2014.11.15(土)
み「あ、そろそろ、いい時間になってきた。
なんとか広場に行ってみよ」
律「ごまかすんだから」
↑中央に聳える樹木は、ドイツトウヒ。冬には、イルミネーションで彩られます。
律「さすがにもう、暗くなると冷えるわね」
み「そうだね。
やっぱり、お風呂入らないで正解だったな」
み「湯冷めするとこだよ。
今夜は、地酒の熱燗かな」
律「ここのお店も、もう開いてるわね」
み「どんなお店があるのかな?」
律「ちょっと探検してみようか」
み「お~。
いい匂い。
ここは、焼肉屋だな」
律「『焼肉ホルモン ガっつ』だって」
み「翌朝のトイレが臭くなりそうだな」
律「そういう話はやめなさい」
み「匂いだけなら、その心配もなしと。
はふはふ、はふ~」
律「鼻の穴、膨らまさないでちょうだい」
み「コンビニで白いご飯だけ買えば、このベンチで匂いだけで食べれるね」
律「落語じゃないんだから」
み「ランチもやってるよ」
律「安いわね。
ワンコインだって」
み「1円か?」
律「そんなわけないでしょ。
500円よ」
み「そう言えば、先生。
日本で、縁にギザギザが付いてる硬貨って、どれだか知ってる?」
律「みんな付いてるんじゃないの?」
み「違います。
基本的に、昔から、一番高額なコインには付いてます」
律「てことは、500円だけ?」
↑500円硬貨だけは、ギザが斜めに入ってます。高度な技術なのだとか。
み「昔ならね。
でも今は、100円と50円にも付いてる」
み「それはなぜでしょう?」
律「知らないわよ」
み「少しは考えなさいな」
律「じゃ、付いてないのは、10円と5円?」
み「そうです」
律「高い方から3つが付いてるってことでしょ。
その硬貨が一番高額だったころの名残りじゃないの?」
み「うんにゃ。
今でも、ちゃんと合理的な意味があるのです。
100円と10円、50円と5円を、区別するためなんです」
律「見りゃわかるじゃないの」
み「見えない人がいるでしょ。
目の不自由な人が、手触りで区別できるようにという配慮なんです」
律「あ、そうか。
500円は、大きいからわかるってわけね。
あ、そう言えば思い出した」
み「何を?」
律「ギザ十」
み「何じゃそりゃ?」
律「縁にギザギザが付いた10円玉があったのよ」
み「ほんとか?
贋金じゃないの?」
律「10円玉の贋金作ってどうするのよ。
割にあわないわ」
み「そりゃそうだ」
ここで、一服。
律子先生の言うとおり、縁にギザギザが刻まれた10円玉は、一時期存在しました。
正確に言うと、“ギザ十”が製造されたのは、1951(昭和26)年~1958(昭和33)年まで。
ただし、1956(昭和31)年だけは、発行がありません。
もともと、コインの縁にギザギザを刻んだ目的は……。
金貨や銀貨の縁を削って、地金を盗む行為を防止するためだったそうです。
↑明治23年発行の一圓銀貨。
10円玉の材質は、銅・95/亜鉛・4/錫・1であり、この地金を削るアホはいません。
なので、10円玉のギザには、装飾の意味しかありません。
さて、それでは、この“ギザ十”のコレクション価値ですが……。
ほぼ、ゼロと云ってもいいそうです。
大量に発行されてるからです。
コインショップに持ち込んでも、相手にされないか、額面通りの10円で交換されるのがオチです。
でも、50年以上前の製造ですので、流通しているのを見かけることは滅多に無いでしょう。
ということで、一部好事家からは、自分に回ってくるといい事があるラッキーアイテムとされ……。
趣味としてコレクションされてる場合もあるそうです。
なお、“ギザ十”は、もともと質量が少し軽いうえ、経年により摩耗して、現在の硬貨との質量差が大きくなっているものもあり……。
自動販売機などで、はじかれてしまうものもあるそうです。
わたしも、仕事で硬貨を扱う機会が多いので……。
今度、気をつけてみたいと思います。
見つけたら、財布の10円と交換しておこうかな。
さて、それでは続きをどうぞ。
み「次の店は……。
ここは、お寿司屋さんだね」
律「『三金寿司』だって」
み「回らない寿司だな。
寿司は、ま、いいや」
律「何でいいのよ?」
み「海鮮もの、苦手だし。
そもそも寿司なんて、生で食べるわけだから……。
どこで食べたって、一緒でしょ」
律「一緒のわけないでしょ。
東京には、目の玉が飛び出そうな値段のお店があるわよ」
↑銀座の高級寿司店。ランチでも5,000円だそうです。夜、食ったら、いくら取られるんじゃ?
み「だって、生魚を包丁で切って出してるだけじゃない」
み「百円寿司と何が違うの?」
律「当然、材料が違うんでしょ。
養殖じゃなくて、天然ものとか」
み「魚ってさ、どうして養殖より、天然ものの方がランクが上なのかね?」
律「だって、美味しいじゃない?
天然ものの方が」
み「お肉は違うでしょ」
律「どう違うっての?」
み「三つ星レストランで出してる牛の肉って……。
野生の牛じゃないじゃない」
↑鹿児島県口之島に生息する野生の牛。和牛の原種だそうです。
律「そんなの当たり前でしょ。
酪農家の人が、特別にこだわって育てた牛じゃないの」
み「何で、野生じゃないのよ?」
律「野生の牛なんて、栄養が悪くて痩せてたり……。
筋張ってたりするんじゃないの。
霜降り牛なんて、特別な育て方するわけでしょ」
み「ビールを飲ませるとか言うわよね」
律「そうそう。
そうやって、味を良くしてるわけよ」
み「つまり……。
天然ものより、養殖ものの方が美味しいってことでしょ」
律「養殖って何よ?」
み「人が育ててるわけでしょ。
養殖じゃないの。
なのにどうして、魚は、養殖より天然の方が珍重されるの?」
律「わたしに聞かないでちょうだい」
み「たらふく食べて、のんびり育った魚のほうが、ぜったい美味しいと思うな」
律「そうかしら。
大洋を泳ぎまわってる魚のほうが、美味しいと思うけど」
み「だから!
