2026.4.5(日)
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以来、義母との関係が日課になりました。
でも、夜の風呂はやめました。
いつ子供が起きてくるかわかりませんから。
わたしは、子供と一緒に寝てるんです。
和室に布団を引いて、いわゆる川の字というやつです。
2人が寝静まったのを確認すると、そっと寝床を抜け出します。
向かう先は、廊下の斜向かいにある義母の部屋です。
仏壇のある和室で、義父が生きていたときは夫婦の寝室でした。
廊下は、子供たちがトイレに起きたときのために、センサーライトを付けてます。
その廊下に面した、襖の端を開きます。
中は、天井照明の豆電球だけが灯った、薄茶色い空間でした。
お得意さんの玄関にある、アマゾン川を模した淡水魚水槽のようでした。
「お義母さん。
入りますよ」
返事は聞かず、襖の隙間から身を滑りこませます。
義母は、敷き布団の上に座ってます。
赤いネグリジェ姿でした。
どこで買うんでしょうね。
パソコンは使えないから、ネット通販じゃないはずです。
ひょっとしたら、大昔から持ってたのかも知れません。
裾は、お尻を覆う丈しかありません。
しかし、お尻を覆うことは出来ない代物でした。
なにしろ、透け透けなんですから。
「遅かったじゃない」
「なかなか寝てくれませんで」
着てるTシャツとトランクスを、その場で脱ぎ去り……。
布団にあがります。
義母が膝を立て、すぐに咥えて来ます。
わたしの陰茎は、子供たちと寝てるときからギンギンでした。
義母はネグリジェの肩紐を外し、下に脱ぎ落とします。
それだけでもう、全裸の出来あがりでした。
ブラもショーツも、着けてないんです。
義母の肩をタップします。
ストップのサインです。
上手なので、あっという間に追い詰められます。
少し、インターバルが必要です。
義母の肩を掴み、布団にゆっくりと押し倒します。
重たい両脚を持ちあげると、義母は自らそれを抱えました。
何をしてもらえるか、わかってるんです。
股間はもちろん全開です。
ボンレスハムみたいな括れが連なる腹の下に、白髪交じりの陰毛が煙ってます。
ブッシュから覗く湿地のように、陰唇が口を開けてました。
豆電球の灯りでも、ねらねらと濡れ光っているのがわかりました。
クリトリスはパンパンに充血し、一つ目のバケモノのようにわたしを睨んでます。
わたしは顔を伏せ、バケモノに口づけます。
「あひぃぃ」
「子供に聞こえますって」
「何言ってんのよ。
おまえたち、子供と一緒に寝てながら、スゴい声出してるじゃないさ」
これは本当でした。
子供が眠ると、妻にせがまれるんです。
夢中になってくると、妻はスゴい声をあげました。
義母に聞こえるんじゃないかとヒヤヒヤしてました。
でも、やっぱり聞こえてたわけです。
以来、義母との関係が日課になりました。
でも、夜の風呂はやめました。
いつ子供が起きてくるかわかりませんから。
わたしは、子供と一緒に寝てるんです。
和室に布団を引いて、いわゆる川の字というやつです。
2人が寝静まったのを確認すると、そっと寝床を抜け出します。
向かう先は、廊下の斜向かいにある義母の部屋です。
仏壇のある和室で、義父が生きていたときは夫婦の寝室でした。
廊下は、子供たちがトイレに起きたときのために、センサーライトを付けてます。
その廊下に面した、襖の端を開きます。
中は、天井照明の豆電球だけが灯った、薄茶色い空間でした。
お得意さんの玄関にある、アマゾン川を模した淡水魚水槽のようでした。
「お義母さん。
入りますよ」
返事は聞かず、襖の隙間から身を滑りこませます。
義母は、敷き布団の上に座ってます。
赤いネグリジェ姿でした。
どこで買うんでしょうね。
パソコンは使えないから、ネット通販じゃないはずです。
ひょっとしたら、大昔から持ってたのかも知れません。
裾は、お尻を覆う丈しかありません。
しかし、お尻を覆うことは出来ない代物でした。
なにしろ、透け透けなんですから。
「遅かったじゃない」
「なかなか寝てくれませんで」
着てるTシャツとトランクスを、その場で脱ぎ去り……。
布団にあがります。
義母が膝を立て、すぐに咥えて来ます。
わたしの陰茎は、子供たちと寝てるときからギンギンでした。
義母はネグリジェの肩紐を外し、下に脱ぎ落とします。
それだけでもう、全裸の出来あがりでした。
ブラもショーツも、着けてないんです。
義母の肩をタップします。
ストップのサインです。
上手なので、あっという間に追い詰められます。
少し、インターバルが必要です。
義母の肩を掴み、布団にゆっくりと押し倒します。
重たい両脚を持ちあげると、義母は自らそれを抱えました。
何をしてもらえるか、わかってるんです。
股間はもちろん全開です。
ボンレスハムみたいな括れが連なる腹の下に、白髪交じりの陰毛が煙ってます。
ブッシュから覗く湿地のように、陰唇が口を開けてました。
豆電球の灯りでも、ねらねらと濡れ光っているのがわかりました。
クリトリスはパンパンに充血し、一つ目のバケモノのようにわたしを睨んでます。
わたしは顔を伏せ、バケモノに口づけます。
「あひぃぃ」
「子供に聞こえますって」
「何言ってんのよ。
おまえたち、子供と一緒に寝てながら、スゴい声出してるじゃないさ」
これは本当でした。
子供が眠ると、妻にせがまれるんです。
夢中になってくると、妻はスゴい声をあげました。
義母に聞こえるんじゃないかとヒヤヒヤしてました。
