2016.7.5(火)
道代と志摩子、二人の口元から零れ落ち、絡み合い、混じりあった唾液。ねっとりと粘性のある、泡交じりの白濁した液は、尽きることなく零れ落ちていく。それに気づいた道代は、その落ちていく先に目を遣ることなく、片手の掌を上に向け、差し伸べた。道代の掌は、滝行を行う修験者のように、唾液の滝の下を目指した。道代の掌は、唾液の滝を過たず受け止めた。
志摩子の口元から顔を離した道代は、その視線を、自らの掌に向けた。右手だった。窪ませた掌は茶の椀だった。茶は、白濁した唾液だった。道代は、椀を掲げ持つように右手の掌を口に近づけた。左手を添える。道代は、茶道の作法に則り、恭しく自らの右手の掌に口を付けた。
濃茶(こいちゃ)を思わせるような、ねっとりとした質感の液体が椀を満たしていた。道代は、唇をそっと椀に近づけた。椀は自らの右の掌だった。道代は椀を傾ける。添えた左手と共に椀を傾ける。その所作は作法どおりであった。道代の唇が、すかさず椀の縁に当てられた。
椀の縁……。道代の掌が尽き、手首に繋がろうとする所。窪ませた掌は、親指の付け根と小指の付け根が盛り上がり、椀の縁を成していた。二つの盛り上がりの狭間は、切通しのようになっている。道代は、その狭間に口を寄せた。道代は椀を傾ける。ゆっくりと傾ける。道代は、自らの右の掌という椀を、茶道の所作通りに傾けた。
すかさず、道代の口が椀の縁を受け止めた。両の唇が大きく開く。道代の口は、傾けた椀から流れ出る濃茶を受けた。志摩子と、そして道代自身の唾液が混じりあい、絡み合ったねっとりとした、白濁した、泡混じりの、しかし何の色も持たない濃茶を、道代の開いた口は受け止めた。
道代の喉元が大きく動いた。
静寂の車内。雪の貴船山中に停車し、エンジンも止まり、何の物音もしない車内。車外の風は止まっていた。変わらずに降り落ちる雪。先ほどまで斜めに降りしきっていた雪は、今は微かに左右に揺れながら、天から地を目指し垂直に舞い降りていた。
舞い降りる雪の音が聞こえるような……。それほどの静寂の車内に、道代が喉を鳴らす音が大きく響いた。道代と志摩子の、二人の唾液が絡み合い、入り混じり、一体になった液。その液を、道代が飲み下す音だった。道代は、右の掌という椀を少し口から離した。
「はああぁ」
その口元から、かすかな、絶え入るような吐息が漏れた。表しようもない美味な液体を口にした。生れてはじめて口にした。そのようなときに人が漏らす吐息。道代の吐息はそう聞こえた。
「美味しそやねえ、道」
道代の振る舞いを眺めていた志摩子が声を掛けた。
「あ、へえ。姐さん」
掲げていた椀を、右手を下ろしながら、道代は答えた。
「道……」
「へえ、姐さん」
「あんた一人で、そない美味しそなもん飲むのん、ずるいえ」
志摩子の声音は、どことなく楽しそうであった。
道代は、少し慌てて返答した。
「へ、いえ、あの。小まめ姐さん……」
「美味しいか、道」
「へえ。へえ、姐さん」
「ほな。道……」
「へえ」
「うちにも、飲ましてえな」
道代は顔を上げた。飲ませよ、と命ずる志摩子の顔を、道代は真っ直ぐ見返した。
道代は、腹を決めた。先ほど、あれだけ口と口、舌と舌で戯れ合ったのだ。何を今さら躊躇うことがあろう。道代は、手にした椀を主(あるじ)に掲げた。道代は、自身の右の掌という椀を、志摩子に掲げた。
志摩子は、掲げられた椀に顔を寄せた。椀の中身はいくらも残っていなかった。志摩子は、椀の中身に直接口を付けた。渇した旅人が、行き会った泉に直に口をつけて飲むように、志摩子は道代の掌という椀に口を付けた。飲んだ、吸い込んだ。残り少ない椀の中身を、志摩子は舌で舐めた。舐め取った。志摩子の舌は、道代の掌を舐め回した。
「あ……」
道代は、再び軽く吐息をついた。
志摩子は構わず、道代の掌を舐め続けた。掌の窪みを満たしていた二人の唾液は、もうほとんど残っていなかった。志摩子の唇と舌の動きはもう、唾液を舐め取る、という意味を無くしていた。それでも、志摩子は唇と舌を引こうとしなかった。飽きることなく、倦むことなく、志摩子の唇と舌は、道代の掌を舐め続けた。いや、掌には留まらなかった。指から指先、指と指との間、甲、手首に至るまで、志摩子の唇と舌は、道代の右手全体を隈なく這い回った。
道代はもちろん逆らわなかった。舐められる右手を引く、そのような考えは道代には微塵も無かった。抵抗をする、そんなことは道代には考えられもしなかった。
(姐さん)
(小まめ姐さん)
(小まめ、姐さん)
(うちの手)
(うちの手ぇ)
(そないにうちの手)
(舐めてくれはるんどすか)
(姐さん)
(小まめ、姐さん)
(うれしい)
(うれしおす)
(うちのようなもんの手)
(そないに)
(そないに舐めてくれはるやなんて)
(うれし)
(うれしおす)
(ほんまにうれしおす)
(うちもう)
(もう、死んでもよろしおす)
(いや)
(いや、そやない)
(うちにはこの身しか)
(この身ぃしかおへん)
(うちのこの身ぃは)
(姐さんのもんどす)
(うちは)
(この身を着物にして)
(この身ぃを盾にして)
(姐さんをお守りします)
(姐さん)
(しやから姐さん)
(小まめ、姐さん)
(死んだら、あきまへんえ)
(生きとくんなはれや)
(うちはどないなってもよろし)
(死んだらあきまへんえ)
(生きとくんなはれや)
(姐さん)
(小まめ姐さん……)
「あはあ」