さっき先生は、野生の牛は栄養が悪くて筋張ってるとか言ったでしょ」
み「おんなじことじゃないの。
海の生存競争の厳しさは、陸上以上だと思うぞ」
律「知らないわよ。
でも、天然ものより養殖が高かったら、絶対納得出来ないと思う」
み「つまりは、それなんだよ」
律「何よ?」
み「早い話、日本人は“天然もの”という語感に弱いんですよ」
み「“天然もの”と聞いただけで、味覚と臭覚が魔法にかかるの。
それだけ」
律「そうかしら」
み「そうです。
だから、“高い寿司=美味い”なんて等式は成り立たないの。
高いのは、家賃とかの原価が高いだけじゃないの」
律「そうかしら。
一度、医療機器メーカーの人に連れられて、高級寿司店で食べたけど……。
もう、うっとりするくらい美味しかったわ」
み「それって、収賄じゃないすか?」
律「違うわよ!」
み「お金払ったの?」
律「あっち持ちに決まってるでしょ。
向こうは、経費で落とすんだから」
み「見返りになんかしてやったんじゃないの?」
律「するわけないでしょ。
わたしに、医療機器選定の権限なんて無いんだから」
↑CT装置(東芝メディカルシステムズ)。22億円だそうです。
み「そんなら、純粋に先生に対する下心かね?」
律「それは、あえて否定しないけど」
み「背負ってますな」
律「よくありますから」
み「腹立って来た」
律「そうそう。
包丁が違うんじゃない?
寿司職人の包丁って、堺の包丁なんだって」
み「百均じゃないわけね」
律「当たり前でしょ。
百均の包丁なんて、鉄板を切り抜いただけじゃないの。
堺の包丁は、鋼から打ち鍛えるんです」
律「堺の包丁で切ったネタは、細胞が潰れてないの」
律「だから美味しい」
み「ずいぶんと堺の肩を持ちますな」
律「受け売りだけど」
み「やっぱり。
あ、そう言えば、前にテレビでやってたな。
寿司職人のスゴい特技」
律「どんな特技?」
み「手の温度が変わるんだよ」
律「えー。
どんなふうに?」
み「家にいるときは、普通に温かいわけ」
み「でも、家を出て、市場でネタを仕入れるころから、温度が下がり始め……。
店に入ると、さらに下がる。
そして、板場に立つころには、手の温度が16度くらいになってるんだって」
律「なんで温度が下がるの?
冷え性?」
み「アホかーい!
温かい手でネタを触ったら、鮮度が落ちるでしょ。
ネタを触るために、手が冷たくなるの」
律「どうしてそんなことが出来るの?
そういうトレーニングをするわけ?」
み「テレビじゃ、どうやってそうなったかは、やってなかったみたいだけど……。
たぶん、修行時代には……。
ネタに触る前に、手を氷水に漬けるとかするんじゃないの?」
律「冬は辛いわね」
み「辛い修行でしょうね。
で、毎日、氷水に手を漬けてるうちに……。
ネタに触るまでの過程で、自然と手が冷たくなるようになってくるんだよ」
実は、手を氷水に漬けるというのは、当てずっぽうで書いたのですが……。
調べてみたら、どうやら本当のようです。
でも、その目的は、ネタを痛めないためではありませんでした。
シャリが、手にくっつかないようにするためでした。
手が温かいと、シャリがベタベタくっつくのだそうです。
素人がうまく握れないのは、このためだとか。
↑こちら、握り寿司体験教室での子供の手。子供の手は暖かいので、こうなります。
素人さんが寿司を握るときは、手を氷水で冷やしてみましょう。
↑酢を水で薄めた“手酢”をこまめに付けるという方法もあるそうです。薄めない酢では、ネタが変色してしまうのでご注意。
律「条件反射ね」
↑ご存知、パブロフの犬。
み「そうそう。
だから、素人が温かい手で握った寿司と……。
寿司職人が氷のような手で握った寿司とでは、味が全然違ってくるの」
律「ちょっと、待ちなさいよ。
あんた、さっきまで、生魚なんか、誰が握っても同じだとか言ってたじゃないの」
み「そうでしたっけ?」
律「いい加減な女」
み「さ、次の店、行きましょ」
律「誤魔化すんだから。
ここは、ラーメン屋さんね。
『中華そば なり田』だって」
み「おー。
昔ながらの中華そばって感じだね。
でも、こういう店は、うっかりすると醤油味しか無いからな」
↑もちもちの極太麺だそうです。
律「醤油ラーメン、美味しいじゃないの」
み「わたしは、イマイチなのです。
塩味のタンメンが所望です。
なければ、せめて味噌味」
律「もう1軒、ラーメン屋さんがあるわよ」
み「『ラァメン ぼーんず』」
み「豚骨醤油か。
やっぱり醤油味なんだな」
↑シンプルで美味しそうですね。“ぼーんず”はもちろん、“骨”のこと。
律「ここは、居酒屋ね」
み「『旬菜タパス』か」
み「次は……」
律「ここも居酒屋みたいね」
み「『和酒バル おだし』」
み「和酒ってのは、日本酒のことかな?」
律「そうなんじゃない」
み「“バル”ってのはなんじゃい?」
律「知らないわよ」
“バル”の綴りは、“bar”です。
早い話、“バー”のことですね。
イタリア、スペインなどの南ヨーロッパでは、軽食喫茶、酒場のことを指すそうです。
『おだし』は、もちろん“お出汁”のこと。
オデンなど、出汁を使った料理で、日本酒を飲む趣向のようです。
↑値段、不明。
み「ここも飲み屋だな」
律「『南国酒家 てぃだかんかん』」
↑南国と雪。風情ありますね。
み「南国ってのは、酋長のいる南国か?」
↑かなり問題あり。
律「店構えを見た感じ、沖縄じゃないの?」
み「胃が絶好調のときしか、入れない感じだのぅ」
↑飲み始めて1時間後には、何も注文できなくなりそうです。
律「ここは、本格的なバーみたいね」
み「『BAR WANDERER'S 9』。
さすがに、まだ開いてないな」
律「この時間から、バーはないでしょう」
み「さて、次の店で終わりみたいだね」
律「あら、ここは飲み屋じゃないわよ。
『もみ処 和~なごみ~』」
み「マッサージ店か。
風俗じゃないだろうな」
律「市の事業で、風俗店が出せるわけないでしょ」
み「短時間のコースもあるのかな?
