2014.3.29(土)
食「果肉まで赤いリンゴ、『御所川原』のジュースもお勧めです」
↑ジュースも真っ赤です。
み「それはぜひ、ウォッカで割って飲みたいものじゃ。
擦りリンゴも入れると絶品に違いない」
↑こちらは、ジャムです。皮を剥いてざく切りにし、砂糖を加えて煮ただけで、こんな色合いに仕上がるそうです。
食「ウォッカは、置いてないと思います」
み「あらそう」
↑ポーランドでは、ウォッカのチェイサーとして、りんごジュースを飲むとか。割って飲めばいいのに。
律「あ、駅に着いたみたいね」
食「はい、『五所川原駅』到着です」
み「確かに、久しぶりに大きい駅だな」
食「五能線で唯一の、終日駅員配置駅ですから」
↑線路もいっぱいあります。
み「その唯一ってのがスゴい。
何分停車?」
食「えーっと、1分ですね」
み「短か」
食「さすがにこれでは、駅弁も買いに降りれません」
み「あのさ。
『五所川原駅』からって、津軽三味線の奏者が乗ってきて……。
生演奏が楽しめるんじゃなかった」
↑こちらは、スコップ三味線。こんな人たちは乗ってきません。
食「よくご存知ですね。
3号車のイベントスペースで披露されるはずです」
↑これだけ間近で聞くと、迫力あるでしょうね。
食「でも、あれは、上りの便だけだったんじゃないかな。
下りでもやるのかな?」
み「ちょっと、見てきてくれる?
その人たち、乗って来てるか」
食「あ、いいっすよ」
食くんは、デブには似合わぬ身軽さで席を立ち、ドアを抜けて行きました。
み「先生、早く荷物持って」
律「え?
どうしたのよ」
み「降りるに決まってるでしょ。
切符見てないの?
『五所川原』までになってるでしょ」
律「ちょっと、どうしてもっと早く言わないのよ。
あの人は、この先も乗って行くんでしょ?」
み「だろうね」
律「挨拶も出来ないじゃない。
なんで、行かせちゃったのよ」
み「そのスキに降りるために決まっておる」
律「信じられない。
こんなに仲良くなったのに」
み「情が移った?」
律「当たり前でしょ。
せめて、お礼くらい言わなきゃ」
み「別れの愁嘆場は、昨日のバスで懲り懲り。
旅に別れはつきものでしょ。
縁があれば、またどこかで会えるって。
それに、ここで降りるなんて言ったら……。
あいつも一緒に着いて来かねないよ」
律「それは……。
そうね」
み「この先、ずーっとあいつと旅する?
鬱陶しいぞぉ」
律「それも……。
そうね」
み「案外、冷たいじゃない」
律「あんたが言わせたんでしょ」
み「ほら、バッグ持って。
1分停車なんだから、もう発車しちゃうよ」
まだ隣の車両のドアを振り返る先生を引きずり、ホームに降ります。
わたしたちが降りたのを確認し、駅員さんがホイッスルを吹きました。
ドアが締まります。
律「なんだか、中島みゆきの歌、思い出しちゃった」
↑この歌ばかりが、あまりにも有名になりましたが。
み「先生、中島みゆきなんて聞いてたの?」
律「ひとりだと、いろいろね」
み「当ててみようか。
“振り向けばドアが閉まる”でしょ?」
長らく旅を共にしてくれた食くんとのお別れです。
みなさんも一緒にお聞きください。
中島みゆき『ホームにて』。
リゾートしらかみ『くまげら』、発車します。
律「あ、ほら」
先生の指差す先に、食くんが見えました。
ホームにいるわたしたちを見つけ、窓に張り付きました。
驚愕に見開いた目。
ほっぺたを窓に押し付けて、顔がひしゃげてます。
み「最後まで醜いヤツ」
律「そんなこと言わないの。
やっぱり可哀想」
み「やり直しの効かないお芝居を、死ぬまで続けていくのが人生です」
律「なら、せめて手を振りましょう」
み「さらばじゃー」
頬をガラスに貼りつけたまま、食くんが遠ざかっていきます。
↑側面展望『五所川原⇒陸奥鶴田』。「み」さん一行は見れない風景です。
み「縁があれば、また逢えるって」
律「無ければ?」
み「これが今生のお別れです」
律「ヒドい人」
み「さて、行くぞ」
律「これから、どこ行くの?」
み「津軽鉄道で北に向かう」
律「信じられない。
さっきまで、その話してたのに、一言も言わないんだから。
ひょっとして、あさりを食べに行くんじゃ無いでしょうね?」
↑出た! 久々のキャラ弁。あさりちゃん弁当です。
み「あさりじゃなくて、しじみでしょ」
↑札幌にあります。
律「ま、お昼どきだしね。
でも、十三湖へは、津軽鉄道より、『五所川原』からバスの方がいいって言ってなかった?」
↑『五所川原』駅前にある弘南バス案内所。ここで聞きましょう。しかし……。駅前でもプロパンってのがスゴい。
み「十三湖へは行かぬわ」
律「じゃ、どこに行くのよ?
ま、いいわ。
そんならとりあえず、『立佞武多の館』でお昼にする?」
↑カレーにグラタンセット。洋風メニューもあります。これなら、軽いお昼にぴったりです。
み「奢ってくれる?」
律「なんでよ!」
み「じゃ、やめ。
高いから」
律「ケチ」
み「どっちが!」
み「それじゃ、行った先で食べよう。
発車まで、もう30分も無いし」
律「津軽鉄道って、ここから繋がってるの?」
み「たぶん、そうだと思う」
↑こちら側のホームが五能線。跨線橋を渡った向こうが津軽鉄道のようです。
み「でも、一旦駅の外に出てみない?
