2019.3.9(土)
久しぶりに会うというのに、すっぴんのままなんて・・・
(少し早めに連絡をくれればいいのに)
私は大きく息を吸って、玄関ドアのノブを握った。
胸の鼓動が自分でも分かるほど、激しく脈を打っている。
ドアを開けると、そこには懐かしい顔があった。
少し日に焼けたようだが、笑顔はあの時のままだ。
手にはラッピングをした大きな包みを持って立っている。
「イヴ、元気かい? マジで心配してたよ。ひとことぐらい言ってくれても良かったのに」
「そんなぁ~・・・。別れた人に行き先を言って旅立つ人なんていないわ~。でも嬉しいわ。よく来てくれたわね」
「イヴ・・・」
「なに?」
「相変わらずきれいだね」
「もう! 急に来るから、化粧をする暇がなかったじゃないの~。ちょっと早めに電話をくれたらいいのに~」
「あぁ、そうだったね。ごめんね。でも・・・」
「でも? でもなあに?」
「君は化粧をしなくても充分に美しいよ」
「う、もう! 口だけは上手いんだからぁ~」
「いや、お世辞じゃないよ」
「そうなんだ。嬉しい・・・」
「あの」
「なに?」
「あの、部屋に入れてくれない? 立ち話もなんだし」
「あっ! ごめん! 気が利かなくて。どうぞ、入って」
部屋の中央にあるソファに俊介を案内して、自分は向かい側に座った。
本当は真横に腰を掛けたかったけど、私から別れの言葉を切り出したことから、些かの遠慮が私の胸をよぎった。
彼は手に持っていたラッピングをした大きな包みを差し出した。
「あの、これを受け取ってくれないか?」
「え? なに・・・?」
「君へのプレゼントだ」
「どうして? どうして別れた女にプレゼントするの?」
「まあ、そんな硬いことは言わないでとにかく開けて」
ためらいはあったものの、そのまま返す訳にも行かず、ラッピングのリボンを解くことにした。
リボンがテーブルの上でパラリと解ける。
そして大きな箱の中の蓋を取った。
「ええ? これなに? 卵? それもチョコレートでできた・・・」
どうしてチョコレートなんかくれるんだろう。
バレンタインデーでもなければホワイトデーでもない。
私は卵形のチョコレートを眺めながら首をかしげた。
彼は私をじっと見つめて、静かに語り始めた。
「クレモナのパスクァって知ってる? キリスト教の復活祭のことなんだけど」
「ええ、知ってるわ。でも確か4月20日頃じゃなかった? 今はもう9月よ」
「うん、そのとおり。復活祭は4月19日、20日のヨーロッパ全土で行われるキリスト教の祭りなんだ。キリストが十字架に処刑され、埋葬された後、復活して甦ったとされる記念日なんだ。その日に親しい人に贈るのが、UOVA DI PASCUA・・・つまりパスクァの卵なんだ」
俊介はキリストの復活祭のことを説明し始めたが、私たちとどういう関係があるのだろうか。
チョコレートはとても大きくて、高さが60cmほどある。
俊介は説明を中断して、バッグから木のハンマーを取り出した。
「イヴ、このハンマーでチョコレートを割ってごらん」
「え? チョコレートを割るの?」
私は彼のいうままに、ハンマーを持ちチョコレートを割った。
卵形のチョコレートの中央には予め、割れ目が入っていたようで、いとも簡単に二つに割れてしまった。
そしてその中から透明の小さな箱が出てきた。
「その箱を開けてごらん」
私は小箱を手に取り、そっと開けてみた。
「えぇっ! なあに~!? これってダイアモンドの指輪じゃないの!?」
「それは君へのプレゼントだ。今日は君と僕との復活祭だ」
「え・・・?」
頬からは幾筋もの涙が伝った。
「イヴ・・・結婚してくれ」
私たちはフロントに連絡し、部屋をダブルに変更してもらった。
つまりホテル内の引越しである。
新しい部屋もベランダが南側に面していて、日当たりが良い。
「いい部屋だね」
「そうね。海も一望できるわね」
荷物をクローゼットに片付けた後、ソファに腰を掛けてコーヒーを飲んだ。
イタリアではコーヒーといえば普通エスプレッソだ。
私にとっては少し苦い。
早速ミルクをたっぷり注ぎ、シュガーをひとさじ入れる。
俊介はブラックのままでゆっくりとコーヒーカップを傾けている。
私は俊介にもジョルジョにも謝らなくてはならない。
口に含んだエスプレッソがひときわ苦く感じる。
再びミルクを継ぎ足す。
「俊介、あのぅ・・・、あなたに謝らなくてはいけないの・・・」
