2022.11.9(水)
この『単独旅行記Ⅶ・総集編(2)』は、『単独旅行記Ⅶ(011)』から『単独旅行記Ⅶ(020)』までの連載を、1本にまとめたものです。
み「わかった。
まだ、団体旅行が復活してないからだ」
ハ「そう云えば、団体客らしい集団はおらんかったな」
み「団体旅行に組み入れられるようになったら……。
旅行会社が、ごっそりと席を押さえてしまうんじゃろ」
ハ「とすると、コロナのこの時期こそが……。
イベント列車に乗車する絶好のチャンスということやな」
み「だな。
あ、まだ時間あるから、あそこの窓のところで、1枚写真を撮ってやる」

み「パチリ。
うーむ。
これじゃ、死体だな。
あ、ここなら起きて撮れる」

み「パチリ。
さてと。
そろそろ乗るかな」
ハ「こら!
わしを忘れるな」
み「冗談じゃ」
ハ「お主の場合、冗談に聞こえんわ」

み「駅弁屋、繁盛してるでないの」
ハ「やっぱり子供が多いな。
買わんのか?」
み「駅弁は、あんまり好みではない」
ハ「なんでや?」
み「おかずの味付けが、ことごとく甘いではないか」
ハ「知らんのか?
砂糖には、抗菌効果があるんや」
み「聞いたことないぞ」
ハ「昔の民間療法では……。
傷の治療や回復に効果がある“薬”としても使われとったんや」
み「マジ?」
ハ「駅弁は、買ってすぐに食べるとは限らんやろ。
実際、今買ってる人も、食べるのはお昼やろ。
これから3時間も、車中に置いておくわけや。
今は冷房があるから、まだマシやろうが……。
昔やったら、夏場とか、食べるまでに悪くなってしまいかねん。
なので、砂糖、酢、醤油なんかを使って、濃いぃ味をつけてるわけや」
み「なるほど。
勉強になり申した」
ハ「えへん」
み「しかし、何でそんな知識があるんじゃ?」
ハ「さっき気がついたが……。
どうやらわしは、ネットに繋がるらしい。
記事を検索してたら出てきおった」
み「おまえは、Wifiか!」
ハ「我が輩や」
み「ご都合主義の極致だな」
ハ「おまえがな」
ようやく、乗りこみました。
み「取りあえず、最後尾の展望車両を見てみよう」

み「あ……。
やっぱり。
すでに“鉄”らしき2人に乗っ取られてる。
しかも、真ん中の椅子に荷物まで置いてる」
ハ「どかしてもらえばいいやろ」
み「発車前から座ってもしょうがないわ」
ハ「あいつらは座ってるではないか」
み「席取りしてるんだろ。
発車してからも、ずっと座り続けるつもりだと思うぞ。
後方展望の動画でも撮るんじゃないの。
そういう輩とは、関わりたくない。
後で、動いてるときにちょっとだけ覗けばいいや。
席に行くぞ」
1列シートは、進行方向右側です。
み「発車前に1枚撮ってやる」

み「パチリ」
ハ「挟まっとるぞ!」
み「そうしないと立たせておけないんだから仕方なかろう」

み「おー、あの照明、レトロでいい味出してるじゃないの」
ハ「なんか、動物がおるな」

み「猫か?」
ハ「猫やないやろ」
み「調べてみい。
ネットに繋がるんじゃろ?」
ハ「えーっと。
どこにも載っとらんぞ」
み「乗車レポート、いっぱいあるだろ」
ハ「どれも、レトロな装飾としか書いてないな」
み「観察が甘い!」
ハ「わしに言うな」

み「あ、動き出した」
み「10:03分。
定刻だな」
ハ「最初から遅れてどうする」

み「♪さぁら~ば、にぃい~つよ」
ハ「古る!
『ラバウル小唄』やないか。
大正生まれか」
み「こういうのを、教養と云うんじゃ」
ハ「しかし、線路だらけやな」
み「かつての鉄道の要衝を彷彿とさせるではないか。
兵(つわもの)どもが夢の後じゃな」
ハ「言い過ぎや。
まだ現役の駅やろ」

み「さっそく、沿道から見送りじゃ。
子供が、抱っこされて手を振ってくれてる」
ハ「振り替えしてやれ」
み「お~い。
歯磨けよ!
宿題やったか!」
ハ「ドリフか!」

み「うわっ。
急に増えた」
ハ「三脚据えた“鉄”もおるな」
み「今日は天気が良いから、絶好の撮影日和りじゃな」

み「鉄橋だ~、鉄橋だ~、楽しい~な」
ハ「しかし、エラい濁った川やな。
公害か」
み「いつの時代の話じゃ。
田んぼからの排水が流れこんでるんだろ」

み「単に泥で濁ってるってこと」
ハ「さすがに橋から手を振ってるヤツはおらんな。
何川や?」
み「知らん。
調べてみ。
ネットに繋がるんじゃろ」
ハ「お~、そうやった。
ふむふむ。
どうやら、能代川らしい。
“のしろがわ”やのうて、“のうだいがわ”と読むみたいや。
わしらが渡ってるのは、能代川橋梁やな。
ほー。
新津の草水町(くそうづちょう)で採掘された石油を……。
この川で、新潟まで運んでたそうや」
み「新津には確か、『石油の里』っていう施設があったな」
ハ「おー、あったあった。
ななんと!
そこでは、平成8年まで石油を採取しとったようや」
しかし……。
反則的設定やな、ネットに繋がるというのは」
み「便利、便利。
確か石油は、朝廷にも献上してたんじゃなかったかな?」
ハ「『日本書紀』に記述があるようやな。
天智天皇の御代、668年に、“越国から燃土、燃水が献上された”とあるそうや」
み「そうそう。
草水(くそうづ)という地名は、臭い水が転じたって聞いたぞ」

み「おー。
もう田んぼが開けてきた」
ハ「とても、政令指定都市の風景とは思えんな」
み「新潟市は、食料自給率が60%を超えておる。
政令指定都市の中では、1位なんじゃ」
ハ「2位は?」
み「知らん。
調べてみ」
ハ「うーむ。
2位は、浜松市やな」
み「なん%」
ハ「12%や」
み「ぶっちぎりじゃないか」
ハ「ぶっちぎりのド田舎ってことやないか」
み「喝!
豊かな市ということじゃ。
いざとなったら鎖国できる」
ハ「アホか」

ハ「お、最初の停車駅やな」
み「10:20分。
定刻じゃ」
ハ「五泉(ごせん)とは、曰くありげな地名やな」
み「五つの泉があるんでないの。
調べてみ」
ハ「えーっと……。
どうやら、諸説あるようやな。
五つの泉説もあるぞ」
み「えへん」
ハ「五つの川説もある。
いずれにしても、水が豊富な地域なんやろ」
み「そうそう。
五泉は、織物のニットで有名だった」
ハ「豊富な水資源を利用し、250年前から絹織物の生産が始まったとある。
おー、確かに。
ニットの生産枚数および生産額の国内シェア、日本一やそうや」
み「えへん」
ハ「お主が威張ってどうする」

み「また川じゃ」
ハ「さっきより大きいな。
なに川や?」
み「知らん。
調べて」
ハ「またかいな。
ふーむ、どうやら早出川(はやでがわ)のようやな。
一級河川や。
ほう。
阿賀野川の左支流とある。
その名のとおり、水害を頻繁に起こす川やったようや。
しかし近年は、蛇行部分を短縮する水路が作られるなどの河川改修が進み……。
だいぶ大人しくなったようやな。
今では、魚つりや夏場の水遊びなど……。
レクリエーションの場として親しまれておるとな」
み「めでたしめでたし」

み「山が近くなってきたな」
ハ「山あり川ありで、いいところやないか」
み「確かにな。
でも、冬は大変だぞ。
特に田んぼ道。
遮るものが何ひとつない。
そこを地吹雪が渡るんじゃ。
わたしも1度、そんな地吹雪の中で……。
ホワイトアウトに見舞われたことがある。
上下左右、真っ白になるのよ。
窓の外、ぜんぶ白。
もちろん、頭も真っ白。
道路の路肩には、除雪された雪が積まれてるから……。
脇に寄せて車を停めることも出来ない。
かといって、道路上で止めるわけにはいかない。
ハザードなんか出したって、見えるわけないんだから。
後ろから大型トラックに追突されたら、それこそ一巻の終わり」
ハ「よく生きておったな」
み「日ごろの行いのおかげよ」
ハ「そんなら死んでたはずやが」
み「なにを!
でも翌日、その道路を通ったら……。
田んぼに車が1台、突っこんでた。
ちょうど、道路がカーブしてるところ。
カーブが見えないで、真っ直ぐ田んぼに突っこんだんだね。
でも、ま、命までは取られないでしょ、雪なら」
ハ「道路上で停めるより、安全かもしらんな」

み「これは、耕作放棄地かな」
ハ「これからどんどん増えていくんやろな、こういうところが」
み「野生動物の、山からの侵入経路になってしまうな」

ハ「ここもそうやな」
み「人間が、また自然に飲みこまれていくのかもしれん」
ハ「諸行無常や」
み「あ、2つめの駅だ」
ハ「咲花駅やな」
み「ホームが左側だな。
ちょっくら失礼つかまつって、左の座席に移ろう」
ハ「空いてて良かったやないか」

