2018.11.23(金)
ですから、火事で逃げるときは下駄が一番です。
荷物は、何も持ちません。
身ひとつです。
住まいの長屋は、借家。

↑左上隅の箱みたいなのは、枕屏風です。中には布団が積んであります。押し入れはありません。
家財は、ほとんどが「損料貸し」というレンタル品。

↑こんなシリーズものがあるようです。面白そうですね。
自分の所有物なんか、ほとんどないんです。
宵越しの銭もないわけですから。
↑こちらも面白そうです。
ま、考えてみれば、気楽な暮らしです。
病気でもしたら、それっきりですが。
↓「小唄」の師匠の住まいですね。

↑「み」
表札(?)は、「春日可津」となってます。

↑「み」
“かすがかつ”でしょうか。
これが、師匠の芸名なのでしょう。
「春日」は、流派かも知れませんね。
わたしが好きな『半七捕物帳』にも、ときどき小唄の師匠が出て来ました。
芸名は、「文字春」とか頭に“文字”が付きました。
でも、改めて調べてみたら、小唄ではなく、常磐津の師匠でした。
↓『津の国屋』。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++
赤坂裏伝馬町の常磐津の女師匠文字春が堀の内の御祖師様へ参詣に行って、くたびれ足を引き摺って四谷の大木戸まで帰りついたのは、弘化四年六月なかばの夕方であった。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++
↑物語冒頭の文章です。この一節だけで、いきなり物語に引きこまれます。
この“文字”は何だろうとずっと不思議に思いながら、一度も調べずに来ました。
今回、初めて調べてわかりました。
常磐津の創始者が、『常磐津文字太夫(もじだゆう)』を名乗ってたんです。
この“文字”を継いでるわけですね。
常磐津は、浄瑠璃を語る太夫と、三味線弾きで構成されるそうです。
小唄とは、大分違ってましたね。
でも、“文字"とは何なのかは、わからないままです。
シツコク調べたら、刀工に「左文字(さもんじ)」という一派があるようです。
「右文字」は、いませんでした。
『左甚五郎』、『左とん平』。
なんで、右がいないんでしょうね?
荷物は、何も持ちません。
身ひとつです。
住まいの長屋は、借家。

↑左上隅の箱みたいなのは、枕屏風です。中には布団が積んであります。押し入れはありません。
家財は、ほとんどが「損料貸し」というレンタル品。

↑こんなシリーズものがあるようです。面白そうですね。
自分の所有物なんか、ほとんどないんです。
宵越しの銭もないわけですから。
↑こちらも面白そうです。
ま、考えてみれば、気楽な暮らしです。
病気でもしたら、それっきりですが。
↓「小唄」の師匠の住まいですね。

