2014.9.6(土)
み「間数って、本当に30もあるわけ?」
爺「蔵や物置も部屋として数えれば、そのくらいになるでしょうが……。
人が居住する部屋では、19ですね」
み「何人、住んでたわけ?」
爺「使用人も含めると、30人くらいはいたようです」
み「普通の家の感覚とは違うよな」
↑『ちゃぶ台の昭和』とは、対極にある家です。
律「いつごろ建てられたんですか?」
爺「そうそう。
大事なことを伝えてませんでしたな。
竣工は、明治40年です。
1907年。
今のお金に換算すると……。
7,8億はかかったと云われてます」
み「億ションどころの話じゃないね」
律「この向かい側の部屋は?」
爺「ここは、離れの和室でした。
今は事務室になってますので、ご覧いただけません。
それでは、こちらからどうぞ」
み「どひゃー。
なんじゃ、ここは」
爺「通り土間です。
間口が2間半、奥行きが12間あります」
み「メートル法で言ってちょ」
爺「幅、4.5メートル、長さ、21.6メートルです」
み「車が入れるぞ」
律「すれ違えるわよ」
爺「実際、米を積んだ荷車が入ったようです。
奥が米蔵ですから」
み「ここが、メインの座敷だな」
律「お寺みたいね」
み「確かに」
爺「この4部屋の襖を取り外すと、63畳の大広間になります」
み「上がっていいの?」
爺「どうぞ」
み「どうやって上がるんだ?
這い上がるのか?」
爺「こちらに上がり板があります」
み「あ、そう」
爺「靴は脱いでください」
み「わかっとるわい」
律「すごーい。
この床、ぴっかぴかよ」
み「顔が映るな。
おー、囲炉裏じゃ」
律「いいわね、こういう雰囲気」
み「昔話でも、語ろうかの」
律「あんたは、いいの」
み「ありゃそう」
律「ここは、どういう役割の場所だったんですか?」
爺「家族でくつろいだり、近所の人が寄って、お茶を飲んだりしたようです。
お客様を大勢招いたようなときは……。
ここで配膳とかもしたんじゃないでしょうか。
そこが竈ですから」
み「今なら仕出しを取るんだろうが……。
昔は、みんなここで作ったんだろうね」
爺「でしょうね。
ここが、膳置き場になってます」
み「どひゃー。
何人分あるんじゃ」
律「料理屋さんが出来るわね」
爺「お客を招いたときは……。
ここが、女性たちの戦場になったわけでしょう。
でも普段は、のんびりとくつろげる場所だったようです。
太宰も、ここで近所の友人たちと遊んでたみたいです」
↑竈から見た板の間
み「そう言えば太宰って、この家で生まれたの?」
爺「そうです。
この家の竣工が、明治40年。
太宰が生まれたのは、明治42年です。
この隣の小間と呼ばれる和室で生まれてます。
見てみますか?」
み「どーれ」
爺「あ、ちょっとその前に……。
この隣の部屋に、面白いのが置いてあります」
み「何にも無いではないか」
爺「こちらですよ」
み「あ、このコート、見たことある」
爺「おー、太宰が着てたっぽいな」
爺「これを着て、記念撮影することができます。
いかがです?」
み「にゃに。
太宰が着たコートで?」
爺「いえ、これは撮影用に用意されたものです」
み「なんじゃ」
爺「本物は、展示室に置いてあります」
律「Mikiちゃん、着てみたら?
少しは文豪っぽく見えるかも」
↑インバネスとも、二重回しとも、トンビとも云われたようです。シャーロック・ホームズも、このタイプを着てました。
み「普段は見えないんかい」
律「見えるわけないでしょ」
み「あ、そ。
それじゃちょっと、着させてもらうかな」
爺「お取りしましょう」
み「おー、かたじけない」
爺「あなたは、どちらの方です?」
み「どこに見えるかな?」
爺「さっぱりわかりません。
ひょっとして、江戸時代から来たのかと……」
↑1863(文久3)年、ベアト撮影。もちろん、セッティングしたものでしょうが、江戸時代には違いありません。
み「あほか!
『越の国』は、新潟から来申した」
爺「新潟では、未だに、そんな言葉遣いをするんですか?」
み「武家ではの」
↑長崎県島原市にある武家屋敷。こういう人形には、妙に引かれます。
律「真に受けないでください」
爺「変わったお人ですな」
み「それでは、着させてもらいますかな。
こりゃまた重たいコートだな。
歩いてるだけで、肩が凝りそうじゃ。
どっこいしょっと。
どう?
