2022.7.25(月)
「うんぐ。
むぉぉ」
侑人が呻いた。
顔が香織の性器に埋もれているので、発声ができないのだろう。
しかし、その言いたいことは痛いほどわかった。
射精しそうなことを訴えているのだ。
絵里子は、侑人の陰茎を真っ直ぐ立てた。
前方に向けてると、ソファーを汚す怖れがあった。
「が。
がが」
絵里子の掌中で、陰茎が激しく脈動した。
乳房を押しつけた背中が、脈動に合わせて強ばった。
「あぎゃっ」
今度は香織だった。
両脚を、高々と天に掲げていた。
爪先では、10本の足指が、何かを掴もうとするかのように開いていた。
顔は、絵里子を見据えている。
しかし……。
見開いた両眼に、瞳はなかった。
乳房に伝わる侑人の背中の強ばりが、引き潮のように消えていく。
絵里子は、侑人の頭を押しつけた手で髪を握った。
引き起こす。
顔を覗きこむ。
こちらも同様だった。
アニメみたいに見開いた目は、点睛を欠いていた。
絵里子は、侑人の身体を反転させた。
背中をソファーに向け、座面の縁に後ろ頭を預ける。
いい構図だ。
香織の両脚はすでに肘掛けに落ちていたが、真っ白い眼球はまだ閉じられていなかった。
座面で剥き広げた股間は、ジェルを叩きつけたような惨状だった。
歪んだ陰唇から、ぽっかり開いた膣口まで覗けた。
その真下で、侑人が白目を剥いている。
薄い胸は、ナメクジが這ったごとくに濡れている。
自らの精液を浴びたのだ。
陰茎はまだ、硬度を保っていた。
アンコウの疑似餌みたいに、ヒクヒクと動いている。
絵里子は、脇にどかしたテーブルからスマホを取りあげた。
2人に向ける。
「笑って」
2人は、微かに応えたように思えた。
シャッター音が、無機質に鳴り続ける。
むぉぉ」
侑人が呻いた。
顔が香織の性器に埋もれているので、発声ができないのだろう。
しかし、その言いたいことは痛いほどわかった。
射精しそうなことを訴えているのだ。
絵里子は、侑人の陰茎を真っ直ぐ立てた。
前方に向けてると、ソファーを汚す怖れがあった。
「が。
がが」
絵里子の掌中で、陰茎が激しく脈動した。
乳房を押しつけた背中が、脈動に合わせて強ばった。
「あぎゃっ」
今度は香織だった。
両脚を、高々と天に掲げていた。
爪先では、10本の足指が、何かを掴もうとするかのように開いていた。
顔は、絵里子を見据えている。
しかし……。
見開いた両眼に、瞳はなかった。
乳房に伝わる侑人の背中の強ばりが、引き潮のように消えていく。
絵里子は、侑人の頭を押しつけた手で髪を握った。
引き起こす。
顔を覗きこむ。
こちらも同様だった。
アニメみたいに見開いた目は、点睛を欠いていた。
絵里子は、侑人の身体を反転させた。
背中をソファーに向け、座面の縁に後ろ頭を預ける。
いい構図だ。
香織の両脚はすでに肘掛けに落ちていたが、真っ白い眼球はまだ閉じられていなかった。
座面で剥き広げた股間は、ジェルを叩きつけたような惨状だった。
歪んだ陰唇から、ぽっかり開いた膣口まで覗けた。
その真下で、侑人が白目を剥いている。
薄い胸は、ナメクジが這ったごとくに濡れている。
自らの精液を浴びたのだ。
陰茎はまだ、硬度を保っていた。
アンコウの疑似餌みたいに、ヒクヒクと動いている。
絵里子は、脇にどかしたテーブルからスマホを取りあげた。
2人に向ける。
「笑って」
2人は、微かに応えたように思えた。
シャッター音が、無機質に鳴り続ける。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2022/07/25 06:13
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今日は何の日
7月25日は、『甘露忌』。
昭和時代の俳人、秋元不死男(あきもと ふじお)の、1977(昭和52)年の忌日。
「甘露忌(かんろき)」の名称は、句集『甘露集(1977年)』にちなんだもの。
また、「不死男忌」とも呼ばれます。
上記の記述は、こちら(https://zatsuneta.com/archives/10725a2.html)のページから転載させていただきました。
さらに同じページから、「秋元不死男について」を引用させていただきます。
1901(明治34)年11月3日……。
神奈川県横浜市中区元町に、漆器の輸出商の次男として生まれます。
本名は、不二雄(ふじお)。
別号に、東京三(ひがし きょうぞう)、秋元地平線。
劇作家の秋元松代(あきもと まつよ)は妹。
13歳の時に父が病没。
1916(大正5)年、横浜市第二日枝小学校高等科を卒業し……。
