2015.8.15(土)
み「さて、チミ。
次はどこかな?」
小「困ったな。
ここまでで、だいぶ時間かかっちゃいましたよ」
み「そんなんで、ガイドが務まるか」
↑ガイドは、ボランティアだそうです。入場無料なんだから、当然ですよね。
小「ボクのせいですか」
み「ミュージアムにも寄りたいんだけど」
小「えー。
そしたらもう、あと1箇所くらいしか見れませんよ」
み「それでいい。
いい加減、足がくたびれた」
律「大変な学者さんだこと」
み「風呂屋兼学者である」
小「それじゃ……。
この掘立柱建物と双璧となる復元建物を見ましょうか」
み「それが良い。
穴の跡を見たってしょうがないわい」
小「では、こっちです。
すぐとなりですから。
これです」
み「おー、こりゃまたデカいな。
さっきから見えてたけど」
小「『大型竪穴式住居』と呼ばれてます」
み「これが住居?
デカすぎだろ。
どんだけデカいの?」
小「幅10メートル、長さ32メートルです」
み「てことは、床面積、320平方メートルではないか。
ハーレクインの借家が、10軒も入ってしまうわ」
律「誰それ?」
み「還暦過ぎても借家暮らしの塾講師じゃ。
部屋があんまり狭いので、足を窓から出さなければ寝れないそうじゃ」
律「ウソおっしゃい。
でも、借家なら、気楽なものよ。
災害で壊れたって、自分のじゃないんだから」
み「災害で壊れたら死んでしまうわ」
律「相続の心配もしなくていいしさ」
み「いつ死んでもいいってことですな。
死に放題」
小「あの……。
早く、見学していただけます?
ミュージアムに寄れなくなりますよ」
み「おー、そうじゃった。
入れるのか?」
小「もちろんです」
み「呼び鈴は?」
↑修理して、鳴るようになったのだそうです。
律「あるわけないでしょ」
み「それでは……。
たのもー」
律「止めてちょうだい。
恥ずかしい人ね」
み「黙って入ったら泥棒でんがな」
律「人の家じゃないでしょ」
み「ここは……。
家じゃなかったわけか?」
小「共同住宅だったという説もあります。
ここで、冬の間だけ、集団で過ごしたとか」
み「どうして冬だけなの?」
小「地面を掘り下げてるから、冬でも比較的暖かかったと言われてます」
み「そりゃ、おかしかろ」
律「どうして?」
み「竪穴式住居跡は、ほかにもあるんだろ?」
小「1家族用の小さい竪穴式住居跡は、たくさん出土してます」
み「なら、そこだって暖かいじゃない。
そもそも、こんなにだだっ広かったら……。
暖房効率が悪いだろ」
み「暖気は、あっという間に天井まで上がっちゃうよ。
暖房するんなら、小さい空間の方が、ずっと暖かいはず」
↑コタツが、その最たるものですね。
律「確かに……。
ここで冬を過ごす気にはなれないわね」
み「むしろ、夏場なら納得できるよ。
この地面にペタっと仰向けになったら、きっと涼しいに違いない。
猫なんて、よく土間で寝てるでしょ」
↑冬はコタツ、夏は土間。日本の猫は、幸せだにゃー。
律「今どき、土間のある家なんてあるの?」
み「テレビで見た」
律「でも確かに、小さい家よりは涼しげだわ」
み「であろー」
律「だけど、夏だけ引っ越すなんて、面倒くさくない?」
み「引っ越すったって、荷物なんか無いでしょ。
電化製品があるわけじゃないんだから。
食器程度じゃないの?」
律「食器なら、ここに備え付けておけばいいのよ」
↑長野県『川原田遺跡』の出土品。
み「そんなら、手ぶらか?」
律「でも、どうして1年中暮らさないの?」
み「わたしに聞かんでくれ。
チミ、なんで冬だけって説になったの?」
小「こういう大型住居が出るのが、北日本の豪雪地帯に集中してるんです」
↑冬はこうなります。この中で火を焚いたら、一酸化炭素中毒になるんじゃないでしょうか?
み「でも、このころは暖かかったんでしょ?」
小「まぁ、今よりはですけど……。
それでも、雪は降ったでしょう。
北海道の苫小牧の遺跡からも、大型住居跡が出るんですよ」
↑いろんな会があるものです。
み「苫小牧は、雪は降らない気候じゃないの?」
律「でも、ここより寒いでしょ」
み「北海道の中では温暖な地域だよ。
そうでなきゃ、駒大苫小牧があんなに野球が強くなれるはずがない」
み「生徒は、大阪とかから集めてるんでしょ。
マジで寒かったら、逃げ帰ってるよ」
律「じゃ、冬期住居説には、反対なわけね?」
み「第一、冬だけのために、こんだけの建物、建てる?」
律「そんなら、1年中、住んだってこと?」
み「そしたら、小さい竪穴式住居には、誰が住んだわけ?」
↑虫さえいなきゃ、住みやすそうです。
律「ひょっとしたら、ここには巨人が住んでたのかも」
み「ガリバー旅行記じゃあるまいし」
↑山梨県上九一色村にあった『富士ガリバー王国』。現在は廃墟だそうです。
律「あ、そうだ。
倉庫なんじゃないの?
食料とかの」
↑栃の実。江戸時代でも、飢救作物として天井裏に備蓄しておいたとか。
み「どう?」
小「食料だったら、高床式の倉庫にすると思います」
↑これも、三内丸山遺跡。
小「ここは、地面を掘り下げてますから……。
湿気はあるし、ネズミとか虫も入り放題ですよ」
み「なるほど。
それ以外の説には、どんなのがあるの?」
小「共同作業所とか、集会所ですね」
み「いまいち、納得しかねるの。
ここには、何人くらい入れたのかね?」
小「整列すれば、200人近く入ったそうです」
み「ふむ。
この集落の人口が、500人だったよね」
小「ですね」
み「てことは、人口の4割が入れたわけだ」
律「やっぱり、集会所?」
↑夏の甲子園大会開会式。49チーム×18人=882人くらいでしょうか?
み「住民一同が集まって何するの?」
律「いろんなことを決めたりするんじゃないの?」
み「そんなにいたら、話がまとまらないでしょ」
み「この集落が、合議制で運営されてたとは思えないよ。
あの、掘立柱建物を見てもさ。
絶対的な指導者がいたはず」
↑今、こんなコントをやったら、大問題になります。
律「じゃ、いったい何なのよ、ここは?」
み「これは……。
学校じゃないの?」
↑アフリカ、難民キャンプの小学校。先生のモチベーションは高く、生徒の意欲もスゴいそうです。
律「500人の集落に、そんなに子供がいる?
子供の割合って、どのくらいなのかしら?」
み「確か、戦後の一時期は、人口の3分の1が子供だったはず」
↑昭和22年、町内のお祭り前の記念撮影。今、うちの町内で、子供を見かけることは、ほとんどありません。
律「500人の3分の1って……。
何人?」
小「167人です」
み「暗算1級か!」
↑1級問題。計算過程のメモ書きも禁止。ぜんぶ頭の中だけで計算します。制限時間に注目。
小「そんな大したもんじゃないですよ」
律「でも、167人なら、かなりな数よね。
小学校もありか……」
↑青森県『東通村立東通小学校』。なんとなく、雰囲気が通じませんか?