み「あの山、地滑りかな。
右に旅館みたいのが見える。
何旅館だ?
調べてちょ」
ハ「使い倒すな」
み「WiFi無料!」
ハ「どうやら、咲花温泉の『望川閣(ぼうせんかく)』やな。
川を望む御殿ということや」
み「早出川?」
ハ「知らんのか。
地元民やろ」
み「咲花温泉なら、五泉市じゃ。
地元じゃないわい」
ハ「阿賀野川や」
み「見えんぞ」
ハ「あの旅館の向こうが、川や」
み「あ、それなら、正面の山が崩れても大丈夫か」
ハ「わからんぞ。
土砂が、大量に川に落ちこめば……。
津波が起きるかも知れん。
山は、宝珠山のようやな。
標高、559メートル。
スカイツリーより、75メートル低い」
み「いらんこと言わんでいい」

み「トンネルじゃ」
ハ「見ればわかるわ」
み「グリーン車の窓は開かないけど……。
普通車は、窓が開いたよな。
閉め忘れたやつがいるんじゃないか。
煙が入って大変だぞ」
ハ「聞いとらんのか。
さっきから、トンネルが続くから窓を閉めて下さいと、さんざん放送してたやないか」
み「おばさんの集団とかだと、ぜったいに聞いてないと思うぞ」
ハ「お主は、ひとりでも聞いてないではないか」
み「わたしの耳は、風通しがいいのじゃ」
ハ「開き直るな」

み「何川だ?」
ハ「少しは考えんかい。
阿賀野川に決まっとるやないか。
これから上流の阿賀野川は、くねくねと蛇行しとる。
川に沿って線路を引いてたんでは、回り道の連続や。
なので、蛇行部をショートカットするために……。
これから幾度も川を渡ることになる」

み「何駅だ?」
ハ「三川や」
み「おー、もう三川なのか。
10:56分、定刻だな。
えー、新津駅を出てから、もう53分も経ってるんだ。
旅の時間は、あっという間に経っていくな。
通勤で53分も乗ったら、うんざりするんだろうけどね」
ハ「市町村はどこになる?」
み「東蒲原郡阿賀町じゃ。
現在、東蒲原郡には、阿賀町しかない。
東蒲原郡の津川町、鹿瀬町、三川村、上川村の4町村が合併して出来た町。
何年だったかな。
調べて」
ハ「2005(平成17)年やな」
み「4市町村も合併したのに……。
人口が少なくて、市になれなかった。
なので、たったひとつの町しかないのに……。
東蒲原郡が残ってる。
今の人口、どれくらいなのかな。
調べてちょ」
ハ「9千人ちょっとみたいやな。
げげ。
面積が、952.89km2もあるやないか。
東京23区は……。
622km2やな。
1.5倍はあるぞ」
み「そこに、9千人しか住んでないわけよ。
人口密度、どのくらい?」
ハ「9.9人やな。
1平方キロで」
み「1辺1キロメートルの四角の中に、人が10人しかいないってことか。
猿の方が多いかも」
ハ「東京23区の人口密度は、1平方キロで1万5千人を超えとる。
1500分の1やな」

み「さっそく、阿賀野川を渡ったな」
ハ「こういう景色も……。
冬は一変するんやろうな」
み「然り。
この景色を見たら、移住したくなるかも知れないけど……。
必ず、冬を体験してから決断してほしい。
除雪に、どれほどの時間と体力を奪われるものか……。
ぜったいに身体で実感すべき。
雪下ろししなけりゃ、家の戸が開かなくなるんだからね。
ヘタすりゃ、潰れるよ。
どんなに体調が悪くても、除雪に出なきゃなんない。
今は出来ても、10年後、20年後はどうか。
そういうことも勘案すべき」
ハ「エラい脅すやないか」
み「新潟の雪は、湿って重いからね。
除雪は、ほとんど土木作業と思ってもらいたい。
体力に自信のない人は、除雪機を買うべきです」
ハ「いくらくらいするんや?」
み「検索!」
ハ「結局、わしか。
えーっと。
『Honda除雪機』というページがあったぞ。
けっこうするもんやな。
30万から170万か」
み「中古市場もあると思う」

ハ「おー、川が広くなった」
み「しかし、対岸の家……。
阿賀野川の水かさが増えたら、怖いだろうね。
ヘタすりゃ、背後の山も崩れかねないし。
わたしなら、とても住めんわ。
そのリスクを呑めるほどのパラダイスならまだしも……。
冬は、大雪でしょ」
ハ「それが日本人の営みと云うものよ。
日本の75%は山地やからな」
み「その点、新潟市は、オランダ並みに真っ平らだからね。
景色は平板そのものだけど……。
土砂災害のリスクだけは、ゼロってこと」

ハ「谷やな。
こんな地形が続くわけか」
み「山が崩れたら、道路が押し流されて……。
集落は孤立してしまう」
ハ「さっきから、後ろ向きな発言ばっかしやな。
もっと、景色を愛でるという姿勢が取れんもんか」
み「わたしは、悪いことが真っ先に頭に浮かぶの」

み「あ、津川駅だ。
よし、降りるぞ」
ハ「降りる?」
み「ここは、15分停車なの。
機関車に給水したり、石炭の山の上で、なんか作業するみたい。
絶好の写真スポットよ。
あ、スリッパのまんまだった」
ハ「なんでスリッパなんや?」
み「靴脱ぐと楽でしょ。
ホテルの客室は今、どこも使い捨てのスリッパになってる。
シングルルームでも、2足備えてくれてるとこもある。
そういうとこのを1足、もらって帰って……。
次の旅行の車内履きにするのよ」
ハ「床に新聞敷けばいいやないか」
み「それじゃ、昭和のジサマだろ。
そういえば、うちの祖父ちゃんは……。
ズボンも脱いで、ステテコ姿になっとった」
ハ「仕方あるまい。
昔は、冷房なんか入ってなかったんやから」
み「昔って、埴輪時代は、電車さえなかったじゃないの」
ハ「埴輪時代なんてのがあるか。
古墳時代やろうが。
そのころは馬やから、涼しいもんやった。
オープンカーやな」
み「しょうもない。
さ、降りるぞ」

み「見よ、我が愛車の勇姿を」
ハ「何が愛車や」
み「みんな、ぞろぞろ階段を上がっていくな。
どうやら、駅の外に出てもいいみたいじゃないの。
座りっぱなしでお尻が痛いから、ちょっくら運動しよう」

み「阿賀町のポスターがあった。
狐の嫁入り行列のだな」
ハ「確か、花嫁と花婿が、舟で川を渡るんやなかったか?」
み「然り!
滔々と雪解け水を湛えた阿賀野川を、狐火の燃える麒麟山に向けて渡って行くんじゃ。
このシーンは夜だから、いっそう幻想的なのよ。
舟に篝火を焚いてね」
ハ「ほんとの夫婦なのか?」
み「当たり前じゃ。
公募で選ばれるの。
しかしわたしは、頼まれてもご辞退したい。
白無垢で舟から落ちたら、まず助からないからね」
ハ「誰が頼むんや。
そもそも花婿がいないやないけ」
み「やかまし!
しかし、この狐の嫁入り行列……。
コロナのせいで、2020年から、3年連続で中止になっとる」
ハ「来年はやれるやろ。
いや、やらなきゃならんの」
み「そのとおり。
このままじゃ、日本の地方は、ずぶずぶと沈んでいってしまう」

み「ほら、狐もどことなく寂しげじゃ」
ハ「誰の作品や?」
み「駅員さんじゃないの」
ハ「そんなアホな」

ハ「いい駅やないか」
み「冬には来たくないけどね」
ハ「またそういう後ろ向きな……」
み「わたしは常に、悪いときの光景が目に浮かぶの。
よし戻るぞ」
ハ「もうか!
駐車場に出ただけやないか」
み「15分しかないの。
もう、だいぶ経ったわ。
乗り遅れたら、全計画がパーだからな」

み「よーし。
ここまで来れば、もはや安心。
しかし蒸気機関車って、ほんとに生き物っぽいよね」
ハ「石炭を食べて、ぜいぜい言いながら走るからの」
み「よし、階段登って、上からも撮ろう」
ハ「今、下りてきたばっかりやないか」
み「運動、運動」

み「かっちょえー。
空力を無視した無骨な形状。
最高じゃ」
ハ「褒めとんのか?」
み「当たり前じゃ。
よし、もうそろそろ時間だ。
乗るぞ」
ハ「忙しいやっちゃ」
み「あ、後ろの展望室が空いてる」
ハ「さっきの“鉄”は、どうしたんやろ?」
み「ひょっとしたら、津川までの切符しか買ってなかったりして。
行ってみよう」

み「うーむ。
線路しか見えん。
こりゃ、飽きるわな。
よし堪能した。
席に戻るぞ」
ハ「忙しない!
もう少し落ち着けんのか」
み「旅先の日本人の習性じゃ。
よーし、座った。
さあ、出発進行!」
ハ「おまえが言うな」

