2013.9.7(土)
み「若い人は知らないって」
律「そうかしら?
一度だけだけど、前の病院の急患であったのよ。
戸板で運ばれてきた人」
↑昔は、戸板を担架として使ったそうです。
み「江戸時代か!
どこの田舎病院じゃ」
律「田舎じゃないわよ。
川越だもん」
み「あ、そうか。
ああいう古い町並みが保全されてるとこでは……。
案外、戸板は残ってるかもね。
でも、何で救急車を呼ばなかったのよ?」
律「それが、謎だったわね。
その場の勢いで、誰かが“戸板を外せ”って言ったみたいなんだけど」
み「酒飲んでたんじゃないのか?」
律「そうかも。
7,8人もして運んできたっていうから、お祭りの準備かなにかだったのかも。
急患口もびっくりしてたわ。
戸板で運ばれてきた患者は、初めてだって」
み「だしょうね。
でも、そんな運ばれ方したら、下手すりゃ戸板の上で死んじゃうだろ。
何の病気よ?」
律「怪我よ。
ただの骨折。
でも、足の骨が突き出てたから、場が舞い上がっちゃったのかもね」
み「意識がはっきりしてたら……。
怖かったんじゃないの」
律「運ばれてる本人は、ずーっと……。
“下ろしてくれ~”って叫んでたみたい」
み「わはは」
食「あの。
そろそろよろしいでしょうか?」
み「何が?」
食「駅の名前です」
み「おー。
戸板駅か」
食「違います」
律「ごめんなさいね。
話が飛んじゃって。
この人、脱線してばっかりしてるから」
み「列車の中で、“脱線”は禁句だろ」
律「あら失礼」
食「駅名は……。
大小の“大”に、戸板の“戸”」
み「あ、ここから戸板話になったのか」
↑世田谷区用賀にある名門(1902年開校)。軽井沢にセミナーハウスもあります。
律「ほら、あんたが悪いんじゃない」
み「先生の例えが悪いの!」
律「3文字目が、瀬川瑛子の“瀬”ね」
↑同じ顔になる体操を、わたしも毎朝しています。目袋の筋トレだと思うのですが……。
み「ふむ。
大きい戸に、瀬か。
よし、わかった!」
食「等々力警部みたいですね」
↑石坂浩二主演の『金田一耕助シリーズ』に出てくる名物キャラ、等々力警部(加藤武)。
み「轟木駅にちなんでの登場です」
食「とっくに通りすぎてますけど。
わかったんなら、お答えください」
み「ずばり、“おとせ”じゃ」
食「違います」
律「“おとせ”なんて、言い難くてしょうがないわよ。
車掌さんとかが」
↑『くま川鉄道(熊本県)』の女性車掌さん。
み「“かそせ”も一緒だろ」
律「あら、そう言えばそうね。
なんか、力の入らない字が並んでる感じ」
み「“おとせ”じゃなきゃ、何なんだ?」
食「“おおどせ”です」
み「なんじゃそりゃ。
そのまんまの読みじゃないか」
食「誰も3文字なんて言ってないでしょ」
み「あ、最近できた駅なんじゃないの?
読みが普通ってことは」
食「『大戸瀬駅』の開業は、昭和8年です。
『風合瀬駅』は昭和24年ですから、『大戸瀬駅』の方が16年も古いです。
そもそも、昔からの集落の名称が付けられたわけですから……。
駅の出来た年とは関係ないですよ」
み「あ、そ。
で、ここの名物とか、ひとしきり語ろうってわけ」
食「いや。
ここは素通りです。
次の駅が、ちょっと語りどころですから」
み「ほー、語ったんさい」
ここで、一息。
『大戸瀬駅』は、2010年(平成22年)11月に、新駅に建て替えられました。
↓それが、こちら。
新しい駅になると、どうしてトイレに似てしまうんでしょうね。
それでは、お話を続けましょう。
律「あ、トンネル」
食「田野沢トンネルです。
長さ、192メートル」
み「そんなこと覚えて楽しい?」
食「データを読みこんでると、自然に覚えてしまうんです」
律「理想的な学習法ね」
食「ま、“好きこそものの上手なれ”の典型でしょうね。
嫌いなことは、いっこうに覚えられませんから」
律「そんなものですわ」
み「和んでないで、話を進めんかい。
また、駅名当てか?」
食「いえ。
もう駅名当ては無しです。
ひと駅ごとに、あんな騒ぎになるんじゃ、終点まで持ちません」
み「何の騒ぎよ?」
食「こむら返り起こしたでしょ」
み「あれは、騒ぎたくて騒いだわけじゃないわい。
不可抗力じゃ」
食「とにかく、駅名当ては無しです。
ていうか、珍しい駅名はだいぶ先までありませんから。
駅名は、先に言っておきます」
み「それはつまらんので無いの?」
食「いえ。
言わせてください。
その方が、流れ的にいいみたいですから」
↑『東北』も、このように流れてくれるといいのですが。
み「なんの流れじゃ」
食「実は、次の駅には、『リゾートしらかみ』3号は停車するんですよ。
しかも、15分も」
み「なんでじゃ?」
食「名所ですから」
み「そんなら、この1号も停めたら良かろ」
食「ま、列車ダイヤの都合でしょうね」
み「もったいぶらないで、早よ駅名を言わんかい」
食「『千畳敷駅』です」
み「なに!
『八畳敷駅』?」
食「思ったとおりの反応しますね」
み「似ているから、どうしても連想してしまうのだ」
律「992畳も違うわ」
↑親鸞会館(富山県射水市)。2,000畳の大講堂。
み「そういう問題じゃないでしょ。
そもそも、何でタヌキのアレが八畳敷なわけ?」
律「わたしに聞かないでよ」
み「医者だろ」
律「獣医じゃないもん」
み「獣医じゃなくたってわかるでしょ。
あそこが膨れる病気とか」
律「ま、いろいろあるでしょうね」
み「たとえば?」
律「一番ポピュラーなのは、鼠径ヘルニアでしょ」
み「いわゆるひとつの脱腸?」
律「そう」
み「ほかには?」
律「陰嚢水腫とか、睾丸腫瘍ね」
み「“いんのーすいしゅ”って何よ?」
律「睾丸の周りに、漿液が溜まる病気」
み「ふむ。
水で膨れるわけか。
見た目、脱腸と紛らわしいんじゃないの?」
律「鼠径ヘルニアの場合……。
腸が出たり入ったりするから、大きさが変わるのよ。
あと、懐中電灯を当ててみればすぐわかる。
陰嚢水腫は、入ってるのが水だから透明なの」
み「なるほど。
脱腸は腸が詰まってるから、暗いわけね。
どのくらい大きくなるのかな?」
律「陰嚢水腫では……。
1リットル貯めたおじいちゃんがいたって話は聞いた」
↑これは、ラクダ。陰嚢水腫ではなく、通常サイズのようです。
み「ちょっと、待たんさい。
1リットルって、大きいペットボトル1つじゃないの。
そんなの、ズボンに入らんだろ。
どうなってんのよ?」
律「知らないわよ。
でも、ズボンのチャックが、横に開くようになってたそうよ」
↑なぜか、社会の窓全開の星飛雄馬。
み「なんでチャックなのよ?
