2014.11.29(土)
老「熱々を食べるのが、美味しいんですがね」
律「じゃ、わたしたちで、先にいただきましょう。
ホタテの身が大きいわ」
律「むぐ。
美味しい!」
老「それは良かったです。
ま、これを嫌いだという人は、いないでしょうな。
でも昔は、ホタテの身なんて贅沢品は、入ってなかったものなんです」
律「じゃ、何が入ってたんです?」
老「わたしは、一人で晩酌するときは、昔ながらの方法で作ったりしますよ。
実に簡単です。
ホタテの貝殻に水を張り、鰹節を入れます」
↑で貝!
老「これを火にかけて、味噌を溶き、沸騰したらネギをたっぷり放り込みます。
ネギが煮えたところで、溶き卵を回しかければ出来上がり。
自分で食べるんなら、これで十分ですが……。
見栄えを良くしようと思ったら、卵とネギは、2度に分けて入れるといいです。
2度めは、食べる直前に入れるんです。
卵のフワフワ感と、ネギの彩りが生きて、目にも美味しいです」
↑『六兵衛』さんでは万能ネギですが、このように長ネギを使っても美味しそうです。
み「へー、なるどほど」
老「後は弱火にして煮込みながら、チビチビ飲むわけです。
味噌が貝に焦げ付いてきて、これがまた旨い」
み「具は、ネギだけってこと?」
老「それだけで十分ですよ。
そもそも、ホタテの身とか、季節の食材が入るようになったのは、最近のことなんです。
あ、ホタテを入れるのなら、鰹節は要りません。
ホタテから出汁が出ますからな」
律「Mikiちゃん、そろそろ食べられるわよ」
み「ほんまか?」
律「美味しいから」
み「どれどれ。
お、んまい!
こりゃ、いけるわ」
老「でしょう。
この店の『貝焼き』、JALの機内誌でも紹介されたんですよ」
老「それを見て、食べに来た観光客なんか……。
お代わりする人もいるくらいですからね。
白みそと赤みそを、同量ずつ合わせてあるのが特徴です」
老「ネギは、万能ネギを使ってます」
店「『はたはた唐揚げ』、お待ち」
↑もっとたくさん載ってる画像もありました。季節によって違うのか、あるいは2人前を一皿に盛ったのかも知れません。
み「おー、こいつも美味そうだ。
マヨネーズつけて食べるわけね」
老「そうです。
2切れですから、お2人でどうぞ」
み「悪いのぅ。
これ、400円か」
律「安いわよね」
み「『おんな酒場放浪記』に出てくる店は……」
↑レポーターのひとり、写真家の古賀絵里子さん。
み「構えは庶民的に見えても、やっぱり場所が首都圏だからね。
メニューの値段がけっこうするのよ。
あっという間に、5,000円くらい行っちゃいそうでさ」
老「この店で、1人で5,000円分飲み食いしたら……。
お腹いっぱいで、身動き出来なくなっちゃいますよ」
↑ここまで食うな。
み「だろうね。
んぐ。
これも、美味いわ」
律「香ばしいわね。
津島さんも、何かお取りになってください」
老「そうですな。
それじゃ、ここの名物『いかげそ揚』を頼みますかな」
律「2つくらい、頼みます?」
老「いや、これは量がかなりありますから、3人で分けても十分です。
となりの『ジャガバター』は、どうです?」
み「なんか、青森っぽくないけど」
老「ここでは、イカの塩辛を載せて食べるんです」
↑わたしの好物、桃屋の『いか塩辛』。『六兵衛』さんでは、びん詰は使わないと思いますが。
み「お、それはおもろそうだ」
律「初めてだわ」
老「ご主人、『いかげそ揚』と『ジャガバター』を1つずつ」
店「へい。
『いかげそ揚』、『ジャガバター』、1丁」
老「お2人共、飲みっぷりいいですね」
↑こんなには飲みません。
老「頼もしい。
もう1杯、ビールで行きますか?」
律「青森のお酒も飲んでみたいですわ」
老「そうですか。
それじゃ、ぜひ『田酒(でんしゅ)』を試してみてください」
律「それって、銘柄名なんですか?」
老「そうです。
ここ、青森市にある西田酒造店が造ってるお酒です」
↑風情のある造り酒屋ですね。
老「“田んぼの酒”と書いて、『田酒』です」
律「珍しい銘柄名ですよね」
老「まさに、“田んぼ”で出来たものしか使ってないという意味ですね。
田んぼから作られない醸造用アルコールや醸造用糖類は一切使われてません」
み「純米酒ってことね」
老「そうです。
さっき、階段降りるとき、右側に酒樽が飾ってあったでしょ。
あれが、『田酒』の樽です」
み「あ、看板にあった『たる酒』って、それのこと」
老「そうそう。
ちょっと、高めになりますが」
み「いくら?」
老「1合、600円」
み「ツマミより高いではないか」
老「安く飲もうと思えば、一升瓶のキープも出来ます。
旅の空では、無理な話ですけどね」
み「あなたのボトルは置いてないの?」
老「残念ながら……」
み「ご主人、ほんま?」
店「残念ながら、入れてもらってません」
み「ケチじゃん」
老「この歳になると、いつお迎えが来るかわかりませんからね。
ボトルが飲み屋に残ってたりすると、成仏出来なさそうでしょ」
み「ケチすぎ」
老「1合じゃ、さすがにあっという間です。
2本、頼んでもいいですか?」
み「よかろう」
老「じゃ、冷やでいいですね?
ご主人、『田酒』を2本。
冷やで」
店「へい、『田酒』、2丁。
『ジャガバター』、あがりました」
み「なんと、ほんとに塩辛が付いてるぞ」
老「熱々なところに、載っけてどうぞ」
み「残念ならが……。
わたしは猫舌なのじゃ。
ジャガバターの熱々などを頬張ったら、その場で悶絶してしまう」
律「じゃ、わたしが先にいただくわ。
ジャガバターも塩辛も好物だけど……。
それを一緒に食べたことなんて、一度も無かった。
どんな味がするのかしら?