文豪に見える?」
↑松本零士の複数の作品に登場するようです。
爺「……」
律「なんか……。
漫画に出てきそう。
魔法使いのなりそこないと言うか……」
み「失敬旋盤」
↑昭和職業絵尽『旋盤工』/画:和田三造
爺「写真を撮りましょう。
カメラは?」
み「持ってませんじゃ。
そこらに『写ルンです』、売ってない?」
爺「今どき、そんなの売っとりません」
↑なんと、まだ売ってるそうです。
律「わたしが携帯で撮ってあげる。
ほら、そこに立って。
言ってごらん。
“生まれてすみません”」
み「なんで、そんなこと言わにゃならんのだ」
律「ヘンな格好で、お似合いだからよ」
み「やかましい」
律「はい、チーズ」
み「“生まれてすみません”」
律「自分で言ってれば、世話ないわ」
爺「それでは、こちらの小間にどうぞ」
み「ほー。
“コマ”って、小さい間のこと?」
爺「そうです」
み「何畳あるの?」
爺「十畳ですね」
み「十畳で小間かよ。
それなら、ハーレクインの部屋は、ミクロ間だな」
爺「明治42年……。
太宰はここで、津島家の六男として生まれました」
み「ふむ。
この天井を、赤ん坊の太宰が見上げてたわけか。
感慨深いわい」
↑小間ではなく、階段の天井。これも寄木細工だそうです。
爺「では、隣の座敷にどうぞ」
み「ふーむ。
太宰が、“ただ大きいのである”と書いた気持ちがわかるな。
こんなところに座ってたら、思い切り落ち着かないわ」
律「ほら、スゴいお皿」
み「何で、ここまでデカい必要があるんだ?」
爺「床の間の隣が、仏壇になってます」
み「出たー。
巨大仏壇。
玉虫の厨子か!」
律「言葉を失うわね」
み「火事になっても、これは担ぎ出せんわ」
爺「そんなことして名を挙げた政治家がいましたな」
み「森元総理だよ」
爺「そうそう。
支持者の家が火事になったとき……。
火の中に飛び込んで、仏壇を背負って出てきたという」
↑これは、ネパールの仏壇だったのか?
み「まさに、火事場の馬鹿力だ」
↑持ちだしたモノは、時価にして3万円程度? 筋肉に血液が集中する分、脳みそが働かなくなるのでは。
爺「ま、若いころ、そういう功徳をしてたからこそ……。
あんな人でも総理になれたんでしょうな」
み「あんな人は言い過ぎだろ」
爺「失言でした」
み「ま、失言はあの人のトレードマークだけど」
爺「それじゃ、2階に参りましょうか。
その玄関前から登れるようになってます」
み「こりゃまた、突如洋風だね」
律「頑丈そうな造りよね」
爺「ケヤキ材だそうです」
み「けっこう急だな」
爺「上がったところが、洋間になっています」
み「おー、すげー」
爺「隣に、控室まで付いてます」
↑奥に見えるのが控室
み「何のために?」
爺「陳情とかを、ここで聞いたんじゃないですか?」
み「あぁ、衆議院議員だったんだよな。
ここで謁見したわけか。
殿様だね、まるで。
2階は何部屋?」
爺「8室です。
洋間はここだけで、あとはみんな和室です」
み「トイレは?」
爺「2階にはありません」
み「そりゃ不便だのぅ」
爺「昔は、どんな大きな家でもそうです。
トイレは、母屋からは離して作りましたから」
み「こんな大きな家なのに……。
下痢ピーのとき、困るではないか」
爺「ま、早めに行くしかないでしょうな」
み「ぜったい漏る。
さっきの階段に、点々と茶色い跡が着くぞ」
律「止めなさいって」
み「なんか、催して来たな」
律「漏らさないでよ」
み「間に合わなかったら、どこかの花瓶にする」
爺「2階に花瓶はありませんぞ」
み「げ。
なぜじゃ。
なら、さっきの絵皿にする」
律「されてたまりますか」
爺「降りますか?」
み「まだ火急の事態では有り申さん」
爺「それでは、もう一部屋ご覧にください」
み「花瓶、ある?」
爺「ありませんって。
掛け軸ならあります」
み「あんな硬い紙で拭いたら、尻が裂けるわい」
↑ボブスレーの世界選手権でのハプニング。魅力的なお尻ですね。この選手、ぜったいファンが増えたと思います。
爺「拭かれてたまりますか。
ほんとに大丈夫ですか?」
み「まだ、とば口までは来ておらん」
爺「それでは、こちらへどうぞ。
一旦、廊下に出て、一番奥の和室です」
律「Mikiちゃん、歩き方がヘンよ。
ほんとに危ないんじゃないの?」
み「わたしは、自己暗示にかかりやすいのだ」
爺「こちらです。
どうぞ、中へ」
み「何にも、にゃい」
爺「襖の書を御覧ください。
漢詩です」
み「読めんわい」
爺「左から2枚目です。
ここを御覧ください」
律「あ、ほら、この字……。
ひょっとして、“斜陽”?」
爺「さすが、お気づきになられましたな」
律「ここのくだり、どう読むんですか」
爺「『砧声断続響斜陽(ちんせいだんぞくしてしゃようにひびく)』ですね」
み「誰の書?」
爺「落款から、東久世通禧(ひがしくぜ みちとみ)と推測されてます」
み「誰じゃ、それ?」
爺「幕末の公家です。
明治政府では、伯爵になりました。
侍従長などの要職を歴任した後、貴族院副議長、枢密院副議長になってます」
↑左は、幕末のころ。右は、明治時代。
み「詩は、中国の?」
爺「東久世本人のようです」
み「へー、スゴいね」
爺「昔のお公家さんは、そのくらいの素養はあったということでしょう」
み「この襖って、最初からあったの?」
爺「そうです。
太宰は、この襖を見て育ったわけです」
↑旅館時代は、襖絵を枕に寝ることも出来ました。よく、傷まなかったものですね。
み「ということは……。