チャックからは、竿だけ出せばいいんでしょ。
玉まで出す必要ないじゃないの」
律「知らないってば」
み「竿も肥大するのかな?
そんなら、陰嚢水腫に罹りたがる男がたくさん出るんじゃないか?」
み「チミの見解は?
男子として、どうよ」
食「1リットルの水が貯まってるということは……。
重さが1キロってことですよ」
み「あ、わかった!
玉の重みに引っ張られて……。
竿が引っ張り出せないんだ。
普通のチャックじゃ」
食「なんとなくそんな気はします」
み「ふーむ。
玉だけ1キロもあって……。
竿が鉛筆サイズだったら、情けなかろうな。
先生は、実物見たの?」
律「見てないわよ」
み「いや、1リットルのヤツじゃなくてもさ。
500ミリ級とか」
↑安藤美姫が携帯ストラップにしてたことでブレーク。子宝に霊験あらたか?
律「ひとつも見てません。
産婦人科だもん」
み「学生の時に見たでしょ?
大学病院とかで」
律「見てません。
睾丸の病気は、男性にとって、とても恥ずかしいものなの。
学生に見学させるなんてことありえないわよ。
あと、これは学生時代の講義で聞いたんだけど……。
昔は、陰嚢象皮病って病気があったんだって」
↑この気の毒なトカゲは、数日間にわたり、ゾウによって持ち歩かれたそうです。
み「おーっ。
病名だけでもスゴい。
興味がフツフツと沸き起こるわい。
語ってちょうだい」
律「これは、寄生虫による病気なの。
東京に、『目黒寄生虫館』って施設があるの知ってる?」
み「知らいでか。
今度東京に行く機会があったら、ぜひ寄ってみたい場所です。
サナダムシのランチバッグを、ぜひ買いたい」
律「悪趣味ね」
み「その『目黒寄生虫館』に、何があるんだ?」
み「ますます、行きたい欲が増すではないか」
↑塩鱒。美味しいよ!
律「あるのは、写真だけよ。
その病気に罹った人の」
み「デカいわけ?」
律「頭よりも大きいそうよ。
地面に引きずってたって(あまりにもグロいので、画像掲載は自粛します)」
↑これは、写真から加工されたシルエット。マタの間にある、巨大球状物質がソレです。
み「どしえー。
信楽焼の狸、そのものじゃない」
み「どうしてそんなになるわけ?」
律「バンクロフト糸状虫という寄生虫によって……。
リンパ管の拡張、増殖が引き起こされるわけよ。
で、足とか陰嚢が、象の皮膚みたいに硬く膨れあがる」
↑仮面ライダーV3に登場した『吸血マンモス』。どうやって血を吸うんだ?
み「どのくらいまでなるの?」
律「数十キロになることもあるって」
み「ちょっと待たんさい。
歩けないじゃないの」
律「農作業とか、通常の生活はできないわね。
だから、この病気に罹った人は……。
人里離れた村外れに住んで、ソレを見世物にして生計を立ててたそうよ」
↑『北斎漫画』
み「うぅ。
哀れじゃ。
でも、働かなくていいわけだよね。
見せるだけで。
ちょっと羨ましいかも」
↑メリックの病気は、象皮病ではなく、プロテウス症候群とする見方が有力になってるそうです。
律「そんなの、あんただけよ」
み「今は、治療法があるんでしょ?」
律「今は、感染者そのものがいないもの」
み「いつごろまでいたの?」
律「昭和初期までは、全国各地にいたみたい」
み「そういう人たちの存在が、タヌキの八畳敷伝説になったのかな?」
↑『狸の夕立』歌川国芳。(こちら)の英語のサイトがおもろいです。
律「そうなのかもね」
み「うーむ。
『目黒寄生虫館』、今直ぐにでも飛んでいきたい」
律「今も写真が展示されてるかどうか、わからないわよ」
み「されてなかったら、館長を脅してでも見届けてやる」
律「どうぞ、ご随意に」
み「先生も付き合って」
律「お断り」
み「ちぇ。
つまらんのぅ。
ところでさ。
タヌキのあそこって、ほんとに大きいの?」
律「わたしに聞かないでって。
獣医じゃないんだから」
み「じゃ、チミ」
食「何でボクなんですか?
でも、なぜか知ってます」
み「なぜじゃ?」
食「鉄仲間に、変わった先生がいるんですよ。
専門は動物学なんですけど……。
動物と人間の関わりっていうか、民族学的な研究もしてるんです。
動物が、昔話でどう扱われてるとかって。
で、全国各地を調査で飛び回ってるついでに、“鉄”もやってるわけです」
み「公費で“鉄”やってるってことだな」
↑『信楽高原鉄道』の列車です。
食「ま、そうですね。
とにかく、話好きな先生でしてね。
一緒に鈍行列車に乗ってると、朝から夕方までしゃべってますよ。
タヌキの話も、さんざん聞かされました」
み「八畳敷のいわれも?」
食「もちろんです。
そもそも……。
ほんとのタヌキの睾丸って、どのくらいの大きさだと思いますか?」
み「ま、八畳敷までは無いにしても……。
体に比較したら大きめなんじゃないか?
