百の誕生会を、毎年祝ってくれました。
誕生会の名称は、「摩阿陀会(まあだかい)」。
百先生は“まあだ生きてるのかい”って洒落ですね。
この時期の百と教え子たちの交流は、黒澤明の遺作映画になってます(「まあだだよ」)。

百を松村達雄が演じ……。
教え子役に、所ジョージ。
百の妻を演じた香川京子の演技が、あまりにも見事で……。
黒澤監督は、彼女にはまったく注文を付けなかったそうです。
それどころか、彼女の演技シーンは、見てさえいなかったとか。
完全に信頼しきってたんですね。
わたしが百を知ったのは、随筆よりも小説が先でした。
初めて読んだのは、『冥途』という掌編集。

わたしは昔、夜見る夢を表現する手法に興味を持ってて……。
そういう小説を読みあさってたことがあるんです。
“夢”を描いた小説では、夏目漱石の『夢十夜』が有名ですよね。
確か、現国の教科書で読んだんじゃなかったかな。
百は、その漱石の弟子でした。
で、師の『夢十夜』に、一番影響を受けた弟子が百。
弟弟子の芥川龍之介は、『冥途』を、「戞々(かつかつ)たる独創造の作品なり」と評しています。
『夢十夜』は、理に落ちるようなところがありますが……。
『冥途』には、それがまったくありません。
異様な夢の気配だけが描かれてます。
夢の気分を表現しているという点では、『夢十夜』を凌ぐと云ってもいいでしょう。
掌編以外の作品には、『東京日記』『サラサーテの盤』などがあります。


『サラサーテの盤』は、鈴木清順監督により、「ツィゴイネルワイゼン」という映画になってます。

わたしはこの映画、何回も見ました。
大谷直子が綺麗でしたね~。

ちなみに、夢を題材にした小説では、内田百と島尾敏雄が双璧だと思います。
島尾敏雄については、またいつか話す機会があるかも知れません。
さて、脱線を元に戻しましょう。
「ゆふいんチッキ」に立ち寄ったところからでしたね。
配送料金は、荷物1個500円。
2個なら800円、3個だと1,000円。
4個以上は、1個あたり300円になります。
グループで利用すると、お得ですよ。
わたしたちは2つなので、800円ですね。
1人400円で重い荷物から解放されるんだから……。
安いもんでしょ。
さて、ポシェット一つの身軽になりました。
とりあえず、駅前から歩き出しましょう。
良い雰囲気の町並みです。
正面に見えるのは、由布岳。

そうそう。
最近、ネットを見てたら、由布院を舞台にした朝ドラがあったんですね。
2005年だから、5年前。
「風のハルカ」というドラマ。

勤めの身にとって、朝ドラは無縁な世界なので……。
ネットで見つけるまで、まったく知りませんでした。
5年経ってるから、観光客もだいぶ落ち着いたでしょうかね。
あんまり混んでると、イヤですから(わたしらも観光客だけど……)。
ところで、この朝ドラですが……。
この春から、開始時間が15分繰り上がって、8時ジャストからの放送になったんです。
これが、わたしには大迷惑。
チャリに乗れる日は、8時7分頃、パソコンを切って部屋を出るんですが……。
それまでは、ずっとNHKを点けてます。
パソコンでは、コメントの推敲をしたりしてます。
テレビは点いてますが、ニュースの音声はほとんど気になりません。
でも、ドラマはダメです。
声に感情が籠もってると、耳に障るんですね。
民放を見ないのは、コマーシャルが入るからです。
CMになって、音声のトーンが変わったりすると、途端に波長が乱れる。
そんなわけで……。
8時になったら、テレビを消さなきゃならなくなったんです。
あと数分で家を出なくちゃならないってときに……。
リモコンがすぐに見つからなかったりすると、イラッと来ますね。
なので最近は、朝ドラにいい感情を持ってません。
最近の朝ドラって、いきなりセリフから始まるんですよ。
主題歌(?)じゃなくて。
テレビを背にしてるわたしには……。
アナウンサーの声が、いつの間にか俳優の声に変わってるわけです。
声が耳に憑きだして、初めて、ドラマが始まってることに気づきます。
紛らわしい。
あのドラマ、水木しげるさんのお話みたいですね。

テレビ消す瞬間しか見てないけど……。
なんかさ……。
若いのにさ。
ふたりっきりでいて、あんなホノボノしてるわけないじゃんね。
あの若さで、ふたりでいたら……。
寝る間も惜しんで、ケモノみたいに番ってるもんでしょ。
わたしなんかが見ると……。
ウソくさいとしか思えんよ。
わたしの方が、異常なのかね?
もし、わたしが新婚だったら……。
休みの日なんか、パンツ穿いてるヒマ無いと思うけど。
ま、そんな夫婦じゃ、NHKでは放送できんでしょうけど。
さて、いい加減、歩き出しましょうね。
駅前の“由布見通り”を歩き出して、すぐに感じることですが……。

いわゆる温泉街って雰囲気じゃありませんね。
そう言った猥雑さとは無縁。
こじんまりとした、可愛いお店が目に付きます。
「るるぶ」を小脇にして歩いてても、違和感がありません。
すこし行くと、左手にハンバーガー屋さんがありました。
と言っても、マックとかのチェーン店じゃありません。
そう言えば……。
どこの駅前にもあるような、全国チェーンの飲食店が見あたりません。
パチンコ屋も無いし。
なんか、条例でもあるんでしょうかね?
さて、ハンバーガー屋さんです。
“YUFUIN BURGER”というお店です。

ちょっと覗いてみたところ……。
大吊橋にあったような、ご当地バーガー店のようです。
大分県って、ご当地バーガーがトレンドなんですかね?
それで、駅前にマックが無いんでしょうか?
「ここでも、買い食いは禁止ね」
「さすがに、牛ステーキの後で……。
ハンバーガーは食べれませんよ」
けっこう、食べ物屋さんが目立ちますね。
お腹いっぱいで歩くのが、もったいない町並みです。
お腹空かして由布院駅に降りて……。
買い食いしながら歩くってのも、楽しいかも?
さて、駅前から、比較的広い道路を歩いて来ましたが……。
白滝川という小川にかかる橋で、道は二手に分かれます。

左手の道は、駅前からの続きみたいで、広い道路がまっすぐに伸びてます。
右の道は、ずっと細く、幹から分かれた小枝のようです。
でも、わたしたちが進むのは、こちらの細い道。
この道は、“湯の坪街道”と呼ばれ、由布院観光のメインストリートなんですね。
平日ですけど、狭い道を、けっこう観光客が歩いてます。

グループで来てる人たちは……。
どうしても道一杯に広がっちゃいます。
ま、楽しくおしゃべりしながら歩きたいですからね。
軍隊じゃないんだから、一列で歩く団体は無いですよね。
その人混みの中を、車が分け入って来ます。
車両進入禁止にすればいいのに、と思いますが……。
駅から遠い旅館などは……。
車が通れなくなったら、影響大きいんでしょうね。
でも、マイカーで来たら、ほんと駐車場に苦労すると思う。
由布院泊まりの人は、旅館に車を置いてから町に出た方がいいんじゃないかな。
でも、車で日帰りの人は、どうするんだろうね。
途中、Aコープがありましたが……。
警備員が、駐車場で見張ってました。
観光客の無断駐車が絶えないんでしょうね。
「ちょっと、寄り道して行こう」
“ゆふいん夢蔵”という土産物屋さんの手前を右に折れると……。
すぐに、見えてきます。

「へ~。
由布院トリックアート迷宮館」

「面白そう!」
「だろ~」
由布院に、そんな施設無かったぞ!と思われる方もおられるでしょうが……。
それもそのはず。
昨年4月にオープンしたばっかりです。
「ほら、Mikikoさん、見て。
あのチケットカウンター」
「はは。
入館前から、トリックが始まってるってわけだね」

さっそく、入ってみましょう。
まずは、「逆さの空間」。
なんのこと無いんですけどね。
室内の調度が、逆さに描いてあるだけ。
でも、天井を歩いてるような、変な気分になります。
館内は撮影自由。
みなさん、記念写真を撮ってます。
「Mikikoさん、わたしも撮って」
「はい、チーズ。
う~ん。
突っ立ってたら、面白味が無いな。
天井から、コウモリが下がってるみたいだ」

「じゃ、どうすればいいんですか?」
「四つん這いだね。
天井に貼り付いてる気分で。
ほら、あの人、上手じゃない」

その他は、お馴染みの“だまし絵”みたいなものですね。

美術品じゃないから、べたべた触っても大丈夫。
1箇所ずつで写真撮ってると、けっこう時間食っちゃいます。
ここだけで時間を使うわけにはいかないので……。
そこそこに切り上げましょう。
「あ~、面白かった。
きっと、子供は大喜びだろうね」
「Mikikoさんもね~」
うーん。
まだ、頭がぐるぐるする。
さて、湯の坪街道まで、戻りましょう。
お腹の具合から、食べ物屋には心引かれないので……。
お土産系のお店を覗きます。
まず目に入ったのが……。
“藍づくし やす形”さん。

地元の藍染職人の作品が販売されてます。

ランチョンマット(1,575円~)なんかもあります。

藍には、殺菌効果があるって云いますからね。
食卓周りには良いかも。
これを、テーブルに敷くだけで……。
料理の格が、1段上がりそうですね。
2枚購入。
美弥ちゃんも、2枚買ってました。
由美との夕食に使う気だな……。
ちょっと妬けます。
少し行くと、味わい深げなお店が……。
「ここ、ずいぶん賑わってますね」
「入ってみよう」
お店には、「醤油屋本店」という看板が出てます。

お醤油だけ売ってるんでしょうか?
醤油の専門店なんか、見たこと無いので……。
ついつい入ってみたくなります。
この賑わいも、理解できますね。
「いろんなお醤油がありますね~」
「どれにする?」
「これにしようかな?」

「“かぼす蜂蜜醤油(650円)”?
何にかけるの?」
「ステーキなんかにも合いそうですよ。
あと、これをベースに、ドレッシングも作れそう。
Mikikoさんは?」
「これにしようか。
“ゆずこしょう(450円)”」

「お醤油以外のものも、あるんですね。
ラーメンとかの薬味に?」
「そうだね。
あと、寝てる美弥ちゃんの鼻にかけるとか」
「やったら許しませんからね」
「お尻、ペンペン?」
「当然」
「そんなら、なおさらやる」
「もう!」
大盛況の醤油屋本店を出ます。
しばらく行くと、左手に面白そうな施設が……。
「湯の坪横丁」という案内板が出てます。

案内板にある図は、こんな感じ。

自然に出来た横丁ではなく、一種のテーマパークのようです。
さっそく、入ってみましょう。
いろんなお店が並んでます。
お菓子屋さん、手作りの豆腐屋さん、豆腐料理店。
土産物屋、民芸品店、甘味処、天麩羅屋、うどん屋、漬物屋に……。
かりんとうの専門店まであります。
1つ1つ覗いてたら、日が暮れちゃいますね。
でも、1件だけ、わたしの興味を異常に引いたお店がありました。
ここです。

