2014.10.12(日)
爺「この先に、『不動ノ滝』という滝があるんです」
↑2004年撮影。
爺「そのため、このダム湖も、『不動湖』という名がついています。
たしか、ダム周りが公園になってたと思いますよ」
み「やっぱり『不動公園』?」
爺「当たりです。
ちょっと、寄ってみますか。
まだ、日暮れには間がありますから」
み「この地図に、公園なんか載ってないぞ」
爺「あんまりメジャーな公園じゃないですからね」
み「行ったことあるの?」
爺「だいぶ前に1度だけ。
確か、キャンプ場とか、フィールドアスレチックの設備もあったはずです。
公園を通って、『不動ノ滝』まで行けました。
どうします?」
み「公園なら、トイレある?」
律「さっき、したばっかりじゃないのよ」
み「だって、これからずーっと山道なんでしょ。
たぶん、トイレなんて無いよ。
だろ?」
爺「青森側に下り切るまではありませんね」
み「ほら。
いちおう、しておいた方がいいんじゃないの?
道端でケツ出すよりか」
律「そんなことしますか。
藪に入ればいいじゃないの」
み「ヤブ蚊にケツを刺されます」
↑デング熱の媒介者でもあります。
律「蚊なんか、もういないわよ」
み「いるよ~。
まだ、10月初旬じゃん。
ヤブ蚊は、平気で生きてます」
律「そんな話するから、なんだか催して来たじゃないの」
み「寄ってこうよ」
律「そうね」
爺「じゃ、駐車場に入りますよ。
確か、赤い橋の脇に公園の駐車場があったはずです。
えーっと。
これかな?」
み「ぜんぜん赤くないではないか」
爺「ですね。
でも、たしかにこの橋でした。
ペンキが剥げてしまったみたいですね。
降りてみましょう」
み「ここが駐車場?
砂利敷きじゃん。
単なる空き地にしか思えん」
爺「ここのはずです」
み「人っ子一人、おらん」
律「ほんとに公園なのかしら?」
み「トイレの順番待ちが無いことだけは確かだ」
爺「こっちです。
行ってみましょう。
ありゃ」
み「どうしたの?」
爺「あれです」
↑市の掲示物にしては、字体がポップです。
み「土砂崩れに倒木……。
復旧は行なわれなかったってこと?」
↑2006年の画像です。現在はどうなってるんでしょう?
爺「予算的に無理だったのかも知れませんね。
この先に民家があるわけじゃないですから」
み「復旧を待つ住民はいないってことね」
爺「どうします?」
み「滝までは行けなくても、公園は行けるんじゃないの」
爺「行ってみますか?」
み「このまま帰ったら、ケツを蚊に刺されるハメになるかも知れん」
爺「じゃ、橋を渡りましょう」
み「ひょえー。
けっこう高いな、この橋」
律「眺めが良くて、気持ちいいわ」
み「おー。
山の木々が湖面に映ってる。
ここって、紅葉の名所じゃないの?」
↑2007年10月25日の画像。まだ少し早いようです。
爺「湖面に映えて、綺麗でしょうね」
み「さすがにここらでも、まだ早いな」
爺「来月、もう1回、来られませんか?」
み「それほどヒマじゃないわい。
しかーし。
誰も人がいる気配が無いんですけど。
今日は日曜だろ。
滝は見れなくても……。
キャンプ場やフィールドアスレチックがあれば、楽しめるんじゃないの?」
律「そうよね」
み「ふ~。
やっと、渡りきった。
なんか、まったく人の気配がしないけど」
爺「先に行ってみましょう」
律「あら。
チェーンが張ってあるわよ」
み「しかもこれって……。
近ごろ張られたチェーンじゃ無いよね。
真っ赤に錆びてる」
爺「鉄杭も真っ赤ですな」
律「今日は、休園なんじゃないの?」
み「日曜日に休園してどうすんじゃい。
チェーンは張ってあるけど……。
入るなって看板は無いよね」
爺「このチェーンは、単なる車止めかも知れませんね。
行ってみますか」
み「うむ。
今、ここで引き返したら……。
後々、尻を蚊に刺されてから後悔することになりかねん。
いざ行かん」
律「でもなんだか……。
この先にキャンプ場なんかありそうな道じゃないわね」
み「山奥に分け入っていく感じだよな。
道、間違えたんじゃないのか?」
爺「一本道でしたよ」
キー、ケケケケケケケケケケケケ。
み「どひゃー。
何だ、今の?」
律「鳥じゃないの?」
み「うんにゃ。
こないだ『ダーウィンが来た!』で聞いた声に似てた」
律「何の鳴き声よ?」
み「サル。
テナガザルだったか、オランウータンだったか」
律「青森にオランウータンがいるわけないでしょ」
み「逃げたのかも知れん」
律「冬はどうするのよ」
み「オランウータンなんか、毛がボーボーなんだから大丈夫だろ」
爺「サルだとしたら、日本猿しかありえませんよ。
地球上で北限に住むサルです」
み「外人に人気なんだよね」
律「日本猿が?」
み「温泉に入るサルがいるでしょ。
長野じゃなかった?」
爺「地獄谷野猿公苑ですね」
爺「外国人にとっては、サルは南国の生き物なんです。
だから、雪深い場所に住む日本猿は、スノーモンキーと呼ばれ、珍しがられるようです」
み「しかも、温泉に入るんだからね」
爺「外人さんは、大喜びするみたいですよ」
↑左手が余裕です。
み「しかし、温泉に入るのはいいけど、湯冷めしないもんかね?」
律「わたしに聞かないでよ。
獣医じゃ無いんだから」
爺「毛に覆われた動物は、人間に比べて汗腺が少ないので、熱が逃げないらしいですね」
み「夏は、暑いわな。
あ、だから、青森にいるのか。
彼らにとっては、冬の寒さより、夏の暑さを避けることの方が大事なのかも」
↑足湯ならぬ、足水で酷暑を耐える豊橋の猿。
律「なんか、さっき聞いた論拠と似てるけど」
み「そんなこと言いました?」
律「何の話だったかしら。
そうそう。
住宅の話よ。
これからの住宅は、夏の暑さ対策の方が重要だって」
み「おー、そうじゃそうじゃ。
『旧齋藤家別邸』の話だったな」
↑北向きの座敷。当然のことながら、窓際にも陽が差し込みません。夏快適!