30センチとか」
食「そんなにデカかったら、引きずっちゃうでしょ」
み「信楽焼のタヌキは、引きずってるではないか」
食「本物のタヌキの話です。
そもそも、タヌキって足が短いんですよ。
少し大きいだけで、引きずっちゃいます」
み「そう言えば……。
キツネの脚はスラっと長いのに……」
↑北海道の観光狐。プロの腕前が無くても、普通にこういう写真が撮れるそうです。人が近づいても、逃げないんですね。
み「タヌキはどうして短足なわけ?」
食「餌の違いが影響してるそうです。
キツネは、完全な肉食ですからね。
ネズミなんかの小動物を捕食するわけです。
そのため、速く走ったり、ジャンプしたりする必要がある」
食「で、俊敏に動ける長い脚が備わったわけです」
み「皆まで言うな。
それに対し、タヌキは雑食というわけだな」
食「よく知ってますね」
み「筒井康隆の小説に出てきた。
宇宙飛行士が、宇宙船の中でコールドスリープに入ろうとしたところに……。
実験動物として連れて来られたタヌキが逃げ出したって話(あらすじは不確かです)」
↑似てますが、アライグマです。
律「食べられちゃうってこと?」
み「最後は、恐怖が膨らむところで終わってたと思うけど」
食「餌がほかに無ければ、食べられる可能性は大ですよ」
み「普通は、何を食べてるの?」
食「ミミズやカエル、昆虫など、地べたにいる生き物とか……。
木の実やキノコなどですね」
↑雑食なら、食べると思います。久しぶりに、わたしも食べたくなった。
み「なるほど。
鼻や口が地面に近い方が便利ってことか」
↑撮影されたのは明治神宮。参拝者に餌をもらい、優雅に暮らしてるそうです。
食「だから、30センチもあるわけないんです」
み「じゃ、どのくらいよ」
食「人の小指の先くらいだそうです」
食「哺乳類の中でも、小さい方らしいです」
み「おかしいだろ。
そんなら、どうして八畳敷なんて云われるようになったんだ?」
食「ま、一説には、タヌキが座ったときに……。
フサフサの尻尾が股の間から覗いてる様子を、見まちがったのではないかと云われてます」
↑これはネコですが。
み「それだけ?
尻尾の太い動物は、タヌキだけじゃないだろ」
↑カモノハシとか。座るかどうかは、わかりかねますが。
食「実は、もっと有力な説もあります」
み「もったいぶらないで、言ったんさい」
食「タヌキの皮って、スゴく耐久性に優れてるそうなんです。
で、金箔を作るときに使用された」
み「金箔を作るのに、どうしてタヌキの皮がいるわけ?」
食「金箔ってのは、金を薄く伸ばしたものです」
み「知っとるわい。
1万分の1ミリとかだよね」
食「よく知ってますね」
み「えへん。
金閣寺を特集したNHK番組で知りました」
食「今はもちろん、機械で伸ばすんでしょうけど……。
昔は、職人が手作業で伸ばしてたわけです。
どうするかというと……。
タヌキの皮に、金の玉を包んで、槌打ちして引き延ばすんです」
↑『フィンラクーン』のコート。フィンランドで毛皮用に養殖されてる大狸だそうです。
食「1匁(もんめ)の金の玉が……。
八畳の広さの金箔になったそうです」
み「にゃんだとー。
金の玉が、タヌキの皮で八畳敷まで伸びるってことだったの?」
食「てことらしいです。
それが変じて、“タヌキの金玉八畳敷”になったわけです」
↑涼しげですね。
み「うーむ。
どストライクではないか。
でも、タヌキの八畳敷って、昔話にたくさんあるよね。
金箔づくりにタヌキの皮が使われるようになったのは、そのまた昔ってことか」
↑安土城跡から出土した金箔瓦
食「ですね」
律「そんな昔話なんてあった?
聞いたことないわ」
み「もちろん、学校で教えるわけないからね。
聞きたい?」
律「別に、聞きたくはないけど」
み「旅の土産に聞かっしゃい」
律「なんで、五能線の土産がタヌキ話なのよ?」
み「むかーし、昔」
律「勝手に語り出さないで」
み「すでに語り部が憑依しておる。
しまいまで語らせないと、100代祟るぞ」
↑『新八犬伝』玉梓(たまずさ)が怨霊。
み「短い話だから、参考までに聞きなさい」
律「小さい声で語ってよね」
み「むかし、昔、あるところに……」
律「おじいさんとおばあさんがいました」
み「黙って聞け!
おばあさんはいないの!」
律「なんでよ」
み「離婚したのだ」
律「理由は?
DV?」
み「話をかき回すな!
離婚の理由まで知るか!
とにかく、おじいさんがひとりで住んでたの」
律「はいはい」
み「おじいさんは、昔話がとても上手でした。
ある晩、ひとりの小僧さんが……。
『昔話を聞かせてください』と、おじいさんの家にやってきました」
み「初めて見る小僧さんでしたが……。
おじいさんは、昔話を語ってやりました。
小僧さんは、とても喜んで、おじいさんの話に聞き入ってたそうです。
以来、小僧さんは、毎晩やってくるようになりました。
小僧さんがとても熱心に聞いてくれるので……。
おじいさんも、語りがいがあります」
み「囲炉裏の火が消えそうになるのも忘れるほどでした。
で、ある夜、消えそうな火に、新しい薪を足したところでした」
み「火が一瞬明るくなり、小僧さんの影が、ムラムラと動きました。
おじいさんは、冷や水を浴びた気がしました。
小僧さんの影は、人のものでは無かったのです。
おじいさんは、小僧さんに気づかれないように、火箸を火の中に刺しました。
で、語り疲れて、うつらうつら居眠りをする振りをしました。
長い眉毛の下から、小僧さんの様子を伺っていると……。
小僧さんは、短い着物の裾から、なにやら引っ張り出しました。
毛むくじゃらの布みたいなものです。
小僧さんがそれを、囲炉裏の火で炙り始めると……。
毛むくじゃらの布は、みるみる広がっていきます。
『こいつ、狸だ』。
おじいさんは、ようやく気づきました。
小僧さんが裾から出したのは、金玉だったのです。
おじいさんが、眠りこんだ振りをすると……。
狸小僧は金玉を大きく広げ、おじいさんに被せようとしました」
↑これまた歌川国芳。
み「おじいさんは、大きく舟を漕ぐ振りをして、囲炉裏の火箸を取り上げると……」
↑ほぼ凶器です。
み「頭上に被さってきた金玉に、深々と突き刺しました」
↑鶏の白子串(希少部位、だとか)。
み「『あんぎゃー』」
狸は悲鳴をあげて逃げて行きました。
おしまい」
律「なんなのよ、それ?」
み「なんなのって、昔話でしょうが」
律「その後、どうなったわけ?」
み「これで終わりです」
律「何が言いたかったの?」
み「別に」
律「教訓とかは?」
み「ございません」
律「ヘンなの」
み「ヘンではない。
昔話とは、本来そういうものです。
わたしの尊敬する内田百閒は……」
↑百鬼園倶楽部(内田百閒顕彰会)のハッピだそうです(百鬼園は、百閒の別号)。
み「『王様の背中』というお伽話集の序文で、こう述べております」
み「『この本のお話には、教訓はなんにも含まれて居りませんから、皆さんは安心して読んでください。
どのお話も、ただ読んだ通りに受け取って下さればよろしいのです。
それがまた文章の正しい読み方なのです』」
↑強烈な“鉄”でもありました。
律「でも、どうして被せようとするのよ?」
み「理由を問うでない!