これ、テレビでやってましたよね。
足を浸けると、たちまちこの魚が寄ってきて、皮膚を突っつくってシーン。

画面で見てるだけで、こそばゆかったけど……。
まさか、由布院にいたとは!
これは、体験しない手はありません。
この魚、本名は“ガラ・ルファ”と云います。

コイ科の淡水魚です。
原産地は、トルコ、イラン、イラク、シリア、レバノンなど、西アジア周辺の河川。
原産地のトルコなどでは、アトピー性皮膚炎や乾癬、ニキビなどの皮膚疾患の治療に用いられているそうです。
なんとドイツでは、この魚による治療が、保険適用の医療行為となってます。
そのため、“ドクターフィッシュ”と呼ばれてるんです。
ちなみに日本では、“ドクターフィッシュ”は、㈱エコマネジメントにより商標登録されてるようです。
そのため、↑の看板は、“ドクター・キッスフィッシュ”って別名になってるんですね。
原産地のトルコでは、この魚、温泉に住んでるとか。
トルコ中央部に「カンガル」という天然温泉があり……。
何百年も前から、この温泉に住んでるそうです。

温泉と言っても、あんまり熱ければ煮魚になっちゃいますからね。
ぬるめの37度くらいのお湯だそうです。
う~む。
温泉に住む魚。
やっぱり、由布院にいるのは、意味があったんですね。
それでは、なぜに人の皮膚をついばむのか?
さて、ドクターフィッシュが、なぜ人の皮膚をついばむかってことですが……。
この魚、本来は、石に付着したコケなんかを食べてました。

でも、温泉にはコケなんか生え無いので……。
入浴する人の、皮膚の角質をついばむようになったとか。
早い話、温泉に住むドクターフィッシュは、エサが無くて飢えまくってるわけですね。
で、人が入ると、たちまち群がり集まって来るわけ。

しかしながら、健康な皮膚は肌に密着してるから、ついばむことが出来ない。
角質化して浮き上がった皮膚しか食べれないわけです。
よって、ドクターフィッシュが、老化した皮膚を食べてくれた後は……。
お肌、ツルリンてなわけです。
やがて、天然温泉「カンガル」における、ドクターフィッシュの“医療行為”が評判となり……。
ほかの温泉にも放たれることになりました。
しかし、なぜ「カンガル」に住み着くようになったかは……。
わかりませんでした。
川から迷いこんだんですかね?
「美弥、やってみてよ」
「わたしだけ?
Mikikoさんは、体験しないんですか?」
「わたしは、無類のくすぐったがりなの」
「しましょうよ」
「う~ん」
「ぜひ、ご体験ください」
入り口で迷ってるわたしたちに、お店の人から声がかかりました。
「クレオパトラも、美肌維持のために、この魚を飼ってたそうですよ~」

「なに!
クレオパトラが!
この魚に角質を食わせれば、クレオパトラみたいになれるわけだな?」
「そうは言ってないと思いますけど……」
聞く耳持たず。
さっそく、チノパン裾めくりです。
美弥ちゃんも、ジーンズを捲ってます。
「やっぱり、美弥はやらなくていい」
「何で?」
「今さら、クレオパトラになる必要なんか無いでしょ」
「だから……。
そうは言ってなかったと思います」
女性客の中には、ご主人や子供さんが楽しんでるのを、恨めしそうに眺めてらっしゃる方も……。
ストッキング穿いてるから、体験出来ないんですね。
由布院まで来て、しかも、こんな話のネタに出来る体験が出来ないなんて……。
もったいない!
ストッキングを脱ぐ更衣室があればいいのにね。
みなさん、由布院には、生足で行きましょう。
さて、わたしたちの番になりました。
設置されてるのは、イベントなんかで見かける、足湯のユニットです。

早い話、足湯の中を魚が泳いでるわけね。
ユニットの縁に座り、恐る恐る足を入れます。
たちまち、わらわらと寄ってきました。

「うひゃぁ」
何とも言えない感触です。
お魚の口が、皮膚をつつく感じが何とも言えません。
心なしか……。
乾癬の患部を、集中攻撃してくれてるみたい。
なんか、愛しくなりますね。
ドクターフィッシュ、家でも飼おうかな?
あとでネットで調べたら……。
ドクターフィッシュは、通販で買えるんです。

飼い方も、ごく簡単。
早い話、コイですからね。
水温だけ、30度前後に保つようにすれば……。
餌なんて、何でも食うみたいです。
ま、人間の角質を食うくらいなんだから……。
究極の雑食魚と言えるかも知れません。
「きゃわいいね~」
「ほんとですね~」
真上から見下ろしてると……。
一生懸命、足に吸い付くお魚ちゃんたち、もう愛しくてなりません。
でも、よく考えたら、これって魚に食われてるってことなんですよね。
なんとなく、この顔つき……。

どこかで見たような。
そう!
“アクアマリンふくしま”にいた、チンアナゴちゃんに似てますね~。

どちらも、おとぼけ系。
「指の間も食べてもらおうかな」
「うわ。
Mikikoさん、器用~」
「えっへん」
わたしは、足の指が大きく開くんです(↓わたしの足ではありません)。

4つの指の股を、お魚ちゃんが潜り始めました。
「挟んでやる。
えい!
ほら、1匹挟まった。
指の間で、ピチピチしてる~。
きゃわいぃ~」
「かわいそうでしょ!
放してあげて」
「はいはい。
うわっ。
足の裏に回り込まれた。
うひゃひゃ。
うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

「Mikikoさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない!
も、悶絶するぅぅぅぅ。
足の裏は、ダメぇ~~~」
「足の裏、底に着ければいいでしょ」
「ダメだよ~。
下に潜り込まれてるから、踏んじゃうよ~」
「じゃあ、水から足抜けばいいでしょ」
「あ、そうか」
ようやく、くすぐり攻撃から解放されました。
「あ~、びっくりした。
危うく、イクとこだったぜ。
この魚、マジで拷問に使えるな。
美弥も出ちゃうの?」
「もう、制限時間終了ですよ」
「うそ~。
足上げちゃって、損した。
もう1回、やろう?」
「順番待ちの人がいるから、ダメです」
「ちぇ~~。
でも、15分で1,000円ってのは、高いよな」
「聞こえますよ」
「時給、4,000円じゃん。
人間のエステシャンより高いじゃないか」

「もう、未練たらしい!」
美弥ちゃんに引きづられ、フィッシュスパを出ます。
さて、湯の坪街道に戻りましょう。
まだ、足の裏がムズムズする。
「これから、どこ行くんですか?」
「この先に、金鱗湖って湖があるらしい」
「へ~。
遊覧船でも出てるんでしょうかね?」
湯の坪街道を折れ、小道を抜けると……。
湖面が見えてきました。

「これって……。
湖ですか?」
「……だよね」
そこにあったのは、こぢんまりとした“池”でした。
金鱗湖と名付けたのは、毛利空桑(くうそう・1797~1884)という儒学者。
初めて聞く名前でしたが……。
地元では、知られてるようです。
尊皇論者で、幕末の志士たちとも交流があったそうです。
大分市には、“毛利空桑記念館”という施設もあります。
金鱗湖の命名は、明治17年、空桑が亡くなる年のこと。
魚の鱗が夕日に輝く様を見て、この名を付けたそうです。

まぁ、「金鱗」までは、それで納得できますが……。
“湖”は違うだろ!
あとで調べたら、この“湖”、周囲が400メートルしか無いんですよ。
陸上のトラックくらいですよね。

上野の不忍池でさえ、周囲2,000メートルあるんですから……。
どう見間違えても、“池”です。
地元の人だって、ここを“湖”と称するような大それた考えは持ってませんでした。
元々の名前は「岳下(たけした)の池」だったそうです。
さすが儒学者、白髪三千丈ですね。
でも、さらに調べてみたら……。
もしかすると、本当に湖だったかも知れないんです。
湯布院盆地全体が、大きな湖だった時代があったかも知れないとのこと。
金鱗湖は、その名残だとも言われてます。
もちろん、有史以前のお話ですが……。
一行を乗せたバスは、このまま出発地の別府に戻りますが……。
途中、由布院で降りることもできます。

今日のお宿は由布院に取ってあるので……。
わたしたちは、由布院で下車することに。
由布院着は、14時30分です。
ここで、バスが着くまでの時間を利用して……。
由布院について、ちょっと一言。
由布院という地名を、聞いたことが無いという人は……。
まずいないと思います。
でも、どこにあって、何が有名かとなると……。
詳しく知ってる人は、多いとは言えないかも知れませんね。
わたしも、そのひとりでした。
なんとなく聞いたことはあるんだけど……。
それが、大分県にある温泉地だってことは、知りませんでした。
で……。
「ゆふいん」の表記ですが……。
ガイドブックやサイトを見てると……。
由布院のほかに、湯布院という書き方があることに気づきます。
何ででしょう……。
ということで、少し調べてみました。
元々の名称は、由布院でした。
温泉の名前も、由布院温泉。
それが……。
昭和30年(1955年)の町村合併で、湯布院町が出来たんです。
合併したのは、当時の「由布院町」と「湯平村(ゆのひらむら)」。
湯平村としては……。
湯平村の表記がまったく消えてしまうことに、抵抗があったんじゃないでしょうか。
そのまま「由布院町」になっちゃえば、吸収合併されたみたいになっちゃいますからね。
読み方は、「ゆふいん」のままで……。
「湯平村」の湯を、新しい町名のてっぺんに乗せることで、村のメンツを保ったんでしょう。
てなわけで、湯布院町が出来ました。
でも、温泉の名前は由布院温泉のまま。
そして、さらに話は複雑になります。
平成の大合併です。
平成17年(2005年)、大分郡の3町、湯布院町、狭間町、庄内町が合併し、由布市となりました。
で、住居表示ですが……。
大分郡が由布市に変わっただけです。
すなわち……。
大分郡湯布院町XX → 由布市湯布院町XX
つまり……。
由布市の中に、湯布院町があり……。
湯布院町の中に、由布院温泉があるということになったわけです。
いっそ、由布院に統一しちゃえばとも思いますが……。
湯布院の名称が出来て半世紀以上経ち、こっちの方もすっかり定着してしまってます。
湯布院の方が温泉のイメージを強調できるので、観光施設なんかでは、積極的に使われたみたいですし。
いまさら統一ってのは、難しいようです。
ちなみに……。
JR久大(きゅうだい)本線の駅名は、“由布院駅”。

大分自動車道のインターチェンジは、“湯布院IC”。

地元では、由布院駅周辺は、由布院に統一するという方針が出てるそうですが……。
この方針を、全国的なコンセンサスにしていくのは、なかなか難しいんではないでしょうか。
さて、楽しませてくれた亀の井バスですが……。
由布院駅前で降りましょう。

時間は、14:30。
「これから、どうするんですか?」
「宿に直行するにはまだ早いよな。
おいしい夕食を食べるために!
お腹減らしに、由布院を散策しましょ。
おしゃれだろ?」
「いいですけど……。
ちょっと荷物が」
美弥ちゃんもわたしも、手提げのボストンバッグを持ってます。
この荷物を持ったまま散策するんじゃ、ちょっとタイヘン。
「いいサービスがあるんだよ」
由布院駅を背にしてすぐ右手に、小さな店舗があります。

入り口の看板には、「手荷物受付カウンター」という表示が見えます。

手荷物の配送サービスを行ってるんですね。
「ゆふいんチッキ」という名称です。
システムは、実に簡単。
ここで荷物を預けると……。
宿に、荷物を運んでおいてくれるわけです。
手ぶらで散策でき、そのまま宿に入れるので、とっても便利です。
由布院は駐車場が少なく、クルマで回るには不便なところ。
なるべく、公共交通機関で来てもらいたいってことで……。
こういうサービスを始めたようです。
ちなみに、“チッキ”とは、国鉄時代の鉄道小荷物のことなんです。
駅から駅へ、鉄道を使って荷物を送ったんですね。
宅配便の普及と共に利用者が激減し、昭和61年(1986年)に廃止されました。
わたしは、内田百の随筆『阿房列車』が好きなんですが……。

