2013.4.13(土)
食「もういいです。
答えを言いますね。
“イトウ”です」
み「伊藤?
田中じゃなくて?」
食「何の話ですか。
知りませんか?、イトウ。
食「『釣りキチ三平』にも出て来ますよ(参照)。
国内最大の淡水魚です」
↑女の子は、劇場版『釣りキチ三平』のゆりっぺ役・土屋太鳳(たお)ちゃん
み「ほー。
最大って、どのくらいになるわけ?
10メートルとか?」
食「鯨じゃないんですから。
それでも、1メートルから、1.5メートルになります。
戦前には、十勝川で、2.1メートルの個体が捕獲されたこともあります」
み「2メートルの淡水魚?
そんなのが、ほんとに日本にいるの?
何食ってるんだ?」
食「何でも食べます。
悪食で有名なんですよ。
ほかの魚はもちろん、共食いもします。
カエルなんかはもちろんですが……。
泳いでるヘビやネズミ、水鳥の雛なんかも丸呑みですね。
アイヌの伝承には、鹿を呑んだという話もあります」
↑無料休憩する鹿
み「いくらなんでも、それは眉唾だろ。
どのあたりに分布してるわけ?
アイヌって云うからには、北海道にはいるんだろうけど」
食「昔は、岩手県や青森県の水系にも生息してましたが……。
今は、北海道だけですね。
残った河川でも、減少が続いてて……。
絶滅危惧種に指定されてます」
み「ちょっと待て。
北海道だけって……。
十二湖の名物料理なんだろ?
北海道から、わざわざ取り寄せてるってこと?
そもそも、絶滅危惧種を食べていいの?」
食「すみません。
説明が足りませんでしたね。
十二湖では、養殖されてるんです」
食「水が合ったんでしょうかね。
人工池の中に、大小数百匹のイトウが飼育されてますよ」
↑養殖池の動画がありました。
み「共食いするんじゃなかったの?」
食「大きさごとに仕切られてるらしいです。
大きいのは70センチくらい、5キロもあるみたいです」
み「ネズミまで食べる魚が、ほんとにウマいのかね?
物珍しさだけじゃないの?
新潟でも……。
まさしく、幻の魚と書いて“幻魚(げんぎょ)”ってのがいるんだよ」
み「で、『うみてらす名立』って施設のレストランで……。
『幻魚丼』ってのがメニューにあってね。
一度、食べたことがあるんだけど……。
はっきり言って、マズかった。
あんなのなら、鯖缶の方が遥かにウマいよ」
『幻魚丼』の画像を探しましたが、見つかりませんでした。
メニューから外されたのかもしれません。
↑幻魚の干物。食欲わきませんよね。
み「どーも、“幻”ってのは、信用できん」
食「イトウを“幻の魚”と初めて呼んだのは、開高健らしいですね」
食「『私の釣魚大全』の中の……。
『釧路湿原で幻の魚を二匹釣ること』という章に収められてます(参照)」
み「いつごろのこと?」
食「確か、1968年ですね」
み「昭和43年?」
食「そうです」
み「大阪万博の前か。
40年以上昔だよ。
そのころから幻だったんなら……。
よく絶滅しなかったとも言えるんじゃない?」
食「ですかね。
現在の指定は、『絶滅危惧IB類』」
食「『20年後または5世代後に、20%以上の確率で絶滅の可能性あり』という定義です」
み「20%。
けっこうヤバくない?
ほんとに食っていいの?」
食「養殖ものですから。
第一、ニホンウナギだって絶滅危惧種なんですよ(2013年の指定でした)」
み「なるほど。
環境省も、ウナギを食うなとは言えんわな」
↑うな丼くん、元気でやってるかな?
み「じゃ、チミも食したことがあるわけね?」
食「もちろんです」
み「お味の方は?
食べてがっかり『幻魚丼』?」
食「とんでもない。
いわゆる、食通だけが讃えるような味じゃなくて……」
食「まさに、万人向けのど真ん中の美味しさです。
別名、『川のトロ』と呼ばれてるんです」
み「トロってことは、生で食べるの?」
食「お刺身ですね」
食「白身ですが脂が乗ってます」
み「ほー。
そんなにウマいんなら……。
数を減らしたのは、乱獲のせい?」
食「いや。
やっぱり、河川環境の変化が一番ですよ。
イトウは、上流から下流までの多様な環境が揃ってないと、生育できないんです」
み「産卵は、上流?」
食「ですね。
イワナやヤマメが棲むような上流部です」
↑赤い方が、婚姻色に染まったオス。
食「生まれた稚魚は川を下りますが……。
稚魚の生育には、氾濫原のような緩やかな水域が必須なんです」
↑昭和17年の尼崎市だそうです。
み「護岸工事されたらアウトってことか」
食「そうです。
氾濫原は、農地化されることが多いですからね」
食「もちろん、ダムが作られれば終わりですし」
み「じゃ、手付かずの川じゃなきゃ生きられないってこと?」
食「上流から下流まで、多様な河川環境が揃ってなければなりません。
一部の個体は、海にも出るんですよ」
み「へー」
食「ロシアでのサケ漁で混獲されることも、減少の原因に数えられてます」
↑ロシアでは、8月がサケ漁のシーズンだとか。8月でもセーターなんですね。
み「ロシアまで行ってるのか!