時間あるから。
『立佞武多の館』までは足を伸ばせないけど……。
電線の無くなった町並みは、見れるよ」
律「そんなの見たって、しょうがないけど……。
ま、時間があるんならいいか」
み「つべこべ言わない。
おー。
地方の駅って、やっぱり雰囲気あるよね」
律「雰囲気ありすぎの駅もあるけど」
み「冬に来たら、心が凍りそうな駅ばっかりだったからね」
↑雪の『驫木駅』。
み「このくらい大きいと、ホッとするわ」
律「ここが駅前通りね。
確かに、電線が無いわ」
み「うーむ。
やっぱり、寂れてる感は否めないのぅ」
律「地方の駅前商店街って、みんなこんななの?」
み「新潟もそうだよ。
わたしの住んでる町の近くに、『新津』って駅があるんだけどね」
↑『新津駅』。駅舎は立派です。
律「あ、何とか資料館の時に出てきた駅じゃない?」
み「そうそう。
『新津鉄道資料館』」
み「まさに、鉄道の要衝として栄えた町」
↑現在の『新津駅』。鉄道の要衝ではあり続けてます。
み「昔は、『新津市』って、独立した市だったわけ」
律「今は?」
み「今は、新潟市になってる。
秋葉区(あきはく)」
↑『新津市』と『小須戸町』で、秋葉区になりました。
み「で、新津駅前ってのが、昔の『新津市』のメインストリートだったわけ。
それが、今や哀れなほどだよ。
寂れて」
律「へー」
み「新潟の商店街にはよくあるんだけど……。
歩道に、ずーっと屋根が掛かってるの」
↑アーケードは、昭和44年、『新津駅前商店街協同組合』により設置されました。
み「“雁木通り”とも言うけど」
↑『新潟県立歴史博物館』。高田(現上越市)の“雁木通り”を再現した展示(こちら)。
み「冬の間、雪の心配をしないで買い物が出来るように……。
商店街が共同で、アーケードを設置してるわけ。
新津駅前にも、かつてはこのアーケードが掛かってたんだけど……。
今は無い。
何でだと思う?」
律「わからないわよ」
み「老朽化して危険になったのよ。
大雪が積もったら、潰れかねない」
律「じゃ、建て替えればいいじゃない?」
み「危険だから、何とか撤去までは行ったんだけどね」
↑なんと、撤去直前のアーケードを撮影した動画がありました。
み「建て替える余力が、もう商店主たちには残ってなかったの」
律「まぁ、お気の毒」
み「町が老いるってこういうことなんだと、つくずく思うよ。
中には、アーケードを剥がした部分の補修さえ出来ず……。
骨組みが剥き出しになったままのお店もある。
典型的なシャッター通りだね」
↑アーケード撤去前ですが。
律「でも、お店が無くなったら、住んでる人は不便でしょうに」
み「みんな、車で郊外に出るんだよ。
滑走路みたいな駐車場のある大型店が、いくつも出来てるから」
↑『ウオロク』新津店。
律「車が無い人は困るじゃないの」
み「困るでしょうな。
どうしてんだろね。
わたしの住んでる町では、江戸時代から続く市が立つから……。
ま、食料品とかは、そこで買えるんだけどさ。
10日に2回ってのが不便だけど」
↑起源は、300年前だとか。
律「あなた、老後はどうするつもりよ?」
み「それでんがな。
とりあえず、母親が生きてる間は、今の家にいるだろうね」
律「一人になったら?」
み「どうするかにゃー。
固定資産税が高いし。
土地が100坪もあるから」
律「100坪もあるんなら、売っちゃいなさいよ」
律「老後は安泰じゃないの」
み「ぱかもん。
新潟は、土地が安いの。
わたしの住んでるあたりで、せいぜい坪10万だね」
律「さんざん五能線沿線をバカにしたくせに。
土地が安そうだとか」
↑安そうなことは確かです。
み「少なくとも五能線よりは高いわい。
こっちは信越本線じゃ」
↑こーゆーツギハギ色の列車が走ってますが。
律「でも、坪10万だと、たった1千万にしかならないのね」
み「たったて言うな!」
律「だって、わたしの年収より安いもの」
み「腹ん立つ。
ま、確かに1千万じゃなぁ。
年金の足しと考えるしかないか」
律「でも、土地を売っちゃって、どこに住むのよ?」
み「市営団地って、入れないのかな?」
↑わたしの住んでる区にある市営団地です。
律「土地を売って、市営団地に入るの?
それは許されないんじゃない?」
み「土地を売った情報なんて、市にわからないでしょ?」
律「だって、固定資産税の納付書が来るんでしょ?
資産は把握してるんじゃないの?」
み「市営団地の窓口は、税務課とは違うでしょ。
市役所が、そんな情報、連携してないって」
律「そんなもの?」
み「そんなものです。
個人情報の保護って建前を立てれば、なーんもしなくても済むもの。
老後はやっぱり、一戸建てより、集合住宅が楽だしさ」
律「何が楽なの?
昇り降りとかあるじゃない」
み「今どきの市営団地には、エレベーターがあるわい」
↑エレベーターのドッキリ動画。かなりオモロいです。
み「老後、新潟で一戸建てが辛いのは……。
冬の雪かきだよ」
み「新潟の雪は重いからね。
身体が利かなくなってからあれをやることを考えると、気が滅入る」
律「なるほど」
み「あとやっぱり、津波とかを考えれば、ある程度高いところに住みたいじゃない」
↑ビルの屋上から見た津波。こんなのに巻きこまれたら、泳げるとか泳げないとかは関係ないですね。
律「で、市営団地?」
み「そうです。
津波を考えなきゃ、アパートでもいいんだけどね」
律「なんか、切なくなってくる話ね」
み「ま、わたしは一人が苦にならないから……。
結構、楽しくやっていけると思うよ」
↑手酌は気兼ねがなくていいです。
律「ぶつぶつ、独り言いいながら?」
み「あるある。
わたしは、子供のころから、頭の中でずーっと会話してたから……。
一人でいて寂しいことは無かったし。
一人暮らしはちっとも苦じゃない」
律「介護が必要になったら、そうもいかないでしょ」
↑猫も飼いたいんだけど……。こういうのを見るとね。飼い主と2人でオムツってのは、洒落にならん。
み「ま、な。
それは、それで仕方ない。
ヘルパーさんに来てもらいながら、なんとかやっていきましょう。
あ、それで思い出した。
湯沢のリゾートマンション。
前に話したっけ?」
律「聞いた気もするわね。
バブルの塔でしょ」
み「それそれ。
で、空き部屋が売りに出てるんだけど……。
いくらくらいだと思う?」
律「だって、バブル期に作られた建物なんでしょ?