たしかこの随筆に、“チッキ”という語が出てきたような気がします。
“チッキ”のほかにも、“赤帽”とか“ボイ”とか……。
古き良き時代の国鉄用語が使われてます。
“赤帽”は、運送業者の名前として残ってますが……。
本来は、駅構内で、お客の荷物を運ぶ人のことを、そう呼びました。
早い話、ポーターのことです。
赤い帽子を被っていたので、“赤帽”。
そのまんまですね。

上の画像は、佐藤哲三(1910~1954)の「赤帽平山氏」(宮城県美術館所蔵)。
佐藤哲三は、新潟県長岡市出身の画家です。
これは、20歳のときに描かれたもの。
“平山氏”は、村上駅(新潟県北部)の赤帽だったそうです。
この作品は、梅原龍三郎に激賞されたとか。
“ボイ”ってのは、ボーイ(給仕)の略。
昔の急行列車には、車両ごとに専属の係が付いてて……。
この人たちを、“ボイ”と呼んだようです。
国鉄内での正式な職名は、“車掌補”。
この“ボイ”ですが……。
イケメン揃いだったそうですよ。
と言っても、ナヨナヨ系ではありません。
体育会系。
なにしろ、採用条件に、「身体強健・容姿端麗」とハッキリ謳われてたそうですから。
重たい荷物とかも、運ばなきゃなりませんからね。
今で云えば、特撮ヒーロー物の主演俳優みたいな感じだったんじゃないでしょうか。

採用後は、その好青年に、サービス教育を徹底して施したそうです。
そのため、婦人客には絶大な人気を誇ったとか。
長身のイケメンヒーローが、何でも言うことを聞いてくれるわけですから。
贔屓の“ボイ”が乗務する列車を選んで、乗車する女性客もいたそうな。
またしても、脱線してますが……。
もう少し、百についてお話させてください。
『阿房列車』に描かれた風景は、見たことがないはずなのに、妙に懐かしいんです。
シリーズの最初となった『特別阿房列車』の冒頭の一節は有名。
『なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと思ふ。
用事がないのに出かけるのだから、三等や二等には乗りたくない』
というわけで、何の用事もない大阪に行くため、一等車に乗り込みます。
この随筆が書かれた昭和25年ころは、車両が、一等、二等、三等に分かれてたんですね。
料金も、大違いでした。
二等は、三等の2倍。
一等は、3倍したそうです。
割り増しどころじゃありません。
3倍ですからね。
私用で一等に乗れる人は、限られてたと思います。
しかしながら、百が裕福だと思ったら大間違いです。
真逆です。
貧乏で有名な人でした。
裕福な造り酒屋“志保屋”に生まれましたが……。
旧制岡山中学(現・岡山朝日高校)に通う16歳のとき、その志保屋が倒産。
以来、ずっと貧乏生活。
旧制第六高等学校(現・岡山大学)に入りましたが……。
寮費が払えず、自宅から通学してたとか。
でも、東京帝国大学独文科を卒業してますから……。
貧乏と云っても……。
いきなりホームレスになるような今時の貧乏とは、違ってたんでしょうけど。
しかしながら、一等車の切符を、自腹で買えるような内情では無かったようで……。
切符は、借金して買ったんです。
堂々と、「何の用事も無いが、一等車で大阪まで行ってこようと思うので」と言って、お金を借りたそうです。
借りる方も借りる方ですが……。
貸す方も貸す方ですよね。
でも、何となく貸してしまう雰囲気が、百にはあったみたいです。
と言って、百が好人物だったってわけじゃありません。
人当たりは、はなはだ悪かったそうです。
天の邪鬼な上に、頑固で偏屈、我が儘な人だったとのこと。
普通なら、嫌われるとこですが……。
不思議なことに、そうではありませんでした。
法政大学の教授をしてたころの教え子たちは……。
還暦を過ぎた百の誕生会を、毎年祝ってくれました。
誕生会の名称は、「摩阿陀会(まあだかい)」。
百先生は“まあだ生きてるのかい”って洒落ですね。
この時期の百と教え子たちの交流は、黒澤明の遺作映画になってます(「まあだだよ」)。

百を松村達雄が演じ……。
教え子役に、所ジョージ。
百の妻を演じた香川京子の演技が、あまりにも見事で……。
黒澤監督は、彼女にはまったく注文を付けなかったそうです。
それどころか、彼女の演技シーンは、見てさえいなかったとか。
完全に信頼しきってたんですね。
わたしが百を知ったのは、随筆よりも小説が先でした。
初めて読んだのは、『冥途』という掌編集。

わたしは昔、夜見る夢を表現する手法に興味を持ってて……。
そういう小説を読みあさってたことがあるんです。
“夢”を描いた小説では、夏目漱石の『夢十夜』が有名ですよね。
確か、現国の教科書で読んだんじゃなかったかな。
百は、その漱石の弟子でした。
で、師の『夢十夜』に、一番影響を受けた弟子が百。
弟弟子の芥川龍之介は、『冥途』を、「戞々(かつかつ)たる独創造の作品なり」と評しています。
『夢十夜』は、理に落ちるようなところがありますが……。
『冥途』には、それがまったくありません。
異様な夢の気配だけが描かれてます。
夢の気分を表現しているという点では、『夢十夜』を凌ぐと云ってもいいでしょう。
掌編以外の作品には、『東京日記』『サラサーテの盤』などがあります。


『サラサーテの盤』は、鈴木清順監督により、「ツィゴイネルワイゼン」という映画になってます。

わたしはこの映画、何回も見ました。
大谷直子が綺麗でしたね~。

ちなみに、夢を題材にした小説では、内田百と島尾敏雄が双璧だと思います。
島尾敏雄については、またいつか話す機会があるかも知れません。
さて、脱線を元に戻しましょう。
「ゆふいんチッキ」に立ち寄ったところからでしたね。
配送料金は、荷物1個500円。
2個なら800円、3個だと1,000円。
4個以上は、1個あたり300円になります。
グループで利用すると、お得ですよ。
わたしたちは2つなので、800円ですね。
1人400円で重い荷物から解放されるんだから……。
安いもんでしょ。
さて、ポシェット一つの身軽になりました。
とりあえず、駅前から歩き出しましょう。
良い雰囲気の町並みです。
正面に見えるのは、由布岳。

そうそう。
最近、ネットを見てたら、由布院を舞台にした朝ドラがあったんですね。
2005年だから、5年前。
「風のハルカ」というドラマ。

勤めの身にとって、朝ドラは無縁な世界なので……。
ネットで見つけるまで、まったく知りませんでした。
5年経ってるから、観光客もだいぶ落ち着いたでしょうかね。
あんまり混んでると、イヤですから(わたしらも観光客だけど……)。
ところで、この朝ドラですが……。
この春から、開始時間が15分繰り上がって、8時ジャストからの放送になったんです。
これが、わたしには大迷惑。
チャリに乗れる日は、8時7分頃、パソコンを切って部屋を出るんですが……。
それまでは、ずっとNHKを点けてます。
パソコンでは、コメントの推敲をしたりしてます。
テレビは点いてますが、ニュースの音声はほとんど気になりません。
でも、ドラマはダメです。
声に感情が籠もってると、耳に障るんですね。
民放を見ないのは、コマーシャルが入るからです。
CMになって、音声のトーンが変わったりすると、途端に波長が乱れる。
そんなわけで……。
8時になったら、テレビを消さなきゃならなくなったんです。
あと数分で家を出なくちゃならないってときに……。
リモコンがすぐに見つからなかったりすると、イラッと来ますね。
なので最近は、朝ドラにいい感情を持ってません。
最近の朝ドラって、いきなりセリフから始まるんですよ。
主題歌(?)じゃなくて。
テレビを背にしてるわたしには……。
アナウンサーの声が、いつの間にか俳優の声に変わってるわけです。
声が耳に憑きだして、初めて、ドラマが始まってることに気づきます。
紛らわしい。
あのドラマ、水木しげるさんのお話みたいですね。

テレビ消す瞬間しか見てないけど……。
なんかさ……。
若いのにさ。
ふたりっきりでいて、あんなホノボノしてるわけないじゃんね。
あの若さで、ふたりでいたら……。
寝る間も惜しんで、ケモノみたいに番ってるもんでしょ。
わたしなんかが見ると……。
ウソくさいとしか思えんよ。
わたしの方が、異常なのかね?
もし、わたしが新婚だったら……。
休みの日なんか、パンツ穿いてるヒマ無いと思うけど。
ま、そんな夫婦じゃ、NHKでは放送できんでしょうけど。
さて、いい加減、歩き出しましょうね。
駅前の“由布見通り”を歩き出して、すぐに感じることですが……。

いわゆる温泉街って雰囲気じゃありませんね。
そう言った猥雑さとは無縁。
こじんまりとした、可愛いお店が目に付きます。
「るるぶ」を小脇にして歩いてても、違和感がありません。
すこし行くと、左手にハンバーガー屋さんがありました。
と言っても、マックとかのチェーン店じゃありません。
そう言えば……。
どこの駅前にもあるような、全国チェーンの飲食店が見あたりません。
パチンコ屋も無いし。
なんか、条例でもあるんでしょうかね?
さて、ハンバーガー屋さんです。
“YUFUIN BURGER”というお店です。

ちょっと覗いてみたところ……。
大吊橋にあったような、ご当地バーガー店のようです。
大分県って、ご当地バーガーがトレンドなんですかね?
それで、駅前にマックが無いんでしょうか?
「ここでも、買い食いは禁止ね」
「さすがに、牛ステーキの後で……。
ハンバーガーは食べれませんよ」
けっこう、食べ物屋さんが目立ちますね。
お腹いっぱいで歩くのが、もったいない町並みです。
お腹空かして由布院駅に降りて……。
買い食いしながら歩くってのも、楽しいかも?
さて、駅前から、比較的広い道路を歩いて来ましたが……。
白滝川という小川にかかる橋で、道は二手に分かれます。

左手の道は、駅前からの続きみたいで、広い道路がまっすぐに伸びてます。
右の道は、ずっと細く、幹から分かれた小枝のようです。
でも、わたしたちが進むのは、こちらの細い道。
この道は、“湯の坪街道”と呼ばれ、由布院観光のメインストリートなんですね。
平日ですけど、狭い道を、けっこう観光客が歩いてます。

グループで来てる人たちは……。
どうしても道一杯に広がっちゃいます。
ま、楽しくおしゃべりしながら歩きたいですからね。
軍隊じゃないんだから、一列で歩く団体は無いですよね。
その人混みの中を、車が分け入って来ます。
車両進入禁止にすればいいのに、と思いますが……。
駅から遠い旅館などは……。
車が通れなくなったら、影響大きいんでしょうね。
でも、マイカーで来たら、ほんと駐車場に苦労すると思う。
由布院泊まりの人は、旅館に車を置いてから町に出た方がいいんじゃないかな。
でも、車で日帰りの人は、どうするんだろうね。
途中、Aコープがありましたが……。
警備員が、駐車場で見張ってました。
観光客の無断駐車が絶えないんでしょうね。
「ちょっと、寄り道して行こう」
“ゆふいん夢蔵”という土産物屋さんの手前を右に折れると……。
すぐに、見えてきます。

「へ~。
由布院トリックアート迷宮館」

「面白そう!」
「だろ~」
由布院に、そんな施設無かったぞ!と思われる方もおられるでしょうが……。
それもそのはず。
昨年4月にオープンしたばっかりです。
「ほら、Mikikoさん、見て。
あのチケットカウンター」
「はは。
入館前から、トリックが始まってるってわけだね」