み「うんにゃ。
この規模からして、小学校ではないな」
律「それじゃ、何なのよ?」
み「大学じゃないの?」
↑日本最古の学校は、平安時代創建の『足利学校』とされていますが……。
律「大学生くらいの歳の人は、もっとずっと少ないでしょ」
み「だから……。
この集落の若者だけじゃなかったのよ。
近隣の集落からはもちろん……。
あるいは、船に乗って遠くから来た人もいたかも」
↑福井県『ユリ遺跡(縄文時代)』から出土した丸木舟。
み「つまりここが、当時の学問の中心だった」
小「へー。
そういう説は、ないんじゃないかな」
み「ここ、屋根まで吹き抜けにしてあるけど……」
み「こんなもったいない使い方はしなかったはず。
天井を張って、2階建てで使ったんだよ。
その方が、暖房効率もいいし」
↑屋根裏部屋。冬はいいですが……。断熱材の施工をケチると、夏はとても居られないそうです。
律「確かに、それなら床面積を2倍に出来るわね。
2倍の人員を入れられるってことね」
↑こんなCMがあったそうです。覚えてるような、いないような……。
み「ていうか……。
学校と寮だったんじゃない。
上下で」
律「1階が学校?」
み「ま、普通、そうでしょ」
↑京都大学『吉田寮』。プライバシー、ゼロです。手前にあるテーブルは、雀卓か?
み「でも、夏場、2階の寮は暑いだろうね。
寝るときは、この1階の床に直接寝てたのかもね」
↑避難所ではありません。佐渡汽船の船室です。
小「なんだか、生活が想像出来ますね」
律「でも、どうしてこれまで、学校という説が無かったのかしら?」
み「学者がバカだからじゃ」
↑“のさばる校舎は”より、“のたうつ甍は”の方がいいと思います。
律「そんなわけないでしょ!」
小「縄文時代は、文字が無かったからじゃないですか」
↑こーゆー文字(ヲシテ文字)があったという説もあるそうです……。
律「あ、そうよね。
それはおかしいじゃないの。
文字が無いのに、どうやって勉強できるのよ?
教科書もノートも無いわけでしょ?」
↑『日光さる軍団』。2013年末に閉園しましたが、2015年春、復活したそうです。この画像は、閉園直前のもの。
み「文字は無くても、言葉はあるじゃろ」
↑オウムです。『荒川アンダー ザ ブリッジ』という漫画らしいです(謎)。
小「ま、あったでしょうね」
み「昔の学問というのは、すべて口伝です(“くでん”と読みます)」
律「何それ?」
み「口移しってこと」
律「イヤらしいわね」
↑グミ入りソフトキャンディー『ぷっちょ』のCMだそうです。AKB48の口移しリレー。見たことない。
律「どうして、そんなことしなきゃ、学問出来ないわけ?」
み「イヤらしいのは、おまはんでんがな。
なんで、キスしながら勉強出来るんじゃ。
でも、昔の僧侶なんて、そっちの系統ばっかりだったみたいだよね」
み「学寮とかは、凄絶なモロキュウ合戦だったんじゃないの?」
↑醍醐寺の秘宝『稚児之草紙(1321年)』。
小「キュウリで合戦したんですか?」
↑水森かおり『紅白歌合戦』での衣装。どう見てもキュウリです。
律「キミは知らなくていいの。
話が落ちすぎでしょ。
小学生がいるんだから。
じゃ、口移しって、どういう意味よ?」
み「教える方が口で喋って、教わる方はそれを聞いて覚える」
↑いろんな口伝があるものです。書になったら、口伝じゃない気も……。
律「暗記ってこと?」
み「昔の芸道なんて、みんなそうだったんじゃないの?
落語でも、対面で師匠に語ってもらいながら教わったって聞くよ」
↑師匠は柳家権太桜。弟子は、右太楼。左太楼もいるんでしょうか?
律「DVDを見ればいいじゃないの」
↑この人、落語もやるんですね。
み「それは今の話でしょ」
律「でも、書き留めなくちゃ、ぜったいに覚えられないと思うわ」
み「ここには、各地からのエリートが集まったのです」
律「それじゃ、暗記が得意な人が優秀ってことになるじゃない」
↑この赤いシート、使いましたね。栞にもなって便利です。
み「ある程度、そうだったんじゃないの」
律「そんなの、創造的じゃないわ」
み「文字のない時代……。
培った文化を後世に伝えるためには、それしかないでしょ。
稗田阿礼なんか、その最たるものよ」
↑意味不明。
律「誰、その人?
友達?」
み「知らんのきゃ!
天武天皇が、稗田阿礼に命じて、『帝皇日継』と『先代旧辞』を暗唱させたの」
律「あんた↑これ、コピペでしょ?」
み「わかります?」
律「ここまで覚えてるのは、不自然よ」
み「ま、話の都合上、許されよ。
とにきゃく!
当時の学問は、暗記が主だったってこと。
そのころ生まれてたら、わたしもエリートだったかも知れん」
↑イメージです。
律「あんた、物忘ればっかりじゃない」
み「それは最近!
高校のころは、暗記が得意だったの。
日本史なんか、最低点が97点だったわい。
語呂合わせで年号覚えてる人なんか、理解できなかった」
↑店長……。この才覚を、別の方面で活かせぬものか?
律「どうして?」
み「数字のまんま、何の苦労もなく覚えられたからね」
律「そのころ死んでたら、惜しい才女を亡くしたと言われてたかも」
み「これを、生き恥をさらすと云う」
↑何の漫画か不明。
み「なんでじゃ!」
律「自分で突っこんでどうするの」
み「ハーレクインの得意技、ノリツッコミである」
↑出所不明。
律「でも、こんなとこで、一日中暗記なんて、気が滅入るわね。
ぜったい、覚えられない人もいたわよ」
み「わかった!」
律「何がよ?」
み「『魏志倭人伝』に、“倭人の男子はみな顔や体に入れ墨し”って書かれてるんだよ」
↑倭人ですが……。
律「そういう原始人みたい一族も残ってたってことでしょ」
み「中国からの使者の前に出たのは、とうぜん、エリートだったはず」
律「それが、さっきからの話とどう関係してるの?」
み「つまり……。
学生時代、暗記が苦手だった人は、肌に入れ墨を彫ってカンペにしたのじゃ」
律「そんなの、違反じゃないの。
見つかったら落第よ」
み「いや。
入れ墨までする心根は、汲んでくれたわけよ。
村の期待を一心に背負って来た若者なんだから……。
落第点を取っては帰れないからね」
↑『ストロボ・エッジ』という映画の舞台になったそうです。この坂は、砂丘の斜面。坂の上に旧制新潟高校の寮がありました。坂の下は、花街のある繁華街。この坂を頻繁に降りると、落第する(どっぺる)ぞということから『どっぺり坂』の名が付きました。
律「でも、カンニングしてまでってのは、正しい道じゃありません」
み「インドなんか、今、スゴいらしいじゃない」
律「何が?」
み「カンニングよ。
親が、試験場の校舎をよじ登って、カンペを渡すんだって」
律「ウソでしょ」
み「ほんまの話です」
律「試験官はいないの?」
み「いますがな。
警官までいたそうです」
↑インド名物、踊る警察官。あまり上手くありませんが。
律「何でそんなことが出来るのよ?」
み「賄賂を貰ってるからに決まってるでしょ」
律「許せないわね。
どういう試験なの?」
み「州政府の統一試験みたいだね。
貧しい地方でね……」
み「その試験の結果により、役所の仕事に付けるかどうかが決まるんだって。
だから、親も必死なわけよ。
子供が役人になれば、収入が保証されるんだから。
その家がやっていけるかどうか、一世一代の瀬戸際ってことじゃないの」
↑W瀬戸際。2012年初場所。右の稀勢の里が勝ったようです。左の鶴竜は、まだ関脇でした。
律「勉強すればいいだけでしょ」
み「冷たいですな」
律「そういうことは、大嫌い」
み「じゃ、入れ墨も?」
律「言語道断だわ。
そもそも、入れ墨なんか彫ったら消せないでしょ。
おんなじ問題ばかり出るわけじゃないんだから……。
どうするのよ。
重ねて書いたら、読めないし……。
どんどん、書くところが少なくなってくるじゃないの」
み「仕方ありませんな。
落第を重ねた学生の中には……。
全身、入れ墨で埋め尽くされたヤツもいたはず」
律「全身って、裸で試験を受けたわけ?」
↑昔は、ほんとにこんな芸をする人がいたんでしょうか?