道代の、右手の人差し指が、志摩子の口内深くに取り込まれた。道代の人差し指の付け根は、志摩子の両唇でしっかり固定された。抜き取ることは叶わなかった。いや、そのような振る舞いは、道代の念頭にはかけらも無かった。主(あるじ)志摩子に捧げ得るものは、この身一つだけ。道代は、捧げものであるかのように、その人差し指を志摩子の口に預けた。
志摩子の舌先が、道代の右の手、人差し指と中指の間の奥深くを探った。
「はああああ」
道代の指と指との間は、志摩子の舌先で蹂躙された。何か隠れているものはないか。何か隠されているものはないか。探るように、確かめるように、志摩子の舌先は蠢いた。
「姐、さん……」
「びじぃ」
志摩子は、口唇と舌を離すことなく道代に呼び掛けた。その声は、道代には間違いなく「道ぃ」と聞こえた。口内深く取り込んだ道代の人差し指を、志摩子の舌が舐め回した。翻弄した。蹂躙した。
道代の人差し指は、徹底的に嘗め尽くされた。
(あ……)
道代の股間から、生暖かい液が漏れた。少量ではあったが、その液は道代の両の太腿の合わさるところを伝い、流れ、滴り落ちて行った。
(何やろ)
(おしっこやろか)
(ほれとも)
(あんときに出る)
(気持ちよ、なった時に出る)
(あれやろか)
(どっちゃでもええわ)
(姐さんかて)
(小まめ姐さんかて)
(あんだけいろいろ出さはった)
(うちも)
(うちも一緒させてもらお)
(姐さん)
(小まめ姐さん)
(うれしおす)
(ほんまにうれしおす)
(うちはいっつも姐さんとご一緒や)
(これ以上、うれしいことおへん)
(姐さん)
(小まめ姐さん)
「姐さん……」
「なんえ、道」
知らぬ間に、言葉にしていた自分に気づいた道代は、遅滞なく返答した。
「姐さん、ほな……お乳、舐めさせてもらいます」
コメント一覧
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1. 裏千家ハーレクイン- 2016/07/05 12:52
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雪の貴船山中の場
しつこく続きます。
今回は、二人の唾液を濃茶(こいちゃ)に見立てた茶道教室?です。
実は、大方の読者はお忘れかと思いますが、この『アイリスの匣』。『センセイのリュック』と称します戯曲の中に埋め込まれた、いわば劇中劇ならぬ“劇中小説”なんですね。当初はほんの軽いエピソード、の予定だったのですが、例によって作者の悪い癖。長くなっております。
『アイリス』は今回で155回ですが、本体の『リュック』は、まだ46回にすぎません。もちろん、『アイリス』完結後は『リュック』に戻るわけですが、さあ、これがいつになることやらわかりません。まあ、今年中にはいくらなんでも、とは思いますが……。
で、ですね。予定では再開後の『リュック』で、茶道の場面があるんですね。で、その準備もしているのですが、実際にはいつ書けることやら……。
ということでございまして、待ちかねたぞ武蔵、ではありませんがまずは小手調べ、ということで今回のお茶の場面になったわけです。
「美味しそやねえ、道」
「あんた一人で、そない美味しそなもん飲むのん、ずるいえ」
「うちにも、飲ましてえな」
志摩子女将、じゃなくて小まめの志摩子のセリフです。が、味わうのは濃茶ではなく二人の唾液。この手の話の苦手なお方は、顔を顰められるかもしれません。その向きは、どうぞお読み飛ばし下さい。
貴船の場。
もう少し続きます。
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2. Mikiko- 2016/07/05 19:48
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いつになることやら
寿命も考えて書きなはれや。
茶道。
わたしは、1度だけ呼ばれたことがあります。
高校時代でした。
女子校の文化祭に遊びに行ったとき、中学時代の友達が茶道部員で呼び込みをしており……。
たまたま見つかって、茶室に引きずり込まれたのです。
当然、作法などはまったくわかりません。
正座して飲むという知識しかありませんでした。
もちろん、茶碗を回したりする余裕などありません。
それでは、なぜ茶碗を回すのでしょう。
ちょっと、調べてみました。
主人は、茶碗の柄の綺麗な方を、お客様に向けて出すのだそうです。
頂いたお客様は、綺麗な方に口を付けるのを遠慮して、茶碗を少し回すのだとか。
大事なのは、飲んだ後。
もう一度、主人が出してくれた方を自分に向け、茶碗を鑑賞します。
そして、茶碗を返すときには、出してくれた方を、主人に向けるのだそうです。
なるほどねー。
うっかりすると、360度回したりしかねません。
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3. 表千家ハーレクイン- 2016/07/05 21:23
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茶道の作法
わたしも知りません。
経験も全くありません。
わたしの姉が中学の時、茶華道部というのに入ってました。
華道は未生流、茶道は……さあ、なんでしたでしょう。
それだけ。
姉が自宅で茶を点てたことなど一度もありませんし、もちろん学校で見たこともありません。ですから、今回と言いますか、いずれ『リュック』で書く予定の茶道部の場。このためにNHKの茶道教室番組(タイトル忘れた)を録画しておいたのですが、一度も見ないうちに消えちゃいました。いやいや、これは意識して消したのです。またいずれやるやろ、ということで、もちろんHDのスペースを空けるためですね。