でも、やっぱり聞こえてたわけです。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2026/04/05 05:28
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今日は何の日
4月5日は、『達治忌(https://zatsuneta.com/archives/104058.html)』。
昭和期の詩人で翻訳家だった、三好達治(みよし たつじ/1900~1964)の、1964(昭和39)年の忌日。
https://zatsuneta.com/img/104058_01.jpg
上記の記述は、こちら(https://zatsuneta.com/archives/104058.html)のページから転載させていただきました。
さらに同じページから、「三好達治について」を引用させていただきます。
三好達治は、1900(明治33)年8月23日、大阪府大阪市西区西横堀町に生まれました。
家業は印刷業を営んでました。
陸軍士官学校に入校しましたが……。
北海道までに及ぶ大脱走をし、退校処分となります。
その後、第三高等学校を経て、東京帝国大学文学部仏文科を卒業。
梶井基次郎らの同人誌『青空』に参加し、詩を発表します。
萩原朔太郎に師事し、詩誌『詩と詩論』の創刊に携わりました。
1930(昭和5)年、第一詩集『測量船』を刊行。
叙情的な作風で人気を博し、詩人としての地位を確立しました。
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2026/04/05 05:29
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今日は何の日(つづき)
引用を続けます。
堀辰雄らと第二次『四季』を創刊し、四季派の主流を形成します。
また、日本語の伝統を近代に生かした独自の詩風で……。
昭和期における、古典派の代表詩人と称せられます。
1953(昭和28)年、詩集『駱駝(らくだ)の瘤(こぶ)にまたがって』で芸術院賞を受賞。
1963(昭和38)年、『定本三好達治全詩集』で読売文学賞を受賞。
心筋梗塞に鬱血性肺炎を併発し……。
田園調布中央病院分院(東京都大田区)において、63歳で死去。
そのほかの著書に、詩集『南窗(なんそう)集(1932年)』『春の岬(1939年)』『艸(くさ)千里(1939年)』……。
評論『萩原朔太郎(1963年)』、随筆『草上記(1963年)』などがあり、ボードレール、ファーブルの翻訳でも知られます。
達治の墓は、大阪府高槻市の本澄寺にあります。
住職である達治の甥によって、境内に『三好達治記念館(https://www.takatsuki-kankou.org/info/2249/)』が建てられてます。
以上、引用終わり。
三好達治には、非常に記憶に残る詩があります。
高校1年の国語の教科書でした。
『甃(いし)のうへ』という詩でした。
続きはさらに次のコメントで。
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––––––
3. Mikiko- 2026/04/05 05:29
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今日は何の日(つづきのつづき)
+++
甃のうへ 三好達治
あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音(あしおと)空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍みどりにうるほひ
廂(ひさし)々に
風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃のうへ
+++
記憶に残ってるのは、詩の美しさもさることながら……。
これを読んだ時期の影響が大きいと思います。
入学してすぐだったと思います。
教科書の巻頭に載ってたんじゃないでしょうか。
わたしは、小中学校は地元の町立でした。
もちろん通学は、徒歩です。
それが県立高校に入ったら、いきなり電車です。
それまで、電車なんかほとんど乗ったことがありませんでした。
家族旅行のときだけだったと思います。
高校はそこそこ遠く、しかも乗り換えがありました。
首都圏と違い、新潟の乗り換えは、接続がよろしくありません。
けっこう待たなければならなかったりするので、通学時間もそれなりにかかります。
慣れないことばかりで……。
入学当初は、ほとんど毎日、半泣きで通ってました。
そんなとき読んだ詩だったので、印象に残ってるんですね。
新潟は、ちょうど新学期が始まったころ……。
サクラが満開になります。
まさに、「あはれ花びらながれ」の季節です。
そのころの風景がうたわれてた詩だったわけです。
学校を出てからもしばらくは……。
サクラを見ると、新学期の辛い気持ちが思い出されてました。
なので、ずっとサクラは苦手な花だったんです。
平常心でサクラを見れるようになったのは、ほんとに近年のことです。
早い話、ババアになったってことですね。











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