2026.3.2(月)
気乗りのしなそうな口調のくせに、姉は即座に風呂椅子から起ちあがりました。
トシオの背中の向こうで、わたしを跨いで立ちます。
期待のボルテージが急激にあがりました。
ひょっとしたら、初めての体験をできるかも知れないんです。
姉の身体が、真っ直ぐに沈みました。
しかし、姉の尻を感じたのは、わたしの太腿の上でした。
「ヤマちゃんのちんちん、入れて」
「バカ言うんじゃないわよ。
妊娠したらどうすんの。
今日は危ない日なんだから」
「入れてすぐ抜けば?」
「抜く前に出されたらどうすんの。
これ、あっという間に出そうじゃない」
姉の指が、わたしの陰茎を摘まみました。
姉の言うとおりです。
すでに断崖でした。
入れた瞬間に出てしまうでしょう。
「トシオ、もっとこっち来て。
お尻、滑らせて」
「何すんの?」
「いいから」
トシオの尻が、姉に向かって遠ざかります。
「もっともっと。
ちんちん同士がくっつくまで」
陰茎に柔らかいものがあたりました。
トシオの陰茎に違いありません。
その2本が束ねられ包まれました。
包んだのは、姉の大きな手でしょう。
「ふふ。
可愛い。
2本並んで。
なんだか、鳥の雛みたい」
「ユキ姉、出そう」
「どっちが先かしらね。
それじゃ、スタート」
陰茎の皮が上下に引っ張られます。
裏筋にはトシオの裏筋を感じ、その周りは姉の手の平に包まれてます。
我慢できるはずありません。
「で、出る」
宣言と共に肛門を締めあげます。
「おご」
トシオの頭の向こうから、白い玉が天井に向かって上がっていきました。
玉は、2つ並んでました。
トシオも一緒に発射したんです。
尾を引いてひゅるひゅると上がる玉は、夏祭りの花火そのものでした。
風呂の天井近くで、2つの玉は、大輪の花を咲かせ……。
たように見えました。
あるいは花火は、わたしの胸の中で開いたのかも知れません。
トシオの背中の向こうで、わたしを跨いで立ちます。
期待のボルテージが急激にあがりました。
ひょっとしたら、初めての体験をできるかも知れないんです。
姉の身体が、真っ直ぐに沈みました。
しかし、姉の尻を感じたのは、わたしの太腿の上でした。
「ヤマちゃんのちんちん、入れて」
「バカ言うんじゃないわよ。
妊娠したらどうすんの。
今日は危ない日なんだから」
「入れてすぐ抜けば?」
「抜く前に出されたらどうすんの。
これ、あっという間に出そうじゃない」
姉の指が、わたしの陰茎を摘まみました。
姉の言うとおりです。
すでに断崖でした。
入れた瞬間に出てしまうでしょう。
「トシオ、もっとこっち来て。
お尻、滑らせて」
「何すんの?」
「いいから」
トシオの尻が、姉に向かって遠ざかります。
「もっともっと。
ちんちん同士がくっつくまで」
陰茎に柔らかいものがあたりました。
トシオの陰茎に違いありません。
その2本が束ねられ包まれました。
包んだのは、姉の大きな手でしょう。
「ふふ。
可愛い。
2本並んで。
なんだか、鳥の雛みたい」
「ユキ姉、出そう」
「どっちが先かしらね。
それじゃ、スタート」
陰茎の皮が上下に引っ張られます。
裏筋にはトシオの裏筋を感じ、その周りは姉の手の平に包まれてます。
我慢できるはずありません。
「で、出る」
宣言と共に肛門を締めあげます。
「おご」
トシオの頭の向こうから、白い玉が天井に向かって上がっていきました。
玉は、2つ並んでました。
トシオも一緒に発射したんです。
尾を引いてひゅるひゅると上がる玉は、夏祭りの花火そのものでした。
風呂の天井近くで、2つの玉は、大輪の花を咲かせ……。
たように見えました。
あるいは花火は、わたしの胸の中で開いたのかも知れません。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2026/03/02 05:45
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今日は何の日
3月2日は、『後楽園開園記念日(https://zatsuneta.com/archives/103023.html)』。
1884(明治17)年3月(今から142年前)……。
岡山県岡山市にある『後楽園(https://okayama-korakuen.jp/)』が開園し、一般に公開されました。
記念式典が行われた3月2日を、岡山県が「開園記念日」に制定しました。
上記の記述は、こちら(https://zatsuneta.com/archives/103023.html)のページから転載させていただきました。
さらに同じページから、「後楽園について」を引用させていただきます。
後楽園は、江戸時代初期……。
岡山藩2代藩主、池田綱政(いけだ つなまさ/1638~1714)によって造営されたものです。
1687(貞享4)年(綱政・満49歳)に着工し……。