↑「み」
表札(?)は、「春日可津」となってます。

↑「み」
“かすがかつ”でしょうか。
これが、師匠の芸名なのでしょう。
「春日」は、流派かも知れませんね。
わたしが好きな『半七捕物帳』にも、ときどき小唄の師匠が出て来ました。
芸名は、「文字春」とか頭に“文字”が付きました。
でも、改めて調べてみたら、小唄ではなく、常磐津の師匠でした。
↓『津の国屋』。
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赤坂裏伝馬町の常磐津の女師匠文字春が堀の内の御祖師様へ参詣に行って、くたびれ足を引き摺って四谷の大木戸まで帰りついたのは、弘化四年六月なかばの夕方であった。
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↑物語冒頭の文章です。この一節だけで、いきなり物語に引きこまれます。
この“文字”は何だろうとずっと不思議に思いながら、一度も調べずに来ました。
今回、初めて調べてわかりました。
常磐津の創始者が、『常磐津文字太夫(もじだゆう)』を名乗ってたんです。
この“文字”を継いでるわけですね。
常磐津は、浄瑠璃を語る太夫と、三味線弾きで構成されるそうです。
小唄とは、大分違ってましたね。
でも、“文字"とは何なのかは、わからないままです。
シツコク調べたら、刀工に「左文字(さもんじ)」という一派があるようです。
「右文字」は、いませんでした。
『左甚五郎』、『左とん平』。
なんで、右がいないんでしょうね?
コメント一覧
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1. Mikiko- 2018/11/23 07:37
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半七捕物帳『津の国屋』
幽霊話を絡めた、かなり長いお話で、読み応えがあります。
本編にも記載した冒頭部分、もう一度書き出します。
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赤坂裏伝馬町の常磐津の女師匠文字春が堀の内の御祖師様へ参詣に行って、くたびれ足を引き摺って四谷の大木戸まで帰りついたのは、弘化四年六月なかばの夕方であった。
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歩き慣れた当時の人がくたびれたのだから、かなりの距離なのでしょう。
まず、「赤坂裏伝馬町」は、今のどのあたりなのでしょう。
これは文字どおり「赤坂」で、現在の「港区元赤坂1丁目・2丁目」あたりのようです。
迎賓館の周辺です。
東京のど真ん中。
それでは、「堀の内」はどこでしょう?
一瞬、ソープ街で有名な川崎市の堀之内かと思いましたが……。
さすがに違いました。
でも、遠いことには間違いありません。
東京都杉並区堀ノ内です。
ちなみに、「文字春」が参詣した「御祖師様」と云うのは、文字どおりは「祖師(開祖)」の尊称ですが……。
特に、日蓮宗における『日蓮』の尊称とされてます。
で、「堀の内の御祖師様」とは……。
日蓮宗の本山『妙法寺』のことです。
なお、本山は、最高寺院のことではありません(以下、こちらを参考にさせていただきました→http://minobukuonnji.tripdiary.info/nitirensyuu/souhonzan.html)。
日蓮宗で最高位の寺院は、総本山『身延山久遠寺(山梨県南巨摩郡)』。
さらに、大本山が5つあります。
そして、本山が、8つ。
続きは次のコメントで。
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2. Mikiko- 2018/11/23 07:38
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半七捕物帳『津の国屋』(つづき)
『妙法寺』もそのひとつということです。
東京ではもうひとつ、『慈雲山瑞輪寺(東京都台東区)』がありました。
なんと、新潟県にも本山がありました。
『塚原山根本寺(新潟県佐渡市)』。
日蓮は、佐渡に流されてましたからね。
で、この『妙法寺』。
「厄除け祖師」とも呼ばれてます。
境内に入るだけで除厄けになるとか。
「堀之内のおそっさま」と慕われ、江戸時代から参詣者で賑わったそうです。
境内には、ジョサイア・コンドルが設計した『鉄門(重要文化財)』や、徳川家綱が寄進した『金剛力士像』があるそうです。
さて、実際に「赤坂裏伝馬町」から「堀の内の御祖師様」までは、歩いてどのくらいかかったのでしょう。
『Google Map』で検索したところ……。
1時間50分と出ました。
約2時間。
思ったほどにはかかりませんでした。
でも、行ったからには、必ず帰らなくてはなりません。
往復4時間です。
これはちょっとキツいですね。
わたしも昔は、これくらいなら歩けました。
でも、今のわたしでは、腰が保たないでしょう。
さて。
ところで、「厄」とは何でしょう。
本来、厄歳は……。
男性が、25歳、42歳。
女性が、19歳、33歳。
この歳が本厄で、その前後を前後厄と云います。
なお、年齢は、数え年ですから……。
満年齢では、その1年前です。
なんだ。
わたしは、とっくに終わってるじゃん。
昔は、厄が終わった残りは余生だったんですかね?
続きはさらに次のコメントで。
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3. Mikiko- 2018/11/23 07:38
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半七捕物帳『津の国屋』(つづきのつづき)
でも今は寿命が長くなったからか、もう1回追加されてました。
男性が、61歳。
女性が、37歳。
しかし、間隔が合いませんよね。
男性は、25歳(17年)42歳(19年)61歳。
女性は、19歳(14年)33歳(4年)37歳。
むちゃくちゃじゃないですか。
科学的根拠はないそうです。
いずれにしろ、わたしはすべて終わってました(ラッキ~)。
↓「赤坂裏伝馬町」から「堀の内の御祖師様」までの経路です。
https://www.google.co.jp/maps/dir/%E3%80%92107-0051+%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%B8%AF%E5%8C%BA%E5%85%83%E8%B5%A4%E5%9D%82%EF%BC%91%E4%B8%81%E7%9B%AE/%E3%80%92166-0013+%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%9D%89%E4%B8%A6%E5%8C%BA%E5%A0%80%E3%83%8E%E5%86%85%EF%BC%93%E4%B8%81%E7%9B%AE%EF%BC%94%EF%BC%98%E2%88%92%EF%BC%98+%E5%A6%99%E6%B3%95%E5%AF%BA/@35.6876054,139.6753003,14z/data=!3m1!4b1!4m14!4m13!1m5!1m1!1s0x60188c7e880e4d07:0xb92f25d0ec7c5576!2m2!1d139.7338084!2d35.6776708!1m5!1m1!1s0x6018f2f5a3a33175:0x7e0c45b3e750abb9!2m2!1d139.6518251!2d35.6924952!3e2
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4. 手羽崎 鶏造- 2018/11/23 12:37
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堀の内の「妙法寺」、何度か行ったことが
あります。環七通りに面しています。
この近くに、私の知る限り、Bestの
某蕎麦屋さんがあります。
日本酒の品揃えに関する店主のセンスは
抜群です。
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5. Mikiko- 2018/11/23 12:52
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蕎麦屋
昼食を食べる習慣があったころ……。
東京に行ったときのお昼は、小綺麗なお蕎麦屋さんに入ることが多かったです。
そういうお蕎麦屋さんなら、味の当たり外れがまずありませんから。
ビールに天ざる。
最高の贅沢でしたね。











![[官能小説] 熟女の園](https://livedoor.blogimg.jp/mikikosroom2008/imgs/3/e/3e07a9c3.gif)





































































































