2016.8.30(火)
言い出したら聞かない志摩子の性格は百も承知の女将のとしである。そしてこういう場合、道代は全く頼りにならないことも、としはよくわかっていた。がしかし、としは、何とか小まめの志摩子を説得しようと、なおも粘った。
「ほやかてあんた……嵯峨野までどない行くんか、知っとんのか。乗り換えとかあるんやで。だいたいがあんた、電車なんか乗ったことないやろ」
「電車くらい乗れますがね。駅で切符こうて(買って)、の(乗)りゃよろしいんやろ。乗り換えてなもん、誰ぞ捉まえて聞きゃよろしおすやん」
「ほないなこと、あんた……。そもそも、どの電車のどの駅で降りるんか、知っといやすんか。ほれに、駅からちょと歩かなあかんのどすえ」
「ほんなん(そういうことは)おかあ(母)はん、おせ(教)とくなはれな。ほして、駅からの地図でも書いとくれやす」
「あんたなあ……」
志摩子は頑強であった。電車で行く……。それは、置き屋の女将、辰巳としに対する反発心、こちらの心情など斟酌しないとしへの無言の抗議のようなものがさせたのだろうか。
道代は、相変わらずじっと俯いたままである。
としは、匙を投げた。もう、好きなようにさせるしかない。道代に声を掛けるとしであった。
「道」
道代は即座に返答した。
「へえ、おかあはん」
「あんたも、電車でどない行くんか、知らんわなあ」
「へえ、すんまへん。うちも電車てなもん、いっぺんも……」
「わかっとる。道、秀はん、呼んどいで」
「へえ」
道代は立ち上がって部屋を出た。
秀は秀男。この置き屋に長く勤める下働きの老爺である。かなりの歳であるが、体は頑健。頭もまだまだはっきりしていた。そして、京都生まれの京都育ち。この街のことはよく知っている秀男であった。
志摩子がまだ出たての舞妓の頃、厳しい修行に音を上げて、お供の道代を引き連れ家出騒ぎを起こしたことがあった。そのとき二人を探し出し、連れ帰ってくれたのが秀男であった。
ややあって、秀男が廊下で声をかけた。
「女将はん」
「秀はんか、お入り」
としの部屋の襖が開いた。秀男は廊下に膝を突き、軽く頭を下げていた。
「なんですやろ、女将はん」
「ちょと話あるんや。まあ、お入り」
「へい」
秀男は部屋に躙(にじ)り入った。そのまま襖際に正座する。
続けて入室した道代が、これも膝を突き襖を閉じた。道代は立ち上がって数歩進み、先ほどと同じ位置、志摩子の斜め後ろに無言で座した。
「もちょっと、近くにおいなはれ(寄りなさい)、秀はん」
「へい、女将はん」
「秀はん、妙なこと聞くけんどあんた……嵯峨野まで電車でどない行くか、知っといやすな」
「嵯峨野……へい」
「いっちゃん(一番、最も)分かりやすい行き方、ちょと説明してくれへんか」
「へい……。嵯峨野へ行く電車て、何本かおますけど……。女将はん、嵯峨野のどのあたりへ行かはるんですやろ」
「いや、うちやのうて。行くのはこの二人やねんけどな」
「へ。小まめ姐さんとお道はん、二人だけでですかいな」
「せやがな。嵯峨野にお座敷掛かったんや。ほんで、車で行き、ゆ(言)うてんのに……聞かはらしまへんのや、小まめ姐さんは」
辰巳としは、わざわざ「姐さん」を付けて小まめの志摩子の名を挙げ、敬語で「言うことを聞かない」と軽く詰(なじ)る。そこには、としの苛立ちがよく現れていた。
それだけで、秀男には状況が呑み込めたようであった。なぜ電車で……そんなことは問わず、秀男はとしに確認した。
「ほんで女将はん。嵯峨野ゆうても……どのあたりですんやろ」
「後で詳しゅう説明するけんど、天龍寺て、有名なお寺さんあるやろ。そのねき(傍、付近)や」
「はあ、天龍寺はん……やったら嵐電(らんでん)……。あ、いや女将はん。ねき、ゆうても天龍寺はんのどっち側でっしゃろ」
「せやなあ、裏っ側ゆうか……北側、ゆうことやな」
「ははあ、それやったら国鉄がよろしいですやろ。これやったらこっから京都駅に出さえしたら、あとは一本ですさかい、わかりやすいですやろ。降りる駅も『嵯峨』云いますから、覚えやすいし」
「ほうか。ほな国鉄で、ゆうことで……。降りるんは『嵯峨駅』やな。ええか、小まめ。道もよう覚えときや」
