2013.5.11(土)
み「ありゃ。
用途は普通なわけね。
何が日本一なの?」
食「大きさですよ。
直径が22メートルもあるんです」
み「にゃにー。
22メートルって、ビルの6階くらいあるじゃないの」
律「ほとんど観覧車ね」
食「ですね。
夜はライトアップされますし」
食「でも、木製なんですよ。
青森ヒバの」
み「それは見てみたいものじゃ」
食「艫作(へなし)駅の手前で、右手に見えるはずです」
み「電車から見えるの?」
食「電車からは見えません」
み「今、見えるって言ったじゃん」
食「五能線は電化されてませんから……。
電車は走ってません」
↑架線がないと、ほんとにすっきりしてますよね。
み「揚げ足取りおって」
食「あなたを見習いました」
み「悪いとこだけ見習うんじゃない」
律「いいとこなんてあるの?」
み「いーっぱいある」
律「どんなとこ?」
み「……。
急に問われても、思いつかんが」
律「情けない人。
お話、続けてください」
食「この『みちのく温泉』の露天風呂も、面白いんですよ。
湯船に漬かりながら、五能線の列車が見えます」
↑この方向に列車が見えるはずなんですが……。画像が見当たりませんでした。なぜじゃ。
食「浴槽の入口に、列車の通過時刻が貼り出してあるんです」
み「ほー。
列車の客に、お見せできるってわけね」
食「残念ながら……。
ちょっと遠いですね。
列車自体、滅多に通りませんし。
そのつもりなら、時刻表を調べて行った方がいいですよ」
み「時刻表調べて、見せに行くわけか。
それもまた、情けないものがあるのぅ。
先生、付き合う?」
律「お断り」
食「列車が通らなくても……。
線路越しに日本海が見えますから、十分楽しめますよ」
み「どんな塩梅に見えるか、通るとき確認してみよう」
食「反対側の窓になりますけど」
み「ドアのところからも見えるだろ」
食「異様に熱心ですね」
み「小説書きは、探究心のカタマリなのじゃ」
食「そうかなぁ」
み「あ、発車した。
ずいぶん長い停車時間だったな」
食「1分停車です」
み「ウソこけ。
ま、話の都合じゃ。
仕方あるまい」
食「あ、そうそう。
左手を良く見ててください」
み「わたしは、右が見たいの」
食「温泉は、まだ先ですから」
み「左手に何があるのじゃ?」
食「椿山です」
み「おー。
椿山は地名であったか」
食「ほら、あれです」
み「あれか。
山っていうより、小さな半島だな」
食「昔は、『椿島』だったそうです。
隆起して地続きになったんだとか」
み「椿山ってことは、椿が生えてるわけ?」
食「日本海側における、ヤブツバキの自生北限地だそうです」
み「ほー。
暖流の対馬海流が流れてるとは云え……」
み「冬の季節風は半端じゃなかろうにな」
食「葉を落とさない常緑樹には厳しいでしょうね。
今は、椿もかなり減少したみたいです。
でも昔は、花どきには、海の色が真っ赤に染まったそうですよ」
み「おー。
久しぶりに歌いたくなった」
律「何をよ?」
み「もちろん、『豊後水道』」
み「美弥子と、フェリーで豊後水道を渡ったとき……。
本物の椿を海に投げたのじゃ」
律「あ、美弥ちゃんから聞いたわよ。
牧野植物園で、折って来たんだって?」
み「花盗人は、犯罪にはならんのだ」
律「立派な犯罪者よ」
み「それでは!
『豊後水道』、一節唸らせてもらいます」
律「浪花節じゃないんだから」
み「♪こぼれ~散る」
律「カーン」
み「鐘を鳴らすな!」
律「不合格。
とっととお帰りください」
み「せめて、椿のところまで歌わせて」
律「椿のくだりは、サビじゃないの。
そんなとこまで歌うつもり?
図々しいにもほどがあるわ」
み「じゃ、いきなりサビを……。
♪こぼれ散る紅椿~」
律「列車が脱線するから止めて」
み「するかい!
腹の立つ女じゃ」
↓代わりに、プロの歌声をどうぞ。
【豊後水道】作詞:阿久悠/作曲:三木たかし/歌:川中美幸
み「それじゃ、改めまして……」
食「歌といえば……。
菅江真澄が、この椿山を和歌に詠んでますよ」
み「また出たか、マスミン。
こんなところまで来てたのか。
どんな歌?」
?「ふぉふぉふぉ。
教えてつかわそう」
み「なんじゃ。
急に口調を変えおって。
あ、その三日月目!
食い鉄のくせに、物事を知りすぎてると思ったら……。
やっぱり、マスミンが憑依しておったか。
おのれ!
怨霊退散」
老「怨霊じゃないから、退散しないもーん」
み「甘えるな!
何しに出てきた?」
老「自分の歌は、やはり地声で詠いたいものじゃでな」
み「わたしの歌は遮ったくせに」
老「聞くに耐えんかったでな。
耳の穢れじゃ」
み「やかましい」
老「いいから、わしの歌を聞きんしゃい。
聞かずば、列車ごと冥界に連れて行くぞ」
み「おのれ。
正体を見せたな、妖怪
先生、ちょっと何とか言ってよ」
老「ムダじゃ。
今、時間は止まっておる」
み「げ、列車中凝固してる」
み「何でわたしだけ動いてるの?」
老「半分、わしの仲間になっておるからじゃよ」
み「なにー。
それって、半分死んでるってこと?」
み「いやじゃー」
老「それなら、和歌を聞かんしゃい」
み「カンペキな脅迫じゃないか」
老「嫌なら、時間は動かんぞ」
み「おのれ。
でも……。
よく考えると、この状況って……。
イタズラし放題なんじゃないか?
