2017.12.19(火)
膳の上の料理に目を遣る相馬につられ、志摩子も自らの前の膳部を見遣った。
目も眩むほどの料理群だった。
本膳には飯椀と汁椀、それに料理群。徳利と杯、菓子・果物、それに真鯛の焼き物は二の膳に据えられていた。
本膳上の大小さまざまな皿小鉢。その上には、多種多様な料理の数々が並べられている。志摩子には考えもつかない、正体すらわからない手の込んだ料理の群れだった。
(これは……)
(このお料理は……)
志摩子とて、これまで数多くの座敷で多くの料理を見てきた。そして口にしてきた。日本料理の基本的なところは身に付いている志摩子である。
その志摩子にも、今、目にする料理は、それこそ食材の正体すら判然としない、華麗極まるものだった。
「ほれ、お上がんなはれ」
自らの膳に箸をつけ、酒も口にしながら、相馬禮次郎は志摩子を促した。
「へえ、頂戴しますぅ」
食欲など全く無かった。
が、饗応に応じるのも舞妓の仕事である。
志摩子は、箸置きに置かれた箸を取り上げた。
左手の指先で二本の箸を摘み上げ、持ち上げた箸を、下から右の手指で迎える。
志摩子の右の手指が巧みに動き、二本の箸を把握した。
箸の一本の根本近くを、親指と人差し指の間に深く押し込む。箸の先に近い側を薬指の第一関節に当て、同時に、親指の腹で押さえ込んで固定した。
もう一本の箸は、同じく右手の三本の指。親指、人差し指、中指のそれぞれの第一関節の先、つまり指先が把握した。
箸の、始めの一本はしっかり把握され、動かない。
もう一本は、志摩子の三本の指、親指、人差し指、中指の、それぞれの指先により巧みに動いた。
(さて……)
志摩子は、改めて膳の上に目を遣った。
いったい、何から手を付ければいいのか……。
個々の料理の正体が判然としないのに、何から、も何もあるまい。
志摩子は腹を決めた。
その箸先は真っ直ぐに膳の最も右手前、汁椀のすぐ向こうに置かれた皿に向かった。箸先が料理に触れる。
表面はこってりした質感のソースに覆われていた。
志摩子は、箸を持つ右手に軽く力を籠めた。箸先はソースに潜り、料理本体に触れる、食い込む。志摩子は箸先を巧みに操り、料理を切り分けた。分けられた料理本体の一片、ソースをたっぷりと纏う一片を摘み上げた。
志摩子の持つ箸は小動(こゆるぎ)もせずに中空を移動した。その箸先を、両唇を軽く開いた志摩子の口が出迎える。口内に料理の一片を残し、箸はゆっくりと志摩子の口唇から抜け出た。箸を持つ右手に左手を組み合わせ、志摩子は両手を膝の上に置いた。
志摩子の舌先がまずソースに触れる。
(甘い……)
舞踊はともかく、志摩子は料理には素人である。それ以上、味を表す言葉を持たない志摩子だった。
(いろんなもん、混ぜたある〔てある〕みたいやけど……)
今で云うタルタルソース様の物に、さらに各種香辛料などを混ぜてあるようである。志摩子に見当の付くはずもなかった。
志摩子の上下の前歯が料理本体に食い込んだ。さらに口の奥に送り、奥歯で噛み締める。砕かれた料理がソースに混ざり合い、舌を刺激した。香りが口内から鼻に抜ける。
香りと、味と、歯ざわりから志摩子は判断した。
(これは……お魚……)
(なんちゅう、お魚、やろ)
噛み締め、味わった志摩子の喉が軽く動いた。旨味の余韻を口内に残し、料理は胃の腑へ滑り降りて行った。
その様子を横目で見ていた相馬禮次郎が、志摩子に声を掛けた。
「でや(どうだ)その料理、なんかわかるか」
一瞬、言葉に詰まった志摩子は、相馬を見遣った。
わかるわけがない。
ソース自体、初めて口にする味だったし、魚に至っては……白身魚であろうくらいは分ったが、タイだと言われればそうかと思うだろうし、カレイだと言われても納得するしかない志摩子だった。
「いえ、わかりまへん」
「ふむ。まあこの魚に、ほ(そ)のソースは、ある意味邪魔や。ソース自体は、ようでけとる(よく出来ている)んやけどな」
「へえ……」
「ほの魚はのう、小まめ」
「あ、へえ……」
「オコゼや」
「お、こ……」
聞いた記憶のあるような名称だったが、志摩子には確信はない。無論、その魚の姿・形が思い浮かぶはずも無かった。
「オコゼ、や。聞いたことないか」
「へえ……すんまへん」
