2014.12.20(土)
老「どうぞ」
律「すみません。
いただきます」
老「ほら、こうやって、両手で受けるもんですよ」
み「猫かぶりです」
律「かぶってません。
津島さんもどうぞ」
老「すみません」
み「おっとっとって言え」
老「言いませんって。
かなり回ってきたんじゃないですか?」
律「この人、絡み上戸だから気をつけてください。
あら、ほんとに美味しいわ」
老「でしょう。
あなた、ちょっとオーバーペースみたいですよ。
お腹にたまるものを食べた方がいいです。
『納豆揚』をどうぞ」
み「まだ、熱い恐れがある」
老「じゃ、お酒と水とちゃんぽんに飲んだらいかがです。
ご主人、お冷を一杯ください」
店「へい。
お冷、一丁」
老「ほら、熱燗を一口飲んだら、水で喉を冷やしてください」
み「おー、こういう水のことを、何と言うか知っちょるか?」
老「だから、お冷でしょ。
あ、チェイサーか」
み「今は、もっと洒落た言葉があるの。
“和らぎ水”と言い申す」
老「ほー。
確かに洒落てますな」
み「日本酒ってのは、ワインと並んで、アルコール度数の高い飲み方をされるお酒なわけよ」
律「でも、14~15度くらいでしょ。
ウィスキーや焼酎は、もっと高いわ」
↑わたしが初めて飲んだウィスキー、サントリー『角瓶』。ものの見事に吐きました。でも、今でもときおり飲みたくなるんですよね。
み「だから、そういう蒸留酒は、割って飲むでしょ。
ハイボールとか、酎ハイとか。
実際に飲むときの度数は、10度未満じゃないの?
飲み放題コースの酎ハイなんて、ビールより薄いよ」
律「ま、それは言えてるわね」
み「それに対し、日本酒やワインなどの醸造酒は、そのまま飲まれるでしょ。
だから、口に入るときの度数は、酎ハイなんかより高いわけ」
↑中央に鎮座するのは、“仙台四郎様”。実在した人物だそうです。詳しくは、こちらを。
律「確かに、ワイン飲んで気持ち悪くなる子はいるわね」
↑こんなので飲めば、誰でも悪酔いします。
み「なので、日本酒やワインを飲むときには、チェイサーも一緒に飲んだ方がいいのです」
老「水を飲むと、舌もリフレッシュしますしね」
み「それそれ。
口も飽きにくい」
律「家でもそうやってるの?」
み「熱燗を飲むときはね」
↑日本酒の仕込み水だそうです。詳しくは、こちらを→http://item.rakuten.co.jp/asabiraki/10000473/#10000473。
律「冷やのときは?」
み「冷やは、氷を入れるから薄まるのです」
↑2012年が元年なら、わたしは紀元前から飲んでおります。
律「日本酒を割って飲むわけ?
なんか、もったいないわね」
み「わたしが飲むのは、紙パックのお酒だから……。
何の躊躇も無く割れます。
そもそも、日本酒ってのは、水で割って売られてるんですよ。
原酒は、20度くらいだからね」
↑“呑切(のみきり)”とは、タンクの呑み口を開き、酒質をチェックすることを云います。
老「割り水というやつですな」
み「左様。
水で割って、14~15度に調整されて出荷されてるわけ」
み「最初から水で割ってあるってこと。
飲むときに、さらに割って悪いはずないでしょ」
律「でも、14~15度ってのが意味があるんじゃないの?
一番美味しい度数とか」
み「ぜーんぜん違います。
昔は、15度以上だと、酒税が高くなったの。
だから、15度を切るように調整して出荷してたわけ。
今の日本酒は、その名残りを引きずってるだけなんです」
老「詳しいですな」
み「新潟には、『新潟清酒達人検定』というご当地検定があるのです」
↑大々的な検定試験です。
み「わたしは、この検定に合格しております」
↑大威張り。
老「へー。
達人検定と言うからには、利き酒とかもあるんですか?」
み「『金の達人』にはあります」
↑事前提出の小論文と、当日の利き酒が試験科目。利き酒は、10種類のマッチングです。利き酒をするときは、口に含んで吐き出すそうですが、わたしなら飲んじゃうでしょうね。
老「ほー。
ランクがあるわけですね」
み「『金』、『銀』、『銅』とあり申す」
律「なんだか、池に斧を落とした木こりの話みたい」
老「あなたは、『金』まで合格されたんですか?」
み「するわけなかろ。
わたしの舌で、利き酒なんか無理です」
老「じゃ、『銀』?」
み「『銀の達人』は、現役の杜氏が落ちるほど難しいのです」
↑『銀の達人』、例題を御覧ください。そうとう勉強しなければ受かりません。
老「ダメだったわけですね」
み「ダメも何も、最初から受けてませんがな」
老「つまりは『銅』の達人ということですね」
み「“銅でもいい”とか言うなよ」
老「言いませんよ」
み「『銅』でも、素人が勉強しないで受けたら、100パーセント落ちます。
そのくらい、専門知識を問われるのです」
↑こちらは、『金の達人』合格者に贈られる猪口。『銅の達人』、例題はこちら。
老「どうやって、勉強したんです?」
律「それ、『銅』に掛けた洒落?」
老「そんなつもりはありません」
み「『新潟清酒ものしりブック』という公式テキストがあるのです」
み「それを電車の中で読んで勉強しました。
ていうか、面白いから、勉強という感覚じゃなくて読めました」
老「それに、割り水も出てきたわけですね」
み「清酒造りの、最後の工程です」
律「『納豆揚』、そろそろ冷めたんじゃない?」
み「おー、語るに忙しくて、すっかり忘れとった。
どれどれ」
律「また分解する。
それじゃ、皮に包んだ意味がないでしょ」
み「皮ごとかぶりついて、もし熱かったら悲惨でしょ。
どうやら、大丈夫らしいな。
うむ。
確かに、分解すると食べにくいわい」
律「当たり前です」
み「うむ。
こりゃイケます。
珍味珍味。
ちゃんと納豆の味がするわい」
律「後は、津島さんに残しておくのよ」
老「大丈夫ですよ。
美味しければ、どうぞ食べてください」
律「いつも、あまり食べずに飲まれるんですか?」
老「ですね。
独り身だと、いろいろと面倒で」
律「料理を習われたらいかがです?
楽しみが増えますよ」
み「自分のことを棚に上げて、よく言えますな」
律「うるさい」
み「じゃ、『納豆揚』は、おっさんに譲るとして……。
もうちょっと、熱燗の友が欲しいのぅ。
何か、お勧めない?