律「サルと論拠が同じってことじゃないの」
み「やかましい。
あ、案内板がある」
律「字が消えかけてるわ」
み「『野外トレーニング』なんとかってことは……。
ここが、フィールドアスレチック場ってこと?」
爺「そうでしょうね」
律「なんか……。
すさんでるわね」
み「滅びてると言ったほうがいいかも。
どう考えても、営業してる感が無いぞ」
律「そうよね」
み「とにかく、人っ子一人いないのが不気味すぎ」
律「まだ、先行くの?」
み「この先に何かありそうな気配はないな」
律「トイレは、もっと手前じゃないの?
あ、これ見て。
さっきは、ただの朽木だと思ってたけど」
み「ここが、キャンプ場だな」
律「ずいぶん狭いわね。
テントが、4つくらいしか張れないんじゃない?」
み「しかし……。
営業してないのは明らかではないか」
律「そうよね」
み「でも、トイレだけならやってないか?」
律「そんなわけないでしょ」
み「あ、あった」
律「見事に、板で塞がれてるわね」
み「『松神駅』を思い出すな」
み「青森のトイレって、みんな床が抜けるのか?」
爺「あぁ、思い出しました。
ここだったのか……」
み「何が?」
爺「湖畔のキャンプ場で起きた、ある事件のことです。
当時は、ワイドショーなんかで、連日のように報道されてましたよ」
み「どんな事件?」
爺「事件の元となったのは、その数年前の事故です。
ここで、地元の子供会がキャンプをしてたんです。
引率してたのは、青年団の若者たちでした。
若者たちは、夕食のオカズを調達すると称して、飯詰ダムでの釣りに興じてたんです」
↑飯詰ダムでの画像です。魚は、バスだとか。
爺「子供たちから、目を離してしまったんですね」
み「いやな予感」
爺「子供のひとりがダム湖に落ち、亡くなってしまいました」
み「悲惨だね」
爺「それで、子供会のキャンプは、しばらく中止になったんです。
でも次第に、過去の過ちを教訓にすることこそが、亡くなった子供への供養だという意見が多くなり……。
数年後、復活することになりました。
しかし、久々のキャンプに、いきなり子供たちを連れて行って、また何かあると大変だってことで……。
まず引率する青年たちだけでキャンプしてみて、役割分担や連携などを詰めることになりました。
キャンプ場は事件後荒れてましたから、その整備も兼ねてです。
その、プレキャンプで、事件が起こりました」
み「ものすごく嫌な予感」
爺「翌々日、予定時間になっても帰らない若者たちを心配して、地元の人たちが探しに来たんですが……。
そこで、変わり果てた若者たちの姿を発見することになりました」
み「絶望的に嫌な予感」
爺「全員、殺されてました。
斧で額を割られた者……」
爺「ナイフで喉を裂かれた者……」
爺「尖らせた杭で、胸を貫かれた者もいました」
み「犯人はつかまったの?」
爺「いいえ」
み「まだ逃げてるってわけ?」
爺「あれだけ探しても見つからないんだから……。
ダムに身を投げたんだろうとも言われてます」
↑岐阜県大野郡白川村にある『白水ダム(電源開発㈱)』です。
み「誰かはわかってるわけ?」
爺「ダム湖で溺れた少年の父親です」
み「逆恨みじゃん!
その時引率してた青年団とは、違う若者たちだったんじゃないの?」
爺「精神に異常を来していたんでしょうな」
み「殺される方は、たまったもんじゃないわい」
爺「その父親が犯人だとわかったのは……。
ひとりの若者が、携帯で動画を撮ってたからなんです」
爺「その若者も亡くなってしまったんですが……。
地面に落ちた携帯の角度が良くて、現場が写ってました」
み「そこに、犯人が?」
爺「顔は仮面のようなもので隠してましたが……。
誰が見ても、その父親であることは、明白だったそうです」
み「何でよ?」
爺「その父親は、地元では有名な元アイスホッケー選手だったんです」
み「アイスホッケーと何の関わりがあるんだ?」
爺「まだわかりませんか?
その仮面とは……。
アイスホッケーのフェイスマスクだったんです。
ほら、これですよ」
み「あぎゃー」
爺「ふぉっふぉっふぉっ。
犯人は、ダム湖に沈んだりしてはおらんわ。
こうして、ここに生きておる!
再び、息子に生贄を捧げるためにな!」
み「ぎょえー」
爺「ちょっと、大げさだな」
律「泡、吹いちゃった」
爺「もしもし。
大丈夫ですか?
冗談ですよ」
律「ほら、しっかりしなさい!」
み「あわ、あわ、あわ」
律「情けない女。
まさか、漏らしたんじゃないでしょうね」
↑わたしのことではありません。大人になってから、おしっこを漏らしたことは無いです。うんこならありますが。
み「くそー。
た、たばかりおって……。
でも、先生はどうして怖がらなかったわけ?」
爺「この方がマスクを出したとき、目が合っちゃったもの。
で、人差し指を唇に当てて、しーって顔なされたから」
み「2人して騙したわけね」
爺「あそこまで驚くとは、こっちが驚きました」
み「おのれ。
この恨み、はらさでおくべきか」
爺「途中で気づきそうなものですけどね。
完全に『十三日の金曜日』のパクリじゃないですか。
これ、そのまま書いたら剽窃ですよ」
み「作家失格!」
爺「書きませんって。
あのキャンプ場の杭を見て、たまたま思いついたんです。
さんざん、白タクだとか言われましたからな。
ちょっと仕返しです」
み「案外、根に持つタイプだったわけね」
爺「さ、そろそろ行きましょうか。
ほんとに暗くなってしまいます」
『不動公園』での一連の描写は、↓のページを参考にさせていただきました(画像もほとんどこちらから拝借してます)。
【青森旅】恐怖★不動公園の紅葉(前編)
【青森旅】恐怖★不動公園の紅葉(中編)
【青森旅】恐怖★不動公園の紅葉(後編)
↑の記事は、2007年に書かれたものです。
現在、『不動公園』は、トイレも綺麗になり、再整備されてるようです(参照)。
律「ずいぶん、山道らしくなってきたわね」
み「それより、薄暗くなってきたではないか。
こんなとこ、街灯も無いんだろ?」
爺「あるわけありません」
み「急いでちょ」
爺「大丈夫です。
列車を使うより、ずっと早く着けますから」
み「そうでなく!