見てから消せばよかったかな。その後再放映は、今のとこないようです。
ところで、仰せの「茶わんの奇麗な方」ですが、そんなに違いがありますかね。子供の茶わんのように、たとえばアンパンマンの絵が描いてあるわけもなし。お茶の茶碗なんて愛想もこそもない、どこを取っても似たようなものだと思いますが、これは茶を知らぬ者のたわごとでしょうかね。
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4. Mikiko- 2016/07/06 07:39
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茶華道部
お茶を点てながら花を生けるんですか?
茶道の解説は、youtubeにたくさんあると思います。
茶道の茶碗は……。
おそらく、裏表を意識して作られるんじゃないですかね。
これは茶碗ではありませんが……。
↓先日のNHK『日曜美術館』でやった、宮川香山の陶芸はスゴかったです。
http://www4.nhk.or.jp/nichibi/x/2016-06-26/31/31606/1902686/
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5. ヨーォイヤサアHQ- 2016/07/06 12:39
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茶は一度……
経験したいと思っていますが、正座が出来んからなあ。
都をどりの接待の茶会はテーブル席のようだから、今度出かけてみますかね。
あ、そういえば、もう祇園祭だよ。
毎日のように何やかんやありますが、やはりメイン行事は山鉾巡行。
前祭の山鉾巡行は7月17日。毎年思いますが、ようあないな暑い時期にやるねえ。曳く方はまだしも、ただ見物するだけの人々には、ご苦労さんとしか言いようがありません。
茶華道部
茶道と華道を両方学ぶ、ということです。
もちろん、同時にやるわけではありません(それも面白いか)。
宮川香山
陶芸にはも一つ興趣がわかないんで、どうしようかなあと思いましたが、結局見ませんでした。残念。
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6. Mikiko- 2016/07/06 19:46
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京都
もうすでに、スゴく暑いようですね。
予行演習で、精魂尽き果てるんじゃないですか。
宮川香山。
残念ながら、わたしが見たのが再放送だったようです。
『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』、明日放送です。
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7. 『京のにわか雨』HQ- 2016/07/06 23:31
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↑小柳ルミ子姐さん歌唱の名曲
暑い京都
くどいようですが、何を好き好んで7月に、と思いますね。
しかも真昼間のカンカン照り。
よく熱中症患者が出ないものです(出てたりして)。
いっそ雨でも降った方が楽かもしれません(台風が来たりして)。
で、8月は大文字、五山の送り火です。
わざわざ暑い季節に大きな行事をやりおって、京都人って、ひねくれ者なんですかね。
まあ、大文字はお盆の行事ですからしょうがないんですが。それに夜ですから、いくらかましでしょうがね。
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8. Mikiko- 2016/07/07 07:26
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本日は七夕
こちらでは、星は見えなそうです。
この時期、見える方が珍しいですよね。
七夕は、旧暦に戻した方がいいんでないの?
ちなみに、今年の旧暦7月7日は、8月9日だそうです。
このころなら、まず晴れますよね。
京都の祭りが暑いのも、新旧の暦と関係あり?
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9. 元地学部ハーレクイン- 2016/07/07 08:38
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京都の祭り
祇園祭の日程は、八坂さん(八坂神社)が、基本的な段取りを決めてるんでしょうね。
五山の送り火は、お盆の都合です。こちらも、涼しい季節にもっていくのは不可能です。
こちら、今夜は晴れそうですが、もちろん織女(こと座のヴェガ)・牽牛(わし座のアルタイル)や天の川が、見えるはずもありません。プラネタリウムに行くのがお手軽でしょう。
丁寧な解説付きですし、そもそも冷房効いてて涼しいしね。











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