ほら、あの通路歩いてるイケメン」
み「座席の女性グループを意識してるのが見え見えじゃない。
あいつの社会の窓、開放してやろうか。
ついでに、中の物をポロリと出しておけば……。
時間が動いたとき、見ものだぜ」
老「どうして、そういうことしか思いつかんのじゃ。
やっぱり、おぬしだけ冥界に連れて行く」
み「どひえー。
やめれー。
聞くから聞くから」
老「“拝聴いたします”。
Repeat after me.」
み「は、拝聴いたします」
老「そこまで乞われて歌わぬのも、野暮なものよの」
み「このジジイ、いつか殺す」
老「なにか言ったか?」
み「拝聴しております」
老「よしよし。
それでは……。
いそ山に春は咲てふ玉椿 かかるやなみの光なるらん」
み「は?
“咲くてふ”?
なんで伝聞なんじゃ?
見てないわけ?」
老「わしが行ったのは、7月じゃでな」
↑よく考えると、金魚売りって、そうとうな重労働ですよね。
み「何でそんな間の悪いときに行くわけ?」
老「昔の旅は、すべて徒歩じゃ」
老「都合のいい時期にだけ行けるわけなかろ」
み「講談師見てきたような……」
↑改めて断るが、田代まさしではない。
老「講談師ではない。
講釈師じゃ」
↑晩年はこんな感じ(『田辺一鶴』)。
老「ま、想像力の翼を広げれば、7月に椿を見ることも可能ということじゃの」
み「都合のいいことばっかり言いおって」
老「わしは、椿の花が好きでのぅ。
さっき、このデブに言わせたとおり……。
ここは、日本海側における椿の北限じゃ」
み「デブって……。
身も蓋もないわね。
仮にも宿主でしょうが」
老「そっちの美人さんに乗り移れば良かったわい」
み「それだけは止めて。
気色悪いから」
老「女性は、厠が不便でならんでな。
ま、この身体で我慢するわい」
み「女に宿ったことがあるんだな。
この変態ジジイ」
老「やかましい。
そういう輩には、問題を出してつかわそう」
み「いきなりなんじゃ。
賞品でもくれんのか?」
老「わしのハグはどうじゃ?」
み「積極的にお断り」
老「それは、こっちのセリフじゃ。
それなら、正解の賞品はいらないんじゃな?
その代わり……。
間違ったら、冥界に連れて行くぞ」
み「割に合わんだろ!」
老「それでは問題です」
み「進めるな!」
老「日本海側のヤブツバキ自生北限は、ここ、青森県の深浦町。
それでは、太平洋側の北限はどこでしょう?」
み「わかるかい!」
老「それでは、冥界にご案内いたします」
み「いやじゃー。
ヒ、ヒントくらいくれていいだろ」
老「しょうがない奴じゃ。
ま、市町村まで当てろというのは、少し酷かな。
県名だけでいいわい」
み「ふっふっふ。
県名と言ったな。
てことは……。
北海道、東京、大阪、京都は外していいわけだ」
老「京都に太平洋側の海は無いぞ」
み「太平洋側の県は……。
北から、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉か」
み「千葉や茨城が北限ってことは有り得んだろ。
福島も違うな。
いわき市の小名浜なんて、東北の湘南って呼ばれてるもんな」
↑いわき市には、ハワイもあります(『スパリゾートハワイアンズ』)。
老「バカに詳しいのぅ」
み「小名浜は、移住候補地だったの」
老「誰の?」
み「わたしに決まってるだろ。
老後を雪かきしながら暮らすのは辛そうだからな」
老「それで小名浜」
み「冬は晴れてるし……。
夏は、寒流が南下してるから、涼しいし」
老「ほう」
み「でも……。
やっぱり太平洋側は、地震が怖いしね」
老「ほれ、時間切れになるぞ」
み「時間制限なんて言ってなかったじゃないか」
老「時間無制限のクイズなどあるわけなかろ」
み「青森、岩手、宮城。
このどれかってことか。
うーん。
わかった。
これは、引っ掛け問題だな。
日本海側の北限は青森。
で、太平洋側はと問われれば……。
ついつい、青森以外の県を答えてしまいがち。
悪どい問題よのぅ」
み「わたしが、そんな悪辣なワナに引っかかるわけなかろ。
ずばり!
太平洋側の北限は……。
青森県!」
老「ブ、ブー。
冥界に、お一人様ご案内~」
み「い、いやじゃー。
今のは冗談」
老「往生際の悪いやつ」
み「青森県かと一瞬思ったけど、やっぱり違ったなと。
これから言うのが、ホント。
えーと。
宮城県」
老「ブ、ブー。
特等席でご案内~」
み「いらん!