小説の『斜陽』という題名も、これが元ってこと?」
↑心中死する1年前に書かれました。
爺「そうなります。
この建物が『斜陽館』と呼ばれるのも……。
まさしくこの書のあるがゆえなのです」
み「ほー。
それでは、そろそろ1階に降りますかな」
律「やっぱり催してるんじゃないの?」
み「いずれにしろ、近い方が安心じゃ。
いざ、階段へ」
爺「あまり急がれますと、転げますぞ。
滑りますから」
↑ドラマのセットみたいです。
み「そこまで粗忽ではないわ」
律「ヘンな降り方。
アイリッシュダンスみたい」
み「さて、降り申した。
トイレはどこかな?」
爺「さっきの板の間の先です」
み「遠いではないか」
爺「床は、慌てると滑りますぞ」
み「光ってるもんな。
よし。
ここは、靴下裸足になって……。
スピードスケートの真似!」
律「止めなさいって」
み「見よ、このコーナーワーク」
↑時速60キロ出てるそうです。
律「ちょっと、畳の部屋に入ってどうすんのよ」
爺「転びますぞ」
み「すてーん」
律「ほら、転んだ」
み「た、畳の目に足を掬われ申した。
Mikiko選手、無念の転倒です。
あたたたた」
↑もちろん、作りです。
律「ここまでバカだとは思わなかった」
み「こ、腰がぁぁぁ」
律「早く起きなさいよ。
みっともない」
み「起こしてちょ」
律「やなこった」
み「そこのご老人」
爺「誰が老人ですかな。
あなたの格好の方が、よっぽど老人ですぞ」
み「くそ。
立て、立つんだジョ~」
↑那覇の『国際通り』にあります。
爺「立っただけじゃダメですぞ。
ファイティングポーズを取らないと」
み「こうか?」
□東北に行こう!(946-2/2)
律「バカとしか思えないわ。
トイレは大丈夫なの?」
み「あ、忘れてた。
引っ込んだみたい」
律「出なくて良かったじゃないの」
み「少し出たかも」
↑北海道『登別伊達時代村』のトイレにあります。
律「やめてちょうだい。
早く行って来なさいよ」
み「トイレは?」
爺「そこを右に回り込んだところにあります」
み「おおそうか。
すぐそこじゃな。」
なんか、近くに来たら余裕になった」
爺「どうしますかな?」
み「まさか、和式ではあるまいな?」
↑最近の新入生の中には、和式トイレを使ったことがない子がいるそうです。事前の練習が必要だとか。
み「この腰の状態では、しゃがめんぞ。
ちょっと、様子だけ確かめて来るか」
爺「そっちではありませんぞ」
み「どひゃー。
なんじゃこりゃー。
和式も和式、縄文式便器ではないか!」
み「なるほど。
これなら名作が書けそうだわい。
何より、余計なものが載ってないのがいい。
気が散らないよな」
律「あんたの机は、余計なものだらけみたいね」
み「そんなにたくさんは無いわい。
肩こりの『アンメルツ ゴールドEX グリグリ』に……」
律「何よ、その“グリグリ”って?」
み「液が出るところが鉄球になってて……。
それで“グリグリ”するわけよ」
み「あと、『鼻しっとりジェル』」
律「何それ?」
み「鼻の穴の保湿液。
冬場は鼻が乾くの」
律「犬みたい」
↑ボルゾイくん。
律「それは、鼻の頭でしょ」
み「わたしが乾くのは、鼻の穴。
ポテトチップスみたいな鼻くそが出る」
律「いちいち汚いんだから」
み「あとは、お香を焚く灰皿と……」
↑今は、これがお気に入り。
み「お茶のペットボトルくらいかな。
ま、キーボードとマウスはしょうがないしね」
爺「文机に載ってるのが、自筆原稿ですね」
↑『走ラヌ名馬』。
み「ふーん。
太宰って、口述筆記だったんじゃないの?」
爺「実際、残されてる自筆原稿は、ほとんど無いようです」
み「あの原稿の脇にある鉢みたいなのは?」
爺「太宰が夜店で買って愛用したという、鋳物の灰皿です」
み「む。
書店の法則が働いてきた」
律「何よ、それ?」
み「書棚とかを見てると、トイレに行きたくなる現象」
律「さっさと行って来なさい」
み「またスピードスケートで行くか」
↑何度見ても面白い、フィギュアスケートペアのパイルドライバー。
律「歩いて行きなさい」
↑Googleのストリートビューに写りこんだ、2本足で歩く猫。
さてさて、トイレは観覧者用に改築されており……。
ちゃんと、男女別でありますので、ご安心くださいね(残念ながら、トイレの画像はありませんでした。こういう、人が撮らないような所を撮ってこそ、価値があるのですぞ)。
み「Mikiko四等兵、ただいま帰還つかまつりました!
なんだ、まだ見てたの?」
律「いろいろご説明いただいてたのよ。
太宰のものだけでなく、大地主だった津島家の資料もあるから」
み「ふーん。
見るところは、これでひととおり?」
爺「奥に米蔵があります」
み「なるほど。
見ましょう」
律「スゴいわね」
↑残念ながら、ここも撮影禁止です。
爺「小作米をここに収めたわけです」
み「ふーむ。
なぜか、『ずいずいずっころばし』の歌を思い出してしまった」
み「やっぱり、ネズミよけに猫を飼ってたんだろうか?」
↑『トムとジェリー』。大好きなアニメでした。
爺「かも知れませんね」
み「さて、これですべてかな。
あれ?
この家って、お風呂が無いの?
まさか、銭湯じゃないでしょ?」
爺「あ、それなら、そこが風呂の跡ですね」
み「これか?」
爺「それは竈です。
そんなところに、どうやって入るんですか」
み「目玉おやじなら入れるぞ」
爺「こっちですよ」
み「案外小ぢんまりしてるんだね。
ところで先生、今、何時?