塩辛を載っけてと……。
はふっ。
はふっ。
美味ひい!」
み「見てるだけで、口の中が熱くなる」
律「これ、イケます。
こんな組み合わせ、誰が考えたのかしら」
み「このイモ、普通のジャガバターと色が違うけど」
老「ここのは、蒸かしイモじゃなくて、揚げてあるんです」
み「なるほど。
それでこんな色なのか」
↑『六兵衛』を訪ねられた六角精児さん。手にされてるのは『田酒』です。『つぶ貝の刺身』を気に入られたとか。記事は、こちら。
律「ちゃんとバター味がするわよ。
ほら、ここんところ冷めたから、食べてごらんなさい」
み「どれどれ」
律「箸で分解しないでちょうだい」
み「中が熱い可能性がある。
どうやら大丈夫そうだな。
ここに、塩辛を載せてと……。
いただきま~す。
はふ、はふ。
おいひい!」
律「でしょ」
み「よし、これいただき。
これならわが家でも出来るぞ。
朝食用に、桃屋の塩辛が常備してあるからな」
律「あら、晩酌用じゃないの?」
み「これが、白いご飯に合うのよ」
律「桃屋のって、すごい塩っぱいじゃない」
↑塩辛いので、こんなには載せません。
み「だから、コスパがいいんです。
ほんの一切れで、ご飯が何口も食べられるからね。
瓶詰めがなかなか減らない」
律「なんか、みみっちいわね」
み「桃屋以外の塩辛も、何回か買ってみたけどさ……。
どれもこれも、味付けが甘いんだよ。
砂糖とか、中には蜂蜜が入ってるのもあったな」
律「それはいただけないわね」
み「結局、桃屋に落ち着いたってわけ」
店「お待たせしました。
『田酒』の冷やです」
店「グラスは、3つで?」
老「3つください」
み「ガラスの徳利が涼しげだのぅ」
老「じゃ、まずは一献」
み「おー、すまんすまん」
老「それじゃ、おっさんですよ」
み「日本酒を飲むときは、誰もがおっさん化するのが世の習いじゃ」
老「そんな習いがあるんですか。
さ、どうぞ」
律「すみません」
老「ほら、この方は、受ける手つきなんかも女性らしいじゃないですか」
↑女性は、両手で受けましょう。
み「猫をかぶってるだけです」
律「かぶってません。
あ、どうぞ」
老「すみません」
み「縁まで入ったところで、『おっとっと』と言ってみ」
老「だから、それじゃ、おっさんですって」
↑盛り切り酒を口で迎えに。これはこれでアリです。
老「じゃ、乾杯しましょうか」
み「青森の夜に乾杯だな」
↑青森の夜。ライトアップされているのは『青森ベイブリッジ(長さ1,219メートル)』。
み「そう言えばさ……。
ここのBGMって、みんなこのたぐい?」
老「そうです。
演歌と、昭和歌謡ばっかりですな」
み「五木ひろしを聞きながら飲むのなんて、何年ぶりだろう」
み「演歌以外もかかるの?」
老「こないだは、『メリー・ジェーン』がかかってましたね」
み「それはそれで強烈ですな。
しかし……。
ここで酔っ払ったら、ほんと昭和に逆もどりした気分になるんじゃないの?」
↑こんな佇まいです。奥の人は、店員さんでしょうか?
老「メニューの値段も、昭和ですしね」
老「常連の中には、そういう錯覚が楽しくて通ってる人もいるかもしれません」
店「それは、津島さんのことじゃないですか?」
老「ははは。
そうかも知れません。
もちろん、料理が美味しいからでもありますよ。
それじゃ、乾杯しましょう」
み「昭和の一夜に」
律「青森の夜に」
↑青森駅近くの『駅前銀座』。引揚者が始めた飲食店街が起源だそうです。
老「一期一会に」
3人「カンパーイ」
老「いかがです?」
律「美味しいわ」
み「うむ。
ヘンな癖がなくて、すぅっと飲めるね」
老「初めて飲んだ日本酒で……。
日本酒の好き嫌いが決まってしまうなんてこともあるんじゃないでしょうか?
たぶん、初めて飲む日本酒が『田酒』なら、誰だって日本酒好きになるはずですよ。
日本酒に慣れない外人さんに飲んでいただくのにも、いいと思います」
↑日本酒ブームだそうです。
み「にゃるほど。
しかし、これ1合で、600円はなぁ」
老「ネットで評判が広がっちゃいましたからね。
地元以外で手に入れようとすると、プレミアムを覚悟しなきゃならないようです」
↑『田酒』前掛け。こちらで買えます!
み「ま、それは仕方ないんでないの。
あくまで、地酒ってのは、その地元で飲むお酒なんだと思うよ。
風土とかに合ってるお酒なんじゃないの」
↑12月末の西田酒造店。午前5時、お店の雪下ろしをする社員さん。この日は、氷点下3度だったそうです。
老「ほー、そんな一家言を聞くとは思いませんでした」
み「バカにするでないぞ。
わたしの地元は、米どころにして酒どころの新潟なのじゃ」
↑3番目は要らないのですが。
老「あ、そうでしたな。
有名なお酒、たくさんありますよね。
『久保田』に……。
『八海山』。
あとは、何と言っても、『越乃寒梅』」
み「わたしの住んでる区内に、『越乃寒梅』の蔵元があり申す」
↑『ぽんしゅ館 新潟駅店』。500円で、5蔵の利酒が出来ます(こちら)。
老「へー、お近くなんですね。
手に入りますか?」
み「入るも何も……。
スーパーの棚に、普通に並んでますがな」
老「『越乃寒梅』がですか?」
み「左様です」
律「東京では、見たことがないわ」
老「酒屋さんが、古くからのお得意先にだけ渡すって感じなんじゃないですか?
酒屋でも、店頭には並べてないでしょ」
み「新潟以外で『越乃寒梅』を飲むときは、注意が必要だね」
律「どんな?」
み「偽物の可能性があるから。
何しろ、『越乃寒梅』の空き瓶や空箱を買っていく業者がいるってんだから」
律「ひどい話ね。
別なお酒を詰めて売ってるの?」
み「でしょうな。
お米のコシヒカリだってそうだよ。
魚沼産のコシヒカリなんて、出荷量より、流通量の方が、ずっと多いんだから」
律「ふーん。
食べた人、わからないものなのかしら?」
み「わたしは、わからない自信があります」
律「情けない人。
お家で、コシヒカリ、食べないの?」
み「お客が来るときは、2キロくらい買ったりするけど……。
自家用には食べませんな。
もっぱら、『あきたこまち』です」
↑なぜか壇蜜。
み「美味しいのに、妙に安いんだよ。
何でだろうね。
わたしだったら、コシヒカリと食べ比べても、味の区別がわからないと思う」
律「情けない舌。
それじゃ、『越乃寒梅』飲んだって、わからないでしょ?」
み「わかりまへんな。
なのでわたしは、紙パックの日本酒しか飲みません」
↑一升瓶は、瓶の始末が面倒ということもあります。
律「安あがりな舌」
老「『越乃寒梅』は、バブルのころは、スゴかったですね。
贈答用にするのに、プレミアムが付いて」
み「当時、蔵元には、現金の束を送りつける輩がたくさんいたそうよ」
律「何それ?」
み「これで売ってくれって話」
律「下品なやり方ね。
売ったの?」
み「売るわけないでしょ。
ていうか、売ろうったって売れませんよ。
大量生産してるお酒じゃないんだから」
律「良心的ね」
み「ていうか、地酒ですから。
地酒ってのは、地元で消費される分だけを作ってきたわけよ。
全国から注文が入るなんてこと、想定してないわけ」
律「工場の規模を拡大するとか、考えなかったのかしら?」
み「それをやったら、味が変わっちゃうんじゃないの?