み「当然ですな。
耳なし芳一状態」
み「もう、ちんこの先にまで彫って……。
そこを見るためには、ちんこを大きくしなきゃならん」
律「やめなさい!
子供がいるのに」
み「へいへい。
ひょっとして、耳なし芳一ってのは、カンペ受験生だったのかも?」
↑映画『怪談(監督:小林正樹/1965年)』より。
律「バカなことばっかり言ってないで、まじめに見学しなさいよ」
み「へいへい。
ちょっと、ガイドさん」
小「ボクですか?」
み「チミしかおらんでしょ。
トイレはどこよ?」
小「えー。
入口の時遊館まで戻ればありますけど……。
遺跡の中には、1箇所だけです」
↑男女のマークが凝ってます。
律「入るとき済ませておけばいいのに」
み「違うわ!
この建物にトイレはあるかと聞いておるのじゃ」
律「今、無いって言われたでしょ」
み「ぱかもーん。
この建物が使われてた時代、トイレはどこにあったのかと聞いておる」
律「こんだけ広いんだから、トイレくらいあったでしょ」
み「出たわけ?
トイレの遺構」
↑中世のトイレ遺構(鎌倉市)。
小「出てないと思います」
律「不便じゃないの」
み「そもそも、こんな建物の中にトイレを作ったら……。
臭くてしょうがないでしょ」
↑何が“オーケー”なのかは不明。
律「じゃ、どうしたのよ?」
み「チミ。
縄文人は、うんこをしなかったのか?」
小「そんなわけないです。
外でしてたんだと思います」
み「歩いてて、いきなりしゃがんでするのか?」
小「そんなわけないですよ。
ちゃんと、場所があったと思います」
み「場所って、どこじゃい?
当時は、電柱なんかないよね」
↑すごい芸ですね。
小「犬じゃないんですから。
トイレを表す日本語を思い出せば、わかりますよ」
み「便所であろ?」
↑さすが新宿ですね。
小「もっと昔の言葉です」
み「なんじゃ?
肥たごか?」
小「それは、汲んだ後でしょ」
律「あ、わたしわかった。
厠(かわや)よね」
↑福岡県うきは市吉井町。わからん人もいると思いますが。
小「そうです」
み「厠から、どうして場所がわかるんだ?」
小「厠って言葉は、もともと三本川の“川”に、屋根の“屋”だったそうです」
み「ほー。
それは気づかなかったわい。
川で、いきなり尻を捲ったわけでなく……。
ちゃんと、施設が作られてたわけだな」
小「当然、屋根もあったんじゃないですか」
↑平城京(710年~784年)の厠の復原図。
み「大したもんじゃわい。
わたしは、高校のとき、京都に修学旅行に行って……」
↑奈良にも行きました。奈良の鹿は、煎餅屋に積んである煎餅は決して狙わず、買った観光客にしか、ねだらないそうです。
み「衝撃的な光景を目撃した」
↑『浜ち』だそうです。誰じゃい?
律「あんたは、ろくなこと目撃しないからね」
み「大きなお世話じゃ。
わたしのせいじゃないわい」
律「何を見たのよ?」
み「京都の街中を流れる川です。
何川だか忘れたけど。
繁華街だった気がする。
川縁には、転落防止のためか、柵が連なってた」
↑淀川のようです。わたしが見たのは、こんな大きな川ではありませんでした。
み「1人の浮浪者が、その柵を乗り越えて、川岸に立ったわけ。
柵と川の間は、人が立てるくらいの幅だった。
何するのかと思ったら……。
いきなりズボンを下ろしたのよ。
ケツ丸出し」
み「前の方は、死角になって確認できなかったけどね。
で、そのまましゃがんで……。
柵に掴まりながら、お尻を川に突き出したわけ」
↑ハムスターだそうです。立派ですね。
律「嫌な予感」
み「予感なんか感じてるヒマおまへんがな。
快食快便なんでしょうな。
しゃがむと同時に、ボトボトよ」
↑棚から牡丹餅。
律「あー、やだやだ」
み「で、新聞紙で後始末すると……。
すっくと立ち上がり、ズボンを上げ、柵を乗り越えた。
何事もなかったかのように、歩いていきましたな。
しがらみを捨て去ると、人はあれほどまでに身軽になれるんだね」
↑身軽すぎるパンダ。
律「あんたも捨て去れば?」
み「財布の中身は常に身軽じゃが、しがらみは捨て去れんわい」
↑“しがらみ”とは、『水流をせき止めるために、川の中にくいを打ち並べて、それに木の枝や竹などを横に結びつけたもの(デジタル大辞泉)』。
律「つまり、あんたが言いたいのは……。
鴨川だか何川だかが、彼にとっての川屋だったってことね」
み「ま、トイレには違いないが、屋根はなかったな」
律「当たり前でしょ」
み「でも、縄文のトイレにはあったんだろ?」
↑『大森貝塚遺跡庭園(東京都品川区)』のトイレ。縄文風のデザインですが、もちろん普通の公衆トイレです。
小「そこまではわかりませんけど」
律「どういう仕組なの?」
み「川に丸太を渡して、足場を作ったんでしょ。
その隙間から、大なり小なりしたわけよ」
↑にゃんとー! ベトナムでは現役でした。下はメコン川。落ちたらワニに食われます(たぶん)。
律「つまり、水洗ってこと?」
み「そうなるね。
だから、臭いも無かったはず」
↑右のネコ、ぜったい、こう言ってます→『くっさー』。
律「じゃ、この建物の中でも、おトイレの臭いは、まったく無かったわけね」
み「そういうこと。
学問に集中できたわけよ」
み「でも……」
律「でも、何よ?」
み「下痢の人は辛かったろうね」
み「川まで懸命に急いだ。
走ると漏れそうだから、小刻みな早足よ」
律「何でそんなことがわかるの?」
み「わたしゃ経験者ですからな」
律「あ、それ聞いたことある」
み「大学生のときよ。
新潟から東京に帰って、アパートのドアを前にして……」
↑こんな綺麗なアパートじゃありませんでした。
律「間に合わなかったわけね」
み「はいな。
あの瞬間、もうわたしは子供じゃないと思った」
律「何でよ?」
み「酒による下痢便の威力を知ったからじゃ」
律「あー、やだやだ。
ボク、もう帰りましょ」
小「そろそろ、時間ですね」
み「ミュージアムに寄れるか?」
小「短時間しかムリですよ」
み「しかしこの遺跡見学、やっぱし真夏や真冬は厳しいのぅ」
小「仕方ありません。
娯楽施設じゃないんですから」
律「そうよ。
タダなんだから、文句なんて言えないわ」
小「こっちです」
み「おー、人形がいた。
大好物じゃ」
小「食べられませんよ」
み「わかっとるわい。
こいつら、喋らんのか?」
小「何語をしゃべるんですか?」
み「日本人なんだから、日本語じゃろ。
早くシャバに出て、馴染みの女に会いてーなー、とか」
律「それは佐渡金山でしょ」
み「残念ながら、今年(2015年)も、世界遺産への推薦は叶わんかった」
律「あの半分に割れた山なんて、スゴいわよね」
み「人の欲望の象徴だよな」
律「どうして、推薦されないの?」
み「やっぱ、馴染みの女にがマズいんじゃないの?」
↑なんと、土産物のTシャツとして売ってました。世界遺産を目指すには、マズくね?
