2026.7.17(金)
「呆れた話ね。
今なら考えられないわ」
若主人は一気にしゃべったことで、ようやく落ち着いたらしい。
能面のような顔を持ちあげ、侑人を真っ直ぐに見た。
侑人を見つめながら、背広の胸ポケットからスマホを取り出した。
「自首します。
警察に……」
指が、液晶を打ち始めようとした。
幸恵は、スマホを引ったくった。
「止めなさい。
今さら自首してどうなるの?」
「でも!
でもわたしは、人殺しなんです!」
「何年前の話?
30年も前じゃないの。
そのころの事件なら、時効が成立してるでしょう」
「それ以前に、14歳未満だったら、刑事罰は課せられないよ」
「あら。
さすが有名私立。
そんなことまで教えてるの」
「個人的に調べた。
ボクも今なら、人を殺しても刑事罰が課されないってこと」
「あら、怖い。
ターゲットはわたし?」
「学校だよ。
イヤなヤツもいるから」
「ま、とにかく駿河屋さん。
そんなことだから、今ごろ申し出たってどうもならないわ。
警察だって、そんな暗渠の中を捜索したくないでしょうから、取り合わないわよ。
その排水路って、当時のまま残ってるの?」
「わかりません」
「死体とか、残ってそうなところ?」
「……。
大雨が降ると、そこら中の田んぼに溜まった水が集まりますから、怖いほどの水量になります。
とても、何かが残るなんてことは……」
「そんなら、問題なしでしょ」
「でも!
気持ちが済みません。
アキラに対して」
「謝りたいわけね」
「はい」
「いいわ。
謝らせてあげる。
侑くん。
脱いで」
「は?」
「は?、じゃないでしょ。
今、あなたはアキラなの。
この人の愛しの恋人。
ラバーよ。
わかるでしょ、あなたなら。
翔くんのこと考えてみて。
ほら、人助けなんだから。
ぜんぶ脱ぐ」
今なら考えられないわ」
若主人は一気にしゃべったことで、ようやく落ち着いたらしい。
能面のような顔を持ちあげ、侑人を真っ直ぐに見た。
侑人を見つめながら、背広の胸ポケットからスマホを取り出した。
「自首します。
警察に……」
指が、液晶を打ち始めようとした。
幸恵は、スマホを引ったくった。
「止めなさい。
今さら自首してどうなるの?」
「でも!
でもわたしは、人殺しなんです!」
「何年前の話?
30年も前じゃないの。
そのころの事件なら、時効が成立してるでしょう」
「それ以前に、14歳未満だったら、刑事罰は課せられないよ」
「あら。
さすが有名私立。
そんなことまで教えてるの」
「個人的に調べた。
ボクも今なら、人を殺しても刑事罰が課されないってこと」
「あら、怖い。
ターゲットはわたし?」
「学校だよ。
イヤなヤツもいるから」
「ま、とにかく駿河屋さん。
そんなことだから、今ごろ申し出たってどうもならないわ。
警察だって、そんな暗渠の中を捜索したくないでしょうから、取り合わないわよ。
その排水路って、当時のまま残ってるの?」
「わかりません」
「死体とか、残ってそうなところ?」
「……。
大雨が降ると、そこら中の田んぼに溜まった水が集まりますから、怖いほどの水量になります。
とても、何かが残るなんてことは……」
「そんなら、問題なしでしょ」
「でも!
気持ちが済みません。
アキラに対して」
「謝りたいわけね」
「はい」
「いいわ。
謝らせてあげる。
侑くん。
脱いで」
「は?」
「は?、じゃないでしょ。
今、あなたはアキラなの。
この人の愛しの恋人。
ラバーよ。
わかるでしょ、あなたなら。
翔くんのこと考えてみて。
ほら、人助けなんだから。
ぜんぶ脱ぐ」
コメント一覧
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1. Mikiko- 2026/07/17 05:45
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今日は何の日