やっぱり、岩手県」
↑岩手といえば、まずはこれでしょう。一度やってみたいものです。
老「全部言えば、どれか当たるではないか」
み「はい、当たりね」
み「岩手県、岩手県。
最初からそう思ってたのだよ」
老「汚いオナゴじゃ」
み「何とでも言え。
冥界行きよりマシじゃ」
老「インチキをしたので……。
問題を追加します」
み「なんでー」
老「岩手県の何市でしょう?」
み「ふっふっふ。
市ということは、町や村ではないわけね」
老「岩手県の町や村を知っておるのか?」
み「ひとつも知らん」
↑ほんとにひとつも知りませんでした。
老「それでは、ぜんぜん絞り込めんではないか」
み「くそー」
老「早く答えんかい」
み「えーいクソ。
それじゃ、大船渡市!」
老「……」
み「へ?
ひょっとして当たり?」
老「これは、意表を付かれたわい。
知っておったのか?」
み「知るわけなかろ。
子供のころ、テレビで見た高校野球で印象に残ってた」
老「悪運の強いオナゴじゃ。
1984年選抜の大船渡旋風じゃな」
↑大船渡高校は、準決勝まで勝ち上がりました(桑田・清原のPL学園が準優勝。優勝は東京の岩倉)。
み「さてと。
そろそろ帰ったら」
老「これから考察が始まるんじゃろ」
み「不要です」
老「それじゃから、お前さんの知識は底が浅いのじゃよ」
み「何とでも言え」
老「それでは……。
大船渡市と、この深浦町では、どっちが北にあるかな?」
み「大船渡じゃないの?
太平洋側の北限の方が北でしょ」
老「それが素人の赤坂見附じゃ」
み「恐れ入谷の鬼子母神」
老「いらんこと言わんでよろしい。
よいか。
大船渡は、岩手県じゃ。
深浦は、青森県じゃろ。
どっちが北か、わからんわけなかろうが」
み「あ、そうか。
大船渡っって……。
日本海側のどのあたりの緯度にあたるわけ?」
老「岩手県の最南部じゃから……。
日本海側にすると、秋田県と山形県の境あたりじゃな」
み「そんなに南なの?
なんで日本海側の北限の方が北なんだ?」
老「おまいさんは、さっき答えを言っておったではないか」
み「へ?
いつ?」
老「小名浜の気候じゃよ・
何と言った?」
み「えーっと、確か……。
夏は、寒流が南下してるから、涼しい」
み「あ、そうか!
親潮だ」
老「さようじゃ」
み「海流の影響って、大きいんだな。
そう言えば、アイスランドが暖かいのも……。
メキシコ湾流のお陰だしね」
老「さようさよう。
では、ここで問題です」
み「またかよ!」
老「日本海側におけるヤブツバキの北限は……。
ここ、深浦町」
老「太平洋側における北限は……。
大船渡市」
老「それでは!
日本の北限はどこでしょう?」
み「はぁ?
日本海と太平洋があって……。
あと、何があるって云うの?
まさか、オホーツク海?」
老「そんなところに椿があるものか」
み「じゃ、何だよ」
老「仕方ない。
ヒントを歌ってつかわそう」
み「なんで歌なんだ」
老「♪上野発の夜行列車降りた時から~」
み「顔まで作るのはやめれ!
気味が悪いったらない」
老「やっぱり、デブ男ではなく……。
そちらの美人さんにしておけば良かったのぅ」
み「それ以前に、歌がヘタじゃ」
老「声のせいだわ。
おぬしだって、さっきヘタな歌を歌ったではないか」
み「黙れ!
『豊後水道』は、わたしのオハコなの」
老「これだけのヒントをやれば、わかったじゃろ」
み「あ、日本海でも太平洋でもないってことは……。
津軽海峡?」
老「ま、実際には、海峡より南に奥まった、陸奥湾じゃがの。
夏泊半島という地名を知らぬか?」
み「知らぬな。
そもそも、青森県の形が思い浮かべられん」
↑こんな形です。変化のある海岸線ですね。
老「困ったヤツじゃ。
青森県の北側は、北海道に向かって、2本角が出ておるじゃろ。
ちょうど、クワガタの顎みたいにな。
東側、より長い顎が、下北半島。
西側の、ちょっと短い顎が、津軽半島じゃ。
その2つの顎に囲まれたところが、陸奥湾じゃな。
夏泊半島は、ちょうど2本の角の真ん中あたりに、瘤のように突き出ておる」
老「わかったかな?」
み「なんとなく」
老「頼りないやつ。
で、その夏泊半島にも、椿山があるんじゃ」
み「そこが、北限?」
老「正真正銘、日本の北限じゃ。
1922年(大正11年)、『ツバキ自生北限地帯』として、国の天然記念物に指定されておる」
み「ほー。
そこにも行ったの?」
老「もちろんじゃ」
老「あれは確か、1795年のことじゃった。
寛政7年、11代家斉公の御代じゃな」
老「この家斉公……。
オットセイ将軍と呼ばれてたのを知っておるか?」
み「なんじゃそりゃ?」
老「オットセイのペニスの粉末を、毎日飲んでおったそうじゃ」
↑オットセイ最強伝説は、今も健在です。
み「どしえー」
老「側室が40人」
老「作った子供の数は、55人」
み「“夜の暴れん坊将軍”?」
老「ははは。
上手い上手い」
み「腎虚にならなかったのかね?」
老「大丈夫じゃったようだの。
将軍在位は、歴代最長の50年」
み「恐るべきやつ」
老「老中の松平定信から……」
↑寛政の改革でお馴染みの堅物です。
老「“回数が多過ぎては体に良くない”と注意されたそうじゃ」
み「わはは」
老「で、このオットセイの御代の、1795年」
み「よく覚えてるね」
老「長谷川平蔵の死んだ年じゃ」
み「げ。
鬼平」
み「いくつで死んだの?」
老「50じゃな」
み「若いじゃない」
老「あの頃としては、普通じゃよ。
この年には、もうひとつ印象深い出来事があった」
み「なんじゃい」
老「東洲斎写楽じゃよ」
老「前年の5月に突然現れ、10ヶ月後の1795年3月……。
忽然と姿を消した」
み「おー。
浮世絵界最大の謎」
老「あの写楽……。
実は、わしなんじゃ」
み「にゃにー!」
老「うそぴょーん」
み「……。
このジジイ」
老「さて、話を続けるぞ。
ここ、夏泊半島の椿山には、椿神社と云う古いお社があっての」
み「そのころから古かったわけ?」
老「わしが訪ねたときでさえ、600年の歴史があるということじゃった」
み「1795-600=……。
1195!
