2023.9.15(金)
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揺れていた。
夫との新婚旅行のヴェネツィアで、ゴンドラに乗った。
揺れる舟から見る街並みが綺麗だった。
いや。
ここがヴェネツィアのはずはない。
美咲は目を見開いた。
女性の顔が見えた。
受付嬢だ。
そうだ。
彼女の性技に蹂躙され、浅ましくも絶頂を貪ったのだ。
そのまま、あの観覧室の床で意識を失っていたのだろう。
あのときは確か……。
床に這いつくばった、土下座のような姿勢だった。
その格好で後ろから性器を嬲られ、イカされたのだ。
しかし今は、仰向いていた。
受付嬢の細い顎を見あげている。
身体が揺れていたのは、受付嬢のせいだった。
彼女が美咲の上に跨がり、身体を前後に揺すっているのだ。
美咲は、視線を下に送った。
受付嬢は、美咲の腰部に馬乗りになっていた。
彼女の無毛の股間が、美咲の陰毛に接していた。
しかし、女性器同士を接している感覚とは明らかに違った。
膣内に異物感があった。
さきほど受付嬢が押してきたワゴンには、双頭のディルドゥが載っていた。
おそらくあれが今、2人の女の性器を繋いでいるのだ。
あのディルドゥは、双頭とはいえ、相似形ではなかった。
装着する側と挿入される側とで、形状が異なっていた。
今は、そのどちらが美咲の膣内に入っているのだろう。
しかし、膣内の感覚には覚えがあった。
万里亜のマンションで、同形のディルドゥを装着した。
あのときの膣内のフィット感が、明らかに今、蘇っていた。
おそらくは、無様に気をやったあと……。
受付嬢の手により、仰向けにされたのだ。
美咲の身体を裏返すくらいなら、華奢な彼女でも出来るだろう。
エステシャンは、案外力があるのかも知れないし。
そして、仰向けられた美咲の性器に……。
双頭ディルドゥが装着されたのだ。
さらに今、双頭の片割れは、受付嬢の膣内に埋もれている。
揺れていた。
夫との新婚旅行のヴェネツィアで、ゴンドラに乗った。
揺れる舟から見る街並みが綺麗だった。
いや。
ここがヴェネツィアのはずはない。
美咲は目を見開いた。
女性の顔が見えた。
受付嬢だ。
そうだ。
彼女の性技に蹂躙され、浅ましくも絶頂を貪ったのだ。
そのまま、あの観覧室の床で意識を失っていたのだろう。
あのときは確か……。
床に這いつくばった、土下座のような姿勢だった。
その格好で後ろから性器を嬲られ、イカされたのだ。
しかし今は、仰向いていた。
受付嬢の細い顎を見あげている。
身体が揺れていたのは、受付嬢のせいだった。
彼女が美咲の上に跨がり、身体を前後に揺すっているのだ。
美咲は、視線を下に送った。
受付嬢は、美咲の腰部に馬乗りになっていた。
彼女の無毛の股間が、美咲の陰毛に接していた。
しかし、女性器同士を接している感覚とは明らかに違った。
膣内に異物感があった。
さきほど受付嬢が押してきたワゴンには、双頭のディルドゥが載っていた。
おそらくあれが今、2人の女の性器を繋いでいるのだ。
あのディルドゥは、双頭とはいえ、相似形ではなかった。
装着する側と挿入される側とで、形状が異なっていた。
今は、そのどちらが美咲の膣内に入っているのだろう。
しかし、膣内の感覚には覚えがあった。
万里亜のマンションで、同形のディルドゥを装着した。
あのときの膣内のフィット感が、明らかに今、蘇っていた。
おそらくは、無様に気をやったあと……。
受付嬢の手により、仰向けにされたのだ。
美咲の身体を裏返すくらいなら、華奢な彼女でも出来るだろう。
エステシャンは、案外力があるのかも知れないし。
そして、仰向けられた美咲の性器に……。
双頭ディルドゥが装着されたのだ。
さらに今、双頭の片割れは、受付嬢の膣内に埋もれている。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2023/09/15 06:13
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今日は何の日

