2021.1.25(月)
志津子はTシャツの袖を持ち、ぶん回して放った。
白地に袖だけ黒いTシャツは、一瞬、海鳥のように羽ばたいた。
志津子は、腹の上まで覆うレギンスを脱ぎ始めた。
槻本くんを覗うと、困惑した表情ながらも、志津子の所作に釘付けになっているようだ。
レギンスから脱皮した志津子は、ブラとショーツだけの姿となった。
薄い藤色の上下だ。
ショーツの股上は深く、臍の直下まで届いていた。
まさに、還暦前の婦人が着るに相応しいアイテムだった。
わたしはこういう、年寄り臭いと言ったらなんだが……。
いかにも高齢婦人用の下着が好きだった。
結婚直後の一時期、志津子が若作りの小さなショーツを穿いたことがあった。
自分のためと云うより、わたしを喜ばせたかったのだろう。
しかし、違和感しか感じなかった。
すぐに、元の趣味に戻してもらった。
「昭夫ちゃん。
ぼーっとして。
まだ脱いでないの。
大事なシーンなのよ。
画面に映る『サザエさん』の茶の間の向こうにこそ、ほんとうの人間の世界があることを……。
この槻本さんにご披露するのよ。
さ、いらっしゃい」
志津子に手を引かれ、槻本くんの真ん前に出された。
「横向いて」
わたしと志津子は、槻本くんに体側を見せて正対した。
テーブルとソファーの間の狭い空間だ。
テーブルに腰掛ける槻本くんの膝が、わたしのズボンに触れそうだった。
「まだ格好つけてるみたいだから……。
先に出してやるわ」
志津子は、その場に両膝を着いた。
両手が、ズボンの前を押さえた。
「おい、ちょっと」
志津子の指が、ズボンのファスナーを引き下げる。
いつもなら楽しい瞬間だが……。
今日は違う。
特別な観客が、すぐ脇にいるのだ。
会社の部下の事務員だ。
出社すれば毎日、顔を合わせなければならない相手だ。
槻本くんを、横目で見下ろす。
口を、片手で覆っている。
しかし、その視線は、志津子の手元を凝視していた。
白地に袖だけ黒いTシャツは、一瞬、海鳥のように羽ばたいた。
志津子は、腹の上まで覆うレギンスを脱ぎ始めた。
槻本くんを覗うと、困惑した表情ながらも、志津子の所作に釘付けになっているようだ。
レギンスから脱皮した志津子は、ブラとショーツだけの姿となった。
薄い藤色の上下だ。
ショーツの股上は深く、臍の直下まで届いていた。
まさに、還暦前の婦人が着るに相応しいアイテムだった。
わたしはこういう、年寄り臭いと言ったらなんだが……。
いかにも高齢婦人用の下着が好きだった。
結婚直後の一時期、志津子が若作りの小さなショーツを穿いたことがあった。
自分のためと云うより、わたしを喜ばせたかったのだろう。
しかし、違和感しか感じなかった。
すぐに、元の趣味に戻してもらった。
「昭夫ちゃん。
ぼーっとして。
まだ脱いでないの。
大事なシーンなのよ。
画面に映る『サザエさん』の茶の間の向こうにこそ、ほんとうの人間の世界があることを……。
この槻本さんにご披露するのよ。
さ、いらっしゃい」
志津子に手を引かれ、槻本くんの真ん前に出された。
「横向いて」
わたしと志津子は、槻本くんに体側を見せて正対した。
テーブルとソファーの間の狭い空間だ。
テーブルに腰掛ける槻本くんの膝が、わたしのズボンに触れそうだった。
「まだ格好つけてるみたいだから……。
先に出してやるわ」
志津子は、その場に両膝を着いた。
両手が、ズボンの前を押さえた。
「おい、ちょっと」
志津子の指が、ズボンのファスナーを引き下げる。
いつもなら楽しい瞬間だが……。
今日は違う。
特別な観客が、すぐ脇にいるのだ。
会社の部下の事務員だ。
出社すれば毎日、顔を合わせなければならない相手だ。
槻本くんを、横目で見下ろす。
口を、片手で覆っている。
しかし、その視線は、志津子の手元を凝視していた。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2021/01/25 06:12
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今日は何の日