そういうものなのじゃ」
律「どういうものよ?」
み「大きくて広い金玉を持つものは……。
それを、人の頭に被せたくなるものなの」
み「な?」
食「な?、って。
知りませんよ、ボクは」
み「ははぁ。
チミのは、本物の狸サイズだな?」
食「話が落ちすぎです。
そう言えば……。
西郷隆盛は、陰嚢水腫だったそうです」
↑別人です。
み「ほー」
食「で、西南戦争で負けた西郷は切腹し……。
首は、味方の兵士が埋葬のために持ち去った。
官軍側は、西郷の死を確認するため、死体を探した。
そのとき、首のない胴体を判別する目印が、巨大な陰嚢だったそうです」
み「どのくらいデカかったわけ?」
食「人の頭ほどあったそうです」
食「西郷は、馬にも乗れなかったらしいですから」
み「ふーむ。
人に被せたくなったかな?」
律「なるわけ無いでしょ」
み「わかった!」
食「何がです?」
み「上野公園の西郷隆盛が、着物を着てるわけ」
律「どういう意味?」
み「着物なら、わからんでしょ。
あすこがデカくても。
西郷は、ズボン文化になったら困るので……。
それを阻止するために、西南戦争を起こした」
律「バカバカしい」
み「さてそれでは、昔話をもうひとつ語って進ぜようかの」
律「どうしてそうなるのよ」
み「こーゆー下ネタな昔話、心底楽しかろ?」
律「あんただけでしょ。
そもそも、さっきの昔話じゃ……。
なぜ大きいのかという謎が、ぜんぜん解かれてないじゃないのよ」
み「百鬼園先生の言葉を聞いてなかったのきゃ!
昔話に教訓は要らないの」
食「あそこが大きいことが、教訓とは思えませんが」
み「それは解決済みだろ。
八畳敷まで伸ばす金箔の話で」
↑現在は、このような箔打機を使うようです。
食「ま、そうですけどね。
でも、タヌキって、不思議と金に縁があるんですよ」
↑「和室はもちろん洋室・リビング・オフィスにも違和感無く飾って頂けるデザイン」だそうです(こちら)。
み「金箔のほかにも?」
食「佐渡ヶ島に、団三郎狸の話が残ってますよ」
↑河鍋暁斎『狂斎百図』より。人間相手に、金貸しもしてたそうです。
律「地元じゃないの。
知らなかった?」
み「佐渡は、海外じゃ。
どんな話よ?」
食「まず、佐渡と狸の繋がりから話しましょう。
さっき、金と縁があるって言いましたでしょ。
佐渡で金と云えば?」
み「そりゃあーた、佐渡金山に決まっとろうが」
み「世界遺産に登録されるべく、運動中と聞いておる」
み「あ、佐渡でも金箔が作られてたってこと?」
食「それは無いでしょう。
金箔より、ずっと前の工程です」
み「もったいぶらんで、早よ言わんかい」
食「金鉱石から、金を精錬する作業です」
↑これは、伊豆・土肥金山の資料館にあるジオラマ。
食「金を溶かすわけですから……。
高温の火が必要です。
その作業に使われたのが、フイゴという道具です」
み「♪しばしも休まず 槌うつ響き」
食「♪飛び散る火花よ 走る湯玉」
み「♪フイゴの風さえ 息をもつがず」
↑兵庫県三木市の『金物資料館』にあります。
↓わたしたちに馴染みがあるのは、この歌詞ですが……。
↓当初の歌詞は、こうだったそうです。
食「それです。
フイゴを使って、炉に空気を送ったわけです」
み「タヌキがその作業をしたとでも言うのか?」
↑新潟市内には、こんな名前の小路もあります。
食「そんなわけないでしょ。
金箔を槌打ちで伸ばすのに、タヌキの皮が使われたのは……。
タヌキの皮が丈夫だったからです。
つまり、フイゴにも、タヌキの皮が使われてたんです」
↑タヌキの毛皮。リアルファーです。
それではいったい!
フイゴのどの部分に、タヌキの皮が使われたんでしょう?
わたしは最初、↓のようなフイゴで、ジャバラ部分に使われるのかと思いました。
↑このフイゴの蛇腹は、ゴムのようです。
でも、金の精錬に、こんな小さいフイゴじゃ間に合わないだろうと不思議でした。
↓使われるとしたら、こういう箱型のフイゴじゃないかと。
でも、タヌキの皮なんか、どこにも使われてそうに見えません。
しかし!
検索を深めていったところ……。
↓ついに、核心画像を発見しました。
おそらく、空気漏れを防ぐためと、滑りを良くするためだろうと思いますが……。
空気を押し出す板の周囲に、緩衝材のようなものが張られてます。
なんと!
これが、タヌキの皮だったんです。
画像は、こちらのページから拝借しました。
自分で調べるって、ほんと面白いね。
み「佐渡にどのくらいタヌキがいたか知らないけど……。
捕り尽くされたんじゃないの?
なにしろ、山の形が変わるほど、採掘されたわけだから」
↑国指定史跡『道遊の割戸(どうゆうのわれと)』。山が真っ二つになるまで、採掘されました。
食「佐渡には、元々タヌキはいなかったようです」
み「にゃに。
連れて来られたってこと?」
食「佐渡奉行によって持ち込まれたそうです」
↑佐渡市相川(旧相川町)にあった佐渡奉行所(安政5年に建てられた奉行所を基に復元されたもの)。
食「佐渡には、今でもキツネがいないそうですが……。
昔は、タヌキもいなかったわけです」
み「タヌキの島流しか。
罪もないのに、気の毒に」
食「佐渡にタヌキがいて、キツネがいない理由が、昔話になって残ってます。
それが団三郎狸のお話です」
↑金貸しのほかに、選挙の応援もしたそうです。
み「語ったんさい」
食「いいんですか?