もし変わらなくても、ブームが去ったら過剰施設を持て余すことになる。
ウケに入ったとき、どういう対応をするか……。
会社の大きな分かれ道だよな」
律「『越乃寒梅』はしなかった」
み「わたしの家から、自転車で行ける場所にあるんだけどね。
外から見ても、蔵元だなんてわからない。
柴垣がぐるっと回っててね。
大きな農家にしか見えないの」
↑看板も出ておらず、ほんとに農家にしか見えません。
み「周りもみんな農家だし。
その農家の人たちが、昔からのお得意さん。
農作業を終えた後、一杯飲むお酒が、『越乃寒梅』だったわけ」
律「なんか、贅沢ね」
み「だから、雑誌『酒』で佐々木久子に紹介されるまでは……」
み「県外で知ってる人なんていなかったわけよ」
律「でも、新潟の料亭とかでは、飲まれてたんでしょ?」
↑新潟の有名料亭のひとつ『鍋茶屋』。もちろん、入ったことありません。
み「うんにゃ。
昔は、芳醇なお酒こそが良いお酒、という評価だったからね。
灘とか伏見から、取り寄せてたんでしょ。
新潟の地酒なんて、恥ずかしくて出せなかったわけ。
なにしろ、味がぜんぜん違うんだから」
老「いわゆる、淡麗というやつですな」
↑淡麗を標榜できる時代になりました。
み「そうそう。
芳醇とは対極ね。
水みたいにサラサラしてる」
↑『酒の陣』の賑わい。パックツアーもあるようです。とても行く気になりません。
律「なんだか、そっちの方が、上品みたいだけど」
み「『越乃寒梅』のお得意さんは、地元のお百姓さん。
お世辞にも、上品とは言えません」
↑亀田郷での田植えの様子。過酷極まりない作業でした。
律「じゃ、どうして、お百姓さんは、サラサラしたお酒を好んだわけ?
何となく、濃厚な味の方が好まれそうだけど」
み「わたしの父の実家は、その辺りの農家なんだよ。
父は次男で、サラリーマン家庭に婿入りしたんだけどね。
わたしも、小さいころは、よくその農家に連れてってもらった。
1度、お盆の墓参りに連れだされて、怖い目にあってから、足が遠ざかったけど」
律「どんな目?」
み「お墓参りは、夜、行くわけよ。
提灯ともして。
お墓までの道のりは、田んぼの畦道。
隣の田んぼの畦道にも、お墓に向かう人が連なって、提灯が揺れてる。
それが、人魂が漂ってるみたいに見えるわけ」
↑岐阜県恵那市の『坂折棚田』で行われる『田の神・灯祭り』。
律「幻想的な、いい景色じゃない」
み「わたしも、今見たら、そう思うかも知れないけど……。
子供にとっては、恐ろしい以外になかった。
何の話だっけ?」
老「もう『田酒』が回りましたかな?
農家の人たちは、なぜ、『越乃寒梅』のような淡麗なお酒を好んだのか、というところからです」
み「そうそう。
父の実家は本家なので、お盆なんかには、分家の人がたくさん集まってくる。
座敷は、お寺のお堂みたいに広いからね」
↑実際の父の実家ではありませんが、広さはこんな感じです。父の実家は、庭に面して板敷きの廊下が廻ってました。
み「で、そういう集まりで……。
わたしにとっては誰だかわからないおじさんが、色々話してくれるわけ。
昔の農作業の様子とかね。
わたしの父の兄は、祖父と一緒に、すべての農作業を差配してたわけ。
お昼には、ご飯を食べに戻ってくるんだけど……。
祖父と父の兄は、水代わりに『越乃寒梅』を煽りながら、午後の段取りを話し合ってたんだって。
で、話が決まると、その場に仰向けになって、ガーッと寝てしまう」
み「一眠りして起きると、また田んぼに出て行く。
で、1日の仕事を終えて帰ってくると……。
ひとっ風呂浴びて、今度は本式に腰を据えて飲み出す。
とにかくね、飲む量が半端じゃないのよ。
あっという間に、一升瓶が開いてしまう」
律「あ、わかった。
だから、安い地酒を飲んだってことね」
み「もちろん、それもあるでしょう。
でも、一番の肝は、その味わいよ」
律「どういうこと?」
み「とにかく、大量に飲むわけだから……。
芳醇なお酒なんかだと、舌が飽きてしまうの。
大量に飲み続けるためには、水のようにサラサラしたお酒じゃなきゃダメなわけ」
↑千葉県の結婚式で行われる『大杯の儀』。新郎新婦の友人代表一人ずつが、大杯のお酒を一気飲みするのだそうです。
老「なるほど。
味わって飲むお酒じゃなかったということですな」
み「そうそう。
だから、新潟の料亭で、そんな酒は出なかったわけ」
↑新潟市内の有名料亭『行形亭(いきなりや)』。創業は元禄時代。
老「なるほど。
わからんもんですな」
み「だしょ。
この『田酒』ってお酒も美味しいね」
老「『越乃寒梅』と比べていかがですか?」
み「さー。
わたしは正直、お酒の味はわからんちんなのです。
母にはバカにされるけど。
でも、その母だって……。
『越乃寒梅』で一番美味しいのは、一番安い白ラベルだって言ってるからね」
↑左から、『別撰(特別本醸造)』、『無垢(純米吟醸酒)』、『白ラベル(普通酒)』。寒梅というと“冷や”というイメージがありますが……。別選の“燗”は、化けるそうです。
み「ま、そんな舌の家系だから、利酒なんて芸当は、とうてい無理ですな」
↑新潟駅にある『利き酒番所 ぽんしゅ館』。今度、列車が遅れたら試してみます。
店「『いかげそ揚』、お待ち」
老「この店一番のお勧めメニューが来ましたよ。
さ、どうぞ」
み「なんじゃこれ?
注文、間違ってるんじゃないの?
これじゃ、おろし蕎麦だよ」
老「ちゃんと『いかげそ揚』だって言われたでしょ」
み「だって、『いかげそ揚』ってのは、お皿に、揚げたイカの脚が載ってるもんでしょ?」
↑こういうイメージですよね。わたしの好物です。
み「これは、丼に入った汁ものじゃん」
律「天かすも浮かんでて、揚げ出しみたいよね」
老「濃い目の汁に、イカゲソを始めとしたさまざまなネタが漬かってるんです。
ま、食べて見てください」
み「熱く無さそうってのは、唯一安心できる。
どれどれ。
……」
老「いかがです?」
み「いけるわ。
こりゃ、ええ。
先生も食べてご覧」
律「それじゃ……。
うーん。
味付けが濃いけど、これはこれでアリだわね。
美味しい」
み「イカゲソとナメコってのが、妙に合うよ」
律「海の幸、山の幸の出会いね」
み「まさかこいつらも、同じ丼に盛られるとは思ってなかっただろうね」
老「ははは。
これを初めて食べた人の反応って、ほんとに楽しいです。
目で見て驚いて、味わって、もう一度びっくり。
ご主人もきっと、それが楽しみなんじゃないですか?