律「3時半前だけど?」
み「げ。
マズい。
急がねば」
律「何時の汽車に乗るの?」
み「15:39」
律「ちょっと、ギリギリなんじゃない?」
み「表にタクシーなんか、待ってないよな」
↑福岡に実在する個人タクシーだそうです。目撃した人は幸せになれるとか。
律「トイレに行ったりしてるからよ」
み「それで待たせたわけじゃないでしょ」
律「それ逃したら、次のまでだいぶあるんじゃないの?」
爺「確か次は、17:15だった思いますぞ」
律「1時間半も後!
急ぐわよ。
あの、いろいろお世話になりました」
爺「よろしければお送りしますが。
車で来ておりますから」
み「にゃんと!
初めて役に立った」
律「失礼なこと言わないの!」
爺「どうぞ、お気になさらずに」
み「駐車場は?」
爺「この向かいです」
み「おー。
けっこう広いな。
『疎開の家』とは大違いじゃ」
み「車もいっぱい止まっておるわい。
どれがいいかな?」
律「選べるわけじゃないでしょ」
み「あ、レクサスがある。
ひょっとして、これ?」
爺「違います」
み「やっぱり」
み「まさか……。
あの軽トラじゃないよな」
爺「軽トラに3人は乗れませんぞ」
律「この人、荷台で十分ですから」
み「何が悲しゅうて……。
青森まで来て、軽トラの荷台に乗らにゃならんのだ!」
爺「軽トラではありません。
これです」
律「えー、面白い格好の車」
爺「カングーと云います」
↑今、一番気になるクルマです。
み「聞いたことないぞ。
韓国製?」
爺「フランスのルノーです」
み「思い切り似合わん。
ほんとにフランス?
右ハンドルじゃないか」
爺「日本では、右ハンドル車が売られてます。
さ、どうぞ。
あ、助手席には、観光ガイドの資料を積んでますから……。
すみませんが、お2人とも後部座席でお願いします」
み「タクシーみたいだな。
やっぱり、白タク?」
↑昔、新宿から厨子まで白タクに乗ったことがあります。終電が無くなった厨子在住の同僚から、1人だと怖いので一緒に乗ってくれと頼まれたのです。わたしはお金を払ってないので、いくらかかったのかは忘れました。
律「失礼なこと言わないの!
せっかく送ってくださるんだから」
爺「シートベルトはよろしいですかな?」
み「後部座席もするの?」
爺「してください」
↑犬もすなる。
爺「それでは、出発しますぞ」
み「メーター、倒すなよ」
爺「ありませんって。
さてと。
『金木駅』までなら、あっという間ですが……。
今日は、どちらまで行かれますのかな?
『五所川原』ですか?」
↑ぜひ見たいのですが、開催期間が、新潟まつりとモロにかぶります。
み「『五所川原』泊まりなら、こんな時間に焦る必要ないでしょ。
このまま足を伸ばして、『青森』まで行き申す。
五能線と奥羽本線を乗り継いて……。
『青森』に着くのは、18時ちょっと前くらいかな」
爺「なんだ、青森ですか。
それなら、青森までお送りしましょう」
律「そんな。
悪いですわ」
爺「ははは。
ぜんぜん悪くありません。
わたし、これから青森に帰りますので」
律「青森からいらしたんですか?」
爺「そうです。
1人で帰るも、お2人を乗せて帰るも一緒ですよ」
「ほんとに白タクじゃないのか?」
↑お伊勢参りの玄関口『伊勢市駅』。祟りは無いんでしょうな。
爺「しませんって。
ちゃんと、無料でお送りしますよ」
み「ついでに、新潟まで送ってもらえんか?」
爺「それは、無理です」
爺「よろしいですか、青森で?」
律「ほんとにすみません」
爺「それじゃ、別に慌てる必要もありませんな。
のんびり参りましょう。
あ、そうだ。
金木では、どこを見られましたか?」
律「今の『斜陽館』と……」
律「えーっと」
爺「白川さんとこでしょ?
『疎開の家』」
律「そうです、そうです」
爺「あとは?」
律「それだけです」
爺「それじゃ、もう1箇所くらい、太宰に縁のあるところをご覧になりませんか?」
み「それもよかろ。
ただし、タダのところにしてちょ」
爺「ここからすぐに、雲祥寺というお寺があります。
拝観は無料です」
律「どういうお寺ですか?」
爺「太宰の子守だったタケの実家の菩提寺です」
↑太宰とタケは、11歳違いですので、左の子供は太宰ではありませんね。
爺「幼い太宰は、タケに連れられて、よくそのお寺に来てたようです」
↑30年ぶりに再会した太宰とタケの像。小説『津軽』の一場面。
爺「ご存知ありませんかな?
