2019.8.7(水)
「えー、行っちゃったよー」
どうやら、積み残されたようです。
乗り換えには、十分な時間があったはずです。
どうしたんでしょう?
ひょっとしたら、男の子がトイレに行きたがったのかも知れません。
何とも可哀想です。
乗ってから車内のトイレを使わせるという方法があったと思うのですが……。
気がつかなかったのか、男の子が切迫してたのか。
『特急いなほ』に乗るからには、遠方まで行く用事でしょう。
次の『特急いなほ3号』の発車は、10:57分。
2時間半後になってしまいます。
切符はパーだし、踏んだり蹴ったりです。
タクシーで追いかけても、特急には追いつけないでしょうしね。
気の毒でなりませんでした。
『特急いなほ1号』を見送った後、在来線の改札口を出ました。
もちろん、改札口を出なくても……。
新幹線への乗換改札から、新幹線ホームには行けます。
↑「み」。昨年の『単独旅行記Ⅴ』で撮った写真です。
昨年の『単独旅行記Ⅴ』は、高架化されてから初の新幹線乗車でした。
事前に、乗り換え方法もネットで学習してました。
わたしは、Suicaの定期券で、『新潟駅』まで来てます。
乗換改札の改札機では……。
定期で『新潟駅』まで来たという記録と、新幹線の切符での入場を、いっぺんに行わなければなりません。
方法は、間違えがちなので、よく覚えましょう。
「切符が先、Suicaをタッチ」です。
このフレーズ、昨年事前調査したとき……。
無愛想な駅員が、ぶっきらぼうに教えてくれました。
ごま塩頭でしたので、国鉄時代からの駅員でしょう。
↑JRに採用されずに解雇された国労組合員の生活を支える目的で発売されたとか。もちろん、今はもう売られてません。
JRでも、若い駅員はとても親切ですが……。
国鉄時代からの駅員には、再教育が必要なのが未だ残ってるようです。
ま、それはそれとして……。
方法はわかってましたが、昨年は一旦在来線の改札口から、外に出ました。
失敗を恐れたというより、時間がたくさんあったからです。
すぐに新幹線ホームに出ても、まだ列車は入線してません。
なので、駅の構内の写真を撮りに、外に出たのです。
どうやら、積み残されたようです。
乗り換えには、十分な時間があったはずです。
どうしたんでしょう?
ひょっとしたら、男の子がトイレに行きたがったのかも知れません。
何とも可哀想です。
乗ってから車内のトイレを使わせるという方法があったと思うのですが……。
気がつかなかったのか、男の子が切迫してたのか。
『特急いなほ』に乗るからには、遠方まで行く用事でしょう。
次の『特急いなほ3号』の発車は、10:57分。
2時間半後になってしまいます。
切符はパーだし、踏んだり蹴ったりです。
タクシーで追いかけても、特急には追いつけないでしょうしね。
気の毒でなりませんでした。
『特急いなほ1号』を見送った後、在来線の改札口を出ました。
もちろん、改札口を出なくても……。
新幹線への乗換改札から、新幹線ホームには行けます。
↑「み」。昨年の『単独旅行記Ⅴ』で撮った写真です。
昨年の『単独旅行記Ⅴ』は、高架化されてから初の新幹線乗車でした。
事前に、乗り換え方法もネットで学習してました。
わたしは、Suicaの定期券で、『新潟駅』まで来てます。
乗換改札の改札機では……。
定期で『新潟駅』まで来たという記録と、新幹線の切符での入場を、いっぺんに行わなければなりません。
方法は、間違えがちなので、よく覚えましょう。
「切符が先、Suicaをタッチ」です。
このフレーズ、昨年事前調査したとき……。
無愛想な駅員が、ぶっきらぼうに教えてくれました。
ごま塩頭でしたので、国鉄時代からの駅員でしょう。
↑JRに採用されずに解雇された国労組合員の生活を支える目的で発売されたとか。もちろん、今はもう売られてません。
JRでも、若い駅員はとても親切ですが……。
国鉄時代からの駅員には、再教育が必要なのが未だ残ってるようです。
ま、それはそれとして……。
方法はわかってましたが、昨年は一旦在来線の改札口から、外に出ました。
失敗を恐れたというより、時間がたくさんあったからです。
すぐに新幹線ホームに出ても、まだ列車は入線してません。
なので、駅の構内の写真を撮りに、外に出たのです。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2019/08/07 06:02
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何ごとも早めに
歳を取るごとに、わたしもせっかちになって来ました。
でも、「せっかち」という表現も、違う気がします。
「心配性」も、ちょっとしっくり来ません。
電車に乗るときも……。
まだ十分に時間があるとわかっていても、何も手に付かなくなってしまうんです。
つまり、じりじりと家を出る時間を待つだけの状態。
出かける前に、こんな無駄な時間を過ごすくらいなら……。
早めに行って、向こうで待った方がよっぽどマシだ。
そうなるわけです。
若いころは、何ごともギリギリ勝負でした。
「何かあったときのため、早めに出る」ということは……。
まったく頭にありませんでした。
会社に行く電車も……。
以前は、その電車が遅れたら即遅刻、という便に乗ってました。
今は、1本後のでも間に合う便に乗ってます。
ま、これはギリギリの社会常識で……。
別に年寄りじみてはいませんが。
慣れてることには、やはり甘くなるようです。
それでは、歳を取ると、どうして早めに出てしまうのでしょう。
やっぱり、「間に合わなかった」という記憶が残ってるからですかね?
普通に間に合った場合は、記憶として残らないわけです。
当たり前のことですから。
でも、「間に合わなかった」という経験は、記憶に楔のように打ちこまれます。
これが積み重なっていくと……。
自分はいつも間に合わないというイメージが出来るんですかね?
どうも、しっくり来ませんが。
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2019/08/07 06:03
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何ごとも早めに(つづき)
ということで、今、ネットを検索してみました。
でも、納得できる答えは見つかりませんでした。
脳が萎縮したりするのが原因かと思ってたのですが……。
そんなことは書いてないようです。
これは良かったです。
ま、でも、早く着いて悪いことはないですよね。
実際、途中で何かないとも限らないわけですから。
さっきのネット検索で……。
指定席の切符を持ってるのに1時間前から並んでしまうという話を読みました。
自分のことだと笑いましたね。
ま、わたしの場合、まだ40分くらい前ですが。
並ばずに、写真撮ってますし。
でも、直そうとして直るものではないようです。
それに……。
直す必要もないですよね。
考えてみれば、歳を取るとヒマになるからかも知れません。
若い人は、さまざまな用事を抱えてますから……。
それらのどれかが押したときは、次の用事がギリギリになってしまったりするわけです。
ところが、年寄りにはさまざまな用事がない。
せいぜい、ある目的地に行くというひとつだけ。
だから、そのことしか考えられなくなり……。
早めに出てしまうのかも知れません。
ま、いいじゃないですか。
ヒマなんだから、早く出ましょうよ。
何ごともなく、無事に早く着いてしまったら……。
普段立ち寄らないところを探索したり、写真を撮って回ればいいんです。
あ。
ダメか。
こんなことしてたら、目的地に行く前に疲れてしまいます。
やっぱり、じっと座って待つしかないんですかね。
上手くいかないものです。