2016.7.26(火)
小まめの志摩子は、車の後部座席に仰向けに横たわっていた。
志摩子は全裸であった。すべての衣装を脱ぎ捨て、両足の足袋すら足から外していた。志摩子は真正の全裸であった。
いや、志摩子の髪には舞妓の花簪がまだ置かれていた。そういうことでは、志摩子は全裸ではなかった。志摩子の頭部、地毛で結い上げた日本髪。その髪を飾る華やかな舞妓の髪飾り、花簪以外は一糸も纏わぬ小まめの志摩子であった。
志摩子の両脚は大きく開かれていた。その両足の間(あわい)には、もちろん女性器、女性そのものとも云える複雑な構造の陰部があるのだが、今は闇の中に沈んでいた。見ることは叶わなかった。
だが、道代の目にはその志摩子の陰部がはっきりと見えていた。道代は、志摩子の陰部の隅々までを知っていた。それは見知っているのではなく、自らの体で確かめた構造なのだ。先ほど道代は、志摩子の陰部の隅々まで舐め回した。舐め尽した。味わった。心ゆくまでその唇と舌で感じ取った。道代は、唇と舌の記憶として、小まめの志摩子を知っていた。
その道代の記憶は、志摩子の肛門にまで及んでいた。
道代もまた全裸であった。道代もまた、足袋の一つすら身に着けていなかった。その髪には、小まめの志摩子とは異なり、髪飾りの一つすらなかった。
全裸の志摩子と全裸の道代は、しっかりと抱き合っていた。志摩子が下、道代が上である。志摩子は仰向け、道代は俯せである。二人の体の前面は、少しの隙間も恐れるように互いに密着していた。
志摩子の両脚は大きく開かれ、覆いかぶさる道代の体をしっかり絡め取っていた。志摩子の両腕も同様に、道代の上体を捉えていた。
道代の四肢もまた、志摩子の体に巻き付いていた、離してなるか、と志摩子を抱きしめていた。
志摩子と道代は、互いに互いを「愛しい者よ」というように、その体を密着させていた。密着する二人の体はまた、逃がしてなるか、と互いの体温を保持していた。密着する二人の肌は、どちらもしっとりと汗ばんでいた。
雪の貴船の山中、風はほとんどないとはいえ、外気温はどんどん低下しているようである。時刻はとうに夜中を過ぎ、日付は変わっていた。しかし夜明けにはまだ間があろう。今が何時なのか、道代と志摩子には知る術(すべ)はなかった。しかし、一日のうち、最も気温が低下する頃であろうか、とは二人にも推測できた。外気温に合わせ、車内の温度も時とともに低下していることは、その肌身ではっきりと二人にはわかった。
道代は、巧みに身をよじり、両手をくねらせ、脱ぎ捨てた自らの衣服と、志摩子の舞妓衣装を背に羽織った。その道代の体の下には、ぴたりと密着して志摩子の体がある。道代は、志摩子と肌を密着させ、さらに衣服を上から羽織ることで、体温の損失を少しでも防ごうとした。
その道代の振る舞いは、いわゆる生存本能のなせる業だったのかもしれない。がしかし、道代にとって何より大事なのは志摩子であった。
「今後、たとえば今日みたいなことあったら、あんたは自分の着てるもん、みいんな脱いであの子に着せるんや」
もう、どのくらい以前の事になるのか、小まめの志摩子がまだ出たての舞妓の頃、厳しい日々の暮らしに耐え兼ね、家出をしたことがあった。まだ肌寒い、早春の頃であった。道代は、そんな志摩子を止めることも叶わず、しかし付き人として離れることもならず、引きずられるように小まめの志摩子に付き随って、共に家出をしたことであった。
その時は何事もなく、無事に置き屋に戻った志摩子と道代であったが、道代だけはその直後、置屋の女将、辰巳としに叱られ、厳しく言い聞かされた。いや、言い渡された。その時の言葉がこれであった。
「あんたは自分の着てるもん、みいんな脱いであの子に着せるんや」
この言葉を道代が忘れることは、その後片時もなかった。
志摩ちゃんは、小まめ姐さんはうちが守る。この身を挺してでも守る。
それは、いちいち意識に上らせることもない、道代の習い性になった。今もそうだった。道代が体温の放散を防ぐため、志摩子にぴたりと肌を合わせているのは自己保存のためではない。志摩子の身を守る、それが目的だった。二人の衣服を、防寒着のように隙なく纏う。志摩子を凍えさせないためだった。
道代と志摩子。ぴたりと密着する二人の体が発する体温は、それを包み込む二人の衣装によりしっかりと保持された。汗ばむほどであった。二人が纏う衣服の下は、寛ぐ気持ちの余裕が出るほどだった。
志摩子は首を左右に振り、覆い隠す衣服の下から顔を覗かせた。それは同時に、道代の顔を衣服から剥き出しにすることにもなった。
二人は、間近に見詰めあった。志摩子が見上げ、道代が見下ろす体勢だった。互いの顔付すら判然としない車内の薄暗がりの中であるが、道代と志摩子の視線は確かに絡み合った。
道代の目を見詰めたまま、志摩子が声を掛けた。
「なあ、道……」
「へえ、姐さん」
「なんや、ぬく(温)いなあ」
「そうどすなあ」
「やっぱし、あの京大の学生さんのゆ(言)わはった通りやなあ」
「なんでしたかいな、姐さん」
「もう忘れたんかいな、道。こういう時、いっちゃんええのんは裸で抱き合うことやあ、ゆう話やがな」
「ああ、へえ、そないどしたなあ」
「ぬく(温)いなあ、道」
「へえ、ぬくうおすなあ」