暗い山道は、怖いではないか」
爺「さっきの話は、冗談ですって」
み「わかっとるわい。
オバケが怖いわけじゃないの。
道から飛び出したら、一巻の終わりでしょ」
爺「わたしの運転技術を侮ってはいけませんぞ。
これでも昔は、ケンメリに乗ってましたから」
み「何じゃそりゃ。
メリケンなら知ってるが」
↑神戸市中央区元町通。“メリケン”はもちろん、“アメリカン”の訛りですね。
爺「知りませんか?
日産のスカイラインのことですよ」
み「最初から、そう言えばいいではないか」
爺「昔のテレビCMのキャッチフレーズが……。
『ケンとメリーのスカイライン』だったんです」
爺「当時の若者は、みんな憧れたものです。
CMソングも流行りましたし。
♪いつぅだ~って、どこにぃ~だって」
↑いい歌です。
み「歌うな!」
爺「う~ん。
なんだか、昔を思い出したら、アクセルを踏みたくなりました。
お望み通り、急いで差しあげましょう。
行きますよ」
ブォォォォォ~。
↑カングーが変身!
み「ぎゃー。
早すぎだろ。
思いっきり“G”がかかったぞ」
↑素人が戦闘機に乗ると、加速Gでこんな顔になるそうです。
爺「まだまだまだ」
み「スピード違反!」
爺「こんなとこに警察がいますか。
パトカーを隠しとく場所がありませんがな」
↑わたしは、4回ほど捕まりました。
爺「スピードは、出し放題です。
それそれそれ!」
み「やめれー。
せ、先生、止めて」
律「楽しいじゃないの。
わたしも、このくらいの運転するわよ」
爺「ほー、頼もしいですな。
何にお乗りですか?」
律「ジャガーです」
爺「そりゃ、おみそれしました。
しかし……。
このフランスの大衆車も、決してイギリスのスポーツカーに負けておりませんぞ。
いいですか、コーナーに突っこみますよ。
見よ!、秘技『ヒール・アンド・トゥ』」
↑高度な技術ですが、決して“秘技”ではありません。
み「あぎゃー」
♪パパラパ、パパラパ。
↑この技術を、もっと建設的な方向で活かせぬものか……。
み「暴走族か!」
爺「『警笛鳴らせ』の標識が見えませんか」
み「そんなとこで、スピード出すな!」
爺「対向車がセンターラインを越えてきたら、ちょっと怖いですけどね。
大丈夫。
これまで死んだことありませんから」
み「当たり前だろ!
くそ!
これ以上スピード出したら、おしっこ漏らしてやる」
爺「信じられない脅し方ですな」
律「この人、ほんとにするかも知れませんわ」
爺「そりゃ怖いな」
み「お~、やっとブレーキ掛けたな」
爺「坂を登り切りましたから。
そこに景色のいい展望台があります」
爺「ちょっと降りて見ましょう。
青森湾が見えますよ」
み「トイレ、ある?」
爺「ありませんがな」
み「くそ」
爺「大は勘弁してくださいよ」
み「誰がするか」
爺「そこです。
それじゃ、止めますよ」
み「ふ~、助かった。
危うく、命が死ぬとこだったわい」
律「あらほんと、いい景色」
↑9月中旬の画像のようです。
爺「でしょう。
青森の海が穏やかなのも、あとわずかですな」
律「今、眺めてるのが、青森の海だなんて……。
なんだか夢みたいね」
み「旅情を感じるのぅ。
思いがけず海を見られて良かったな。
列車からじゃ、見えないでしょ」
爺「そうですね。
奥羽本線は、内陸から平地を北上して来ますからな。
ここからだと、タイミングが良ければ、函館行きのフェリーも見えますよ」
み「函館までどれくらい?」
爺「4時間弱です」
み「そんなにかかるの。
すぐそばみたいだけど」
爺「青森湾は、津軽半島と下北半島の奥に挟まれた奥にありますから……」
爺「距離にして、113キロほどあるんです」
み「なるほど。
それは遠いわ。
新潟と両津の航路が、60キロちょっとだからね。
2倍弱もあるってことか。
それなら、4時間で行けば早い方だよ。
佐渡汽船のフェリーなんか、2時間半もかかるんだぜ」
爺「そりゃちょっと、かかりすぎですな」
み「だよな。
青函連絡船ってのは、龍飛岬から出てたの?」
爺「違いますがな。
青森港ですよ」
↑あまりにもボロっちく、とても日本の船とは思えません。
み「『津軽海峡冬景色』の歌詞に、龍飛岬が出てくるではないか」
爺「あれは、連絡船から見えるという場面でしょ。
龍飛崎から船が出たわけじゃありません。
青函トンネルは、龍飛崎から海に潜りますが」
み「そうか。
青函連絡船は、やっぱりターミナル駅の青森から連絡しなきゃならんわけね」
爺「ですね」
み「でも、フェリーの客なら、車でしょ。
何も青森港から出なくていいんじゃないの?
もっと先の、下北半島の先っぽ……。
ほれ、マグロで有名な……」
爺「大間ですな」
み「それそれ」
爺「ありますよ。
大間と函館の航路」
み「あるんかい!」
爺「大間からなら、函館まで、1時間半です」
み「ぜんぜん違うではないか。
青森からと比べて、2時間以上節約できるじゃん。
なんで、そっちに集約しないわけ?」
爺「青森から大間まで行くには……。
下北半島を、ぐるっと回らにゃなりません」
爺「移動距離は、150キロになります。
もちろん、高速道はありません。
ルートによっては峠道もあります。
時間にして、3時間かかるんです」
み「にゃんと。
それじゃ、青森からフェリーに乗ったほうが、1時間早く函館に着くわけか」
爺「それに、フェリーなら休めますからね」
↑『青函フェリー』のカーペット席。運賃は、たったの1,540円。佐渡汽船は、一番安くても2,510円です。なぜじゃ!