ひょえー。
鎌倉幕府が出来たころ?」
老「ま、そんなところじゃろ。
そこの宮司といろいろ話をするうち……。
椿にまつわる悲しい物語を聞くことができた」
み「ほー」
老「聞きたいか?」
み「そんなでも……」
老「何でじゃ?」
み「悲しい物語は、苦手なの。
あの田沢湖の辰子姫みたいなんでしょ?」
老「おー、あれを覚えておったか」
み「昨日のことだろ。
忘れたら、アホじゃ」
老「なんと。
昨日のことであったか。
わしにはなぜか、2年くらい昔のことに思える」
み「わたしにもそう思える」
老「ま、1つ聞いたのなら、もう1つ聞きなされ」
み「どういう理屈じゃ」
老「1話300円でどうじゃ」
み「金取るのかよ!」
老「ま、よろしい。
貸しにしておこう。
田沢湖の話と、椿神社の話。
2話で、36万円になります」
み「なんでじゃ!」
老「あとで請求書を送ります」
み「いらんわ!」
老「昔々……」
み「語らいでいい!」
老「黙って聞かんしゃい」
み「金は払わんぞ」
老「金の亡者め」
み「どっちが!」
老「まぁ、良い。
特別サービスで語って進ぜる。
オマケに、冥界行きの切符も付けよう」
み「いらんと言っとろうが!」
老「交易船が、この海を往来しておったころのこと……。
船乗りというのは、港々で非常にモテた。
板子一枚下は地獄という稼業じゃ。
いくら稼いでも、金はあの世まで持っていけん。
で、たまに陸に上がると、荒い金を使った。
こんな男が、遊郭でモテないわけがない」
み「あ、そういう話は、新潟にもあるな。
昔の港近くに、湊稲荷(みなといなり)神社ってのがあるけど……」
老「ほー」
み「そこに、願掛け高麗犬ってのが鎮座してる」
み「高麗犬が回るんだよ」
↑子供が回してる様子。子供にとっては、かなりの重労働のようです。
老「ほー。
コマ回しじゃな」
み「茶化すな」
老「へいへい」
み「すぐ近くに、遊郭があったわけ。
昭和30年台まで、赤線地帯だった」
現在も旅館として営業してる建物もあります。
↑建物の中は、明治期からの遊郭時代のまま。
み「で、その高麗犬だけど……。
顔の輪郭も曖昧になるほど、表面が摩滅してるの」
現在、外に出てる高麗犬は、1995年に作られたもの。
それ以前の高麗犬は、拝殿の格子の中です。
1854年(嘉永7年)の銘が入ってるそうです。
↑ちょっとだけ覗けます。
み「昔の遊女が、願掛けに回したからなわけ。
さて、ここで問題です」
老「なんじゃ!
問題返しか」
み「遊女は、高麗犬にどういう願を掛けたのでしょうか?」
老「当然、船乗りが絡んでおるわけじゃな」
み「はい、時間切れです」
老「早すぎじゃ」
み「江戸時代と違って、今は、生き馬の目を抜く時代なんです。
それでは、答えを言います」
老「まだ考え中じゃ」
み「ヘタな考え……」
老「なんじゃと!」
み「遊女は、海が荒れるよう、願を掛けたんです」
老「今、そう言おうと思っておった」
み「ウソこけ!
大人げないヤツ。
よいかね。
海が荒れれば、船が出せないでしょ」
↑大荒れの新潟海岸
み「すなわち!