語り部を差し置いて」
律「そうかしら?
一度だけだけど、前の病院の急患であったのよ。
戸板で運ばれてきた人」
↑昔は、戸板を担架として使ったそうです。
み「江戸時代か!
どこの田舎病院じゃ」
律「田舎じゃないわよ。
川越だもん」
み「あ、そうか。
ああいう古い町並みが保全されてるとこでは……。
案外、戸板は残ってるかもね。
でも、何で救急車を呼ばなかったのよ?」
律「それが、謎だったわね。
その場の勢いで、誰かが“戸板を外せ”って言ったみたいなんだけど」
み「酒飲んでたんじゃないのか?」
律「そうかも。
7,8人もして運んできたっていうから、お祭りの準備かなにかだったのかも。
急患口もびっくりしてたわ。
戸板で運ばれてきた患者は、初めてだって」
み「だしょうね。
でも、そんな運ばれ方したら、下手すりゃ戸板の上で死んじゃうだろ。
何の病気よ?」
律「怪我よ。
ただの骨折。
でも、足の骨が突き出てたから、場が舞い上がっちゃったのかもね」
み「意識がはっきりしてたら……。
怖かったんじゃないの」
律「運ばれてる本人は、ずーっと……。
“下ろしてくれ~”って叫んでたみたい」
み「わはは」
食「あの。
そろそろよろしいでしょうか?」
み「何が?」
食「駅の名前です」
み「おー。
戸板駅か」
食「違います」
律「ごめんなさいね。
話が飛んじゃって。
この人、脱線してばっかりしてるから」
み「列車の中で、“脱線”は禁句だろ」
律「あら失礼」
食「駅名は……。
大小の“大”に、戸板の“戸”」
み「あ、ここから戸板話になったのか」
↑世田谷区用賀にある名門(1902年開校)。軽井沢にセミナーハウスもあります。
律「ほら、あんたが悪いんじゃない」
み「先生の例えが悪いの!」
律「3文字目が、瀬川瑛子の“瀬”ね」
↑同じ顔になる体操を、わたしも毎朝しています。目袋の筋トレだと思うのですが……。
み「ふむ。
大きい戸に、瀬か。
よし、わかった!」
食「等々力警部みたいですね」
↑石坂浩二主演の『金田一耕助シリーズ』に出てくる名物キャラ、等々力警部(加藤武)。
み「轟木駅にちなんでの登場です」
食「とっくに通りすぎてますけど。
わかったんなら、お答えください」
み「ずばり、“おとせ”じゃ」
食「違います」
律「“おとせ”なんて、言い難くてしょうがないわよ。
車掌さんとかが」
↑『くま川鉄道(熊本県)』の女性車掌さん。
み「“かそせ”も一緒だろ」
律「あら、そう言えばそうね。
なんか、力の入らない字が並んでる感じ」
み「“おとせ”じゃなきゃ、何なんだ?」
食「“おおどせ”です」
み「なんじゃそりゃ。
そのまんまの読みじゃないか」
食「誰も3文字なんて言ってないでしょ」
み「あ、最近できた駅なんじゃないの?
読みが普通ってことは」
食「『大戸瀬駅』の開業は、昭和8年です。
『風合瀬駅』は昭和24年ですから、『大戸瀬駅』の方が16年も古いです。
そもそも、昔からの集落の名称が付けられたわけですから……。
駅の出来た年とは関係ないですよ」
み「あ、そ。
で、ここの名物とか、ひとしきり語ろうってわけ」
食「いや。
ここは素通りです。
次の駅が、ちょっと語りどころですから」
み「ほー、語ったんさい」
ここで、一息。
『大戸瀬駅』は、2010年(平成22年)11月に、新駅に建て替えられました。
↓それが、こちら。
新しい駅になると、どうしてトイレに似てしまうんでしょうね。
それでは、お話を続けましょう。
律「あ、トンネル」
食「田野沢トンネルです。
長さ、192メートル」
み「そんなこと覚えて楽しい?」
食「データを読みこんでると、自然に覚えてしまうんです」
律「理想的な学習法ね」
食「ま、“好きこそものの上手なれ”の典型でしょうね。
嫌いなことは、いっこうに覚えられませんから」
律「そんなものですわ」
み「和んでないで、話を進めんかい。
また、駅名当てか?」
食「いえ。
もう駅名当ては無しです。
ひと駅ごとに、あんな騒ぎになるんじゃ、終点まで持ちません」
み「何の騒ぎよ?」
食「こむら返り起こしたでしょ」
み「あれは、騒ぎたくて騒いだわけじゃないわい。
不可抗力じゃ」
食「とにかく、駅名当ては無しです。
ていうか、珍しい駅名はだいぶ先までありませんから。
駅名は、先に言っておきます」
み「それはつまらんので無いの?」
食「いえ。
言わせてください。
その方が、流れ的にいいみたいですから」
↑『東北』も、このように流れてくれるといいのですが。
み「なんの流れじゃ」
食「実は、次の駅には、『リゾートしらかみ』3号は停車するんですよ。
しかも、15分も」
み「なんでじゃ?」
食「名所ですから」
み「そんなら、この1号も停めたら良かろ」
食「ま、列車ダイヤの都合でしょうね」
み「もったいぶらないで、早よ駅名を言わんかい」
食「『千畳敷駅』です」
み「なに!
『八畳敷駅』?」
食「思ったとおりの反応しますね」
み「似ているから、どうしても連想してしまうのだ」
律「992畳も違うわ」
↑親鸞会館(富山県射水市)。2,000畳の大講堂。
み「そういう問題じゃないでしょ。
そもそも、何でタヌキのアレが八畳敷なわけ?」
律「わたしに聞かないでよ」
み「医者だろ」
律「獣医じゃないもん」
み「獣医じゃなくたってわかるでしょ。
あそこが膨れる病気とか」
律「ま、いろいろあるでしょうね」
み「たとえば?」
律「一番ポピュラーなのは、鼠径ヘルニアでしょ」
み「いわゆるひとつの脱腸?」
律「そう」
み「ほかには?」
律「陰嚢水腫とか、睾丸腫瘍ね」
み「“いんのーすいしゅ”って何よ?」
律「睾丸の周りに、漿液が溜まる病気」
み「ふむ。
水で膨れるわけか。
見た目、脱腸と紛らわしいんじゃないの?」
律「鼠径ヘルニアの場合……。
腸が出たり入ったりするから、大きさが変わるのよ。
あと、懐中電灯を当ててみればすぐわかる。
陰嚢水腫は、入ってるのが水だから透明なの」
み「なるほど。
脱腸は腸が詰まってるから、暗いわけね。
どのくらい大きくなるのかな?」
律「陰嚢水腫では……。
1リットル貯めたおじいちゃんがいたって話は聞いた」
↑これは、ラクダ。陰嚢水腫ではなく、通常サイズのようです。
み「ちょっと、待たんさい。
1リットルって、大きいペットボトル1つじゃないの。
そんなの、ズボンに入らんだろ。
どうなってんのよ?」
律「知らないわよ。
でも、ズボンのチャックが、横に開くようになってたそうよ」
↑なぜか、社会の窓全開の星飛雄馬。
み「なんでチャックなのよ?