爺「下北半島に用事でもない限り、みんな青森から乗るでしょう」
み「そもそも、青函連絡船ってのは、いつまで運行されてたの?」
↑五色のテープが舞う全盛期の出航風景。
爺「1988年。
昭和63年です」
み「おー、昭和の終わりだね」
爺「バブルの頂点に向かって一直線のころです」
み「連絡船が廃止になって、青函トンネルに移行したわけだよね。
なんで、またフェリーが就航したわけ?」
爺「新しく就航したわけじゃありませんよ。
青函連絡船の前から、フェリーはあったんです」
み「そうなの?」
爺「青函連絡船の就航は、明治41年ですが……。
民間の船が定期航路を開設したのは、江戸末期にさかのぼります」
み「フェリーか?」
爺「江戸時代にフェリーがあるわけないでしょ。
民間の帆船です。
明治6年には、当時の開拓使という官庁が、汽船を就航させてます」
↑明治15年ころの絵。なんだか漁船みたいです。
爺「その後、この航路を、今の日本郵船の前身の会社が引き継いだんです。
連絡船が廃止になってからも、フェリーは運行され続けてます。
いろいろ統廃合がありましたが、今も、2社のフェリーが就航してますよ」
み「なーんだ。
青函連絡船が無くなってからは、青森から船で北海道には行けないと思ってた」
爺「そう言われてみれば……。
そんなふうに思われてる方も、おられるかも知れませんな」
↑『津軽海峡冬景色』。1977年の映像。石川さゆり、19歳です。
爺「さて、そろそろ行きましょうか。
薄暗くなってきました」
爺「それでは、ここからは下り坂になります」
み「カングーも、登りが終わってホッとしてるだろうね」
爺「ですかね。
昔は、自転車で越えたものですよ。
そのときは、ほんと、この展望台に着くと嬉しかったものです」
爺「あとは下りだけなんですから」
み「下ったら、戻るのに、また上らにゃならんではないか」
爺「Uターンして、同じ方向に下ればいいだけです」
み「何しに登って来たんじゃ!」
爺「別に用事があったわけじゃないですからね。
あそこで青森湾を眺めて……。
あとは下りを楽しむ」
み「カングーに自転車積んで来ればいいではないか。
この車なら、余裕で積めるでしょ」
↑後部座席を畳めば、ママチャリも余裕で載ります。
み「で、下りだけ自転車」
爺「車はどうするんです?
あそこに置いて帰るんですか?」
み「2人で来ればいいのじゃ。
1人は、車を運転して帰る」
爺「下り坂が楽しいのは……。
苦しい登りを耐えぬいたからこそですよ。
下り坂の喜びは、登り坂あってこそのものです」
↑推定年齢75歳。急な登り坂を、時速20キロを超えるスピードで駆けあがってたそうです。
み「何か、深いこと言ってるつもりか?」
爺「そんなつもりはありません。
さ、出発しますよ。
シートベルトをお締めください」
み「スピード、出すなよ」
爺「わかりました。
エンジンブレーキをかけながら、ゆっくりと下ります」
み「なんじゃそれ?」
爺「エンジンブレーキ、知らないんですか?」
み「わたしのパッソには付いておらん」
爺「あのね。
エンジンブレーキってのは、装置じゃないんです。
アクセルを戻すだけです」
爺「アクセルを戻せば……。
エンジンの回転が落ち、駆動輪の回転も落ちます。
これによって車体が減速しますから……。
これを、エンジンブレーキと呼ぶんです。
さらに強い制動力を得ようとしたら、ギヤを落とせばいいんですね」
み「わたしのパッソはマニュアルじゃないから、ギヤなんか落とせんわい」
爺「AT車でも出来ますって。
『D』レンジの下に『2』『1(L)』とあるでしょ」
爺「あれに入れてやれば、ギヤが落ちます。
でも、『2』で、エンジンブレーキが効きすぎるようなら……。
『オーバードライブ』のスイッチを、OFFにしてやればいいんです」
爺「それで、軽いエンジンブレーキがかかります」
み「そんなスイッチ、どこにあるんじゃ?」
爺「これは、マニュアル車なのでありません。
AT車にしか付いてないんです。
帰ったら、探してみてください。
必ずありますから。
でも、1度も触ったことがないって人も多いみたいですね」
み「存在自体、知らんかった」
爺「ぜひ使って下さい。
高速道路に入るときなど、急加速したいときにも使えますし。
とにかく、エンジンブレーキを使わずに長い坂道を下るのは、自殺行為です」
み「なんでじゃ?」
爺「フットブレーキってのは、摩擦力で減速させてるんです」
爺「長く使ってたら、ブレーキパッドが焼けちゃいますよ。
よく今まで生きてましたね」
み「新潟平野しか走ったことないでな」
爺「そんなに平らなんですか?」
み「地平線まで田んぼじゃ」
爺「ど田舎じゃないですか」
み「失敬な!
新潟市は、政令指定都市じゃぞ」
爺「そうでしたね」
み「新潟市は、日本一、水田面積の大きい自治体なのじゃ。
2位の北海道旭川市の倍以上という、ぶっちぎりでな」
爺「やっぱり、田舎じゃないですか」
み「新潟平野には、スーパーの屋上駐車場しか坂道が無い(言い過ぎです)。
だから、足のブレーキだけで事が済み申す」
爺「でも、いつ坂道で運転する機会があるか分かりませんよ。
覚えといて損はないです。
いいですか。
下り坂では、エンジンブレーキ。
ガッテンしていただけましたでしょうか?」
み「ガッテン!