まだ、1千万円以上するんじゃないの?」
み「とーんでもない。
せいぜい100万。
たいがい、何十万だよ」
↑冗談ではなく、左上の35万円が販売価格です。
律「うそ。
わたしも買おうかな」
実際に、物件を御覧ください→こちら。
み「それが、素人の赤坂見附」
律「どうしてよ?」
み「ああいう施設には、温泉大浴場とか温水プールが付いてるわけ」
↑『アーバンヒルズ湯沢リゾート』。
律「ますますいいじゃない」
み「問題は、そういう附属設備の維持費です」
↑同じく、『アーバンヒルズ湯沢リゾート』の屋内プール。
み「これは当然、居住者が毎月収める管理費から出るわけ。
早い話、管理費が高額なの。
賃貸マンションの家賃と大して変わらない。
このへんは、スマホとかの契約と似てるかもね。
本体価格が安くても、毎月かかる料金が高いわけよ」
律「詳しいじゃないの」
み「老後を考え、少し調べ申した。
あと、安いところは、レストランの無い建物がほとんどだけど……。
でも、これは考えもの。
歳とってから、真冬の湯沢で買い物に出るのは、結構大変。
駅までの送迎バスはあるみたいだけど、時間も限られるし。
少なくとも、スキーシーズンだけはレストランが開いてるところにした方がいいでしょう」
↑『ヴィクトリアタワー湯沢』。
律「ほー」
み「さらに!」
律「まだあるの?」
み「今、問題化してるんだよ。
まさしく、高齢化が。
バブルのころ、このリゾートマンションが建ったときは……。
利用目的は、まさしくレジャーであり、または投資だったわけ。
つまり、マンションを買った人は、ほかに本宅を持ってたの」
律「当然でしょうね。
今は違うっての?」
み「マンション価格が暴落して、普通のサラリーマンにも手が届くようになった。
で、定年退職後……。
本宅を売り払って、移住してしまった人が増えたわけよ。
子供たちは独立してるから、夫婦2人とかさ。
中には、離婚しちゃって……。
本宅を奥さんに譲って、男ヤモメ1人で入居するとか」
律「なるほど。
でもそれの何が問題なの?
定住者が増えれば、管理費とかも安定的に入ってくるんじゃないの?」
み「ま、それはそうなんだけど……。
問題は、定住者の高齢化よ。
つまり、このマンションで人生のフィナーレを迎える人が増えたわけ。
そうなると、介護が必要になるでしょ。
で、ヘルパーさんがリゾートマンションに出入りし始めて、いろいろ問題が出てきた」
律「どんな?」
み「まず、エントランスのオートロックで、ヘルパーさんが入れない」
律「ヘルパーを頼んだ人に連絡取って、開けてもらえばいいわけでしょ」
み「だから、その要介助者がもう、認知症とか耳が聞こえないとかで、操作が出来ないわけよ」
律「管理人さんとかいるでしょう?」
み「管理人がいれば、オートロックにする必要ないでしょ」
律「じゃ、入れないの?」
み「だしょうな」
律「それは深刻ね」
み「まさに、閉ざされた塔よ。
あと、問題が、入浴介助」
律「大浴場なんでしょ?」
↑『ナスパガーデンタワー』。ホテルと一体になった施設です。
み「ぱかもん。
大浴場で入浴介助ができるか。
各個室のお風呂に決まっておる」
律「それのどこが問題なのよ?」
み「基本的に入居者は、大浴場を使うわけよ。
なので、部屋に付いてるお風呂は……。
せいぜい、シャワーで汗を流すくらいでしか使わない。
当然、狭いのです」
↑専有面積、72.18m2。この広さで、販売価格は164万円です。お風呂はやっぱり狭そうですが。
み「要介助者がシャワーチェアに座ると、ヘルパーの身の置き場が無いくらいなの」
↑こんな余裕は無いと思います。↑の間取りを見ると、2人入ったら、ドアの開け閉めだけでもタイヘンでしょう。
み「もっと絶望的なのが、ユニットバスよ。
トイレと一緒になってるやつね。
狭い湯船に、要介助者とヘルパーが2人して入らなきゃならない」
↑専有面積、33.28m2。販売価格は40万円です。
律「それは……。
想像しただけで過酷な作業ね」
み「だから、いくら安くても……。
老後を過ごすつもりなら、ぜったいにユニットバスは止めた方がいい」
律「へー。
勉強になった」
み「さてと。
高説を垂れてたら、そこそこ時間経っちゃったね。
そろそろ、津軽鉄道の駅に行こうか」
律「駅って、どこなの?」
み「わたしに聞くな。
わたしだって、初めて降りたんじゃないか」
律「頼りないわね。
やっぱり、あの人に一緒に降りてもらえば良かったんだわ」
↑怒ってるでしょうね。
み「後の祭りです」
み「駅のホームから繋がってたんだから……。
とりあえず、五能線の駅まで戻ればわかるでしょ」
律「先が思いやられるわ」
み「えーっと。
駅まで戻ったけど……。
どこかいな?」
律「あ、あれじゃない?