あ、15分ってのがある」
↑空き時間とぴったり合えば、絶好のスポットだと思います。
み「待ち合わせまで、あと何分?」
律「残念ながら、もう時間ね」
み「もっと早く来てればよかったね」
律「仕方ないじゃない。
さっきの大きな木があったところでお待ちしましょう」
み「この広場、待ち合わせにも使えるよね」
律「冬は寒いでしょうけど」
↑奥の黄色いビルが、『ハイパーホテルズパサージュ』
み「凍死するわな」
み「そろそろ、30分過ぎてるんじゃないの?」
律「そうね。
道が混んでるのかしら?」
老「お待たせしました!」
み「……」
律「……」
老「どうかなされましたか?」
律「あの……。
これから、何かおありなんですか?」
老「もちろん、安くて美味しい店にご案内しますよ」
み「それじゃ、何で、そんな格好なわけ?」
老「相応しい格好に着替えたわけです」
み「白のタキシードの、どこが相応しいんじゃ!
奇術師か!」
老「よくお分かりですな。
ボランティア仲間に、手品をやる男がいましてな。
デイサービスなんかを巡回して、喜ばれてるんですよ」
老「その男から借りて来ました」
み「ほら、もう子供が集まってきた」
み「何かやると思われてるぞ」
老「それでは、早々に出かけますか」
み「タクシー、つかまえないとな」
老「何、すぐ近くです。
歩いて行きましょう」
み「一緒に歩きたくないから、タクシー乗りたいの!」
律「いいじゃないの。
こんなのも、楽しいわよ」
み「開き直ってますな。
旅の恥は何とやらというやつだな。
どのくらい歩くんだ?」
老「5分もかかりません」
み「雪だったら、もっとかかるとこだったな」
老「雪だったら、こんなタキシードは着てきませんよ」
み「そんなペラペラじゃ、寒くてたまらんわな」
老「いえ。
雪の中で、白では目立ちませんので」
↑新潟県十日町市の雪上結婚式。さすがに男性は、白いタキシードじゃありませんね。
み「そっちかい!
まさか、電車で来たんじゃあるまいな?」
老「さすがに、一人では恥ずかしいので……。
タクシーで来ました」
み「自分で恥ずかしいんなら、そんな格好して来るなよ!」
老「手品師だって、家からステージ衣装で来る人はいないでしょ。
さて、そうこう言ってるうちに、もう着きますぞ。
そこの信号を渡ればすぐです」
み「どこじゃい」
老「ここですよ。
ほら、看板がでかでかと出てます」
み「『六兵衛』。
“たる酒と貝焼”か」
み「『おんな酒場放浪記』に出てきそうな店だな」
老「あれは面白いですね。
ぜひ、青森まで足を伸ばしていただきたいものです。
ほら、モデルの人が出てるでしょ。
わたし、ファンなんです」
↑倉本康子さん。飲みっぷり、いいです(ほとんどオッサン)。
み「どんなに長い脚でも、青森までは伸びんだろ。
ここは、地下なわけね」
老「そうです」
↑表の縄のれんを潜ると、地下への階段になります。転げ落ちないよう、ご注意!
み「何も、青森で地下に店を作らなくても良さそうなものだが。
地上にたくさん、空き地があるだろ」
老「青森駅前は、そうでもないんですよ」
み「しかし……。
旅人が、一人でフラッと入れそうな雰囲気ではないな」
老「だからいいんじゃないですか。
フリの観光客相手の店じゃないんですよ」
み「とても、タキシードで入る店とも思えんが」
老「それは、言えてます。
この格好は、飛び切り浮くでしょうな」
み「わかってて、着てきたのか!
先生、こんなとこでいい?」
律「いいわよ。
こういうお店、大好き」
み「さよか。
ま、確かに、値段は高く無さそうだわな」
老「さ、入りましょう」
↑地震のないことを、心から祈ります。
老「こんばんわ」
店「いらっしゃい!」
老「予約の津島です」
店「お待ちしてました。
3名さまね。
カウンターにどうぞ」
み「予約してたの?」
老「もうこの時間で、びっしりでしょ。
予約しなければ、3人並んでは座れませんよ」
み「小上がりも一杯だね」
↑なぜか、お客のいる画像が無いのです。でもほんとに、17時半には満席になるのだとか。
老「4人座れる座卓が、3つしかありませんからね。
料理の注文をするには、カウンターが一番です。
座敷には、メニューも置いてないですから」
み「カウンターにも無いぞ」
老「メニューは、壁に貼ってあるだけです」
み「なるほど。
考えてみたら、チェーン店じゃない居酒屋って、久しぶりかも。
東京時代以来かな」
老「東京に住んでられたんですか?」
み「いかにも、洗練されとるじゃろ」
老「……」
み「黙るな!」
老「何、飲みますか?」
み「居酒屋に入ったら、まずはビールでしょ」
老「とりあえず、というやつですな。
じゃ、ビールで喉を湿しましょうか。
しばらくしたら、日本酒もどうです?」
み「うむ、良かろう」
老「じゃ、生でいいですね。
生、3つね」
店「へい。
生、3丁。
津島さん、今日はえらくめかしこんで……。
結婚式の帰りですか?」
老「招待客が、白のタキシードなんか着るわけないでしょうが」
店「てことはまさか……。
ご自分の?」
老「アホ言わんでください。
結婚式の後、タキシードで居酒屋に来る花婿がいますか」
店「あなたなら、来かねない」
老「わはは。
それもそうですな。
今日はわたし、このお2人の客なんですよ」
店「それで、めかしこんだと。
さっぱりわかりませんな」
老「ま、人生は楽しいということです」
店「それは、素晴らしい」
↑『What a wonderful world』。うら若きころ、西新宿の高層ビル街を、ウォークマン(古!)でこの曲を聞きながら帰るとき……。ほんとに人生って素晴らしいと思ったものです。
み「ちょっと、あなたさ」
老「はい」
み「津島さんって云うの?
まさか、太宰の関係者?」
老「ボランティアの芸名です」
み「なんじゃそりゃ!」
老「そうだ。
名刺を差しあげてませんでしたな」
み「けっこうです」
老「そう言わずに。
あれ?