ガッテン!」
↑上は、1997年。下が、2011年。小野文惠アナは、29歳と43歳。立川志の輔は、43歳と57歳。
爺「それじゃ、そろそろ坂を下りきりますよ」
み「下りは早いな」
爺「当然です。
自転車のときは、特にそう感じました」
↑下り坂での自転車の世界記録は、時速210.4㎞だそうです。
爺「登りの長さに比べ、下りのなんと短いことかと」
み「さもありなん。
用もないのに登るのが悪いのじゃ」
爺「そこに坂があるからです」
み「アホとしか思えん」
爺「あ、ここに大きい都市公園があるんですよ。
野木和公園(のぎわこうえん)と云います」
↑2004年撮影。
爺「そのため、このダム湖も、『不動湖』という名がついています。
たしか、ダム周りが公園になってたと思いますよ」
み「やっぱり『不動公園』?」
爺「当たりです。
ちょっと、寄ってみますか。
まだ、日暮れには間がありますから」
み「この地図に、公園なんか載ってないぞ」
爺「あんまりメジャーな公園じゃないですからね」
み「行ったことあるの?」
爺「だいぶ前に1度だけ。
確か、キャンプ場とか、フィールドアスレチックの設備もあったはずです。
公園を通って、『不動ノ滝』まで行けました。
どうします?」
み「公園なら、トイレある?」
律「さっき、したばっかりじゃないのよ」
み「だって、これからずーっと山道なんでしょ。
たぶん、トイレなんて無いよ。
だろ?」
爺「青森側に下り切るまではありませんね」
み「ほら。
いちおう、しておいた方がいいんじゃないの?
道端でケツ出すよりか」
律「そんなことしますか。
藪に入ればいいじゃないの」
み「ヤブ蚊にケツを刺されます」
↑デング熱の媒介者でもあります。
律「蚊なんか、もういないわよ」
み「いるよ~。
まだ、10月初旬じゃん。
ヤブ蚊は、平気で生きてます」
律「そんな話するから、なんだか催して来たじゃないの」
み「寄ってこうよ」
律「そうね」
爺「じゃ、駐車場に入りますよ。
確か、赤い橋の脇に公園の駐車場があったはずです。
えーっと。
これかな?」
み「ぜんぜん赤くないではないか」
爺「ですね。
でも、たしかにこの橋でした。
ペンキが剥げてしまったみたいですね。
降りてみましょう」
み「ここが駐車場?
砂利敷きじゃん。
単なる空き地にしか思えん」
爺「ここのはずです」
み「人っ子一人、おらん」
律「ほんとに公園なのかしら?」
み「トイレの順番待ちが無いことだけは確かだ」
爺「こっちです。
行ってみましょう。
ありゃ」
み「どうしたの?」
爺「あれです」
↑市の掲示物にしては、字体がポップです。
み「土砂崩れに倒木……。
復旧は行なわれなかったってこと?」
↑2006年の画像です。現在はどうなってるんでしょう?
爺「予算的に無理だったのかも知れませんね。
この先に民家があるわけじゃないですから」
み「復旧を待つ住民はいないってことね」
爺「どうします?」
み「滝までは行けなくても、公園は行けるんじゃないの」
爺「行ってみますか?」
み「このまま帰ったら、ケツを蚊に刺されるハメになるかも知れん」
爺「じゃ、橋を渡りましょう」
み「ひょえー。
けっこう高いな、この橋」
律「眺めが良くて、気持ちいいわ」
み「おー。
山の木々が湖面に映ってる。
ここって、紅葉の名所じゃないの?」
↑2007年10月25日の画像。まだ少し早いようです。
爺「湖面に映えて、綺麗でしょうね」
み「さすがにここらでも、まだ早いな」
爺「来月、もう1回、来られませんか?」
み「それほどヒマじゃないわい。
しかーし。
誰も人がいる気配が無いんですけど。
今日は日曜だろ。
滝は見れなくても……。
キャンプ場やフィールドアスレチックがあれば、楽しめるんじゃないの?」
律「そうよね」
み「ふ~。
やっと、渡りきった。
なんか、まったく人の気配がしないけど」
爺「先に行ってみましょう」
律「あら。
チェーンが張ってあるわよ」
み「しかもこれって……。
近ごろ張られたチェーンじゃ無いよね。
真っ赤に錆びてる」
爺「鉄杭も真っ赤ですな」
律「今日は、休園なんじゃないの?」
み「日曜日に休園してどうすんじゃい。
チェーンは張ってあるけど……。
入るなって看板は無いよね」
爺「このチェーンは、単なる車止めかも知れませんね。
行ってみますか」
み「うむ。
今、ここで引き返したら……。
後々、尻を蚊に刺されてから後悔することになりかねん。
いざ行かん」
律「でもなんだか……。
この先にキャンプ場なんかありそうな道じゃないわね」
み「山奥に分け入っていく感じだよな。
道、間違えたんじゃないのか?」
爺「一本道でしたよ」
キー、ケケケケケケケケケケケケ。
み「どひゃー。
何だ、今の?」
律「鳥じゃないの?」
み「うんにゃ。
こないだ『ダーウィンが来た!』で聞いた声に似てた」
律「何の鳴き声よ?」
み「サル。
テナガザルだったか、オランウータンだったか」
律「青森にオランウータンがいるわけないでしょ」
み「逃げたのかも知れん」
律「冬はどうするのよ」
み「オランウータンなんか、毛がボーボーなんだから大丈夫だろ」
爺「サルだとしたら、日本猿しかありえませんよ。
地球上で北限に住むサルです」
み「外人に人気なんだよね」
律「日本猿が?」
み「温泉に入るサルがいるでしょ。
長野じゃなかった?」
爺「地獄谷野猿公苑ですね」
爺「外国人にとっては、サルは南国の生き物なんです。
だから、雪深い場所に住む日本猿は、スノーモンキーと呼ばれ、珍しがられるようです」
み「しかも、温泉に入るんだからね」
爺「外人さんは、大喜びするみたいですよ」
↑左手が余裕です。
み「しかし、温泉に入るのはいいけど、湯冷めしないもんかね?」
律「わたしに聞かないでよ。
獣医じゃ無いんだから」
爺「毛に覆われた動物は、人間に比べて汗腺が少ないので、熱が逃げないらしいですね」
み「夏は、暑いわな。
あ、だから、青森にいるのか。
彼らにとっては、冬の寒さより、夏の暑さを避けることの方が大事なのかも」
↑足湯ならぬ、足水で酷暑を耐える豊橋の猿。
律「なんか、さっき聞いた論拠と似てるけど」
み「そんなこと言いました?」
律「何の話だったかしら。
そうそう。
住宅の話よ。
これからの住宅は、夏の暑さ対策の方が重要だって」
み「おー、そうじゃそうじゃ。
『旧齋藤家別邸』の話だったな」
↑北向きの座敷。当然のことながら、窓際にも陽が差し込みません。夏快適!