看板に矢印が書いてある」
み「ほれやっぱり、すぐ近くではないか。
こっちだな。
ここを曲がって、と。
でたー」
律「風情あるわね」
み「2人で見るから、そんな感想も出るけど……。
一人旅でこれを見たら、切なくなるんじゃない?」
律「言えてるかも」
↑なんともはや……。確かに、心に響きます。
み「おー。
駅舎の中もまた、風情ありますな」
律「プラスチックの椅子に、座布団ってのがいいわよね」
み「座布団が無いと、きっとお尻が張り付くんだよ。
凍って」
↑冬場は、座り心地がぜんぜん違うでしょうね。
律「10月なら、まだ大丈夫でしょう」
み「夏場は外すんだろうな。
汗吸って、大変だぜ」
律「10月の衣替えに合わせて敷かれるんじゃない?」
み「かもね。
とにかく、切符を買いましょう」
律「どこまで行くの?」
み「まだ、内緒。
えーっと。
券売機は、どこだ?」
律「無いみたいよ。
あそこで買うんじゃない?」
み「げ。
ここは昭和か。
あんなとこで買ったことないぞ」
律「行き先が内緒なら、あんた買ってきてよね」
み「お金貸して」
律「何でよ」
み「ちょっと、小銭を切らしておってな」
律「窓口なんだから、大きいお札でも大丈夫でしょ」
み「お釣りを、潤沢には用意してないかも知れないではないか。
日に3人くらいしか、買う人がいなさそうだから」
律「お札なら、わたしが両替してあげる」
み「小銭が無いのに、札があるかい」
律「古典的なギャグね。
親しい仲でも、お金の貸し借りはしない。
これが、わたしのモットーです」
み「貸してくれなくていいよ。
奢ってくれれば」
律「誰が。
自分の切符は、自分で買いなさい」
み「ケチ。
ちょっと、人の財布、覗かないで」
律「あるじゃないの、1,000円札」
み「わたしの大事な1,000円札よ。
新潟から共に旅してきた、1,000円札。
これで今生のお別れだ」
律「一緒に旅してきたあの人は、あっさり置いてっちゃったのに……。
お金には未練たらたらね」
み「お名残惜しや、英世どの」
律「早く買え!」
先生に聞こえないように、ヒソヒソ声で切符を買います。
なんだか、ポルノ映画館に入るみたいです。
↑窓口の上には、こんな飾りものが。
どひゃー。
なんと、硬い切符、“硬券”です。
オモチャの切符みたい。
こんなの触るの、何年ぶりだろう。
↑読者の皆さんには、行き先を教えちゃいましょう。
み「530円か。
けっこうするな」
律「見せて」
み「ダメ。
行き先が、書いてあるから」
律「ほんとに530円なのか、見なきゃわからないでしょ?」
み「わたしが、そんなズルする女に見える?」
律「見える」
み「断言すな!」
律「じゃ精算は、着いてからね」
み「悪党」
律「見せればいいだけじゃない。
請求書出せとまでは言ってないわ」
み「当たり前じゃ。
こんなとこで請求書、書いてられるか。
まぁ、いい。
降りるとき、きっちり回収させてもらいます」
律「どのくらい乗るの?」
み「えーっと、12:35発で……。
着が、12:56」
律「たった20分じゃない。
それで530円?
ウソくさ」
み「ほんとじゃ!
530円くらい、何でもないでしょ。
2人分買ってくれたって。
年収1千万なんだから」
律「それとこれとは別です」
み「畳の上では死ねんぞ」
律「大きなお世話」
さて、改札を抜けます。
しかし、ホームはありません。
跨線橋を渡るようです。
↓以前に掲げた写真を、もう一度御覧ください。
わたしはあのとき、こちら側がJR、跨線橋の向こうが津軽鉄道と書きました。
それに、間違いはなかったんですが……。
勘違いしてたのが、『津軽五所川原駅』の位置。
わたしはてっきり、駅も跨線橋の向こうにあると思ってました。
でも、JRと津軽鉄道の駅って、並んでましたよね。
つまり、津軽鉄道では、跨線橋のこちら側に駅舎があり……。
ホームだけが、跨線橋の向こうにあるということだったのです。
さて、その長い跨線橋を渡って、津軽鉄道のホームに向かいましょう。
律「これに乗るの?」
み「たぶん」
律「あんたがもたもたしてるから、もう来ちゃってるじゃない。
座れなかったらどうするのよ」
み「座れないわけないわよ」
律「だって、1両しか無いじゃないのよ。
こんな短い列車に乗るのは、初めてだわ。
おサルの電車みたい。
席も少ないでしょ」
み「つべこべ言わずに、乗った乗った」
タラップを登ります。
↑よく見ると、『走れメロス』のエンブレムが!
律「ほら、混んでる」
↑思いのほか、モダン!(失礼)
み「空いてるボックスは無いみたいだね。
しゃーない。
相席をお願いしましょう」
律「指定席じゃないの?」
み「見るからに違うだろ」
律「どこにする?」
み「えーっと。
みんな、何気に目を逸しますな」
律「あんたが怪しいからよ」
み「なんでよ!
あ、あそこがいい。
ほれ、子供が一人で乗ってる」
↑子供ではありませんが(青森放送出身の中田有紀さん)。
律「あの子も、目を逸らしたわ」
み「なんとなーく……。
全身で“来るな”と言っておるな。
そういうのを見ると、ますます行きたくなるではないか。
こんにちわー。
ここ、空いてる?
空いてるわよね?
まさか、“とっとっとー”とか言わないわよね」
律「何よそれ?」
み「知らんの?
九州人が、座席の専有を高らかに宣言するときに使うセリフよ」
律「バカバカしい。
ボク、お姉さんたち、ご一緒していいかな?」
み「お姉さんじゃないだろ」
律「あんたは黙ってなさい。
いい?」
小「はい」
律「まー、いい子。
お姉さんの子供にしたいくらい」
み「だから、おばさんだろ」
律「うるさい」
み「いってー」
み「ぶつことないじゃないでしょ。
暴力女!
ボク。
こんな女の子供になったらタイヘンよ。
炊事洗濯、みんなやらされるから」
律「よしなさいよ。
怯えてるじゃないの」
み「チミ、その小ざっぱりした身なりからして、“地元民”じゃないな?
どっから来たの?」
小「東京です」
み「やっぱり。
蝦夷の血が感じられなかったもの」
律「蝦夷は止めなさいって。
聞こえるわよ」
み「学校はどうしたんだ?
東京の子供が、何で真っ昼間から津軽鉄道に乗ってるわけ?」
小「今日は日曜です」
み「あれ?
そうだっけ?」
律「日曜だから、あんたも来れてるんでしょ」
み「そりゃそうか。
でも、日曜のお昼に五所川原にいたら、明日、学校に行けないだろ?」
小「明日は祝日です」
↑祝日に旗を出す家、ほぼ見なくなりましたよね。
み「そうだっけ?
何の日だ?