律「別のセリフにすればいいのに」
み「何を喋らすのじゃ?」
律「早くここを出て、立派に更生したいものだ、とか」
↑『秘密のケンミンSHOW』でも紹介された豚味噌の缶詰。昭和7年、当時の校長先生が農村経済の更生と健康の願いを込めて『更生之素』と名付けたそうです。薩摩黒豚の挽肉を炒め、ザラメ、みりん、酒などで下味を付け、白味噌、赤味噌を加えて煮こんであります。
み「ありえーん。
そもそも、島流しなんて、終身刑じゃないの?」
↑島流しではありませんが。しかし、ライフジャケットなしじゃ、怖いですね。
律「えー、それじゃ、馴染みの女になんて、会えっこないじゃない」
小「確か、金山で働かされてたのは、罪人じゃなく……。
無宿人じゃなかったですか?」
み「そうなの?
それじゃ、帰れたわけか。
ま、もともと佐渡に流されてくる罪人ってのは、身分の高い人が多かったからね」
↑日蓮聖人もその一人。
み「とにかく、佐渡の人ってのは、気位が高いのよ。
だから、本来、サービス業には向かない。
佐渡に来た旅行者でリピート率が低いのは、そんなとこにも原因があると思うよ」
律「へー。
素朴なイメージがあるけどね」
み「能舞台なんかそこらじゅうにあるしさ」
↑現在、30余りの能舞台が残ってます。かつては、200以上あったとか。
み「佐渡の風景を写しに来た写真家が驚いてた」
律「何を?」
次はどこかな?」
小「困ったな。
ここまでで、だいぶ時間かかっちゃいましたよ」
み「そんなんで、ガイドが務まるか」
↑ガイドは、ボランティアだそうです。入場無料なんだから、当然ですよね。
小「ボクのせいですか」
み「ミュージアムにも寄りたいんだけど」
小「えー。
そしたらもう、あと1箇所くらいしか見れませんよ」
み「それでいい。
いい加減、足がくたびれた」
律「大変な学者さんだこと」
み「風呂屋兼学者である」
小「それじゃ……。
この掘立柱建物と双璧となる復元建物を見ましょうか」
み「それが良い。
穴の跡を見たってしょうがないわい」
小「では、こっちです。
すぐとなりですから。
これです」
み「おー、こりゃまたデカいな。
さっきから見えてたけど」
小「『大型竪穴式住居』と呼ばれてます」
み「これが住居?
デカすぎだろ。
どんだけデカいの?」
小「幅10メートル、長さ32メートルです」
み「てことは、床面積、320平方メートルではないか。
ハーレクインの借家が、10軒も入ってしまうわ」
律「誰それ?」
み「還暦過ぎても借家暮らしの塾講師じゃ。
部屋があんまり狭いので、足を窓から出さなければ寝れないそうじゃ」
律「ウソおっしゃい。
でも、借家なら、気楽なものよ。
災害で壊れたって、自分のじゃないんだから」
み「災害で壊れたら死んでしまうわ」
律「相続の心配もしなくていいしさ」
み「いつ死んでもいいってことですな。
死に放題」
小「あの……。
早く、見学していただけます?
ミュージアムに寄れなくなりますよ」
み「おー、そうじゃった。
入れるのか?」
小「もちろんです」
み「呼び鈴は?」
↑修理して、鳴るようになったのだそうです。
律「あるわけないでしょ」
み「それでは……。
たのもー」
律「止めてちょうだい。
恥ずかしい人ね」
み「黙って入ったら泥棒でんがな」
律「人の家じゃないでしょ」
み「ここは……。
家じゃなかったわけか?」
小「共同住宅だったという説もあります。
ここで、冬の間だけ、集団で過ごしたとか」
み「どうして冬だけなの?」
小「地面を掘り下げてるから、冬でも比較的暖かかったと言われてます」
み「そりゃ、おかしかろ」
律「どうして?」
み「竪穴式住居跡は、ほかにもあるんだろ?」
小「1家族用の小さい竪穴式住居跡は、たくさん出土してます」
み「なら、そこだって暖かいじゃない。
そもそも、こんなにだだっ広かったら……。
暖房効率が悪いだろ」
み「暖気は、あっという間に天井まで上がっちゃうよ。
暖房するんなら、小さい空間の方が、ずっと暖かいはず」
↑コタツが、その最たるものですね。
律「確かに……。
ここで冬を過ごす気にはなれないわね」
み「むしろ、夏場なら納得できるよ。
この地面にペタっと仰向けになったら、きっと涼しいに違いない。
猫なんて、よく土間で寝てるでしょ」
↑冬はコタツ、夏は土間。日本の猫は、幸せだにゃー。
律「今どき、土間のある家なんてあるの?」
み「テレビで見た」
律「でも確かに、小さい家よりは涼しげだわ」
み「であろー」
律「だけど、夏だけ引っ越すなんて、面倒くさくない?」
み「引っ越すったって、荷物なんか無いでしょ。
電化製品があるわけじゃないんだから。
食器程度じゃないの?」
律「食器なら、ここに備え付けておけばいいのよ」
↑長野県『川原田遺跡』の出土品。
み「そんなら、手ぶらか?」
律「でも、どうして1年中暮らさないの?」
み「わたしに聞かんでくれ。
チミ、なんで冬だけって説になったの?」
小「こういう大型住居が出るのが、北日本の豪雪地帯に集中してるんです」
↑冬はこうなります。この中で火を焚いたら、一酸化炭素中毒になるんじゃないでしょうか?
