■
「美弥ちゃん。
由美のお部屋に泊まってみない?」
そう誘ったときの、美弥子の華やかな笑顔が忘れられない。
授業を終えると、2人は、いったん美弥子のマンションに立ち寄った。
宿泊荷物をまとめるという美弥子に、由美が付き合ったのだ。
泊まるといっても、たった1泊である。
ところが美弥子は、ボストンバッグの口が締まらないほどの荷物を作りあげた。
「美弥ちゃん……。
どうしてこんな荷物になるの?
ダメよ、これじゃ。
こんなの持ってったら、何泊もするって疑われちゃうでしょ。
1泊しかできない規則なんだから」
一向に荷物を減らせない美弥子に代わり、由美が小さなバッグに荷物を詰め変えた。
思いの外時間を取られ、2人が由美のマンションに着いたのは、日足の長い空がもう暮れようとするころだった。
フロントの女性スタッフが、呆然とした顔を見せていた。
美弥子を伴い、宿泊の手続きをするために、フロントに立ち寄ったときのことだ。
スタッフは、優しい笑みを絶やさない、落ち着いた雰囲気の人だった。
その人が、自分の表情を忘れたように美弥子を見上げていた。
美弥子は、困ったような視線を由美に向けた。
美弥子の視線に引かれるように、スタッフも由美の顔を見た。
それでようやく、我に帰ったようだ。
スタッフは、慌てた素振りを隠そうともせず、宿泊カードを美弥子の前に滑らせた。
美弥子が住所と名前を記載している間、スタッフは再び美弥子の顔を凝視していた。
美弥子がペンを置くと、ようやく視線を外した。
「学生証をお借りできますか?
コーピーを取らせていただきますね」
スタッフは、美弥子の学生証を持って、奥のスタッフルームへと消えた。
「綺麗な人ね」
美弥子が由美の耳元でささやいた。
由美はうなずきながらも、心の中でこう言っていた。
『美弥ちゃんの方が、ずっとずっと綺麗だよ』
由美は誇らしかった。
人が言葉を失うほどの美貌を、自分が独占しているのだ。
「美弥ちゃん。
由美のお部屋に泊まってみない?」
そう誘ったときの、美弥子の華やかな笑顔が忘れられない。
授業を終えると、2人は、いったん美弥子のマンションに立ち寄った。
宿泊荷物をまとめるという美弥子に、由美が付き合ったのだ。
泊まるといっても、たった1泊である。
ところが美弥子は、ボストンバッグの口が締まらないほどの荷物を作りあげた。
「美弥ちゃん……。
どうしてこんな荷物になるの?
ダメよ、これじゃ。
こんなの持ってったら、何泊もするって疑われちゃうでしょ。
1泊しかできない規則なんだから」
一向に荷物を減らせない美弥子に代わり、由美が小さなバッグに荷物を詰め変えた。
思いの外時間を取られ、2人が由美のマンションに着いたのは、日足の長い空がもう暮れようとするころだった。
フロントの女性スタッフが、呆然とした顔を見せていた。
美弥子を伴い、宿泊の手続きをするために、フロントに立ち寄ったときのことだ。
スタッフは、優しい笑みを絶やさない、落ち着いた雰囲気の人だった。
その人が、自分の表情を忘れたように美弥子を見上げていた。
美弥子は、困ったような視線を由美に向けた。
美弥子の視線に引かれるように、スタッフも由美の顔を見た。
それでようやく、我に帰ったようだ。
スタッフは、慌てた素振りを隠そうともせず、宿泊カードを美弥子の前に滑らせた。
美弥子が住所と名前を記載している間、スタッフは再び美弥子の顔を凝視していた。
美弥子がペンを置くと、ようやく視線を外した。
「学生証をお借りできますか?