「謝ることやないけんどな」
相馬禮次郎は、苦笑交じりに言葉を継いだ。
「へえ……」
「漢字で、虎魚(とらうお)、と書く」
「とら……」
「獣の虎。獅子・虎・狼、の虎。ほれに魚、や」
「虎の……」
「全身棘だらけ、毒も持つ、ぶっさいく(不細工)な魚や」
「…………」
「世の中に、これ以上醜い魚はおらんやろ、ゆ(云)うくらいにのう」
「…………」
オコゼを扱(こ)き下ろす相馬だったが、一転、継いだ言葉は逆にオコゼを持ち上げる。
「しやけんど、味は最高。白身で脂肪が少ない淡白な……上品極まる味や」
「…………」
「しやからのう、小まめ」
「あ、へえ」
「オコゼは、刺身や生け作り、要するに生をそのまま味わうのが本道や」
「へえ……」
「しやのにあの男、東中(ひがしなか)のやつ、わわざわざ焼いた上に、こてこてのソースを塗(まぶ)しよった」
「…………」
「邪道、ゆうたらこれ以上邪道な料理も無いやろ」
オコゼに次いで、東中を扱(こ)き下ろす相馬だった。
志摩子に言葉は無い。
「…………」
「しやけんど、美味いんか不味いんかゆうたら……この味や。おまはんも文句は無いやろ、のう、小まめ」
やはりオコゼと同じく、東中 昂(こう)を持ち上げる相馬禮次郎だった。
「あ、へえ、ほんまに美味しおす」
「ふん。あの男、東中がどないな人間かは、ほの料理一つで分かる」
「…………」
「要するに、これ以上は無い捻(ひね)くれもん(者)、ゆうことやな」
相馬禮次郎は、前の膳から徳利を取り上げ、志摩子に突き出した。
志摩子は箸を箸置きに戻し、両手で杯を取り上げる。軽く頭を下げ、酒を受けた。その杯をそのまま膳に戻し、自らの膳の徳利を取り上げて相馬に酌をする。
相馬禮次郎は脇息に左肘を突き、胡座に崩していた。右手を伸ばして酌を受けた。
「さあ、遠慮はいらん、どんどんやんなはれ。酒もな。腹が減っては戦(いくさ)はでけん」
「へえ、おおきに」
一口、いや、半口の料理を口にしただけで、志摩子は食欲を取り戻していた。改めて箸を取り上げ、膳に向かう志摩子だった。
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2017/12/19 09:53
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始まりました
相馬の旦さん、相馬禮次郎と、祇園の小まめこと、竹田志摩子の酒宴です。
膳の上には、鞍馬の料理屋の主人にして料理人、東中 昂(ひがしなかこう)の手になる「目も眩むほどの料理群」が並んでおります。
で、その料理は「正体すらわからない手の込んだ」もの。
本来でしたら、料理の一つ一つを描写せなあかん所なのですが、これはかなり以前、あやめと明子の酒宴で行いましたので、今回は省略です。
(手抜きや)
何と仰るうさぎさん。あまりしつこく同じことを繰り返すのもご退屈様でしょう。
(物は言いようやのう)
と仰る向きもおありでしょうから、今回は一品だけ。オコゼの焼き物です。
オコゼは、とげとげだらけの超不細工な魚。しかもとげとげ(鰭〔ヒレ〕なんですがね)の一本一本に毒をもつという、とんでもない魚です。
こんなの食べようと、初めて考えたお方は偉い、と申します、かもの好きと申しますか……。
しかし「文句は食べてから言え」とか。
味は極上、超高級魚なんですね、オコゼ。
是非一度お試しください。まあ、わたしは食したこと御座いませんが(なんのこっちゃ)。
ちなみに、料理人東中 昂(こう)は、相馬に言わせますと「これ以上はない捻(ひね)くれもん(者)。
ということでございまして、超曲者コンビの相馬-東中。
この二人を相手に、志摩子-道代はどう立ち向かうのでしょうか。
次回以降を乞う!ご期待。
〔美味い魚にゃ毒があるHQ〕
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2. Mikiko- 2017/12/19 19:47
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オコゼ料理
板前さんは、まずトゲを切るんですかね?