み「出たー。
いきなり廃屋!」
ハ「強烈やな」
み「こりゃ、今年の冬、雪で潰れるな」
ハ「今の地方の現状を、眼前に突きつけられたようや」

み「変わらないのは、水の流れだけじゃ」
ハ「人間の営みは、結局、自然には勝てないってことやな」
み「それでいいんじゃないの。
負けて滅びて行けば。
壊してしまうより、なんぼかマシじゃろ」

み「どひゃー」
ハ「喘いでるの」
み「トンネルじゃないから、窓開けてた人、結構いるんじゃないのか。
さてここで問題です」
ハ「いきなりなんや?」
み「SLの客車で、向かい合わせに座ってた2人。
トンネルで窓を閉め忘れてて……。
慌てて閉めたものの、煙がけっこう入ってしまった。
周りに謝りながら、ようやくトンネルを抜けた。
すると……。
ひとりが突然、顔を擦りだした。
擦った手の平を見てる。
でも、手の平も顔も、真っ白。
ところがそれを不思議そうに見てるだけの向かい側の座席の男は……。
顔が、煤で真っ黒。
何で、顔の白い人が顔を擦り、顔の黒い人は涼しい顔をしてたのでしょう?」
ハ「知るかい」
み「ちょっとは考えんか!
いいか。
顔の黒い人は、進行方向を向いて座ってて、煙をまともに浴びたの。
トンネルを出て、その人の顔を見た反対座席の男は……。
自分の顔もそうなってると思って、顔を擦ったの。
黒い顔の人は、向かい側の白い顔の人を見てるから……。
自分の顔が真っ黒けだとは思わなかったってわけ」
ハ「ナゾナゾの答えが長すぎやろ!」

み「車内が靄っておる。
やっぱり、窓、閉めてなかったヤツがいるな」
ハ「仕方なかろ。
トンネルでもないのに、予期できんわ」
み「子供には、いい思い出になるかもね。
でも、普通車に乗るときは……。
白い服は止めた方がいいかも」
ハ「あと、白塗りの化粧な」
み「そんなヤツがいるか!」

み「また川を渡った」
ハ「桃源郷のようやな」
み「夏はな」
ハ「またそれか」

み「日出谷駅だ。
11:42分。
ここってもう、福島県?」
ハ「まだ阿賀町や。
しかしここが、新潟県最後の駅やな」
み「ここでは確か、ホームで駅弁が買えたんじゃなかったかな?
『とりめし』って駅弁」
ハ「誰もおらんぞ」
み「調べて」
ハ「ふむふむ。
どうやら、10年ほどまえに消滅しとるようや」
み「なして?」
ハ「店主の高齢化のようやの」
み「後継者がいなかったのかね?」
ハ「20個限定やったらしい。
列車のドアが開くと、売場まで競争だったようや。
それでも、700円やったらしいから、1万4千円にしかならん」
み「原価を引いたら、小遣い銭しか残らんな。
それじゃ、後継の現れようがないわ。
そんなに競争になるほどなら、単価を上げればいいのに。
1,500円くらいにしても、十分に売れたんじゃないの?」
ハ「そういうことが出来ないお人やったんやろうな。
あんたと違ごて」
み「やかまし。
弁当の話が出たら、急にお腹が空いてきた。
売店に行ってみよう」
ハ「昼は食べないんやなかったんか?」
み「がっつり食べる気はないよ。
アテだけ」
ハ「ん?
アテということは……。
酒を飲もうっちゅうんかい?」
み「さいなー」
ハ「何語や」

み「熊が出そうなところだな」
ハ「車やないと、怖くて通れんな」
み「だから田舎は、免許返納できんのよ」
ハ「返納したら、熊に食われるか」
み「さいなー」
ハ「やめんか、それ」
わたしが撮った売店の写真はありませんので……。
↓JRグループの『トレたび』さんのサイトから拝借しました(こちらのページです)。


み「うーむ。
今日一番の、いい眺めかもしれん」
ハ「変わった銘柄のビールやな。
初めて見た」
み「さもありなん。
これは、新潟限定ビールなの。
『風味爽快ニシテ』。
一度、飲んでみたいと思ってたのよ。
念願が叶った」

み「おや。
缶の裏に、いろいろと書いてあるぞ。
なんと!
サッポロビールの生みの親は、新潟県人じゃと。
知らなんだ。
与板の人だったのか」
ハ「“よいた”ってどこや?
酒飲みばっかりの土地で、“酔うた”か?」
み「アホたれ。
昔の、三島郡(さんとうぐん)与板町。
今は、長岡市に合併されてる。
ふむふむ。
その与板出身の中川清兵衛という人が、ドイツでビールの修行をして……。
そんでもって日本に帰って作ったのが、『札幌ビール』だって」
ハ「なんで札幌なんや?」
み「知らん。
もう、飲むぞ。
温くなってしまうわ」
ハ「その茶色いのはなんや?
パンか?」
み「何で、ビールのアテにパンを食うんじゃ。
胸焼けするではないか。
パッケージを開ければ、匂いでわかるじゃろ。
どうじゃ?」
ハ「思いっきり、魚やな」
み「あたぼうよ」
ハ「何を威張っとるんや」
み「じゃ、まずこれを容器に移してと。
さっき、車内で食べますかって聞かれたときは、いったい何ごとかと思ったわい。
ひょっとして、煙突から出る煙でスモークして食べれって言われるのかと思った」
ハ「そんなわけあるかい」
み「そしたら、このスチロールの容器と割り箸とお手拭きをくれたわけ。
親切じゃないの、JR東日本。
あ、食べる前に記念撮影しよう」

み「撮るぞ。
じっとしとれよ」
ハ「ビールに挟まれて冷たい!
早よ撮れ」
み「パチリ。
さて、食うぞ。
パクリ」
ハ「美味いやないけ。
鮭やな」
み「味が伝わったか」
ハ「おう。
もう飲みこむのか。
もったいない」
み「わたしは早食いなの」
ハ「これは、ただ焼いただけやないな」
み「レシートに、商品名が書いてあるんじゃないのかな。
あったあった」

↑レシートが残ってました。
み「『鮭の焼き漬け』とある」
ハ「焼き漬けって、どうするんや?」
み「即、検索!」
ハ「またわしか。
お、なんと、農林水産省のページに出ておった(こちら)。
村上市の郷土料理やな。
『煮切った酒とみりんに醤油を加えた醤油だれに、白焼きにしたサケを熱いうちに漬け込む』とある。
これは、美味くないわけないな」
み「さて、ビールをいくぞ。
グビリ」
ハ「ほぉ~」
み「何か、変わった味だな。
爽快なのか?」
ハ「わしに聞くな。
けっこう美味いやないか」
み「確かに、旅先で1本飲んでみるにはいいかもね。
でも、毎日飲むビールとしては、ちょっと違うかも」
ハ「どう違うんや」
み「値段が」
ハ「そっちか」
み「わたしが普段飲んでるのは、第3のビールだしね。
アサヒ オフ。
アルコール度数、3%~4%」
ハ「薄っ!」
み「爽快どころか、ほぼ無味」
ハ「味気な」
み「テレワークの昼飲みにはピッタリなんじゃ」
ハ「仕事中に飲んどるのか」
み「さいなー」
ハ「開き直るな」

み「おー。
のどかな良い風景じゃ。
山も近いし。
山が緑色に見えるとこは、やっぱりいいな」
ハ「山は普通、緑色やないのか?」
み「わたしの住んでるあたりでは、薄い水色だね。
遠いから」
ハ「遠山さんか」
み「なんだそれ。
でもここら、稲はまだ植えたばっかりみたいだね。
コシヒカリじゃないのかな?」
ハ「それより、何も植えられてない田んぼが多いんやないか。
水も入ってへんから、これから植えるわけやないやろ」
み「耕作放棄地か。
やがて、すべての田んぼがそうなって……。
向こうの山と繋がる原野に戻るんだろうな」
ハ「諸行無常や」

み「今が、こんな風景を見られる最後の時代かもね。
なんまんだぶ」
ハ「唱えるな!」

み「あ、野沢駅だって。
するとここはもう、福島県ってことか」
ハ「標識からすると、西会津町のようやな」

み「とうちゃ~く。
12:16分。
2分停車ですので、お降りにならないで下さい」
ハ「誰に言うとんのや」

み「あの禿げ山、なんだろ?」
ハ「道みたいなのが付いとるな」
み「親近感が湧くだろ」
ハ「何でや?」
み「禿げ同士で」
ハ「やかましい!
わしの頭に毛があったら、返ってヘンやないか」
み「ははは。
想像したら、笑っちまった」
ハ「つくずく失敬なやっちゃ」

み「上流なのに、スゴい水量だね」
ハ「雪解け水やろ」
み「これを見ると、河口付近の川幅も納得出来る。
対岸が、霞んで見えるからね」
ハ「信濃川と違うて、阿賀野川には分水路がないからの」
み「水が全部、河口まで来るわけだからね。
中国からの留学生なんか、阿賀野川河口あたりの風景を見ると……。
故郷を思い出すんだって。
大陸的な景色なんだろうな。
昔、『Mikiko's Room』をまだやってなかったころ……。
ゴールデンウィークには、自転車で阿賀野川の橋を渡ったりしてた。
柵に囲まれてても、下を見ると怖かったよ。
もの凄い水量で」
ハ「さもありなん」