後生車の話?」
み「あ、あれか。
鉄の輪っかを回した話だろ?」
爺「そうです、そうです。
あ、着きました」
み「もう着いたの?」
爺「子守のタケが、太宰をおぶって通ったところですからね。
歩いても5分くらいですよ」
律「立派な山門ですわね」
爺「鐘楼を兼ねた、鐘楼門ですね」
↑鉄製の階段が付いてますので、今でも撞かれてるんでしょうね。
爺「そこの地蔵堂の脇に、太宰の石碑が立ってます」
み「おー、これ、後生車のデザインでしょ?」
爺「そうです。
『想い出』の中では、後生車について、こう書かれてます」
『その輪をからから廻して、やがて、そのまま止つてじつと動かないならその廻した人は極樂へ行き、一旦とまりさうになつてから、又からんと逆に廻れば地獄へ落ちる、とたけは言つた』
↑相当回されてるらしく、補修の跡が見られます。
爺「蔵や物置も部屋として数えれば、そのくらいになるでしょうが……。
人が居住する部屋では、19ですね」
み「何人、住んでたわけ?」
爺「使用人も含めると、30人くらいはいたようです」
み「普通の家の感覚とは違うよな」
↑『ちゃぶ台の昭和』とは、対極にある家です。
律「いつごろ建てられたんですか?」
爺「そうそう。
大事なことを伝えてませんでしたな。
竣工は、明治40年です。
1907年。
今のお金に換算すると……。
7,8億はかかったと云われてます」
み「億ションどころの話じゃないね」
律「この向かい側の部屋は?」
爺「ここは、離れの和室でした。
今は事務室になってますので、ご覧いただけません。
それでは、こちらからどうぞ」
み「どひゃー。
なんじゃ、ここは」
爺「通り土間です。
間口が2間半、奥行きが12間あります」
み「メートル法で言ってちょ」
爺「幅、4.5メートル、長さ、21.6メートルです」
み「車が入れるぞ」
律「すれ違えるわよ」
爺「実際、米を積んだ荷車が入ったようです。
奥が米蔵ですから」
み「ここが、メインの座敷だな」
律「お寺みたいね」
み「確かに」
爺「この4部屋の襖を取り外すと、63畳の大広間になります」
み「上がっていいの?」
爺「どうぞ」
み「どうやって上がるんだ?
這い上がるのか?」
爺「こちらに上がり板があります」
み「あ、そう」
爺「靴は脱いでください」
み「わかっとるわい」
律「すごーい。
この床、ぴっかぴかよ」
み「顔が映るな。
おー、囲炉裏じゃ」
律「いいわね、こういう雰囲気」
み「昔話でも、語ろうかの」
律「あんたは、いいの」
み「ありゃそう」
律「ここは、どういう役割の場所だったんですか?」
爺「家族でくつろいだり、近所の人が寄って、お茶を飲んだりしたようです。
お客様を大勢招いたようなときは……。
ここで配膳とかもしたんじゃないでしょうか。
そこが竈ですから」
み「今なら仕出しを取るんだろうが……。
昔は、みんなここで作ったんだろうね」
爺「でしょうね。
ここが、膳置き場になってます」
み「どひゃー。
何人分あるんじゃ」
律「料理屋さんが出来るわね」
爺「お客を招いたときは……。
ここが、女性たちの戦場になったわけでしょう。
でも普段は、のんびりとくつろげる場所だったようです。
太宰も、ここで近所の友人たちと遊んでたみたいです」
↑竈から見た板の間
み「そう言えば太宰って、この家で生まれたの?」
爺「そうです。
この家の竣工が、明治40年。
太宰が生まれたのは、明治42年です。
この隣の小間と呼ばれる和室で生まれてます。
見てみますか?」
み「どーれ」
爺「あ、ちょっとその前に……。
この隣の部屋に、面白いのが置いてあります」
み「何にも無いではないか」
爺「こちらですよ」
み「あ、このコート、見たことある」
爺「おー、太宰が着てたっぽいな」
爺「これを着て、記念撮影することができます。
いかがです?」
み「にゃに。
太宰が着たコートで?」
爺「いえ、これは撮影用に用意されたものです」
み「なんじゃ」
爺「本物は、展示室に置いてあります」
律「Mikiちゃん、着てみたら?
少しは文豪っぽく見えるかも」
↑インバネスとも、二重回しとも、トンビとも云われたようです。シャーロック・ホームズも、このタイプを着てました。
み「普段は見えないんかい」
律「見えるわけないでしょ」
み「あ、そ。
それじゃちょっと、着させてもらうかな」
爺「お取りしましょう」
み「おー、かたじけない」
爺「あなたは、どちらの方です?」
み「どこに見えるかな?」
爺「さっぱりわかりません。
ひょっとして、江戸時代から来たのかと……」
↑1863(文久3)年、ベアト撮影。もちろん、セッティングしたものでしょうが、江戸時代には違いありません。
み「あほか!
『越の国』は、新潟から来申した」
爺「新潟では、未だに、そんな言葉遣いをするんですか?」
み「武家ではの」
↑長崎県島原市にある武家屋敷。こういう人形には、妙に引かれます。
律「真に受けないでください」
爺「変わったお人ですな」
み「それでは、着させてもらいますかな。
こりゃまた重たいコートだな。
歩いてるだけで、肩が凝りそうじゃ。
どっこいしょっと。
どう?