7月17日は、『茅舎忌(https://zatsuneta.com/archives/107176.html)』。
大正から昭和にかけての俳人、川端茅舎(かわばた ぼうしゃ/1897~1941)の、1941(昭和16)年の忌日。
上記の記述は、こちら(https://zatsuneta.com/archives/107176.html)のページから転載させていただきました。
さらに同じページから、「川端茅舎について」を引用させていただきます。
1897(明治30)年8月17日、東京市(現:東京都)日本橋蛎殻町で生まれました。
本名は、信一(のぶかず)。
父は紀州藩の下級武士で……。
俳句、日本画、写経を好み、後に煙草の小売商を営みました。
日本画家の川端龍子(かわばた りゅうし/1885~1966)は異母兄。
その兄とともに育てられました。
当初は画家を志し、洋画家の岸田劉生(きしだ りゅうせい/1891~1929)に師事しました。
しかし、脊椎カリエスや結核のため、画道を断念し句作に専念。
俳人の高浜虚子(たかはま きょし/1874~1959)に師事します。
俳句の実力が認められ、1934(昭和9)年、俳句雑誌『ホトトギス』の同人となります。
松本たかし(まつもと たかし/1906~1956)、中村草田男(なかむら くさたお/1901~1983)などとともに……。
『ホトトギス』の代表的俳人として活躍しました。
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2026/07/17 05:45
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今日は何の日(つづき)

引用を続けます。
1941(昭和16)年7月17日、肺の病気の悪化により東京市大森区桐里町(現:大田区池上)の自宅で死去。
満43歳。
現在は、龍子やほかの家族とともに、伊豆の修善寺に埋葬されてます。
句集に、『川端茅舎句集/1934年』、『華厳(けごん)/1939年』、『白痴(はくち)/1941年』などがあります。
絵画の観察眼と禅の精神性を土台とした独自の句境は、「茅舎浄土」とも称されます。
以上、引用終わり。
本文中に、「俳句雑誌『ホトトギス』の同人となります」とあります。
なんだか、申しこめば誰でもなれそうです。
でも、俳句結社の同人になるのは、そうとう大変なんです。
↓AIによる解説です。
+++
俳句結社の同人になるには、まず結社に入会し、毎月の雑誌に投句して実績を積む必要があります。
多くの結社では、規定の年数をかけて主宰や選者に句の力量を認められることで、「同人」として推挙される仕組みをとっています。
同人になるための主な手順とポイントは以下の通りです。
・結社への入会と投句:気に入った結社の月刊誌を購読し、一般会員(または新人は誌友など)として毎月の誌上句会(投句)に参加します。
・実績の積み重ね:結社誌の主宰選で入選・特選などを重ね、規定の点数や成績を収める必要があります。
同人は一般会員よりも上位の発表欄を与えられることが一般的です。
・推薦と承認:約1年間の成績をもとに主宰から推挙され、同人会や役員会の承認を経て正式に同人に昇格します。
伝統的な結社では一般的に10年前後の研鑽期間が必要とされることも少なくありません。
同人に昇格すると、結社内での発言権や独自の発表枠が得られ、自身の句集出版や俳人としての活動において重要なステップとなります。
+++
続きはさらに次のコメントで。
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3. Mikiko- 2026/07/17 05:45
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今日は何の日(つづきのつづき)

一般会員として入会してから、10年は必要なわけです。
ましてや『ホトトギス』は……。
正岡子規、高濱虚子から続く、わが国俳壇最古の俳句雑誌です。
容易に同人になどなれません。
川端茅舎が『ホトトギス』に投句を始めたのが……。
1915(大正4年)のようです(AI談)。
18歳のときになります。
本文によれば、同人になったのが……。
1934(昭和9)年。
亡くなる7年前の、37歳。
やっぱり最高権威の雑誌は厳しいですね。
19年かかってます。
わたしならとうてい続きません。
↓茅舎の代表句です。
+++
●金剛の露ひとつぶや石の上
●一枚の餅のごとくに雪残る
●ぜんまいののの字ばかりの寂光土
●約束の寒の土筆を煮て下さい
●咳き込めば我火の玉のごとくなり
●朴散華即ちしれぬ行方かな
+++
「一枚の餅のごとくに」は上手いですよね。
わたしも比喩表現が大好きで、よく小説の中でも使います。
比べるのも失礼ですが。
最後の句は、亡くなる年に作られてます。
常に死を意識して生きてたんでしょうね。
胸が痛いです。
「寂光土(究極の浄土)」を夢見ながら、最後は……。
「即ちしれぬ行方かな」という諦観の中で亡くなったわけです。
健康で書いていられることを、神に感謝しなければなりません。











![[官能小説] 熟女の園](https://livedoor.blogimg.jp/mikikosroom2008/imgs/3/e/3e07a9c3.gif)





































































