あちゃー。
着替えたとき、名刺入れ忘れてきた」
み「重畳」
店「へい、生3つ、お待ち」
律「じゃ、乾杯しましょうか」
老「はい。
両手に花で、こんな時間が過ごせるんですから……。
人生、捨てたもんじゃありませんな」
み「カンパーイ」
律「カンパーイ」
老「お2人の楽しいご旅行と、健康に」
み「美貌にも」
3人「カンパーイ」
み「うまい!」
律「1杯めのビールって、どうしてこんなに美味しいのかしらね」
老「ボランティア仲間には、旨いビールを飲むために、昼間、水分を取らないヤツもいますよ」
律「それは、健康によくありませんわ。
水分を取らないと、血液がドロドロになって……」
律「血栓が出来ることもあります」
老「わたしもそう言っているんですがね。
頑固者で、ダメなんです。
命がけで飲むから旨いんだなんて開き直ってますよ。
まったくツマミも食べずに、大ジョッキを空にするんだから」
↑やっぱり、1杯目は大ジョッキですよね。
律「それも、胃によくありませんわ。
アルコールが急激に吸収されて、血中濃度が急上昇します」
老「安あがりに酔えるとうそぶいてますよ」
み「よーし。
われわれは、血中濃度を上げないために、大いに食べるとしましょう。
しかし、みんな安いね」
老「どれも、500円までですな」
み「ほー、それでこんなに流行ってるのか」
老「そういうことです」
み「おススメは?」
老「表看板にも書いてありましたでしょ。
まずは、『貝焼みそ』です」
↑小上がりの衝立の裏にも、品書きがありました。
み「よーし。
じゃ、それ3つか」
老「ここは、量も多いですからね。
2つにして、3人で分けましょう。
いろんなものを食べて頂きたいですから」
み「おー。
複数人での楽しみ方を、わかっておるではないか。
じゃ、注文してちょ」
老「ご主人、『貝焼みそ』を2つ」
店「へい。
『貝焼き』2丁」
み「あとは?」
老「あんまり注文すると、カウンターが一杯になっちゃいます。
でも、もう1品くらい取りましょうか」
み「まかせる」
老「それじゃ、『はたはた唐揚』なんてどうです?
ビールに、ぴったりですよ」
み「おー、魚のから揚げは好物じゃ」
老「ご主人、『はたはた唐揚』を1つ」
店「へい。
『はたはた唐揚』、1丁」
み「じゃ、そいつが来るまで、お通しを食べよう。
これも貝だよね」
老「『つぶ貝の煮つけ』です」
み「うむ、こりゃ珍味ですの。
楊枝でくるっと身を取り出すのが、また一興じゃ」
律「甘辛くて、東北の味って感じよね」
老「日本酒には最高です」
み「『貝焼き』ってのは、焼いた貝なわけ?」
老「いえ。
そうじゃありません。
青森に昔からある料理法です。
貝は、ホタテの貝殻のことです」
老「こいつを鍋代わりにして、いろんなものを焼いたり煮たりするんですね。
それで、『貝焼き』です。
これが詰まって、地元では『かやき』と呼ばれてます。
昔は、青森駅前の市場で、ホタテの貝殻だけを売ってる店があったほどです」
↑札幌中央卸売市場の画像。350個入りということは、10,500円ですよね。旅館とかが買うんでしょうか?
老「観光客がそれを見て、何に使うのか不思議がってましたよ」
み「じゃ、ホタテの貝殻で作る料理は、みんな『貝焼き』なわけ?」
老「基本的にはそうです。
でも、今『貝焼き』と言えば……。
味噌味で、卵を溶きかけた『貝焼きみそ』が一般的です。
ここ津軽では、『貝焼きみそ』ですが……。
下北の方では、『みそ貝焼き』と呼ばれてます」
老「卵が貴重だった昔は、産後や病後に栄養をつける特別料理でした」
み「でも、貝に載せた料理なんて、一口だろ」
老「それは、青森のホタテの大きさを知らない人が言う言葉です」
↑懐かしの『ホタテマン』。『ホタテのロックンロール(作詞:内田裕也/作曲:加瀬邦彦/アレンジ:小室哲哉』)は、32万枚を販売。その宣伝効果から、北海道のホタテ漁業組合から表彰されたそうです。『ホタテマン』を演じた安岡力也さん(祖父と父がシチリアンマフィア)も、2012年死去されました。
老「10年ものの貝殻を使いますからね」
店「『貝焼きみそ』、お待ち」
老「さぁ、来ましたぞ」
律「あら、ほんとに大きいわね」
み「確かに、これなら鍋代わりになるわ」
老「卵が半熟に、ふんわりと仕上がってるでしょ。
これが、なかなか難しいんです」
み「腕の見せ所だな」
律「オムレツも難しいのよね」
み「作ったことあります?」
律「作ってるとこを、見たことならあります」
み「やっぱり。
でも、卵でとじられてる料理って、ほんと美味しそうだよね」
律「親子丼とか?」
み「そう。
そしてもちろん、カツ丼」
み「新潟なんて、卵で閉じてないカツ丼が名物なんだよ」
律「あら、そんなカツ丼があるの?」
み「タレカツ丼って言ってね。
甘辛のタレに漬けられたカツが、そのままご飯に載ってるだけ」
律「でも、名物なら、美味しいんじゃない?」
み「ま、確かに味はいいんだろうけどね。
でも、卵で閉じないなら、なんで丼で出てくるのって話よ。
お皿に、千切りキャベツと一緒に載せて、『タレカツ定食』にすればいいでしょ」
↑『かつ力(新潟市中央区米山)』さんの“とんかつ定食”。カツは、タレカツではないようですが、揚げずに、焼いてあるそうです。
み「あんなの、キャベツと一緒に食べなきゃ、ぜったい胸焼けするって。
あなた方も、新潟でカツ丼を注文するときは……。
卵で閉じたものかどうか、確認した方がいいよ」
老「わたしのこれからの人生で……。
新潟でカツ丼を食べるというシーンが、巡ってきますかな」
↑新潟で捕まる、という手も……。
み「なに、遠い目してるのよ」
み「さ、今は、この瞬間を楽しみましょう。
いただきま~す。
熱ちっ。
あちちあち」
↑郷ひろみ『GOLDFINGER '99』
律「懐かしいわね、その歌」
み「はふ、はふ。
歌ってるわけじゃないわい!