揚げ物とかは、もう十分だから。
箸の先っぽで舐めながら飲めるようなやつ」
老「それなら、最適なツマミがありますよ。
『あじの味噌たたき』です」
み「これも、捻ってる?」
老「いえ。
これは、直球ですね」
み「ならば、皆まで言うな。
想像でき申す。
鯵の身を、味噌と一緒に叩いてあるわけだ」
老「その通りです」
み「注文してちょ」
老「ご主人、『あじの味噌たたき』をひとつ」
店「へい。
『あじの味噌たたき』、一丁。
津島さん、今日は豪勢ですね」
老「はは。
今日は、わたしが客なのです」
店「いつもは、『焼きおにぎり』で飲んでますものね」
み「お、それは美味そうだ」
老「イキますか?」
律「わたしも乗った」
老「それでは、わたしもご相伴させてください。
やっぱり、あれが無いと締まりません。
ご主人、『焼きおにぎり』を3つ」
店「ありがとうございます。
『焼きおにぎり』、三丁」
老「おや、『喜久泉』も好評のようですね」
み「そろそろ、払底し申す」
老「追加しますか?」
み「以前、秋田のお酒を貰って飲んだことがあるんだけど……。
新潟のお酒と、ぜんぜん味わいが違うんだよね」
老「でしょうな。
東北のお酒は、総じて濃厚で、どちらかと言うと甘口です」
み「締めはやっぱり、さらっと飲めるのがいいな」
老「そうですか。
それじゃ、『じょっぱり』を試してみてください」
↑赤ダルマがトレードマーク
み「おー、津軽そのものといった名前だね」
老「濃厚甘口が主流の津軽で、淡麗辛口を貫いてるお酒です。
だから、『じょっぱり』ですね」
律「『じょっぱり』って、聞いたことありますけど……。
どういう意味なんですか?」
老「まさしく、“意地っ張り”、“頑固者”を表す言葉です」
↑頑固親父
み「ほー。
青森市内の酒蔵?」
老「ご主人、『六花酒造』さんは、どこでしたっけね?」
店「弘前です」
↑工場見学が出来るそうです。行ってみたいです。
老「あ、そうでした。
酒米も、確か県内産ですよね?」
店「『華吹雪(はなふぶき)』ね」
老「そして水は、白神山地の伏流水」
み「そりゃ、美味そうだ。
頼んで、ちょーだい」
老「ずいぶん古いギャグを知ってますね」
み「『蛇口一角』時代の財津一郎には、凄みがあったね」
↑抜いた刃を、蛇のように舐め回したりしました(“蛇口”は、“じゃぐち”ではなく、“へびぐち”です)。
み「ビデオでしか見たことないけど」
老「ご主人、『じょっぱり』の燗を2本」
店「へい。
『じょっぱり』、燗で2本」
老「後の芸人にも、財津一郎の芸に心酔た人は多かったようですね」
み「芸人じゃないけど、陣内孝則が、『テレフォンショッキング』に出たときね……」
↑今となっては懐かしい。
律「あら、その人なら、芸人じゃないの。
藤原紀香と結婚した人でしょ?」
↑こんな格好したんか!
み「違います。
それは、陣内智則でしょ。
わたしが言ってるのは、陣内孝則。
俳優。
昔は歌手だったそうだけど、ぜんぜん知らん」
老「ロック歌手だったんじゃないですか?
ま、あんまり売れなかったと思いますが」
↑『ザ・ロッカーズ(1976~1982)』だそうです。
み「で、その陣内が、テレフォンショッキングで、財津一郎のことを話してたわけよ」
↑最多とは知りませんでした。
み「コントの一場面ね。
森の中みたいなセットの中に、財津一郎がサファリルックで出てくる」
↑コントの定番です。
み「で、舞台中央に立つなり、開口一番、こう言い放ったそうです。
『昼間に来ても、バンガロー』」
み「これを聞いた陣内孝則は、一生、この人についていきたいと思ったとか」
律「それって、面白いの?」
み「面白いでしょうが。
突き抜けた感がありますよ」
店「『じょっぱり』の燗が上がりました」
↑『六兵衛』さんの画像ではありません。
み「おー、来た来た。
『喜久泉』は、先生に任す」
律「新しい物が欲しくなるわけね
子供みたい」
み「新しもの好きは、新潟市民の特性でもあります」
律「あら、新潟というと、保守的なイメージがあるけど」
み「新潟でも、港町に限るけどね。
港ってのは、新しいものが入ってくる入口なわけよ」
↑吉田初三郎による新潟市鳥瞰図(昭和12年)。
老「なるほど」
み「で、新しいものに飛びついて、古いものは捨てちゃう。
そういう気質が育ったのです」
律「ほんとかしら。
あんただけだと思うけど」
み「一番、象徴的だったのは、掘割ね。
新潟市内には、昔、縦横に掘割が走ってたの」
↑水色が掘割。
原図はこちら。
律「掘割って言うと、城下町のイメージだけど」
↑弘前城。桜の花びらが、堀を埋め尽くすそうです。
み「あの堀は、お城を守る堀でしょ。
新潟の堀は、物資の運搬路だったわけ。
北前船から降ろされた荷が、小舟に積まれて堀を遡って、地方に運ばれたり……。
逆に、近在で採れた野菜なんかが、小舟に積まれて堀を下り、新潟市内の市場に出された」
↑明治11(1878)年の新潟市街(女性紀行作家イザベラ・バードの直筆スケッチ)。
み「わたしの住んでるのは、昔、亀田郷と言われた地域で、海からは何キロも離れてるけど……。
家の裏に繋いだ舟に乗れば、掘割から信濃川を通って、海にまで出られた。
舟でどこまでも行けたのよ」
↑亀田郷内には100本を越える舟堀が縦横に走り、集落をつないでいました。
老「今のマイカーみたいなものですな」
み「それそれ。
1家に1艘」
↑鳥屋野潟の底から土を掻き揚げ、舟に積んでます。この土を、自分の田まで運んで入れるのです。田を、少しでも高くするためです。よその土を招き入れることから、“客土(きゃくど)”と呼ばれました。作業を急ぐあまり、土を積み過ぎて、舟とともに潟底に沈んでしまう農民もいたとか。
み「神社のお祭りにも、舟で行ったんだよ。
新潟に、近在の農民の信仰を集める蒲原神社っていう古い神社があるわけ」
律「古いって、いつごろ?」
み「起源ははっきりしないみたいね。
何しろ新潟は、信濃川と阿賀野川という、暴れ川に支配される町だったからね」
↑天保2(1682)年に描かれた古地図。北上する信濃川と西行する阿賀野川の河口が合流してました。
み「氾濫の度に川筋が変わって、古い遺跡は残ってないの。
川底にならなかった土地は無いと云われてるくらい。
だから、『渟足柵』の遺跡も出ない」
み「てなわけで、蒲原神社も、何度も移転してるの。
今の場所に移ってきたのが、元禄時代」
律「今もあるの?」