律「サルと論拠が同じってことじゃないの」
み「やかましい。
あ、案内板がある」
律「字が消えかけてるわ」
み「『野外トレーニング』なんとかってことは……。
ここが、フィールドアスレチック場ってこと?」
爺「そうでしょうね」
律「なんか……。
すさんでるわね」
み「滅びてると言ったほうがいいかも。
どう考えても、営業してる感が無いぞ」
律「そうよね」
み「とにかく、人っ子一人いないのが不気味すぎ」
律「まだ、先行くの?」
み「この先に何かありそうな気配はないな」
律「トイレは、もっと手前じゃないの?
あ、これ見て。
さっきは、ただの朽木だと思ってたけど」
み「ここが、キャンプ場だな」
律「ずいぶん狭いわね。
テントが、4つくらいしか張れないんじゃない?」
み「しかし……。
営業してないのは明らかではないか」
律「そうよね」
み「でも、トイレだけならやってないか?」
律「そんなわけないでしょ」
み「あ、あった」
律「見事に、板で塞がれてるわね」
み「『松神駅』を思い出すな」
み「青森のトイレって、みんな床が抜けるのか?」
爺「あぁ、思い出しました。
ここだったのか……」
み「何が?」
爺「湖畔のキャンプ場で起きた、ある事件のことです。
当時は、ワイドショーなんかで、連日のように報道されてましたよ」
み「どんな事件?」
爺「事件の元となったのは、その数年前の事故です。
ここで、地元の子供会がキャンプをしてたんです。
引率してたのは、青年団の若者たちでした。
若者たちは、夕食のオカズを調達すると称して、飯詰ダムでの釣りに興じてたんです」
↑飯詰ダムでの画像です。魚は、バスだとか。
爺「子供たちから、目を離してしまったんですね」
み「いやな予感」
爺「子供のひとりがダム湖に落ち、亡くなってしまいました」
み「悲惨だね」
爺「それで、子供会のキャンプは、しばらく中止になったんです。
でも次第に、過去の過ちを教訓にすることこそが、亡くなった子供への供養だという意見が多くなり……。
数年後、復活することになりました。
しかし、久々のキャンプに、いきなり子供たちを連れて行って、また何かあると大変だってことで……。
まず引率する青年たちだけでキャンプしてみて、役割分担や連携などを詰めることになりました。
キャンプ場は事件後荒れてましたから、その整備も兼ねてです。
その、プレキャンプで、事件が起こりました」
み「ものすごく嫌な予感」
爺「翌々日、予定時間になっても帰らない若者たちを心配して、地元の人たちが探しに来たんですが……。
そこで、変わり果てた若者たちの姿を発見することになりました」
み「絶望的に嫌な予感」
爺「全員、殺されてました。
斧で額を割られた者……」
爺「ナイフで喉を裂かれた者……」
爺「尖らせた杭で、胸を貫かれた者もいました」
み「犯人はつかまったの?」
爺「いいえ」
み「まだ逃げてるってわけ?」
爺「あれだけ探しても見つからないんだから……。
ダムに身を投げたんだろうとも言われてます」
↑岐阜県大野郡白川村にある『白水ダム(電源開発㈱)』です。
み「誰かはわかってるわけ?」
爺「ダム湖で溺れた少年の父親です」
み「逆恨みじゃん!
その時引率してた青年団とは、違う若者たちだったんじゃないの?」
爺「精神に異常を来していたんでしょうな」
み「殺される方は、たまったもんじゃないわい」
爺「その父親が犯人だとわかったのは……。
ひとりの若者が、携帯で動画を撮ってたからなんです」
爺「その若者も亡くなってしまったんですが……。
地面に落ちた携帯の角度が良くて、現場が写ってました」
み「そこに、犯人が?」
爺「顔は仮面のようなもので隠してましたが……。
誰が見ても、その父親であることは、明白だったそうです」
み「何でよ?」
爺「その父親は、地元では有名な元アイスホッケー選手だったんです」
み「アイスホッケーと何の関わりがあるんだ?」
爺「まだわかりませんか?
その仮面とは……。
アイスホッケーのフェイスマスクだったんです。
ほら、これですよ」
み「あぎゃー」
爺「ふぉっふぉっふぉっ。
犯人は、ダム湖に沈んだりしてはおらんわ。
こうして、ここに生きておる!
再び、息子に生贄を捧げるためにな!」
み「ぎょえー」
爺「ちょっと、大げさだな」
律「泡、吹いちゃった」
爺「もしもし。
大丈夫ですか?
冗談ですよ」
律「ほら、しっかりしなさい!」
み「あわ、あわ、あわ」
律「情けない女。
まさか、漏らしたんじゃないでしょうね」
↑わたしのことではありません。大人になってから、おしっこを漏らしたことは無いです。うんこならありますが。
み「くそー。
た、たばかりおって……。
でも、先生はどうして怖がらなかったわけ?」
爺「この方がマスクを出したとき、目が合っちゃったもの。
で、人差し指を唇に当てて、しーって顔なされたから」
み「2人して騙したわけね」
爺「あそこまで驚くとは、こっちが驚きました」
み「おのれ。
この恨み、はらさでおくべきか」
爺「途中で気づきそうなものですけどね。
完全に『十三日の金曜日』のパクリじゃないですか。
これ、そのまま書いたら剽窃ですよ」
み「作家失格!」
爺「書きませんって。
あのキャンプ場の杭を見て、たまたま思いついたんです。
さんざん、白タクだとか言われましたからな。
ちょっと仕返しです」
み「案外、根に持つタイプだったわけね」
爺「さ、そろそろ行きましょうか。
ほんとに暗くなってしまいます」
『不動公園』での一連の描写は、↓のページを参考にさせていただきました(画像もほとんどこちらから拝借してます)。
【青森旅】恐怖★不動公園の紅葉(前編)
【青森旅】恐怖★不動公園の紅葉(中編)
【青森旅】恐怖★不動公園の紅葉(後編)
↑の記事は、2007年に書かれたものです。
現在、『不動公園』は、トイレも綺麗になり、再整備されてるようです(参照)。
律「ずいぶん、山道らしくなってきたわね」
み「それより、薄暗くなってきたではないか。
こんなとこ、街灯も無いんだろ?」
爺「あるわけありません」
み「急いでちょ」
爺「大丈夫です。
列車を使うより、ずっと早く着けますから」
み「そうでなく!