ね?」
店「ふふ」
み「味が濃いから、お酒が進むわ。
日本酒は、『田酒』だけ?」
老「同じ西田酒造店の、『喜久泉(きくいずみ)』もあります」
み「旨い?」
老「この店に、不味いものは置いてありません」
み「それ飲もうか。
3人で2合じゃ、やっぱり足らんわな」
律「料理がこんなに安いんだから、お酒をケチることないわよ」
み「だね。
じゃ、追加ね」
老「今度は、燗にしてみますか?
『喜久泉』は、常温でも、燗でも美味しいですよ」
み「よし。
青森でお酒となれば、やっぱり燗だろうからね」
↑よろしなぁ。
み「家では、10月に燗酒を飲むことは無いから……。
この秋、初めての燗だ」
律「津島さん、もうちょっと、お腹に溜まるものを食べた方がよろしいですわ」
老「そうですか。
それじゃ、『納豆揚』をいただきますかな」
み「また揚げ物か。
でも、納豆をどうやって揚げるんだ?」
老「どんなのが出てくるか、当ててみませんか?」
み「よーし、推理するか。
『いかげそ揚』みたいに、捻ってあるわけね」
↑ほんとに捻ってます。食べてみたい!
老「ますね。
あ、あなた、猫舌でしたよね。
ぬる燗にしますか?」
み「いや。
熱燗にしてちょ。
日本酒だけは、熱いの大丈夫なんです」
↑熱燗専用酒『正宗』緑川酒造(新潟県魚沼市)。映画『居酒屋ゆうれい』に登場し、有名になったそうです。
律「便利な舌」
み「飲んでるうちに、だんだん冷めてくるしね。
ぬる燗じゃ、冷えちゃうでしょ」
老「冷える前に飲めばいいんです」
み「日本酒をそんなピッチで飲んだら、ひっくり返ってしまうわ」
み「熱燗が冷めるくらいがいいのです」
老「わかりました。
ご主人、『喜久泉』を2本。
熱燗で。
あと、『納豆揚』」
店「へい。
『喜久泉』の熱燗、2本、『納豆揚』、1丁」
み「先生は、どう考える?
『納豆揚』」
律「そうね。
ひと粒ずつ揚がった納豆が、濃い目の汁に漬かって出てくる」
↑これは納豆汁ですが。
み「また漬かり系ですか。
納豆は、浮くんじゃないの?」
律「そう?
Mikiちゃんは、どう思うの?」
み「ズバリ、かき揚げでしょう」
↑納豆のかき揚げ。ほんとにありました。レシピはこちら。
み「なるほど。
納豆なら、つなぎ無しでもかき揚げに出来るかもね」
律「案外、甘納豆を揚げてあるとか?
わたし、それだったらパスだわ」
↑『甘納豆とクリームチーズのパリパリ揚げ』。レシピはこちら。
老「それはありませんから、ご安心ください」
み「わかった。
納豆巻きを揚げてあるんだ」
↑わたしが食べられる数少ないお寿司のひとつ。
律「ご飯ごと?」
み「ぜったいイケるって」
律「確かに、崩れないで食べやすいかもね」
み「だしょー。
決まりだにゃー」
律「楽しみね」
み「ところで、あそこに下がってるのって、金魚ねぷたでしょ?」
老「よく、ご存知ですね」
み「五能線の車中で、学習してきたのじゃ」
律「あー、思い出しちゃった。
可哀想なことをしたわ、彼」
↑これを聞く寸前で下りたのでした。奥から覗いてるのは、“食”くんでしょうか?
老「五能線で何かあったんですか?」
み「旅とは、すなわち別れであるということです」
老「いきなり定義しましたね」
み「あの世に行くことを、旅立つと言うであろう。
人は、小さな別れを積み重ね……。
そして最後には、永遠の別れの旅に出るのです」
↑なんと、現世にありました。群馬県のほか、千葉県、宮城県、青森県にもあるそうです。
律「もう酔っ払ったの?」
み「東北の旅は、人を哲学者にしてしまう。
『幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく』」
老「牧水もまた、旅と酒の詩人でしたな」
↑『若山牧水記念文学館(宮崎県日向市)』に建つ牧水像。
み「『足音を忍ばせて行けば台所にわが酒の壜は立ちて待ちおる』」
↑旭酒造(山口県岩国市)の『獺祭(だっさい)』。べらぼうにウマいそうです。
老「ははは。
一人暮らしになってからは、足音を忍ばせる必要もなくなりました」
み「ま、それもまた人生じゃ。
ところで、どうして金魚をねぷたにしたわけ?」
老「津軽では、江戸時代から金魚の飼育が盛んだったんですよ」
↑江戸時代の金魚飼育手引書『金魚そだて草』。今読んでも、納得の内容だそうです。
み「豪商とか?」
老「いえ。
藩の命令で、藩士が飼育してました」
み「何のために?
金魚を食うわけじゃないよね」
↑和菓子です
老「単に、藩主の趣味でしょうな。
最初は、上方から取り寄せてたそうです。
やがて、津軽で飼い繋がれた金魚は、地金魚と呼ばれ……。
それが今の、津軽錦という品種です」
↑金色の品種ではなく、この後、赤くなるそうです。
み「相撲取りみたいな名前だな」
老「実際、そういう体型の金魚です。
金魚ねぷたのモデルですからね。
祭りの時など、商店街の軒先に、ずらっと下げられたものです」
老「でも、この金魚ねぷた、一時期廃れたんです」
み「なんで?」
老「紙で作られてたでしょ。
これが雨に濡れると、いやはや見すぼらしくなるんです。
赤い色も褪せて、まるで身を削がれた後の、鯛のアラみたいでした」
老「それが、軒先にずらーっと並ぶわけですから、見栄えが悪いことはなはだしいわけです」
み「今は、また復活したの?」
老「昭和55年ころでしたかな……。
ビニール製の金魚ねぷたが出たんですよ」
老「それでもう、雨に打たれても、鯛のアラにならずに済むようになったんです」
み「にゃるほど」
店「『喜久泉』、お待ち。
熱いですから、気をつけてください。
あと、『納豆揚』、お待ち」
み「なんじゃこりゃー。
納豆が見えんぞ。
餃子じゃねぇの?」
老「残念ながら、お2人とも不正解でしたな。
納豆を餃子の皮に包んで揚げてあるんです」
み「色々、考えるもんだにゃー。
このまま食べていいの?」
老「辛子醤油に付けてください。
あ、今はまだ、熱いと思いますよ」
み「おー、危ういところであった。
袋物は鬼門なのじゃ。
囓ったとき、熱いのが噴き出すと、悶絶し申す」
老「じゃ、熱燗お先にしますか?