わたしは猫舌なの!」
なんとか広場に行ってみよ」
律「ごまかすんだから」
↑中央に聳える樹木は、ドイツトウヒ。冬には、イルミネーションで彩られます。
律「さすがにもう、暗くなると冷えるわね」
み「そうだね。
やっぱり、お風呂入らないで正解だったな」
み「湯冷めするとこだよ。
今夜は、地酒の熱燗かな」
律「ここのお店も、もう開いてるわね」
み「どんなお店があるのかな?」
律「ちょっと探検してみようか」
み「お~。
いい匂い。
ここは、焼肉屋だな」
律「『焼肉ホルモン ガっつ』だって」
み「翌朝のトイレが臭くなりそうだな」
律「そういう話はやめなさい」
み「匂いだけなら、その心配もなしと。
はふはふ、はふ~」
律「鼻の穴、膨らまさないでちょうだい」
み「コンビニで白いご飯だけ買えば、このベンチで匂いだけで食べれるね」
律「落語じゃないんだから」
み「ランチもやってるよ」
律「安いわね。
ワンコインだって」
み「1円か?」
律「そんなわけないでしょ。
500円よ」
み「そう言えば、先生。
日本で、縁にギザギザが付いてる硬貨って、どれだか知ってる?」
律「みんな付いてるんじゃないの?」
み「違います。
基本的に、昔から、一番高額なコインには付いてます」
律「てことは、500円だけ?」
↑500円硬貨だけは、ギザが斜めに入ってます。高度な技術なのだとか。
み「昔ならね。
でも今は、100円と50円にも付いてる」
み「それはなぜでしょう?」
律「知らないわよ」
み「少しは考えなさいな」
律「じゃ、付いてないのは、10円と5円?」
み「そうです」
律「高い方から3つが付いてるってことでしょ。
その硬貨が一番高額だったころの名残りじゃないの?」
み「うんにゃ。
今でも、ちゃんと合理的な意味があるのです。
100円と10円、50円と5円を、区別するためなんです」
律「見りゃわかるじゃないの」
み「見えない人がいるでしょ。
目の不自由な人が、手触りで区別できるようにという配慮なんです」
律「あ、そうか。
500円は、大きいからわかるってわけね。
あ、そう言えば思い出した」
み「何を?」
律「ギザ十」
み「何じゃそりゃ?」
律「縁にギザギザが付いた10円玉があったのよ」
み「ほんとか?
贋金じゃないの?」
律「10円玉の贋金作ってどうするのよ。
割にあわないわ」
み「そりゃそうだ」
ここで、一服。
律子先生の言うとおり、縁にギザギザが刻まれた10円玉は、一時期存在しました。
正確に言うと、“ギザ十”が製造されたのは、1951(昭和26)年~1958(昭和33)年まで。
ただし、1956(昭和31)年だけは、発行がありません。
もともと、コインの縁にギザギザを刻んだ目的は……。
金貨や銀貨の縁を削って、地金を盗む行為を防止するためだったそうです。
↑明治23年発行の一圓銀貨。
10円玉の材質は、銅・95/亜鉛・4/錫・1であり、この地金を削るアホはいません。
なので、10円玉のギザには、装飾の意味しかありません。
さて、それでは、この“ギザ十”のコレクション価値ですが……。
ほぼ、ゼロと云ってもいいそうです。
大量に発行されてるからです。
コインショップに持ち込んでも、相手にされないか、額面通りの10円で交換されるのがオチです。
でも、50年以上前の製造ですので、流通しているのを見かけることは滅多に無いでしょう。
ということで、一部好事家からは、自分に回ってくるといい事があるラッキーアイテムとされ……。
趣味としてコレクションされてる場合もあるそうです。
なお、“ギザ十”は、もともと質量が少し軽いうえ、経年により摩耗して、現在の硬貨との質量差が大きくなっているものもあり……。
自動販売機などで、はじかれてしまうものもあるそうです。
わたしも、仕事で硬貨を扱う機会が多いので……。
今度、気をつけてみたいと思います。
見つけたら、財布の10円と交換しておこうかな。
さて、それでは続きをどうぞ。
み「次の店は……。
ここは、お寿司屋さんだね」
律「『三金寿司』だって」
み「回らない寿司だな。
寿司は、ま、いいや」
律「何でいいのよ?」
み「海鮮もの、苦手だし。
そもそも寿司なんて、生で食べるわけだから……。
どこで食べたって、一緒でしょ」
律「一緒のわけないでしょ。
東京には、目の玉が飛び出そうな値段のお店があるわよ」
↑銀座の高級寿司店。ランチでも5,000円だそうです。夜、食ったら、いくら取られるんじゃ?
み「だって、生魚を包丁で切って出してるだけじゃない」
み「百円寿司と何が違うの?」
律「当然、材料が違うんでしょ。
養殖じゃなくて、天然ものとか」
み「魚ってさ、どうして養殖より、天然ものの方がランクが上なのかね?」
律「だって、美味しいじゃない?
天然ものの方が」
み「お肉は違うでしょ」
律「どう違うっての?」
み「三つ星レストランで出してる牛の肉って……。
野生の牛じゃないじゃない」
↑鹿児島県口之島に生息する野生の牛。和牛の原種だそうです。
律「そんなの当たり前でしょ。
酪農家の人が、特別にこだわって育てた牛じゃないの」
み「何で、野生じゃないのよ?」
律「野生の牛なんて、栄養が悪くて痩せてたり……。
筋張ってたりするんじゃないの。
霜降り牛なんて、特別な育て方するわけでしょ」
み「ビールを飲ませるとか言うわよね」
律「そうそう。
そうやって、味を良くしてるわけよ」
み「つまり……。
天然ものより、養殖ものの方が美味しいってことでしょ」
律「養殖って何よ?」
み「人が育ててるわけでしょ。
養殖じゃないの。
なのにどうして、魚は、養殖より天然の方が珍重されるの?」
律「わたしに聞かないでちょうだい」
み「たらふく食べて、のんびり育った魚のほうが、ぜったい美味しいと思うな」
律「そうかしら。
大洋を泳ぎまわってる魚のほうが、美味しいと思うけど」
み「だから!