横浜火災海上保険会社(後のニッセイ同和損害保険)に入社。
社内の渋柿派の俳人から、俳句を教わります。
1929(昭和4)年、同社で嶋田的浦(しまだ てきほ)と同僚になりました。
翌1930(昭和5)年、的浦から兄の嶋田青峰(しまだ せいほう)を紹介され師事し……。
青峰の主宰する俳句雑誌『土上(どじょう)』に投句を開始します。
1934(昭和9)年、新興俳句運動に加わり、西東三鬼(さいとう さんき)らと交流。
1940(昭和15)年、三鬼らと『天香(てんこう)』を創刊。
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2022/07/25 06:13
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今日は何の日(つづき)
引用を続けます。
翌1941(昭和16)年、新興俳句を弾圧する「京大俳句事件」に連座し検挙され……。
1943(昭和18)年まで拘留されます。
戦後の1946(昭和21)年、平和と民主主義を掲げる新俳句人連盟に参加。
1948(昭和23)年、山口誓子(やまぐち せいし)の『天狼(てんろう)』創刊に参加。
翌1949(昭和24)年、『氷海(ひょうかい)』を創刊、後に主宰します。
1961(昭和36)年、俳人協会設立に参加。
1968(昭和43)年、句集『万座(まんざ)』で、第2回蛇笏(だこつ)賞を受賞。
1977(昭和52)年7月25日、75歳で死去。
その他の著書として、句集『街(まち)(1940年)』、『瘤(こぶ)(1950年)』、『秋元不死男全集(1980年)』のほか……。
『現代俳句の出発(1939年)』、『俳句入門(1955年)』などがあります。
作風は、善人性と庶民的ヒューマニズムを基調とします。
以上、引用終わり。
名前には聞き覚えがありましたが、作品はまったく知りませんでした。
↓Wikiにあげられていた代表句(出典⇒https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E5%85%83%E4%B8%8D%E6%AD%BB%E7%94%B7)。
●子を殴(う)ちしながき一瞬天の蝉
●鳥わたるこきこきこきと罐切れば
●へろへろとワンタンすするクリスマス
●三月やモナリザを売る石畳
●終戦日妻子入れむと風呂洗ふ
続きはさらに次のコメントで。
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3. Mikiko- 2022/07/25 06:14
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今日は何の日(つづきのつづき)
この中では、断然「鳥わたる」の句が好きです。
昔の缶詰は、パカッと開きません。
缶切りを使って、まさに「こきこきこき」と缶を切ったのです。
ところでこの鳥は、日本に渡って来たのでしょうか……。
それとも、北へ帰って行くのでしょうか。
これは、「鳥渡る」がいつの季語になってるかでわかります。
秋なんです。
つまり「鳥渡る」の意味は、「渡り鳥が秋に日本に渡ってくること」なんですね。
それじゃ、北へ帰るときを句にするにはどうすればいいんでしょう。
ちゃんと季語がありました。
「鳥帰る」です。
もちろん、春の季語となります。
Wikiにあがってるほかに、面白い句がないか探しました。
●蝿生れ早や遁走の翅使ふ
●煌々と夏場所終りまた老ゆる
残念ながら、このくらいしか見つかりませんでした。
↑の引用文に出てくる西東三鬼には、好きな句がけっこうあるんですけどね。
●水枕ガバリと寒い海がある
●中年や遠くみのれる夜の桃
●おそるべき君等の乳房夏来(きた)る
●露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す
いずれも、ドラマの1シーンを感じさせる句です。
不死男の「鳥わたる」の句もそうですね。
どうやらわたしは、そういう句が好きなようです。
しかし、秋元不死男。
すごい俳号を付けましたね。
本名の「不二雄」をもじったのでしょうが。
しかしこの「不二雄」も大した名前です。
「二人といない男」という意味でしょうか。
彼は、次男。
長男の名前が気になります。
で、Wiki(上述出典と同じ)を探してたところ……。
↓ちょっと胸をつかる記述を見つけました。
+++
長男は不死男が生まれた日に病没。
+++
両親の願いは、まさに「不死男」だったのでしょう。