どうぞ」
み「おー、すまんすまん」
老「ですから、それじゃ、おっさんですって」
↑日本の正月は、こうでないとね。
み「盛り切りに注いで」
老「こうですか」
み「おっとっと」
老「どうしても、おっさんをやりたいわけですね」
み「口で迎えに行かねば」
律「ひょっとこみたい」
み「これが、熱燗の醍醐味です。
熱ちっ。
でも、イケる」
律「じゃ、わたしたちで、先にいただきましょう。
ホタテの身が大きいわ」
律「むぐ。
美味しい!」
老「それは良かったです。
ま、これを嫌いだという人は、いないでしょうな。
でも昔は、ホタテの身なんて贅沢品は、入ってなかったものなんです」
律「じゃ、何が入ってたんです?」
老「わたしは、一人で晩酌するときは、昔ながらの方法で作ったりしますよ。
実に簡単です。
ホタテの貝殻に水を張り、鰹節を入れます」
↑で貝!
老「これを火にかけて、味噌を溶き、沸騰したらネギをたっぷり放り込みます。
ネギが煮えたところで、溶き卵を回しかければ出来上がり。
自分で食べるんなら、これで十分ですが……。
見栄えを良くしようと思ったら、卵とネギは、2度に分けて入れるといいです。
2度めは、食べる直前に入れるんです。
卵のフワフワ感と、ネギの彩りが生きて、目にも美味しいです」
↑『六兵衛』さんでは万能ネギですが、このように長ネギを使っても美味しそうです。
み「へー、なるどほど」
老「後は弱火にして煮込みながら、チビチビ飲むわけです。
味噌が貝に焦げ付いてきて、これがまた旨い」
み「具は、ネギだけってこと?」
老「それだけで十分ですよ。
そもそも、ホタテの身とか、季節の食材が入るようになったのは、最近のことなんです。
あ、ホタテを入れるのなら、鰹節は要りません。
ホタテから出汁が出ますからな」
律「Mikiちゃん、そろそろ食べられるわよ」
み「ほんまか?」
律「美味しいから」
み「どれどれ。
お、んまい!
こりゃ、いけるわ」
老「でしょう。
この店の『貝焼き』、JALの機内誌でも紹介されたんですよ」
老「それを見て、食べに来た観光客なんか……。
お代わりする人もいるくらいですからね。
白みそと赤みそを、同量ずつ合わせてあるのが特徴です」
老「ネギは、万能ネギを使ってます」
店「『はたはた唐揚げ』、お待ち」
↑もっとたくさん載ってる画像もありました。季節によって違うのか、あるいは2人前を一皿に盛ったのかも知れません。
み「おー、こいつも美味そうだ。
マヨネーズつけて食べるわけね」
老「そうです。
2切れですから、お2人でどうぞ」
み「悪いのぅ。
これ、400円か」
律「安いわよね」
み「『おんな酒場放浪記』に出てくる店は……」
↑レポーターのひとり、写真家の古賀絵里子さん。
み「構えは庶民的に見えても、やっぱり場所が首都圏だからね。
メニューの値段がけっこうするのよ。
あっという間に、5,000円くらい行っちゃいそうでさ」
老「この店で、1人で5,000円分飲み食いしたら……。
お腹いっぱいで、身動き出来なくなっちゃいますよ」
↑ここまで食うな。
み「だろうね。
んぐ。
これも、美味いわ」
律「香ばしいわね。
津島さんも、何かお取りになってください」
老「そうですな。
それじゃ、ここの名物『いかげそ揚』を頼みますかな」
律「2つくらい、頼みます?」
老「いや、これは量がかなりありますから、3人で分けても十分です。
となりの『ジャガバター』は、どうです?」
み「なんか、青森っぽくないけど」
老「ここでは、イカの塩辛を載せて食べるんです」
↑わたしの好物、桃屋の『いか塩辛』。『六兵衛』さんでは、びん詰は使わないと思いますが。
み「お、それはおもろそうだ」
律「初めてだわ」
老「ご主人、『いかげそ揚』と『ジャガバター』を1つずつ」
店「へい。
『いかげそ揚』、『ジャガバター』、1丁」
老「お2人共、飲みっぷりいいですね」
↑こんなには飲みません。
老「頼もしい。
もう1杯、ビールで行きますか?」
律「青森のお酒も飲んでみたいですわ」
老「そうですか。
それじゃ、ぜひ『田酒(でんしゅ)』を試してみてください」
律「それって、銘柄名なんですか?」
老「そうです。
ここ、青森市にある西田酒造店が造ってるお酒です」
↑風情のある造り酒屋ですね。
老「“田んぼの酒”と書いて、『田酒』です」
律「珍しい銘柄名ですよね」
老「まさに、“田んぼ”で出来たものしか使ってないという意味ですね。
田んぼから作られない醸造用アルコールや醸造用糖類は一切使われてません」
み「純米酒ってことね」
老「そうです。
さっき、階段降りるとき、右側に酒樽が飾ってあったでしょ。
あれが、『田酒』の樽です」
み「あ、看板にあった『たる酒』って、それのこと」
老「そうそう。
ちょっと、高めになりますが」
み「いくら?」
老「1合、600円」
み「ツマミより高いではないか」
老「安く飲もうと思えば、一升瓶のキープも出来ます。
旅の空では、無理な話ですけどね」
み「あなたのボトルは置いてないの?」
老「残念ながら……」
み「ご主人、ほんま?」
店「残念ながら、入れてもらってません」
み「ケチじゃん」
老「この歳になると、いつお迎えが来るかわかりませんからね。
ボトルが飲み屋に残ってたりすると、成仏出来なさそうでしょ」
み「ケチすぎ」
老「1合じゃ、さすがにあっという間です。
2本、頼んでもいいですか?」
み「よかろう」
老「じゃ、冷やでいいですね?
ご主人、『田酒』を2本。
冷やで」
店「へい、『田酒』、2丁。
『ジャガバター』、あがりました」
み「なんと、ほんとに塩辛が付いてるぞ」
老「熱々なところに、載っけてどうぞ」
み「残念ならが……。
わたしは猫舌なのじゃ。
ジャガバターの熱々などを頬張ったら、その場で悶絶してしまう」
律「じゃ、わたしが先にいただくわ。
ジャガバターも塩辛も好物だけど……。
それを一緒に食べたことなんて、一度も無かった。
どんな味がするのかしら?