馴染みの船乗りが、明日も来てくれますようにと、願を掛けたわけ」
老「なるほど。
切ないのぅ。
では、正解ということで」
み「答えてないだろ!」
老「いつからクイズ大会になったんじゃ。
とにかく、わしの話を先に聞きなさい」
み「ま、多めに見てやろう。
でもこれで、さっきの請求はチャラね」
老「悪どいオナゴじゃ。
まぁ、いい。
タダで語ってやるわい。
これも、船乗りと遊女の話じゃ」
↑どんな遊女だ。左上の黄色い文字は、「あなたの精子は狙われている!」
老「上方から荷を運んできた船乗りに……。
遊女が、寝物語に恨み事を言った」
用途は普通なわけね。
何が日本一なの?」
食「大きさですよ。
直径が22メートルもあるんです」
み「にゃにー。
22メートルって、ビルの6階くらいあるじゃないの」
律「ほとんど観覧車ね」
食「ですね。
夜はライトアップされますし」
食「でも、木製なんですよ。
青森ヒバの」
み「それは見てみたいものじゃ」
食「艫作(へなし)駅の手前で、右手に見えるはずです」
み「電車から見えるの?」
食「電車からは見えません」
み「今、見えるって言ったじゃん」
食「五能線は電化されてませんから……。
電車は走ってません」
↑架線がないと、ほんとにすっきりしてますよね。
み「揚げ足取りおって」
食「あなたを見習いました」
み「悪いとこだけ見習うんじゃない」
律「いいとこなんてあるの?」
み「いーっぱいある」
律「どんなとこ?」
み「……。
急に問われても、思いつかんが」
律「情けない人。
お話、続けてください」
食「この『みちのく温泉』の露天風呂も、面白いんですよ。
湯船に漬かりながら、五能線の列車が見えます」
↑この方向に列車が見えるはずなんですが……。画像が見当たりませんでした。なぜじゃ。
食「浴槽の入口に、列車の通過時刻が貼り出してあるんです」
み「ほー。
列車の客に、お見せできるってわけね」
食「残念ながら……。
ちょっと遠いですね。
列車自体、滅多に通りませんし。
そのつもりなら、時刻表を調べて行った方がいいですよ」
み「時刻表調べて、見せに行くわけか。
それもまた、情けないものがあるのぅ。
先生、付き合う?」
律「お断り」
食「列車が通らなくても……。
線路越しに日本海が見えますから、十分楽しめますよ」
み「どんな塩梅に見えるか、通るとき確認してみよう」
食「反対側の窓になりますけど」
み「ドアのところからも見えるだろ」
食「異様に熱心ですね」
み「小説書きは、探究心のカタマリなのじゃ」
食「そうかなぁ」
み「あ、発車した。
ずいぶん長い停車時間だったな」
食「1分停車です」
み「ウソこけ。
ま、話の都合じゃ。
仕方あるまい」
食「あ、そうそう。
左手を良く見ててください」
み「わたしは、右が見たいの」
食「温泉は、まだ先ですから」
み「左手に何があるのじゃ?」
食「椿山です」
み「おー。
椿山は地名であったか」
食「ほら、あれです」
み「あれか。
山っていうより、小さな半島だな」
食「昔は、『椿島』だったそうです。
隆起して地続きになったんだとか」
み「椿山ってことは、椿が生えてるわけ?」
食「日本海側における、ヤブツバキの自生北限地だそうです」
み「ほー。
暖流の対馬海流が流れてるとは云え……」
み「冬の季節風は半端じゃなかろうにな」
食「葉を落とさない常緑樹には厳しいでしょうね。
今は、椿もかなり減少したみたいです。
でも昔は、花どきには、海の色が真っ赤に染まったそうですよ」
み「おー。
久しぶりに歌いたくなった」
律「何をよ?」
み「もちろん、『豊後水道』」
み「美弥子と、フェリーで豊後水道を渡ったとき……。
本物の椿を海に投げたのじゃ」
律「あ、美弥ちゃんから聞いたわよ。
牧野植物園で、折って来たんだって?」
み「花盗人は、犯罪にはならんのだ」
律「立派な犯罪者よ」
み「それでは!
『豊後水道』、一節唸らせてもらいます」
律「浪花節じゃないんだから」
み「♪こぼれ~散る」
律「カーン」
み「鐘を鳴らすな!」
律「不合格。
とっととお帰りください」
み「せめて、椿のところまで歌わせて」
律「椿のくだりは、サビじゃないの。
そんなとこまで歌うつもり?
図々しいにもほどがあるわ」
み「じゃ、いきなりサビを……。
♪こぼれ散る紅椿~」
律「列車が脱線するから止めて」
み「するかい!
腹の立つ女じゃ」
↓代わりに、プロの歌声をどうぞ。
【豊後水道】作詞:阿久悠/作曲:三木たかし/歌:川中美幸
み「それじゃ、改めまして……」
食「歌といえば……。
菅江真澄が、この椿山を和歌に詠んでますよ」
み「また出たか、マスミン。
こんなところまで来てたのか。
どんな歌?」
?「ふぉふぉふぉ。
教えてつかわそう」
み「なんじゃ。
急に口調を変えおって。
あ、その三日月目!
食い鉄のくせに、物事を知りすぎてると思ったら……。
やっぱり、マスミンが憑依しておったか。
おのれ!
怨霊退散」
老「怨霊じゃないから、退散しないもーん」
み「甘えるな!
何しに出てきた?」
老「自分の歌は、やはり地声で詠いたいものじゃでな」
み「わたしの歌は遮ったくせに」
老「聞くに耐えんかったでな。
耳の穢れじゃ」
み「やかましい」
老「いいから、わしの歌を聞きんしゃい。
聞かずば、列車ごと冥界に連れて行くぞ」
み「おのれ。
正体を見せたな、妖怪
先生、ちょっと何とか言ってよ」
老「ムダじゃ。
今、時間は止まっておる」
み「げ、列車中凝固してる」
み「何でわたしだけ動いてるの?」
老「半分、わしの仲間になっておるからじゃよ」
み「なにー。
それって、半分死んでるってこと?」
み「いやじゃー」
老「それなら、和歌を聞かんしゃい」
み「カンペキな脅迫じゃないか」
老「嫌なら、時間は動かんぞ」
み「おのれ。
でも……。
よく考えると、この状況って……。
イタズラし放題なんじゃないか?