み「なにしてんだ、あれ?」
ハ「ボートに、人が2人ずつ乗ってるようやな」

み「釣りか?」
ハ「違うやろ。
揃いの制服っぽいぞ」

み「あ、何か看板が出てる。
読めん……。
ズームして」
ハ「そんなこと……。
できたりして」

み「『福島県営荻野漕艇場』か。
実際、ボートもいるではないか」
ハ「さっきの並んだボートは……。
スタートラインやないかな」
↓喜多方市のページにあった『通常練習時のコース図』です(出典)。

み「どうせなら、競艇場の方が儲かったのに」
ハ「またそういうことを」

み「山都駅じゃー。
12:40分。
ハ「ここは蕎麦が有名やな」
み「10分停車だな。
駅そばがあれば、食べれるかも。
検索!」
ハ「事前に調べてこいや。
……(調べ中)。
残念ながら、構内にはないようやな。
近くに、『そば伝承館』というのがあるが……。
往復だけでも、10分はかかりそうや」
み「無念!
じゃ、もう1時だし、昼食にしようかな」
ハ「さっき、鮭、食べたやないけ」
み「この昼食には、別の目的があるのじゃ」

み「ジャジャーン」
ハ「これが昼食かい?
なんとも味気ない」
み「これから、ロキソニンを飲むの。
歩き始めてから、腰痛が出たら嫌だから。
といって、単独で飲んだら、胃が痛くなるかも知れん。
なので、ゼリー飲料と一緒に飲むってわけ。
しかし、鎮痛剤なのに……。
なんで胃が痛くなるのかわからん。
よし、これで準備はオッケー」

み「おー、撮り鉄がいっぱいいる」
ハ「最高の撮影日よりやな」
み「高いところに向けて撮るから……。
人の頭が邪魔になったりもしないね」
ハ「場所取りがいらんちゅうわけやな。
最高の撮影ポジションでもあるってことや」
み「それにしては、人が少ない気がするけど」
ハ「今年の運行が始まって、2ヶ月くらい経つからやろ。
運行開始のころは、もっと盛況やったんちゃうんか」
み「ひょっとしたら、桜も一緒に撮れたかも知れないしね」

み「緑が目に染みるわい」
ハ「まさに万緑やな」
み「歯が生えそうじゃ(『万緑の中や吾子の歯生え初むる(中村草田男)』)」
ハ「アホか」

み「真ん中に見える、青い屋根と赤い屋根の民家は……。
昔、茅葺きだったんじゃないのかな」
ハ「そんな形やな」
み「でも、人は住んでるのかね?」
ハ「なんでや?」
み「手前の田んぼに生えてるのは、雑草だろ?」
ハ「耕作放棄地か」
み「なんまんだぶ」
ハ「唱えるな!」

み「おー、ここは見事な水田じゃ」
ハ「植えたばっかりみたいやな」

み「こっちは、これから田植えだ。
新潟より、1ヶ月近く遅いね」
ハ「本来、今ごろが普通なんやないか?」
唱歌の『夏は来ぬ』に、早乙女が“玉苗植うる”という歌詞があるやないか」
み「新潟の田植えは、ゴールデンウィーク中で……。
まだ水が冷たいからね。
でも、ゴールデンウィークに田植えをするのには、切実な理由があるわけよ」
ハ「わかった。
兼業農家が多いから、田植えで会社を休みにくいんやろ」
み「それなら、土日に植えればいいだけじゃん。
ゴールデンウィークなら、手伝いが来てくれるから。
東京の子供たちが、孫を連れて帰省してくるわけ」
ハ「なるほど。
孫にはいい体験になるの」
み「今は、田植え自体は機械になってるけど……。
実は、田植えで一番大変な作業は、苗箱を田植機に載せるまでの行程。
苗代から苗箱を軽トラに積みこみ、田んぼまで運び……。
そして、田植機にセットする。
この重労働は、お年寄りにはそうとうキツいはず。
若い人の手を借りたいわけよ」
ハ「もし、苗の運び手がいてくれたら……。
おとっつぁんは、田植え機に乗ってるだけでいいってことやな」
み「毎日でも田植え出来るよ」
ハ「ははは」

み「あ、もう喜多方だ。
13:06分。
2分停車なので、降りてラーメンは食べられません」
ハ「誰に言うとんのや」
み「喜多方ラーメン、食べたことある?
あ、埴輪時代にはないか」
ハ「古墳時代やと言うとるやろ!」
み「そもそも、喜多方ラーメンって、どういうラーメン?
はい、検索」
ハ「わしは、埴輪検索か」
み「それ、森田健作のしゃれのつもり?」
ハ「喜多方ラーメンはな……」
み「スルーしたな」
ハ「Wikiを丸読みするぞ(出典)。
『スープは醤油味の透明な豚骨スープが基本で、あっさりした味わいである。
豚骨のベースと煮干しのベースを別々に作り、それらをブレンドしたものを提供する店もある。
醤油味がベースだが、店によっては塩味や味噌仕立てなど千差万別である。
麺は「平打ち熟成多加水麺」と呼ばれ、幅は約4mmの太麺で、切刃番手は12番および14番が使われる。
独特の縮れがあり、食感は柔らかい。
具はチャーシューを主として、ねぎ、メンマ、なるとなどが一般的な構成である。』
ってことや」
み「なんか、普通の醤油ラーメンじゃないの?」
ハ「不満か?」
み「わたしは、塩ラーメンが好きなの。
頼むのは、たいていタンメン」
ハ「もうちょっと、グルメな人間に憑依したかったわい」
み「なんか言った?」
ハ「スルーしなはれ」

み「あれ、何の花だろ?」
ハ「サクラやないわな」
み「当たり前じゃ。
ハナミズキに似てるけど……。
季節が1ヶ月くらい違うし。
あ、そうか。
ヤマボウシか。
ベニバナヤマボウシ。
それなら、今ごろ咲いててもおかしくないわ。
でも、あんなとこに単木で植えて、夏、大丈夫なのかね」
ハ「元気そうやないか。
夏に弱い木なのか?」
み「ヤマボウシは、ハナミズキの仲間なの。
ていうか、ほとんど同じ木なんじゃないかな。
花期がちょっとズレるくらいで。
で、新潟でも一時期、ハナミズキを街路樹に使うのが流行ったのよ。
でも、結果は思わしくなかった」
ハ「なんでや?」
み「街路っていう環境は、かなり過酷なのよ。
夏は、カンカン照りで根元まで陽があたる。
冬は、寒風の通り道。
ハナミズキってのは、木の性質で云うと、モミジなんかと近いのよ。
山で、ほかの木と一緒に生えてるから……。
根元に陽があたることも、風が裾を吹きすぎることもない。
街路樹にイロハモミジを植えて、育つと思う?」
ハ「よーわからんが、そぐわん感じはするわな」
み「今はもう、ハナミズキが新しい街路に植えられてるとこは見なくなったね」

み「何かの工場みたいだね。
製粉工場かな?
ラーメンの」
ハ「これは、生コンやないのか?」
み「検索……。
やっぱしなくていい。
あんまり興味が湧かない」
ハ「なんやそれ」
み「架線があるね。
磐越西線で電化されてるのは……。
喜多方から郡山までだからね。
でも、喜多方から会津若松までは……。
電車を使用した定期列車は設定されてないんだって」
ハ「詳しいやないか」
み「磐越西線は、新津が終点だけど……。
実際は、わたしの乗る信越本線に乗り入れて、新潟駅まで行ってる。
なので通勤では、磐越西線のディーゼル車に乗ることもあるわけ。
でも去年だったかかな、新しい車両が走るようになったんだけど……。
発車するときのエンジン音が、旧型車より遙かに大きいのよ。
最初に聞いたときは、ぶったまげた。
あれは、なんでなのかね?」
ハ「知らんわ」

み「塩川(しおかわ)駅着。
13時18分。
ここが最後の停車駅になります。
2分停車ですから、列車の外に出ないで下さい」
ハ「わかっとるわ」

み「おー。
上流っぽい景観になってきたね。
ていうかこれ、阿賀野川?
今度は、即、検索」
ハ「どうやら、日橋川(にっぱしがわ)のようやな。
日本の“日”に、ブリッジの“橋”や。
猪苗代湖から流れ出る、唯一の川だそうや。
阿賀野川に合流しとる」

み「ついに会津若松に、到着しました~。
13時35分。
新津を出てから、3時間32分。
こんなに長く汽車に乗ったのは、学生時代以来じゃ」
ハ「どこに行ったんや」
み「帰省しただけ。
鈍行を乗り継いで」
ハ「ご苦労なこっちゃ」
み「お金は無かったけど、時間はあったからね。
山の上で1時間くらい停車したり……。
なんとも、のどかな旅だった。
2度としなかったけど」
ハ「1度すれば十分や」
み「さ、降りるぞ」
ハ「こら!
わしを忘れるな!」
み「わざとだったりして」
ハ「腹ん立つ!」