「どうしたの? 急に改まって」
「私ね、浮気してたの、このシチリアで・・・」
「ふ~ん、そうなんだ。別にいいよ、オレ、イタリア男になんか負けね~からさ」
コメント一覧
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1. Mikiko- 2019/03/09 07:53
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パスクァ
本編にもあるとおり、『復活祭』のことです。
「パスクア」とも表記されます。
これはおそらく、“パスクァ"が入力しにくいからじゃないでしょうか。
わたしも、“クァ"が打てなくて、文字をコピーしてました。
調べたら、“qa"とありました。
でも、変換できませんでした。
わたしの使ってるATOKでは、変換されないようです。
ようやくわかりました。
ATOKでは、“kwa"でした。
これは、入力しづらい。
ということで、以下の表記は、「パスクア」とさせていただきます。
さて、そのパスクア。
『復活祭』ですね。
これは、聞いたことはあります。
キリスト教関係であることも想像できます。
しかし、何なのかは知りませんでした。
Wiki(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A9%E6%B4%BB%E7%A5%AD)によれば……。
「十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目に復活したことを記念・記憶する、キリスト教において最も重要な祭」だそうです。
キリストって、生き返ってたんですか?
知りませんでした。
しかし、その後、長生きしたわけではなく……。
40日後に昇天したそうです。
さて、その『復活祭』。
実は、日付は固定されてないようです。
「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」だそうです。
なんじゃそりゃ。
つまり、日曜日ではありますが……。
4月の第何日曜と云うことではありません。
しかも、西方教会と東方教会では、使う暦が違うとかで、日付が一致しません。
ちなみに今年(2019年)は……。
西方教会が4月21日、東方教会が4月28日だそうです。
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2019/03/09 07:54
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パスクァ(つづき)
キリスト教にとっては、最も重要な祭とのことですが……。
日本では、まったく普及してませんね。
キリスト教関係の記念日で、もっとも馴染んでるのは……。
何と云っても、キリストの誕生日である、クリスマス。
12月25日です。
そして、最近急激に普及してきたのが、ハロウィン。
10月31日。
トレンド急上昇の角度は、節分の「恵方巻き」と肩を並べるでしょう。
それに対して、『復活祭』。
まったく普及してませんね。
やはり、日付のややこしさが、一番のネックなんじゃないですか。
しかも、西と東で、統一されてないってんですから。
これじゃ、普及は無理ですよ。
同じ意味合いで、存在が希薄になって来てるものに……。
ハッピーマンデーの祝日があります。
でも、調べてみると、そんなに多くないんですね。
●成人の日(1月第2月曜)
●海の日(7月第3月曜)
●敬老の日(9月第3月曜)
●体育の日(10月第2月曜)
4つだけでした。
「海の日」は、新しくて元々普及してないからかまいませんけどね。
ほかの日は、固定でもいいんじゃないですか。
わかりづらいですよ。
それに、月曜が祝日だと……。
イベントの翌日が出勤日で、ちと楽しくないです。
イベントの翌日は、ゆっくり休みたいですよね。
金曜の方がいいんじゃないですか。
ハッピーフライデー。
でもこれだと、準備が出来ないか。
あ、そうだ。
最高の解決策がありますよ。
祝日を、日曜にすれば良いんです。
日曜が祝日なら、翌日の月曜は振替休日になります。
すなわち……。
土曜が準備で、日曜がイベント、月曜が休養。
完璧じゃないですか。
どうして思いつかなかったんですかね?