チャックからは、竿だけ出せばいいんでしょ。
玉まで出す必要ないじゃないの」
律「知らないってば」
み「竿も肥大するのかな?
そんなら、陰嚢水腫に罹りたがる男がたくさん出るんじゃないか?」
み「チミの見解は?
男子として、どうよ」
食「1リットルの水が貯まってるということは……。
重さが1キロってことですよ」
み「あ、わかった!
玉の重みに引っ張られて……。
竿が引っ張り出せないんだ。
普通のチャックじゃ」
食「なんとなくそんな気はします」
み「ふーむ。
玉だけ1キロもあって……。
竿が鉛筆サイズだったら、情けなかろうな。
先生は、実物見たの?」
律「見てないわよ」
み「いや、1リットルのヤツじゃなくてもさ。
500ミリ級とか」
↑安藤美姫が携帯ストラップにしてたことでブレーク。子宝に霊験あらたか?
律「ひとつも見てません。
産婦人科だもん」
み「学生の時に見たでしょ?
大学病院とかで」
律「見てません。
睾丸の病気は、男性にとって、とても恥ずかしいものなの。
学生に見学させるなんてことありえないわよ。
あと、これは学生時代の講義で聞いたんだけど……。
昔は、陰嚢象皮病って病気があったんだって」
↑この気の毒なトカゲは、数日間にわたり、ゾウによって持ち歩かれたそうです。
み「おーっ。
病名だけでもスゴい。
興味がフツフツと沸き起こるわい。
語ってちょうだい」
律「これは、寄生虫による病気なの。
東京に、『目黒寄生虫館』って施設があるの知ってる?」
み「知らいでか。
今度東京に行く機会があったら、ぜひ寄ってみたい場所です。
サナダムシのランチバッグを、ぜひ買いたい」
律「悪趣味ね」
み「その『目黒寄生虫館』に、何があるんだ?」
み「ますます、行きたい欲が増すではないか」
↑塩鱒。美味しいよ!
律「あるのは、写真だけよ。
その病気に罹った人の」
み「デカいわけ?」
律「頭よりも大きいそうよ。
地面に引きずってたって(あまりにもグロいので、画像掲載は自粛します)」
↑これは、写真から加工されたシルエット。マタの間にある、巨大球状物質がソレです。
み「どしえー。
信楽焼の狸、そのものじゃない」
み「どうしてそんなになるわけ?」
律「バンクロフト糸状虫という寄生虫によって……。
リンパ管の拡張、増殖が引き起こされるわけよ。
で、足とか陰嚢が、象の皮膚みたいに硬く膨れあがる」
↑仮面ライダーV3に登場した『吸血マンモス』。どうやって血を吸うんだ?
み「どのくらいまでなるの?」
律「数十キロになることもあるって」
み「ちょっと待たんさい。
歩けないじゃないの」
律「農作業とか、通常の生活はできないわね。
だから、この病気に罹った人は……。
人里離れた村外れに住んで、ソレを見世物にして生計を立ててたそうよ」
↑『北斎漫画』
み「うぅ。
哀れじゃ。
でも、働かなくていいわけだよね。
見せるだけで。
ちょっと羨ましいかも」
↑メリックの病気は、象皮病ではなく、プロテウス症候群とする見方が有力になってるそうです。
律「そんなの、あんただけよ」
み「今は、治療法があるんでしょ?」
律「今は、感染者そのものがいないもの」
み「いつごろまでいたの?」
律「昭和初期までは、全国各地にいたみたい」
み「そういう人たちの存在が、タヌキの八畳敷伝説になったのかな?」
↑『狸の夕立』歌川国芳。(こちら)の英語のサイトがおもろいです。
律「そうなのかもね」
み「うーむ。
『目黒寄生虫館』、今直ぐにでも飛んでいきたい」
律「今も写真が展示されてるかどうか、わからないわよ」
み「されてなかったら、館長を脅してでも見届けてやる」
律「どうぞ、ご随意に」
み「先生も付き合って」
律「お断り」
み「ちぇ。
つまらんのぅ。
ところでさ。
タヌキのあそこって、ほんとに大きいの?」
律「わたしに聞かないでって。
獣医じゃないんだから」
み「じゃ、チミ」
食「何でボクなんですか?
でも、なぜか知ってます」
み「なぜじゃ?」
食「鉄仲間に、変わった先生がいるんですよ。
専門は動物学なんですけど……。
動物と人間の関わりっていうか、民族学的な研究もしてるんです。
動物が、昔話でどう扱われてるとかって。
で、全国各地を調査で飛び回ってるついでに、“鉄”もやってるわけです」
み「公費で“鉄”やってるってことだな」
↑『信楽高原鉄道』の列車です。
食「ま、そうですね。
とにかく、話好きな先生でしてね。
一緒に鈍行列車に乗ってると、朝から夕方までしゃべってますよ。
タヌキの話も、さんざん聞かされました」
み「八畳敷のいわれも?」
食「もちろんです。
そもそも……。
ほんとのタヌキの睾丸って、どのくらいの大きさだと思いますか?」
み「ま、八畳敷までは無いにしても……。
体に比較したら大きめなんじゃないか?