文豪に見える?」
↑松本零士の複数の作品に登場するようです。
爺「……」
律「なんか……。
漫画に出てきそう。
魔法使いのなりそこないと言うか……」
み「失敬旋盤」
↑昭和職業絵尽『旋盤工』/画:和田三造
爺「写真を撮りましょう。
カメラは?」
み「持ってませんじゃ。
そこらに『写ルンです』、売ってない?」
爺「今どき、そんなの売っとりません」
↑なんと、まだ売ってるそうです。
律「わたしが携帯で撮ってあげる。
ほら、そこに立って。
言ってごらん。
“生まれてすみません”」
み「なんで、そんなこと言わにゃならんのだ」
律「ヘンな格好で、お似合いだからよ」
み「やかましい」
律「はい、チーズ」
み「“生まれてすみません”」
律「自分で言ってれば、世話ないわ」
爺「それでは、こちらの小間にどうぞ」
み「ほー。
“コマ”って、小さい間のこと?」
爺「そうです」
み「何畳あるの?」
爺「十畳ですね」
み「十畳で小間かよ。
それなら、ハーレクインの部屋は、ミクロ間だな」
爺「明治42年……。
太宰はここで、津島家の六男として生まれました」
み「ふむ。
この天井を、赤ん坊の太宰が見上げてたわけか。
感慨深いわい」
↑小間ではなく、階段の天井。これも寄木細工だそうです。
爺「では、隣の座敷にどうぞ」
み「ふーむ。
太宰が、“ただ大きいのである”と書いた気持ちがわかるな。
こんなところに座ってたら、思い切り落ち着かないわ」
律「ほら、スゴいお皿」
み「何で、ここまでデカい必要があるんだ?」
爺「床の間の隣が、仏壇になってます」
み「出たー。
巨大仏壇。
玉虫の厨子か!」
律「言葉を失うわね」
み「火事になっても、これは担ぎ出せんわ」
爺「そんなことして名を挙げた政治家がいましたな」
み「森元総理だよ」
爺「そうそう。
支持者の家が火事になったとき……。
火の中に飛び込んで、仏壇を背負って出てきたという」
↑これは、ネパールの仏壇だったのか?
み「まさに、火事場の馬鹿力だ」
↑持ちだしたモノは、時価にして3万円程度? 筋肉に血液が集中する分、脳みそが働かなくなるのでは。
爺「ま、若いころ、そういう功徳をしてたからこそ……。
あんな人でも総理になれたんでしょうな」
み「あんな人は言い過ぎだろ」
爺「失言でした」
み「ま、失言はあの人のトレードマークだけど」
爺「それじゃ、2階に参りましょうか。
その玄関前から登れるようになってます」
み「こりゃまた、突如洋風だね」
律「頑丈そうな造りよね」
爺「ケヤキ材だそうです」
み「けっこう急だな」
爺「上がったところが、洋間になっています」
み「おー、すげー」
爺「隣に、控室まで付いてます」
↑奥に見えるのが控室
み「何のために?」
爺「陳情とかを、ここで聞いたんじゃないですか?」
み「あぁ、衆議院議員だったんだよな。
ここで謁見したわけか。
殿様だね、まるで。
2階は何部屋?」
爺「8室です。
洋間はここだけで、あとはみんな和室です」
み「トイレは?」
爺「2階にはありません」
み「そりゃ不便だのぅ」
爺「昔は、どんな大きな家でもそうです。
トイレは、母屋からは離して作りましたから」
み「こんな大きな家なのに……。
下痢ピーのとき、困るではないか」
爺「ま、早めに行くしかないでしょうな」
み「ぜったい漏る。
さっきの階段に、点々と茶色い跡が着くぞ」
律「止めなさいって」
み「なんか、催して来たな」
律「漏らさないでよ」
み「間に合わなかったら、どこかの花瓶にする」
爺「2階に花瓶はありませんぞ」
み「げ。
なぜじゃ。
なら、さっきの絵皿にする」
律「されてたまりますか」
爺「降りますか?」
み「まだ火急の事態では有り申さん」
爺「それでは、もう一部屋ご覧にください」
み「花瓶、ある?」
爺「ありませんって。
掛け軸ならあります」
み「あんな硬い紙で拭いたら、尻が裂けるわい」
↑ボブスレーの世界選手権でのハプニング。魅力的なお尻ですね。この選手、ぜったいファンが増えたと思います。
爺「拭かれてたまりますか。
ほんとに大丈夫ですか?」
み「まだ、とば口までは来ておらん」
爺「それでは、こちらへどうぞ。
一旦、廊下に出て、一番奥の和室です」
律「Mikiちゃん、歩き方がヘンよ。
ほんとに危ないんじゃないの?」
み「わたしは、自己暗示にかかりやすいのだ」
爺「こちらです。
どうぞ、中へ」
み「何にも、にゃい」
爺「襖の書を御覧ください。
漢詩です」
み「読めんわい」
爺「左から2枚目です。
ここを御覧ください」
律「あ、ほら、この字……。
ひょっとして、“斜陽”?」
爺「さすが、お気づきになられましたな」
律「ここのくだり、どう読むんですか」
爺「『砧声断続響斜陽(ちんせいだんぞくしてしゃようにひびく)』ですね」
み「誰の書?」
爺「落款から、東久世通禧(ひがしくぜ みちとみ)と推測されてます」
み「誰じゃ、それ?」
爺「幕末の公家です。
明治政府では、伯爵になりました。
侍従長などの要職を歴任した後、貴族院副議長、枢密院副議長になってます」
↑左は、幕末のころ。右は、明治時代。
み「詩は、中国の?」
爺「東久世本人のようです」
み「へー、スゴいね」
爺「昔のお公家さんは、そのくらいの素養はあったということでしょう」
み「この襖って、最初からあったの?」
爺「そうです。
太宰は、この襖を見て育ったわけです」
↑旅館時代は、襖絵を枕に寝ることも出来ました。よく、傷まなかったものですね。
み「ということは……。