ほら、あの通路歩いてるイケメン」
み「座席の女性グループを意識してるのが見え見えじゃない。
あいつの社会の窓、開放してやろうか。
ついでに、中の物をポロリと出しておけば……。
時間が動いたとき、見ものだぜ」
老「どうして、そういうことしか思いつかんのじゃ。
やっぱり、おぬしだけ冥界に連れて行く」
み「どひえー。
やめれー。
聞くから聞くから」
老「“拝聴いたします”。
Repeat after me.」
み「は、拝聴いたします」
老「そこまで乞われて歌わぬのも、野暮なものよの」
み「このジジイ、いつか殺す」
老「なにか言ったか?」
み「拝聴しております」
老「よしよし。
それでは……。
いそ山に春は咲てふ玉椿 かかるやなみの光なるらん」
み「は?
“咲くてふ”?
なんで伝聞なんじゃ?
見てないわけ?」
老「わしが行ったのは、7月じゃでな」
↑よく考えると、金魚売りって、そうとうな重労働ですよね。
み「何でそんな間の悪いときに行くわけ?」
老「昔の旅は、すべて徒歩じゃ」
老「都合のいい時期にだけ行けるわけなかろ」
み「講談師見てきたような……」
↑改めて断るが、田代まさしではない。
老「講談師ではない。
講釈師じゃ」
↑晩年はこんな感じ(『田辺一鶴』)。
老「ま、想像力の翼を広げれば、7月に椿を見ることも可能ということじゃの」
み「都合のいいことばっかり言いおって」
老「わしは、椿の花が好きでのぅ。
さっき、このデブに言わせたとおり……。
ここは、日本海側における椿の北限じゃ」
み「デブって……。
身も蓋もないわね。
仮にも宿主でしょうが」
老「そっちの美人さんに乗り移れば良かったわい」
み「それだけは止めて。
気色悪いから」
老「女性は、厠が不便でならんでな。
ま、この身体で我慢するわい」
み「女に宿ったことがあるんだな。
この変態ジジイ」
老「やかましい。
そういう輩には、問題を出してつかわそう」
み「いきなりなんじゃ。
賞品でもくれんのか?」
老「わしのハグはどうじゃ?」
み「積極的にお断り」
老「それは、こっちのセリフじゃ。
それなら、正解の賞品はいらないんじゃな?
その代わり……。
間違ったら、冥界に連れて行くぞ」
み「割に合わんだろ!」
老「それでは問題です」
み「進めるな!」
老「日本海側のヤブツバキ自生北限は、ここ、青森県の深浦町。
それでは、太平洋側の北限はどこでしょう?」
み「わかるかい!」
老「それでは、冥界にご案内いたします」
み「いやじゃー。
ヒ、ヒントくらいくれていいだろ」
老「しょうがない奴じゃ。
ま、市町村まで当てろというのは、少し酷かな。
県名だけでいいわい」
み「ふっふっふ。
県名と言ったな。
てことは……。
北海道、東京、大阪、京都は外していいわけだ」
老「京都に太平洋側の海は無いぞ」
み「太平洋側の県は……。
北から、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉か」
み「千葉や茨城が北限ってことは有り得んだろ。
福島も違うな。
いわき市の小名浜なんて、東北の湘南って呼ばれてるもんな」
↑いわき市には、ハワイもあります(『スパリゾートハワイアンズ』)。
老「バカに詳しいのぅ」
み「小名浜は、移住候補地だったの」
老「誰の?」
み「わたしに決まってるだろ。
老後を雪かきしながら暮らすのは辛そうだからな」
老「それで小名浜」
み「冬は晴れてるし……。
夏は、寒流が南下してるから、涼しいし」
老「ほう」
み「でも……。
やっぱり太平洋側は、地震が怖いしね」
老「ほれ、時間切れになるぞ」
み「時間制限なんて言ってなかったじゃないか」
老「時間無制限のクイズなどあるわけなかろ」
み「青森、岩手、宮城。
このどれかってことか。
うーん。
わかった。
これは、引っ掛け問題だな。
日本海側の北限は青森。
で、太平洋側はと問われれば……。
ついつい、青森以外の県を答えてしまいがち。
悪どい問題よのぅ」
み「わたしが、そんな悪辣なワナに引っかかるわけなかろ。
ずばり!
太平洋側の北限は……。
青森県!」
老「ブ、ブー。
冥界に、お一人様ご案内~」
み「い、いやじゃー。
今のは冗談」
老「往生際の悪いやつ」
み「青森県かと一瞬思ったけど、やっぱり違ったなと。
これから言うのが、ホント。
えーと。
宮城県」
老「ブ、ブー。
特等席でご案内~」
み「いらん!