さっそく、入ってみましょう。
まずは、「逆さの空間」。
なんのこと無いんですけどね。
室内の調度が、逆さに描いてあるだけ。
でも、天井を歩いてるような、変な気分になります。
館内は撮影自由。
みなさん、記念写真を撮ってます。
「Mikikoさん、わたしも撮って」
「はい、チーズ。
う~ん。
突っ立ってたら、面白味が無いな。
天井から、コウモリが下がってるみたいだ」

「じゃ、どうすればいいんですか?」
「四つん這いだね。
天井に貼り付いてる気分で。
ほら、あの人、上手じゃない」

その他は、お馴染みの“だまし絵”みたいなものですね。

美術品じゃないから、べたべた触っても大丈夫。
1箇所ずつで写真撮ってると、けっこう時間食っちゃいます。
ここだけで時間を使うわけにはいかないので……。
そこそこに切り上げましょう。
「あ~、面白かった。
きっと、子供は大喜びだろうね」
「Mikikoさんもね~」
うーん。
まだ、頭がぐるぐるする。
さて、湯の坪街道まで、戻りましょう。
お腹の具合から、食べ物屋には心引かれないので……。
お土産系のお店を覗きます。
まず目に入ったのが……。
“藍づくし やす形”さん。

地元の藍染職人の作品が販売されてます。

ランチョンマット(1,575円~)なんかもあります。

藍には、殺菌効果があるって云いますからね。
食卓周りには良いかも。
これを、テーブルに敷くだけで……。
料理の格が、1段上がりそうですね。
2枚購入。
美弥ちゃんも、2枚買ってました。
由美との夕食に使う気だな……。
ちょっと妬けます。
少し行くと、味わい深げなお店が……。
「ここ、ずいぶん賑わってますね」
「入ってみよう」
お店には、「醤油屋本店」という看板が出てます。

お醤油だけ売ってるんでしょうか?
醤油の専門店なんか、見たこと無いので……。
ついつい入ってみたくなります。
この賑わいも、理解できますね。
「いろんなお醤油がありますね~」
「どれにする?」
「これにしようかな?」

「“かぼす蜂蜜醤油(650円)”?
何にかけるの?」
「ステーキなんかにも合いそうですよ。
あと、これをベースに、ドレッシングも作れそう。
Mikikoさんは?」
「これにしようか。
“ゆずこしょう(450円)”」

「お醤油以外のものも、あるんですね。
ラーメンとかの薬味に?」
「そうだね。
あと、寝てる美弥ちゃんの鼻にかけるとか」
「やったら許しませんからね」
「お尻、ペンペン?」
「当然」
「そんなら、なおさらやる」
「もう!」
大盛況の醤油屋本店を出ます。
しばらく行くと、左手に面白そうな施設が……。
「湯の坪横丁」という案内板が出てます。

案内板にある図は、こんな感じ。

自然に出来た横丁ではなく、一種のテーマパークのようです。
さっそく、入ってみましょう。
いろんなお店が並んでます。
お菓子屋さん、手作りの豆腐屋さん、豆腐料理店。
土産物屋、民芸品店、甘味処、天麩羅屋、うどん屋、漬物屋に……。
かりんとうの専門店まであります。
1つ1つ覗いてたら、日が暮れちゃいますね。
でも、1件だけ、わたしの興味を異常に引いたお店がありました。
ここです。

これ、テレビでやってましたよね。
足を浸けると、たちまちこの魚が寄ってきて、皮膚を突っつくってシーン。

画面で見てるだけで、こそばゆかったけど……。
まさか、由布院にいたとは!
これは、体験しない手はありません。
この魚、本名は“ガラ・ルファ”と云います。

コイ科の淡水魚です。
原産地は、トルコ、イラン、イラク、シリア、レバノンなど、西アジア周辺の河川。
原産地のトルコなどでは、アトピー性皮膚炎や乾癬、ニキビなどの皮膚疾患の治療に用いられているそうです。
なんとドイツでは、この魚による治療が、保険適用の医療行為となってます。
そのため、“ドクターフィッシュ”と呼ばれてるんです。
ちなみに日本では、“ドクターフィッシュ”は、㈱エコマネジメントにより商標登録されてるようです。
そのため、↑の看板は、“ドクター・キッスフィッシュ”って別名になってるんですね。
原産地のトルコでは、この魚、温泉に住んでるとか。
トルコ中央部に「カンガル」という天然温泉があり……。
何百年も前から、この温泉に住んでるそうです。

温泉と言っても、あんまり熱ければ煮魚になっちゃいますからね。
ぬるめの37度くらいのお湯だそうです。
う~む。
温泉に住む魚。
やっぱり、由布院にいるのは、意味があったんですね。
それでは、なぜに人の皮膚をついばむのか?
さて、ドクターフィッシュが、なぜ人の皮膚をついばむかってことですが……。
この魚、本来は、石に付着したコケなんかを食べてました。

でも、温泉にはコケなんか生え無いので……。
入浴する人の、皮膚の角質をついばむようになったとか。
早い話、温泉に住むドクターフィッシュは、エサが無くて飢えまくってるわけですね。
で、人が入ると、たちまち群がり集まって来るわけ。

しかしながら、健康な皮膚は肌に密着してるから、ついばむことが出来ない。
角質化して浮き上がった皮膚しか食べれないわけです。
よって、ドクターフィッシュが、老化した皮膚を食べてくれた後は……。
お肌、ツルリンてなわけです。
やがて、天然温泉「カンガル」における、ドクターフィッシュの“医療行為”が評判となり……。
ほかの温泉にも放たれることになりました。
しかし、なぜ「カンガル」に住み着くようになったかは……。
わかりませんでした。
川から迷いこんだんですかね?
「美弥、やってみてよ」
「わたしだけ?
Mikikoさんは、体験しないんですか?」
「わたしは、無類のくすぐったがりなの」
「しましょうよ」
「う~ん」
「ぜひ、ご体験ください」
入り口で迷ってるわたしたちに、お店の人から声がかかりました。
「クレオパトラも、美肌維持のために、この魚を飼ってたそうですよ~」

「なに!
クレオパトラが!
この魚に角質を食わせれば、クレオパトラみたいになれるわけだな?」
「そうは言ってないと思いますけど……」
聞く耳持たず。
さっそく、チノパン裾めくりです。
美弥ちゃんも、ジーンズを捲ってます。
「やっぱり、美弥はやらなくていい」
「何で?」
「今さら、クレオパトラになる必要なんか無いでしょ」
「だから……。
そうは言ってなかったと思います」
女性客の中には、ご主人や子供さんが楽しんでるのを、恨めしそうに眺めてらっしゃる方も……。
ストッキング穿いてるから、体験出来ないんですね。
由布院まで来て、しかも、こんな話のネタに出来る体験が出来ないなんて……。
もったいない!
ストッキングを脱ぐ更衣室があればいいのにね。
みなさん、由布院には、生足で行きましょう。
さて、わたしたちの番になりました。
設置されてるのは、イベントなんかで見かける、足湯のユニットです。

早い話、足湯の中を魚が泳いでるわけね。
ユニットの縁に座り、恐る恐る足を入れます。
たちまち、わらわらと寄ってきました。

「うひゃぁ」
何とも言えない感触です。
お魚の口が、皮膚をつつく感じが何とも言えません。
心なしか……。
乾癬の患部を、集中攻撃してくれてるみたい。
なんか、愛しくなりますね。
ドクターフィッシュ、家でも飼おうかな?
あとでネットで調べたら……。
ドクターフィッシュは、通販で買えるんです。

飼い方も、ごく簡単。
早い話、コイですからね。
水温だけ、30度前後に保つようにすれば……。
餌なんて、何でも食うみたいです。
ま、人間の角質を食うくらいなんだから……。
究極の雑食魚と言えるかも知れません。
「きゃわいいね~」
「ほんとですね~」
真上から見下ろしてると……。
一生懸命、足に吸い付くお魚ちゃんたち、もう愛しくてなりません。
でも、よく考えたら、これって魚に食われてるってことなんですよね。
なんとなく、この顔つき……。

どこかで見たような。
そう!
“アクアマリンふくしま”にいた、チンアナゴちゃんに似てますね~。

どちらも、おとぼけ系。
「指の間も食べてもらおうかな」
「うわ。
Mikikoさん、器用~」
「えっへん」
わたしは、足の指が大きく開くんです(↓わたしの足ではありません)。

4つの指の股を、お魚ちゃんが潜り始めました。
「挟んでやる。
えい!
ほら、1匹挟まった。
指の間で、ピチピチしてる~。
きゃわいぃ~」
「かわいそうでしょ!
放してあげて」
「はいはい。
うわっ。
足の裏に回り込まれた。
うひゃひゃ。
うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

「Mikikoさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない!
も、悶絶するぅぅぅぅ。
足の裏は、ダメぇ~~~」
「足の裏、底に着ければいいでしょ」
「ダメだよ~。
下に潜り込まれてるから、踏んじゃうよ~」
「じゃあ、水から足抜けばいいでしょ」
「あ、そうか」
ようやく、くすぐり攻撃から解放されました。
「あ~、びっくりした。
危うく、イクとこだったぜ。
この魚、マジで拷問に使えるな。
美弥も出ちゃうの?」
「もう、制限時間終了ですよ」
「うそ~。
足上げちゃって、損した。
もう1回、やろう?」
「順番待ちの人がいるから、ダメです」
「ちぇ~~。
でも、15分で1,000円ってのは、高いよな」
「聞こえますよ」
「時給、4,000円じゃん。
人間のエステシャンより高いじゃないか」

「もう、未練たらしい!」
美弥ちゃんに引きづられ、フィッシュスパを出ます。
さて、湯の坪街道に戻りましょう。
まだ、足の裏がムズムズする。
「これから、どこ行くんですか?」
「この先に、金鱗湖って湖があるらしい」
「へ~。
遊覧船でも出てるんでしょうかね?」
湯の坪街道を折れ、小道を抜けると……。
湖面が見えてきました。

「これって……。
湖ですか?」
「……だよね」
そこにあったのは、こぢんまりとした“池”でした。
金鱗湖と名付けたのは、毛利空桑(くうそう・1797~1884)という儒学者。
初めて聞く名前でしたが……。
地元では、知られてるようです。
尊皇論者で、幕末の志士たちとも交流があったそうです。
大分市には、“毛利空桑記念館”という施設もあります。
金鱗湖の命名は、明治17年、空桑が亡くなる年のこと。
魚の鱗が夕日に輝く様を見て、この名を付けたそうです。

まぁ、「金鱗」までは、それで納得できますが……。
“湖”は違うだろ!
あとで調べたら、この“湖”、周囲が400メートルしか無いんですよ。
陸上のトラックくらいですよね。

上野の不忍池でさえ、周囲2,000メートルあるんですから……。
どう見間違えても、“池”です。
地元の人だって、ここを“湖”と称するような大それた考えは持ってませんでした。
元々の名前は「岳下(たけした)の池」だったそうです。
さすが儒学者、白髪三千丈ですね。
でも、さらに調べてみたら……。
もしかすると、本当に湖だったかも知れないんです。
湯布院盆地全体が、大きな湖だった時代があったかも知れないとのこと。
金鱗湖は、その名残だとも言われてます。
もちろん、有史以前のお話ですが……。
「Mikikoさん、これ肩こりに効きますよ。
やってみて」
「どれどれ。
ほんとだぁ。
でも美弥、肩こり持ちなの?
若いのに、気の毒な」
「おっぱいが、重たいんです」
「そぉかぁ~。
わたしなんか、肩が軽くて軽くて。
くそっ!」
でも、ほんとに気持ちえー。
思わず、印を結んで修行僧の真似。