み「ありまんがな」
↑梅の名所でもあります。
わたしが乗る電車の中からも、境内が見えます。
↑境内から撮られた写真。
春を待ちわびる新潟の人にとって、蒲原神社の梅が咲くと、ほんとに嬉しいです。
み「で、その蒲原神社のお祭を『蒲原まつり』って云うんだけど……」
↑現代の蒲原まつり。6月末に行われるので、雨に祟られることが多いです。農閑期に合わせたんでしょうか? 今でも、400以上の露店が並ぶ大盛況のお祭りです。
み「そのお祭りの日には、近在の農民が農作業を休んで、やってきたわけ。
なぜかと云うと、『蒲原まつり』の夜に、御託宣(おたくせん)という占いが行われたから。
これは、今でも続いている神事なんだけど……。
その年の作況、つまり米の出来を占うわけよ」
↑今もやってます。
律「占いどおりになるの?」
み「ならないとしても、スゴい影響力があった」
律「外れても?」
み「米相場ってのは、先物取引だったわけよ」
み「つまり、米の出来を見越して、取引されるの。
だから、蒲原神社の御託宣(おたくせん)が出ると、米相場が動いたのよ」
老「そりゃすごい」
み「で、その御託宣(おたくせん)を聞きに、近在の農民がやってくる」
老「自家用舟で、ですな?」
み「さよう、さよう。
集落の小さな掘割から漕ぎ出し、だんだん太い堀に入り……。
そして、栗ノ木川っていう幹線路に出る。
川幅は、70メートルもあった」
↑昭和初期の栗ノ木川。
み「その川のほとりに神社があるの。
参詣者は、川端に舟を繋いで上陸するわけ。
だから、神社の鳥居は、川に向かって立ってるのよ」
律「今は、掘割は使われてないの?」
み「それでんがな。
わたしの言いたかったのは。
まず、栗ノ木川だけど……。
すべて埋め立てられて、道路になりました。
名称は、『栗ノ木バイパス』。
昔、舟が行き交ってたところを、車が行き交ってる」
老「昔も今も、バイパスの役目は同じということですな」
み「そうそう。
川だったころの名残りは、信号機に残ってる」
律「何が残ってるのよ?」
み「名前ですよ。
交差点の。
『栗ノ木橋』とか『笹越橋』とか『紫雲橋』とか」
み「交差点の名称に、“橋”が付くの。
今は、ただ道路が交差してるだけだけど……。
昔はそこに、栗ノ木川を跨ぐ橋が架かってたわけよ」
↑昭和34年の『紫雲橋』。タイムマシンに乗って、見に行ってみたいです。
老「なるほど。
役目を終えた川を埋め立て、道路に変えちゃったわけですね。
となると、新潟市内の掘割の運命も、なんとなくわかりますな」
↑現在の『紫雲橋』交差点。前後方向の道路が、昔の栗ノ木川。横断歩道が渡ってる左右方向の道路が、『紫雲橋』でした。
み「車社会になると、堀は邪魔なだけになった。
堀の両脇が道路になってたんだけど……。
車が増えてくると、当然、狭い」
↑昭和31年の西堀。
み「混雑が起きる。
堀なんか埋めちゃえという声があがる」
↑埋め立て前の西堀。地盤沈下の影響もあり、流れが淀み、臭かったそうです。
老「でしょうな」
み「でも、ほかの地方なら、反対運動なんかが起きて、そう簡単にはいかないはず。
実際、城下町なんか、今でも堀が残ってるでしょ」
老「柳川とかですな」
↑住んでみたい街のひとつです。
み「そうそう。
松江にも行ったけど、あそこも見事に残ってた」
↑松江にも住みたい!
律「新潟には、残ってないの?」
み「ない。
ものの見事にない。
1本も残ってない。
ぜーんぶ、埋めちゃったんです。
ものの見事に」
↑これは、復元された早川堀。復元するくらいなら、埋めるなって話ですが。
老「なるほど。
それが、新潟市民の気質だと?」
み「そう。
新しもの好き」
律「延々と語ったけど……。
つまりは、『じょっぱり』を独占したいってことね」
↑楽天市場ランキングで、純米酒東北部門第1位獲得。
み「そうは言うておらんぞ」
律「言ってるようなものじゃない。
ま、いいわ。
新潟の歴史まで持ち出して、自分の新しもの好きを正当化する……。
その意地汚さに免じて、飲ませてあげましょう。
はい、お注ぎしますよ」
↑佐賀県伊万里市『松浦一酒造』にある、お酌する巨乳河童。
み「ふぉ。
ごっちゃんです」
律「どう?」
み「うーむ。
確かに、さらっと飲める。
新潟のお酒に似てるね」
老「でも、しっかりとした旨味もありますでしょ」
み「ふむ。
そうかも」
律「頼りないわね」
み「わたしの舌は、利き酒には向かないと言ったでしょ」
↑ぐるぐる模様は、目を回すためではなく、お酒の色を見るためにあります。
律「バカバカしい。
そんなら、何飲んだって一緒じゃない」
み「甘口と辛口くらいは区別出来ます」
み「でも、辛口のお酒同士では……。
ちょーっと、わからねえな」
律「また、古い歌持ちだしたわね」
老「『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』ですな」
み「この歌が流行ったのは、叔父の高校のころだったんだって」
↑最初はB面だったそうです。
み「で、この題名の捩りで、『港のヨーコ・マツハマ・ヨコゴシ』というフレーズが流行ったそうです」
律「なにそれ?」
み「今は、新潟市になってるけど……。
昔は、新潟市郊外だった地域。
松浜は、阿賀野川の対岸(昭和29年、新潟市に編入)。
横越は、亀田郷(平成17年、新潟市に編入)」
み「早い話、そういう辺境地から通ってる同級生を揶揄するフレーズだったわけ」
律「あんまり愉快な話じゃないわね」
み「完全に、目くそ鼻くそを笑うです。
新潟市だって、横浜や横須賀に比べれば、ど田舎そのものなんだから」
店「『あじの味噌たたき』、お待ち」
老「さぁ、来ましたよ。
お腹が一杯になったけど、まだもうちょっと飲みたいというときは……。
これに限ります」
み「なるほど。
これは、直球ですな」
老「鯵を粗く叩いて、味噌であえてあります。
箸の先で摘んで一口。
お猪口の酒を一口。
至福のときです」
み「どれどれ。
ふーむ。
イケるわ、これ。
先生も、食べてみ」
律「それじゃ失礼して……。
お箸を入れさせてもらいます。
……」
み「ね?」
律「ほんとだ。
生臭いかと思ったら、ぜんぜんそんなこと無いんだ」
み「だろ」
老「わたしも一箸、よろしいですか?」
み「ダメ。
あーたはまだ、『納豆揚』が残ってるでしょ」
↑よく見ると、金魚の揚げ物のようでもあります(失礼)。
律「卑しいこと言わないの!
