2019.4.10(水)
「あー、見られてると昂奮する。
もっと見るんだ。
真っ直ぐ見て」
姪は、わたしを見下ろしながら、睨みつけて来ました。
逆らうことの出来ない視線でした。
「あー、イク。
イク。
イク。
イクイクイクイクイクイクイクイクイク……。
イッくぅぅぅぅぅ。
あぎゃ。
あぎゃぎゃ」
姪の身体が、見えない鞭に打たれるように踊りました。
透明な鞭の軌跡は、左右から袈裟懸けに姪の身体を乱打します。
「ぎ」
姪が硬直しました。
剥き出した眼球が、わたしを睨みつけます。
しかし……。
その眼球に瞳はありませんでした。
ピンポン玉を嵌めこんだように、白目だけが突出してました。
「がはぁ」
姪の身体が大きく揺らぎました。
「う」
これはわたしの声でした。
姪の身体が、豚男の背中に腹這ったのです。
重ね餅です。
2つの肉の塊は、吸盤が貼りつくようにくっついたらしく、わたしの上でまったく動きません。
呼吸だけは出来ますが、自分の身体は揺することさえ不可能でした。
そのときです。
「うひょー。
すっげー景色」
壁際から、小男の声が聞こえました。
ようやく、気絶から目覚めたのです。
小男は腰を落とし、『ウェストサイドストーリー』みたいに指を鳴らしながら、舞台の真ん中に入って来ました。
もちろん、全裸です。
呆れたことに、再び陰茎を勃起させてました。
もっと見るんだ。
真っ直ぐ見て」
姪は、わたしを見下ろしながら、睨みつけて来ました。
逆らうことの出来ない視線でした。
「あー、イク。
イク。
イク。
イクイクイクイクイクイクイクイクイク……。
イッくぅぅぅぅぅ。
あぎゃ。
あぎゃぎゃ」
姪の身体が、見えない鞭に打たれるように踊りました。
透明な鞭の軌跡は、左右から袈裟懸けに姪の身体を乱打します。
「ぎ」
姪が硬直しました。
剥き出した眼球が、わたしを睨みつけます。
しかし……。
その眼球に瞳はありませんでした。
ピンポン玉を嵌めこんだように、白目だけが突出してました。
「がはぁ」
姪の身体が大きく揺らぎました。
「う」
これはわたしの声でした。
姪の身体が、豚男の背中に腹這ったのです。
重ね餅です。
2つの肉の塊は、吸盤が貼りつくようにくっついたらしく、わたしの上でまったく動きません。
呼吸だけは出来ますが、自分の身体は揺することさえ不可能でした。
そのときです。
「うひょー。
すっげー景色」
壁際から、小男の声が聞こえました。
ようやく、気絶から目覚めたのです。
小男は腰を落とし、『ウェストサイドストーリー』みたいに指を鳴らしながら、舞台の真ん中に入って来ました。
もちろん、全裸です。
呆れたことに、再び陰茎を勃起させてました。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2019/04/10 06:01
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今日は何の日
4月10日は、『駅弁の日』。
『日本鉄道構内営業中央会(http://www.ekiben.or.jp/main/)』が、1993(平成5)年に制定。
4月は駅弁の需要拡大が見込まれる行楽シーズンであり……。
「弁当」の「とう」から10日、さらに「4」と「十」を合成すると「弁」に見えることから。
駅弁が日本で初めて売り出されたのは、1885(明治18)年7月16日(『駅弁記念日』になってます)ですが……。
7月は季節がら弁当が痛みやすいため、4月に『駅弁の日』が設定されたとのこと。
上記の記述は、こちら(http://www.nnh.to/04/10.html)のページから転載させていただきました。
4月は行楽シーズンか?、と思いましたが……。
確かに、お花見などでは弁当の需要があるでしょうね。
しかし……。
『「4」と「十」を合成すると「弁」に見える』ってのは、誰がひねり出したんですかね?
なお、1885(明治18)年7月16日、初めて駅弁が売り出されたのは……。
『宇都宮駅』。
この日が駅の開業日でした。
宇都宮市内で旅館業を営んでた白木屋嘉平が……。
たまたまその旅館に宿泊してた日本鉄道の重役の薦めで販売したそうです。
握り飯2個とたくあんを竹の皮に包んだもので、値段は5銭だったとか。
なお、今のように折詰めに入った駅弁が初めて販売されたのは……。
1890年(明治23年)の『姫路駅』だそうです。
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2019/04/10 06:01
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今日は何の日(つづき)
さて、わたしと駅弁。
正直、最後に食べたのがいつだったか、思い出せません。
ひょっとしたら、20代かも知れません。
当時は、東京でコンピューター会社に勤めており……。
定期的に、浜松のヤマハに出張する用事があったんです。
行き帰り、どちらかの新幹線車中で食べたような記憶があります。
どんな駅弁だったかは、まるで覚えてません。
子供のころは、たまに祖父ちゃんが買ってきましたね。
老人会の旅行帰りかなんかに、お土産に買ったんだと思います。
やっぱり、「峠の釜めし(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%A0%E3%81%AE%E9%87%9C%E3%82%81%E3%81%97)」が印象に残ってます。
益子焼の土釜に入った有名な駅弁です。
食べた後、この釜、みなさんどうしてるんでしょうね?
車中で食べても……。
そのまま置いてくる人は少ないんじゃないでしょうか。
思い切り嵩張るので、買ったことを後悔しつつ……。
鞄に詰めて持ち帰ったのでは?
続きはさらに次のコメントで。
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3. Mikiko- 2019/04/10 06:01
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今日は何の日(つづきのつづき)
しかし、持って帰っても、なかなか使い道がありません。
まさか、毎日これでご飯を炊くわけにもいきませんし。
でも、ほんとに炊けるんですよ。
↓販売元の『おぎのや』さんのホームページに、炊き方が載ってました。
http://www.oginoya.co.jp/tougenokamameshi/recipe.html
なんだか、失敗しそうですよね。
忙しい朝にチャレンジするのは、怖いです。
でも、ほかの使い方を考えると、ちょっと難しいです。
すぐ思いつくのは植木鉢ですが……。
残念ながら、底に穴が空いてません。
このまま植えたら、必ず根腐れします。
金魚鉢には小さいですし、そもそも上からしか見れません。
結局、食器棚の奥に仕舞われるものの……。
その後、どうしても邪魔で、取り出されます。
しかし、捨てるにしても、何のゴミの日に出せばいいのか?
「『峠の釜めし』の釜は、何のゴミですか?」なんて、役場に電話するのも憚られます。
結局、縁の下や軒下に出されて忘れられる。
こんな運命じゃないでしょうか。
ほかの利用法は、ちょっと難しいですね。
蓋が固定されないのが、難点だと思います。
ところで、駅弁です。
わたしは正直、味の面で苦手感があります。
甘いでしょ?
やっぱり、外れがないのはサンドイッチですよ。
カツサンドなら豪勢ですよね。