2021.8.27(金)
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「物足りなくなっちゃったのよ。
ひとりだと。
つまり……。
観客が必要なの。
ま、わたしはもともと、そういう体質だったのね。
ほら。
音楽の時間に、リコーダーを独奏したことがあったじゃない。
みんなの注目浴びて。
わたしあのとき……。
濡らしてたのよ。
みんなに見られてるのが、あまりにも気持ち良くて。
あれ以来、あのシーンは、オナニーのネタのひとつね。
もちろん、妄想の中のわたしは全裸よ。
素っ裸で、リコーダーを吹いてる。
クラスのみんなが、わたしを取り囲んでる。
もちろん、その子たちも裸。
そして、わたしの独奏を聴きながら……。
オナニーしてる。
我慢できなくなった男子が、わたしに駆け寄り……。
精液を放つわ。
白くて暖かい、うどんのような精液が、わたしの前腕を袈裟懸けにする。
切っ先は、乳首まで届いた。
次の子は、思いがけなかった。
まだ小学生みたいな体型の男の子。
ふふ。
わかる?
野田くんよ。
彼はまだ陰毛が生えてないの。
見たわけじゃないけど、絶対よ。
でも、皮で包まれたおちんちんを、思い切り勃起させてる。
先っぽから、亀頭の赤い粘膜が覗いてた。
彼は、わたしの脇の机に乗った。
そして立ったまま、おちんちんを擦り始める。
なんだか、小便小僧みたいな格好。
『あぅ』
オットセイみたいに鳴いた直後……。
彼のおちんちんからは、精液が噴き出した。
わたしの顔面を直撃。
髪が靡くほどの勢い。
あとは、次から次へと。
替わる替わる机の上に登っては……。
射精。
わたしはいつしか、砂糖菓子のように真っ白になっていく。
女子たちは、わたしの身体に纏わり付き……。
わたしの肌を流れる精液を舐めてるの。
もちろん、わたしの股間にむしゃぶりついてる子もいるわ。
そう。
あなたよ」
学級委員はそう言って、真っ直ぐわたしを見た。
背が高くて、小さな顔。
黒縁メガネの奥の目は、よく見ると薄茶色。
肌は抜けるように白い。
ひょっとしたらハーフじゃないかって、前から思ってた。
名前は、完全に日本人だったけど。
「物足りなくなっちゃったのよ。
ひとりだと。
つまり……。
観客が必要なの。
ま、わたしはもともと、そういう体質だったのね。
ほら。
音楽の時間に、リコーダーを独奏したことがあったじゃない。
みんなの注目浴びて。
わたしあのとき……。
濡らしてたのよ。
みんなに見られてるのが、あまりにも気持ち良くて。
あれ以来、あのシーンは、オナニーのネタのひとつね。
もちろん、妄想の中のわたしは全裸よ。
素っ裸で、リコーダーを吹いてる。
クラスのみんなが、わたしを取り囲んでる。
もちろん、その子たちも裸。
そして、わたしの独奏を聴きながら……。
オナニーしてる。
我慢できなくなった男子が、わたしに駆け寄り……。
精液を放つわ。
白くて暖かい、うどんのような精液が、わたしの前腕を袈裟懸けにする。
切っ先は、乳首まで届いた。
次の子は、思いがけなかった。
まだ小学生みたいな体型の男の子。
ふふ。
わかる?
野田くんよ。
彼はまだ陰毛が生えてないの。
見たわけじゃないけど、絶対よ。
でも、皮で包まれたおちんちんを、思い切り勃起させてる。
先っぽから、亀頭の赤い粘膜が覗いてた。
彼は、わたしの脇の机に乗った。
そして立ったまま、おちんちんを擦り始める。
なんだか、小便小僧みたいな格好。
『あぅ』
オットセイみたいに鳴いた直後……。
彼のおちんちんからは、精液が噴き出した。
わたしの顔面を直撃。
髪が靡くほどの勢い。
あとは、次から次へと。
替わる替わる机の上に登っては……。
射精。
わたしはいつしか、砂糖菓子のように真っ白になっていく。
女子たちは、わたしの身体に纏わり付き……。
わたしの肌を流れる精液を舐めてるの。
もちろん、わたしの股間にむしゃぶりついてる子もいるわ。
そう。
あなたよ」
学級委員はそう言って、真っ直ぐわたしを見た。
背が高くて、小さな顔。
黒縁メガネの奥の目は、よく見ると薄茶色。
肌は抜けるように白い。
ひょっとしたらハーフじゃないかって、前から思ってた。
名前は、完全に日本人だったけど。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2021/08/27 05:39
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今日は何の日