暗い山道は、怖いではないか」
爺「さっきの話は、冗談ですって」
み「わかっとるわい。
オバケが怖いわけじゃないの。
道から飛び出したら、一巻の終わりでしょ」
爺「わたしの運転技術を侮ってはいけませんぞ。
これでも昔は、ケンメリに乗ってましたから」
み「何じゃそりゃ。
メリケンなら知ってるが」
↑神戸市中央区元町通。“メリケン”はもちろん、“アメリカン”の訛りですね。
爺「知りませんか?
日産のスカイラインのことですよ」
み「最初から、そう言えばいいではないか」
爺「昔のテレビCMのキャッチフレーズが……。
『ケンとメリーのスカイライン』だったんです」
爺「当時の若者は、みんな憧れたものです。
CMソングも流行りましたし。
♪いつぅだ~って、どこにぃ~だって」
↑いい歌です。
み「歌うな!」
爺「う~ん。
なんだか、昔を思い出したら、アクセルを踏みたくなりました。
お望み通り、急いで差しあげましょう。
行きますよ」
ブォォォォォ~。
↑カングーが変身!
み「ぎゃー。
早すぎだろ。
思いっきり“G”がかかったぞ」
↑素人が戦闘機に乗ると、加速Gでこんな顔になるそうです。
爺「まだまだまだ」
み「スピード違反!」
爺「こんなとこに警察がいますか。
パトカーを隠しとく場所がありませんがな」
↑わたしは、4回ほど捕まりました。
爺「スピードは、出し放題です。
それそれそれ!」
み「やめれー。
せ、先生、止めて」
律「楽しいじゃないの。
わたしも、このくらいの運転するわよ」
爺「ほー、頼もしいですな。
何にお乗りですか?」
律「ジャガーです」
爺「そりゃ、おみそれしました。
しかし……。
このフランスの大衆車も、決してイギリスのスポーツカーに負けておりませんぞ。
いいですか、コーナーに突っこみますよ。
見よ!、秘技『ヒール・アンド・トゥ』」
↑高度な技術ですが、決して“秘技”ではありません。
み「あぎゃー」
♪パパラパ、パパラパ。
↑この技術を、もっと建設的な方向で活かせぬものか……。
み「暴走族か!」
爺「『警笛鳴らせ』の標識が見えませんか」
み「そんなとこで、スピード出すな!」
爺「対向車がセンターラインを越えてきたら、ちょっと怖いですけどね。
大丈夫。
これまで死んだことありませんから」
み「当たり前だろ!
くそ!
これ以上スピード出したら、おしっこ漏らしてやる」
爺「信じられない脅し方ですな」
律「この人、ほんとにするかも知れませんわ」
爺「そりゃ怖いな」
み「お~、やっとブレーキ掛けたな」
爺「坂を登り切りましたから。
そこに景色のいい展望台があります」
爺「ちょっと降りて見ましょう。
青森湾が見えますよ」
み「トイレ、ある?」
爺「ありませんがな」
み「くそ」
爺「大は勘弁してくださいよ」
み「誰がするか」
爺「そこです。
それじゃ、止めますよ」
み「ふ~、助かった。
危うく、命が死ぬとこだったわい」
律「あらほんと、いい景色」
↑9月中旬の画像のようです。
爺「でしょう。
青森の海が穏やかなのも、あとわずかですな」
律「今、眺めてるのが、青森の海だなんて……。
なんだか夢みたいね」
み「旅情を感じるのぅ。
思いがけず海を見られて良かったな。
列車からじゃ、見えないでしょ」
爺「そうですね。
奥羽本線は、内陸から平地を北上して来ますからな。
ここからだと、タイミングが良ければ、函館行きのフェリーも見えますよ」
み「函館までどれくらい?」
爺「4時間弱です」
み「そんなにかかるの。
すぐそばみたいだけど」
爺「青森湾は、津軽半島と下北半島の奥に挟まれた奥にありますから……」
爺「距離にして、113キロほどあるんです」
み「なるほど。
それは遠いわ。
新潟と両津の航路が、60キロちょっとだからね。
2倍弱もあるってことか。
それなら、4時間で行けば早い方だよ。
佐渡汽船のフェリーなんか、2時間半もかかるんだぜ」
爺「そりゃちょっと、かかりすぎですな」
み「だよな。
青函連絡船ってのは、龍飛岬から出てたの?」
爺「違いますがな。
青森港ですよ」
↑あまりにもボロっちく、とても日本の船とは思えません。
み「『津軽海峡冬景色』の歌詞に、龍飛岬が出てくるではないか」
爺「あれは、連絡船から見えるという場面でしょ。
龍飛崎から船が出たわけじゃありません。
青函トンネルは、龍飛崎から海に潜りますが」
み「そうか。
青函連絡船は、やっぱりターミナル駅の青森から連絡しなきゃならんわけね」
爺「ですね」
み「でも、フェリーの客なら、車でしょ。
何も青森港から出なくていいんじゃないの?
もっと先の、下北半島の先っぽ……。
ほれ、マグロで有名な……」
爺「大間ですな」
み「それそれ」
爺「ありますよ。
大間と函館の航路」
み「あるんかい!」
爺「大間からなら、函館まで、1時間半です」
み「ぜんぜん違うではないか。
青森からと比べて、2時間以上節約できるじゃん。
なんで、そっちに集約しないわけ?」
爺「青森から大間まで行くには……。
下北半島を、ぐるっと回らにゃなりません」
爺「移動距離は、150キロになります。
もちろん、高速道はありません。
ルートによっては峠道もあります。
時間にして、3時間かかるんです」
み「にゃんと。
それじゃ、青森からフェリーに乗ったほうが、1時間早く函館に着くわけか」
爺「それに、フェリーなら休めますからね」
↑『青函フェリー』のカーペット席。運賃は、たったの1,540円。佐渡汽船は、一番安くても2,510円です。なぜじゃ!