敬老の日?」
小「体育の日です」
み「体育の日は今日だろ。
10月10日は体育の日に決まっておる。
東京オリンピックの開会日が、体育の日に制定されたわけ」
み「わかる?」
小「体育の日は、10月の第2月曜日に変更になってます」
み「そうなの?」
律「歳がバレるわよ」
み「自分だけ、若ぶるんじゃないの。
このおばさんなんてね、東京オリンピックの聖火ランナーしてたのよ」
↑静岡市内を走る聖火ランナー。煙が出すぎだろ。
律「してません!」
↑ジュースも真っ赤です。
み「それはぜひ、ウォッカで割って飲みたいものじゃ。
擦りリンゴも入れると絶品に違いない」
↑こちらは、ジャムです。皮を剥いてざく切りにし、砂糖を加えて煮ただけで、こんな色合いに仕上がるそうです。
食「ウォッカは、置いてないと思います」
み「あらそう」
↑ポーランドでは、ウォッカのチェイサーとして、りんごジュースを飲むとか。割って飲めばいいのに。
律「あ、駅に着いたみたいね」
食「はい、『五所川原駅』到着です」
み「確かに、久しぶりに大きい駅だな」
食「五能線で唯一の、終日駅員配置駅ですから」
↑線路もいっぱいあります。
み「その唯一ってのがスゴい。
何分停車?」
食「えーっと、1分ですね」
み「短か」
食「さすがにこれでは、駅弁も買いに降りれません」
み「あのさ。
『五所川原駅』からって、津軽三味線の奏者が乗ってきて……。
生演奏が楽しめるんじゃなかった」
↑こちらは、スコップ三味線。こんな人たちは乗ってきません。
食「よくご存知ですね。
3号車のイベントスペースで披露されるはずです」
↑これだけ間近で聞くと、迫力あるでしょうね。
食「でも、あれは、上りの便だけだったんじゃないかな。
下りでもやるのかな?」
み「ちょっと、見てきてくれる?
その人たち、乗って来てるか」
食「あ、いいっすよ」
食くんは、デブには似合わぬ身軽さで席を立ち、ドアを抜けて行きました。
み「先生、早く荷物持って」
律「え?
どうしたのよ」
み「降りるに決まってるでしょ。
切符見てないの?
『五所川原』までになってるでしょ」
律「ちょっと、どうしてもっと早く言わないのよ。
あの人は、この先も乗って行くんでしょ?」
み「だろうね」
律「挨拶も出来ないじゃない。
なんで、行かせちゃったのよ」
み「そのスキに降りるために決まっておる」
律「信じられない。
こんなに仲良くなったのに」
み「情が移った?」
律「当たり前でしょ。
せめて、お礼くらい言わなきゃ」
み「別れの愁嘆場は、昨日のバスで懲り懲り。
旅に別れはつきものでしょ。
縁があれば、またどこかで会えるって。
それに、ここで降りるなんて言ったら……。
あいつも一緒に着いて来かねないよ」
律「それは……。
そうね」
み「この先、ずーっとあいつと旅する?
鬱陶しいぞぉ」
律「それも……。
そうね」
み「案外、冷たいじゃない」
律「あんたが言わせたんでしょ」
み「ほら、バッグ持って。
1分停車なんだから、もう発車しちゃうよ」
まだ隣の車両のドアを振り返る先生を引きずり、ホームに降ります。
わたしたちが降りたのを確認し、駅員さんがホイッスルを吹きました。
ドアが締まります。
律「なんだか、中島みゆきの歌、思い出しちゃった」
↑この歌ばかりが、あまりにも有名になりましたが。
み「先生、中島みゆきなんて聞いてたの?」
律「ひとりだと、いろいろね」
み「当ててみようか。
“振り向けばドアが閉まる”でしょ?」
長らく旅を共にしてくれた食くんとのお別れです。
みなさんも一緒にお聞きください。
中島みゆき『ホームにて』。
リゾートしらかみ『くまげら』、発車します。
律「あ、ほら」
先生の指差す先に、食くんが見えました。
ホームにいるわたしたちを見つけ、窓に張り付きました。
驚愕に見開いた目。
ほっぺたを窓に押し付けて、顔がひしゃげてます。
み「最後まで醜いヤツ」
律「そんなこと言わないの。
やっぱり可哀想」
み「やり直しの効かないお芝居を、死ぬまで続けていくのが人生です」
律「なら、せめて手を振りましょう」
み「さらばじゃー」
頬をガラスに貼りつけたまま、食くんが遠ざかっていきます。
↑側面展望『五所川原⇒陸奥鶴田』。「み」さん一行は見れない風景です。
み「縁があれば、また逢えるって」
律「無ければ?」
み「これが今生のお別れです」
律「ヒドい人」
み「さて、行くぞ」
律「これから、どこ行くの?」
み「津軽鉄道で北に向かう」
律「信じられない。
さっきまで、その話してたのに、一言も言わないんだから。
ひょっとして、あさりを食べに行くんじゃ無いでしょうね?」
↑出た! 久々のキャラ弁。あさりちゃん弁当です。
み「あさりじゃなくて、しじみでしょ」
↑札幌にあります。
律「ま、お昼どきだしね。
でも、十三湖へは、津軽鉄道より、『五所川原』からバスの方がいいって言ってなかった?」
↑『五所川原』駅前にある弘南バス案内所。ここで聞きましょう。しかし……。駅前でもプロパンってのがスゴい。
み「十三湖へは行かぬわ」
律「じゃ、どこに行くのよ?
ま、いいわ。
そんならとりあえず、『立佞武多の館』でお昼にする?」
↑カレーにグラタンセット。洋風メニューもあります。これなら、軽いお昼にぴったりです。
み「奢ってくれる?」
律「なんでよ!」
み「じゃ、やめ。
高いから」
律「ケチ」
み「どっちが!」
み「それじゃ、行った先で食べよう。
発車まで、もう30分も無いし」
律「津軽鉄道って、ここから繋がってるの?」
み「たぶん、そうだと思う」
↑こちら側のホームが五能線。跨線橋を渡った向こうが津軽鉄道のようです。
み「でも、一旦駅の外に出てみない?
