2020.12.18(金)
「昭夫、見えてる?
百合枝のおまんこ」
志津子が、わたしの顔を間近で覗きこんだ。
「ああ」
「どう?」
「北海道を思い出すな」
「なんでよ」
「アワビだ。
北海道で食べた、大ぶりのアワビ」
「ふふ。
食べたい?
百合枝のアワビ」
「もちろんだ」
「ダメー。
わたしので塞がってるでしょ」
志津子は、再び首を後ろに振り向けた。
「ほら、百合枝。
オナニー、始めなさい。
アワビを隠さないように、指でクリを潰すのよ」
もっと近くで見たかった。
「志津子、そろそろ限界だ。
腕が震えてきたよ」
「仕方ないわね。
じゃ、このまま降ろして。
でも、抜いちゃダメよ。
抜いたら、あなた、北海道のアワビに突っこみかねないから」
わたしは、その場にしゃがみこんだ。
尻を最大限に床に近づけ、そのまま落とす。
フローリングなので、もっと衝撃があるかと思ったが、さほどではなかった。
志津子の尻も着地していた。
腕が、ウソのように楽になった。
そのまま、足裏と尻で、2人の身体を送る。
吉崎さんの間近まで来た。
「横向いて。
わたしも見たいから」
吉崎さんの前で、2人は真横を向く形を取った。
もちろん、結合した座位のままだ。
「ほら、百合枝。
始めて」
吉崎さんの指先が、股間部に伸びかけた。
「あ、ちょっと待って」
伸びかけた指が止まった。
「百合枝。
あなたもみんな脱いじゃいなさい。
汗っかきなんだから。
ほら」
百合枝のおまんこ」
志津子が、わたしの顔を間近で覗きこんだ。
「ああ」
「どう?」
「北海道を思い出すな」
「なんでよ」
「アワビだ。
北海道で食べた、大ぶりのアワビ」
「ふふ。
食べたい?
百合枝のアワビ」
「もちろんだ」
「ダメー。
わたしので塞がってるでしょ」
志津子は、再び首を後ろに振り向けた。
「ほら、百合枝。
オナニー、始めなさい。
アワビを隠さないように、指でクリを潰すのよ」
もっと近くで見たかった。
「志津子、そろそろ限界だ。
腕が震えてきたよ」
「仕方ないわね。
じゃ、このまま降ろして。
でも、抜いちゃダメよ。
抜いたら、あなた、北海道のアワビに突っこみかねないから」
わたしは、その場にしゃがみこんだ。
尻を最大限に床に近づけ、そのまま落とす。
フローリングなので、もっと衝撃があるかと思ったが、さほどではなかった。
志津子の尻も着地していた。
腕が、ウソのように楽になった。
そのまま、足裏と尻で、2人の身体を送る。
吉崎さんの間近まで来た。
「横向いて。
わたしも見たいから」
吉崎さんの前で、2人は真横を向く形を取った。
もちろん、結合した座位のままだ。
「ほら、百合枝。
始めて」
吉崎さんの指先が、股間部に伸びかけた。
「あ、ちょっと待って」
伸びかけた指が止まった。
「百合枝。
あなたもみんな脱いじゃいなさい。
汗っかきなんだから。
ほら」
コメント一覧
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1. Mikiko- 2020/12/18 05:49
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今日は何の日

12月18日は、『源内忌』。
江戸時代中期の本草学者で戯作者の平賀源内(ひらが げんない/1728~1780)の忌日(旧暦)。
本草学(ほんぞうがく)とは、中国および東アジアで発達した医薬に関する学問で……。
薬用とする植物、動物、鉱物などの自然物を研究してました。
上記の記述は、こちら(https://zatsuneta.com/archives/112185.html)のページから転載させていただきました。
さらに同じページから、「平賀源内について」を引用させていただきます。
1728(享保13)年、讃岐国寒川郡志度浦(現:香川県さぬき市志度)で、白石家の三男として生まれます。
白石家は、讃岐高松藩の足軽身分の家でした。
名は国倫(くにとも)、字は子彝(しい)。
号は鳩渓(きゅうけい)、風来山人(ふうらいさんじん)、福内鬼外(ふくうち きがい)など。
戦国時代の先祖にちなんで平賀に改姓。
1752(宝暦2)年、1年間長崎へ遊学し、本草学やオランダ語、医学、油絵などを学びました。
その後、大坂、京都でも学び、さらに1756(宝暦6)年には江戸に出て……。
本草学者の田村元雄(たむら らんすい:藍水)に弟子入りして、本草学を学びます。
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2020/12/18 05:49
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今日は何の日(つづき)

引用を続けます。
江戸では、蘭学医の杉田玄白(すぎた げんぱく)や中川淳庵(なかがわ じゅんあん)らと親交を持ちます。
物産博覧会をたびたび開催し、静電気発生機のエレキテル、石綿耐火布の火浣布(かかんぷ)、寒暖計などを発明。
戯作(げさく)、浄瑠璃(じょうるり)にも才能を発揮し、多くの作品を残しました。
また、源内焼(げんないやき)などの焼物の制作、鉱山の採掘など、多彩な分野で活躍しました。
しかし、幕府への仕官が叶わず、晩年は生活が荒れます。
酒に酔い、口論から人を殺傷。
これにより投獄され、1780(安永8)年12月18日(旧暦)、破傷風により獄死。
52歳。
著書として、本草学の『物類品隲(ぶつるいひんしつ)(1763年)』、談義本の『根南志具佐(ねなしぐさ)』や『風流志道軒伝(ふうりゅうしどうけんでん)』(1763年)、浄瑠璃の『神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)』(1770年)などがあります。
2009(平成21)年には、故郷のさぬき市志度に『平賀源内記念館(https://hiragagennai.com/)』が開館し……。
発明品や著作物、杉田玄白と源内の書簡などが展示されてます。
以上、引用終わり。
続きは次のコメントで。
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3. Mikiko- 2020/12/18 05:50
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今日は何の日(つづきのつづき)

生まれる時代を間違ったとしか云いようがありません。
しかし、不思議なのは、1752年、1年間長崎へ遊学というところから。
1752年と云うと、満で24歳です。
生家は、讃岐高松藩の足軽身分の家とのこと。
しかも、源内は三男。
足軽の家に、三男坊を長崎に遊学に出す余裕があったんですかね。
よくわかりません。
器用貧乏を絵に描いたような人生。
晩年は惨めです。
忌日の1780(安永8)年12月18日は、新暦にすると……。
翌年の1月12日。
牢屋の寒さはいかばかりだったでしょう。
しかも、死因は破傷風。
やはり、お酒を飲むときは、1人に限ります。
口論のしようがないですから。
確か、昔のSF小説界では……。
平賀源内は未来人というのが定説だったんじゃなかったですかね。
江戸時代に、タイムスリップして来たと。
でも、生まれははっきりしてるわけですよね。
どこかで入れ替わったんでしょうか。
江戸時代。
興味はありますが、時間旅行で行ってみたい気にはなりません。
トイレが無理です。
わたしが平賀源内だったら、まずウォシュレットを発明するのですが。
竹筒で出来た手押しの水鉄砲がありますよね。
あの原理で作れませんかね?











![[官能小説] 熟女の園](https://livedoor.blogimg.jp/mikikosroom2008/imgs/3/e/3e07a9c3.gif)





































































