さっき先生は、野生の牛は栄養が悪くて筋張ってるとか言ったでしょ」
み「おんなじことじゃないの。
海の生存競争の厳しさは、陸上以上だと思うぞ」
律「知らないわよ。
でも、天然ものより養殖が高かったら、絶対納得出来ないと思う」
み「つまりは、それなんだよ」
律「何よ?」
み「早い話、日本人は“天然もの”という語感に弱いんですよ」
み「“天然もの”と聞いただけで、味覚と臭覚が魔法にかかるの。
それだけ」
律「そうかしら」
み「そうです。
だから、“高い寿司=美味い”なんて等式は成り立たないの。
高いのは、家賃とかの原価が高いだけじゃないの」
律「そうかしら。
一度、医療機器メーカーの人に連れられて、高級寿司店で食べたけど……。
もう、うっとりするくらい美味しかったわ」
み「それって、収賄じゃないすか?」
律「違うわよ!」
み「お金払ったの?」
律「あっち持ちに決まってるでしょ。
向こうは、経費で落とすんだから」
み「見返りになんかしてやったんじゃないの?」
律「するわけないでしょ。
わたしに、医療機器選定の権限なんて無いんだから」
↑CT装置(東芝メディカルシステムズ)。22億円だそうです。
み「そんなら、純粋に先生に対する下心かね?」
律「それは、あえて否定しないけど」
み「背負ってますな」
律「よくありますから」
み「腹立って来た」
律「そうそう。
包丁が違うんじゃない?
寿司職人の包丁って、堺の包丁なんだって」
み「百均じゃないわけね」
律「当たり前でしょ。
百均の包丁なんて、鉄板を切り抜いただけじゃないの。
堺の包丁は、鋼から打ち鍛えるんです」
律「堺の包丁で切ったネタは、細胞が潰れてないの」
律「だから美味しい」
み「ずいぶんと堺の肩を持ちますな」
律「受け売りだけど」
み「やっぱり。
あ、そう言えば、前にテレビでやってたな。
寿司職人のスゴい特技」
律「どんな特技?」
み「手の温度が変わるんだよ」
律「えー。
どんなふうに?」
み「家にいるときは、普通に温かいわけ」
み「でも、家を出て、市場でネタを仕入れるころから、温度が下がり始め……。
店に入ると、さらに下がる。
そして、板場に立つころには、手の温度が16度くらいになってるんだって」
律「なんで温度が下がるの?
冷え性?」
み「アホかーい!
温かい手でネタを触ったら、鮮度が落ちるでしょ。
ネタを触るために、手が冷たくなるの」
律「どうしてそんなことが出来るの?
そういうトレーニングをするわけ?」
み「テレビじゃ、どうやってそうなったかは、やってなかったみたいだけど……。
たぶん、修行時代には……。
ネタに触る前に、手を氷水に漬けるとかするんじゃないの?」
律「冬は辛いわね」
み「辛い修行でしょうね。
で、毎日、氷水に手を漬けてるうちに……。
ネタに触るまでの過程で、自然と手が冷たくなるようになってくるんだよ」
実は、手を氷水に漬けるというのは、当てずっぽうで書いたのですが……。
調べてみたら、どうやら本当のようです。
でも、その目的は、ネタを痛めないためではありませんでした。
シャリが、手にくっつかないようにするためでした。
手が温かいと、シャリがベタベタくっつくのだそうです。
素人がうまく握れないのは、このためだとか。
↑こちら、握り寿司体験教室での子供の手。子供の手は暖かいので、こうなります。
素人さんが寿司を握るときは、手を氷水で冷やしてみましょう。
↑酢を水で薄めた“手酢”をこまめに付けるという方法もあるそうです。薄めない酢では、ネタが変色してしまうのでご注意。
律「条件反射ね」
↑ご存知、パブロフの犬。
み「そうそう。
だから、素人が温かい手で握った寿司と……。
寿司職人が氷のような手で握った寿司とでは、味が全然違ってくるの」
律「ちょっと、待ちなさいよ。
あんた、さっきまで、生魚なんか、誰が握っても同じだとか言ってたじゃないの」
み「そうでしたっけ?」
律「いい加減な女」
み「さ、次の店、行きましょ」
律「誤魔化すんだから。
ここは、ラーメン屋さんね。
『中華そば なり田』だって」
み「おー。
昔ながらの中華そばって感じだね。
でも、こういう店は、うっかりすると醤油味しか無いからな」
↑もちもちの極太麺だそうです。
律「醤油ラーメン、美味しいじゃないの」
み「わたしは、イマイチなのです。
塩味のタンメンが所望です。
なければ、せめて味噌味」
律「もう1軒、ラーメン屋さんがあるわよ」
み「『ラァメン ぼーんず』」
み「豚骨醤油か。
やっぱり醤油味なんだな」
↑シンプルで美味しそうですね。“ぼーんず”はもちろん、“骨”のこと。
律「ここは、居酒屋ね」
み「『旬菜タパス』か」
み「次は……」
律「ここも居酒屋みたいね」
み「『和酒バル おだし』」
み「和酒ってのは、日本酒のことかな?」
律「そうなんじゃない」
み「“バル”ってのはなんじゃい?」
律「知らないわよ」
“バル”の綴りは、“bar”です。
早い話、“バー”のことですね。
イタリア、スペインなどの南ヨーロッパでは、軽食喫茶、酒場のことを指すそうです。
『おだし』は、もちろん“お出汁”のこと。
オデンなど、出汁を使った料理で、日本酒を飲む趣向のようです。
↑値段、不明。
み「ここも飲み屋だな」
律「『南国酒家 てぃだかんかん』」
↑南国と雪。風情ありますね。
み「南国ってのは、酋長のいる南国か?」
↑かなり問題あり。
律「店構えを見た感じ、沖縄じゃないの?」
み「胃が絶好調のときしか、入れない感じだのぅ」
↑飲み始めて1時間後には、何も注文できなくなりそうです。
律「ここは、本格的なバーみたいね」
み「『BAR WANDERER'S 9』。
さすがに、まだ開いてないな」
律「この時間から、バーはないでしょう」
み「さて、次の店で終わりみたいだね」
律「あら、ここは飲み屋じゃないわよ。
『もみ処 和~なごみ~』」
み「マッサージ店か。
風俗じゃないだろうな」
律「市の事業で、風俗店が出せるわけないでしょ」
み「短時間のコースもあるのかな?