道代と志摩子は不得要領に、返事ともつかないつぶやきを漏らした。
「へ……」
「へえ……」
志摩子は、さらに秀男に問いかけた。
「ほんで秀はん。京都駅まではどない行くのん」
「そうですなあ。儂らやったら歩いてでも行きまっけど、お二人には無理でっしゃろ。バス……ああ、いや、電車でゆうことでしたら京阪電車……でっけど、これは乗り換えがちょとややこしい。市電がいっちゃん無難ですやろ。これやったら、すぐそこに『祇園』の停留所がおまっさかい、乗る電車さえ間違えなんだら一本で京都駅まで行けますわ」
道代がぼんやりと問いかけた。
「乗る電車て……そない色々おますんやろか」
「ん……四つか五つか、ちゃう(違う、異なる)系統のんが走っとるからなあ」
「そないに……」
道代は呆然と呟いた。どこか知らない町か、山奥に放り出されたような、そんな心細さに囚われた道代だった。道代は、志摩子の表情を盗み見るように窺った。
その視線を感じたか、志摩子は振り返りざま、叱咤するような声を掛けた。それは、自分をも励ますような色合いがあった。
「なんやいな、道。その頼んない声は。しゃっきりしぃ」
これは駄目だ、と考えたか、辰巳としは改めて秀男に呼び掛けた。
「なあ、秀はん」
「へい、女将はん」
「あんたご苦労やけんどな、この二人に付いてったってくれへんか。送り届けてくれたら、お座敷までおることないよってすぐもんて(戻って)来てくれたらええ。どない考えてもこの二人だけでは、嵯峨野に辿りつけんようや」
道代の表情は、心底安心した、という風情になった。
志摩子は何やら不満そうであったが、それ以上としに抗うことはなく、何も言わなかった。
道代と、小まめの志摩子。それに秀男の三人は、時間に十分余裕をもって出発した。志摩子が先頭、一歩遅れて道代。さらにそのあとに秀男が続く。
志摩子はいつもの舞妓衣装に身を包んでいた。頭には花簪。垂れ下がる「ぶら」と「ビラかんざし」が、志摩子の歩みとともに軽く揺れる。志摩子の襟元を飾るのは、花模様の赤い半衿。裾を手で軽く持ち上げた足元には、やはり赤い内着が覗けていた。そして志摩子の歩みとともに、祇園の石畳に軽やかな音を立てるおこぼ(ぽっくり)。志摩子は、防寒用の外套、道行(みちゆき)を着ていた。舞妓の象徴である「だらりの帯」は、したがって隠されていた。
付き随う道代は簡素な和服、秀男はやはり着物で尻っぱしょり。足首までの股引を覗かせていた。
誰が見ても主従の三人連れは、いくらも歩かずに京都市電の「祇園停留所」に辿りついた。京都最大の大通り、東西に延びる四条通りと、南北方向の東大路通りの交差点である。ここはT字路になっており、四条通りの東の果てである。この交差点のすぐ東側には、八坂神社の朱塗りの楼門が高く聳えている。一刻も人の流れの絶えることのない、繁華な交差点であった。
コメント一覧
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1. ボケ老人ハーレクイン- 2016/08/30 12:42
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すんまへん
やらかしちゃいました、書き間違え
今回の本文、えーと、↓下から6行目くらいになりますか。
「いくらも歩かずに京都市バスの……」
とありますが、これは“市バス”ではなく「市電」。
路面市電なんですね。
誠に申し訳ございません。
志摩子・道代主従は、この後、京都市電、路面電車に乗り込むことになります。
よろしくお願い申し上げます。
あ、京都の市電は1978年に全廃されちゃいました。残念なことです。
で、今回の小まめのお座敷は嵯峨野。
嵯峨野につきましては、次回以降、詳しく述べさせていただくことになりますが、とりあえずは天龍寺。
何と国宝です。
と申しましても、京都は国宝の宝庫(ダブっとるぞ)。
珍しくもないと言えばそれまでですが、やはり仮にも国宝天龍寺。
が、わたしは見たことも入ったこともおまへん(おい!)