8月27日は、『益軒忌』。
江戸時代前期から中期にかけての儒学者で本草学者「貝原益軒(かいばら えきけん/1630~1714)」の忌日(旧暦)。
上記の記述は、こちら(https://zatsuneta.com/archives/108274.html)のページから転載させていただきました。
さらに同じページから、「貝原益軒について」を引用させていただきます。
1630(寛永7)年11月14日、筑前国(現:福岡県)に五男として生まれます。
名は篤信(あつのぶ)。
字は子誠(しせい)。
通称は久兵衛。
別号に損軒(そんけん)。
祖父の代より、黒田氏に仕えてます。
父や兄に医学、漢学を学びました。
1648(慶安元)年、18歳で福岡藩に仕えますが……。
第2代藩主だった武断派の黒田忠之(くろだ ただゆき)の怒りに触れ、7年間の浪人生活を送ります。
その間、医学修業に励みました。
1656(明暦2)年、26歳の時、第3代藩主で文治派の黒田光之(くろだ みつゆき)に許され、藩医となります。
藩命により京都に遊学し、医薬に関する本草学(ほんぞうがく)や陽明学、朱子学などを学び……。
木下順庵(きのした じゅんあん)、山崎闇斎(やまざき あんさい)、松永尺五(まつなが しゃくご)らと交友を深めます。
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2021/08/27 05:40
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今日は何の日(つづき)

引用を続けます。
1664(寛文4)年、34歳で帰藩。
1699(元禄12)年、69歳で役を退き、著述業に専念。
教育、医学、本草、歴史などにも功績を残します。
1714(正徳4)年8月27日、満83歳で死去。
著書には、下記のようなものがあります。
歴史書では、『黒田家譜(くろだかふ)/1688年』。
本草書では、『大和本草(やまとほんぞう)/1709年』。
教育書では、『和俗童子訓(わぞくどうじくん)/1710年』。
養生(健康)についての指南書では、『養生訓(ようじょうくん)/1713年』。
随筆では、『慎思録(しんしろく)/1714年』。
以上、引用終わり。
「武断派の黒田忠之(くろだ ただゆき)の怒りに触れ」た理由は何なんですかね?
ネットを調べても、明白ないきさつは記録として残ってないようです。
ただ、黒田忠之というのは、典型的なバカ殿だったようです。
ようやく生まれた跡継ぎだったので、思い切り甘やかされて育ったみたいです。
生まれたのは、1602年ですから、貝原益軒より28歳も年上です。
貝原益軒が18歳で仕官したとき、忠之は46歳です。
ネットでは、奔放な忠之に容赦なく諫言したからだろうと書かれてました。
でも、そんなバカ殿がカッとしたら、クビくらいで済みますかね。
ヘタすれば、切腹だったと思います。
続きはさらに次のコメントで。
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3. Mikiko- 2021/08/27 05:40
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今日は何の日(つづきのつづき)

ひょっとしたら、忠之には稚児趣味があって……。
益軒がそれを拒否したのかとも思いました。
でも、益軒の肖像画を見る限り……。
とても、殿がその気になる風貌とは思えません。
ま、ともかく、クビくらいで済んだことは喜ばなければならないでしょう。
なお、益軒を許した3代目の黒田光之は、忠之の長男です。
年齢は、益軒より2歳年上。
こちらは父とは違い、緊縮財政、植林治水などを行った名君だそうです。
さて。
貝原益軒。
さまざまな著書があるようですが……。
何といっても有名なのが、『養生訓』です。
↓中でも、年齢別に性交の回数を定めた下りが有名。
●20代では4日に1度
●30代では8日に1度
●40代では16日に1度
●50代では20日に1度
●60代では行わないか、もし体力が盛んならば1月に1度
しかし、この回数を守れなくても……。
「接して漏らさず」なら良いとのこと。
早い話、性交しても、射精しなければ良いというわけです。
しかし、こんなこと可能なんですかね?
ゴルゴ13にしか出来ない気がしますが。
EDの人なら可能でしょうが……。
そういう人はそもそも、「接する」ことが出来ないでしょうし。
ま、それでも、それを守った益軒(もちろん奥さんがいました)は……。
この時代に、満83歳まで生きてるわけです。
あながち否定出来ないところが、難しいところでしょう。
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4. 手羽崎 鶏造- 2021/08/28 21:28
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行わないか、月に一度?
そんなの耐えられませんがな。。
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5. Mikiko- 2021/08/29 06:17
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月に1回より……
「接して漏らさず」の方が難しそうです。
この回数には、手淫は含まれないんですかね。











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