塩辛を載っけてと……。
はふっ。
はふっ。
美味ひい!」
み「見てるだけで、口の中が熱くなる」
律「これ、イケます。
こんな組み合わせ、誰が考えたのかしら」
み「このイモ、普通のジャガバターと色が違うけど」
老「ここのは、蒸かしイモじゃなくて、揚げてあるんです」
み「なるほど。
それでこんな色なのか」
↑『六兵衛』を訪ねられた六角精児さん。手にされてるのは『田酒』です。『つぶ貝の刺身』を気に入られたとか。記事は、こちら。
律「ちゃんとバター味がするわよ。
ほら、ここんところ冷めたから、食べてごらんなさい」
み「どれどれ」
律「箸で分解しないでちょうだい」
み「中が熱い可能性がある。
どうやら大丈夫そうだな。
ここに、塩辛を載せてと……。
いただきま~す。
はふ、はふ。
おいひい!」
律「でしょ」
み「よし、これいただき。
これならわが家でも出来るぞ。
朝食用に、桃屋の塩辛が常備してあるからな」
律「あら、晩酌用じゃないの?」
み「これが、白いご飯に合うのよ」
律「桃屋のって、すごい塩っぱいじゃない」
↑塩辛いので、こんなには載せません。
み「だから、コスパがいいんです。
ほんの一切れで、ご飯が何口も食べられるからね。
瓶詰めがなかなか減らない」
律「なんか、みみっちいわね」
み「桃屋以外の塩辛も、何回か買ってみたけどさ……。
どれもこれも、味付けが甘いんだよ。
砂糖とか、中には蜂蜜が入ってるのもあったな」
律「それはいただけないわね」
み「結局、桃屋に落ち着いたってわけ」
店「お待たせしました。
『田酒』の冷やです」
店「グラスは、3つで?」
老「3つください」
み「ガラスの徳利が涼しげだのぅ」
老「じゃ、まずは一献」
み「おー、すまんすまん」
老「それじゃ、おっさんですよ」
み「日本酒を飲むときは、誰もがおっさん化するのが世の習いじゃ」
老「そんな習いがあるんですか。
さ、どうぞ」
律「すみません」
老「ほら、この方は、受ける手つきなんかも女性らしいじゃないですか」
↑女性は、両手で受けましょう。
み「猫をかぶってるだけです」
律「かぶってません。
あ、どうぞ」
老「すみません」
み「縁まで入ったところで、『おっとっと』と言ってみ」
老「だから、それじゃ、おっさんですって」
↑盛り切り酒を口で迎えに。これはこれでアリです。
老「じゃ、乾杯しましょうか」
み「青森の夜に乾杯だな」
↑青森の夜。ライトアップされているのは『青森ベイブリッジ(長さ1,219メートル)』。
み「そう言えばさ……。
ここのBGMって、みんなこのたぐい?」
老「そうです。
演歌と、昭和歌謡ばっかりですな」
み「五木ひろしを聞きながら飲むのなんて、何年ぶりだろう」
み「演歌以外もかかるの?」
老「こないだは、『メリー・ジェーン』がかかってましたね」
み「それはそれで強烈ですな。
しかし……。
ここで酔っ払ったら、ほんと昭和に逆もどりした気分になるんじゃないの?」
↑こんな佇まいです。奥の人は、店員さんでしょうか?
老「メニューの値段も、昭和ですしね」
老「常連の中には、そういう錯覚が楽しくて通ってる人もいるかもしれません」
店「それは、津島さんのことじゃないですか?」
老「ははは。
そうかも知れません。
もちろん、料理が美味しいからでもありますよ。
それじゃ、乾杯しましょう」
み「昭和の一夜に」
律「青森の夜に」
↑青森駅近くの『駅前銀座』。引揚者が始めた飲食店街が起源だそうです。
老「一期一会に」
3人「カンパーイ」
老「いかがです?」
律「美味しいわ」
み「うむ。
ヘンな癖がなくて、すぅっと飲めるね」
老「初めて飲んだ日本酒で……。
日本酒の好き嫌いが決まってしまうなんてこともあるんじゃないでしょうか?
たぶん、初めて飲む日本酒が『田酒』なら、誰だって日本酒好きになるはずですよ。
日本酒に慣れない外人さんに飲んでいただくのにも、いいと思います」
↑日本酒ブームだそうです。
み「にゃるほど。
しかし、これ1合で、600円はなぁ」
老「ネットで評判が広がっちゃいましたからね。
地元以外で手に入れようとすると、プレミアムを覚悟しなきゃならないようです」
↑『田酒』前掛け。こちらで買えます!
み「ま、それは仕方ないんでないの。
あくまで、地酒ってのは、その地元で飲むお酒なんだと思うよ。
風土とかに合ってるお酒なんじゃないの」
↑12月末の西田酒造店。午前5時、お店の雪下ろしをする社員さん。この日は、氷点下3度だったそうです。
老「ほー、そんな一家言を聞くとは思いませんでした」
み「バカにするでないぞ。
わたしの地元は、米どころにして酒どころの新潟なのじゃ」
↑3番目は要らないのですが。
老「あ、そうでしたな。
有名なお酒、たくさんありますよね。
『久保田』に……。
『八海山』。
あとは、何と言っても、『越乃寒梅』」
み「わたしの住んでる区内に、『越乃寒梅』の蔵元があり申す」
↑『ぽんしゅ館 新潟駅店』。500円で、5蔵の利酒が出来ます(こちら)。
老「へー、お近くなんですね。
手に入りますか?」
み「入るも何も……。
スーパーの棚に、普通に並んでますがな」
老「『越乃寒梅』がですか?」
み「左様です」
律「東京では、見たことがないわ」
老「酒屋さんが、古くからのお得意先にだけ渡すって感じなんじゃないですか?
酒屋でも、店頭には並べてないでしょ」
み「新潟以外で『越乃寒梅』を飲むときは、注意が必要だね」
律「どんな?」
み「偽物の可能性があるから。
何しろ、『越乃寒梅』の空き瓶や空箱を買っていく業者がいるってんだから」
律「ひどい話ね。
別なお酒を詰めて売ってるの?」
み「でしょうな。
お米のコシヒカリだってそうだよ。
魚沼産のコシヒカリなんて、出荷量より、流通量の方が、ずっと多いんだから」
律「ふーん。
食べた人、わからないものなのかしら?」
み「わたしは、わからない自信があります」
律「情けない人。
お家で、コシヒカリ、食べないの?」
み「お客が来るときは、2キロくらい買ったりするけど……。
自家用には食べませんな。
もっぱら、『あきたこまち』です」
↑なぜか壇蜜。
み「美味しいのに、妙に安いんだよ。
何でだろうね。
わたしだったら、コシヒカリと食べ比べても、味の区別がわからないと思う」
律「情けない舌。
それじゃ、『越乃寒梅』飲んだって、わからないでしょ?」
み「わかりまへんな。
なのでわたしは、紙パックの日本酒しか飲みません」
↑一升瓶は、瓶の始末が面倒ということもあります。
律「安あがりな舌」
老「『越乃寒梅』は、バブルのころは、スゴかったですね。
贈答用にするのに、プレミアムが付いて」
み「当時、蔵元には、現金の束を送りつける輩がたくさんいたそうよ」
律「何それ?」
み「これで売ってくれって話」
律「下品なやり方ね。
売ったの?」
み「売るわけないでしょ。
ていうか、売ろうったって売れませんよ。
大量生産してるお酒じゃないんだから」
律「良心的ね」
み「ていうか、地酒ですから。
地酒ってのは、地元で消費される分だけを作ってきたわけよ。
全国から注文が入るなんてこと、想定してないわけ」
律「工場の規模を拡大するとか、考えなかったのかしら?」
み「それをやったら、味が変わっちゃうんじゃないの?
