2020.12.7(月)
「そのまま、上体を倒して。
ゆっくりよ」
前傾し、両手をテーブルに突く。
志津子の背中が、腰の方からキャタピラのようにテーブルに着いていく。
頭は、テーブルの向こうの縁を越えてしまった。
「手が疲れて来ちゃった」
志津子の両手は、わたしの首に回って、自らを支えていた。
わたしはテーブルに肘を落とし、前腕をべたりとテーブルに着けた。
そのまま手を伸ばし、志津子の頭を支える。
けっこう重たかった。
志津子の両手が、首から外れた。
「あー楽ちん。
早く入れて」
「両手が塞がってる」
「ほほ。
今日は勃ちがいいわね。
いつもみたいに水平くらいなら、そのまま入れられるのに」
志津子が片手を伸ばし、陰茎を握った。
女の手に包まれる瞬間は、何度やられてもいいものだ。
亀頭が、蓴菜沼に導かれる。
見た目以上にぬるぬるだった。
志津子の支えた頭を引きつけながら、腰を煽った。
「あひぃ」
志津子の喉首が仰け反った。
真っ白い吊り橋のようだった。
「ど、どう?
思い出した?」
「何を?」
「女工さんとやったとき。
どっちがいい?」
「みんなちがってみんないい」
「相田みつをじゃないんだから」
「金子みすゞだよ」
「あら、そうだった?
でも早い話、誰でもいいってことじゃないの?」
「まあね。
男なんてそんなものだ」
「捨てないでよ、わたしを」
「捨てるものか。
まず、志津子がいて……。
さらにほかにもいたら、とてもいい」
「金子みすゞ?」
「そんなわけないだろ。
宮高昭夫だ」
「ほんとに勝手ね、男って。
憎たらしい」
志津子の両脚が腰に回った。
締めつけられる。
ゆっくりよ」
前傾し、両手をテーブルに突く。
志津子の背中が、腰の方からキャタピラのようにテーブルに着いていく。
頭は、テーブルの向こうの縁を越えてしまった。
「手が疲れて来ちゃった」
志津子の両手は、わたしの首に回って、自らを支えていた。
わたしはテーブルに肘を落とし、前腕をべたりとテーブルに着けた。
そのまま手を伸ばし、志津子の頭を支える。
けっこう重たかった。
志津子の両手が、首から外れた。
「あー楽ちん。
早く入れて」
「両手が塞がってる」
「ほほ。
今日は勃ちがいいわね。
いつもみたいに水平くらいなら、そのまま入れられるのに」
志津子が片手を伸ばし、陰茎を握った。
女の手に包まれる瞬間は、何度やられてもいいものだ。
亀頭が、蓴菜沼に導かれる。
見た目以上にぬるぬるだった。
志津子の支えた頭を引きつけながら、腰を煽った。
「あひぃ」
志津子の喉首が仰け反った。
真っ白い吊り橋のようだった。
「ど、どう?
思い出した?」
「何を?」
「女工さんとやったとき。
どっちがいい?」
「みんなちがってみんないい」
「相田みつをじゃないんだから」
「金子みすゞだよ」
「あら、そうだった?
