2020.7.1(水)
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久しぶりに母から電話が架かってきた。
上京当初は寂しさから、由美からも頻繁に実家に架けていた。
しかし、美弥子と出会ってからは……。
まるでカチンコでも鳴ったかのように、日々が動き出した。
東京の渦に巻きこまれたという感じだろうか。
母と電話で話す機会も、次第に少なくなり……。
最近では、用がない限り架けることはなくなっていた。
ひょっとしたら最後に電話で話したのは、夏休みの終わり……。
実家マンションの隣人の葬儀に呼ばれたときかも知れない。
由美は、一人っ子である。
両親にとっては、ただひとりの子供だ。
こんなにあっけなく疎遠になってしまうものなのだろうか。
改めて考えると、ちょっと憮然とした気持ちにもなる。
それなら自分から架ければいいだけだが……。
最近は、美弥子に加え、万里亜と一緒にいることも多く……。
なかなか、ひとりになって実家に電話するような時間がなかった。
それに、もしそんな時間が出来たとしても……。
実家に電話してみようとは思わないだろう。
ま、別に仲違いをしてしまったわけでもないし……。
自然な流れに任せるしかないのだろう。
「レターパック、送ろうと思って」
「中身は?」
「手紙」
「なんでレターパックで送るのよ」
「厚いのよ」
「そんな長い手紙書いたの?」
「わたしが書いたわけじゃないわよ。
預かったの」
「ぜんぜん話が見えないんだけど」
「じゃ、黙って聞いて。
山本先生が持ってらしたのよ」
山本先生というのは、由美が子供のころから通っていた拳法道場の師範だった。
「山本先生からの手紙なの?」
「違うの!
だから、黙って聞いてって。
道場に、初老の男性が訪ねて来たんだって。
なんでも、その男性の奥さんが、公園で倒れたところを、若いお嬢さんに助けられたそうなの。
奥さんが気がつくまで、そばに付いててくれて……。
そのとき、そのお嬢さんが山本先生の道場に通ってたという話を聞いたみたいなの。
でもその後、奥さんが気がついたりしたどたばたで、名前を聞くのを忘れたんだって。
それで、礼状を書いて、山本先生の道場に持って来られたそうよ。
なんでも、アイドル歌手みたいな綺麗なお嬢さんだったって。
で、山本先生、由美だって直感したんだけど……。
いちおう、道場の新年会で撮った集合写真を見せたそうなの。
この中にいますかって。
その男性、躊躇なく由美を指差したそうよ。
で、先生、その手紙、受け取っちゃったんですって。
いちおう、封筒の中に金品類が入ってないことだけは確認したそうだけど。
でも先生は、由美の東京の住所を知らないでしょう。
それで、うちに持ってらしたわけ。
あなた、先生に暑中見舞いとかも出さなかったの?」
「そんなの、誰にも出してないわよ。
年賀状なら出すつもりだけど」
「これからのことじゃない。
で、由美には、覚えがあるの?
今の話。
封筒の裏には、宮高昭夫って名前だけしか書いてないの」
「うん。
お葬式で帰ってたとき」
「何にも言わなかったじゃない」
「だって、奥さんも気がついて、何ごともなかったんだから」
「だけど、こんな厚い礼状を書くくらい感謝してたら……。
名前を聞かないってのは不思議よね」
「名乗るほどの者じゃありませんから」
「ただの町人ですって?
由美、名刺作ったら。
便利よ。
それ渡せば済むんだから」
「そんなの持ってる子いないよ」
「じゃ、送るわよ。
スマートレターで」
「さっき、レターパックって言わなかった?」
「その小型版よ。
A5サイズの。
180円って安いわよね。
でも、今度帰ってきたら、返してね」
「ケチ」
久しぶりに母から電話が架かってきた。
上京当初は寂しさから、由美からも頻繁に実家に架けていた。
しかし、美弥子と出会ってからは……。
まるでカチンコでも鳴ったかのように、日々が動き出した。
東京の渦に巻きこまれたという感じだろうか。
母と電話で話す機会も、次第に少なくなり……。
最近では、用がない限り架けることはなくなっていた。
ひょっとしたら最後に電話で話したのは、夏休みの終わり……。
実家マンションの隣人の葬儀に呼ばれたときかも知れない。
由美は、一人っ子である。
両親にとっては、ただひとりの子供だ。
こんなにあっけなく疎遠になってしまうものなのだろうか。
改めて考えると、ちょっと憮然とした気持ちにもなる。
それなら自分から架ければいいだけだが……。
最近は、美弥子に加え、万里亜と一緒にいることも多く……。
なかなか、ひとりになって実家に電話するような時間がなかった。
それに、もしそんな時間が出来たとしても……。
実家に電話してみようとは思わないだろう。
ま、別に仲違いをしてしまったわけでもないし……。
自然な流れに任せるしかないのだろう。
「レターパック、送ろうと思って」
「中身は?」
「手紙」
「なんでレターパックで送るのよ」
「厚いのよ」
「そんな長い手紙書いたの?」
「わたしが書いたわけじゃないわよ。
預かったの」
「ぜんぜん話が見えないんだけど」
「じゃ、黙って聞いて。
山本先生が持ってらしたのよ」
山本先生というのは、由美が子供のころから通っていた拳法道場の師範だった。
「山本先生からの手紙なの?」
「違うの!