もし変わらなくても、ブームが去ったら過剰施設を持て余すことになる。
ウケに入ったとき、どういう対応をするか……。
会社の大きな分かれ道だよな」
律「『越乃寒梅』はしなかった」
み「わたしの家から、自転車で行ける場所にあるんだけどね。
外から見ても、蔵元だなんてわからない。
柴垣がぐるっと回っててね。
大きな農家にしか見えないの」
↑看板も出ておらず、ほんとに農家にしか見えません。
み「周りもみんな農家だし。
その農家の人たちが、昔からのお得意さん。
農作業を終えた後、一杯飲むお酒が、『越乃寒梅』だったわけ」
律「なんか、贅沢ね」
み「だから、雑誌『酒』で佐々木久子に紹介されるまでは……」
み「県外で知ってる人なんていなかったわけよ」
律「でも、新潟の料亭とかでは、飲まれてたんでしょ?」
↑新潟の有名料亭のひとつ『鍋茶屋』。もちろん、入ったことありません。
み「うんにゃ。
昔は、芳醇なお酒こそが良いお酒、という評価だったからね。
灘とか伏見から、取り寄せてたんでしょ。
新潟の地酒なんて、恥ずかしくて出せなかったわけ。
なにしろ、味がぜんぜん違うんだから」
老「いわゆる、淡麗というやつですな」
↑淡麗を標榜できる時代になりました。
み「そうそう。
芳醇とは対極ね。
水みたいにサラサラしてる」
↑『酒の陣』の賑わい。パックツアーもあるようです。とても行く気になりません。
律「なんだか、そっちの方が、上品みたいだけど」
み「『越乃寒梅』のお得意さんは、地元のお百姓さん。
お世辞にも、上品とは言えません」
↑亀田郷での田植えの様子。過酷極まりない作業でした。
律「じゃ、どうして、お百姓さんは、サラサラしたお酒を好んだわけ?
何となく、濃厚な味の方が好まれそうだけど」
み「わたしの父の実家は、その辺りの農家なんだよ。
父は次男で、サラリーマン家庭に婿入りしたんだけどね。
わたしも、小さいころは、よくその農家に連れてってもらった。
1度、お盆の墓参りに連れだされて、怖い目にあってから、足が遠ざかったけど」
律「どんな目?」
み「お墓参りは、夜、行くわけよ。
提灯ともして。
お墓までの道のりは、田んぼの畦道。
隣の田んぼの畦道にも、お墓に向かう人が連なって、提灯が揺れてる。
それが、人魂が漂ってるみたいに見えるわけ」
↑岐阜県恵那市の『坂折棚田』で行われる『田の神・灯祭り』。
律「幻想的な、いい景色じゃない」
み「わたしも、今見たら、そう思うかも知れないけど……。
子供にとっては、恐ろしい以外になかった。
何の話だっけ?」
老「もう『田酒』が回りましたかな?
農家の人たちは、なぜ、『越乃寒梅』のような淡麗なお酒を好んだのか、というところからです」
み「そうそう。
父の実家は本家なので、お盆なんかには、分家の人がたくさん集まってくる。
座敷は、お寺のお堂みたいに広いからね」
↑実際の父の実家ではありませんが、広さはこんな感じです。父の実家は、庭に面して板敷きの廊下が廻ってました。
み「で、そういう集まりで……。
わたしにとっては誰だかわからないおじさんが、色々話してくれるわけ。
昔の農作業の様子とかね。
わたしの父の兄は、祖父と一緒に、すべての農作業を差配してたわけ。
お昼には、ご飯を食べに戻ってくるんだけど……。
祖父と父の兄は、水代わりに『越乃寒梅』を煽りながら、午後の段取りを話し合ってたんだって。
で、話が決まると、その場に仰向けになって、ガーッと寝てしまう」
み「一眠りして起きると、また田んぼに出て行く。
で、1日の仕事を終えて帰ってくると……。
ひとっ風呂浴びて、今度は本式に腰を据えて飲み出す。
とにかくね、飲む量が半端じゃないのよ。
あっという間に、一升瓶が開いてしまう」
律「あ、わかった。
だから、安い地酒を飲んだってことね」
み「もちろん、それもあるでしょう。
でも、一番の肝は、その味わいよ」
律「どういうこと?」
み「とにかく、大量に飲むわけだから……。
芳醇なお酒なんかだと、舌が飽きてしまうの。
大量に飲み続けるためには、水のようにサラサラしたお酒じゃなきゃダメなわけ」
↑千葉県の結婚式で行われる『大杯の儀』。新郎新婦の友人代表一人ずつが、大杯のお酒を一気飲みするのだそうです。
老「なるほど。
味わって飲むお酒じゃなかったということですな」
み「そうそう。
だから、新潟の料亭で、そんな酒は出なかったわけ」
↑新潟市内の有名料亭『行形亭(いきなりや)』。創業は元禄時代。
老「なるほど。
わからんもんですな」
み「だしょ。
この『田酒』ってお酒も美味しいね」
老「『越乃寒梅』と比べていかがですか?」
み「さー。
わたしは正直、お酒の味はわからんちんなのです。
母にはバカにされるけど。
でも、その母だって……。
『越乃寒梅』で一番美味しいのは、一番安い白ラベルだって言ってるからね」
↑左から、『別撰(特別本醸造)』、『無垢(純米吟醸酒)』、『白ラベル(普通酒)』。寒梅というと“冷や”というイメージがありますが……。別選の“燗”は、化けるそうです。
み「ま、そんな舌の家系だから、利酒なんて芸当は、とうてい無理ですな」
↑新潟駅にある『利き酒番所 ぽんしゅ館』。今度、列車が遅れたら試してみます。
店「『いかげそ揚』、お待ち」
老「この店一番のお勧めメニューが来ましたよ。
さ、どうぞ」
み「なんじゃこれ?
注文、間違ってるんじゃないの?
これじゃ、おろし蕎麦だよ」
老「ちゃんと『いかげそ揚』だって言われたでしょ」
み「だって、『いかげそ揚』ってのは、お皿に、揚げたイカの脚が載ってるもんでしょ?」
↑こういうイメージですよね。わたしの好物です。
み「これは、丼に入った汁ものじゃん」
律「天かすも浮かんでて、揚げ出しみたいよね」
老「濃い目の汁に、イカゲソを始めとしたさまざまなネタが漬かってるんです。
ま、食べて見てください」
み「熱く無さそうってのは、唯一安心できる。
どれどれ。
……」
老「いかがです?」
み「いけるわ。
こりゃ、ええ。
先生も食べてご覧」
律「それじゃ……。
うーん。
味付けが濃いけど、これはこれでアリだわね。
美味しい」
み「イカゲソとナメコってのが、妙に合うよ」
律「海の幸、山の幸の出会いね」
み「まさかこいつらも、同じ丼に盛られるとは思ってなかっただろうね」
老「ははは。
これを初めて食べた人の反応って、ほんとに楽しいです。
目で見て驚いて、味わって、もう一度びっくり。
ご主人もきっと、それが楽しみなんじゃないですか?
