2018.11.30(金)
2人は、ときどき目を合わせながら、サンドイッチを頬張りました。
初老に近い男女が、全裸で並んでサンドイッチを食べてるんです。
見られたものじゃないでしょうね。
でも、2人は2人だけの世界に浸り、幸せ一杯でした。
「美味しそうね、カツサンド」
「半分ずつ交換すれば良かったな。
あと一口しかないよ。
ほら、アーン」
「お口からちょうだい」
「口に咥えてかい?」
「違うわよ。
口の中で噛んで、ぐちゃぐちゃにしたのを……。
口移しでちょうだい」
「……。
変態だな」
「昭夫だってそうじゃない。
ほら、勃ってきた」
朝一に風呂場で射精したのに……。
志津子の思いがけない要求を聞いた途端、また勃って来たんです。
ほんとに、男が戻った気がしました。
わたしは口中にカツサンドのかけらを押しこむと、ぐちゃぐちゃに噛みました。
唾液を絡め、ドロドロにします。
わたしが頷くと、志津子は大口を開けました。
奥歯に被さった銀冠まで、はっきりと見えました。
志津子を抱き寄せ、口を合わせます。
親鳥が雛に咀嚼した餌を与えるように、志津子の口の中にドロドロのパンを流しこみます。
もう、わたしの陰茎はビンビンになってました。
志津子が手を伸ばし、そこに指を絡めます。
感触で、先走りが出てるのを感じました。
わたしも、志津子の股間をまさぐります。
そこは、口の中のパンよりもドロドロでした。
わたしたちは、もつれ合いながらベッドに転がりました。
志津子を組み敷きます。
陰茎に手を添え、一瞬で挿入しました。
まるで、長年連れ添った夫婦のような結合でした。
よほど相性が良かったんでしょうね。
志津子は首を仰け反らせ、口を開けました。
口中には、まだ呑みこんでないパンが、吐瀉物みたいに詰まってました。
仰向けのままでは、気管に入りかねません。
わたしは再び口を合わせました。
口中を吸いあげると、志津子も意図を理解したのでしょう、舌でパンを押しあげて来ました。
すべて吸い取り、咀嚼します。
初老に近い男女が、全裸で並んでサンドイッチを食べてるんです。
見られたものじゃないでしょうね。
でも、2人は2人だけの世界に浸り、幸せ一杯でした。
「美味しそうね、カツサンド」
「半分ずつ交換すれば良かったな。
あと一口しかないよ。
ほら、アーン」
「お口からちょうだい」
「口に咥えてかい?」
「違うわよ。
口の中で噛んで、ぐちゃぐちゃにしたのを……。
口移しでちょうだい」
「……。
変態だな」
「昭夫だってそうじゃない。
ほら、勃ってきた」
朝一に風呂場で射精したのに……。
志津子の思いがけない要求を聞いた途端、また勃って来たんです。
ほんとに、男が戻った気がしました。
わたしは口中にカツサンドのかけらを押しこむと、ぐちゃぐちゃに噛みました。
唾液を絡め、ドロドロにします。
わたしが頷くと、志津子は大口を開けました。
奥歯に被さった銀冠まで、はっきりと見えました。
志津子を抱き寄せ、口を合わせます。
親鳥が雛に咀嚼した餌を与えるように、志津子の口の中にドロドロのパンを流しこみます。
もう、わたしの陰茎はビンビンになってました。
志津子が手を伸ばし、そこに指を絡めます。
感触で、先走りが出てるのを感じました。
わたしも、志津子の股間をまさぐります。
そこは、口の中のパンよりもドロドロでした。
わたしたちは、もつれ合いながらベッドに転がりました。
志津子を組み敷きます。
陰茎に手を添え、一瞬で挿入しました。
まるで、長年連れ添った夫婦のような結合でした。
よほど相性が良かったんでしょうね。
志津子は首を仰け反らせ、口を開けました。
口中には、まだ呑みこんでないパンが、吐瀉物みたいに詰まってました。
仰向けのままでは、気管に入りかねません。
わたしは再び口を合わせました。
口中を吸いあげると、志津子も意図を理解したのでしょう、舌でパンを押しあげて来ました。
すべて吸い取り、咀嚼します。
コメント一覧
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1. Mikiko- 2018/11/30 07:17
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今日は何の日

11月30日は、『シルバーラブの日』。
1948(昭和23)年11月30日(今から70年前)……。
歌人の川田順が、弟子の大学教授夫人(3人の子持ち)と共に家出しました。
当時、川田順は68歳。
3年前から続いてた教授夫人との恋の行く末を悲観して、死を覚悟しての行動だったそうですが……。
養子に連れ戻されてしまいました。
でも、その後2人は結婚してます。
↓川田が、この恋を詠んだ歌。
●墓場に近き老いらくの恋は恐るる何もなし
「老いらくの恋」は流行語になったそうです。
今なら、流行語大賞でしょうか。
昭和23年という年で、ピンと来ました。
この年の6月13日のこと。
太宰治が、愛人の山崎富栄と、玉川上水に入水したのです。
2人の死体が見つかったのが、6日後の6月19日。
奇しくも、太宰の39歳の誕生日でした。
この心中事件が、文壇に与えた影響は大きかったでしょう。
川田順に戻ります。
彼は、1939(昭和14)年に、夫人を脳溢血で亡くしてます。
つまり、川田は独身だったわけです。
さらに経歴を読むと、ちょっと驚きました。
相手の大学教授夫人も、1948(昭和23)年8月に離婚してるんです。
むろん、離婚の原因は、夫人の不倫です。
川田と大学教授は、旧知の仲だったそうです。
つまり、2人が逃避行に出た11月30日には、両者独身だったわけです。
駆け落ちではなく、やはり死出の旅路だったのでしょう。
亡妻に対する自責の念や……。
「大学教授夫人」という立場を捨てさせてしまった相手への申し訳なさ。
これにおそらく……。
年齢から来る鬱もあったんじゃないですかね。
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2018/11/30 07:18
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今日は何の日(つづき)

↓『厚生労働省』のホームページに、「平均余命の年次推移」という資料が載ってました。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life10/sankou02.html
0歳の平均余命が、いわゆる「平均寿命」になります。
昭和23年の男性の平均寿命は、なんと、55.6歳でした。
もちろんこれは、戦争のせいです。
若い人が、おおぜい戦死されましたし……。
本土空襲では、若年層の死者もたくさん出たでしょうから。
つまり、普通に生きてた人の寿命が、56歳だったわけではありません。
ちなみに、昭和23年の65歳男性の平均余命を見てみましょう。
余命というのは、文字どおり、あと何年生きられるかという数字です。
12.0年となってますね。
つまり、65歳まで生きれば、77歳までは生きられたわけです。
でも、68歳の川田順は、余命が10年を切ってることになります。
晩年と云っていいでしょう。
さて、最新の数字を見てみましょう。
しかし、この表の最新は、2010年ですね。
8年前ですよ。
どうなってるんですか?、厚生労働省さん。
まぁ、仕方ありません。
0歳での平均余命、すなわち平均寿命は、79.64歳です(男性)。
年金受給が始まるのは、今後は65歳からになります。
65歳の平均余命は、18.86年ですね。
20年近く生きられるわけです。
めでたいわけですが……。
年金を払う国は、ますます苦しくなります。
年金支給開始年齢は、今後も引きあげられていくのでしょうね。











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