「やると思った……」
「受けない?」
「当たり前すぎて」
「じゃあ、命をかけた芸を見せよう」
「何する気です?」
「まんぐり返しになって……。
クリで水流を受ける。
その後、肛門にも……」
「そんなこと、されてたまりますか」
「痛い、痛いって。
耳、引っ張らないでっ!」
海際の突端には、展望サウナ。

「なんか、窓が開けてると……。
サウナって感じしないね」
「ほんとに。
なんだか、バーカウンターみたい」
「そんなとこに、全裸でいるなんて……。
燃えるぜっ」
「燃えんでいい!」
「なんか、もう汗も出ない感じだな。
茹だってきた。
そこらに、ジュースの自販機とか、無い?」
「無いです。
それに、裸なんだから、お金持ってないでしょ」
「なんだよー。
お股のコインケースに、500円くらい入れといてよ~」
「ノドが渇いたら、お湯飲めばいいでしょ。
あんなにたくさんあるんだから」
「カバの昭平じゃないわい」

「もう出ましょう。
さすがに上せそう」
2段目の洗い場まで戻ると……。
そこに、最後のお風呂が。
香り湯と書いてあります。

「これで最後だよな。
よし、全制覇だ」
「Mikikoさん、大丈夫ですか?
ふらふらしてますよ」
「大丈夫」
何か、洞穴に入る感じですね。
「うわぁ~、いい香り」
中は、蒸し風呂。
ローズの香りの蒸気が、立ちこめてます。
「この香り、ずっと残りそうですね。
ね?
Mikikoさん。
ちょっと、Mikikoさん、大丈夫ですか!」
美弥ちゃんに揺さぶられながら……。
わたしの意識は、ぼんやりと遠のいていきました。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
●3月23日(火)4日目
「Mikikoさん、目が醒めました?」
部屋には、明るい光が満ちてます。
「今日も、良い天気ですよ」
「……。
ここ、どこ?」
「杉乃井ホテルのお部屋でしょ。
ほんとよく寝てましたよね」
「わたし、夕べどうしたの?」
「やっぱり、記憶無いんだ。
香り湯で、のぼせちゃったんですよ。
わたしが、お部屋まで負ぶってきたんですからね」
「うぅ……」
「そんなぁ。
大げさなんだから。
泣くほど感謝してもらわなくてもいいですよ」
「またしても、美弥と何もでけんかった……。
わたしの夜を返して……」
「それで泣いたのか。
Mikikoさん、お風呂入って来たら?」
「美弥は?」
「わたし、もう入って来ました。
棚湯のほかにも、宿泊者専用のお風呂が、地下にあるんですよ」

「なんで誘ってくれなかったのさ!」
「あんまり良く寝てるんだもの。
起こすの、可哀想で……」
「いらん気遣いしおって……」
「鼻チョーチン出してましたよ」
「うそ!」
「うそです」
「このアマ……」
だんだん、性格が悪くなってるんじゃないか?
今さら、ひとりで入りに行く気にもならんし……。
時計を見ると、もう7時。
8時前には、宿を出なきゃなりません。
今朝のお風呂は、省略。
朝食は、夕べと同じバイキングレストラン「Seeds」で。
心残りのまま、杉乃井ホテルを後にします。
ホテル前のバス停から、亀の井バスに乗車。
8:05、発車。
別府駅西口着、8:19。
と言っても、JRには乗りません。
駅の東口に回ります。
「今日は、どういう予定なんですか?」
「また、観光バスのお任せコースだよ」
「それが一番楽ですよ~」
「だよね。
考えなくていいってのが、一番」
「考えるの、苦手ですもんね」
「そうなんだよ~。
って、おい!」
「パンフ、見せてください」
:*.☆。 メルヘン号(冬コース)「日本一の大吊橋とくじゅう高原冬景色コース」 。☆.*:

運行はもちろん、亀の井バス!
さて、バスを待つうちに……。
8:30を回りました。
実は……。
「メルヘン号」を待ってる間に、一仕事あるんです。
何かというと……。
会社に、電話しなきゃならんのです。
当初の旅程では……。
旅行は昨日(3月22日・祝日)までで、今日からは出社の予定でした。
しかし……。
その朝、8:30に、別府にいるってことは……。
とーてー出社なぞ出来ません。
せっかく、豊後水道を乗り越えて、九州まで渡ったんですから……。
まだ帰りたくないんだもんね~。
昨日までは会社も休みで、休暇届けの出しようが無かったので……。
事後申請になっちゃうけど、この電話でお願いしちゃおうという算段。
すでに出社していた課長に、恐る恐る有給休暇の届けを願い出ると……。
あっさり、オッケー。
お土産と引き替えでしたけど。
ラッキ~。
ダメと言われても、別府から出社することなど出来ませんでしたけど。
ま、月の後半はそんなに忙しくないからね。
よし、これで後顧の憂い無し!
思いっきり楽しむぞ!
「Mikikoさん、良かったですね」
「うん。
今、別府にいるって言ったら、呆れ返られたけどな」
さて、すっかり気分の軽くなったわれらの前に……。
8:55、レインボーカラーの「メルヘン号」が到着しました。

この「メルヘン号」のめぐる観光コースですが……。
季節によって違います。
まず、4月から6月は……。
:*.☆。 メルヘン号(春秋コース)「日本一の大吊橋とくじゅう高原満喫コース」 。☆.*:

7,8月は……。
:*.☆。 メルヘン号(夏コース)「日本一の大吊橋と名水百選の男池コース」 。☆.*:

9,10月は、再び……。
:*.☆。 メルヘン号(春秋コース)「日本一の大吊橋とくじゅう高原満喫コース」 。☆.*:
11月の1ヶ月間だけは……。
:*.☆。 メルヘン号(錦秋コース)「日本一の大吊橋とくじゅう高原・長者原満喫コース」 。☆.*:

そして、12月から3月までが、今回わたしたちの乗るコース。
:*.☆。 メルヘン号(冬コース)「日本一の大吊橋とくじゅう高原冬景色コース」 。☆.*:

それでは、さっそく乗りこみましょう。
連休明けの火曜日とあって……。
席には余裕があります。
もっとも、全席予約制ですけど。
さて、別府駅を出たバスは……。
一路、「日本一の大吊橋」へ向かいます。
その名も、「九重“夢”大吊橋」。
ここで、移動の車中をお借りして、「九重“夢”大吊橋」について、ご説明します。

「九重“夢”大吊橋」は、平成18年10月に完成した、歩行者専用の吊り橋です。
観光橋ですね。
水面からの高さは、173メートル。
長さは、390メートル。
ともに、「日本一」を誇ります。
と言っても、歩行者専用橋の中でって話。
橋が架かってるのは、九酔渓(きゅうすいけい)と云う渓谷。
この谷に橋を架けよう、というアイデアが生まれたのは……。
実に、50年以上も昔……。
昭和31年(1956年)でした。
地元の商店会で、観光客を増やす算段をしてたときのこと。
谷には、「日本の滝百選」にも選ばれてる、高さ80メートルの“震動の滝”がありました。

この滝と紅葉は、売り物になる!
誰もがそう思いました。
しかし……。
滝を見るためには……。
急斜面を、縄で伝い下りなければならなかったのです。
どうしたもんかと、総員クビをひねる中……。
当時、商店会の最年少会員だった時松又夫さんが、こう発言したのです。
「谷に吊り橋を架ければ、滝も紅葉もきれいに見えるぞ」
ですが、このアイデア……。
長老たちから、一蹴されます。
「寝ぼけとるんじゃないか。
誰が金出すんじゃ」
で、あえなくアイデアは、お蔵入り。
しかし……。
それから、30年以上経った1990年代。
突然、お蔵に光が差しこみます。
「町おこし」ブームの到来です。
吊り橋の話を知った若者たちが、町に建設を働きかけたのです。
そして……。
平成16年5月、着工。
2年5ヶ月の歳月をかけ、平成18年10月、ついに完成。
“夢”が現実になったということから……。
橋は、「九重“夢”大吊橋」と名付けられました。
さて、長老たちが嗤った建設資金ですが……。
総工費は、20億円。
この9割を、地域再生事業債などの借金で賄いました。
年間30万人の来場者があれば、入場料収入で、期限の2018年までに借金を返済することができる……。
という皮算用。
フツー、自治体のこういった皮算用は、悪い方に外れることがほとんどなんですが……。
「九重“夢”大吊橋」では、ものの見事に、真逆に外れました。
なんと、開通24日で、年間目標の30万人を突破。
昨年10月には、500万人に到達したそうです。

てなわけで、借金の方は、皮算用より10年以上も早く、2008年に完済。
なので、今は丸儲け状態。
大分県では、平成の大合併で、市を除く町村数が、47から、わずか4に激減したんですが……。
九重町は、この橋一本のおかげで、合併の必要もなし。
中学生以下の医療費を助成できるほど、町は潤ってます。
今では、近県だけでなく北海道や東北からも、自治体の視察が殺到してるとか。
しかし、大吊り橋から眼下の九酔渓を見下ろした視察の人たちは……。
当時、大借金をして大博打に打って出た九重町の人たちの……。
並々ならぬ覚悟に、足が竦む思いだったんじゃないでしょうか?
さて、「九重“夢”大吊橋」に着きました。
ゲートをくぐりましょう。

橋の袂には、「日本一の大吊橋」の看板が立ってます。

観光客が、入れ替わり立ち替わり、看板の隣で写真に収まってます。
今日は平日なので、それほど混んでませんが……。
紅葉時期の休日などは、大混雑だそうです。
袂から眺めるだけでも……。
かなり怖いです。

それでは、渡り初め。

-----
★Mikiko
05/19/2010 07:26:38
□大分に行こう!(ⅩⅩⅣ-2/3)
「Mikikoさん、いい眺めですね。
ね?」

「そ、そうだね……」
「どうして空ばっかり見てるんですか?」
「いい眺めは、ちょっとパスかな……」

「どうして!
もったいない。
ほら、足下見ないと、危ないですよ」
「下、見れないじゃんよ。
穴があいてて」
橋の中央は、グレーチング構造になってて……。
下が丸見えです。
「うぅ。
下が、見えるよぉ」

-----
★Mikiko
05/19/2010 07:27:10
□大分に行こう!(ⅩⅩⅣ-3/3)
「ハイヒールだったら、歩けませんでしたね。
Mikikoさんのおかげで、バッシュ履いて来て大正解。
でも、なんで、こんな構造にしたんでしょうね?」

「恐怖心をあおるためじゃないの?」
「勘ぐりすぎだと思いますよ」
「そんなら……。
スカートが、よくめくれるようにか?」

「そんなわけないでしょ」
「スカートだったら……。
股ぐら、スカスカだぜ」
「わかった。
それですよ。
風が抜けるように、穴が空いてるんです。
だから、この程度の揺れで収まってるんじゃないですか?」
ようやく、橋の中央あたりまで来ました。

「Mikikoさん、ほら滝!
震動の滝ですよ」

「四界をどよもす滝ってことから、この名前が付いたんですよね。
ちょっと、Mikikoさん?
どうしちゃったんです?
固まっちゃって」
「あわ。
あわわわわわわわ」
「もう!
そんなになるなら、渡らなきゃいいのに!」
「うぅ。
ここまで怖いとは、思ってなかったんだよぉ。
おしっこ、漏れそう……」
「そんなことしたら……。
橋から捨てますからね」
「うぇ~ん」
「泣かないの!
手を引いてあげますから。
ほら、歩き方、覚えてます?
右足と左足を、交互に出すんですよ」
「くそぉ~。
なぶりものにしおって……」
「ほら、頑張って。
あ、歩いた!
Mikikoが歩いた」
「わたしは、クララか!」