み「でも、このころは暖かかったんでしょ?」
小「まぁ、今よりはですけど……。
それでも、雪は降ったでしょう。
北海道の苫小牧の遺跡からも、大型住居跡が出るんですよ」
↑いろんな会があるものです。
み「苫小牧は、雪は降らない気候じゃないの?」
律「でも、ここより寒いでしょ」
み「北海道の中では温暖な地域だよ。
そうでなきゃ、駒大苫小牧があんなに野球が強くなれるはずがない」
み「生徒は、大阪とかから集めてるんでしょ。
マジで寒かったら、逃げ帰ってるよ」
律「じゃ、冬期住居説には、反対なわけね?」
み「第一、冬だけのために、こんだけの建物、建てる?」
律「そんなら、1年中、住んだってこと?」
み「そしたら、小さい竪穴式住居には、誰が住んだわけ?」
↑虫さえいなきゃ、住みやすそうです。
律「ひょっとしたら、ここには巨人が住んでたのかも」
み「ガリバー旅行記じゃあるまいし」
↑山梨県上九一色村にあった『富士ガリバー王国』。現在は廃墟だそうです。
律「あ、そうだ。
倉庫なんじゃないの?
食料とかの」
↑栃の実。江戸時代でも、飢救作物として天井裏に備蓄しておいたとか。
み「どう?」
小「食料だったら、高床式の倉庫にすると思います」
↑これも、三内丸山遺跡。
小「ここは、地面を掘り下げてますから……。
湿気はあるし、ネズミとか虫も入り放題ですよ」
み「なるほど。
それ以外の説には、どんなのがあるの?」
小「共同作業所とか、集会所ですね」
み「いまいち、納得しかねるの。
ここには、何人くらい入れたのかね?」
小「整列すれば、200人近く入ったそうです」
み「ふむ。
この集落の人口が、500人だったよね」
小「ですね」
み「てことは、人口の4割が入れたわけだ」
律「やっぱり、集会所?」
↑夏の甲子園大会開会式。49チーム×18人=882人くらいでしょうか?
み「住民一同が集まって何するの?」
律「いろんなことを決めたりするんじゃないの?」
み「そんなにいたら、話がまとまらないでしょ」
み「この集落が、合議制で運営されてたとは思えないよ。
あの、掘立柱建物を見てもさ。
絶対的な指導者がいたはず」
↑今、こんなコントをやったら、大問題になります。
律「じゃ、いったい何なのよ、ここは?」
み「これは……。
学校じゃないの?」
↑アフリカ、難民キャンプの小学校。先生のモチベーションは高く、生徒の意欲もスゴいそうです。
律「500人の集落に、そんなに子供がいる?
子供の割合って、どのくらいなのかしら?」
み「確か、戦後の一時期は、人口の3分の1が子供だったはず」
↑昭和22年、町内のお祭り前の記念撮影。今、うちの町内で、子供を見かけることは、ほとんどありません。
律「500人の3分の1って……。
何人?」
小「167人です」
み「暗算1級か!」
↑1級問題。計算過程のメモ書きも禁止。ぜんぶ頭の中だけで計算します。制限時間に注目。
小「そんな大したもんじゃないですよ」
律「でも、167人なら、かなりな数よね。
小学校もありか……」
↑青森県『東通村立東通小学校』。なんとなく、雰囲気が通じませんか?
み「うんにゃ。
この規模からして、小学校ではないな」
律「それじゃ、何なのよ?」
み「大学じゃないの?」
↑日本最古の学校は、平安時代創建の『足利学校』とされていますが……。
律「大学生くらいの歳の人は、もっとずっと少ないでしょ」
み「だから……。
この集落の若者だけじゃなかったのよ。
近隣の集落からはもちろん……。
あるいは、船に乗って遠くから来た人もいたかも」
↑福井県『ユリ遺跡(縄文時代)』から出土した丸木舟。
み「つまりここが、当時の学問の中心だった」
小「へー。
そういう説は、ないんじゃないかな」
み「ここ、屋根まで吹き抜けにしてあるけど……」
み「こんなもったいない使い方はしなかったはず。
天井を張って、2階建てで使ったんだよ。
その方が、暖房効率もいいし」
↑屋根裏部屋。冬はいいですが……。断熱材の施工をケチると、夏はとても居られないそうです。
律「確かに、それなら床面積を2倍に出来るわね。
2倍の人員を入れられるってことね」
↑こんなCMがあったそうです。覚えてるような、いないような……。
み「ていうか……。
学校と寮だったんじゃない。
上下で」
律「1階が学校?」
み「ま、普通、そうでしょ」
↑京都大学『吉田寮』。プライバシー、ゼロです。手前にあるテーブルは、雀卓か?
み「でも、夏場、2階の寮は暑いだろうね。
寝るときは、この1階の床に直接寝てたのかもね」
↑避難所ではありません。佐渡汽船の船室です。
小「なんだか、生活が想像出来ますね」
律「でも、どうしてこれまで、学校という説が無かったのかしら?」
み「学者がバカだからじゃ」
↑“のさばる校舎は”より、“のたうつ甍は”の方がいいと思います。
律「そんなわけないでしょ!」
小「縄文時代は、文字が無かったからじゃないですか」
↑こーゆー文字(ヲシテ文字)があったという説もあるそうです……。
律「あ、そうよね。
それはおかしいじゃないの。
文字が無いのに、どうやって勉強できるのよ?
教科書もノートも無いわけでしょ?」
↑『日光さる軍団』。2013年末に閉園しましたが、2015年春、復活したそうです。この画像は、閉園直前のもの。
み「文字は無くても、言葉はあるじゃろ」
↑オウムです。『荒川アンダー ザ ブリッジ』という漫画らしいです(謎)。
小「ま、あったでしょうね」
み「昔の学問というのは、すべて口伝です(“くでん”と読みます)」
律「何それ?」
み「口移しってこと」
律「イヤらしいわね」
↑グミ入りソフトキャンディー『ぷっちょ』のCMだそうです。AKB48の口移しリレー。見たことない。
律「どうして、そんなことしなきゃ、学問出来ないわけ?」
み「イヤらしいのは、おまはんでんがな。
なんで、キスしながら勉強出来るんじゃ。
でも、昔の僧侶なんて、そっちの系統ばっかりだったみたいだよね」
み「学寮とかは、凄絶なモロキュウ合戦だったんじゃないの?」
↑醍醐寺の秘宝『稚児之草紙(1321年)』。
小「キュウリで合戦したんですか?」
↑水森かおり『紅白歌合戦』での衣装。どう見てもキュウリです。
律「キミは知らなくていいの。
話が落ちすぎでしょ。
小学生がいるんだから。
じゃ、口移しって、どういう意味よ?」
み「教える方が口で喋って、教わる方はそれを聞いて覚える」
↑いろんな口伝があるものです。書になったら、口伝じゃない気も……。
律「暗記ってこと?」
み「昔の芸道なんて、みんなそうだったんじゃないの?
落語でも、対面で師匠に語ってもらいながら教わったって聞くよ」
↑師匠は柳家権太桜。弟子は、右太楼。左太楼もいるんでしょうか?
律「DVDを見ればいいじゃないの」
↑この人、落語もやるんですね。
み「それは今の話でしょ」
律「でも、書き留めなくちゃ、ぜったいに覚えられないと思うわ」
み「ここには、各地からのエリートが集まったのです」
律「それじゃ、暗記が得意な人が優秀ってことになるじゃない」
↑この赤いシート、使いましたね。栞にもなって便利です。
み「ある程度、そうだったんじゃないの」
律「そんなの、創造的じゃないわ」
み「文字のない時代……。
培った文化を後世に伝えるためには、それしかないでしょ。
稗田阿礼なんか、その最たるものよ」
↑意味不明。
律「誰、その人?
友達?」
み「知らんのきゃ!