だから、黙って聞いてって。
道場に、初老の男性が訪ねて来たんだって。
なんでも、その男性の奥さんが、公園で倒れたところを、若いお嬢さんに助けられたそうなの。
奥さんが気がつくまで、そばに付いててくれて……。
そのとき、そのお嬢さんが山本先生の道場に通ってたという話を聞いたみたいなの。
でもその後、奥さんが気がついたりしたどたばたで、名前を聞くのを忘れたんだって。
それで、礼状を書いて、山本先生の道場に持って来られたそうよ。
なんでも、アイドル歌手みたいな綺麗なお嬢さんだったって。
で、山本先生、由美だって直感したんだけど……。
いちおう、道場の新年会で撮った集合写真を見せたそうなの。
この中にいますかって。
その男性、躊躇なく由美を指差したそうよ。
で、先生、その手紙、受け取っちゃったんですって。
いちおう、封筒の中に金品類が入ってないことだけは確認したそうだけど。
でも先生は、由美の東京の住所を知らないでしょう。
それで、うちに持ってらしたわけ。
あなた、先生に暑中見舞いとかも出さなかったの?」
「そんなの、誰にも出してないわよ。
年賀状なら出すつもりだけど」
「これからのことじゃない。
で、由美には、覚えがあるの?
今の話。
封筒の裏には、宮高昭夫って名前だけしか書いてないの」
「うん。
お葬式で帰ってたとき」
「何にも言わなかったじゃない」
「だって、奥さんも気がついて、何ごともなかったんだから」
「だけど、こんな厚い礼状を書くくらい感謝してたら……。
名前を聞かないってのは不思議よね」
「名乗るほどの者じゃありませんから」
「ただの町人ですって?
由美、名刺作ったら。
便利よ。
それ渡せば済むんだから」
「そんなの持ってる子いないよ」
「じゃ、送るわよ。
スマートレターで」
「さっき、レターパックって言わなかった?」
「その小型版よ。
A5サイズの。
180円って安いわよね。
でも、今度帰ってきたら、返してね」
「ケチ」
コメント一覧
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1. Mikiko- 2020/07/01 06:06
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今日は何の日
7月1日は、『ウォークマンの日』。
1979(昭和54)年7月1日(今から41年前)……。
ソニーが、携帯式ヘッドホンステレオ「ウォークマン」の第1号機「TPS-L2」を発売しました。
カップルで楽しめるようにヘッドホンの端子が2つあり、定価は33,000円でした(当時の大卒初任給は11万円)。
発売当初はマスコミの反応が芳しくなく、新聞掲載もごくわずかだったため……。
発売1ヵ月での売上は、わずか3,000台に留まってました。
しかし、宣伝部や国内営業部隊のスタッフらによる広告宣伝活動により、若者たちの間で評判が広がり……。
8月に初回生産の3万台を完売すると、供給が需要に追い付かない状態が年内いっぱい続きました。
上記の記述は、こちら(https://zatsuneta.com/archives/10701h.html)のページから転載させていただきました。
さらに同じページから、引用を続けさせていただきます。
その後、ウォークマンは、ソニー製の各種ポータブルオーディオプレーヤーのブランド名に引き継がれました。
カセットウォークマンに続き、CDウォークマン、MDウォークマン、メモリースティックウォークマンなどが発売されました。
場所を選ばず、いつでもどこでも音楽を聴くことのできる製品は画期的で、世界的な大ヒットとなりました。
そのため、「ウォークマン(WALKMAN)」は、長らくポータブルオーディオの世界的代名詞となりました。
以上、引用終わり。
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2020/07/01 06:06
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今日は何の日(つづき)
ウォークマン、わたしも持ってました。
でも、そんなに高価だった時代ではありません。
しかし、33,000円って、すごいですよね。
今の大卒の初任給は、21万円くらいだそうです。
発売当時の、2倍弱。
当時の33,000円を今の初任給で換算すると……。
63,000円になります。
簡単には手の出せる商品ではありません。
わたしが持ってたのは……。
ソニーの製品だったかどうかも定かでないです。
カセットテープでしたが、通常サイズのカセットではなく……。
マイクロカセットだったと思います。
色は、真っ赤。
通勤の行き帰りに聞いてました。
特に思い出深いのが、金曜日の夜。
当時は、東京タワーの真下近くの会社に勤めてました。
自室マンションがあったのは、西新宿のさらに西側。
住所は、渋谷区本町です。
ここは、2018年の『単独旅行記Ⅴ』で訪ねてます(『総集編4』参照⇒https://mikikosroom.com/archives/34477244.html)。
金曜の夜は、会社が引けてから、マンションまで歩いて帰ることがよくありました。
3時間くらいかかりましたかね。
途中、西新宿の高層ビル街を通ります。
ここが、3時間の散歩のクライマックスでした。
ウォークマンでは、必ず……。
ルイ・アームストロングの『What a Wonderful World』を聞くことにしてました。
https://www.youtube.com/watch?v=A3yCcXgbKrE
高層ビル群の窓の明かりが、頭上に輝いてます。
それを眺めながら、この曲を聞いてると……。
自分には、無限の未来が開けてると思えたものです。
今考えると、そんな希望に胸を膨らませてるときが……。
一番幸せなのかも知れません。
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3. 手羽崎 鶏造- 2020/07/01 08:44
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ワタシも持ってましたよ。
Walkman高価だったので、たしか
AIWA製のカセットボーイだったと思います。
就職して間もなくラジオ付を奮発して持ってました。
カセットテープはゼッタイTDK製品でした。
理由ですか?素野社長は母校の偉大なる
卒業生だと聞いてましたから。
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4. Mikiko- 2020/07/01 19:12
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わたしのもたぶん……
ウォークマンではなかったです。
テープを出し入れするところが壊れて、ご臨終になったと思います。
素野福次郎さん。
育英の卒業生なんですね。
1937年、当時従業員4名だった東京電気化学工業(現・TDK)に入社とのこと。
現在の従業員は、10万人超のようです。
育英高校野球部のユニフォームは格好良いので、また甲子園で見たいです。