でも早い話、誰でもいいってことじゃないの?」
「まあね。
男なんてそんなものだ」
「捨てないでよ、わたしを」
「捨てるものか。
まず、志津子がいて……。
さらにほかにもいたら、とてもいい」
「金子みすゞ?」
「そんなわけないだろ。
宮高昭夫だ」
「ほんとに勝手ね、男って。
憎たらしい」
志津子の両脚が腰に回った。
締めつけられる。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2020/12/07 06:14
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今日は何の日
12月7日は、『世界KAMISHIBAIの日』。
日本独自の文化である「紙芝居」を愛する人、興味のある人、演じたい人など、様々な人が……。
国境を越えて参加し交流する、「紙芝居文化の会(https://www.kamishibai-ikaja.com/)/東京都三鷹市」が制定。
日付は、同会が創立した2001(平成13)年12月7日にちなんで。
紙芝居を研究し、学び合い、その魅力を世界中に根付かせていくことが目的。
紙芝居を通じて、国内はもちろん、国際交流も深めたいとの思いから……。
記念日名を、「KAMISHIBAI」と表記しました。
同会は、この記念日と紙芝居を通して、平和を希求しています。
また、紙芝居を愛する人たちと一緒に、日本中、世界中で紙芝居を演じ、楽しむこと……。
そして、共に生きるための共感の世界を広げていくことを呼びかけてます。
記念日は、2018(平成30)年、『(社)日本記念日協会(https://www.kinenbi.gr.jp/)』により認定、登録されました。
上記の記述は、こちら(https://zatsuneta.com/archives/112074.html)のページから転載させていただきました。
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2020/12/07 06:14
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今日は何の日(つづき)
さらに同じページから、「紙芝居について」を引用させていただきます。
紙芝居は、絵を見せながら演じ手が語って進める芝居的パフォーマンスのことで……。
主に子供たちを対象にした簡易な芸能です。
紙芝居は、昭和初期の1930年ころ、街頭紙芝居という形で日本で生まれました。
街頭紙芝居は、駄菓子を売るための人集めの道具でした。
1950年代から作家による出版作品として発展し……。
児童文化として確立していき、今、世界へと広がり始めてます。
紙芝居の素晴らしさは、作品の世界を、演じ手と観客が「共感」していく喜びです。
以上、引用終わり。
わたしは、街頭紙芝居というのは、見たことがありません。
世代というファクターもあるのでしょうが……。
一番の要因は、育ったところが田舎だったということでしょう。
すなわち、子供が1ヶ所に集まってないんです。
小さなグループが、地域の中で、分散して遊んでたんじゃないでしょうか。
紙芝居屋が回って来ても、集まるのは数人だったでしょうから……。
とてもペイしませんね。
続きはさらに次のコメントで。
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3. Mikiko- 2020/12/07 06:15
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今日は何の日(つづきのつづき)
でももちろん、紙芝居は見たことがあります。
見たのは小学校です。
それ以外の場所で見たことはありません。
見せてくれたのは、もちろん先生ですね。
紙芝居は、手作りなどではなく……。
教材用の綺麗なものでした。
一番印象に残ってるのは、ゲンゴロウブナの話。
ちょっと、ネットで探してきます。
ありました。
お話の題名は、『ふしぎなたいこ』でした。
主人公の名前が、「げんごろう」。
この名前が最後、「ゲンゴロウブナ」に繋がって、落ちになります。
↓お話はこちら。
http://hukumusume.com/douwa/pc/jap/10/07.htm
しかし、このお話の作者を知って驚きました。
石井桃子(1907年~2008年)さんだったんです。
『ノンちゃん雲に乗る』があまりにも有名です。
この作品で、第1回芸術選奨文部大臣賞を受賞しました。
映画化もテレビ化もされたようです。
しかしわたし、『ノンちゃん雲に乗る』を読んだのかどうか……。
定かでありません。
いわさきちひろの絵は覚えてる気がするのですが。
石井桃子さんが亡くなったのは、101歳。
老衰だそうです。
生涯独身。
叙従四位・授旭日中綬章。
素晴らしい人生でしたね。
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4. 手羽崎 鶏造- 2020/12/07 09:42
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< 本篇より >
「みんなちがってみんないい」
はい 全く同感です。パチパチ。
オトコは、ご婦人の顔立ちやスタイルの良さで、
勃起・射出するのではないと思います。
「みんなとヤレるのが一番いい」
Byチキン
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5. Mikiko- 2020/12/07 19:16
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蓼食う虫も好き好き
使われ方は知ってましたが……。
「蓼」が何なのかは、知りませんでした。
植物でした。
葉が辛いんだそうです。
そういう葉を好んで食べる虫もいるということでした。











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