み「見よ、わが『ばんえつ物語』号の勇姿」
ハ「何が“わが”や」

み「これで見納めじゃ。
なんまんだぶ」
ハ「拝むな!」
み「架線がなければ、もっとすっきり撮れるのになぁ」
ハ「撮り鉄みたいなこと言うやないか」
み「いっぱい撮ってるじゃないか」
ハ「車内から撮るのも、“撮り鉄”言うんか?」
み「いいの!」
み「わかった。
まだ、団体旅行が復活してないからだ」
ハ「そう云えば、団体客らしい集団はおらんかったな」
み「団体旅行に組み入れられるようになったら……。
旅行会社が、ごっそりと席を押さえてしまうんじゃろ」
ハ「とすると、コロナのこの時期こそが……。
イベント列車に乗車する絶好のチャンスということやな」
み「だな。
あ、まだ時間あるから、あそこの窓のところで、1枚写真を撮ってやる」

み「パチリ。
うーむ。
これじゃ、死体だな。
あ、ここなら起きて撮れる」

み「パチリ。
さてと。
そろそろ乗るかな」
ハ「こら!
わしを忘れるな」
み「冗談じゃ」
ハ「お主の場合、冗談に聞こえんわ」

み「駅弁屋、繁盛してるでないの」
ハ「やっぱり子供が多いな。
買わんのか?」
み「駅弁は、あんまり好みではない」
ハ「なんでや?」
み「おかずの味付けが、ことごとく甘いではないか」
ハ「知らんのか?
砂糖には、抗菌効果があるんや」
み「聞いたことないぞ」
ハ「昔の民間療法では……。
傷の治療や回復に効果がある“薬”としても使われとったんや」
み「マジ?」
ハ「駅弁は、買ってすぐに食べるとは限らんやろ。
実際、今買ってる人も、食べるのはお昼やろ。
これから3時間も、車中に置いておくわけや。
今は冷房があるから、まだマシやろうが……。
昔やったら、夏場とか、食べるまでに悪くなってしまいかねん。
なので、砂糖、酢、醤油なんかを使って、濃いぃ味をつけてるわけや」
み「なるほど。
勉強になり申した」
ハ「えへん」
み「しかし、何でそんな知識があるんじゃ?」
ハ「さっき気がついたが……。
どうやらわしは、ネットに繋がるらしい。
記事を検索してたら出てきおった」
み「おまえは、Wifiか!」
ハ「我が輩や」
み「ご都合主義の極致だな」
ハ「おまえがな」
ようやく、乗りこみました。
み「取りあえず、最後尾の展望車両を見てみよう」

み「あ……。
やっぱり。
すでに“鉄”らしき2人に乗っ取られてる。
しかも、真ん中の椅子に荷物まで置いてる」
ハ「どかしてもらえばいいやろ」
み「発車前から座ってもしょうがないわ」
ハ「あいつらは座ってるではないか」
み「席取りしてるんだろ。
発車してからも、ずっと座り続けるつもりだと思うぞ。
後方展望の動画でも撮るんじゃないの。
そういう輩とは、関わりたくない。
後で、動いてるときにちょっとだけ覗けばいいや。
席に行くぞ」
1列シートは、進行方向右側です。
み「発車前に1枚撮ってやる」

み「パチリ」
ハ「挟まっとるぞ!」
み「そうしないと立たせておけないんだから仕方なかろう」

み「おー、あの照明、レトロでいい味出してるじゃないの」
ハ「なんか、動物がおるな」

み「猫か?」
ハ「猫やないやろ」
み「調べてみい。
ネットに繋がるんじゃろ?」
ハ「えーっと。
どこにも載っとらんぞ」
み「乗車レポート、いっぱいあるだろ」
ハ「どれも、レトロな装飾としか書いてないな」
み「観察が甘い!」
ハ「わしに言うな」

み「あ、動き出した」
み「10:03分。
定刻だな」
ハ「最初から遅れてどうする」

み「♪さぁら~ば、にぃい~つよ」
ハ「古る!
『ラバウル小唄』やないか。
大正生まれか」
み「こういうのを、教養と云うんじゃ」
ハ「しかし、線路だらけやな」
み「かつての鉄道の要衝を彷彿とさせるではないか。
兵(つわもの)どもが夢の後じゃな」
ハ「言い過ぎや。
まだ現役の駅やろ」

み「さっそく、沿道から見送りじゃ。
子供が、抱っこされて手を振ってくれてる」
ハ「振り替えしてやれ」
み「お~い。
歯磨けよ!
宿題やったか!」
ハ「ドリフか!」

み「うわっ。
急に増えた」
ハ「三脚据えた“鉄”もおるな」
み「今日は天気が良いから、絶好の撮影日和りじゃな」

み「鉄橋だ~、鉄橋だ~、楽しい~な」
ハ「しかし、エラい濁った川やな。
公害か」
み「いつの時代の話じゃ。
田んぼからの排水が流れこんでるんだろ」

み「単に泥で濁ってるってこと」
ハ「さすがに橋から手を振ってるヤツはおらんな。
何川や?」
み「知らん。
調べてみ。
ネットに繋がるんじゃろ」
ハ「お~、そうやった。
ふむふむ。
どうやら、能代川らしい。
“のしろがわ”やのうて、“のうだいがわ”と読むみたいや。
わしらが渡ってるのは、能代川橋梁やな。
ほー。
新津の草水町(くそうづちょう)で採掘された石油を……。
この川で、新潟まで運んでたそうや」
み「新津には確か、『石油の里』っていう施設があったな」
ハ「おー、あったあった。
ななんと!
そこでは、平成8年まで石油を採取しとったようや」
しかし……。
反則的設定やな、ネットに繋がるというのは」
み「便利、便利。
確か石油は、朝廷にも献上してたんじゃなかったかな?」
ハ「『日本書紀』に記述があるようやな。
天智天皇の御代、668年に、“越国から燃土、燃水が献上された”とあるそうや」
み「そうそう。
草水(くそうづ)という地名は、臭い水が転じたって聞いたぞ」

み「おー。
もう田んぼが開けてきた」
ハ「とても、政令指定都市の風景とは思えんな」
み「新潟市は、食料自給率が60%を超えておる。
政令指定都市の中では、1位なんじゃ」
ハ「2位は?」
み「知らん。
調べてみ」
ハ「うーむ。
2位は、浜松市やな」
み「なん%」
ハ「12%や」
み「ぶっちぎりじゃないか」
ハ「ぶっちぎりのド田舎ってことやないか」
み「喝!
豊かな市ということじゃ。
いざとなったら鎖国できる」
ハ「アホか」

ハ「お、最初の停車駅やな」
み「10:20分。
定刻じゃ」
ハ「五泉(ごせん)とは、曰くありげな地名やな」
み「五つの泉があるんでないの。
調べてみ」
ハ「えーっと……。
どうやら、諸説あるようやな。
五つの泉説もあるぞ」
み「えへん」
ハ「五つの川説もある。
いずれにしても、水が豊富な地域なんやろ」
み「そうそう。
五泉は、織物のニットで有名だった」
ハ「豊富な水資源を利用し、250年前から絹織物の生産が始まったとある。
おー、確かに。
ニットの生産枚数および生産額の国内シェア、日本一やそうや」
み「えへん」
ハ「お主が威張ってどうする」

み「また川じゃ」
ハ「さっきより大きいな。
なに川や?」
み「知らん。
調べて」
ハ「またかいな。
ふーむ、どうやら早出川(はやでがわ)のようやな。
一級河川や。
ほう。
阿賀野川の左支流とある。
その名のとおり、水害を頻繁に起こす川やったようや。
しかし近年は、蛇行部分を短縮する水路が作られるなどの河川改修が進み……。
だいぶ大人しくなったようやな。
今では、魚つりや夏場の水遊びなど……。
レクリエーションの場として親しまれておるとな」
み「めでたしめでたし」

み「山が近くなってきたな」
ハ「山あり川ありで、いいところやないか」
み「確かにな。
でも、冬は大変だぞ。
特に田んぼ道。
遮るものが何ひとつない。
そこを地吹雪が渡るんじゃ。
わたしも1度、そんな地吹雪の中で……。
ホワイトアウトに見舞われたことがある。
上下左右、真っ白になるのよ。
窓の外、ぜんぶ白。
もちろん、頭も真っ白。
道路の路肩には、除雪された雪が積まれてるから……。
脇に寄せて車を停めることも出来ない。
かといって、道路上で止めるわけにはいかない。
ハザードなんか出したって、見えるわけないんだから。
後ろから大型トラックに追突されたら、それこそ一巻の終わり」
ハ「よく生きておったな」
み「日ごろの行いのおかげよ」
ハ「そんなら死んでたはずやが」
み「なにを!
でも翌日、その道路を通ったら……。
田んぼに車が1台、突っこんでた。
ちょうど、道路がカーブしてるところ。
カーブが見えないで、真っ直ぐ田んぼに突っこんだんだね。
でも、ま、命までは取られないでしょ、雪なら」
ハ「道路上で停めるより、安全かもしらんな」

み「これは、耕作放棄地かな」
ハ「これからどんどん増えていくんやろな、こういうところが」
み「野生動物の、山からの侵入経路になってしまうな」

ハ「ここもそうやな」
み「人間が、また自然に飲みこまれていくのかもしれん」
ハ「諸行無常や」
み「あ、2つめの駅だ」
ハ「咲花駅やな」
み「ホームが左側だな。
ちょっくら失礼つかまつって、左の座席に移ろう」
ハ「空いてて良かったやないか」