あ、15分ってのがある」
↑空き時間とぴったり合えば、絶好のスポットだと思います。
み「待ち合わせまで、あと何分?」
律「残念ながら、もう時間ね」
み「もっと早く来てればよかったね」
律「仕方ないじゃない。
さっきの大きな木があったところでお待ちしましょう」
み「この広場、待ち合わせにも使えるよね」
律「冬は寒いでしょうけど」
↑奥の黄色いビルが、『ハイパーホテルズパサージュ』
み「凍死するわな」
み「そろそろ、30分過ぎてるんじゃないの?」
律「そうね。
道が混んでるのかしら?」
老「お待たせしました!」
み「……」
律「……」
老「どうかなされましたか?」
律「あの……。
これから、何かおありなんですか?」
老「もちろん、安くて美味しい店にご案内しますよ」
み「それじゃ、何で、そんな格好なわけ?」
老「相応しい格好に着替えたわけです」
み「白のタキシードの、どこが相応しいんじゃ!
奇術師か!」
老「よくお分かりですな。
ボランティア仲間に、手品をやる男がいましてな。
デイサービスなんかを巡回して、喜ばれてるんですよ」
老「その男から借りて来ました」
み「ほら、もう子供が集まってきた」
み「何かやると思われてるぞ」
老「それでは、早々に出かけますか」
み「タクシー、つかまえないとな」
老「何、すぐ近くです。
歩いて行きましょう」
み「一緒に歩きたくないから、タクシー乗りたいの!」
律「いいじゃないの。
こんなのも、楽しいわよ」
み「開き直ってますな。
旅の恥は何とやらというやつだな。
どのくらい歩くんだ?」
老「5分もかかりません」
み「雪だったら、もっとかかるとこだったな」
老「雪だったら、こんなタキシードは着てきませんよ」
み「そんなペラペラじゃ、寒くてたまらんわな」
老「いえ。
雪の中で、白では目立ちませんので」
↑新潟県十日町市の雪上結婚式。さすがに男性は、白いタキシードじゃありませんね。
み「そっちかい!
まさか、電車で来たんじゃあるまいな?」
老「さすがに、一人では恥ずかしいので……。
タクシーで来ました」
み「自分で恥ずかしいんなら、そんな格好して来るなよ!」
老「手品師だって、家からステージ衣装で来る人はいないでしょ。
さて、そうこう言ってるうちに、もう着きますぞ。
そこの信号を渡ればすぐです」
み「どこじゃい」
老「ここですよ。
ほら、看板がでかでかと出てます」
み「『六兵衛』。
“たる酒と貝焼”か」
み「『おんな酒場放浪記』に出てきそうな店だな」
老「あれは面白いですね。
ぜひ、青森まで足を伸ばしていただきたいものです。
ほら、モデルの人が出てるでしょ。
わたし、ファンなんです」
↑倉本康子さん。飲みっぷり、いいです(ほとんどオッサン)。
み「どんなに長い脚でも、青森までは伸びんだろ。
ここは、地下なわけね」
老「そうです」
↑表の縄のれんを潜ると、地下への階段になります。転げ落ちないよう、ご注意!
み「何も、青森で地下に店を作らなくても良さそうなものだが。
地上にたくさん、空き地があるだろ」
老「青森駅前は、そうでもないんですよ」
み「しかし……。
旅人が、一人でフラッと入れそうな雰囲気ではないな」
老「だからいいんじゃないですか。
フリの観光客相手の店じゃないんですよ」
み「とても、タキシードで入る店とも思えんが」
老「それは、言えてます。
この格好は、飛び切り浮くでしょうな」
み「わかってて、着てきたのか!
先生、こんなとこでいい?」
律「いいわよ。
こういうお店、大好き」
み「さよか。
ま、確かに、値段は高く無さそうだわな」
老「さ、入りましょう」
↑地震のないことを、心から祈ります。
老「こんばんわ」
店「いらっしゃい!」
老「予約の津島です」
店「お待ちしてました。
3名さまね。
カウンターにどうぞ」
み「予約してたの?」
老「もうこの時間で、びっしりでしょ。
予約しなければ、3人並んでは座れませんよ」
み「小上がりも一杯だね」
↑なぜか、お客のいる画像が無いのです。でもほんとに、17時半には満席になるのだとか。
老「4人座れる座卓が、3つしかありませんからね。
料理の注文をするには、カウンターが一番です。
座敷には、メニューも置いてないですから」
み「カウンターにも無いぞ」
老「メニューは、壁に貼ってあるだけです」
み「なるほど。
考えてみたら、チェーン店じゃない居酒屋って、久しぶりかも。
東京時代以来かな」
老「東京に住んでられたんですか?」
み「いかにも、洗練されとるじゃろ」
老「……」
み「黙るな!」
老「何、飲みますか?」
み「居酒屋に入ったら、まずはビールでしょ」
老「とりあえず、というやつですな。
じゃ、ビールで喉を湿しましょうか。
しばらくしたら、日本酒もどうです?」
み「うむ、良かろう」
老「じゃ、生でいいですね。
生、3つね」
店「へい。
生、3丁。
津島さん、今日はえらくめかしこんで……。
結婚式の帰りですか?」
老「招待客が、白のタキシードなんか着るわけないでしょうが」
店「てことはまさか……。
ご自分の?」
老「アホ言わんでください。
結婚式の後、タキシードで居酒屋に来る花婿がいますか」
店「あなたなら、来かねない」
老「わはは。
それもそうですな。
今日はわたし、このお2人の客なんですよ」
店「それで、めかしこんだと。
さっぱりわかりませんな」
老「ま、人生は楽しいということです」
店「それは、素晴らしい」
↑『What a wonderful world』。うら若きころ、西新宿の高層ビル街を、ウォークマン(古!)でこの曲を聞きながら帰るとき……。ほんとに人生って素晴らしいと思ったものです。
み「ちょっと、あなたさ」
老「はい」
み「津島さんって云うの?
まさか、太宰の関係者?」
老「ボランティアの芸名です」
み「なんじゃそりゃ!」
老「そうだ。
名刺を差しあげてませんでしたな」
み「けっこうです」
老「そう言わずに。
あれ?