30センチとか」
食「そんなにデカかったら、引きずっちゃうでしょ」
み「信楽焼のタヌキは、引きずってるではないか」
食「本物のタヌキの話です。
そもそも、タヌキって足が短いんですよ。
少し大きいだけで、引きずっちゃいます」
み「そう言えば……。
キツネの脚はスラっと長いのに……」
↑北海道の観光狐。プロの腕前が無くても、普通にこういう写真が撮れるそうです。人が近づいても、逃げないんですね。
み「タヌキはどうして短足なわけ?」
食「餌の違いが影響してるそうです。
キツネは、完全な肉食ですからね。
ネズミなんかの小動物を捕食するわけです。
そのため、速く走ったり、ジャンプしたりする必要がある」
食「で、俊敏に動ける長い脚が備わったわけです」
み「皆まで言うな。
それに対し、タヌキは雑食というわけだな」
食「よく知ってますね」
み「筒井康隆の小説に出てきた。
宇宙飛行士が、宇宙船の中でコールドスリープに入ろうとしたところに……。
実験動物として連れて来られたタヌキが逃げ出したって話(あらすじは不確かです)」
↑似てますが、アライグマです。
律「食べられちゃうってこと?」
み「最後は、恐怖が膨らむところで終わってたと思うけど」
食「餌がほかに無ければ、食べられる可能性は大ですよ」
み「普通は、何を食べてるの?」
食「ミミズやカエル、昆虫など、地べたにいる生き物とか……。
木の実やキノコなどですね」
↑雑食なら、食べると思います。久しぶりに、わたしも食べたくなった。
み「なるほど。
鼻や口が地面に近い方が便利ってことか」
↑撮影されたのは明治神宮。参拝者に餌をもらい、優雅に暮らしてるそうです。
食「だから、30センチもあるわけないんです」
み「じゃ、どのくらいよ」
食「人の小指の先くらいだそうです」
食「哺乳類の中でも、小さい方らしいです」
み「おかしいだろ。
そんなら、どうして八畳敷なんて云われるようになったんだ?」
食「ま、一説には、タヌキが座ったときに……。
フサフサの尻尾が股の間から覗いてる様子を、見まちがったのではないかと云われてます」
↑これはネコですが。
み「それだけ?
尻尾の太い動物は、タヌキだけじゃないだろ」
↑カモノハシとか。座るかどうかは、わかりかねますが。
食「実は、もっと有力な説もあります」
み「もったいぶらないで、言ったんさい」
食「タヌキの皮って、スゴく耐久性に優れてるそうなんです。
で、金箔を作るときに使用された」
み「金箔を作るのに、どうしてタヌキの皮がいるわけ?」
食「金箔ってのは、金を薄く伸ばしたものです」
み「知っとるわい。
1万分の1ミリとかだよね」
食「よく知ってますね」
み「えへん。
金閣寺を特集したNHK番組で知りました」
食「今はもちろん、機械で伸ばすんでしょうけど……。
昔は、職人が手作業で伸ばしてたわけです。
どうするかというと……。
タヌキの皮に、金の玉を包んで、槌打ちして引き延ばすんです」
↑『フィンラクーン』のコート。フィンランドで毛皮用に養殖されてる大狸だそうです。
食「1匁(もんめ)の金の玉が……。
八畳の広さの金箔になったそうです」
み「にゃんだとー。
金の玉が、タヌキの皮で八畳敷まで伸びるってことだったの?」
食「てことらしいです。
それが変じて、“タヌキの金玉八畳敷”になったわけです」
↑涼しげですね。
み「うーむ。
どストライクではないか。
でも、タヌキの八畳敷って、昔話にたくさんあるよね。
金箔づくりにタヌキの皮が使われるようになったのは、そのまた昔ってことか」
↑安土城跡から出土した金箔瓦
食「ですね」
律「そんな昔話なんてあった?
聞いたことないわ」
み「もちろん、学校で教えるわけないからね。
聞きたい?」
律「別に、聞きたくはないけど」
み「旅の土産に聞かっしゃい」
律「なんで、五能線の土産がタヌキ話なのよ?」
み「むかーし、昔」
律「勝手に語り出さないで」
み「すでに語り部が憑依しておる。
しまいまで語らせないと、100代祟るぞ」
↑『新八犬伝』玉梓(たまずさ)が怨霊。
み「短い話だから、参考までに聞きなさい」
律「小さい声で語ってよね」
み「むかし、昔、あるところに……」
律「おじいさんとおばあさんがいました」
み「黙って聞け!
おばあさんはいないの!」
律「なんでよ」
み「離婚したのだ」
律「理由は?
DV?」
み「話をかき回すな!
離婚の理由まで知るか!
とにかく、おじいさんがひとりで住んでたの」
律「はいはい」
み「おじいさんは、昔話がとても上手でした。
ある晩、ひとりの小僧さんが……。
『昔話を聞かせてください』と、おじいさんの家にやってきました」
み「初めて見る小僧さんでしたが……。
おじいさんは、昔話を語ってやりました。
小僧さんは、とても喜んで、おじいさんの話に聞き入ってたそうです。
以来、小僧さんは、毎晩やってくるようになりました。
小僧さんがとても熱心に聞いてくれるので……。
おじいさんも、語りがいがあります」
み「囲炉裏の火が消えそうになるのも忘れるほどでした。
で、ある夜、消えそうな火に、新しい薪を足したところでした」
み「火が一瞬明るくなり、小僧さんの影が、ムラムラと動きました。
おじいさんは、冷や水を浴びた気がしました。
小僧さんの影は、人のものでは無かったのです。
おじいさんは、小僧さんに気づかれないように、火箸を火の中に刺しました。
で、語り疲れて、うつらうつら居眠りをする振りをしました。
長い眉毛の下から、小僧さんの様子を伺っていると……。
小僧さんは、短い着物の裾から、なにやら引っ張り出しました。
毛むくじゃらの布みたいなものです。
小僧さんがそれを、囲炉裏の火で炙り始めると……。
毛むくじゃらの布は、みるみる広がっていきます。
『こいつ、狸だ』。
おじいさんは、ようやく気づきました。
小僧さんが裾から出したのは、金玉だったのです。
おじいさんが、眠りこんだ振りをすると……。
狸小僧は金玉を大きく広げ、おじいさんに被せようとしました」
↑これまた歌川国芳。
み「おじいさんは、大きく舟を漕ぐ振りをして、囲炉裏の火箸を取り上げると……」
↑ほぼ凶器です。
み「頭上に被さってきた金玉に、深々と突き刺しました」
↑鶏の白子串(希少部位、だとか)。
み「『あんぎゃー』」
狸は悲鳴をあげて逃げて行きました。
おしまい」
律「なんなのよ、それ?」
み「なんなのって、昔話でしょうが」
律「その後、どうなったわけ?」
み「これで終わりです」
律「何が言いたかったの?」
み「別に」
律「教訓とかは?」
み「ございません」
律「ヘンなの」
み「ヘンではない。
昔話とは、本来そういうものです。
わたしの尊敬する内田百閒は……」
↑百鬼園倶楽部(内田百閒顕彰会)のハッピだそうです(百鬼園は、百閒の別号)。
み「『王様の背中』というお伽話集の序文で、こう述べております」
み「『この本のお話には、教訓はなんにも含まれて居りませんから、皆さんは安心して読んでください。
どのお話も、ただ読んだ通りに受け取って下さればよろしいのです。
それがまた文章の正しい読み方なのです』」
↑強烈な“鉄”でもありました。
律「でも、どうして被せようとするのよ?」
み「理由を問うでない!