「突っこめるくらいなら、大丈夫ですよね。
とっとと、歩きましょう」
「今日の美弥ちゃん、厳しすぎなんですけど……」
「大吊橋の上で、サドに目覚めました」

「でも、平日に来て良かったんですよ。
混んでる日に、立ち往生なんてしたら……。
大ブーイングでしたよ」
「言われ放題だな……」
「あ~、気持ちいい。
ほら、渡りきりましたよ」
「た、助かった。
足の下が、透けてない。
地面って、なんていいんだろう……」
「じゃ、戻りましょうか?」
「へ?」
「へ、じゃありませんよ。
Mikikoさんのおかげで、もう集合時間が来ちゃうじゃないですか」
「戻るってまさか、この橋を……」
「当然です」
「迂回路は……」
「ありません!」
「うぇ~ん」
「泣く子は置いていきます」
「鬼ぃぃ」
「鬼で結構。
別府で、乗り移ったのかも」

「そうだ、Mikikoさん。
あれやったら?
夕べの棚湯での芸」
「なんだよ?」
「ワニ地獄のマネ。
四つん這いになったら、少しは高さが軽減されるんじゃないの?」

「173メートルもあるのに!
1メートルくらい低くなっても、変わらんだろ!」
「そんなら、さっさと歩きましょうね。
行きますよ」
「うぇ~ん」
ようやく、中村口に戻ってきました。
ほとんど、抜け殻です。
なお、わたしのように帰れなくなる人もいるらしく……。
向こう岸から迂回するシャトルバスが運行されてるようです。

バスの出発には、もう少し時間があるようです。
昨年4月にオープンした、「天空館」という物産直売所を覗いてみましょう。
「天空館」は、2店あります。
1号店は、お菓子類や弁当等、お土産品のお店。

2号店は、採りたての新鮮な野菜など。

ま、旅先で野菜を買うわけにはいきませんが……。
面白いのが、ファストフード。
九重は、ハンバーガーも有名。
その名も、「九重“夢”バーガー」。

町内の飲食店など6カ所で、独自のハンバーガーが提供されてます。
ここ天空館でも、3種類が用意されてます。
まずは、モモガー(550円)。
デミグラスソースのかかった豊後牛のパテ。

続いて、シシガー(550円)。
猪肉が使われてます。

最後が、ヘルガー(500円)。
魚のすり身に野菜を混ぜたフライ。

外観写真では、さっぱりわかりませんね。
あと、メニューにもうひとつあった、ドリーム(800円)ですが……。
ボリューム勝負の一品みたいです(画像、探したけどありませんでした)。
シシガーに興味を引かれますが……。
中身は、豚肉とのミンチのようです。
おすすめは、やっぱりモモガーでしょうか。
「Mikikoさん、ひとつだけ買いません?」
「買いません。
もうすぐ、お昼だろ」
「だから、1つだけ買って分ければいいじゃないですか。
食いしん坊のMikikoさんらしく無いですよ」
「わたしは、だれかさんのせいで、まだ心臓がでんぐり返ってるの。
食欲なんかゼロなの」
「わたしのせいなんですか?」
「そうだよ。
橋も怖かったけど……。
それよか、わたしを見る美弥の嬉しそ~な目が、一番怖かった」
「そんな目、してません」
「してました。
三日月目。
本性見たって感じだね」
「もう。
絡むんだから……。
酔っぱらいみたい」
「橋に酔ったからな。
とにかく、ここでの買い食いは、ぜったい禁止。
お昼は、ホテルで牛ステーキ、食べるんだからね。
その前に、ハンバーガーなんか詰めこむバカがどこにいるんだ。
だいたい、ハンバーガーに500円以上払うなんて、信じられん」
さて、大吊橋を離れたバスは……。
昼食場所のホテルへと向かいます。
地面をしっかり踏みしめて走るバスのおかげで……。
でんぐり返っていた心臓も、元に戻りました。
「う~。
腹減った」
「だから、モモガー食べれば良かったのに……」
「まだ言ってる。
空腹だから、嬉しいんじゃないの」
さて、バスが立ち寄ったのは、ホテル花山酔(はなさんすい)。

さっそく、レストランへ。

出てきました、牛ステーキ(下の写真は、イメージ。花山酔の料理ではありません)。

各テーブルからは、歓声が。
豊後牛、ですぜ。
肉汁が……(これも、イメージ)。

「うめ~」
「ほんとに美味しい」
「赤ワインも美味いや。
いつも飲んでる紙パックのワインとは、やっぱ違うよ」
「同じだったら、大変ですよ」
「ワイングラスで飲むから、美味しいのかな?」

「こないだ、Mikikoさんちに泊めてもらったとき……。
驚きました」
「何が?」
「だって、ワインをジョッキで飲むんだもの」
「家で、ワイングラスでなんか飲めるかよ。
お醤油とか取ろうとして腕を伸ばすと、必ずひっくり返るんだから」
「あんなジョッキ、初めて見ました」

「そうか?
縁が二重構造になってて……。
空洞部分に保冷液が入ってる。
冷凍庫で凍らせて使うわけだ。
最後の1滴を飲み干すまで、冷え冷えが続くって優れもの」
「でも、ビールを飲むためのジョッキでしょ?
あれでワインを飲む人なんていませんよ」
「ここにいるだろうが。
二重構造だから、見た目より入らないんだぜ。
それよか美弥、ステーキ、一切れちょうだい」
「イヤです。
わたしがもらいたいくらいなんだから」
「失敗したな……」
「何がです?」
「美弥に、モモガー食わせとくんだった。
そうすりゃ、ステーキ全部入らなかったろうに」
「ハンバーガー、止めてもらって、感謝してます」
美弥ちゃんの口に、最後の一切れが……。
「あ~」
さて、食事の後ですが……。
希望する人は、ホテルのお風呂に入れます。
「わたし、入りたい。
朝、入ってないから」
「わたしは、朝入ったからなぁ」
「美弥も入ろうよ」
「お腹いっぱいだから、億劫だなぁ」
「入ろうよぉ」
「バカに勧めますね。
ここのお風呂って、有名なんですか?」
「知らん……」
「じゃ、なんでそんなに入りたがるんです?」
「実は……」
「何です?」
「さっきの大吊橋で……。
ちょっと、ちびっちゃいました」
「もう!
そんなパンツ穿いて、豊後牛食べてたの?
あきれた!」
「うぇ~ん」
「泣かないの!
仕方ないなぁ。
それじゃ、一緒に入ってあげます」
「わ~い」

お風呂は、あんまり広くなく……。
ほかにも入浴希望者がいたので……。
せっかく美弥ちゃんと一緒ですが、何することも出来ません。
素直に、お股だけ清め……。
湯船に漬かります。
「大分県で、昼風呂に入ってるのかと思うと……。
なんか不思議な気がする」
「ほんとですね。
別の時間が流れてるみたい」
「いい旅だね」
「ほんとに。
最高の旅」
「わたしは、まだ最高じゃないけど」
「どうして?」
「まだ、本懐を遂げてないからな。
寝屋で」
「まだ言ってる。
さ、もう時間ですよ」
パンツも穿き替え、さっぱりして出発です。
ホテルを出たバスは、やまなみハイウェイに入ります。

信号の無い牧草地を、バスは快適に走ります。
「日本の風景じゃないみたいですね」
「ほんと。
ハイジが出てきそうだよ」

「こんなとこで、乳搾りして暮らしたいな」
「酪農は、体力的にキツいって云いますよ」
「誰が牛の相手するって言った?
わたしは、人の乳搾りがしたいの。
特に、こんなやつ……」

ペシッ。
「痛て」
伸ばしかけた手を、叩かれちゃいました。
「着いたみたいですよ」
バスが、大きな駐車場に入りました。

九重やまなみ牧場に到着です。
観光牧場ですが、入園料は無料。
直売店やレストラン、温泉まであります。
温泉(まきばの温泉館)では、ミルク風呂が注目。

搾りたての牛乳が、惜しげもなく温泉に注がれたお風呂。
真っ白ですよ。
温泉プラス牛乳で、湯上がりのお肌はスベスベだとか。
入ってみたいけど……。
残念ながら、メルヘン号のコースには入ってません。
牛乳風呂は諦めて……。
ふれあい広場で、動物と遊びましょう。
別府以降、やたらと動物を見てますが……。
まだ、触れ合ったことはありませんでしたね。
ま、ワニやカバと触れ合いたいとは思いませんでしたけど。
ふれあい広場では、動物に餌をやったり、抱っこしたりできます。
飼われてる動物は……。
馬、ポニー、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、カモ、アヒルなど。
馬さんは、目が可愛いけど……。
やっぱり、ちょっと大きくて怖いです。

ヒツジやヤギは、目がちょっと怖いですね。
特にヤギ(写真は、やまなみ牧場のヤギではありません)。

この目から、欧米では悪魔の化身と云われてます。

でも、やまなみ牧場のヤギは、こんな有様なので、ぜんぜん怖くありません。

しかしながら、抱っこするには、大きすぎですね。
カモやアヒルは、話が通じない相手のような気がしますし……。

となれば、残るは1種類。
ウサちゃんです。

わたしの干支なので、仲良くなれそう。
ペレット状の餌を100円で買い、まずは手なずけます。
無表情で食べてますね。
ワニ地獄のワニは、餌が食いてーという意志を全面に出してましたが……。

ここのウサギは、ただ淡々と食べてます。
ワニと違って、毎日餌が食べられるからでしょうね。
100円分食ったウサギを、恐る恐る抱っこします。
ふかふかですね~。
考えてみれば、動物を抱くのは久しぶり。
猫のターボが死んで以来です。
「Mikikoさん、ママの顔になってますよ」
「暖かくてモゾモゾ動くものを抱っこすると……。
気持ちいいね」
「アニマルセラピー効果って、云いますもんね」
「ほんとに癒されるよ」
後ろ足が、腕を優しく蹴ってます。
愛しい生き物ですね。
ウサギ年に生まれて良かったな~。
「情が移らないうちに、バイバイしましょう」
「もう移った。
連れて帰りたい」
「ダメです」
「この子だって、ずっとわたしに抱かれていたいんだよ」
「そんなことありません。
はい、バイバイしましょうね」
泣く泣くウサちゃんを手放します。
なんか、乳母車から抱き取った乳児を、そのまま連れ帰る女の気持ちがわかりました。
後ろ髪を引かれつつ、振り返ると……。
さっきのウサちゃんは、小学生らしい子に抱かれてました。
わたしじゃなくてもいいんだって、ちょっとだけ寂しい。
女の子は、傍らのお母さんに、しきりに何かを訴えてる様子。
お母さんは、首を横に振ってます。
ひょっとしたら、わたしと同じこと言ってるのかも?
さて、気を取り直して、売店でも覗いてみましょう。

自家製の牛乳や、飲むヨーグルトが並んでます。

このヨーグルトは、製造過程で、水を全く加えてないとか。
しかも、お乳を出す牛ちゃんたちは……。
広大な牧場で放牧されてるので、ストレスがありません。

さっそく、150mlの飲むヨーグルトを買ってみます(200円)。

その場で、立ち飲み。
「うめ~」
「ほんとだぁ。
濃いですね」
「こいつで、赤ワインを割って飲みたい」
さて、バスはやまなみ牧場を後にします。
やってみて」
「どれどれ。
ほんとだぁ。
でも美弥、肩こり持ちなの?
若いのに、気の毒な」
「おっぱいが、重たいんです」
「そぉかぁ~。
わたしなんか、肩が軽くて軽くて。
くそっ!」
でも、ほんとに気持ちえー。
思わず、印を結んで修行僧の真似。