時間あるから。
『立佞武多の館』までは足を伸ばせないけど……。
電線の無くなった町並みは、見れるよ」
律「そんなの見たって、しょうがないけど……。
ま、時間があるんならいいか」
み「つべこべ言わない。
おー。
地方の駅って、やっぱり雰囲気あるよね」
律「雰囲気ありすぎの駅もあるけど」
み「冬に来たら、心が凍りそうな駅ばっかりだったからね」
↑雪の『驫木駅』。
み「このくらい大きいと、ホッとするわ」
律「ここが駅前通りね。
確かに、電線が無いわ」
み「うーむ。
やっぱり、寂れてる感は否めないのぅ」
律「地方の駅前商店街って、みんなこんななの?」
み「新潟もそうだよ。
わたしの住んでる町の近くに、『新津』って駅があるんだけどね」
↑『新津駅』。駅舎は立派です。
律「あ、何とか資料館の時に出てきた駅じゃない?」
み「そうそう。
『新津鉄道資料館』」
み「まさに、鉄道の要衝として栄えた町」
↑現在の『新津駅』。鉄道の要衝ではあり続けてます。
み「昔は、『新津市』って、独立した市だったわけ」
律「今は?」
み「今は、新潟市になってる。
秋葉区(あきはく)」
↑『新津市』と『小須戸町』で、秋葉区になりました。
み「で、新津駅前ってのが、昔の『新津市』のメインストリートだったわけ。
それが、今や哀れなほどだよ。
寂れて」
律「へー」
み「新潟の商店街にはよくあるんだけど……。
歩道に、ずーっと屋根が掛かってるの」
↑アーケードは、昭和44年、『新津駅前商店街協同組合』により設置されました。
み「“雁木通り”とも言うけど」
↑『新潟県立歴史博物館』。高田(現上越市)の“雁木通り”を再現した展示(こちら)。
み「冬の間、雪の心配をしないで買い物が出来るように……。
商店街が共同で、アーケードを設置してるわけ。
新津駅前にも、かつてはこのアーケードが掛かってたんだけど……。
今は無い。
何でだと思う?」
律「わからないわよ」
み「老朽化して危険になったのよ。
大雪が積もったら、潰れかねない」
律「じゃ、建て替えればいいじゃない?」
み「危険だから、何とか撤去までは行ったんだけどね」
↑なんと、撤去直前のアーケードを撮影した動画がありました。
み「建て替える余力が、もう商店主たちには残ってなかったの」
律「まぁ、お気の毒」
み「町が老いるってこういうことなんだと、つくずく思うよ。
中には、アーケードを剥がした部分の補修さえ出来ず……。
骨組みが剥き出しになったままのお店もある。
典型的なシャッター通りだね」
↑アーケード撤去前ですが。
律「でも、お店が無くなったら、住んでる人は不便でしょうに」
み「みんな、車で郊外に出るんだよ。
滑走路みたいな駐車場のある大型店が、いくつも出来てるから」
↑『ウオロク』新津店。
律「車が無い人は困るじゃないの」
み「困るでしょうな。
どうしてんだろね。
わたしの住んでる町では、江戸時代から続く市が立つから……。
ま、食料品とかは、そこで買えるんだけどさ。
10日に2回ってのが不便だけど」
↑起源は、300年前だとか。
律「あなた、老後はどうするつもりよ?」
み「それでんがな。
とりあえず、母親が生きてる間は、今の家にいるだろうね」
律「一人になったら?」
み「どうするかにゃー。
固定資産税が高いし。
土地が100坪もあるから」
律「100坪もあるんなら、売っちゃいなさいよ」
律「老後は安泰じゃないの」
み「ぱかもん。
新潟は、土地が安いの。
わたしの住んでるあたりで、せいぜい坪10万だね」
律「さんざん五能線沿線をバカにしたくせに。
土地が安そうだとか」
↑安そうなことは確かです。
み「少なくとも五能線よりは高いわい。
こっちは信越本線じゃ」
↑こーゆーツギハギ色の列車が走ってますが。
律「でも、坪10万だと、たった1千万にしかならないのね」
み「たったて言うな!」
律「だって、わたしの年収より安いもの」
み「腹ん立つ。
ま、確かに1千万じゃなぁ。
年金の足しと考えるしかないか」
律「でも、土地を売っちゃって、どこに住むのよ?」
み「市営団地って、入れないのかな?」
↑わたしの住んでる区にある市営団地です。
律「土地を売って、市営団地に入るの?
それは許されないんじゃない?」
み「土地を売った情報なんて、市にわからないでしょ?」
律「だって、固定資産税の納付書が来るんでしょ?
資産は把握してるんじゃないの?」
み「市営団地の窓口は、税務課とは違うでしょ。
市役所が、そんな情報、連携してないって」
律「そんなもの?」
み「そんなものです。
個人情報の保護って建前を立てれば、なーんもしなくても済むもの。
老後はやっぱり、一戸建てより、集合住宅が楽だしさ」
律「何が楽なの?
昇り降りとかあるじゃない」
み「今どきの市営団地には、エレベーターがあるわい」
↑エレベーターのドッキリ動画。かなりオモロいです。
み「老後、新潟で一戸建てが辛いのは……。
冬の雪かきだよ」
み「新潟の雪は重いからね。
身体が利かなくなってからあれをやることを考えると、気が滅入る」
律「なるほど」
み「あとやっぱり、津波とかを考えれば、ある程度高いところに住みたいじゃない」
↑ビルの屋上から見た津波。こんなのに巻きこまれたら、泳げるとか泳げないとかは関係ないですね。
律「で、市営団地?」
み「そうです。
津波を考えなきゃ、アパートでもいいんだけどね」
律「なんか、切なくなってくる話ね」
み「ま、わたしは一人が苦にならないから……。
結構、楽しくやっていけると思うよ」
↑手酌は気兼ねがなくていいです。
律「ぶつぶつ、独り言いいながら?」
み「あるある。
わたしは、子供のころから、頭の中でずーっと会話してたから……。
一人でいて寂しいことは無かったし。
一人暮らしはちっとも苦じゃない」
律「介護が必要になったら、そうもいかないでしょ」
↑猫も飼いたいんだけど……。こういうのを見るとね。飼い主と2人でオムツってのは、洒落にならん。
み「ま、な。
それは、それで仕方ない。
ヘルパーさんに来てもらいながら、なんとかやっていきましょう。
あ、それで思い出した。
湯沢のリゾートマンション。
前に話したっけ?」
律「聞いた気もするわね。
バブルの塔でしょ」
み「それそれ。
で、空き部屋が売りに出てるんだけど……。
いくらくらいだと思う?」
律「だって、バブル期に作られた建物なんでしょ?