小説の『斜陽』という題名も、これが元ってこと?」
↑心中死する1年前に書かれました。
爺「そうなります。
この建物が『斜陽館』と呼ばれるのも……。
まさしくこの書のあるがゆえなのです」
み「ほー。
それでは、そろそろ1階に降りますかな」
律「やっぱり催してるんじゃないの?」
み「いずれにしろ、近い方が安心じゃ。
いざ、階段へ」
爺「あまり急がれますと、転げますぞ。
滑りますから」
↑ドラマのセットみたいです。
み「そこまで粗忽ではないわ」
律「ヘンな降り方。
アイリッシュダンスみたい」
み「さて、降り申した。
トイレはどこかな?」
爺「さっきの板の間の先です」
み「遠いではないか」
爺「床は、慌てると滑りますぞ」
み「光ってるもんな。
よし。
ここは、靴下裸足になって……。
スピードスケートの真似!」
律「止めなさいって」
み「見よ、このコーナーワーク」
↑時速60キロ出てるそうです。
律「ちょっと、畳の部屋に入ってどうすんのよ」
爺「転びますぞ」
み「すてーん」
律「ほら、転んだ」
み「た、畳の目に足を掬われ申した。
Mikiko選手、無念の転倒です。
あたたたた」
↑もちろん、作りです。
律「ここまでバカだとは思わなかった」
み「こ、腰がぁぁぁ」
律「早く起きなさいよ。
みっともない」
み「起こしてちょ」
律「やなこった」
み「そこのご老人」
爺「誰が老人ですかな。
あなたの格好の方が、よっぽど老人ですぞ」
み「くそ。
立て、立つんだジョ~」
↑那覇の『国際通り』にあります。
爺「立っただけじゃダメですぞ。
ファイティングポーズを取らないと」
み「こうか?」
□東北に行こう!(946-2/2)
律「バカとしか思えないわ。
トイレは大丈夫なの?」
み「あ、忘れてた。
引っ込んだみたい」
律「出なくて良かったじゃないの」
み「少し出たかも」
↑北海道『登別伊達時代村』のトイレにあります。
律「やめてちょうだい。
早く行って来なさいよ」
み「トイレは?」
爺「そこを右に回り込んだところにあります」
み「おおそうか。
すぐそこじゃな。」
なんか、近くに来たら余裕になった」
爺「どうしますかな?」
み「まさか、和式ではあるまいな?」
↑最近の新入生の中には、和式トイレを使ったことがない子がいるそうです。事前の練習が必要だとか。
み「この腰の状態では、しゃがめんぞ。
ちょっと、様子だけ確かめて来るか」
爺「そっちではありませんぞ」
み「どひゃー。
なんじゃこりゃー。
和式も和式、縄文式便器ではないか!」
み「なるほど。
これなら名作が書けそうだわい。
何より、余計なものが載ってないのがいい。
気が散らないよな」
律「あんたの机は、余計なものだらけみたいね」
み「そんなにたくさんは無いわい。
肩こりの『アンメルツ ゴールドEX グリグリ』に……」
律「何よ、その“グリグリ”って?」
み「液が出るところが鉄球になってて……。
それで“グリグリ”するわけよ」
み「あと、『鼻しっとりジェル』」
律「何それ?」
み「鼻の穴の保湿液。
冬場は鼻が乾くの」
律「犬みたい」
↑ボルゾイくん。
律「それは、鼻の頭でしょ」
み「わたしが乾くのは、鼻の穴。
ポテトチップスみたいな鼻くそが出る」
律「いちいち汚いんだから」
み「あとは、お香を焚く灰皿と……」
↑今は、これがお気に入り。
み「お茶のペットボトルくらいかな。
ま、キーボードとマウスはしょうがないしね」
爺「文机に載ってるのが、自筆原稿ですね」
↑『走ラヌ名馬』。
み「ふーん。
太宰って、口述筆記だったんじゃないの?」
爺「実際、残されてる自筆原稿は、ほとんど無いようです」
み「あの原稿の脇にある鉢みたいなのは?」
爺「太宰が夜店で買って愛用したという、鋳物の灰皿です」
み「む。
書店の法則が働いてきた」
律「何よ、それ?」
み「書棚とかを見てると、トイレに行きたくなる現象」
律「さっさと行って来なさい」
み「またスピードスケートで行くか」
↑何度見ても面白い、フィギュアスケートペアのパイルドライバー。
律「歩いて行きなさい」
↑Googleのストリートビューに写りこんだ、2本足で歩く猫。
さてさて、トイレは観覧者用に改築されており……。
ちゃんと、男女別でありますので、ご安心くださいね(残念ながら、トイレの画像はありませんでした。こういう、人が撮らないような所を撮ってこそ、価値があるのですぞ)。
み「Mikiko四等兵、ただいま帰還つかまつりました!
なんだ、まだ見てたの?」
律「いろいろご説明いただいてたのよ。
太宰のものだけでなく、大地主だった津島家の資料もあるから」
み「ふーん。
見るところは、これでひととおり?」
爺「奥に米蔵があります」
み「なるほど。
見ましょう」
律「スゴいわね」
↑残念ながら、ここも撮影禁止です。
爺「小作米をここに収めたわけです」
み「ふーむ。
なぜか、『ずいずいずっころばし』の歌を思い出してしまった」
み「やっぱり、ネズミよけに猫を飼ってたんだろうか?」
↑『トムとジェリー』。大好きなアニメでした。
爺「かも知れませんね」
み「さて、これですべてかな。
あれ?
この家って、お風呂が無いの?
まさか、銭湯じゃないでしょ?」
爺「あ、それなら、そこが風呂の跡ですね」
み「これか?」
爺「それは竈です。
そんなところに、どうやって入るんですか」
み「目玉おやじなら入れるぞ」
爺「こっちですよ」
み「案外小ぢんまりしてるんだね。
ところで先生、今、何時?