天武天皇が、稗田阿礼に命じて、『帝皇日継』と『先代旧辞』を暗唱させたの」
律「あんた↑これ、コピペでしょ?」
み「わかります?」
律「ここまで覚えてるのは、不自然よ」
み「ま、話の都合上、許されよ。
とにきゃく!
当時の学問は、暗記が主だったってこと。
そのころ生まれてたら、わたしもエリートだったかも知れん」
↑イメージです。
律「あんた、物忘ればっかりじゃない」
み「それは最近!
高校のころは、暗記が得意だったの。
日本史なんか、最低点が97点だったわい。
語呂合わせで年号覚えてる人なんか、理解できなかった」
↑店長……。この才覚を、別の方面で活かせぬものか?
律「どうして?」
み「数字のまんま、何の苦労もなく覚えられたからね」
律「そのころ死んでたら、惜しい才女を亡くしたと言われてたかも」
み「これを、生き恥をさらすと云う」
↑何の漫画か不明。
み「なんでじゃ!」
律「自分で突っこんでどうするの」
み「ハーレクインの得意技、ノリツッコミである」
↑出所不明。
律「でも、こんなとこで、一日中暗記なんて、気が滅入るわね。
ぜったい、覚えられない人もいたわよ」
み「わかった!」
律「何がよ?」
み「『魏志倭人伝』に、“倭人の男子はみな顔や体に入れ墨し”って書かれてるんだよ」
↑倭人ですが……。
律「そういう原始人みたい一族も残ってたってことでしょ」
み「中国からの使者の前に出たのは、とうぜん、エリートだったはず」
律「それが、さっきからの話とどう関係してるの?」
み「つまり……。
学生時代、暗記が苦手だった人は、肌に入れ墨を彫ってカンペにしたのじゃ」
律「そんなの、違反じゃないの。
見つかったら落第よ」
み「いや。
入れ墨までする心根は、汲んでくれたわけよ。
村の期待を一心に背負って来た若者なんだから……。
落第点を取っては帰れないからね」
↑『ストロボ・エッジ』という映画の舞台になったそうです。この坂は、砂丘の斜面。坂の上に旧制新潟高校の寮がありました。坂の下は、花街のある繁華街。この坂を頻繁に降りると、落第する(どっぺる)ぞということから『どっぺり坂』の名が付きました。
律「でも、カンニングしてまでってのは、正しい道じゃありません」
み「インドなんか、今、スゴいらしいじゃない」
律「何が?」
み「カンニングよ。
親が、試験場の校舎をよじ登って、カンペを渡すんだって」
律「ウソでしょ」
み「ほんまの話です」
律「試験官はいないの?」
み「いますがな。
警官までいたそうです」
↑インド名物、踊る警察官。あまり上手くありませんが。
律「何でそんなことが出来るのよ?」
み「賄賂を貰ってるからに決まってるでしょ」
律「許せないわね。
どういう試験なの?」
み「州政府の統一試験みたいだね。
貧しい地方でね……」
み「その試験の結果により、役所の仕事に付けるかどうかが決まるんだって。
だから、親も必死なわけよ。
子供が役人になれば、収入が保証されるんだから。
その家がやっていけるかどうか、一世一代の瀬戸際ってことじゃないの」
↑W瀬戸際。2012年初場所。右の稀勢の里が勝ったようです。左の鶴竜は、まだ関脇でした。
律「勉強すればいいだけでしょ」
み「冷たいですな」
律「そういうことは、大嫌い」
み「じゃ、入れ墨も?」
律「言語道断だわ。
そもそも、入れ墨なんか彫ったら消せないでしょ。
おんなじ問題ばかり出るわけじゃないんだから……。
どうするのよ。
重ねて書いたら、読めないし……。
どんどん、書くところが少なくなってくるじゃないの」
み「仕方ありませんな。
落第を重ねた学生の中には……。
全身、入れ墨で埋め尽くされたヤツもいたはず」
律「全身って、裸で試験を受けたわけ?」
↑昔は、ほんとにこんな芸をする人がいたんでしょうか?
み「当然ですな。
耳なし芳一状態」
み「もう、ちんこの先にまで彫って……。
そこを見るためには、ちんこを大きくしなきゃならん」
律「やめなさい!
子供がいるのに」
み「へいへい。
ひょっとして、耳なし芳一ってのは、カンペ受験生だったのかも?」
↑映画『怪談(監督:小林正樹/1965年)』より。
律「バカなことばっかり言ってないで、まじめに見学しなさいよ」
み「へいへい。
ちょっと、ガイドさん」
小「ボクですか?」
み「チミしかおらんでしょ。
トイレはどこよ?」
小「えー。
入口の時遊館まで戻ればありますけど……。
遺跡の中には、1箇所だけです」
↑男女のマークが凝ってます。
律「入るとき済ませておけばいいのに」
み「違うわ!
この建物にトイレはあるかと聞いておるのじゃ」
律「今、無いって言われたでしょ」
み「ぱかもーん。
この建物が使われてた時代、トイレはどこにあったのかと聞いておる」
律「こんだけ広いんだから、トイレくらいあったでしょ」
み「出たわけ?
トイレの遺構」
↑中世のトイレ遺構(鎌倉市)。
小「出てないと思います」
律「不便じゃないの」
み「そもそも、こんな建物の中にトイレを作ったら……。
臭くてしょうがないでしょ」
↑何が“オーケー”なのかは不明。
律「じゃ、どうしたのよ?」
み「チミ。
縄文人は、うんこをしなかったのか?」
小「そんなわけないです。
外でしてたんだと思います」
み「歩いてて、いきなりしゃがんでするのか?」
小「そんなわけないですよ。
ちゃんと、場所があったと思います」
み「場所って、どこじゃい?
当時は、電柱なんかないよね」
↑すごい芸ですね。
小「犬じゃないんですから。
トイレを表す日本語を思い出せば、わかりますよ」
み「便所であろ?」
↑さすが新宿ですね。
小「もっと昔の言葉です」
み「なんじゃ?
肥たごか?」
小「それは、汲んだ後でしょ」
律「あ、わたしわかった。
厠(かわや)よね」
↑福岡県うきは市吉井町。わからん人もいると思いますが。
小「そうです」
み「厠から、どうして場所がわかるんだ?」
小「厠って言葉は、もともと三本川の“川”に、屋根の“屋”だったそうです」
み「ほー。
それは気づかなかったわい。
川で、いきなり尻を捲ったわけでなく……。
ちゃんと、施設が作られてたわけだな」
小「当然、屋根もあったんじゃないですか」
↑平城京(710年~784年)の厠の復原図。
み「大したもんじゃわい。
わたしは、高校のとき、京都に修学旅行に行って……」
↑奈良にも行きました。奈良の鹿は、煎餅屋に積んである煎餅は決して狙わず、買った観光客にしか、ねだらないそうです。
み「衝撃的な光景を目撃した」
↑『浜ち』だそうです。誰じゃい?