あちゃー。
着替えたとき、名刺入れ忘れてきた」
み「重畳」
店「へい、生3つ、お待ち」
律「じゃ、乾杯しましょうか」
老「はい。
両手に花で、こんな時間が過ごせるんですから……。
人生、捨てたもんじゃありませんな」
み「カンパーイ」
律「カンパーイ」
老「お2人の楽しいご旅行と、健康に」
み「美貌にも」
3人「カンパーイ」
み「うまい!」
律「1杯めのビールって、どうしてこんなに美味しいのかしらね」
老「ボランティア仲間には、旨いビールを飲むために、昼間、水分を取らないヤツもいますよ」
律「それは、健康によくありませんわ。
水分を取らないと、血液がドロドロになって……」
律「血栓が出来ることもあります」
老「わたしもそう言っているんですがね。
頑固者で、ダメなんです。
命がけで飲むから旨いんだなんて開き直ってますよ。
まったくツマミも食べずに、大ジョッキを空にするんだから」
↑やっぱり、1杯目は大ジョッキですよね。
律「それも、胃によくありませんわ。
アルコールが急激に吸収されて、血中濃度が急上昇します」
老「安あがりに酔えるとうそぶいてますよ」
み「よーし。
われわれは、血中濃度を上げないために、大いに食べるとしましょう。
しかし、みんな安いね」
老「どれも、500円までですな」
み「ほー、それでこんなに流行ってるのか」
老「そういうことです」
み「おススメは?」
老「表看板にも書いてありましたでしょ。
まずは、『貝焼みそ』です」
↑小上がりの衝立の裏にも、品書きがありました。
み「よーし。
じゃ、それ3つか」
老「ここは、量も多いですからね。
2つにして、3人で分けましょう。
いろんなものを食べて頂きたいですから」
み「おー。
複数人での楽しみ方を、わかっておるではないか。
じゃ、注文してちょ」
老「ご主人、『貝焼みそ』を2つ」
店「へい。
『貝焼き』2丁」
み「あとは?」
老「あんまり注文すると、カウンターが一杯になっちゃいます。
でも、もう1品くらい取りましょうか」
み「まかせる」
老「それじゃ、『はたはた唐揚』なんてどうです?
ビールに、ぴったりですよ」
み「おー、魚のから揚げは好物じゃ」
老「ご主人、『はたはた唐揚』を1つ」
店「へい。
『はたはた唐揚』、1丁」
み「じゃ、そいつが来るまで、お通しを食べよう。
これも貝だよね」
老「『つぶ貝の煮つけ』です」
み「うむ、こりゃ珍味ですの。
楊枝でくるっと身を取り出すのが、また一興じゃ」
律「甘辛くて、東北の味って感じよね」
老「日本酒には最高です」
み「『貝焼き』ってのは、焼いた貝なわけ?」
老「いえ。
そうじゃありません。
青森に昔からある料理法です。
貝は、ホタテの貝殻のことです」
老「こいつを鍋代わりにして、いろんなものを焼いたり煮たりするんですね。
それで、『貝焼き』です。
これが詰まって、地元では『かやき』と呼ばれてます。
昔は、青森駅前の市場で、ホタテの貝殻だけを売ってる店があったほどです」
↑札幌中央卸売市場の画像。350個入りということは、10,500円ですよね。旅館とかが買うんでしょうか?
老「観光客がそれを見て、何に使うのか不思議がってましたよ」
み「じゃ、ホタテの貝殻で作る料理は、みんな『貝焼き』なわけ?」
老「基本的にはそうです。
でも、今『貝焼き』と言えば……。
味噌味で、卵を溶きかけた『貝焼きみそ』が一般的です。
ここ津軽では、『貝焼きみそ』ですが……。
下北の方では、『みそ貝焼き』と呼ばれてます」
老「卵が貴重だった昔は、産後や病後に栄養をつける特別料理でした」
み「でも、貝に載せた料理なんて、一口だろ」
老「それは、青森のホタテの大きさを知らない人が言う言葉です」
↑懐かしの『ホタテマン』。『ホタテのロックンロール(作詞:内田裕也/作曲:加瀬邦彦/アレンジ:小室哲哉』)は、32万枚を販売。その宣伝効果から、北海道のホタテ漁業組合から表彰されたそうです。『ホタテマン』を演じた安岡力也さん(祖父と父がシチリアンマフィア)も、2012年死去されました。
老「10年ものの貝殻を使いますからね」
店「『貝焼きみそ』、お待ち」
老「さぁ、来ましたぞ」
律「あら、ほんとに大きいわね」
み「確かに、これなら鍋代わりになるわ」
老「卵が半熟に、ふんわりと仕上がってるでしょ。
これが、なかなか難しいんです」
み「腕の見せ所だな」
律「オムレツも難しいのよね」
み「作ったことあります?」
律「作ってるとこを、見たことならあります」
み「やっぱり。
でも、卵でとじられてる料理って、ほんと美味しそうだよね」
律「親子丼とか?」
み「そう。
そしてもちろん、カツ丼」
み「新潟なんて、卵で閉じてないカツ丼が名物なんだよ」
律「あら、そんなカツ丼があるの?」
み「タレカツ丼って言ってね。
甘辛のタレに漬けられたカツが、そのままご飯に載ってるだけ」
律「でも、名物なら、美味しいんじゃない?」
み「ま、確かに味はいいんだろうけどね。
でも、卵で閉じないなら、なんで丼で出てくるのって話よ。
お皿に、千切りキャベツと一緒に載せて、『タレカツ定食』にすればいいでしょ」
↑『かつ力(新潟市中央区米山)』さんの“とんかつ定食”。カツは、タレカツではないようですが、揚げずに、焼いてあるそうです。
み「あんなの、キャベツと一緒に食べなきゃ、ぜったい胸焼けするって。
あなた方も、新潟でカツ丼を注文するときは……。
卵で閉じたものかどうか、確認した方がいいよ」
老「わたしのこれからの人生で……。
新潟でカツ丼を食べるというシーンが、巡ってきますかな」
↑新潟で捕まる、という手も……。
み「なに、遠い目してるのよ」
み「さ、今は、この瞬間を楽しみましょう。
いただきま~す。
熱ちっ。
あちちあち」
↑郷ひろみ『GOLDFINGER '99』
律「懐かしいわね、その歌」
み「はふ、はふ。
歌ってるわけじゃないわい!
わたしは猫舌なの!」