そうとう酔っ払って来たわね。
危険信号だわ。
津島さん、どうぞ摘んでください。
この女、天邪鬼上戸だから」
み「なんじゃい、それは?」
律「何か言うと、必ず反対するじゃない」
↑口で逆らってるだけの者を踏みつける。間違いなく、踏んでる方が犯罪者です。
み「わたしは、女子同士がうんうん頷いて、同意しあってる風景が嫌いなの」
↑わたしは共学で、女子の比率は1割くらいでした。女子校に行ってたら、もっと社交的になれたのかも知れません。
律「それとこれとは別でしょ」
み「ま、天邪鬼だったのは、子供のころからだったけど。
ジイちゃんには、“共産党”って言われてた」
↑共産党の旗。稲穂と歯車。知りませんでした。
律「どういう意味よ?」
み「なんでも反対するから」
店「『焼きおにぎり』、お待ち」
律「ほら、おにぎりが来たから食べなさい」
み「へ。
お味噌汁が付いてるの?
よし。
そしたら、『あじの味噌たたき』、食べてよし」
老「ありがとうございます。
いただきます。
うむ、何度食べても飽きませんな」
律「ちょっと、なんでおにぎりまで、箸で分解するのよ」
み「焼きおにぎりとは、おにぎりを焼いたものであろう。
熱そうではないか」
律「食べられないほど熱くないわよ」
み「表面が冷めてても、中心部が熱い恐れがある。
マグマと一緒じゃ」
律「一緒じゃないでしょ」
み「おや?
この赤いのはなんじゃ?」
律「梅干しでしょ」
み「違いまーす。
にゃんと。
これは、筋子ですな」
律「『焼きおにぎり』に筋子?」
み「一見、ミスマッチであるが……。
これは、これでイケるね」
老「でしょう。
十分、ツマミになりますでしょ」
み「確かに。
このおにぎりはツマミであるからして、箸で摘むのが正しいのである」
律「そうとう回ってきたわね」
↑購入は、こちら(ちと高すぎ)。
み「わたしは、東京に遊びに行くとき……。
夕食は、ビジネスホテルの部屋で取るわけ」
↑名称は、ちょっとどうかと思われますが、このホテルはマジで良かったです。
律「何の話?
食べに出ればいいじゃないの」
み「ひとりで初めての店に入るのは、気鬱ではないか。
好きなものを買って、ホテルの部屋で食べる方が、よっぽど楽しい。
でも、ホテルの場所によっては、スーパーマーケットが近くに無い場合もある。
あるのは、コンビニだけ。
先生なら、酒のツマミに何を買います?
コンビニで」
律「お惣菜くらい置いてあるでしょ。
コンビニでも」
み「確かにね。
でも、そういう惣菜は、味付けが甘かったりしがちです。
それでは、ガッカリ」
律「じゃ、缶詰と乾き物ね」
み「それは、少々寂しいではないか?
せっかくの晩餐だぞ」
律「コンビニで晩餐なんて買えないでしょ。
あ、オデンがあるじゃない」
み「確かに。
しかし、わたしは、レジ前でオデンの具を選んだりするのが苦手なのじゃ」
律「何でよ?」
み「恥ずかしがり屋さんだからじゃ」
律「バカバカしい」
み「そんなとき!
コンビニの食べ物で、ぜったい外れのないものがある」
律「何よ?」
み「おにぎり」
律「は?
お酒のツマミを買うんじゃないの?」
み「だから、おにぎりをツマミにするんです。
白いご飯の部分も十分美味しいし……。
もちろん、具の部分は、立派なツマミに成り申す」
律「呆れた。
おにぎり噛じりながら飲んで、どこが晩餐なのよ」
み「噛じりません。
あくまで、おにぎりはツマミだからです」
律「どういうこと?」
み「まず、海苔は別にします。
これはこれで、一品になるでしょ」
↑なんと、フィルムに入った海苔が、市販されてました! 自宅で、コンビニおにぎりが作れるというわけです(こちら)。
律「貧しい……」
み「黙らっしゃい。
そして、白いご飯のおにぎりは……。
少しずつ、箸で分解しながら食べるのです」
↑こんなには食べませんが。
律「何で分解するのよ?」
み「パカモン。
丸ごと箸で持ち上がらないでしょ」
↑無謀です(『モーニング娘。』のえりぽん)。
律「手で持って食べればいいじゃない」
↑おにぎりを手で持って食べるリス。
み「だから、それではツマミにならんと言うておろうに」
律「この酔っぱらい」
み「箸の先で、チビチビと切り取って……。
ひと粒ずつ舐めるように食べるからこそ、ツマミなのです」
律「海苔と一緒にかぶりつく方が、ずっと美味しいと思うけど」
み「箸で、硬いご飯を千切る行為には、甘酸っぱい思い出もあるのじゃ」
律「お腹こわしたんでしょ。
酸っぱくなったご飯なんか食べて」
み「ご飯がすっぱいんじゃないわい!
想い出が甘酸っぱいと言っておろうが」
律「どんな想い出よ?」
み「中学校のころのお弁当」
↑堺市立泉ヶ丘東中学校1年3組。
律「あら、給食じゃなかったの?」
み「新潟で給食は、小学校だけ。
中学は、お弁当か菓子パンよ。
で、中学生ってのは、成長期でしょ。
お腹が減るわけ」
老「確かに、減りましたな。
みんな、アルマイトのでっかい弁当箱でしたよ」
み「いわゆる、“ドカベン”というやつだな」
老「そうです」
み「最近では、この“ドカベン”の意味を知らない若者も増えてるらしい」
律「漫画で知ってるんじゃないの?