1月25日は、『左遷の日』。
901(延喜元)年1月25日(新暦2月16日)。
右大臣・菅原道真(すがわらのみちざね)が、醍醐天皇によって九州の大宰府に左遷されました。
彼の才能を妬む左大臣・藤原時平は、道真を罪に陥れてやろうと策略し……。
「道真は国家の政治を私物化している」と、醍醐天皇に何度も讒言(ざんげん:人を悪く言うこと)してました。
これにより、天皇も道真のことを逆臣と思いこむようになりました。
そしてついに、901年1月20日、菅原道真を大宰府の長官である大宰帥(だざいのそち)の権官・太宰権帥(だざいのごんのそち)に左遷。
筑紫国(現:福岡県)に流罪とすることとしたのです。
上記の記述は、こちら(https://zatsuneta.com/archives/101255.html)のページから転載させていただきました。
さらに同じページから、引用を続けさせていただきます。
道真は、長年住み慣れた自宅の庭に植えられてる梅が咲いてるのを見て……。
「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主(あるじ)なしとて 春な忘れそ」と詠み、この日、京の都を旅立ちました。
その梅は道真を追って、都の菅原邸から太宰府の庭まで飛んで行き……。
そこに根づいたという「太宰府の飛梅(とびうめ)」伝説があります。
菅原道真は無念の思いを抱きながら、2年後の903(延喜3)年2月25日に59歳で亡くなりました。
毎月25日は、各地の天満宮で「縁日」となってます。
以上、引用終わり。
わたしは、ちっとも詳しくないのですが、↑の記述には疑問点があります。
1月25日に、太宰府に左遷されたとありますが……。
その直後には、「1月20日に太宰権帥に左遷」とあります。
なんででしょう?
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2021/01/25 06:13
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今日は何の日(つづき)

あ、わかった。
辞令(?)が出たのが、1月20日。
太宰府に出立したのが、1月25日ということですかね。
そうかそうか。
でも、もう1点疑問が残ります。
「筑紫国(現:福岡県)に流罪」という記述。
左遷と流罪では、大違いだと思いますが。
そもそも、流罪になった人が、官職には就けないでしょう。
「流罪」というのは、「事実上の」という表現なんですかね?
でも、流罪といっても、佐渡とかではなく……。
暖かい九州なわけでしょ。
わたしなら、のんびりしちゃいますけどね。
満足な仕事が与えられるわけないですから……。
毎日がヒマ人です。
わたしなら、梅の咲く庭を散策し、縁側で昼間から一献ですね。
右大臣の地位を奪われ、地方に飛ばされて憤死したとするなら……。
道真もまた、権力志向の強かった人ということなのでしょう。
そうそう。
太宰府の飛梅は、2月中旬に咲くそうです。
左遷された1月25日を新暦にすると2月16日ですから……。
ぴったり合ってます。
道真の死後、都では天変地異が多発し……。
後ろめたさを感じてる人たちは、道真の祟りと恐れたそうです。
これは、何度か書いてますが……。
温暖化による、異常気象だったと思います。
平安時代というのは、世界的に温暖だった時代なんです。
中世温暖期と云います。
海面温度が、今より3度も高かったとか。
なので、日本の海岸沿いからは、平安時代の遺物が出ません。
なぜなら、当時は海水面が高く、今の海岸沿いは海の底だったからです。
ま、平安時代の人が、空を覆うスーパーセルなんかを見たら……。
祟りだと恐れるのも無理はありませんね。
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3. 手羽崎 鶏造- 2021/01/25 08:45
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太宰府は二度、訪ねたことがあります。
参詣?いいえ信仰心がまるで無いワタシは
名物・梅が枝餅の焼きたてを食するためです。
なぜか、行列が出来ているのは1軒だけ。
他の梅が枝餅店は閑古鳥状態でした。
(そういえば川崎大師の門前名物・久寿餅店も
人気店は1軒だけ。食べ比べれば違いが分かります)
西鉄電車に乗る楽しみもありました。
九州は越後に比べれば一般的に暖かいのでしょうが
太宰府は玄界灘に近いので寒い時は雪も降ると
思いますよ。
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4. Mikiko- 2021/01/26 06:17
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川崎大師
懐かしいです。
わたしが訪ねたのは、2019年。
そのときでさえ、参道は閑散としてました。
久寿餅屋ばかりあって驚きました。
昨年は、もっと大変だったでしょうね。
自前の店で、建築費のローンも終わってれば……。
なんとか持ちこたえられたかな。
でも、今年も続けば苦しいでしょう。
考えてみれば……。
福岡は、日本海側ですもんね。











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