み「あの山、地滑りかな。
右に旅館みたいのが見える。
何旅館だ?
調べてちょ」
ハ「使い倒すな」
み「WiFi無料!」
ハ「どうやら、咲花温泉の『望川閣(ぼうせんかく)』やな。
川を望む御殿ということや」
み「早出川?」
ハ「知らんのか。
地元民やろ」
み「咲花温泉なら、五泉市じゃ。
地元じゃないわい」
ハ「阿賀野川や」
み「見えんぞ」
ハ「あの旅館の向こうが、川や」
み「あ、それなら、正面の山が崩れても大丈夫か」
ハ「わからんぞ。
土砂が、大量に川に落ちこめば……。
津波が起きるかも知れん。
山は、宝珠山のようやな。
標高、559メートル。
スカイツリーより、75メートル低い」
み「いらんこと言わんでいい」

み「トンネルじゃ」
ハ「見ればわかるわ」
み「グリーン車の窓は開かないけど……。
普通車は、窓が開いたよな。
閉め忘れたやつがいるんじゃないか。
煙が入って大変だぞ」
ハ「聞いとらんのか。
さっきから、トンネルが続くから窓を閉めて下さいと、さんざん放送してたやないか」
み「おばさんの集団とかだと、ぜったいに聞いてないと思うぞ」
ハ「お主は、ひとりでも聞いてないではないか」
み「わたしの耳は、風通しがいいのじゃ」
ハ「開き直るな」

み「何川だ?」
ハ「少しは考えんかい。
阿賀野川に決まっとるやないか。
これから上流の阿賀野川は、くねくねと蛇行しとる。
川に沿って線路を引いてたんでは、回り道の連続や。
なので、蛇行部をショートカットするために……。
これから幾度も川を渡ることになる」

み「何駅だ?」
ハ「三川や」
み「おー、もう三川なのか。
10:56分、定刻だな。
えー、新津駅を出てから、もう53分も経ってるんだ。
旅の時間は、あっという間に経っていくな。
通勤で53分も乗ったら、うんざりするんだろうけどね」
ハ「市町村はどこになる?」
み「東蒲原郡阿賀町じゃ。
現在、東蒲原郡には、阿賀町しかない。
東蒲原郡の津川町、鹿瀬町、三川村、上川村の4町村が合併して出来た町。
何年だったかな。
調べて」
ハ「2005(平成17)年やな」
み「4市町村も合併したのに……。
人口が少なくて、市になれなかった。
なので、たったひとつの町しかないのに……。
東蒲原郡が残ってる。
今の人口、どれくらいなのかな。
調べてちょ」
ハ「9千人ちょっとみたいやな。
げげ。
面積が、952.89km2もあるやないか。
東京23区は……。
622km2やな。
1.5倍はあるぞ」
み「そこに、9千人しか住んでないわけよ。
人口密度、どのくらい?」
ハ「9.9人やな。
1平方キロで」
み「1辺1キロメートルの四角の中に、人が10人しかいないってことか。
猿の方が多いかも」
ハ「東京23区の人口密度は、1平方キロで1万5千人を超えとる。
1500分の1やな」

み「さっそく、阿賀野川を渡ったな」
ハ「こういう景色も……。
冬は一変するんやろうな」
み「然り。
この景色を見たら、移住したくなるかも知れないけど……。
必ず、冬を体験してから決断してほしい。
除雪に、どれほどの時間と体力を奪われるものか……。
ぜったいに身体で実感すべき。
雪下ろししなけりゃ、家の戸が開かなくなるんだからね。
ヘタすりゃ、潰れるよ。
どんなに体調が悪くても、除雪に出なきゃなんない。
今は出来ても、10年後、20年後はどうか。
そういうことも勘案すべき」
ハ「エラい脅すやないか」
み「新潟の雪は、湿って重いからね。
除雪は、ほとんど土木作業と思ってもらいたい。
体力に自信のない人は、除雪機を買うべきです」
ハ「いくらくらいするんや?」
み「検索!」
ハ「結局、わしか。
えーっと。
『Honda除雪機』というページがあったぞ。
けっこうするもんやな。
30万から170万か」
み「中古市場もあると思う」

ハ「おー、川が広くなった」
み「しかし、対岸の家……。
阿賀野川の水かさが増えたら、怖いだろうね。
ヘタすりゃ、背後の山も崩れかねないし。
わたしなら、とても住めんわ。
そのリスクを呑めるほどのパラダイスならまだしも……。
冬は、大雪でしょ」
ハ「それが日本人の営みと云うものよ。
日本の75%は山地やからな」
み「その点、新潟市は、オランダ並みに真っ平らだからね。
景色は平板そのものだけど……。
土砂災害のリスクだけは、ゼロってこと」

ハ「谷やな。
こんな地形が続くわけか」
み「山が崩れたら、道路が押し流されて……。
集落は孤立してしまう」
ハ「さっきから、後ろ向きな発言ばっかしやな。
もっと、景色を愛でるという姿勢が取れんもんか」
み「わたしは、悪いことが真っ先に頭に浮かぶの」

み「あ、津川駅だ。
よし、降りるぞ」
ハ「降りる?」
み「ここは、15分停車なの。
機関車に給水したり、石炭の山の上で、なんか作業するみたい。
絶好の写真スポットよ。
あ、スリッパのまんまだった」
ハ「なんでスリッパなんや?」
み「靴脱ぐと楽でしょ。
ホテルの客室は今、どこも使い捨てのスリッパになってる。
シングルルームでも、2足備えてくれてるとこもある。
そういうとこのを1足、もらって帰って……。
次の旅行の車内履きにするのよ」
ハ「床に新聞敷けばいいやないか」
み「それじゃ、昭和のジサマだろ。
そういえば、うちの祖父ちゃんは……。
ズボンも脱いで、ステテコ姿になっとった」
ハ「仕方あるまい。
昔は、冷房なんか入ってなかったんやから」
み「昔って、埴輪時代は、電車さえなかったじゃないの」
ハ「埴輪時代なんてのがあるか。
古墳時代やろうが。
そのころは馬やから、涼しいもんやった。
オープンカーやな」
み「しょうもない。
さ、降りるぞ」

み「見よ、我が愛車の勇姿を」
ハ「何が愛車や」
み「みんな、ぞろぞろ階段を上がっていくな。
どうやら、駅の外に出てもいいみたいじゃないの。
座りっぱなしでお尻が痛いから、ちょっくら運動しよう」

み「阿賀町のポスターがあった。
狐の嫁入り行列のだな」
ハ「確か、花嫁と花婿が、舟で川を渡るんやなかったか?」
み「然り!
滔々と雪解け水を湛えた阿賀野川を、狐火の燃える麒麟山に向けて渡って行くんじゃ。
このシーンは夜だから、いっそう幻想的なのよ。
舟に篝火を焚いてね」
ハ「ほんとの夫婦なのか?」
み「当たり前じゃ。
公募で選ばれるの。
しかしわたしは、頼まれてもご辞退したい。
白無垢で舟から落ちたら、まず助からないからね」
ハ「誰が頼むんや。
そもそも花婿がいないやないけ」
み「やかまし!
しかし、この狐の嫁入り行列……。
コロナのせいで、2020年から、3年連続で中止になっとる」
ハ「来年はやれるやろ。
いや、やらなきゃならんの」
み「そのとおり。
このままじゃ、日本の地方は、ずぶずぶと沈んでいってしまう」

み「ほら、狐もどことなく寂しげじゃ」
ハ「誰の作品や?」
み「駅員さんじゃないの」
ハ「そんなアホな」

ハ「いい駅やないか」
み「冬には来たくないけどね」
ハ「またそういう後ろ向きな……」
み「わたしは常に、悪いときの光景が目に浮かぶの。
よし戻るぞ」
ハ「もうか!
駐車場に出ただけやないか」
み「15分しかないの。
もう、だいぶ経ったわ。
乗り遅れたら、全計画がパーだからな」

み「よーし。
ここまで来れば、もはや安心。
しかし蒸気機関車って、ほんとに生き物っぽいよね」
ハ「石炭を食べて、ぜいぜい言いながら走るからの」
み「よし、階段登って、上からも撮ろう」
ハ「今、下りてきたばっかりやないか」
み「運動、運動」

み「かっちょえー。
空力を無視した無骨な形状。
最高じゃ」
ハ「褒めとんのか?」
み「当たり前じゃ。
よし、もうそろそろ時間だ。
乗るぞ」
ハ「忙しいやっちゃ」
み「あ、後ろの展望室が空いてる」
ハ「さっきの“鉄”は、どうしたんやろ?」
み「ひょっとしたら、津川までの切符しか買ってなかったりして。
行ってみよう」

み「うーむ。
線路しか見えん。
こりゃ、飽きるわな。
よし堪能した。
席に戻るぞ」
ハ「忙しない!
もう少し落ち着けんのか」
み「旅先の日本人の習性じゃ。
よーし、座った。
さあ、出発進行!」
ハ「おまえが言うな」

み「出たー。
いきなり廃屋!」
ハ「強烈やな」
み「こりゃ、今年の冬、雪で潰れるな」
ハ「今の地方の現状を、眼前に突きつけられたようや」

み「変わらないのは、水の流れだけじゃ」
ハ「人間の営みは、結局、自然には勝てないってことやな」
み「それでいいんじゃないの。
負けて滅びて行けば。
壊してしまうより、なんぼかマシじゃろ」