主人公のアダ名でしょ」
み「山田太郎に固有のアダ名と思ってる人も多いであろう。
しかし、“ドカベン”には、普遍的な意味があったのじゃ」
律「すみません。
いただきます」
老「ほら、こうやって、両手で受けるもんですよ」
み「猫かぶりです」
律「かぶってません。
津島さんもどうぞ」
老「すみません」
み「おっとっとって言え」
老「言いませんって。
かなり回ってきたんじゃないですか?」
律「この人、絡み上戸だから気をつけてください。
あら、ほんとに美味しいわ」
老「でしょう。
あなた、ちょっとオーバーペースみたいですよ。
お腹にたまるものを食べた方がいいです。
『納豆揚』をどうぞ」
み「まだ、熱い恐れがある」
老「じゃ、お酒と水とちゃんぽんに飲んだらいかがです。
ご主人、お冷を一杯ください」
店「へい。
お冷、一丁」
老「ほら、熱燗を一口飲んだら、水で喉を冷やしてください」
み「おー、こういう水のことを、何と言うか知っちょるか?」
老「だから、お冷でしょ。
あ、チェイサーか」
み「今は、もっと洒落た言葉があるの。
“和らぎ水”と言い申す」
老「ほー。
確かに洒落てますな」
み「日本酒ってのは、ワインと並んで、アルコール度数の高い飲み方をされるお酒なわけよ」
律「でも、14~15度くらいでしょ。
ウィスキーや焼酎は、もっと高いわ」
↑わたしが初めて飲んだウィスキー、サントリー『角瓶』。ものの見事に吐きました。でも、今でもときおり飲みたくなるんですよね。
み「だから、そういう蒸留酒は、割って飲むでしょ。
ハイボールとか、酎ハイとか。
実際に飲むときの度数は、10度未満じゃないの?
飲み放題コースの酎ハイなんて、ビールより薄いよ」
律「ま、それは言えてるわね」
み「それに対し、日本酒やワインなどの醸造酒は、そのまま飲まれるでしょ。
だから、口に入るときの度数は、酎ハイなんかより高いわけ」
↑中央に鎮座するのは、“仙台四郎様”。実在した人物だそうです。詳しくは、こちらを。
律「確かに、ワイン飲んで気持ち悪くなる子はいるわね」
↑こんなので飲めば、誰でも悪酔いします。
み「なので、日本酒やワインを飲むときには、チェイサーも一緒に飲んだ方がいいのです」
老「水を飲むと、舌もリフレッシュしますしね」
み「それそれ。
口も飽きにくい」
律「家でもそうやってるの?」
み「熱燗を飲むときはね」
↑日本酒の仕込み水だそうです。詳しくは、こちらを→http://item.rakuten.co.jp/asabiraki/10000473/#10000473。
律「冷やのときは?」
み「冷やは、氷を入れるから薄まるのです」
↑2012年が元年なら、わたしは紀元前から飲んでおります。
律「日本酒を割って飲むわけ?
なんか、もったいないわね」
み「わたしが飲むのは、紙パックのお酒だから……。
何の躊躇も無く割れます。
そもそも、日本酒ってのは、水で割って売られてるんですよ。
原酒は、20度くらいだからね」
↑“呑切(のみきり)”とは、タンクの呑み口を開き、酒質をチェックすることを云います。
老「割り水というやつですな」
み「左様。
水で割って、14~15度に調整されて出荷されてるわけ」
み「最初から水で割ってあるってこと。
飲むときに、さらに割って悪いはずないでしょ」
律「でも、14~15度ってのが意味があるんじゃないの?
一番美味しい度数とか」
み「ぜーんぜん違います。
昔は、15度以上だと、酒税が高くなったの。
だから、15度を切るように調整して出荷してたわけ。
今の日本酒は、その名残りを引きずってるだけなんです」
老「詳しいですな」
み「新潟には、『新潟清酒達人検定』というご当地検定があるのです」
↑大々的な検定試験です。
み「わたしは、この検定に合格しております」
↑大威張り。
老「へー。
達人検定と言うからには、利き酒とかもあるんですか?」
み「『金の達人』にはあります」
↑事前提出の小論文と、当日の利き酒が試験科目。利き酒は、10種類のマッチングです。利き酒をするときは、口に含んで吐き出すそうですが、わたしなら飲んじゃうでしょうね。
老「ほー。
ランクがあるわけですね」
み「『金』、『銀』、『銅』とあり申す」
律「なんだか、池に斧を落とした木こりの話みたい」
老「あなたは、『金』まで合格されたんですか?」
み「するわけなかろ。
わたしの舌で、利き酒なんか無理です」
老「じゃ、『銀』?」
み「『銀の達人』は、現役の杜氏が落ちるほど難しいのです」
↑『銀の達人』、例題を御覧ください。そうとう勉強しなければ受かりません。
老「ダメだったわけですね」
み「ダメも何も、最初から受けてませんがな」
老「つまりは『銅』の達人ということですね」
み「“銅でもいい”とか言うなよ」
老「言いませんよ」
み「『銅』でも、素人が勉強しないで受けたら、100パーセント落ちます。
そのくらい、専門知識を問われるのです」
↑こちらは、『金の達人』合格者に贈られる猪口。『銅の達人』、例題はこちら。
老「どうやって、勉強したんです?」
律「それ、『銅』に掛けた洒落?」
老「そんなつもりはありません」
み「『新潟清酒ものしりブック』という公式テキストがあるのです」
み「それを電車の中で読んで勉強しました。
ていうか、面白いから、勉強という感覚じゃなくて読めました」
老「それに、割り水も出てきたわけですね」
み「清酒造りの、最後の工程です」
律「『納豆揚』、そろそろ冷めたんじゃない?」
み「おー、語るに忙しくて、すっかり忘れとった。
どれどれ」
律「また分解する。
それじゃ、皮に包んだ意味がないでしょ」
み「皮ごとかぶりついて、もし熱かったら悲惨でしょ。
どうやら、大丈夫らしいな。
うむ。
確かに、分解すると食べにくいわい」
律「当たり前です」
み「うむ。
こりゃイケます。
珍味珍味。
ちゃんと納豆の味がするわい」
律「後は、津島さんに残しておくのよ」
老「大丈夫ですよ。
美味しければ、どうぞ食べてください」
律「いつも、あまり食べずに飲まれるんですか?」
老「ですね。
独り身だと、いろいろと面倒で」
律「料理を習われたらいかがです?
楽しみが増えますよ」
み「自分のことを棚に上げて、よく言えますな」
律「うるさい」
み「じゃ、『納豆揚』は、おっさんに譲るとして……。
もうちょっと、熱燗の友が欲しいのぅ。
何か、お勧めない?