14年の歳月をかけ、1700(元禄13)年(綱政・満62歳)に完成しました。
岡山市内を流れる旭川をはさみ、岡山城の対岸の中州に位置します。
藩主が賓客をもてなした建物、延養亭(えんようてい)を中心とした、池泉回遊式の庭園で……。
岡山城や周辺の山を借景としてます。
江戸時代には、延養亭を「茶屋屋敷」と呼び……。
城の背後にあることから、庭園を「後園」または「御後園」と呼んでました。
1871(明治4)年、園内を一般開放するにあたり……。
岡山藩10代藩主、池田章政(いけだ あきまさ)が、これを「後楽園」と改めました。
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2026/03/02 05:45
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今日は何の日(つづき)
引用を続けます。
「後楽園」の名称は、中国・宋の范仲淹(はん ちゅうえん)が著した『岳陽楼記』にある……。
「先憂後楽(「天下を以て己が任となし、天下の憂いに先んじて憂え、天下の楽しみにおくれて楽しむ」)」に由来します。
1884(明治17)年3月、池田家から岡山県の所有となり、一般に公開されました。
2000(平成12)年には、築庭300周年を迎えてます。
総面積は133,000平方メートルで、東京ドームの約3倍です。
国の特別名勝に指定されており、石川県金沢市の「兼六園」、茨城県水戸市の「偕楽園」とともに……。
優れた景勝を持つ「日本三名園」の一つとされてます。
「後楽園」の入園料は、大人410円、シニア(65歳以上)140円ですが……。
この日は、開園記念日として入園無料となってます。
以上、引用終わり。
「日本三名園」のある、岡山市、金沢市、水戸市、すべて城下町。
羨ましいです。
港町の新潟市には、こんな庭園はありません。
シニア140円なら、毎日散歩できますよ。
岡山に移住するかな。
「後楽園」と聞いて、最初に頭に浮かんだのは東京ドームです。
この「後楽園」が、小石川後楽園だということを、今知りました。
こちらの大きさは、70,850㎡。
岡山後楽園の半分ですが、それでも十分に広いです。
東京には、行ってみたい庭園がたくさんあります。
でも、東京旅行は、半分諦めてました。
インバウンドの多さと、宿代の高さからです。
続きはさらに次のコメントで。
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3. Mikiko- 2026/03/02 05:45
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今日は何の日(つづきのつづき)
でも昨年、神風が吹きました。
中国の日本への渡航自粛です。
宿代、けっこう下がってるようです。
高市さんありがとう。
ひょっとしたら、最後のチャンスになるかも知れません。
行って来ようかなと思ってます。
単独旅行で東京の庭園を訪ねたのは、1度だけだと思います。
行けるのが、5月の申告を終えた6月になるからです。
梅雨の時期。
高い確率で雨に祟られます。
庭園散歩には厳しい時季。
たった1度行った、浜離宮も雨でした。
2019(令和元)年の梅雨のまっただ中。
でも、そのおかげで人が少なく、ゆったりと回れました。
雨も悪くないなと思いました。
写真も綺麗に撮れますし。
あ、そうそう。
この浜離宮。
今、インバウンドに人気なんだそうです。
わたしが行ったときも、いたことはいましたが……。
人自体が少なかったですからね。
人気のひとつに、借景があるそうです。
高層ビル群。
外国では、大きな庭園のあるようなところにビルはなく……。
ビルの集まるところには、大きな庭園などないそうです。
ということで、広大な緑の背後に建ち並ぶ高層ビル群。
この風景は、外国には存在しないそうなんです。
わたしは何も感じませんでしたが。
行きたい庭園は、小石川後楽園のほか……。
すぐ近くの小石川植物園。
国立科学博物館附属自然教育園、林試の森公園。
でも、心配なのが、雨よりもわたしの腰の具合。
2019(令和元)年のときも悩まされてましたが……。
現在は、さらに悪化してます。
あんまり欲張ると、辛い思いをすることになりそうです。
やっぱり、小石川後楽園と小石川植物園のセットくらいですかね。











![[官能小説] 熟女の園](https://livedoor.blogimg.jp/mikikosroom2008/imgs/3/e/3e07a9c3.gif)





































































