ね?」
店「ふふ」
み「味が濃いから、お酒が進むわ。
日本酒は、『田酒』だけ?」
老「同じ西田酒造店の、『喜久泉(きくいずみ)』もあります」
み「旨い?」
老「この店に、不味いものは置いてありません」
み「それ飲もうか。
3人で2合じゃ、やっぱり足らんわな」
律「料理がこんなに安いんだから、お酒をケチることないわよ」
み「だね。
じゃ、追加ね」
老「今度は、燗にしてみますか?
『喜久泉』は、常温でも、燗でも美味しいですよ」
み「よし。
青森でお酒となれば、やっぱり燗だろうからね」
↑よろしなぁ。
み「家では、10月に燗酒を飲むことは無いから……。
この秋、初めての燗だ」
律「津島さん、もうちょっと、お腹に溜まるものを食べた方がよろしいですわ」
老「そうですか。
それじゃ、『納豆揚』をいただきますかな」
み「また揚げ物か。
でも、納豆をどうやって揚げるんだ?」
老「どんなのが出てくるか、当ててみませんか?」
み「よーし、推理するか。
『いかげそ揚』みたいに、捻ってあるわけね」
↑ほんとに捻ってます。食べてみたい!
老「ますね。
あ、あなた、猫舌でしたよね。
ぬる燗にしますか?」
み「いや。
熱燗にしてちょ。
日本酒だけは、熱いの大丈夫なんです」
↑熱燗専用酒『正宗』緑川酒造(新潟県魚沼市)。映画『居酒屋ゆうれい』に登場し、有名になったそうです。
律「便利な舌」
み「飲んでるうちに、だんだん冷めてくるしね。
ぬる燗じゃ、冷えちゃうでしょ」
老「冷える前に飲めばいいんです」
み「日本酒をそんなピッチで飲んだら、ひっくり返ってしまうわ」
み「熱燗が冷めるくらいがいいのです」
老「わかりました。
ご主人、『喜久泉』を2本。
熱燗で。
あと、『納豆揚』」
店「へい。
『喜久泉』の熱燗、2本、『納豆揚』、1丁」
み「先生は、どう考える?
『納豆揚』」
律「そうね。
ひと粒ずつ揚がった納豆が、濃い目の汁に漬かって出てくる」
↑これは納豆汁ですが。
み「また漬かり系ですか。
納豆は、浮くんじゃないの?」
律「そう?
Mikiちゃんは、どう思うの?」
み「ズバリ、かき揚げでしょう」
↑納豆のかき揚げ。ほんとにありました。レシピはこちら。
み「なるほど。
納豆なら、つなぎ無しでもかき揚げに出来るかもね」
律「案外、甘納豆を揚げてあるとか?
わたし、それだったらパスだわ」
↑『甘納豆とクリームチーズのパリパリ揚げ』。レシピはこちら。
老「それはありませんから、ご安心ください」
み「わかった。
納豆巻きを揚げてあるんだ」
↑わたしが食べられる数少ないお寿司のひとつ。
律「ご飯ごと?」
み「ぜったいイケるって」
律「確かに、崩れないで食べやすいかもね」
み「だしょー。
決まりだにゃー」
律「楽しみね」
み「ところで、あそこに下がってるのって、金魚ねぷたでしょ?」
老「よく、ご存知ですね」
み「五能線の車中で、学習してきたのじゃ」
律「あー、思い出しちゃった。
可哀想なことをしたわ、彼」
↑これを聞く寸前で下りたのでした。奥から覗いてるのは、“食”くんでしょうか?
老「五能線で何かあったんですか?」
み「旅とは、すなわち別れであるということです」
老「いきなり定義しましたね」
み「あの世に行くことを、旅立つと言うであろう。
人は、小さな別れを積み重ね……。
そして最後には、永遠の別れの旅に出るのです」
↑なんと、現世にありました。群馬県のほか、千葉県、宮城県、青森県にもあるそうです。
律「もう酔っ払ったの?」
み「東北の旅は、人を哲学者にしてしまう。
『幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく』」
老「牧水もまた、旅と酒の詩人でしたな」
↑『若山牧水記念文学館(宮崎県日向市)』に建つ牧水像。
み「『足音を忍ばせて行けば台所にわが酒の壜は立ちて待ちおる』」
↑旭酒造(山口県岩国市)の『獺祭(だっさい)』。べらぼうにウマいそうです。
老「ははは。
一人暮らしになってからは、足音を忍ばせる必要もなくなりました」
み「ま、それもまた人生じゃ。
ところで、どうして金魚をねぷたにしたわけ?」
老「津軽では、江戸時代から金魚の飼育が盛んだったんですよ」
↑江戸時代の金魚飼育手引書『金魚そだて草』。今読んでも、納得の内容だそうです。
み「豪商とか?」
老「いえ。
藩の命令で、藩士が飼育してました」
み「何のために?
金魚を食うわけじゃないよね」
↑和菓子です
老「単に、藩主の趣味でしょうな。
最初は、上方から取り寄せてたそうです。
やがて、津軽で飼い繋がれた金魚は、地金魚と呼ばれ……。
それが今の、津軽錦という品種です」
↑金色の品種ではなく、この後、赤くなるそうです。
み「相撲取りみたいな名前だな」
老「実際、そういう体型の金魚です。
金魚ねぷたのモデルですからね。
祭りの時など、商店街の軒先に、ずらっと下げられたものです」
老「でも、この金魚ねぷた、一時期廃れたんです」
み「なんで?」
老「紙で作られてたでしょ。
これが雨に濡れると、いやはや見すぼらしくなるんです。
赤い色も褪せて、まるで身を削がれた後の、鯛のアラみたいでした」
老「それが、軒先にずらーっと並ぶわけですから、見栄えが悪いことはなはだしいわけです」
み「今は、また復活したの?」
老「昭和55年ころでしたかな……。
ビニール製の金魚ねぷたが出たんですよ」
老「それでもう、雨に打たれても、鯛のアラにならずに済むようになったんです」
み「にゃるほど」
店「『喜久泉』、お待ち。
熱いですから、気をつけてください。
あと、『納豆揚』、お待ち」
み「なんじゃこりゃー。
納豆が見えんぞ。
餃子じゃねぇの?」
老「残念ながら、お2人とも不正解でしたな。
納豆を餃子の皮に包んで揚げてあるんです」
み「色々、考えるもんだにゃー。
このまま食べていいの?」
老「辛子醤油に付けてください。
あ、今はまだ、熱いと思いますよ」
み「おー、危ういところであった。
袋物は鬼門なのじゃ。
囓ったとき、熱いのが噴き出すと、悶絶し申す」
老「じゃ、熱燗お先にしますか?
どうぞ」
み「おー、すまんすまん」
老「ですから、それじゃ、おっさんですって」
↑日本の正月は、こうでないとね。
み「盛り切りに注いで」
老「こうですか」
み「おっとっと」
老「どうしても、おっさんをやりたいわけですね」
み「口で迎えに行かねば」
律「ひょっとこみたい」
み「これが、熱燗の醍醐味です。
熱ちっ。
でも、イケる」