揚げ物とかは、もう十分だから。
箸の先っぽで舐めながら飲めるようなやつ」
老「それなら、最適なツマミがありますよ。
『あじの味噌たたき』です」
み「これも、捻ってる?」
老「いえ。
これは、直球ですね」
み「ならば、皆まで言うな。
想像でき申す。
鯵の身を、味噌と一緒に叩いてあるわけだ」
老「その通りです」
み「注文してちょ」
老「ご主人、『あじの味噌たたき』をひとつ」
店「へい。
『あじの味噌たたき』、一丁。
津島さん、今日は豪勢ですね」
老「はは。
今日は、わたしが客なのです」
店「いつもは、『焼きおにぎり』で飲んでますものね」
み「お、それは美味そうだ」
老「イキますか?」
律「わたしも乗った」
老「それでは、わたしもご相伴させてください。
やっぱり、あれが無いと締まりません。
ご主人、『焼きおにぎり』を3つ」
店「ありがとうございます。
『焼きおにぎり』、三丁」
老「おや、『喜久泉』も好評のようですね」
み「そろそろ、払底し申す」
老「追加しますか?」
み「以前、秋田のお酒を貰って飲んだことがあるんだけど……。
新潟のお酒と、ぜんぜん味わいが違うんだよね」
老「でしょうな。
東北のお酒は、総じて濃厚で、どちらかと言うと甘口です」
み「締めはやっぱり、さらっと飲めるのがいいな」
老「そうですか。
それじゃ、『じょっぱり』を試してみてください」
↑赤ダルマがトレードマーク
み「おー、津軽そのものといった名前だね」
老「濃厚甘口が主流の津軽で、淡麗辛口を貫いてるお酒です。
だから、『じょっぱり』ですね」
律「『じょっぱり』って、聞いたことありますけど……。
どういう意味なんですか?」
老「まさしく、“意地っ張り”、“頑固者”を表す言葉です」
↑頑固親父
み「ほー。
青森市内の酒蔵?」
老「ご主人、『六花酒造』さんは、どこでしたっけね?」
店「弘前です」
↑工場見学が出来るそうです。行ってみたいです。
老「あ、そうでした。
酒米も、確か県内産ですよね?」
店「『華吹雪(はなふぶき)』ね」
老「そして水は、白神山地の伏流水」
み「そりゃ、美味そうだ。
頼んで、ちょーだい」
老「ずいぶん古いギャグを知ってますね」
み「『蛇口一角』時代の財津一郎には、凄みがあったね」
↑抜いた刃を、蛇のように舐め回したりしました(“蛇口”は、“じゃぐち”ではなく、“へびぐち”です)。
み「ビデオでしか見たことないけど」
老「ご主人、『じょっぱり』の燗を2本」
店「へい。
『じょっぱり』、燗で2本」
老「後の芸人にも、財津一郎の芸に心酔た人は多かったようですね」
み「芸人じゃないけど、陣内孝則が、『テレフォンショッキング』に出たときね……」
↑今となっては懐かしい。
律「あら、その人なら、芸人じゃないの。
藤原紀香と結婚した人でしょ?」
↑こんな格好したんか!
み「違います。
それは、陣内智則でしょ。
わたしが言ってるのは、陣内孝則。
俳優。
昔は歌手だったそうだけど、ぜんぜん知らん」
老「ロック歌手だったんじゃないですか?
ま、あんまり売れなかったと思いますが」
↑『ザ・ロッカーズ(1976~1982)』だそうです。
み「で、その陣内が、テレフォンショッキングで、財津一郎のことを話してたわけよ」
↑最多とは知りませんでした。
み「コントの一場面ね。
森の中みたいなセットの中に、財津一郎がサファリルックで出てくる」
↑コントの定番です。
み「で、舞台中央に立つなり、開口一番、こう言い放ったそうです。
『昼間に来ても、バンガロー』」
み「これを聞いた陣内孝則は、一生、この人についていきたいと思ったとか」
律「それって、面白いの?」
み「面白いでしょうが。
突き抜けた感がありますよ」
店「『じょっぱり』の燗が上がりました」
↑『六兵衛』さんの画像ではありません。
み「おー、来た来た。
『喜久泉』は、先生に任す」
律「新しい物が欲しくなるわけね
子供みたい」
み「新しもの好きは、新潟市民の特性でもあります」
律「あら、新潟というと、保守的なイメージがあるけど」
み「新潟でも、港町に限るけどね。
港ってのは、新しいものが入ってくる入口なわけよ」
↑吉田初三郎による新潟市鳥瞰図(昭和12年)。
老「なるほど」
み「で、新しいものに飛びついて、古いものは捨てちゃう。
そういう気質が育ったのです」
律「ほんとかしら。
あんただけだと思うけど」
み「一番、象徴的だったのは、掘割ね。
新潟市内には、昔、縦横に掘割が走ってたの」
↑水色が掘割。
原図はこちら。
律「掘割って言うと、城下町のイメージだけど」
↑弘前城。桜の花びらが、堀を埋め尽くすそうです。
み「あの堀は、お城を守る堀でしょ。
新潟の堀は、物資の運搬路だったわけ。
北前船から降ろされた荷が、小舟に積まれて堀を遡って、地方に運ばれたり……。
逆に、近在で採れた野菜なんかが、小舟に積まれて堀を下り、新潟市内の市場に出された」
↑明治11(1878)年の新潟市街(女性紀行作家イザベラ・バードの直筆スケッチ)。
み「わたしの住んでるのは、昔、亀田郷と言われた地域で、海からは何キロも離れてるけど……。
家の裏に繋いだ舟に乗れば、掘割から信濃川を通って、海にまで出られた。
舟でどこまでも行けたのよ」
↑亀田郷内には100本を越える舟堀が縦横に走り、集落をつないでいました。
老「今のマイカーみたいなものですな」
み「それそれ。
1家に1艘」
↑鳥屋野潟の底から土を掻き揚げ、舟に積んでます。この土を、自分の田まで運んで入れるのです。田を、少しでも高くするためです。よその土を招き入れることから、“客土(きゃくど)”と呼ばれました。作業を急ぐあまり、土を積み過ぎて、舟とともに潟底に沈んでしまう農民もいたとか。
み「神社のお祭りにも、舟で行ったんだよ。
新潟に、近在の農民の信仰を集める蒲原神社っていう古い神社があるわけ」
律「古いって、いつごろ?」
み「起源ははっきりしないみたいね。
何しろ新潟は、信濃川と阿賀野川という、暴れ川に支配される町だったからね」
↑天保2(1682)年に描かれた古地図。北上する信濃川と西行する阿賀野川の河口が合流してました。
み「氾濫の度に川筋が変わって、古い遺跡は残ってないの。
川底にならなかった土地は無いと云われてるくらい。
だから、『渟足柵』の遺跡も出ない」
み「てなわけで、蒲原神社も、何度も移転してるの。
今の場所に移ってきたのが、元禄時代」
律「今もあるの?」