まだ、1千万円以上するんじゃないの?」
み「とーんでもない。
せいぜい100万。
たいがい、何十万だよ」
↑冗談ではなく、左上の35万円が販売価格です。
律「うそ。
わたしも買おうかな」
実際に、物件を御覧ください→こちら。
み「それが、素人の赤坂見附」
律「どうしてよ?」
み「ああいう施設には、温泉大浴場とか温水プールが付いてるわけ」
↑『アーバンヒルズ湯沢リゾート』。
律「ますますいいじゃない」
み「問題は、そういう附属設備の維持費です」
↑同じく、『アーバンヒルズ湯沢リゾート』の屋内プール。
み「これは当然、居住者が毎月収める管理費から出るわけ。
早い話、管理費が高額なの。
賃貸マンションの家賃と大して変わらない。
このへんは、スマホとかの契約と似てるかもね。
本体価格が安くても、毎月かかる料金が高いわけよ」
律「詳しいじゃないの」
み「老後を考え、少し調べ申した。
あと、安いところは、レストランの無い建物がほとんどだけど……。
でも、これは考えもの。
歳とってから、真冬の湯沢で買い物に出るのは、結構大変。
駅までの送迎バスはあるみたいだけど、時間も限られるし。
少なくとも、スキーシーズンだけはレストランが開いてるところにした方がいいでしょう」
↑『ヴィクトリアタワー湯沢』。
律「ほー」
み「さらに!」
律「まだあるの?」
み「今、問題化してるんだよ。
まさしく、高齢化が。
バブルのころ、このリゾートマンションが建ったときは……。
利用目的は、まさしくレジャーであり、または投資だったわけ。
つまり、マンションを買った人は、ほかに本宅を持ってたの」
律「当然でしょうね。
今は違うっての?」
み「マンション価格が暴落して、普通のサラリーマンにも手が届くようになった。
で、定年退職後……。
本宅を売り払って、移住してしまった人が増えたわけよ。
子供たちは独立してるから、夫婦2人とかさ。
中には、離婚しちゃって……。
本宅を奥さんに譲って、男ヤモメ1人で入居するとか」
律「なるほど。
でもそれの何が問題なの?
定住者が増えれば、管理費とかも安定的に入ってくるんじゃないの?」
み「ま、それはそうなんだけど……。
問題は、定住者の高齢化よ。
つまり、このマンションで人生のフィナーレを迎える人が増えたわけ。
そうなると、介護が必要になるでしょ。
で、ヘルパーさんがリゾートマンションに出入りし始めて、いろいろ問題が出てきた」
律「どんな?」
み「まず、エントランスのオートロックで、ヘルパーさんが入れない」
律「ヘルパーを頼んだ人に連絡取って、開けてもらえばいいわけでしょ」
み「だから、その要介助者がもう、認知症とか耳が聞こえないとかで、操作が出来ないわけよ」
律「管理人さんとかいるでしょう?」
み「管理人がいれば、オートロックにする必要ないでしょ」
律「じゃ、入れないの?」
み「だしょうな」
律「それは深刻ね」
み「まさに、閉ざされた塔よ。
あと、問題が、入浴介助」
律「大浴場なんでしょ?」
↑『ナスパガーデンタワー』。ホテルと一体になった施設です。
み「ぱかもん。
大浴場で入浴介助ができるか。
各個室のお風呂に決まっておる」
律「それのどこが問題なのよ?」
み「基本的に入居者は、大浴場を使うわけよ。
なので、部屋に付いてるお風呂は……。
せいぜい、シャワーで汗を流すくらいでしか使わない。
当然、狭いのです」
↑専有面積、72.18m2。この広さで、販売価格は164万円です。お風呂はやっぱり狭そうですが。
み「要介助者がシャワーチェアに座ると、ヘルパーの身の置き場が無いくらいなの」
↑こんな余裕は無いと思います。↑の間取りを見ると、2人入ったら、ドアの開け閉めだけでもタイヘンでしょう。
み「もっと絶望的なのが、ユニットバスよ。
トイレと一緒になってるやつね。
狭い湯船に、要介助者とヘルパーが2人して入らなきゃならない」
↑専有面積、33.28m2。販売価格は40万円です。
律「それは……。
想像しただけで過酷な作業ね」
み「だから、いくら安くても……。
老後を過ごすつもりなら、ぜったいにユニットバスは止めた方がいい」
律「へー。
勉強になった」
み「さてと。
高説を垂れてたら、そこそこ時間経っちゃったね。
そろそろ、津軽鉄道の駅に行こうか」
律「駅って、どこなの?」
み「わたしに聞くな。
わたしだって、初めて降りたんじゃないか」
律「頼りないわね。
やっぱり、あの人に一緒に降りてもらえば良かったんだわ」
↑怒ってるでしょうね。
み「後の祭りです」
み「駅のホームから繋がってたんだから……。
とりあえず、五能線の駅まで戻ればわかるでしょ」
律「先が思いやられるわ」
み「えーっと。
駅まで戻ったけど……。
どこかいな?」
律「あ、あれじゃない?