「あんたのからだ、ほんにぬくいなあ」
「姐さんのお体も、ぬくうおすえ」
「なんや、汗かく位やなあ」
「そうどすなあ」
「なあ、道」
「へえ、姐さん」
「お乳、吸うてえな」
道代は、志摩子の目を改めて見詰めた。
「姐さん……」
「あんたさっき、うちの足、ようけ舐めてくれたわなあ」
「へえ、すんまへん」
「謝ることないがな、気持ちよかったえ」
「へえ、姐さん」
「で、あんた、足舐める時にゆ(言)うたやん」
「なんどしたかいな」
「お乳舐める前に、足舐める、ゆうたやん、あんた。忘れたんか、道」
「へえ、そないどしたなあ」
「もう、足はたっぷり舐めてくれたんやさかい、今度はお乳、舐めてえな」
「へえ……しやけど、姐さん」
「なんやのん、道」
「お乳舐めよおも(思)たら、体、離さなあきまへんやん。ほしたら、せっかくぬく(温)なったのに、またさぶ(寒)なりまへんやろか」
「こんだけぬくいんやさかい、大丈夫やろ。舐めてえな、道」
「姐さん……」
「舐めてえな、道。お乳、舐めてえな」
舐めて、舐めて、と駄々っ子のように繰り返す志摩子を、道代は愛しげに抱きしめた。志摩子の顔を両手で軽く挟み込み、改めてその目を見詰める。
「へえ、姐さん。ほな、舐めさしてもらいます」
「道……はよ(早)う、道」
「姐さん……」
道代は、そのまま体をずらせた。道代の目は志摩子のそれを外れ、鼻筋から唇、顎先から喉元、そして志摩子の胸元へ移動していった。その途次、道代の唇は軽く、さりげなく、しかし確実に志摩子の肌に触れていった。
道代の唇が志摩子の乳房の麓に辿り着いた。道代は、ここで舌を伸ばした。道代の唇を割った舌は、志摩子の右の乳房の麓をゆっくりと一周した。次いで、道代の舌は志摩子の左の乳房の麓を、同じように一巡りした。道代の舌は、乳房の周りを徘徊しながら、その弾力を確かめた。志摩子の乳房は柔らかかった。弾力に富むというより、ひたすら柔らかかった。道代の舌を吸い込み、取り込むかと思えるほど柔らかかった。道代は、その感触に酔った。いつまでもその感触に酔っていたかった。
しかし、志摩子はそれを許さなかった。
「道ぃ。何してんのん、は(早)よ、舐めてえな」
道代は、半ば嬲るように答えた。
「お舐めしてますやん、姐さん」
「そないなとこ、いつまいでも……はよ、舐めてぇて、道」
「どこ、お舐めしたらよろしおすんやろ、姐さん」
「わかってるくせに、道。あんたも、しょっちゅういろ(弄)てるとこやがな。自分のん、いろてるとこやがな」
「姐さん……」
「はよ、舐めてえな。舐めてえな、道。じ(焦)らしたら、いやや」
「姐さん」
道代は、志摩子の右の乳首に吸い付いた。
コメント一覧
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1. 乳舐めハーレクイン- 2016/07/26 09:14
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後部座席に仰向けの志摩子
上から覆い被さる道代。
体温を分かち合うように抱きしめあう二人。
ビバークです。
雪の貴船山中。遭難しかかった道代と志摩子は、登山で云うビバーク、露営の状態に入ります。予定された露営ではありません。緊急のビバーク、状況は切迫しています。登山であれば、二人の体を覆うものはシュラフ(寝袋)なのですが、ここは二人が脱ぎ捨てたすべての衣装です。
テントはありませんが車内です。雪と風は防いでくれます。
結果、二人は汗ばむほどの暖かさ。
志摩子が、
「お乳、舐めてえな」
と言い出すほどの余裕です。
ということでございまして、緊迫感がありそうで、案外呑気な「貴船山中の場」。
長くなっております。
さすがに作者も飽きてきました(おい)。
次回、二人は無事に祇園に戻ることになります。
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2. Mikiko- 2016/07/26 18:38
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いったい……
この場面は、何のためにあったんじゃ?
冬、地吹雪などで車中に閉じ込められると、凍死することさえあります。
寒冷地では、車中にビバークのための道具くらい積んでおくべきでしょうかね。
と言いつつ……。
わがパッソには、何も積んでません。
工具がどこにあるかさえ不明です。
何があるといいでしょうね。
まず、スコップは必需品でしょう。
牽引ロープもいりますかね。
その前に、タイヤチェーンだ。
車中ビバークを考えると、アルミシート。
防寒具も余分にあった方がいい。
食料や水もあれば万全。
しかし……。
パッソには積みきれんぞ。
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3. 国境のハーレクイン- 2016/07/26 21:05
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↑長いトンネル
>何のためにあったんじゃ
はて、何だっけ?