み「ありまんがな」
↑梅の名所でもあります。
わたしが乗る電車の中からも、境内が見えます。
↑境内から撮られた写真。
春を待ちわびる新潟の人にとって、蒲原神社の梅が咲くと、ほんとに嬉しいです。
み「で、その蒲原神社のお祭を『蒲原まつり』って云うんだけど……」
↑現代の蒲原まつり。6月末に行われるので、雨に祟られることが多いです。農閑期に合わせたんでしょうか? 今でも、400以上の露店が並ぶ大盛況のお祭りです。
み「そのお祭りの日には、近在の農民が農作業を休んで、やってきたわけ。
なぜかと云うと、『蒲原まつり』の夜に、御託宣(おたくせん)という占いが行われたから。
これは、今でも続いている神事なんだけど……。
その年の作況、つまり米の出来を占うわけよ」
↑今もやってます。
律「占いどおりになるの?」
み「ならないとしても、スゴい影響力があった」
律「外れても?」
み「米相場ってのは、先物取引だったわけよ」
み「つまり、米の出来を見越して、取引されるの。
だから、蒲原神社の御託宣(おたくせん)が出ると、米相場が動いたのよ」
老「そりゃすごい」
み「で、その御託宣(おたくせん)を聞きに、近在の農民がやってくる」
老「自家用舟で、ですな?」
み「さよう、さよう。
集落の小さな掘割から漕ぎ出し、だんだん太い堀に入り……。
そして、栗ノ木川っていう幹線路に出る。
川幅は、70メートルもあった」
↑昭和初期の栗ノ木川。
み「その川のほとりに神社があるの。
参詣者は、川端に舟を繋いで上陸するわけ。
だから、神社の鳥居は、川に向かって立ってるのよ」
律「今は、掘割は使われてないの?」
み「それでんがな。
わたしの言いたかったのは。
まず、栗ノ木川だけど……。
すべて埋め立てられて、道路になりました。
名称は、『栗ノ木バイパス』。
昔、舟が行き交ってたところを、車が行き交ってる」
老「昔も今も、バイパスの役目は同じということですな」
み「そうそう。
川だったころの名残りは、信号機に残ってる」
律「何が残ってるのよ?」
み「名前ですよ。
交差点の。
『栗ノ木橋』とか『笹越橋』とか『紫雲橋』とか」
み「交差点の名称に、“橋”が付くの。
今は、ただ道路が交差してるだけだけど……。
昔はそこに、栗ノ木川を跨ぐ橋が架かってたわけよ」
↑昭和34年の『紫雲橋』。タイムマシンに乗って、見に行ってみたいです。
老「なるほど。
役目を終えた川を埋め立て、道路に変えちゃったわけですね。
となると、新潟市内の掘割の運命も、なんとなくわかりますな」
↑現在の『紫雲橋』交差点。前後方向の道路が、昔の栗ノ木川。横断歩道が渡ってる左右方向の道路が、『紫雲橋』でした。
み「車社会になると、堀は邪魔なだけになった。
堀の両脇が道路になってたんだけど……。
車が増えてくると、当然、狭い」
↑昭和31年の西堀。
み「混雑が起きる。
堀なんか埋めちゃえという声があがる」
↑埋め立て前の西堀。地盤沈下の影響もあり、流れが淀み、臭かったそうです。
老「でしょうな」
み「でも、ほかの地方なら、反対運動なんかが起きて、そう簡単にはいかないはず。
実際、城下町なんか、今でも堀が残ってるでしょ」
老「柳川とかですな」
↑住んでみたい街のひとつです。
み「そうそう。
松江にも行ったけど、あそこも見事に残ってた」
↑松江にも住みたい!
律「新潟には、残ってないの?」
み「ない。
ものの見事にない。
1本も残ってない。
ぜーんぶ、埋めちゃったんです。
ものの見事に」
↑これは、復元された早川堀。復元するくらいなら、埋めるなって話ですが。
老「なるほど。
それが、新潟市民の気質だと?」
み「そう。
新しもの好き」
律「延々と語ったけど……。
つまりは、『じょっぱり』を独占したいってことね」
↑楽天市場ランキングで、純米酒東北部門第1位獲得。
み「そうは言うておらんぞ」
律「言ってるようなものじゃない。
ま、いいわ。
新潟の歴史まで持ち出して、自分の新しもの好きを正当化する……。
その意地汚さに免じて、飲ませてあげましょう。
はい、お注ぎしますよ」
↑佐賀県伊万里市『松浦一酒造』にある、お酌する巨乳河童。
み「ふぉ。
ごっちゃんです」
律「どう?」
み「うーむ。
確かに、さらっと飲める。
新潟のお酒に似てるね」
老「でも、しっかりとした旨味もありますでしょ」
み「ふむ。
そうかも」
律「頼りないわね」
み「わたしの舌は、利き酒には向かないと言ったでしょ」
↑ぐるぐる模様は、目を回すためではなく、お酒の色を見るためにあります。
律「バカバカしい。
そんなら、何飲んだって一緒じゃない」
み「甘口と辛口くらいは区別出来ます」
み「でも、辛口のお酒同士では……。
ちょーっと、わからねえな」
律「また、古い歌持ちだしたわね」
老「『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』ですな」
み「この歌が流行ったのは、叔父の高校のころだったんだって」
↑最初はB面だったそうです。
み「で、この題名の捩りで、『港のヨーコ・マツハマ・ヨコゴシ』というフレーズが流行ったそうです」
律「なにそれ?」
み「今は、新潟市になってるけど……。
昔は、新潟市郊外だった地域。
松浜は、阿賀野川の対岸(昭和29年、新潟市に編入)。
横越は、亀田郷(平成17年、新潟市に編入)」
み「早い話、そういう辺境地から通ってる同級生を揶揄するフレーズだったわけ」
律「あんまり愉快な話じゃないわね」
み「完全に、目くそ鼻くそを笑うです。
新潟市だって、横浜や横須賀に比べれば、ど田舎そのものなんだから」
店「『あじの味噌たたき』、お待ち」
老「さぁ、来ましたよ。
お腹が一杯になったけど、まだもうちょっと飲みたいというときは……。
これに限ります」
み「なるほど。
これは、直球ですな」
老「鯵を粗く叩いて、味噌であえてあります。
箸の先で摘んで一口。
お猪口の酒を一口。
至福のときです」
み「どれどれ。
ふーむ。
イケるわ、これ。
先生も、食べてみ」
律「それじゃ失礼して……。
お箸を入れさせてもらいます。
……」
み「ね?」
律「ほんとだ。
生臭いかと思ったら、ぜんぜんそんなこと無いんだ」
み「だろ」
老「わたしも一箸、よろしいですか?」
み「ダメ。
あーたはまだ、『納豆揚』が残ってるでしょ」
↑よく見ると、金魚の揚げ物のようでもあります(失礼)。
律「卑しいこと言わないの!