コーピーを取らせていただきますね」
スタッフは、美弥子の学生証を持って、奥のスタッフルームへと消えた。
「綺麗な人ね」
美弥子が由美の耳元でささやいた。
由美はうなずきながらも、心の中でこう言っていた。
『美弥ちゃんの方が、ずっとずっと綺麗だよ』
由美は誇らしかった。
人が言葉を失うほどの美貌を、自分が独占しているのだ。
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ミサとは友達。
そう思っていても……。
由美の心には、小さな塊が育って行った。
それは、黒い色をした毛玉のようだった。
毛玉は、水を吸ったように重かった。
それが、美弥子に対する後ろめたさであることは判っていた。
ミサとのことは、ほとんどが不可抗力だったと思っている。
決して、美弥子への裏切りではない……。
しかし、一連の出来事を美弥子に話すことが出来ないのも、また事実だった。
日曜日、美弥子の両親が帰った後も、由美は自分のマンションに留まり続けていた。
新しい週が始まった。
学内で顔を合わせた美弥子は、由美が戻って来ることを疑っていなかった。
由美も、美弥子のマンションに戻りたかった。
しかし、今の蟠りを抱えたままでは、必ずなにかを気取られてしまう。
それが怖かった。
「もう少し、あっちにいなきゃダメみたい」
「どうして?」
「フロントの人に注意されて」
これは事実だった。
久しぶりにマンションに帰った日、フロントの女性スタッフに呼び止められた。
歳は20台後半だろうか、スーツの似合う細身の女性だった。
スタッフはフロントを出ると、由美をホールの柱の陰へ導いた。
「藤村さん。
館の規定は読んでる?
外泊の届け、出してないでしょ?
規定ではね、これだけ無断外泊が続くと、ご両親に連絡しなきゃならないのよ。
藤村さんに限って、おかしなことしてないって信じてるから、まだ連絡してないけど」
「すみませんでした。
大学の友達の家にいたんです」
「今度から、気をつけてね」
事情を話す由美の口元を見つめながら、美弥子は寂しそうにうなずいていた。
由美の心の底で、塊が蠢いた。
そうだ。
あの女性スタッフは、こうも言っていた。
「今度、そのお友達、ここに呼んだら?
女の人なら、連泊さえしなければ、お部屋に泊めることだってできるのよ」
ミサは、週末に実家に帰ると言っていた。
よし。
今度の週末は、美弥子を自分のマンションに呼ぼう。
ミサとは友達。
そう思っていても……。
由美の心には、小さな塊が育って行った。
それは、黒い色をした毛玉のようだった。
毛玉は、水を吸ったように重かった。
それが、美弥子に対する後ろめたさであることは判っていた。
ミサとのことは、ほとんどが不可抗力だったと思っている。
決して、美弥子への裏切りではない……。
しかし、一連の出来事を美弥子に話すことが出来ないのも、また事実だった。
日曜日、美弥子の両親が帰った後も、由美は自分のマンションに留まり続けていた。
新しい週が始まった。
学内で顔を合わせた美弥子は、由美が戻って来ることを疑っていなかった。
由美も、美弥子のマンションに戻りたかった。
しかし、今の蟠りを抱えたままでは、必ずなにかを気取られてしまう。
それが怖かった。
「もう少し、あっちにいなきゃダメみたい」
「どうして?」
「フロントの人に注意されて」
これは事実だった。
久しぶりにマンションに帰った日、フロントの女性スタッフに呼び止められた。
歳は20台後半だろうか、スーツの似合う細身の女性だった。
スタッフはフロントを出ると、由美をホールの柱の陰へ導いた。
「藤村さん。
館の規定は読んでる?
外泊の届け、出してないでしょ?
規定ではね、これだけ無断外泊が続くと、ご両親に連絡しなきゃならないのよ。
藤村さんに限って、おかしなことしてないって信じてるから、まだ連絡してないけど」
「すみませんでした。
大学の友達の家にいたんです」
「今度から、気をつけてね」
事情を話す由美の口元を見つめながら、美弥子は寂しそうにうなずいていた。
由美の心の底で、塊が蠢いた。
そうだ。
あの女性スタッフは、こうも言っていた。
「今度、そのお友達、ここに呼んだら?
女の人なら、連泊さえしなければ、お部屋に泊めることだってできるのよ」
ミサは、週末に実家に帰ると言っていた。
よし。
今度の週末は、美弥子を自分のマンションに呼ぼう。