律「3時半前だけど?」
み「げ。
マズい。
急がねば」
律「何時の汽車に乗るの?」
み「15:39」
律「ちょっと、ギリギリなんじゃない?」
み「表にタクシーなんか、待ってないよな」
↑福岡に実在する個人タクシーだそうです。目撃した人は幸せになれるとか。
律「トイレに行ったりしてるからよ」
み「それで待たせたわけじゃないでしょ」
律「それ逃したら、次のまでだいぶあるんじゃないの?」
爺「確か次は、17:15だった思いますぞ」
律「1時間半も後!
急ぐわよ。
あの、いろいろお世話になりました」
爺「よろしければお送りしますが。
車で来ておりますから」
み「にゃんと!
初めて役に立った」
律「失礼なこと言わないの!」
爺「どうぞ、お気になさらずに」
み「駐車場は?」
爺「この向かいです」
み「おー。
けっこう広いな。
『疎開の家』とは大違いじゃ」
み「車もいっぱい止まっておるわい。
どれがいいかな?」
律「選べるわけじゃないでしょ」
み「あ、レクサスがある。
ひょっとして、これ?」
爺「違います」
み「やっぱり」
み「まさか……。
あの軽トラじゃないよな」
爺「軽トラに3人は乗れませんぞ」
律「この人、荷台で十分ですから」
み「何が悲しゅうて……。
青森まで来て、軽トラの荷台に乗らにゃならんのだ!」
爺「軽トラではありません。
これです」
律「えー、面白い格好の車」
爺「カングーと云います」
↑今、一番気になるクルマです。
み「聞いたことないぞ。
韓国製?」
爺「フランスのルノーです」
み「思い切り似合わん。
ほんとにフランス?
右ハンドルじゃないか」
爺「日本では、右ハンドル車が売られてます。
さ、どうぞ。
あ、助手席には、観光ガイドの資料を積んでますから……。
すみませんが、お2人とも後部座席でお願いします」
み「タクシーみたいだな。
やっぱり、白タク?」
↑昔、新宿から厨子まで白タクに乗ったことがあります。終電が無くなった厨子在住の同僚から、1人だと怖いので一緒に乗ってくれと頼まれたのです。わたしはお金を払ってないので、いくらかかったのかは忘れました。
律「失礼なこと言わないの!
せっかく送ってくださるんだから」
爺「シートベルトはよろしいですかな?」
み「後部座席もするの?」
爺「してください」
↑犬もすなる。
爺「それでは、出発しますぞ」
み「メーター、倒すなよ」
爺「ありませんって。
さてと。
『金木駅』までなら、あっという間ですが……。
今日は、どちらまで行かれますのかな?
『五所川原』ですか?」
↑ぜひ見たいのですが、開催期間が、新潟まつりとモロにかぶります。
み「『五所川原』泊まりなら、こんな時間に焦る必要ないでしょ。
このまま足を伸ばして、『青森』まで行き申す。
五能線と奥羽本線を乗り継いて……。
『青森』に着くのは、18時ちょっと前くらいかな」
爺「なんだ、青森ですか。
それなら、青森までお送りしましょう」
律「そんな。
悪いですわ」
爺「ははは。
ぜんぜん悪くありません。
わたし、これから青森に帰りますので」
律「青森からいらしたんですか?」
爺「そうです。
1人で帰るも、お2人を乗せて帰るも一緒ですよ」
「ほんとに白タクじゃないのか?」
↑お伊勢参りの玄関口『伊勢市駅』。祟りは無いんでしょうな。
爺「しませんって。
ちゃんと、無料でお送りしますよ」
み「ついでに、新潟まで送ってもらえんか?」
爺「それは、無理です」
爺「よろしいですか、青森で?」
律「ほんとにすみません」
爺「それじゃ、別に慌てる必要もありませんな。
のんびり参りましょう。
あ、そうだ。
金木では、どこを見られましたか?」
律「今の『斜陽館』と……」
律「えーっと」
爺「白川さんとこでしょ?
『疎開の家』」
律「そうです、そうです」
爺「あとは?」
律「それだけです」
爺「それじゃ、もう1箇所くらい、太宰に縁のあるところをご覧になりませんか?」
み「それもよかろ。
ただし、タダのところにしてちょ」
爺「ここからすぐに、雲祥寺というお寺があります。
拝観は無料です」
律「どういうお寺ですか?」
爺「太宰の子守だったタケの実家の菩提寺です」
↑太宰とタケは、11歳違いですので、左の子供は太宰ではありませんね。
爺「幼い太宰は、タケに連れられて、よくそのお寺に来てたようです」
↑30年ぶりに再会した太宰とタケの像。小説『津軽』の一場面。
爺「ご存知ありませんかな?
後生車の話?」
み「あ、あれか。
鉄の輪っかを回した話だろ?」
爺「そうです、そうです。
あ、着きました」
み「もう着いたの?」
爺「子守のタケが、太宰をおぶって通ったところですからね。
歩いても5分くらいですよ」
律「立派な山門ですわね」
爺「鐘楼を兼ねた、鐘楼門ですね」
↑鉄製の階段が付いてますので、今でも撞かれてるんでしょうね。
爺「そこの地蔵堂の脇に、太宰の石碑が立ってます」
み「おー、これ、後生車のデザインでしょ?」
爺「そうです。
『想い出』の中では、後生車について、こう書かれてます」
『その輪をからから廻して、やがて、そのまま止つてじつと動かないならその廻した人は極樂へ行き、一旦とまりさうになつてから、又からんと逆に廻れば地獄へ落ちる、とたけは言つた』
↑相当回されてるらしく、補修の跡が見られます。