やっぱり、岩手県」
↑岩手といえば、まずはこれでしょう。一度やってみたいものです。
老「全部言えば、どれか当たるではないか」
み「はい、当たりね」
み「岩手県、岩手県。
最初からそう思ってたのだよ」
老「汚いオナゴじゃ」
み「何とでも言え。
冥界行きよりマシじゃ」
老「インチキをしたので……。
問題を追加します」
み「なんでー」
老「岩手県の何市でしょう?」
み「ふっふっふ。
市ということは、町や村ではないわけね」
老「岩手県の町や村を知っておるのか?」
み「ひとつも知らん」
↑ほんとにひとつも知りませんでした。
老「それでは、ぜんぜん絞り込めんではないか」
み「くそー」
老「早く答えんかい」
み「えーいクソ。
それじゃ、大船渡市!」
老「……」
み「へ?
ひょっとして当たり?」
老「これは、意表を付かれたわい。
知っておったのか?」
み「知るわけなかろ。
子供のころ、テレビで見た高校野球で印象に残ってた」
老「悪運の強いオナゴじゃ。
1984年選抜の大船渡旋風じゃな」
↑大船渡高校は、準決勝まで勝ち上がりました(桑田・清原のPL学園が準優勝。優勝は東京の岩倉)。
み「さてと。
そろそろ帰ったら」
老「これから考察が始まるんじゃろ」
み「不要です」
老「それじゃから、お前さんの知識は底が浅いのじゃよ」
み「何とでも言え」
老「それでは……。
大船渡市と、この深浦町では、どっちが北にあるかな?」
み「大船渡じゃないの?
太平洋側の北限の方が北でしょ」
老「それが素人の赤坂見附じゃ」
み「恐れ入谷の鬼子母神」
老「いらんこと言わんでよろしい。
よいか。
大船渡は、岩手県じゃ。
深浦は、青森県じゃろ。
どっちが北か、わからんわけなかろうが」
み「あ、そうか。
大船渡っって……。
日本海側のどのあたりの緯度にあたるわけ?」
老「岩手県の最南部じゃから……。
日本海側にすると、秋田県と山形県の境あたりじゃな」
み「そんなに南なの?
なんで日本海側の北限の方が北なんだ?」
老「おまいさんは、さっき答えを言っておったではないか」
み「へ?
いつ?」
老「小名浜の気候じゃよ・
何と言った?」
み「えーっと、確か……。
夏は、寒流が南下してるから、涼しい」
み「あ、そうか!
親潮だ」
老「さようじゃ」
み「海流の影響って、大きいんだな。
そう言えば、アイスランドが暖かいのも……。
メキシコ湾流のお陰だしね」
老「さようさよう。
では、ここで問題です」
み「またかよ!」
老「日本海側におけるヤブツバキの北限は……。
ここ、深浦町」
老「太平洋側における北限は……。
大船渡市」
老「それでは!
日本の北限はどこでしょう?」
み「はぁ?
日本海と太平洋があって……。
あと、何があるって云うの?
まさか、オホーツク海?」
老「そんなところに椿があるものか」
み「じゃ、何だよ」
老「仕方ない。
ヒントを歌ってつかわそう」
み「なんで歌なんだ」
老「♪上野発の夜行列車降りた時から~」
み「顔まで作るのはやめれ!
気味が悪いったらない」
老「やっぱり、デブ男ではなく……。
そちらの美人さんにしておけば良かったのぅ」
み「それ以前に、歌がヘタじゃ」
老「声のせいだわ。
おぬしだって、さっきヘタな歌を歌ったではないか」
み「黙れ!
『豊後水道』は、わたしのオハコなの」
老「これだけのヒントをやれば、わかったじゃろ」
み「あ、日本海でも太平洋でもないってことは……。
津軽海峡?」
老「ま、実際には、海峡より南に奥まった、陸奥湾じゃがの。
夏泊半島という地名を知らぬか?」
み「知らぬな。
そもそも、青森県の形が思い浮かべられん」
↑こんな形です。変化のある海岸線ですね。
老「困ったヤツじゃ。
青森県の北側は、北海道に向かって、2本角が出ておるじゃろ。
ちょうど、クワガタの顎みたいにな。
東側、より長い顎が、下北半島。
西側の、ちょっと短い顎が、津軽半島じゃ。
その2つの顎に囲まれたところが、陸奥湾じゃな。
夏泊半島は、ちょうど2本の角の真ん中あたりに、瘤のように突き出ておる」
老「わかったかな?」
み「なんとなく」
老「頼りないやつ。
で、その夏泊半島にも、椿山があるんじゃ」
み「そこが、北限?」
老「正真正銘、日本の北限じゃ。
1922年(大正11年)、『ツバキ自生北限地帯』として、国の天然記念物に指定されておる」
み「ほー。
そこにも行ったの?」
老「もちろんじゃ」
老「あれは確か、1795年のことじゃった。
寛政7年、11代家斉公の御代じゃな」
老「この家斉公……。
オットセイ将軍と呼ばれてたのを知っておるか?」
み「なんじゃそりゃ?」
老「オットセイのペニスの粉末を、毎日飲んでおったそうじゃ」
↑オットセイ最強伝説は、今も健在です。
み「どしえー」
老「側室が40人」
老「作った子供の数は、55人」
み「“夜の暴れん坊将軍”?」
老「ははは。
上手い上手い」
み「腎虚にならなかったのかね?」
老「大丈夫じゃったようだの。
将軍在位は、歴代最長の50年」
み「恐るべきやつ」
老「老中の松平定信から……」
↑寛政の改革でお馴染みの堅物です。
老「“回数が多過ぎては体に良くない”と注意されたそうじゃ」
み「わはは」
老「で、このオットセイの御代の、1795年」
み「よく覚えてるね」
老「長谷川平蔵の死んだ年じゃ」
み「げ。
鬼平」
み「いくつで死んだの?」
老「50じゃな」
み「若いじゃない」
老「あの頃としては、普通じゃよ。
この年には、もうひとつ印象深い出来事があった」
み「なんじゃい」
老「東洲斎写楽じゃよ」
老「前年の5月に突然現れ、10ヶ月後の1795年3月……。
忽然と姿を消した」
み「おー。
浮世絵界最大の謎」
老「あの写楽……。
実は、わしなんじゃ」
み「にゃにー!」
老「うそぴょーん」
み「……。
このジジイ」
老「さて、話を続けるぞ。
ここ、夏泊半島の椿山には、椿神社と云う古いお社があっての」
み「そのころから古かったわけ?」
老「わしが訪ねたときでさえ、600年の歴史があるということじゃった」
み「1795-600=……。
1195!