そういうものなのじゃ」
律「どういうものよ?」
み「大きくて広い金玉を持つものは……。
それを、人の頭に被せたくなるものなの」
み「な?」
食「な?、って。
知りませんよ、ボクは」
み「ははぁ。
チミのは、本物の狸サイズだな?」
食「話が落ちすぎです。
そう言えば……。
西郷隆盛は、陰嚢水腫だったそうです」
↑別人です。
み「ほー」
食「で、西南戦争で負けた西郷は切腹し……。
首は、味方の兵士が埋葬のために持ち去った。
官軍側は、西郷の死を確認するため、死体を探した。
そのとき、首のない胴体を判別する目印が、巨大な陰嚢だったそうです」
み「どのくらいデカかったわけ?」
食「人の頭ほどあったそうです」
食「西郷は、馬にも乗れなかったらしいですから」
み「ふーむ。
人に被せたくなったかな?」
律「なるわけ無いでしょ」
み「わかった!」
食「何がです?」
み「上野公園の西郷隆盛が、着物を着てるわけ」
律「どういう意味?」
み「着物なら、わからんでしょ。
あすこがデカくても。
西郷は、ズボン文化になったら困るので……。
それを阻止するために、西南戦争を起こした」
律「バカバカしい」
み「さてそれでは、昔話をもうひとつ語って進ぜようかの」
律「どうしてそうなるのよ」
み「こーゆー下ネタな昔話、心底楽しかろ?」
律「あんただけでしょ。
そもそも、さっきの昔話じゃ……。
なぜ大きいのかという謎が、ぜんぜん解かれてないじゃないのよ」
み「百鬼園先生の言葉を聞いてなかったのきゃ!
昔話に教訓は要らないの」
食「あそこが大きいことが、教訓とは思えませんが」
み「それは解決済みだろ。
八畳敷まで伸ばす金箔の話で」
↑現在は、このような箔打機を使うようです。
食「ま、そうですけどね。
でも、タヌキって、不思議と金に縁があるんですよ」
↑「和室はもちろん洋室・リビング・オフィスにも違和感無く飾って頂けるデザイン」だそうです(こちら)。
み「金箔のほかにも?」
食「佐渡ヶ島に、団三郎狸の話が残ってますよ」
↑河鍋暁斎『狂斎百図』より。人間相手に、金貸しもしてたそうです。
律「地元じゃないの。
知らなかった?」
み「佐渡は、海外じゃ。
どんな話よ?」
食「まず、佐渡と狸の繋がりから話しましょう。
さっき、金と縁があるって言いましたでしょ。
佐渡で金と云えば?」
み「そりゃあーた、佐渡金山に決まっとろうが」
み「世界遺産に登録されるべく、運動中と聞いておる」
み「あ、佐渡でも金箔が作られてたってこと?」
食「それは無いでしょう。
金箔より、ずっと前の工程です」
み「もったいぶらんで、早よ言わんかい」
食「金鉱石から、金を精錬する作業です」
↑これは、伊豆・土肥金山の資料館にあるジオラマ。
食「金を溶かすわけですから……。
高温の火が必要です。
その作業に使われたのが、フイゴという道具です」
み「♪しばしも休まず 槌うつ響き」
食「♪飛び散る火花よ 走る湯玉」
み「♪フイゴの風さえ 息をもつがず」
↑兵庫県三木市の『金物資料館』にあります。
↓わたしたちに馴染みがあるのは、この歌詞ですが……。
↓当初の歌詞は、こうだったそうです。
食「それです。
フイゴを使って、炉に空気を送ったわけです」
み「タヌキがその作業をしたとでも言うのか?」
↑新潟市内には、こんな名前の小路もあります。
食「そんなわけないでしょ。
金箔を槌打ちで伸ばすのに、タヌキの皮が使われたのは……。
タヌキの皮が丈夫だったからです。
つまり、フイゴにも、タヌキの皮が使われてたんです」
↑タヌキの毛皮。リアルファーです。
それではいったい!
フイゴのどの部分に、タヌキの皮が使われたんでしょう?
わたしは最初、↓のようなフイゴで、ジャバラ部分に使われるのかと思いました。
↑このフイゴの蛇腹は、ゴムのようです。
でも、金の精錬に、こんな小さいフイゴじゃ間に合わないだろうと不思議でした。
↓使われるとしたら、こういう箱型のフイゴじゃないかと。
でも、タヌキの皮なんか、どこにも使われてそうに見えません。
しかし!
検索を深めていったところ……。
↓ついに、核心画像を発見しました。
おそらく、空気漏れを防ぐためと、滑りを良くするためだろうと思いますが……。
空気を押し出す板の周囲に、緩衝材のようなものが張られてます。
なんと!
これが、タヌキの皮だったんです。
画像は、こちらのページから拝借しました。
自分で調べるって、ほんと面白いね。
み「佐渡にどのくらいタヌキがいたか知らないけど……。
捕り尽くされたんじゃないの?
なにしろ、山の形が変わるほど、採掘されたわけだから」
↑国指定史跡『道遊の割戸(どうゆうのわれと)』。山が真っ二つになるまで、採掘されました。
食「佐渡には、元々タヌキはいなかったようです」
み「にゃに。
連れて来られたってこと?」
食「佐渡奉行によって持ち込まれたそうです」
↑佐渡市相川(旧相川町)にあった佐渡奉行所(安政5年に建てられた奉行所を基に復元されたもの)。
食「佐渡には、今でもキツネがいないそうですが……。
昔は、タヌキもいなかったわけです」
み「タヌキの島流しか。
罪もないのに、気の毒に」
食「佐渡にタヌキがいて、キツネがいない理由が、昔話になって残ってます。
それが団三郎狸のお話です」
↑金貸しのほかに、選挙の応援もしたそうです。
み「語ったんさい」
食「いいんですか?
語り部を差し置いて」