そうとう酔っ払って来たわね。
危険信号だわ。
津島さん、どうぞ摘んでください。
この女、天邪鬼上戸だから」
み「なんじゃい、それは?」
律「何か言うと、必ず反対するじゃない」
↑口で逆らってるだけの者を踏みつける。間違いなく、踏んでる方が犯罪者です。
み「わたしは、女子同士がうんうん頷いて、同意しあってる風景が嫌いなの」
↑わたしは共学で、女子の比率は1割くらいでした。女子校に行ってたら、もっと社交的になれたのかも知れません。
律「それとこれとは別でしょ」
み「ま、天邪鬼だったのは、子供のころからだったけど。
ジイちゃんには、“共産党”って言われてた」
↑共産党の旗。稲穂と歯車。知りませんでした。
律「どういう意味よ?」
み「なんでも反対するから」
店「『焼きおにぎり』、お待ち」
律「ほら、おにぎりが来たから食べなさい」
み「へ。
お味噌汁が付いてるの?
よし。
そしたら、『あじの味噌たたき』、食べてよし」
老「ありがとうございます。
いただきます。
うむ、何度食べても飽きませんな」
律「ちょっと、なんでおにぎりまで、箸で分解するのよ」
み「焼きおにぎりとは、おにぎりを焼いたものであろう。
熱そうではないか」
律「食べられないほど熱くないわよ」
み「表面が冷めてても、中心部が熱い恐れがある。
マグマと一緒じゃ」
律「一緒じゃないでしょ」
み「おや?
この赤いのはなんじゃ?」
律「梅干しでしょ」
み「違いまーす。
にゃんと。
これは、筋子ですな」
律「『焼きおにぎり』に筋子?」
み「一見、ミスマッチであるが……。
これは、これでイケるね」
老「でしょう。
十分、ツマミになりますでしょ」
み「確かに。
このおにぎりはツマミであるからして、箸で摘むのが正しいのである」
律「そうとう回ってきたわね」
↑購入は、こちら(ちと高すぎ)。
み「わたしは、東京に遊びに行くとき……。
夕食は、ビジネスホテルの部屋で取るわけ」
↑名称は、ちょっとどうかと思われますが、このホテルはマジで良かったです。
律「何の話?
食べに出ればいいじゃないの」
み「ひとりで初めての店に入るのは、気鬱ではないか。
好きなものを買って、ホテルの部屋で食べる方が、よっぽど楽しい。
でも、ホテルの場所によっては、スーパーマーケットが近くに無い場合もある。
あるのは、コンビニだけ。
先生なら、酒のツマミに何を買います?
コンビニで」
律「お惣菜くらい置いてあるでしょ。
コンビニでも」
み「確かにね。
でも、そういう惣菜は、味付けが甘かったりしがちです。
それでは、ガッカリ」
律「じゃ、缶詰と乾き物ね」
み「それは、少々寂しいではないか?
せっかくの晩餐だぞ」
律「コンビニで晩餐なんて買えないでしょ。
あ、オデンがあるじゃない」
み「確かに。
しかし、わたしは、レジ前でオデンの具を選んだりするのが苦手なのじゃ」
律「何でよ?」
み「恥ずかしがり屋さんだからじゃ」
律「バカバカしい」
み「そんなとき!
コンビニの食べ物で、ぜったい外れのないものがある」
律「何よ?」
み「おにぎり」
律「は?
お酒のツマミを買うんじゃないの?」
み「だから、おにぎりをツマミにするんです。
白いご飯の部分も十分美味しいし……。
もちろん、具の部分は、立派なツマミに成り申す」
律「呆れた。
おにぎり噛じりながら飲んで、どこが晩餐なのよ」
み「噛じりません。
あくまで、おにぎりはツマミだからです」
律「どういうこと?」
み「まず、海苔は別にします。
これはこれで、一品になるでしょ」
↑なんと、フィルムに入った海苔が、市販されてました! 自宅で、コンビニおにぎりが作れるというわけです(こちら)。
律「貧しい……」
み「黙らっしゃい。
そして、白いご飯のおにぎりは……。
少しずつ、箸で分解しながら食べるのです」
↑こんなには食べませんが。
律「何で分解するのよ?」
み「パカモン。
丸ごと箸で持ち上がらないでしょ」
↑無謀です(『モーニング娘。』のえりぽん)。
律「手で持って食べればいいじゃない」
↑おにぎりを手で持って食べるリス。
み「だから、それではツマミにならんと言うておろうに」
律「この酔っぱらい」
み「箸の先で、チビチビと切り取って……。
ひと粒ずつ舐めるように食べるからこそ、ツマミなのです」
律「海苔と一緒にかぶりつく方が、ずっと美味しいと思うけど」
み「箸で、硬いご飯を千切る行為には、甘酸っぱい思い出もあるのじゃ」
律「お腹こわしたんでしょ。
酸っぱくなったご飯なんか食べて」
み「ご飯がすっぱいんじゃないわい!
想い出が甘酸っぱいと言っておろうが」
律「どんな想い出よ?」
み「中学校のころのお弁当」
↑堺市立泉ヶ丘東中学校1年3組。
律「あら、給食じゃなかったの?」
み「新潟で給食は、小学校だけ。
中学は、お弁当か菓子パンよ。
で、中学生ってのは、成長期でしょ。
お腹が減るわけ」
老「確かに、減りましたな。
みんな、アルマイトのでっかい弁当箱でしたよ」
み「いわゆる、“ドカベン”というやつだな」
老「そうです」
み「最近では、この“ドカベン”の意味を知らない若者も増えてるらしい」
律「漫画で知ってるんじゃないの?
主人公のアダ名でしょ」
み「山田太郎に固有のアダ名と思ってる人も多いであろう。
しかし、“ドカベン”には、普遍的な意味があったのじゃ」