み「どひゃー」
ハ「喘いでるの」
み「トンネルじゃないから、窓開けてた人、結構いるんじゃないのか。
さてここで問題です」
ハ「いきなりなんや?」
み「SLの客車で、向かい合わせに座ってた2人。
トンネルで窓を閉め忘れてて……。
慌てて閉めたものの、煙がけっこう入ってしまった。
周りに謝りながら、ようやくトンネルを抜けた。
すると……。
ひとりが突然、顔を擦りだした。
擦った手の平を見てる。
でも、手の平も顔も、真っ白。
ところがそれを不思議そうに見てるだけの向かい側の座席の男は……。
顔が、煤で真っ黒。
何で、顔の白い人が顔を擦り、顔の黒い人は涼しい顔をしてたのでしょう?」
ハ「知るかい」
み「ちょっとは考えんか!
いいか。
顔の黒い人は、進行方向を向いて座ってて、煙をまともに浴びたの。
トンネルを出て、その人の顔を見た反対座席の男は……。
自分の顔もそうなってると思って、顔を擦ったの。
黒い顔の人は、向かい側の白い顔の人を見てるから……。
自分の顔が真っ黒けだとは思わなかったってわけ」
ハ「ナゾナゾの答えが長すぎやろ!」

み「車内が靄っておる。
やっぱり、窓、閉めてなかったヤツがいるな」
ハ「仕方なかろ。
トンネルでもないのに、予期できんわ」
み「子供には、いい思い出になるかもね。
でも、普通車に乗るときは……。
白い服は止めた方がいいかも」
ハ「あと、白塗りの化粧な」
み「そんなヤツがいるか!」

み「また川を渡った」
ハ「桃源郷のようやな」
み「夏はな」
ハ「またそれか」

み「日出谷駅だ。
11:42分。
ここってもう、福島県?」
ハ「まだ阿賀町や。
しかしここが、新潟県最後の駅やな」
み「ここでは確か、ホームで駅弁が買えたんじゃなかったかな?
『とりめし』って駅弁」
ハ「誰もおらんぞ」
み「調べて」
ハ「ふむふむ。
どうやら、10年ほどまえに消滅しとるようや」
み「なして?」
ハ「店主の高齢化のようやの」
み「後継者がいなかったのかね?」
ハ「20個限定やったらしい。
列車のドアが開くと、売場まで競争だったようや。
それでも、700円やったらしいから、1万4千円にしかならん」
み「原価を引いたら、小遣い銭しか残らんな。
それじゃ、後継の現れようがないわ。
そんなに競争になるほどなら、単価を上げればいいのに。
1,500円くらいにしても、十分に売れたんじゃないの?」
ハ「そういうことが出来ないお人やったんやろうな。
あんたと違ごて」
み「やかまし。
弁当の話が出たら、急にお腹が空いてきた。
売店に行ってみよう」
ハ「昼は食べないんやなかったんか?」
み「がっつり食べる気はないよ。
アテだけ」
ハ「ん?
アテということは……。
酒を飲もうっちゅうんかい?」
み「さいなー」
ハ「何語や」

み「熊が出そうなところだな」
ハ「車やないと、怖くて通れんな」
み「だから田舎は、免許返納できんのよ」
ハ「返納したら、熊に食われるか」
み「さいなー」
ハ「やめんか、それ」
わたしが撮った売店の写真はありませんので……。
↓JRグループの『トレたび』さんのサイトから拝借しました(こちらのページです)。


み「うーむ。
今日一番の、いい眺めかもしれん」
ハ「変わった銘柄のビールやな。
初めて見た」
み「さもありなん。
これは、新潟限定ビールなの。
『風味爽快ニシテ』。
一度、飲んでみたいと思ってたのよ。
念願が叶った」

み「おや。
缶の裏に、いろいろと書いてあるぞ。
なんと!
サッポロビールの生みの親は、新潟県人じゃと。
知らなんだ。
与板の人だったのか」
ハ「“よいた”ってどこや?
酒飲みばっかりの土地で、“酔うた”か?」
み「アホたれ。
昔の、三島郡(さんとうぐん)与板町。
今は、長岡市に合併されてる。
ふむふむ。
その与板出身の中川清兵衛という人が、ドイツでビールの修行をして……。
そんでもって日本に帰って作ったのが、『札幌ビール』だって」
ハ「なんで札幌なんや?」
み「知らん。
もう、飲むぞ。
温くなってしまうわ」
ハ「その茶色いのはなんや?
パンか?」
み「何で、ビールのアテにパンを食うんじゃ。
胸焼けするではないか。
パッケージを開ければ、匂いでわかるじゃろ。
どうじゃ?」
ハ「思いっきり、魚やな」
み「あたぼうよ」
ハ「何を威張っとるんや」
み「じゃ、まずこれを容器に移してと。
さっき、車内で食べますかって聞かれたときは、いったい何ごとかと思ったわい。
ひょっとして、煙突から出る煙でスモークして食べれって言われるのかと思った」
ハ「そんなわけあるかい」
み「そしたら、このスチロールの容器と割り箸とお手拭きをくれたわけ。
親切じゃないの、JR東日本。
あ、食べる前に記念撮影しよう」

み「撮るぞ。
じっとしとれよ」
ハ「ビールに挟まれて冷たい!
早よ撮れ」
み「パチリ。
さて、食うぞ。
パクリ」
ハ「美味いやないけ。
鮭やな」
み「味が伝わったか」
ハ「おう。
もう飲みこむのか。
もったいない」
み「わたしは早食いなの」
ハ「これは、ただ焼いただけやないな」
み「レシートに、商品名が書いてあるんじゃないのかな。
あったあった」

↑レシートが残ってました。
み「『鮭の焼き漬け』とある」
ハ「焼き漬けって、どうするんや?」
み「即、検索!」
ハ「またわしか。
お、なんと、農林水産省のページに出ておった(こちら)。
村上市の郷土料理やな。
『煮切った酒とみりんに醤油を加えた醤油だれに、白焼きにしたサケを熱いうちに漬け込む』とある。
これは、美味くないわけないな」
み「さて、ビールをいくぞ。
グビリ」
ハ「ほぉ~」
み「何か、変わった味だな。
爽快なのか?」
ハ「わしに聞くな。
けっこう美味いやないか」
み「確かに、旅先で1本飲んでみるにはいいかもね。
でも、毎日飲むビールとしては、ちょっと違うかも」
ハ「どう違うんや」
み「値段が」
ハ「そっちか」
み「わたしが普段飲んでるのは、第3のビールだしね。
アサヒ オフ。
アルコール度数、3%~4%」
ハ「薄っ!」
み「爽快どころか、ほぼ無味」
ハ「味気な」
み「テレワークの昼飲みにはピッタリなんじゃ」
ハ「仕事中に飲んどるのか」
み「さいなー」
ハ「開き直るな」

み「おー。
のどかな良い風景じゃ。
山も近いし。
山が緑色に見えるとこは、やっぱりいいな」
ハ「山は普通、緑色やないのか?」
み「わたしの住んでるあたりでは、薄い水色だね。
遠いから」
ハ「遠山さんか」
み「なんだそれ。
でもここら、稲はまだ植えたばっかりみたいだね。
コシヒカリじゃないのかな?」
ハ「それより、何も植えられてない田んぼが多いんやないか。
水も入ってへんから、これから植えるわけやないやろ」
み「耕作放棄地か。
やがて、すべての田んぼがそうなって……。
向こうの山と繋がる原野に戻るんだろうな」
ハ「諸行無常や」

み「今が、こんな風景を見られる最後の時代かもね。
なんまんだぶ」
ハ「唱えるな!」

み「あ、野沢駅だって。
するとここはもう、福島県ってことか」
ハ「標識からすると、西会津町のようやな」

み「とうちゃ~く。
12:16分。
2分停車ですので、お降りにならないで下さい」
ハ「誰に言うとんのや」

み「あの禿げ山、なんだろ?」
ハ「道みたいなのが付いとるな」
み「親近感が湧くだろ」
ハ「何でや?」
み「禿げ同士で」
ハ「やかましい!
わしの頭に毛があったら、返ってヘンやないか」
み「ははは。
想像したら、笑っちまった」
ハ「つくずく失敬なやっちゃ」

み「上流なのに、スゴい水量だね」
ハ「雪解け水やろ」
み「これを見ると、河口付近の川幅も納得出来る。
対岸が、霞んで見えるからね」
ハ「信濃川と違うて、阿賀野川には分水路がないからの」
み「水が全部、河口まで来るわけだからね。
中国からの留学生なんか、阿賀野川河口あたりの風景を見ると……。
故郷を思い出すんだって。
大陸的な景色なんだろうな。
昔、『Mikiko's Room』をまだやってなかったころ……。
ゴールデンウィークには、自転車で阿賀野川の橋を渡ったりしてた。
柵に囲まれてても、下を見ると怖かったよ。
もの凄い水量で」
ハ「さもありなん」