「やると思った……」
「受けない?」
「当たり前すぎて」
「じゃあ、命をかけた芸を見せよう」
「何する気です?」
「まんぐり返しになって……。
クリで水流を受ける。
その後、肛門にも……」
「そんなこと、されてたまりますか」
「痛い、痛いって。
耳、引っ張らないでっ!」
海際の突端には、展望サウナ。

「なんか、窓が開けてると……。
サウナって感じしないね」
「ほんとに。
なんだか、バーカウンターみたい」
「そんなとこに、全裸でいるなんて……。
燃えるぜっ」
「燃えんでいい!」
「なんか、もう汗も出ない感じだな。
茹だってきた。
そこらに、ジュースの自販機とか、無い?」
「無いです。
それに、裸なんだから、お金持ってないでしょ」
「なんだよー。
お股のコインケースに、500円くらい入れといてよ~」
「ノドが渇いたら、お湯飲めばいいでしょ。
あんなにたくさんあるんだから」
「カバの昭平じゃないわい」

「もう出ましょう。
さすがに上せそう」
2段目の洗い場まで戻ると……。
そこに、最後のお風呂が。
香り湯と書いてあります。

「これで最後だよな。
よし、全制覇だ」
「Mikikoさん、大丈夫ですか?
ふらふらしてますよ」
「大丈夫」
何か、洞穴に入る感じですね。
「うわぁ~、いい香り」
中は、蒸し風呂。
ローズの香りの蒸気が、立ちこめてます。
「この香り、ずっと残りそうですね。
ね?
Mikikoさん。
ちょっと、Mikikoさん、大丈夫ですか!」
美弥ちゃんに揺さぶられながら……。
わたしの意識は、ぼんやりと遠のいていきました。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
●3月23日(火)4日目
「Mikikoさん、目が醒めました?」
部屋には、明るい光が満ちてます。
「今日も、良い天気ですよ」
「……。
ここ、どこ?」
「杉乃井ホテルのお部屋でしょ。
ほんとよく寝てましたよね」
「わたし、夕べどうしたの?」
「やっぱり、記憶無いんだ。
香り湯で、のぼせちゃったんですよ。
わたしが、お部屋まで負ぶってきたんですからね」
「うぅ……」
「そんなぁ。
大げさなんだから。
泣くほど感謝してもらわなくてもいいですよ」
「またしても、美弥と何もでけんかった……。
わたしの夜を返して……」
「それで泣いたのか。
Mikikoさん、お風呂入って来たら?」
「美弥は?」
「わたし、もう入って来ました。
棚湯のほかにも、宿泊者専用のお風呂が、地下にあるんですよ」

「なんで誘ってくれなかったのさ!」
「あんまり良く寝てるんだもの。
起こすの、可哀想で……」
「いらん気遣いしおって……」
「鼻チョーチン出してましたよ」
「うそ!」
「うそです」
「このアマ……」
だんだん、性格が悪くなってるんじゃないか?
今さら、ひとりで入りに行く気にもならんし……。
時計を見ると、もう7時。
8時前には、宿を出なきゃなりません。
今朝のお風呂は、省略。
朝食は、夕べと同じバイキングレストラン「Seeds」で。
心残りのまま、杉乃井ホテルを後にします。
ホテル前のバス停から、亀の井バスに乗車。
8:05、発車。
別府駅西口着、8:19。
と言っても、JRには乗りません。
駅の東口に回ります。
「今日は、どういう予定なんですか?」
「また、観光バスのお任せコースだよ」
「それが一番楽ですよ~」
「だよね。
考えなくていいってのが、一番」
「考えるの、苦手ですもんね」
「そうなんだよ~。
って、おい!」
「パンフ、見せてください」
:*.☆。 メルヘン号(冬コース)「日本一の大吊橋とくじゅう高原冬景色コース」 。☆.*:

運行はもちろん、亀の井バス!
さて、バスを待つうちに……。
8:30を回りました。
実は……。
「メルヘン号」を待ってる間に、一仕事あるんです。
何かというと……。
会社に、電話しなきゃならんのです。
当初の旅程では……。
旅行は昨日(3月22日・祝日)までで、今日からは出社の予定でした。
しかし……。
その朝、8:30に、別府にいるってことは……。
とーてー出社なぞ出来ません。
せっかく、豊後水道を乗り越えて、九州まで渡ったんですから……。
まだ帰りたくないんだもんね~。
昨日までは会社も休みで、休暇届けの出しようが無かったので……。
事後申請になっちゃうけど、この電話でお願いしちゃおうという算段。
すでに出社していた課長に、恐る恐る有給休暇の届けを願い出ると……。
あっさり、オッケー。
お土産と引き替えでしたけど。
ラッキ~。
ダメと言われても、別府から出社することなど出来ませんでしたけど。
ま、月の後半はそんなに忙しくないからね。
よし、これで後顧の憂い無し!
思いっきり楽しむぞ!
「Mikikoさん、良かったですね」
「うん。
今、別府にいるって言ったら、呆れ返られたけどな」
さて、すっかり気分の軽くなったわれらの前に……。
8:55、レインボーカラーの「メルヘン号」が到着しました。

この「メルヘン号」のめぐる観光コースですが……。
季節によって違います。
まず、4月から6月は……。
:*.☆。 メルヘン号(春秋コース)「日本一の大吊橋とくじゅう高原満喫コース」 。☆.*:

7,8月は……。
:*.☆。 メルヘン号(夏コース)「日本一の大吊橋と名水百選の男池コース」 。☆.*:

9,10月は、再び……。
:*.☆。 メルヘン号(春秋コース)「日本一の大吊橋とくじゅう高原満喫コース」 。☆.*:
11月の1ヶ月間だけは……。
:*.☆。 メルヘン号(錦秋コース)「日本一の大吊橋とくじゅう高原・長者原満喫コース」 。☆.*:

そして、12月から3月までが、今回わたしたちの乗るコース。
:*.☆。 メルヘン号(冬コース)「日本一の大吊橋とくじゅう高原冬景色コース」 。☆.*:

それでは、さっそく乗りこみましょう。
連休明けの火曜日とあって……。
席には余裕があります。
もっとも、全席予約制ですけど。
さて、別府駅を出たバスは……。
一路、「日本一の大吊橋」へ向かいます。
その名も、「九重“夢”大吊橋」。
ここで、移動の車中をお借りして、「九重“夢”大吊橋」について、ご説明します。

「九重“夢”大吊橋」は、平成18年10月に完成した、歩行者専用の吊り橋です。
観光橋ですね。
水面からの高さは、173メートル。
長さは、390メートル。
ともに、「日本一」を誇ります。
と言っても、歩行者専用橋の中でって話。
橋が架かってるのは、九酔渓(きゅうすいけい)と云う渓谷。
この谷に橋を架けよう、というアイデアが生まれたのは……。
実に、50年以上も昔……。
昭和31年(1956年)でした。
地元の商店会で、観光客を増やす算段をしてたときのこと。
谷には、「日本の滝百選」にも選ばれてる、高さ80メートルの“震動の滝”がありました。

この滝と紅葉は、売り物になる!
誰もがそう思いました。
しかし……。
滝を見るためには……。
急斜面を、縄で伝い下りなければならなかったのです。
どうしたもんかと、総員クビをひねる中……。
当時、商店会の最年少会員だった時松又夫さんが、こう発言したのです。
「谷に吊り橋を架ければ、滝も紅葉もきれいに見えるぞ」
ですが、このアイデア……。
長老たちから、一蹴されます。
「寝ぼけとるんじゃないか。
誰が金出すんじゃ」
で、あえなくアイデアは、お蔵入り。
しかし……。
それから、30年以上経った1990年代。
突然、お蔵に光が差しこみます。
「町おこし」ブームの到来です。
吊り橋の話を知った若者たちが、町に建設を働きかけたのです。
そして……。
平成16年5月、着工。
2年5ヶ月の歳月をかけ、平成18年10月、ついに完成。
“夢”が現実になったということから……。
橋は、「九重“夢”大吊橋」と名付けられました。
さて、長老たちが嗤った建設資金ですが……。
総工費は、20億円。
この9割を、地域再生事業債などの借金で賄いました。
年間30万人の来場者があれば、入場料収入で、期限の2018年までに借金を返済することができる……。
という皮算用。
フツー、自治体のこういった皮算用は、悪い方に外れることがほとんどなんですが……。
「九重“夢”大吊橋」では、ものの見事に、真逆に外れました。
なんと、開通24日で、年間目標の30万人を突破。
昨年10月には、500万人に到達したそうです。

てなわけで、借金の方は、皮算用より10年以上も早く、2008年に完済。
なので、今は丸儲け状態。
大分県では、平成の大合併で、市を除く町村数が、47から、わずか4に激減したんですが……。
九重町は、この橋一本のおかげで、合併の必要もなし。
中学生以下の医療費を助成できるほど、町は潤ってます。
今では、近県だけでなく北海道や東北からも、自治体の視察が殺到してるとか。
しかし、大吊り橋から眼下の九酔渓を見下ろした視察の人たちは……。
当時、大借金をして大博打に打って出た九重町の人たちの……。
並々ならぬ覚悟に、足が竦む思いだったんじゃないでしょうか?
さて、「九重“夢”大吊橋」に着きました。
ゲートをくぐりましょう。

橋の袂には、「日本一の大吊橋」の看板が立ってます。

観光客が、入れ替わり立ち替わり、看板の隣で写真に収まってます。
今日は平日なので、それほど混んでませんが……。
紅葉時期の休日などは、大混雑だそうです。
袂から眺めるだけでも……。
かなり怖いです。

それでは、渡り初め。

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★Mikiko
05/19/2010 07:26:38
□大分に行こう!(ⅩⅩⅣ-2/3)
「Mikikoさん、いい眺めですね。
ね?」

「そ、そうだね……」
「どうして空ばっかり見てるんですか?」
「いい眺めは、ちょっとパスかな……」

「どうして!
もったいない。
ほら、足下見ないと、危ないですよ」
「下、見れないじゃんよ。
穴があいてて」
橋の中央は、グレーチング構造になってて……。
下が丸見えです。
「うぅ。
下が、見えるよぉ」

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★Mikiko
05/19/2010 07:27:10
□大分に行こう!(ⅩⅩⅣ-3/3)
「ハイヒールだったら、歩けませんでしたね。
Mikikoさんのおかげで、バッシュ履いて来て大正解。
でも、なんで、こんな構造にしたんでしょうね?」

「恐怖心をあおるためじゃないの?」
「勘ぐりすぎだと思いますよ」
「そんなら……。
スカートが、よくめくれるようにか?」

「そんなわけないでしょ」
「スカートだったら……。
股ぐら、スカスカだぜ」
「わかった。
それですよ。
風が抜けるように、穴が空いてるんです。
だから、この程度の揺れで収まってるんじゃないですか?」
ようやく、橋の中央あたりまで来ました。

「Mikikoさん、ほら滝!
震動の滝ですよ」

「四界をどよもす滝ってことから、この名前が付いたんですよね。
ちょっと、Mikikoさん?
どうしちゃったんです?
固まっちゃって」
「あわ。
あわわわわわわわ」
「もう!
そんなになるなら、渡らなきゃいいのに!」
「うぅ。
ここまで怖いとは、思ってなかったんだよぉ。
おしっこ、漏れそう……」
「そんなことしたら……。
橋から捨てますからね」
「うぇ~ん」
「泣かないの!
手を引いてあげますから。
ほら、歩き方、覚えてます?
右足と左足を、交互に出すんですよ」
「くそぉ~。
なぶりものにしおって……」
「ほら、頑張って。
あ、歩いた!
Mikikoが歩いた」
「わたしは、クララか!」