それ以前に、市場の人が危険なのでは?
死んでれば大丈夫なんですかね?
料理の写真を見ましたが、やはり唐揚げが美味しそうです。
土日は、わたしがスーパーに食材の仕入に行くのですが……。
出来合いの焼き魚をよく買ってきます。
新潟には「浜焼き」という食文化があるせいか……。
すでに焼いてある魚が、たくさん売ってるんです。
わたしがよく買うのは、サバ、ホッケ、サーモンといったところでしょうか。
とても上手に焼いてあり、生を買って来て家で焼くより、ずっと美味しいと思います。
先日は、魚じゃありませんが、豚肉の金山寺味噌和えを買ってきました。
これはもちろん、生で売ってます。
大きな肉が6枚も入ってて、480円でした。
母と2人で、2日がかりで食べました。
ところどころ固かったですが、とても良い味でした。
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3. ハーレクイン- 2017/12/19 21:18
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トゲ処理
ハサミで切る……んだったと思います。
死んでれば大丈夫……でもないと思います。
(頼んないやっちゃ)
浜焼きスーパー
確かに、買ってきてレンジでチンすれば楽ですね。
焼き方は当然プロの仕事(かな?)でしょうから文句はないでしょう。
こちらでは売ってないです。
干物はありますが、焼き魚は……たまに置いてありますが、普段からあるのはウナギくらいです。
金山寺味噌
大好物です。
豚肉を和えて……ではなく、カップ入りの味噌を売ってます。1個100円(税別)。
これを買ってきて、キュウリに付けて食べます。美味なり。
〔とげぬきオヤジHQ〕
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4. Mikiko- 2017/12/20 07:34
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焼いてある魚
実に便利です。
煙も出ないし、グリルも汚れません。
フライより、油も少ないでしょうし。
金山寺味噌。
生産地は、和歌山県、千葉県、静岡県などだそうです。
2008年3月20日、和歌山県岩出市の根来寺旧境内から、約430年前の金山寺味噌が見つかったとか。
単独で売ってるんですね。
今度、探してみます。
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5. ハーレクイン- 2017/12/20 10:46
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以前から……
なんで「金山寺」味噌、云うんやろと思ってました。
で、この機会に少し調べますと……。
「鎌倉時代、宋の国は径山寺(きんざんじ)で修行し、帰国した法燈国師(だれや、あんた)によって紀州に伝えられた……」
で、訛って?金山寺、だとか。
しかし、430年前の味噌って……黴たり干からびたり、してなかったんですかね。
〔ご飯にのっけてもおいしい金山寺HQ〕
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6. Mikiko- 2017/12/20 19:51
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寺と味噌
どーしても、男色を連想してしまいます。
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7. ハーレクイン- 2017/12/20 21:14
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寺と味噌と男色と
なんとなく寺門痔門、いや、ジモンを連想してしまった。
〔味噌擂り坊主HQ〕
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8. Mikiko- 2017/12/21 07:22
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お寺の糞尿は……
高く引き取られたとか。
なぜなら……。
「突き固めてあるから、中身が濃い」。
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9. ハーレクイン- 2017/12/21 08:46
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>突き固めて……
もひとつようわからん。
鐘を撞いてるから、かなあ。
〔♪やまのお寺の鐘がなる~HQ〕
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10. Mikiko- 2017/12/21 19:46
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なんでわからん
男色なら、肛内を突き固めるではないか。
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11. ハーレクイン- 2017/12/21 23:28
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わかったようで……
ようわからん。
突き……はいいとして、固めてはおらんのでは。
〔突き押し、怒涛の押しHQ〕
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12. Mikiko- 2017/12/22 07:26
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突けば……
命の泉湧く。
ではなく、ウンコが突き固められるではないか。
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13. ハーレクイン- 2017/12/22 11:35
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はいはい
お得意の「ウンコ」話でしたか。
〔軟便下痢便便秘便HQ〕