>峨野へ行く電車て、何本かおますけど……。
今回、久方ぶりの登場、秀はんのセリフです。
「誰じゃい、それ」とお考えの向きは、『アイリスの匣』#144をご参照ください(と、あざとい番宣)。
>国鉄がよろしいですやろ
秀はんのセリフです。
もちろん、JRではございません。
国鉄がJRに民間移行したのは1987年(昭和62年)。
物語の「小まめ時間」はさあ、戦後数年。昭和20年代半ばの1950年(昭和25年)ころとお考え下さい。「古き良き時代」とも云えましょうか。
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2. Mikiko- 2016/08/30 19:43
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京都市電
直しておきました。
以前にも書きましたが……。
道路の舗装が進み、自動車が普及するようになると……。
路面電車は、ことごとく赤字事業となっていきました。
京都市の路面電車を運営してたのは、京都市交通局。
路線バスなども、ここが運営してます。
京都市交通局は、京都市の中の組織ではなく、地方公営企業です。
京都市の一般会計とは切り離された、特別会計での独立採算制となってます。
当然、路面電車は、交通局自体の経営を圧迫していき……。
とうとう交通局は、財政再建団体に指定されてしまいました。
で、国の支援を仰ぐわけですが、その条件が赤字事業の切り捨てです。
路面電車の廃止は、再建計画の認可条件だったそうです。
天龍寺。
↓庭園と講堂を参拝すると、800円も取られます(この9月から、200円の値上げ)。
http://www.tenryuji.com/info/2016/07/post-8.html
むろん、宗教法人ですから、税金は課せられません。
まさに、坊主丸儲けです。
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3. 赤字人生ハーレクイン- 2016/08/31 03:42
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バス→電車
お手数でした、ありがとうございます。
で、赤字電車ですか。
なんとねえ。
じゃあ、大阪の市電もそうだったんでしょうねえ。
残念なことです。一度乗っておきたかったものです。
嵐電や叡山電車なんかは今、ブームのようになっていますから大丈夫でしょう。
しかし、地方鉄道で生き残れるのは、こういう半ば観光鉄道のような路線だけなのかもしれません
800円!!!!!
それは、宗教法人の皮をかぶった悪徳商法なのでは。
こういうのって、何らかの規制、掛けられんもんですかね。まあ、国宝だからなあ。いや、国宝は国民のものと思いますが……。
わたしは外から見るだけで結構どすう。
道代と志摩子にも参詣させまへん。ま、当時はもっと安かったんどすやろけど。
志摩子の色香にたぶらかされた坊主が、ただで入れてくれたりして。お、この手のエピソード、いけますかのう。
今回登場の国鉄『嵯峨駅』ですが、現在は『嵯峨嵐山駅』に改名されているようです。
この辺りも含め、嵯峨野には取材に行きたかったのですが果たせていません。無念。
無念と云えば、今回の小まめ姐さんのいでたち、道行を羽織っております。季節が冬場になっちゃいましたんでしょうおへんかったんどすが、残念なことどすう。
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4. Mikiko- 2016/08/31 07:30
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地方鉄道
地元の乗降客だけでは、存続させていくのは難しいでしょう。
観光客を呼びこめるかが、生き残りの分かれ道だと思います。
宗教法人改革。
公明党が与党のうちは、とーてー無理でしょう。
道行。
↓和装用のコートですね。
https://www.google.co.jp/search?newwindow=1&hl=ja&site=imghp&tbm=isch&source=hp&biw=1920&bih=963&q=%E9%81%93%E8%A1%8C&oq=%E9%81%93%E8%A1%8C&gs_l=img.3..0l7.429.1930.0.2936.9.9.0.0.0.0.389.1343.0j2j3j1.6.0....0...1ac.1j4.64.img..5.4.1030...0i4k1j0i4i10k1.CbYrtFZd5hk
芸妓が着るのはわかりますが、舞妓も着るんでしょうか?
