2019.2.23(土)
元々帰る時期など考えていなかったものの、経済的な問題もある。
帰国することも考えなければならない。
いっそ、イタリアで就職するのも方法だ。
看護師の資格を持っているのだから、仕事には困らないはずだ。
そんなことも考えながら、ついジョルジョとの蜜月のような日々の快楽にイヴは溺れてしまっていた。
【※実際には、日本の看護師資格はイタリアでは通用しません。また、イタリアで就職するためには、就労ビザの取得が必要です】
ジョルジョとは毎日のように会う。
そして毎日のようにセックスをする。
「イヴ、コンニチワ!」
「ジョルジョ、ボン・ジョルノ!」
「うふふ」
「ドウシテ笑ウノ?」
「だって、二人の挨拶、全く逆じゃない~」
「ハッハッハ~! 本当ダ。ネエ、ボク、日本語ウマクナッタダロウ?」
「ええ、すごい上達よ~。大したものだわ」
「イツモイヴニ、ベッドデオシエテモラッテルカラダヨ」
「そんなこと大きな声で言わないでよ~。恥ずかしいじゃないの~」
街角のカフェで待合わせをした二人は、早速会話に花が咲く。
言葉が通じにくければ分かり合えないと思っていた。
でも違う。
肌と肌を重ね合うだけで、心は通じ合う。
それって錯覚?
いいえ、そんなことはないはず。
だって、ジョルジョのこと、間違いなく恋してる。
でもいつまでこうしていられるのかしら。
ジョルジョと結婚ということになると、やっぱりピンと来ない。
そう思うといつかはやってくる別れを想像して、すごく悲しくなってしまう。
イタリア最南端の島シチリアは、1年中温暖で花が咲き、はちみつの採れる花だけでもビワ、オレンジ、クローバ、タイム、栗などがある。
開花時期を見計らって、重なった時期に咲くものからはミックスを、ズレた時期に咲くものからは単一のはちみつを採取している。
特にシチリアのオレンジは有名で、イタリア国内でも他のものと区別して扱われている。
その果肉はオレンジ色というより赤色で、搾って飲めばトマトジュースと間違えてしまうほど。
私はバルコニーに座って、そんな真っ赤なオレンジジュースを飲みながら夕暮れの海をボーッと眺めていた。
大好きなジョルジョのこと・・・そして、日本で別れてきたあの人のこと・・・
すると突然、室内の電話がコールを告げた。
(誰だろう? ジョルジョなら携帯に掛けて来るはずだし・・・)
私は受話器を取った。
するとホテルのフロントからだった。
「早乙女イヴサンデスネ? オキャク様ガコラレテマス。電話変ワリマス」
(お客様? 一体誰だろう? イタリアに知り合いなんかいるはずがない。ジョルジョ?? おかしいなあ・・・彼なら部屋に直接来るはずだし・・・)
私は訝しげに思いながら受話器を取ったそのとき、耳を疑う声が飛び込んできた。
「イヴっ!?」
「う、うそ! ・・・俊介!?」
まさか・・・
車野俊介なら日本にいるはずだ。
イタリアに来たなんて信じられない。
彼とは別れたはずだし。
「イヴ、急に海外旅行に行ってしまってずっと帰って来ないから心配してたんだよ~。君の居所を調べるのに苦労をしたよ。でも実家に教えてもらってやっと分かったんだ」
「俊介さん、会社はだいじょうぶなの? あれだけ忙しいと言っていたのに・・・」
「だいじょうぶ!っ てか、あんまり大丈夫じゃないんだけどさ。ははは~。実は、年休をまとめて取ってきたんだ~。部長は長期休暇を認めないって言ってハンコを押してくれなかったんだけど、いいんだ、そんなこと。だってオレ、イヴに会いたかったんだから。ははは~」
(バカ・・・俊介のバカ・・・)
私は溢れ出した涙が止まらなかった。
俊介とは嫌いで別れたわけじゃない。
デートの約束してても残業でキャンセルが多かったし、小旅行を企画してても「土日も出社だ」と言って断られた。それも何度も。
会う機会が極端に減っていたから、ゆっくりと話もできなかった。
電話やメールもほとんどくれなかった。
こちらから掛けてもすぐに切られてしまった。メールを送ってもたまに返事が返ってくるだけだった。
私は疲れ果てていた。
そんな状態でたとえ結婚したとしても、うまく行かないだろう。
好きだった。愛していた。離したくなかった。