み「なにしてんだ、あれ?」
ハ「ボートに、人が2人ずつ乗ってるようやな」

み「釣りか?」
ハ「違うやろ。
揃いの制服っぽいぞ」

み「あ、何か看板が出てる。
読めん……。
ズームして」
ハ「そんなこと……。
できたりして」

み「『福島県営荻野漕艇場』か。
実際、ボートもいるではないか」
ハ「さっきの並んだボートは……。
スタートラインやないかな」
↓喜多方市のページにあった『通常練習時のコース図』です(出典)。

み「どうせなら、競艇場の方が儲かったのに」
ハ「またそういうことを」

み「山都駅じゃー。
12:40分。
ハ「ここは蕎麦が有名やな」
み「10分停車だな。
駅そばがあれば、食べれるかも。
検索!」
ハ「事前に調べてこいや。
……(調べ中)。
残念ながら、構内にはないようやな。
近くに、『そば伝承館』というのがあるが……。
往復だけでも、10分はかかりそうや」
み「無念!
じゃ、もう1時だし、昼食にしようかな」
ハ「さっき、鮭、食べたやないけ」
み「この昼食には、別の目的があるのじゃ」

み「ジャジャーン」
ハ「これが昼食かい?
なんとも味気ない」
み「これから、ロキソニンを飲むの。
歩き始めてから、腰痛が出たら嫌だから。
といって、単独で飲んだら、胃が痛くなるかも知れん。
なので、ゼリー飲料と一緒に飲むってわけ。
しかし、鎮痛剤なのに……。
なんで胃が痛くなるのかわからん。
よし、これで準備はオッケー」

み「おー、撮り鉄がいっぱいいる」
ハ「最高の撮影日よりやな」
み「高いところに向けて撮るから……。
人の頭が邪魔になったりもしないね」
ハ「場所取りがいらんちゅうわけやな。
最高の撮影ポジションでもあるってことや」
み「それにしては、人が少ない気がするけど」
ハ「今年の運行が始まって、2ヶ月くらい経つからやろ。
運行開始のころは、もっと盛況やったんちゃうんか」
み「ひょっとしたら、桜も一緒に撮れたかも知れないしね」

み「緑が目に染みるわい」
ハ「まさに万緑やな」
み「歯が生えそうじゃ(『万緑の中や吾子の歯生え初むる(中村草田男)』)」
ハ「アホか」

み「真ん中に見える、青い屋根と赤い屋根の民家は……。
昔、茅葺きだったんじゃないのかな」
ハ「そんな形やな」
み「でも、人は住んでるのかね?」
ハ「なんでや?」
み「手前の田んぼに生えてるのは、雑草だろ?」
ハ「耕作放棄地か」
み「なんまんだぶ」
ハ「唱えるな!」

み「おー、ここは見事な水田じゃ」
ハ「植えたばっかりみたいやな」

み「こっちは、これから田植えだ。
新潟より、1ヶ月近く遅いね」
ハ「本来、今ごろが普通なんやないか?」
唱歌の『夏は来ぬ』に、早乙女が“玉苗植うる”という歌詞があるやないか」
み「新潟の田植えは、ゴールデンウィーク中で……。
まだ水が冷たいからね。
でも、ゴールデンウィークに田植えをするのには、切実な理由があるわけよ」
ハ「わかった。
兼業農家が多いから、田植えで会社を休みにくいんやろ」
み「それなら、土日に植えればいいだけじゃん。
ゴールデンウィークなら、手伝いが来てくれるから。
東京の子供たちが、孫を連れて帰省してくるわけ」
ハ「なるほど。
孫にはいい体験になるの」
み「今は、田植え自体は機械になってるけど……。
実は、田植えで一番大変な作業は、苗箱を田植機に載せるまでの行程。
苗代から苗箱を軽トラに積みこみ、田んぼまで運び……。
そして、田植機にセットする。
この重労働は、お年寄りにはそうとうキツいはず。
若い人の手を借りたいわけよ」
ハ「もし、苗の運び手がいてくれたら……。
おとっつぁんは、田植え機に乗ってるだけでいいってことやな」
み「毎日でも田植え出来るよ」
ハ「ははは」

み「あ、もう喜多方だ。
13:06分。
2分停車なので、降りてラーメンは食べられません」
ハ「誰に言うとんのや」
み「喜多方ラーメン、食べたことある?
あ、埴輪時代にはないか」
ハ「古墳時代やと言うとるやろ!」
み「そもそも、喜多方ラーメンって、どういうラーメン?
はい、検索」
ハ「わしは、埴輪検索か」
み「それ、森田健作のしゃれのつもり?」
ハ「喜多方ラーメンはな……」
み「スルーしたな」
ハ「Wikiを丸読みするぞ(出典)。
『スープは醤油味の透明な豚骨スープが基本で、あっさりした味わいである。
豚骨のベースと煮干しのベースを別々に作り、それらをブレンドしたものを提供する店もある。
醤油味がベースだが、店によっては塩味や味噌仕立てなど千差万別である。
麺は「平打ち熟成多加水麺」と呼ばれ、幅は約4mmの太麺で、切刃番手は12番および14番が使われる。
独特の縮れがあり、食感は柔らかい。
具はチャーシューを主として、ねぎ、メンマ、なるとなどが一般的な構成である。』
ってことや」
み「なんか、普通の醤油ラーメンじゃないの?」
ハ「不満か?」
み「わたしは、塩ラーメンが好きなの。
頼むのは、たいていタンメン」
ハ「もうちょっと、グルメな人間に憑依したかったわい」
み「なんか言った?」
ハ「スルーしなはれ」

み「あれ、何の花だろ?」
ハ「サクラやないわな」
み「当たり前じゃ。
ハナミズキに似てるけど……。
季節が1ヶ月くらい違うし。
あ、そうか。
ヤマボウシか。
ベニバナヤマボウシ。
それなら、今ごろ咲いててもおかしくないわ。
でも、あんなとこに単木で植えて、夏、大丈夫なのかね」
ハ「元気そうやないか。
夏に弱い木なのか?」
み「ヤマボウシは、ハナミズキの仲間なの。
ていうか、ほとんど同じ木なんじゃないかな。
花期がちょっとズレるくらいで。
で、新潟でも一時期、ハナミズキを街路樹に使うのが流行ったのよ。
でも、結果は思わしくなかった」
ハ「なんでや?」
み「街路っていう環境は、かなり過酷なのよ。
夏は、カンカン照りで根元まで陽があたる。
冬は、寒風の通り道。
ハナミズキってのは、木の性質で云うと、モミジなんかと近いのよ。
山で、ほかの木と一緒に生えてるから……。
根元に陽があたることも、風が裾を吹きすぎることもない。
街路樹にイロハモミジを植えて、育つと思う?」
ハ「よーわからんが、そぐわん感じはするわな」
み「今はもう、ハナミズキが新しい街路に植えられてるとこは見なくなったね」

み「何かの工場みたいだね。
製粉工場かな?
ラーメンの」
ハ「これは、生コンやないのか?」
み「検索……。
やっぱしなくていい。
あんまり興味が湧かない」
ハ「なんやそれ」
み「架線があるね。
磐越西線で電化されてるのは……。
喜多方から郡山までだからね。
でも、喜多方から会津若松までは……。
電車を使用した定期列車は設定されてないんだって」
ハ「詳しいやないか」
み「磐越西線は、新津が終点だけど……。
実際は、わたしの乗る信越本線に乗り入れて、新潟駅まで行ってる。
なので通勤では、磐越西線のディーゼル車に乗ることもあるわけ。
でも去年だったかかな、新しい車両が走るようになったんだけど……。
発車するときのエンジン音が、旧型車より遙かに大きいのよ。
最初に聞いたときは、ぶったまげた。
あれは、なんでなのかね?」
ハ「知らんわ」

み「塩川(しおかわ)駅着。
13時18分。
ここが最後の停車駅になります。
2分停車ですから、列車の外に出ないで下さい」
ハ「わかっとるわ」

み「おー。
上流っぽい景観になってきたね。
ていうかこれ、阿賀野川?
今度は、即、検索」
ハ「どうやら、日橋川(にっぱしがわ)のようやな。
日本の“日”に、ブリッジの“橋”や。
猪苗代湖から流れ出る、唯一の川だそうや。
阿賀野川に合流しとる」

み「ついに会津若松に、到着しました~。
13時35分。
新津を出てから、3時間32分。
こんなに長く汽車に乗ったのは、学生時代以来じゃ」
ハ「どこに行ったんや」
み「帰省しただけ。
鈍行を乗り継いで」
ハ「ご苦労なこっちゃ」
み「お金は無かったけど、時間はあったからね。
山の上で1時間くらい停車したり……。
なんとも、のどかな旅だった。
2度としなかったけど」
ハ「1度すれば十分や」
み「さ、降りるぞ」
ハ「こら!
わしを忘れるな!」
み「わざとだったりして」
ハ「腹ん立つ!」

み「見よ、わが『ばんえつ物語』号の勇姿」
ハ「何が“わが”や」

み「これで見納めじゃ。
なんまんだぶ」
ハ「拝むな!」
み「架線がなければ、もっとすっきり撮れるのになぁ」
ハ「撮り鉄みたいなこと言うやないか」
み「いっぱい撮ってるじゃないか」
ハ「車内から撮るのも、“撮り鉄”言うんか?」
み「いいの!」