「突っこめるくらいなら、大丈夫ですよね。
とっとと、歩きましょう」
「今日の美弥ちゃん、厳しすぎなんですけど……」
「大吊橋の上で、サドに目覚めました」

「でも、平日に来て良かったんですよ。
混んでる日に、立ち往生なんてしたら……。
大ブーイングでしたよ」
「言われ放題だな……」
「あ~、気持ちいい。
ほら、渡りきりましたよ」
「た、助かった。
足の下が、透けてない。
地面って、なんていいんだろう……」
「じゃ、戻りましょうか?」
「へ?」
「へ、じゃありませんよ。
Mikikoさんのおかげで、もう集合時間が来ちゃうじゃないですか」
「戻るってまさか、この橋を……」
「当然です」
「迂回路は……」
「ありません!」
「うぇ~ん」
「泣く子は置いていきます」
「鬼ぃぃ」
「鬼で結構。
別府で、乗り移ったのかも」

「そうだ、Mikikoさん。
あれやったら?
夕べの棚湯での芸」
「なんだよ?」
「ワニ地獄のマネ。
四つん這いになったら、少しは高さが軽減されるんじゃないの?」

「173メートルもあるのに!
1メートルくらい低くなっても、変わらんだろ!」
「そんなら、さっさと歩きましょうね。
行きますよ」
「うぇ~ん」
ようやく、中村口に戻ってきました。
ほとんど、抜け殻です。
なお、わたしのように帰れなくなる人もいるらしく……。
向こう岸から迂回するシャトルバスが運行されてるようです。

バスの出発には、もう少し時間があるようです。
昨年4月にオープンした、「天空館」という物産直売所を覗いてみましょう。
「天空館」は、2店あります。
1号店は、お菓子類や弁当等、お土産品のお店。

2号店は、採りたての新鮮な野菜など。

ま、旅先で野菜を買うわけにはいきませんが……。
面白いのが、ファストフード。
九重は、ハンバーガーも有名。
その名も、「九重“夢”バーガー」。

町内の飲食店など6カ所で、独自のハンバーガーが提供されてます。
ここ天空館でも、3種類が用意されてます。
まずは、モモガー(550円)。
デミグラスソースのかかった豊後牛のパテ。

続いて、シシガー(550円)。
猪肉が使われてます。

最後が、ヘルガー(500円)。
魚のすり身に野菜を混ぜたフライ。

外観写真では、さっぱりわかりませんね。
あと、メニューにもうひとつあった、ドリーム(800円)ですが……。
ボリューム勝負の一品みたいです(画像、探したけどありませんでした)。
シシガーに興味を引かれますが……。
中身は、豚肉とのミンチのようです。
おすすめは、やっぱりモモガーでしょうか。
「Mikikoさん、ひとつだけ買いません?」
「買いません。
もうすぐ、お昼だろ」
「だから、1つだけ買って分ければいいじゃないですか。
食いしん坊のMikikoさんらしく無いですよ」
「わたしは、だれかさんのせいで、まだ心臓がでんぐり返ってるの。
食欲なんかゼロなの」
「わたしのせいなんですか?」
「そうだよ。
橋も怖かったけど……。
それよか、わたしを見る美弥の嬉しそ~な目が、一番怖かった」
「そんな目、してません」
「してました。
三日月目。
本性見たって感じだね」
「もう。
絡むんだから……。
酔っぱらいみたい」
「橋に酔ったからな。
とにかく、ここでの買い食いは、ぜったい禁止。
お昼は、ホテルで牛ステーキ、食べるんだからね。
その前に、ハンバーガーなんか詰めこむバカがどこにいるんだ。
だいたい、ハンバーガーに500円以上払うなんて、信じられん」
さて、大吊橋を離れたバスは……。
昼食場所のホテルへと向かいます。
地面をしっかり踏みしめて走るバスのおかげで……。
でんぐり返っていた心臓も、元に戻りました。
「う~。
腹減った」
「だから、モモガー食べれば良かったのに……」
「まだ言ってる。
空腹だから、嬉しいんじゃないの」
さて、バスが立ち寄ったのは、ホテル花山酔(はなさんすい)。

さっそく、レストランへ。

出てきました、牛ステーキ(下の写真は、イメージ。花山酔の料理ではありません)。

各テーブルからは、歓声が。
豊後牛、ですぜ。
肉汁が……(これも、イメージ)。

「うめ~」
「ほんとに美味しい」
「赤ワインも美味いや。
いつも飲んでる紙パックのワインとは、やっぱ違うよ」
「同じだったら、大変ですよ」
「ワイングラスで飲むから、美味しいのかな?」

「こないだ、Mikikoさんちに泊めてもらったとき……。
驚きました」
「何が?」
「だって、ワインをジョッキで飲むんだもの」
「家で、ワイングラスでなんか飲めるかよ。
お醤油とか取ろうとして腕を伸ばすと、必ずひっくり返るんだから」
「あんなジョッキ、初めて見ました」

「そうか?
縁が二重構造になってて……。
空洞部分に保冷液が入ってる。
冷凍庫で凍らせて使うわけだ。
最後の1滴を飲み干すまで、冷え冷えが続くって優れもの」
「でも、ビールを飲むためのジョッキでしょ?
あれでワインを飲む人なんていませんよ」
「ここにいるだろうが。
二重構造だから、見た目より入らないんだぜ。
それよか美弥、ステーキ、一切れちょうだい」
「イヤです。
わたしがもらいたいくらいなんだから」
「失敗したな……」
「何がです?」
「美弥に、モモガー食わせとくんだった。
そうすりゃ、ステーキ全部入らなかったろうに」
「ハンバーガー、止めてもらって、感謝してます」
美弥ちゃんの口に、最後の一切れが……。
「あ~」
さて、食事の後ですが……。
希望する人は、ホテルのお風呂に入れます。
「わたし、入りたい。
朝、入ってないから」
「わたしは、朝入ったからなぁ」
「美弥も入ろうよ」
「お腹いっぱいだから、億劫だなぁ」
「入ろうよぉ」
「バカに勧めますね。
ここのお風呂って、有名なんですか?」
「知らん……」
「じゃ、なんでそんなに入りたがるんです?」
「実は……」
「何です?」
「さっきの大吊橋で……。
ちょっと、ちびっちゃいました」
「もう!
そんなパンツ穿いて、豊後牛食べてたの?
あきれた!」
「うぇ~ん」
「泣かないの!
仕方ないなぁ。
それじゃ、一緒に入ってあげます」
「わ~い」

お風呂は、あんまり広くなく……。
ほかにも入浴希望者がいたので……。
せっかく美弥ちゃんと一緒ですが、何することも出来ません。
素直に、お股だけ清め……。
湯船に漬かります。
「大分県で、昼風呂に入ってるのかと思うと……。
なんか不思議な気がする」
「ほんとですね。
別の時間が流れてるみたい」
「いい旅だね」
「ほんとに。
最高の旅」
「わたしは、まだ最高じゃないけど」
「どうして?」
「まだ、本懐を遂げてないからな。
寝屋で」
「まだ言ってる。
さ、もう時間ですよ」
パンツも穿き替え、さっぱりして出発です。
ホテルを出たバスは、やまなみハイウェイに入ります。

信号の無い牧草地を、バスは快適に走ります。
「日本の風景じゃないみたいですね」
「ほんと。
ハイジが出てきそうだよ」

「こんなとこで、乳搾りして暮らしたいな」
「酪農は、体力的にキツいって云いますよ」
「誰が牛の相手するって言った?
わたしは、人の乳搾りがしたいの。
特に、こんなやつ……」

ペシッ。
「痛て」
伸ばしかけた手を、叩かれちゃいました。
「着いたみたいですよ」
バスが、大きな駐車場に入りました。

九重やまなみ牧場に到着です。
観光牧場ですが、入園料は無料。
直売店やレストラン、温泉まであります。
温泉(まきばの温泉館)では、ミルク風呂が注目。

搾りたての牛乳が、惜しげもなく温泉に注がれたお風呂。
真っ白ですよ。
温泉プラス牛乳で、湯上がりのお肌はスベスベだとか。
入ってみたいけど……。
残念ながら、メルヘン号のコースには入ってません。
牛乳風呂は諦めて……。
ふれあい広場で、動物と遊びましょう。
別府以降、やたらと動物を見てますが……。
まだ、触れ合ったことはありませんでしたね。
ま、ワニやカバと触れ合いたいとは思いませんでしたけど。
ふれあい広場では、動物に餌をやったり、抱っこしたりできます。
飼われてる動物は……。
馬、ポニー、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、カモ、アヒルなど。
馬さんは、目が可愛いけど……。
やっぱり、ちょっと大きくて怖いです。

ヒツジやヤギは、目がちょっと怖いですね。
特にヤギ(写真は、やまなみ牧場のヤギではありません)。

この目から、欧米では悪魔の化身と云われてます。

でも、やまなみ牧場のヤギは、こんな有様なので、ぜんぜん怖くありません。

しかしながら、抱っこするには、大きすぎですね。
カモやアヒルは、話が通じない相手のような気がしますし……。

となれば、残るは1種類。
ウサちゃんです。

わたしの干支なので、仲良くなれそう。
ペレット状の餌を100円で買い、まずは手なずけます。
無表情で食べてますね。
ワニ地獄のワニは、餌が食いてーという意志を全面に出してましたが……。

ここのウサギは、ただ淡々と食べてます。
ワニと違って、毎日餌が食べられるからでしょうね。
100円分食ったウサギを、恐る恐る抱っこします。
ふかふかですね~。
考えてみれば、動物を抱くのは久しぶり。
猫のターボが死んで以来です。
「Mikikoさん、ママの顔になってますよ」
「暖かくてモゾモゾ動くものを抱っこすると……。
気持ちいいね」
「アニマルセラピー効果って、云いますもんね」
「ほんとに癒されるよ」
後ろ足が、腕を優しく蹴ってます。
愛しい生き物ですね。
ウサギ年に生まれて良かったな~。
「情が移らないうちに、バイバイしましょう」
「もう移った。
連れて帰りたい」
「ダメです」
「この子だって、ずっとわたしに抱かれていたいんだよ」
「そんなことありません。
はい、バイバイしましょうね」
泣く泣くウサちゃんを手放します。
なんか、乳母車から抱き取った乳児を、そのまま連れ帰る女の気持ちがわかりました。
後ろ髪を引かれつつ、振り返ると……。
さっきのウサちゃんは、小学生らしい子に抱かれてました。
わたしじゃなくてもいいんだって、ちょっとだけ寂しい。
女の子は、傍らのお母さんに、しきりに何かを訴えてる様子。
お母さんは、首を横に振ってます。
ひょっとしたら、わたしと同じこと言ってるのかも?
さて、気を取り直して、売店でも覗いてみましょう。

自家製の牛乳や、飲むヨーグルトが並んでます。

このヨーグルトは、製造過程で、水を全く加えてないとか。
しかも、お乳を出す牛ちゃんたちは……。
広大な牧場で放牧されてるので、ストレスがありません。

さっそく、150mlの飲むヨーグルトを買ってみます(200円)。

その場で、立ち飲み。
「うめ~」
「ほんとだぁ。
濃いですね」
「こいつで、赤ワインを割って飲みたい」
さて、バスはやまなみ牧場を後にします。