何年くらい生きるの?」
食「20年程度は生きるみたいです」
み「それは、長生きなわけ?」
食「もちろん、長い方でしょう」
↑ウナギが50年も生きるとは知りませんでした。
食「でも、それが減少原因のひとつとも言われてます」
み「なんで?
長生きなら、いいじゃん」
食「長生きっていうか……。
成熟してから長いんならいいんですけどね。
成熟するまでが長いんです」
み「育ちが遅いわけ?」
食「いや。
体は大きくなるんですが……。
産卵行動を取るようになるまで、時間がかかるんです」
↑メスを巡って争う、2匹のオス。
み「奥手ってことか。
何年かかるの?」
食「5年くらいだそうです。
体長は、50センチくらいになってます」
み「図体だけデカくても、子供ってこと?」
食「ですね」
み「オトナになる前に死んじゃうイトウも多いんだろうな。
童貞や処女のまま。
可哀想じゃ……」
食「はぁ」
み「そう言えばさ……。
シャケとかの産卵の時って……。
並んで口開けるよね」
↑作:永井文雄/【置き物】イトウ産卵シーン(台座、2体)/大きさ:約25×23×21(cm)/参考価格:¥350,000
み「あれって、イッてるわけ?」
食「知りませんよ。
シャケに聞いてください」
み「やっぱり、気持ちいいのかなぁ?」
食「イトウと云う名前の語源はご存知ですか?」
み「話を逸らしたな。
まぁ、いい。
車中でもあるし。
それは、あれだろ?
伊藤さんが発見したからじゃないの?」
食「発見者の苗字が名前になるなら……。
山下とか川上とか、そんな魚ばっかりになっちゃいますよ」
み「スズキがいるじゃん」
食「あれは……。
鈴木さんが発見した訳じゃないと思います」
み「じゃ、なんだよ」
食「糸のような細い魚ってことで、糸魚(いとうお)と呼ばれたようです」
↑確かに細いことは細いです。
み「糸って、裁縫の糸?」
食「そうです」
み「それは、ありえんだろ」
食「どうしてです?」
み「だって、1メートル以上になる魚だよ。
細いったって、それを糸に例えるか?」
食「ま、言われてみればですけど。
産卵後のやせ細った個体が、上流で多く見かけられるせいみたいです」
み「いくら細いったって、糸は無いだろ。
だって、ウナギだって、糸魚とは呼ばれないわけでしょ」
み「いくら痩せても……。
ウナギよりは太いイトウが、糸魚とは納得できん」
食「じゃ、どういう語源です?」
み「知らん。
でもたぶん、アイヌ語だろ」
食「アイヌ語でイトウは、“チライ”ですよ」
み「わかった。
白井から伊藤に変化したんだ」
食「どんな変化ですか。
北海道の猿払村には、知来別(ちらいべつ)という地名もあります」
↑シネシンコは、“1本の蝦夷松”という意味だそうです。
食「今でも、日本有数のイトウ生息地です」
み「地名になるほど、アイヌの生活に根付いてたってことか」
食「皮が丈夫なんで、衣類や履物にも加工されてたようです」
↑これは、鮭皮のブーツ。ヒレがそのまま付いてる!
み「それは……。
生臭そうじゃ。
でも、服になるってことは、そうとうな大物だね」
食「うーん。
だって、一匹の皮を、そのまま着るわけじゃないでしょ」
↑サケ、カラフトマス、イトウなどの皮をはぎ合わせて作る『魚皮衣』
み「着たら可愛いだろ。
魚の着ぐるみみたいで」
食「可愛いかは、大いに疑問です。
でも、昔はデカいイトウがいたことだけは、確かでしょうね。
例の、鹿を飲んだというアイヌの伝承によると……。
人や鹿を呑みこむ怪魚チライを、アイヌの勇者カンナカムイが退治したそうです」
↑日本昔ばなし『湖の怪魚』
食「怪魚の死骸が川を堰き止め、湖が出来たと伝えられてます」
み「昔話のそういう大風呂敷なとこって、いいよね。
刺身はちょっとアレだけど……。
別の料理なら、食べてみたいかも。
どんな食べ方があるの?」
食「アオーネのレストラン『アカショウビン』では……」
↑アカショウビンは、カワセミ科の鳥の名前です。
食「『幻のイトウ御膳』が味わえます」
食「天ぷらやムニエル、カルパッチョなど、まさにイトウづくし」
↑イトウのカルパッチョ(左)と天ぷら(右)
食「これで、4,200円!