でももう終わりだと思った。
私から別れの言葉を選んだ。
そんな傷心を癒すためにイタリアに旅に出た。
大してイタリア語がうまいわけじゃなかったけど、とにかく日本から離れたかった。
部屋のチャイムが鳴った。
俊介だ。
信じられないけど、俊介がやって来たのだ。
困った。今日は外出の予定もしていなかったらろくすっぽ化粧もしていない。
「ちょっと待って」
私は慌てて鏡の前に立ち、急いで紅をひいた。
そして自分の顔をじっと見つめた。
(もう・・・、ファンデーションすらつけてないのに。参ったなあ)
コメント一覧
-
––––––
1. Mikiko- 2019/02/23 07:37
-
看護師資格
本編の注釈にもあるとおり……。
日本で看護師の資格を持っていても、それは外国では通用しません。
考えてみれば、当然です。
看護師として、看護のスキルを持ってることは重要ですが……。
それ以上に大切なのは、コミュニケーションの能力です。
医師の指示を、的確に理解できなければなりません。
医師への報告も、正確性が要求されます。
同僚同士のやり取りや申し送りも重要です。
そして何より、患者との繊細なコミュニケーションが一番大事。
患者の気持ちを汲み取る能力は、医師以上に求められるかも知れません。
早い話、語学力ですね。
当然、日常会話が出来る程度のレベルでは勤まりません。
ハードルは、かなり高いでしょう。
でも、外国で看護師をやろうという人は、相当な目的意識を持った方でしょう。
その程度のことをハードルと感じる人はいないのかも知れません。
実際、日本で勤める看護師で……。
仕事が無くて、外国に働きに行こうという人はいないと思います。
どこの病院でも、看護師は不足してます。
女性の専門職の中では、報酬も高い方でしょう。
なぜか。
当然、その仕事が厳しいからです。
まずは、交代制で夜勤もあること。
独り身の寮暮らしのときはいいですが……。
家庭を持った場合は、日々難問に向き合う生活になると思います。
それ以前に、結婚するまでのアプローチ段階から難しいでしょうが。
なので、結婚、または出産を機に、看護師の仕事から離れてしまう人も少なくないのでしょう。
あと、そうした物理的な難しさに加え……。
精神面での重圧もあります。
まず、ミスが許されない仕事だということ。
さらには、人の死に直面しなければならない仕事だということ。
続きは次のコメントで。
-
––––––
2. Mikiko- 2019/02/23 07:37
-
看護師資格(つづき)
小児病棟などでは、自分に懐いてくれた子供に死なれ続けると……。
医師でさえ、うつ病になる人がいるそうです。
若い女性では、精神のバランスを取るのが難しくなる人もいるんじゃないでしょうか。
でも、やはり仕事が厳しいのは、病院という職場だからでしょう。
病院以外にも、看護師の仕事はあります。
ひとつは、個人医院やクリニックの看護師。
夜勤もありませんし、病状の厳しい人は大病院に行きます。
でもこれは、あまり求人がないでしょうね。
近所から通う患者さんと顔見知りになれば、どんどん仕事はやりやすくなります。
長く勤める方が多いんじゃないでしょうか。
あと、夜勤がないという点では、デイサービス所属の看護師という職もあります。
同じ介護の現場でも、特養などなら夜勤がありますが……。
デイサービスは、文字どおり昼間だけのサービスです。
最近は、人手不足から、日曜が定休日の施設もあると聞きました。
これなら、日曜に確実に休め、夜勤もないということで、普通の職業と大きくは変わりません。
もちろん、給与は、病院よりも安いでしょう。
でも、お金以外の条件を最重要としなければならない人は大勢いるはずです。
どういう施設に勤めるかは、その時々の本人の置かれた状況によるでしょう。
でも、ひとつ言えることは……。
看護師の資格があれば、一生、求職で困ることは無いということ。
60歳を過ぎても大丈夫のはずです。
介護関係の施設では、看護師資格のある人を置くことが法令で決められてるからです。
とにかく、資格のある人にいてほしいわけです。
資格には、定年がないということです。