ひょえー。
鎌倉幕府が出来たころ?」
老「ま、そんなところじゃろ。
そこの宮司といろいろ話をするうち……。
椿にまつわる悲しい物語を聞くことができた」
み「ほー」
老「聞きたいか?」
み「そんなでも……」
老「何でじゃ?」
み「悲しい物語は、苦手なの。
あの田沢湖の辰子姫みたいなんでしょ?」
老「おー、あれを覚えておったか」
み「昨日のことだろ。
忘れたら、アホじゃ」
老「なんと。
昨日のことであったか。
わしにはなぜか、2年くらい昔のことに思える」
み「わたしにもそう思える」
老「ま、1つ聞いたのなら、もう1つ聞きなされ」
み「どういう理屈じゃ」
老「1話300円でどうじゃ」
み「金取るのかよ!」
老「ま、よろしい。
貸しにしておこう。
田沢湖の話と、椿神社の話。
2話で、36万円になります」
み「なんでじゃ!」
老「あとで請求書を送ります」
み「いらんわ!」
老「昔々……」
み「語らいでいい!」
老「黙って聞かんしゃい」
み「金は払わんぞ」
老「金の亡者め」
み「どっちが!」
老「まぁ、良い。
特別サービスで語って進ぜる。
オマケに、冥界行きの切符も付けよう」
み「いらんと言っとろうが!」
老「交易船が、この海を往来しておったころのこと……。
船乗りというのは、港々で非常にモテた。
板子一枚下は地獄という稼業じゃ。
いくら稼いでも、金はあの世まで持っていけん。
で、たまに陸に上がると、荒い金を使った。
こんな男が、遊郭でモテないわけがない」
み「あ、そういう話は、新潟にもあるな。
昔の港近くに、湊稲荷(みなといなり)神社ってのがあるけど……」
老「ほー」
み「そこに、願掛け高麗犬ってのが鎮座してる」
み「高麗犬が回るんだよ」
↑子供が回してる様子。子供にとっては、かなりの重労働のようです。
老「ほー。
コマ回しじゃな」
み「茶化すな」
老「へいへい」
み「すぐ近くに、遊郭があったわけ。
昭和30年台まで、赤線地帯だった」
現在も旅館として営業してる建物もあります。
↑建物の中は、明治期からの遊郭時代のまま。
み「で、その高麗犬だけど……。
顔の輪郭も曖昧になるほど、表面が摩滅してるの」
現在、外に出てる高麗犬は、1995年に作られたもの。
それ以前の高麗犬は、拝殿の格子の中です。
1854年(嘉永7年)の銘が入ってるそうです。
↑ちょっとだけ覗けます。
み「昔の遊女が、願掛けに回したからなわけ。
さて、ここで問題です」
老「なんじゃ!
問題返しか」
み「遊女は、高麗犬にどういう願を掛けたのでしょうか?」
老「当然、船乗りが絡んでおるわけじゃな」
み「はい、時間切れです」
老「早すぎじゃ」
み「江戸時代と違って、今は、生き馬の目を抜く時代なんです。
それでは、答えを言います」
老「まだ考え中じゃ」
み「ヘタな考え……」
老「なんじゃと!」
み「遊女は、海が荒れるよう、願を掛けたんです」
老「今、そう言おうと思っておった」
み「ウソこけ!
大人げないヤツ。
よいかね。
海が荒れれば、船が出せないでしょ」
↑大荒れの新潟海岸
み「すなわち!
馴染みの船乗りが、明日も来てくれますようにと、願を掛けたわけ」
老「なるほど。
切ないのぅ。
では、正解ということで」
み「答えてないだろ!」
老「いつからクイズ大会になったんじゃ。
とにかく、わしの話を先に聞きなさい」
み「ま、多めに見てやろう。
でもこれで、さっきの請求はチャラね」
老「悪どいオナゴじゃ。
まぁ、いい。
タダで語ってやるわい。
これも、船乗りと遊女の話じゃ」
↑どんな遊女だ。左上の黄色い文字は、「あなたの精子は狙われている!」
老「上方から荷を運んできた船乗りに……。
遊女が、寝物語に恨み事を言った」