9月15日は、『関ケ原合戦の日』。
観光客が来て、見て楽しめる町にするために、関ケ原の魅力的な情報を発信する……。
『(社)関ケ原観光協会(https://www.sekigahara1600.com/member/)/岐阜県不破郡関ケ原町』が制定。
日付は、「関ケ原合戦」が始まった、慶長5年9月15日(西暦1600年10月21日)から。
「関ケ原の戦い」は、安土桃山時代に……。
東軍と西軍に分かれて行われた、大規模な合戦です。
https://zatsuneta.com/img/10915b3_01.jpg
「天下分け目の戦い」として、その後の日本の行く末を決定しました。
記念日を通して、関ケ原合戦が行われた日を、広く世間に知ってもらい……。
この歴史的な転換日を、関ケ原の地域資源として、関ケ原の地の活性化に繋げることが目的。
記念日は、2022(令和4)年、『(社)日本記念日協会(https://www.kinenbi.gr.jp/)』により認定・登録されました。
上記の記述は、こちら(https://zatsuneta.com/archives/10915b3.html)のページから転載させていただきました。
さらに同じページから、引用を続けさせていただきます。
関ケ原は、「天下分け目の戦い」が繰り広げられた地です。
その地は、岐阜県の西南端、伊吹山の南東麓に位置し……。
現在では、岐阜県不破郡関ケ原町になります。
主戦場となった「関ケ原古戦場跡」は、国指定の史跡となってます。
https://zatsuneta.com/img/10915b3_02.jpg
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2023/09/15 06:14
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今日は何の日(つづき)

引用を続けます。
また、関ケ原町には、歴史の1ページを体中で感じられる体験型の施設として……。
『岐阜関ケ原古戦場記念館(https://sekigahara.pref.gifu.lg.jp/)』が建てられてます。
https://zatsuneta.com/img/10915b3_03.jpg
同館では、関ケ原合戦についての映像を見ることができます。
シアターでは、映像に合わせて音と風と振動で……。
まるで、当時の合戦の現場にいるような感覚が味わえます。
関ケ原合戦グッズや、岐阜のお土産を購入できる売店ショップもあります。
「関ケ原」という地名の由来としては……。
「関所」のある「原っぱ」だった、という一説があります。
現在の「関東」「関西」という呼び名も……。
“関”ケ原を境にしてるからとも云われてます。
戦国最大ともいわれる天下分け目の戦、「関ケ原の戦い」。
石田三成(いしだ みつなり/1560~1600)率いる西軍と……。
徳川家康(とくがわ いえやす/1543~1616)率いる東軍により繰り広げられました。
この戦いの発端は……。
豊臣秀吉(とよとみ ひでよし/1537~1598)の死後に発生した、豊臣政権内部の政争でした。
関ケ原の戦いは、西軍有利の展開で進んでたと云われてます。
しかし、小早川秀秋(こばやかわ ひであき/1582~1602)の裏切りにより、状況は一変します。
これにより、一挙に東軍が優勢となり、奮闘むなしく西軍は敗北しました。
この戦役の結果、勝者である徳川家康は、強大な権力を手に入れました。
秀吉没後の豊臣政権を構成してた……。
五大老(ごたいろう)、五奉行(ごぶぎょう)体制が崩壊したのです。
続きはさらに次のコメントで。
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3. Mikiko- 2023/09/15 06:14
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今日は何の日(つづきのつづき)

引用を続けます。
家康の権力掌握は、徳川氏を中心とする江戸幕府の成立に繋がり……。
幕藩体制確立への道筋が開かれることとなりました。
以上、引用終わり。
なるほど。
「関東」「関西」という呼び名は……。
関ケ原の東か西かという意味だったんですね。
「関ケ原の合戦」の布陣図を見せると……。
海外の戦争学者は、こぞって西軍の勝ちだと言うそうです。
勝敗を分けたのは、まさに政治力なんでしょうね。
関ヶ原はもちろんですが……。
戦国時代には、あまり興味がありません。
なんか、殺伐としてますよね。
殺し合いですから、当たり前ですが。
同じ理由で、幕末も好きではありません。
やっぱり、平和な江戸時代のど真ん中がいいです。
でも、何事も起こらない時代は、ドラマにしにくいのでしょう。
江戸開府後から幕末前までが、大河ドラマになることは滅多にありません。
唯一、忠臣蔵だけじゃないですか。
だから忠臣蔵が、度々取りあげられるのか。
戦国や幕末より、撮影経費も安く上がりそうですし。
関ケ原に興味はありませんが……。
『岐阜関ケ原古戦場記念館』は、行ってみたいです。
基本的に、こうしう施設は大好きなので。
でも残念ながら、館内は撮影禁止のようです。
『単独旅行記』では行けませんね。
そもそも、新潟からはどれくらいかかるのでしょう。
記念館は、JR「関ヶ原駅」から徒歩10分のようです。
新潟から東京まで、上越新幹線。
東京から米原まで、東海道新幹線。
米原から関ケ原まで、東海道本線。
5時間半くらいかかるみたいです。
でも、新潟空港からは、名古屋空港まで飛行機で行けます。
これなら、もう少し早く着きそうです。
高いので使いませんが。











![[官能小説] 熟女の園](https://livedoor.blogimg.jp/mikikosroom2008/imgs/3/e/3e07a9c3.gif)





































































