爺「下北半島に用事でもない限り、みんな青森から乗るでしょう」
み「そもそも、青函連絡船ってのは、いつまで運行されてたの?」
↑五色のテープが舞う全盛期の出航風景。
爺「1988年。
昭和63年です」
み「おー、昭和の終わりだね」
爺「バブルの頂点に向かって一直線のころです」
み「連絡船が廃止になって、青函トンネルに移行したわけだよね。
なんで、またフェリーが就航したわけ?」
爺「新しく就航したわけじゃありませんよ。
青函連絡船の前から、フェリーはあったんです」
み「そうなの?」
爺「青函連絡船の就航は、明治41年ですが……。
民間の船が定期航路を開設したのは、江戸末期にさかのぼります」
み「フェリーか?」
爺「江戸時代にフェリーがあるわけないでしょ。
民間の帆船です。
明治6年には、当時の開拓使という官庁が、汽船を就航させてます」
↑明治15年ころの絵。なんだか漁船みたいです。
爺「その後、この航路を、今の日本郵船の前身の会社が引き継いだんです。
連絡船が廃止になってからも、フェリーは運行され続けてます。
いろいろ統廃合がありましたが、今も、2社のフェリーが就航してますよ」
み「なーんだ。
青函連絡船が無くなってからは、青森から船で北海道には行けないと思ってた」
爺「そう言われてみれば……。
そんなふうに思われてる方も、おられるかも知れませんな」
↑『津軽海峡冬景色』。1977年の映像。石川さゆり、19歳です。
爺「さて、そろそろ行きましょうか。
薄暗くなってきました」
爺「それでは、ここからは下り坂になります」
み「カングーも、登りが終わってホッとしてるだろうね」
爺「ですかね。
昔は、自転車で越えたものですよ。
そのときは、ほんと、この展望台に着くと嬉しかったものです」
爺「あとは下りだけなんですから」
み「下ったら、戻るのに、また上らにゃならんではないか」
爺「Uターンして、同じ方向に下ればいいだけです」
み「何しに登って来たんじゃ!」
爺「別に用事があったわけじゃないですからね。
あそこで青森湾を眺めて……。
あとは下りを楽しむ」
み「カングーに自転車積んで来ればいいではないか。
この車なら、余裕で積めるでしょ」
↑後部座席を畳めば、ママチャリも余裕で載ります。
み「で、下りだけ自転車」
爺「車はどうするんです?
あそこに置いて帰るんですか?」
み「2人で来ればいいのじゃ。
1人は、車を運転して帰る」
爺「下り坂が楽しいのは……。
苦しい登りを耐えぬいたからこそですよ。
下り坂の喜びは、登り坂あってこそのものです」
↑推定年齢75歳。急な登り坂を、時速20キロを超えるスピードで駆けあがってたそうです。
み「何か、深いこと言ってるつもりか?」
爺「そんなつもりはありません。
さ、出発しますよ。
シートベルトをお締めください」
み「スピード、出すなよ」
爺「わかりました。
エンジンブレーキをかけながら、ゆっくりと下ります」
み「なんじゃそれ?」
爺「エンジンブレーキ、知らないんですか?」
み「わたしのパッソには付いておらん」
爺「あのね。
エンジンブレーキってのは、装置じゃないんです。
アクセルを戻すだけです」
爺「アクセルを戻せば……。
エンジンの回転が落ち、駆動輪の回転も落ちます。
これによって車体が減速しますから……。
これを、エンジンブレーキと呼ぶんです。
さらに強い制動力を得ようとしたら、ギヤを落とせばいいんですね」
み「わたしのパッソはマニュアルじゃないから、ギヤなんか落とせんわい」
爺「AT車でも出来ますって。
『D』レンジの下に『2』『1(L)』とあるでしょ」
爺「あれに入れてやれば、ギヤが落ちます。
でも、『2』で、エンジンブレーキが効きすぎるようなら……。
『オーバードライブ』のスイッチを、OFFにしてやればいいんです」
爺「それで、軽いエンジンブレーキがかかります」
み「そんなスイッチ、どこにあるんじゃ?」
爺「これは、マニュアル車なのでありません。
AT車にしか付いてないんです。
帰ったら、探してみてください。
必ずありますから。
でも、1度も触ったことがないって人も多いみたいですね」
み「存在自体、知らんかった」
爺「ぜひ使って下さい。
高速道路に入るときなど、急加速したいときにも使えますし。
とにかく、エンジンブレーキを使わずに長い坂道を下るのは、自殺行為です」
み「なんでじゃ?」
爺「フットブレーキってのは、摩擦力で減速させてるんです」
爺「長く使ってたら、ブレーキパッドが焼けちゃいますよ。
よく今まで生きてましたね」
み「新潟平野しか走ったことないでな」
爺「そんなに平らなんですか?」
み「地平線まで田んぼじゃ」
爺「ど田舎じゃないですか」
み「失敬な!
新潟市は、政令指定都市じゃぞ」
爺「そうでしたね」
み「新潟市は、日本一、水田面積の大きい自治体なのじゃ。
2位の北海道旭川市の倍以上という、ぶっちぎりでな」
爺「やっぱり、田舎じゃないですか」
み「新潟平野には、スーパーの屋上駐車場しか坂道が無い(言い過ぎです)。
だから、足のブレーキだけで事が済み申す」
爺「でも、いつ坂道で運転する機会があるか分かりませんよ。
覚えといて損はないです。
いいですか。
下り坂では、エンジンブレーキ。
ガッテンしていただけましたでしょうか?」
み「ガッテン!
ガッテン!」
↑上は、1997年。下が、2011年。小野文惠アナは、29歳と43歳。立川志の輔は、43歳と57歳。
爺「それじゃ、そろそろ坂を下りきりますよ」
み「下りは早いな」
爺「当然です。
自転車のときは、特にそう感じました」
↑下り坂での自転車の世界記録は、時速210.4㎞だそうです。
爺「登りの長さに比べ、下りのなんと短いことかと」
み「さもありなん。
用もないのに登るのが悪いのじゃ」
爺「そこに坂があるからです」
み「アホとしか思えん」
爺「あ、ここに大きい都市公園があるんですよ。
野木和公園(のぎわこうえん)と云います」