うそウソ。
目的は二つあります。いずれも伏線ということになりますが……。
一つは、切っても切れない道代と志摩子の繋がり、これを強調したいがためです。
今一つは、次の「嵯峨野の場」のメイン登場人物『相馬の旦さん』の、軽ーいご紹介。これです。まあ、相馬のおっさんは、名前だけは「野田太郎物語」で既出なんですが、今回もう少しその人となりを小出しにしておこう、と。
で、この二つの伏線が絡み合い、次の「嵯峨野の場」が展開されることになります。さらに、嵯峨野にはもう一人、重要人物が登場予定。この人物が、あやめへの「志摩子の恨み」に関わってくることになります。
そして「嵯峨野の場」が幕を閉じるとき、『志摩子物語』はようやく終わり、舞台は「花よ志」に戻ります。そして『アイリスの匣』そのものが、クライマックスに向かうことになります。
乞う! ご期待。
それにしても……
>タイヤチェーンだ
って……チェーン積んでねえのか。
まさか、装着すらできなかったりして。
道代や志摩子には無理として、いかに新潟市に雪が少ないとはいえ仮にも越後新潟。それでは、マジに命の危険が危ないのでは。
今のうちにチェーンの購入と、装着の練習をお勧めします。
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4. Mikiko- 2016/07/27 07:38
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ほー
まるで、まっとうな物語のようではないか。
相馬の旦さん。
登場は、#109ですね。
ずーっと、但馬だと思っておりました。
チェーン、カンバーック!
もちろん、積んでませんし、触ったことさえありません。
タイヤの下側が地面に着いてるのに、どうやってチェーンをかけるんじゃ?
まさか、タイヤを外して装着し、またはめ直すのか?
そんな面倒なこと、金輪際でけん。
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5. 語り部(おい!)HQ- 2016/07/27 11:41
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>まるで、まっとうな物語
ふっふっふ。どうだ、まいったか。
相馬は但馬?
但馬は「たじま」。
これを「たんば」と読んだ野郎がいました。それは丹波。
そういえば、志摩子の故郷は但馬の海沿いです。
>どうやってチェーンをかける?
しやから、「練習しときなはれ」ゆうとるんです。
油断しとったら、いずれえらい目にあいまっせ。とりあえず、チェーンを買いましょう。
ガソリンスタンドや修理屋などでは、車全体をジャッキアップして、4輪いっぺんに装着したりします。
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6. Mikiko- 2016/07/27 19:45
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但馬牛
“相馬の旦さん”が脳内で合体して、“但馬”になったようです。
チェーンって、ジャッキアップしないとかけれないんですか?
ジャッキは車庫に置いてあるから、車には載ってません。
ジャッキー・チェンの名前は、ジャッキとチェーンから付けたんですかね?
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7. ゲッターロボHQ- 2016/07/27 21:26
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↑元祖合体もの。原作は永井豪
『相馬』と『旦さん』が合体
お、おもろい。座布団1枚。
チェーンの装着
ジャッキアップしなくてもできます。しっかり練習しましょう。
しかし、ジャッキを載せていないって……出先でパンクしたらどうするんだよ。いちいちJAFを呼ぶのか。けっこう金、取られるぞー。
タイヤ交換の練習もしておきましょう。
以上、ガソリンスタンドでバイトをすれば、すべて習得できます。
ジャッキ+チェーン=ジャッキー・チェン
座布団没収。
あまり好みじゃないしね、ジャッキー・チェン。カンフーものは、やはりブルース・リーです。
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8. Mikiko- 2016/07/28 07:17
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タイヤ交換は……
でけます。
スタンドに頼むと、3,000円くらい取られるので。
春と秋、2回あるから、年、6,000円です。
油圧ジャッキを買っても、1年で元が取れます。
わたしの地域では、チェーンが必要なほど雪が降ることは滅多にありません。
わたしは電車通勤なので、降ったら乗らなきゃいいだけです。
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9. ホワイトアウトHQ- 2016/07/28 08:28
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>降ったら乗らなきゃいいだけ
あれ?
以前、吹雪の中を走って恐ろしかった、って話。出なかったっけ?
しかも画像付きで。
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10. Mikiko- 2016/07/28 19:45
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あれは……
吹雪の中、外出したわけではありません。
帰る途中で、吹雪に遭ったのです。
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11. 燃えよドラゴンHQ- 2016/07/28 22:15
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↑それはブルース・リー
>帰る途中で、吹雪に……
だからあ。
そういう突発事態が起こりうることを念頭に置いて、準備は万全に。
とりあえず、ジャッキ・チェーンを買いましょう。
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12. Mikiko- 2016/07/29 07:40
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吹雪の中で……
チェーン装着なんて出来ますかいな。
念仏を唱えながら必死で進むだけです。