看板に矢印が書いてある」
み「ほれやっぱり、すぐ近くではないか。
こっちだな。
ここを曲がって、と。
でたー」
律「風情あるわね」
み「2人で見るから、そんな感想も出るけど……。
一人旅でこれを見たら、切なくなるんじゃない?」
律「言えてるかも」
↑なんともはや……。確かに、心に響きます。
み「おー。
駅舎の中もまた、風情ありますな」
律「プラスチックの椅子に、座布団ってのがいいわよね」
み「座布団が無いと、きっとお尻が張り付くんだよ。
凍って」
↑冬場は、座り心地がぜんぜん違うでしょうね。
律「10月なら、まだ大丈夫でしょう」
み「夏場は外すんだろうな。
汗吸って、大変だぜ」
律「10月の衣替えに合わせて敷かれるんじゃない?」
み「かもね。
とにかく、切符を買いましょう」
律「どこまで行くの?」
み「まだ、内緒。
えーっと。
券売機は、どこだ?」
律「無いみたいよ。
あそこで買うんじゃない?」
み「げ。
ここは昭和か。
あんなとこで買ったことないぞ」
律「行き先が内緒なら、あんた買ってきてよね」
み「お金貸して」
律「何でよ」
み「ちょっと、小銭を切らしておってな」
律「窓口なんだから、大きいお札でも大丈夫でしょ」
み「お釣りを、潤沢には用意してないかも知れないではないか。
日に3人くらいしか、買う人がいなさそうだから」
律「お札なら、わたしが両替してあげる」
み「小銭が無いのに、札があるかい」
律「古典的なギャグね。
親しい仲でも、お金の貸し借りはしない。
これが、わたしのモットーです」
み「貸してくれなくていいよ。
奢ってくれれば」
律「誰が。
自分の切符は、自分で買いなさい」
み「ケチ。
ちょっと、人の財布、覗かないで」
律「あるじゃないの、1,000円札」
み「わたしの大事な1,000円札よ。
新潟から共に旅してきた、1,000円札。
これで今生のお別れだ」
律「一緒に旅してきたあの人は、あっさり置いてっちゃったのに……。
お金には未練たらたらね」
み「お名残惜しや、英世どの」
律「早く買え!」
先生に聞こえないように、ヒソヒソ声で切符を買います。
なんだか、ポルノ映画館に入るみたいです。
↑窓口の上には、こんな飾りものが。
どひゃー。
なんと、硬い切符、“硬券”です。
オモチャの切符みたい。
こんなの触るの、何年ぶりだろう。
↑読者の皆さんには、行き先を教えちゃいましょう。
み「530円か。
けっこうするな」
律「見せて」
み「ダメ。
行き先が、書いてあるから」
律「ほんとに530円なのか、見なきゃわからないでしょ?」
み「わたしが、そんなズルする女に見える?」
律「見える」
み「断言すな!」
律「じゃ精算は、着いてからね」
み「悪党」
律「見せればいいだけじゃない。
請求書出せとまでは言ってないわ」
み「当たり前じゃ。
こんなとこで請求書、書いてられるか。
まぁ、いい。
降りるとき、きっちり回収させてもらいます」
律「どのくらい乗るの?」
み「えーっと、12:35発で……。
着が、12:56」
律「たった20分じゃない。
それで530円?
ウソくさ」
み「ほんとじゃ!
530円くらい、何でもないでしょ。
2人分買ってくれたって。
年収1千万なんだから」
律「それとこれとは別です」
み「畳の上では死ねんぞ」
律「大きなお世話」
さて、改札を抜けます。
しかし、ホームはありません。
跨線橋を渡るようです。
↓以前に掲げた写真を、もう一度御覧ください。
わたしはあのとき、こちら側がJR、跨線橋の向こうが津軽鉄道と書きました。
それに、間違いはなかったんですが……。
勘違いしてたのが、『津軽五所川原駅』の位置。
わたしはてっきり、駅も跨線橋の向こうにあると思ってました。
でも、JRと津軽鉄道の駅って、並んでましたよね。
つまり、津軽鉄道では、跨線橋のこちら側に駅舎があり……。
ホームだけが、跨線橋の向こうにあるということだったのです。
さて、その長い跨線橋を渡って、津軽鉄道のホームに向かいましょう。
律「これに乗るの?」
み「たぶん」
律「あんたがもたもたしてるから、もう来ちゃってるじゃない。
座れなかったらどうするのよ」
み「座れないわけないわよ」
律「だって、1両しか無いじゃないのよ。
こんな短い列車に乗るのは、初めてだわ。
おサルの電車みたい。
席も少ないでしょ」
み「つべこべ言わずに、乗った乗った」
タラップを登ります。
↑よく見ると、『走れメロス』のエンブレムが!
律「ほら、混んでる」
↑思いのほか、モダン!(失礼)
み「空いてるボックスは無いみたいだね。
しゃーない。
相席をお願いしましょう」
律「指定席じゃないの?」
み「見るからに違うだろ」
律「どこにする?」
み「えーっと。
みんな、何気に目を逸しますな」
律「あんたが怪しいからよ」
み「なんでよ!
あ、あそこがいい。
ほれ、子供が一人で乗ってる」
↑子供ではありませんが(青森放送出身の中田有紀さん)。
律「あの子も、目を逸らしたわ」
み「なんとなーく……。
全身で“来るな”と言っておるな。
そういうのを見ると、ますます行きたくなるではないか。
こんにちわー。
ここ、空いてる?
空いてるわよね?
まさか、“とっとっとー”とか言わないわよね」
律「何よそれ?」
み「知らんの?
九州人が、座席の専有を高らかに宣言するときに使うセリフよ」
律「バカバカしい。
ボク、お姉さんたち、ご一緒していいかな?」
み「お姉さんじゃないだろ」
律「あんたは黙ってなさい。
いい?」
小「はい」
律「まー、いい子。
お姉さんの子供にしたいくらい」
み「だから、おばさんだろ」
律「うるさい」
み「いってー」
み「ぶつことないじゃないでしょ。
暴力女!
ボク。
こんな女の子供になったらタイヘンよ。
炊事洗濯、みんなやらされるから」
律「よしなさいよ。
怯えてるじゃないの」
み「チミ、その小ざっぱりした身なりからして、“地元民”じゃないな?
どっから来たの?」
小「東京です」
み「やっぱり。
蝦夷の血が感じられなかったもの」
律「蝦夷は止めなさいって。
聞こえるわよ」
み「学校はどうしたんだ?
東京の子供が、何で真っ昼間から津軽鉄道に乗ってるわけ?」
小「今日は日曜です」
み「あれ?
そうだっけ?」
律「日曜だから、あんたも来れてるんでしょ」
み「そりゃそうか。
でも、日曜のお昼に五所川原にいたら、明日、学校に行けないだろ?」
小「明日は祝日です」
↑祝日に旗を出す家、ほぼ見なくなりましたよね。
み「そうだっけ?
何の日だ?
敬老の日?」
小「体育の日です」
み「体育の日は今日だろ。
10月10日は体育の日に決まっておる。
東京オリンピックの開会日が、体育の日に制定されたわけ」
み「わかる?」
小「体育の日は、10月の第2月曜日に変更になってます」
み「そうなの?」
律「歳がバレるわよ」
み「自分だけ、若ぶるんじゃないの。
このおばさんなんてね、東京オリンピックの聖火ランナーしてたのよ」
↑静岡市内を走る聖火ランナー。煙が出すぎだろ。
律「してません!」