2018.8.25(土)
「何なら写真を院内にばら撒いてやってもいいぜ」
「そんなことしたらあなた達の顔も丸判りじゃないの」
「残念だが俺たちの顔はちゃんとカットしているから問題なしって訳さ。気を遣ってくれてありがとうよ」
「くっ……」
「先生方が見たらさぞかし驚くことだろうな~。だってこの病院ナンバー1の美人看護師さんが病院ですげえことやってるんだからな~」
「そんな卑怯なことやめて!」
「ふふふ、そう心配すんなって。あんたさえこれからも俺たちの言うことを素直に聞いてりゃ変なことしねえよ」
「私を脅かすのね」
「何か人聞きが悪いなあ。ははは~」
◇◇◇
早乙女
その表情には隠しきれない疲労の色が滲み、雪曇りの空のようなどんよりとした影が心を覆っていた。
衣葡は重い足取りで部屋を出た。
ボタンがちぎれ着衣も乱れたままでナースステーションに戻る訳には行かなかったので、一度更衣室に寄ることにした。
途中悔しくて涙がこぼれ落ちた。
(口惜しい……何故こんな仕打ちを受けなければいけないのか……)
そんな衣葡を廊下の陰から冷ややかに見つめる一つの視線があった。
山本詩織である。
(うふふ、いい気味だわ。あの細い腰がガタガタになるくらい責められたようね。写真楽しみだわ。あられもない姿で悶え狂っている衣葡さん、とくと見てあげるわ。でもこれで終わりじゃないの。もっといっぱい楽しませてあげるわね。うふふふ……)
一方、当番医師の吉岡は午前5時に目を覚ました。
頭の芯にズキズキと鈍い痛みを感じた。
「ううっ、頭が痛い……どうしたんだろう……風邪を引いたかな? あっ、しまった! もうこんな時間だ!」
吉岡は時計を見て驚いた。
午前2時に仮眠をとって午前5時まで眠ってしまったことになる。
こんなことは病院に勤務して初めてだ。
眠っている間に患者に異常はなかっただろうか?
吉岡は患者のことが気がかりだった。
「すぐに様子を見に行かなくては。でもおかしいな……どうしてこんなに眠ってしまったのだろう……?」
当直の日は予め自宅で睡眠をとってから勤務についているから、仮眠から起きられないことはないはずなのだが。
目覚ましもセットしたのに、不思議なことに鳴らなかったのだ。
吉岡は首を傾げながらとにかくナースステーションに急ぐことにした。
ナースステーションには詩織がいた。
「山本さん、すまない。うっかり寝過ごしてしまったよ。患者さんに特に変わりは無かった?」
「あら、吉岡先生。どうされたのかなと思っていました。特に異常はありませんでしたわ。先生はかなり疲れが溜まってらっしゃるみたいですね」
「自覚症状はそんなに無いんだけどもしかしたら疲労かも知れないね。ああ、ところで早乙女さんと吉田さんはどこに行ったの?」
「はい、早乙女さんは今巡回中で、吉田さんは頭痛がするとかで今休憩室で横になっています」
「そうなんだ。大丈夫かなあ」
その頃、吉田幸子も吉岡と同様に目を覚ましていた。
「きゃっ、大変! 仮眠時間を過ぎているわ。早く起きなくては。あぁ、でも頭痛が……どうしたのかしら……」
幸子は頭を押さえながらナースステーションに向かった。
◇◇◇
同じ時刻、着衣の乱れを正し終えた衣葡も足早にナースステーションへと急いでいた。
長時間ナースステーションを離れていたことで、詩織や幸子に迷惑をかけてしまった……責任感の強い衣葡は緊急事態が発生していないだろうかと気が気ではなかった。
戻ってみると不機嫌そうな表情の詩織が衣葡を睨みつけた。
「いったいどこに行ってたのよ。幸い緊急はなかったけど、あちこちの病室からコール鳴りまくりで走り回ったのよ」
「ごめんなさい。515号室の患者さんから色々と頼まれて」
「ふ~ん、そうだったの。やたら時間掛かったのね。まあいいけど」
「……」
「早乙女さんは戻ってこないしおまけに吉田さんも頭痛で仮眠室で休んでしまって、ほんと大変だったわ」
「本当にごめんなさい」
「次から気をつけてね」
「はい、すみません」
515号室で繰り広げられた悪夢のような受難劇が、まさか目前で飄々と語っている詩織の企てにより行なわれたとは露ほども知らない衣葡は、詩織にひたすら謝るのだった。
5日後に再び衣葡の当直日が訪れる。
鬱蒼とした虚無感が衣葡の心を支配し、冬の夕闇のように胸に沈み込むのであった。
コメント一覧
-
––––––
1. Mikiko- 2018/08/25 07:53
-
m(_ _)m最終回
6月2日から連載させていただいた『悪夢のナースコール』も、本日で最終回となりました。
Shyrockさん、ご提供、ほんとうにありがとうございました。
さて、最終回の題名は『鬱蒼』。
もちろん読みは、“うっそう"です。
樹木が茂り、薄暗くなってる様子です。
Shyrockさんは、これを衣葡の心象風景として使われてます。
わたしが住むあたりでは、こうした鬱蒼とした樹林は、まず見ません。
いわゆるゼロメートル地帯の低湿地で……。