律「あんたは、ろくなこと目撃しないからね」
み「大きなお世話じゃ。
わたしのせいじゃないわい」
律「何を見たのよ?」
み「京都の街中を流れる川です。
何川だか忘れたけど。
繁華街だった気がする。
川縁には、転落防止のためか、柵が連なってた」
↑淀川のようです。わたしが見たのは、こんな大きな川ではありませんでした。
み「1人の浮浪者が、その柵を乗り越えて、川岸に立ったわけ。
柵と川の間は、人が立てるくらいの幅だった。
何するのかと思ったら……。
いきなりズボンを下ろしたのよ。
ケツ丸出し」
み「前の方は、死角になって確認できなかったけどね。
で、そのまましゃがんで……。
柵に掴まりながら、お尻を川に突き出したわけ」
↑ハムスターだそうです。立派ですね。
律「嫌な予感」
み「予感なんか感じてるヒマおまへんがな。
快食快便なんでしょうな。
しゃがむと同時に、ボトボトよ」
↑棚から牡丹餅。
律「あー、やだやだ」
み「で、新聞紙で後始末すると……。
すっくと立ち上がり、ズボンを上げ、柵を乗り越えた。
何事もなかったかのように、歩いていきましたな。
しがらみを捨て去ると、人はあれほどまでに身軽になれるんだね」
↑身軽すぎるパンダ。
律「あんたも捨て去れば?」
み「財布の中身は常に身軽じゃが、しがらみは捨て去れんわい」
↑“しがらみ”とは、『水流をせき止めるために、川の中にくいを打ち並べて、それに木の枝や竹などを横に結びつけたもの(デジタル大辞泉)』。
律「つまり、あんたが言いたいのは……。
鴨川だか何川だかが、彼にとっての川屋だったってことね」
み「ま、トイレには違いないが、屋根はなかったな」
律「当たり前でしょ」
み「でも、縄文のトイレにはあったんだろ?」
↑『大森貝塚遺跡庭園(東京都品川区)』のトイレ。縄文風のデザインですが、もちろん普通の公衆トイレです。
小「そこまではわかりませんけど」
律「どういう仕組なの?」
み「川に丸太を渡して、足場を作ったんでしょ。
その隙間から、大なり小なりしたわけよ」
↑にゃんとー! ベトナムでは現役でした。下はメコン川。落ちたらワニに食われます(たぶん)。
律「つまり、水洗ってこと?」
み「そうなるね。
だから、臭いも無かったはず」
↑右のネコ、ぜったい、こう言ってます→『くっさー』。
律「じゃ、この建物の中でも、おトイレの臭いは、まったく無かったわけね」
み「そういうこと。
学問に集中できたわけよ」
み「でも……」
律「でも、何よ?」
み「下痢の人は辛かったろうね」
み「川まで懸命に急いだ。
走ると漏れそうだから、小刻みな早足よ」
律「何でそんなことがわかるの?」
み「わたしゃ経験者ですからな」
律「あ、それ聞いたことある」
み「大学生のときよ。
新潟から東京に帰って、アパートのドアを前にして……」
↑こんな綺麗なアパートじゃありませんでした。
律「間に合わなかったわけね」
み「はいな。
あの瞬間、もうわたしは子供じゃないと思った」
律「何でよ?」
み「酒による下痢便の威力を知ったからじゃ」
律「あー、やだやだ。
ボク、もう帰りましょ」
小「そろそろ、時間ですね」
み「ミュージアムに寄れるか?」
小「短時間しかムリですよ」
み「しかしこの遺跡見学、やっぱし真夏や真冬は厳しいのぅ」
小「仕方ありません。
娯楽施設じゃないんですから」
律「そうよ。
タダなんだから、文句なんて言えないわ」
小「こっちです」
み「おー、人形がいた。
大好物じゃ」
小「食べられませんよ」
み「わかっとるわい。
こいつら、喋らんのか?」
小「何語をしゃべるんですか?」
み「日本人なんだから、日本語じゃろ。
早くシャバに出て、馴染みの女に会いてーなー、とか」
律「それは佐渡金山でしょ」
み「残念ながら、今年(2015年)も、世界遺産への推薦は叶わんかった」
律「あの半分に割れた山なんて、スゴいわよね」
み「人の欲望の象徴だよな」
律「どうして、推薦されないの?」
み「やっぱ、馴染みの女にがマズいんじゃないの?」
↑なんと、土産物のTシャツとして売ってました。世界遺産を目指すには、マズくね?
律「別のセリフにすればいいのに」
み「何を喋らすのじゃ?」
律「早くここを出て、立派に更生したいものだ、とか」
↑『秘密のケンミンSHOW』でも紹介された豚味噌の缶詰。昭和7年、当時の校長先生が農村経済の更生と健康の願いを込めて『更生之素』と名付けたそうです。薩摩黒豚の挽肉を炒め、ザラメ、みりん、酒などで下味を付け、白味噌、赤味噌を加えて煮こんであります。
み「ありえーん。
そもそも、島流しなんて、終身刑じゃないの?」
↑島流しではありませんが。しかし、ライフジャケットなしじゃ、怖いですね。
律「えー、それじゃ、馴染みの女になんて、会えっこないじゃない」
小「確か、金山で働かされてたのは、罪人じゃなく……。
無宿人じゃなかったですか?」
み「そうなの?
それじゃ、帰れたわけか。
ま、もともと佐渡に流されてくる罪人ってのは、身分の高い人が多かったからね」
↑日蓮聖人もその一人。
み「とにかく、佐渡の人ってのは、気位が高いのよ。
だから、本来、サービス業には向かない。
佐渡に来た旅行者でリピート率が低いのは、そんなとこにも原因があると思うよ」
律「へー。
素朴なイメージがあるけどね」
み「能舞台なんかそこらじゅうにあるしさ」
↑現在、30余りの能舞台が残ってます。かつては、200以上あったとか。
み「佐渡の風景を写しに来た写真家が驚いてた」
律「何を?」
コメント一覧
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1. ハーレクイン- 2015/08/16 22:38
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久方ぶりの総集編です。『単独旅行記』が長かったからねえ、何回続いたんだ。それに、総集編再開は、実は8月1日にupされました(107)からなんですね。気付かなかったわけでも忘れていたわけでもありません。なんとなく後回しにしているうちに、今回(108)のupになっちゃいました。(107)から書く気力はありませんので、ご勘弁を。黙ってとぼけていればわからなかったかな、とも。
いやいや、かくてはならじ。気を取り直してご紹介しましょう。再結成されたおなじみトリオ、「み」さん「律」せんせ「小」くんの、三内丸山遺跡ネタの続きから。
●>み「そんなんで、ガイドが務まるか」。ボランティア「小」くんを怒鳴りつける「み」さん。ご、ご無体な。
●み「穴の跡を見たってしょうがないわい」。考古学を何と心得る! ちなみに「穴」とは掘立柱の穴です。
●掘立柱と張り合う『大型竪穴式住居』。わかりやすいネーミングだが、穴を掘ってあるようには見えません。
●デカい住居。集落全員が住めそうだよ。なんせサイズは10m×32m。全員は無理か。
●320m2≒HQの家×10。掘立、いや、ほっとけ。
●『カールじいさんの空飛ぶ家』。キャッチコピーは「愛する妻が死にました。だから旅に出ます」気持ちは分かるが、何も空を飛ばいでも。
●『磯野家の相続』「どんな幸せな家族でも必ずモメる」。それは違うよ長谷川さん。モメるということは、幸せじゃなかった、ということだよ
●「呼び鈴鳴り縲シ」。「鳴ります」と読みます。美しい日本語だなあ。残念ながら外国の方には通じません。若い方にも通じません。残念なことです。
●「たのもう!」。「すみません、お邪魔します、どなたかおいでになりますか?」という奥床しい日本語です。今の方には通じません、通報されます。残念なことです。
●話はようやく『竪穴式住居』に。冬でも暖かい竪穴式。要するに洞窟ということだな。
●小さい方が暖かい『竪穴式』。♪狭いながらも楽しいわが家~。
●土間で寝る猫。キンチョーの猫、日本の猫。
●>律「今どき、土間のある家なんてあるの?」。京都にはおます、
センセ。
●引っ越し得意のカタツムリ。ヤドカリといい勝負。
●雪が降っても暖かい、「愛いっぱい」の苫小牧縄文会。
●寒いと逃げ帰る、大阪出身駒大苫小牧野球部員。すらっと読めれば大したものです。
●「大型竪穴式住居は、大型食糧倉庫」。「み」さん説は「小」くんによりあっさり却下。
●高床式もあります、三内丸山。
●「大型竪穴式住居は、集会所」。「小」くん説にわたしも一票(お前の意見は聞いとらん)。
●大胆な「み」さん説、「大型竪穴式住居は学校」。生徒がいるかどうかが問題です。
●珠算1級暗算問題、「かけあんざん」「わりあんざん」。わたしらは「胸かけ」「胸わり」と云ってました。それにしてもすごい、さすが1級。超能力といってもよろしかろう。
●青森県『東通村立東通小学校』画像。前にも書いたけど、やはり教会の雰囲気だなあ、入ったことないけど。それにしても、用途はなんなんだろうね。講堂じゃないだろうし……教室?