振り袖を仕舞いこむのが大変そうです。
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5. ♪お乗りはお早くHQ- 2016/08/31 14:45
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↑動きます、チンチン
観光列車
叡山電車は、天井の一部がガラス張りの車両を走らせたり、沿線の桜並木を夜間にライトアップする、などをやっています。
で、嵯峨野観光鉄道です。
JR山陰本線の『嵯峨嵐山駅』-『馬堀駅』間が新線に付け替えられたのが1989年。これに伴って廃線となった旧線に観光用の列車走らせようともくろんで設立されました。
当初は果たして客なんか来るんかい、と危ぶまれたものですが、これが馬鹿当たり。
最大の売りは、名勝、保津峡。
保津川渓谷(桂川の上流域)の崖の上を綱渡りのように走る列車の車窓風景がすべて、のまさに観光鉄道。ここを走る、オープンカーのようなトロッコ列車は、すべて旧JRの車両を改装したもの。
起・終点を含めてわずか4駅。路線総延長7.3㎞というミニ路線ですが、大儲けしているようです。
JR西日本の完全子会社ですが、民営鉄道協会に加盟しています。
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6. Mikiko- 2016/08/31 19:44
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嵯峨野観光鉄道
さすがに、観光県の発想ですね。
新潟県では、こうはいかなかったでしょう。
↓開業の経緯が書いてありました。
https://www.sagano-kanko.co.jp/kaigyou.php
トロッコ列車の片道料金は、620円。
JRで7.3㎞なら、200円区間です。
3倍以上取っても、大盛況なんですからね。
知恵は絞るべきです。
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7. ♪運転手は君だHQ- 2016/08/31 23:17
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↑♪車掌は僕だ
トロッコ列車
売れた要因の一つに、往復方法があります。
起点は『嵯峨嵐山駅』として、終点の『馬堀駅』。
山の中です。はっきり言ってど田舎、なーんにもありません。
交通機関は山陰本線(嵯峨野線)のみ。つまり、そのままだと、同じ列車・路線で戻って来るしかないわけです。
ばりばりの「鉄」ならともかく(懐かしいね「食」くん)、普通の観光客は「なーんじゃい」で、たちまち客は減るはず。
そこで登場『保津川下り』。
まあ、よくあります、舟に客を乗せて船頭が操る、あれです。つまり、嵯峨野観光鉄道の終着『馬堀駅』で降りた乗客を、今度は舟に乗せ、川下りで嵯峨野に戻るわけです。
つまり、鉄道と舟の両方を楽しめるという企画。
まあ、馬鹿当たりというも愚かな、ウハウハ営業のようです。
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8. Mikiko- 2016/09/01 07:12
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いっそのこと……
トロッコ列車を、水陸両用にしたらどうでしょう。
で、線路を『馬堀駅』から保津川まで繋ぐんです。
トロッコ列車は、ジェットコースターのように斜面を滑り降り、保津川にダイブ。
そのまま、舟下りに移行するわけです。
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9. 嵯峨観光総務部HQ- 2016/09/01 17:13
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水陸両用トロッコ
それじゃ開発・製作費がかさんで大赤字だよ。
そういえば、欧州のどこかの国の観光バスが水陸両用でした。
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10. Mikiko- 2016/09/01 19:43
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トロッコ列車の外側に……
浮き輪を付ければよろしい。
漁船みたいになりますが。
そのまんま川に出たら、後は人力です。
もちろん、お客さんに漕いでもらうわけです。
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11. 事故処理係HQ- 2016/09/01 21:34
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漁船トロッコ
途中で岩にぶつかって、脱線・転覆だな。
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12. Mikiko- 2016/09/02 07:34
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川の中に……
線路はないので、脱線しません。
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13. 底抜け脱線ゲームHQ- 2016/09/02 13:31
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↑日テレ系、懐かしのバラエティ番組
脱線しない
じゃあ、航路逸脱・暴走・転覆・大破・沈没・死屍累々……。
乗客を見捨てて素早く逃げ、助かった運転手と車掌は逮捕。殺人容疑で実刑判決を受け服役。
嵯峨野観光鉄道は、莫大な慰謝料を課され大赤字、破産。社長は管理責任を問われこれも逮捕……。
なんか、韓国のセウォル号事件を思い出しちゃったよ。











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