昔は頻繁に水に浸かってましたから、樹木は育たなかったんです。
戦後、排水機が整備されると、そうした低湿地は水田に変わりました。
今でも穀倉地帯ですので、樹木の茂る余地はありません。
鬱蒼で連想するのは、東京の『暗闇坂』でしょうか。
この名の付いた坂は、多数存在します。
東京の区部だけで、10箇所近くあるようです。
暗闇を作るのは、坂道の両側に繁る樹木です。
両側は、決して荒れ地ではありません。
大名屋敷や寺社なんです。
これらは広大な土地を有してましたから……。
隅々の樹木まで手入れすることなど不可能です。
当然、敷地際の樹木は放置されますから……。
鬱蒼とならざるを得ないわけです。
続きは次のコメントで。
-
––––––
2. Mikiko- 2018/08/25 07:53
-
m(_ _)m最終回(つづき)
樹木に、土地の境界の観念はありませんから……。
枝は敷地を越えて、少しでも陽の当たる方へ伸びていきます。
両側をこうした屋敷や寺社に挟まれた坂は……。
両側から伸びた枝に頭上を覆われ、陽が当たらなくなるわけです。
で、名前は自然と、『暗闇坂』。
幽霊や妖怪の噂が立ちます。
それだけならまだしも、追い剥ぎが出たりします。
女子供は避けて通る坂だったでしょう。
ところで、東京の坂に興味のある方に、すばらしい書籍をご紹介します。
わたしは、電車の中で一気に読んでしまいました。
『タモリのTOKYO坂道美学入門』。
題名のとおり、著者はタモリさんです。
『ブラタモリ』からもわかるように、その博識ぶりが見事な書籍です。
もちろん、『暗闇坂』も載ってます。
どの『暗闇坂』かは、読んでのお楽しみ。
タモリさん、『ブラタモリ』でまた、東京をやってくれませんかね。
東京の区部は、昔の地形がそのまま残ってるところがほとんどなんです。
盛ったり削ったりしたところが、ほとんど無いんですね。
なので、地面を掘るとすぐに大正や明治の遺跡が出て来て……。
さらにその下からは、江戸が出て来ます。
面白い土地なんですよ。
人があんなに多くなければ、何度でも行きたいのですが。
-
––––––
3. Shy- 2018/08/25 11:35
-
Mikiko様
数か月間にわたりまして連載お疲れさまでした。
そして、ありがとうございました。
鬱蒼という単語から東京の『暗闇坂』が登場したのには大変驚かされました。
Mikikoさんは東京にもお詳しいんですね。
『暗闇坂』は東京に居たころ、仕事の帰りに一度だけ通ったことがあります。
陰気な印象はありましたが、一方で何やら雰囲気のある場所だな、と感じたのを憶えています。
でもデートなどではあまり通りたくないですね(笑)
毎回小説の中身とは一味違ったMikikoさんの博学に基づくうんちくが読めるのも、本ブログの愉しみの一つでしょうか。
まだまだ残暑が厳しいのでお身体には十分ご注意ください。
-
––––––
4. Mikiko- 2018/08/25 12:21
-
残暑厳しすぎ
木曜日、新潟市は39.9度になりました。
きのうから、遅い夏休みを取ってるのですが……。
雨の心配がないのが昨日だけのようだったので、庭の草刈りをしました。
曇ってたおかげで、最高気温は33度。
33度って、こんなに涼しいんだと思いました。
前日より、7度も低かったんですから。
今日はまだ、雨が降りません。
いい加減、降ってほしいものです。
コメント、読んでくださってありがとうございます。
実は、本編より大変になり、自分でも困ってるところです。
特に、金曜から月曜までは、連日2本ずつですから。
ライターになれるんじゃないかと思います。
どこか、雇ってくれませんかね?
連載、ありがとうございました。
実は、Shyさまからは、もう3回分、原稿をいただいてます。
みなさん、お楽しみに。
-
––––––
5. 手羽崎 鶏造- 2018/08/26 06:48
-
Shyさまの作品、楽しみにしてます。
管理人さまの日々のコメントのご苦労、
よく分かります。
「今日は何の日」もいいのですが、
「昨日のニュースから」とかのシリーズなんかは
如何でしょ。
管理人さまは別に政治評論家でない訳ですから
地方のほんの小さな小ネタでもいいと思います。
気になったニュースを書き留めるだけでいいと
のではないでしょうか。とにかくコメント作業は重荷に
ならないようにしてくださいまし。
私なら「菅井きんさん死去」「佐賀県にオスプレイ
200億円の着陸料」「金嚢吉田投手、巨人が好き」
「集まりすぎた寄付金」とかかな。
-
––––––
6. Mikiko- 2018/08/26 07:29
-
大丈夫
コメントで潰れてしまったら本末転倒ですからね。
「大変大変」と言いながら、半分楽しんでますから。
「昨日のニュースから」。
なるほどー。
ネタが拾えるかも知れませんね。
しかし……。
「金嚢」というのは、わざとですか?
ものすごく卑猥ですけど。