●「み」さんの学校説。小学校に非ず、大学。なるほど。
●高見山、じゃなくて初代東関親方のCM、大ヒットしました。知らんか「み」さん。東関親方は定年退職されました。
●「ヲシテ文字」。半分、象形文字だね
●「口伝」は“口移し”。AKB48の得意技です。
●「モロキュウ」を知らんか、「小」くん。学べよ、少年よ。
●>律「でも、書き留めなくちゃ、ぜったいに覚えられないと思うわ」。ま、医学部はそうかもしれんね、センセ。
●暗記用赤シート、文字は緑に塗ります。そういえば、色覚異状の場合どうなんだろうね。
●稗田阿礼さまを知らんか「律」センセ。じゃあ、稗田礼二郎は知っとるケ? 著名な“妖怪ハンター”だ。
●暗記エリート「み」さん。実は物忘れの名人。愛唱歌はもちろん『忘れな草をあなたに』forget-me-not。
●“いい国創ろうキャバクラ幕府”。この店、これで売り上げが3倍になったとか(知らんで、聞いてもおらんし)。
●生き恥をさらす「み」さん。いまさら死んだら「恥の上塗り」。
●「ノリツッコミはじめました」意味不明だがまあおもろい。さすが大阪のお役所。
●新潟名所「どっぺり坂」。“どっぺる” は独語、英語のダブる。そういえば、ドッペルゲンガーなんてのがあるよね。
●カンニング全盛、インド。カンニング竹山は無関係。
●「瀬戸際」の鶴竜&稀勢の里。ここは素直に「土俵際」。当時鶴竜は関脇。この人がまさか横綱になろうとは。
●宴会芸の定番、裸踊り。見えそで見えない、がコツ
●耳無し芳一はカンペ受験生。顔に書いても読めんと思うが。
●トイレの無い『大型竪穴式住居』。そらそうだ、建物の周りはすべてトイレ。
●オーケー!画像。なんとなく、いにしえの“ゼンガクレン”に見えます。
●東京名所『うんこビル』は、アサヒビール運営の『スーパードライホール』。所在地は墨田区吾妻橋。うんこをデザインしたのはフランスのデザイナー、フィリップ・スタルク氏。意図は「燃え盛る炎」だそうですが、やはりうんこだよねえ。日本人の感性を見誤ったな、スタルタはん。
●逆立ちおしっこ犬。確かにすごいが、意図がわからん。うんこは無理だな。
●>小「厠って言葉は、もともと三本川の“川”に……。お、「小」くん。小学生の分際で、三本川なんて言い回しをよく知っておるの。だから“こまっしゃくれたガキ”なんて言われるんだよ(言ってるのはわたしだけだが)。
ところで、三本の川が一本に合流する場所が京都にある。知っとるケ? 「三川合流」というのだが、これは読めるか?
●『浜ち』画像。ほんまに誰じゃい、で検索しても該当するもの無し。念の為『浜チ』だと「石川県羽咋郡宝達志水町浜チ」くらいしか出て来んかった。
羽咋は「はくい」、清張『ゼロの焦点』に出てきます。
●「み」さん目撃の衝撃的光景in KYOTO。確認しておきましょう、現場は鴨川(淀川ではない)に架かる三条大橋のたもと、鴨川の左岸になりますって……「こんな大きな川ではありません」のかい! じゃあ、この画像の意図は何なんだよ。
ちなみに、写ってる自転車は折り畳み式だよね。
●健康なハムスター。どう見ても「西郷隆盛状態」ですが……。
●身軽なパンダ。これ、鉄棒の技だよね。「技」と言うほどのものでもないか。
●ベトナムの川屋。屋根は……ありそうだよ。
はい、ということで『大型竪穴式住居』ネタはおしまい(たぶん)。『さんまるミュージアム』ネタに移ります(たぶん)。その前に、話は「世界遺産に登録されない佐渡金山」に迷走します。そうか、このあたりから“佐渡情話”が始まったのか。♪島の娘はなじょして泣いた……。
●欲望の象徴「道遊の割戸」。「道遊」の正体はいまだ不明です。
●立派に更生するにはこれ、黒豚の味噌煮缶詰『更生之素』。製造は鹿児島の伊佐農林高校。
そういえば、納豆作ってる高校があったよね。秋田だったと思うけど。
●サービス業に向かない佐渡気質。「殿様商売」というやつだな(ちょっと違うぞ)。
はい、ということで三内丸山話、じゃなくて佐渡話。もう少し続きます。それにしても気になるこの後の展開。三内丸山の後はどこへ行く、お二人さん。
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2. Mikiko- 2015/08/17 07:53
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107にコメントが無いのは、ちゃんと気づいており……。
“ばっくれやがって”と思っておりました。
吹き抜けの小学校。
青森ですからね。
冬場、天井に溜まった暖気を、床まで下ろす仕組みがないと……。
暖房費がいくらかかるかわかりません。
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3. ハーレクイン- 2015/08/17 10:24
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[1]「とぼける」「白を切る」「しらんふり」といった意味で、主にヤクザや盗人、不良の間で使われる。
[2] [1]から転じ、「逃げる」といった意味でも使われる。更にそこから「学校を無断で早退する(サボる)」といった意味で若者に使われる。 (日本語俗語辞書)
ちなみに「サボる」はサボタージュ【sabotage仏】から。
①フランスで争議中の労働者がサボ(木靴)で機械を破壊したという説、フランスの鉄道労働者が争議中に軌道のサボ(留め金)を切断したという説などがある。
②労働者の争議行為の一つ。仕事に従事しながら、仕事を停滞させたり能率を低下させたりして、企業主に損害を与えて、紛争の解決を迫ること。怠業。サボ。
③俗に、なまけること。 (広辞苑第六版)