どうです?
降りて、食べてみますか?」
み「ふーむ。
案外、お手頃な値段じゃない。
先生、おごって」
律「お手頃なら、自分で食べなさい」
み「けち」
律「どっちが」
ガッタン。
食「あぁ、列車、出ちゃいましたね」
み「うわーん。
わたしの『イトウ御前』が……」
↓ちなみに、『十二湖駅』の全貌はこちら。
開業は、1959年(昭和34年)。
駅舎は、2005年に改築されたものです。
立派な駅舎に見えますが……。
観光案内所や産直施設が入ってるからなんですね。
実際には、無人駅です。
律「泣くな!
バカ女」
食「イトウは、この先の『鰺ヶ沢』でも養殖してます。
そこでも食べられますよ」
み「それを早く言わんかい。
旅を続けよう」
食「立ち直りが早いですね」
み「車窓の風景を見たまえ。
佳景ではないか」
食「誰の真似なんです?
あ、あのあたりが『ガンガラ穴』です」
み「なんじゃ、それは?」
食「海蝕洞です。
大岩を波がえぐり、洞穴が空いてるんです。
奥行きは、50メートルもあります」
み「見えんぞ」
食「穴は海に向いてますから、あたりまえです」
み「じゃ、どうやって見るんだ?」
食「遊覧の小舟が出てます」
み「中に入れるの?」
食「とば口だけじゃないですか」
食「奥に入ったって、真っ暗で何も見えませんよ」
み「ライトを点ければいいではないか」
食「洞穴の奥には、コウモリが群生してます。
驚いて飛び出てきたら、大変ですよ」
み「やっぱりパス。
あ、洞窟に入った!」
食「トンネルです」
『森山トンネル』を抜けた列車は……。
岩の点在する浦の風景を見ながら松原沿いに進みます。
↑五能線側面展望『十二湖』→『ウェスパ椿山』。トンネルは、1:45くらい。
み「また、鉄橋だ」
食「笹内川橋梁です」
み「第何?」
食「ナンバーは付いてません」
み「どーも、一貫性が無いのぅ」
食「そろそろ、次の駅です」
み「何て駅?」
食「『陸奥岩崎』です」
み「やたら、“陸奥”が付くね」
食「さっきの『白神岳登山口』駅も、元は『陸奥黒崎』でしたしね」
み「やっぱり、後発路線だから、『岩崎』も『黒崎』も、ほかに先を越されてたんだろうね」
食「ですね。
『岩崎』駅は、福岡にありました」
み「ありました?」
食「廃止されたんです。
明治45年に設置された香月線の駅です。
昭和60年、香月線が廃止され、『岩崎』駅も無くなりました」
↑1973年(昭和48年)の『岩崎』駅(こちらのページから拝借)
み「そんなら、『陸奥岩崎』の“陸奥”を取ってもいいんじゃないの?」
食「いまさら、そうもいかないでしょ。
馴染んじゃってますから」
み「『黒崎』駅は?」
食「これも、福岡県にあります」
み「廃止?」
食「いえ。
こちらは、北九州市にある鹿児島本線の駅ですからね。
バリバリの現役です」
↑なんか、ファッションが独特ですね。
食「あ、『陸奥岩崎』駅、通過します」
み「通過かよ。
一瞬しか見えなかったけど……。
普通の、駅らしい駅だったね」
↑正面から見た『陸奥岩崎』駅
食「ここは、旧岩崎村の中心地でしたから」
み「あぁ。
今の深浦町も合併して出来たのか」
食「2005年、平成の大合併で、岩崎村と合併しました」
み「デカそうな町だよね」
食「面積は、500平方キロ弱でしょう」
み「ありゃ。
新潟市よりは小さいのか」
食「でも、五能線の駅が18もあります」
↑赤枠で囲った18駅が、深浦町にあります。
み「18!
ひとつの町で?
そりゃスゴいわ」
食「日本一、駅数の多い“町”です。
でも、駅員さんがいる旅客駅は、深浦だけなんです。
あとは全部、委託駅か無人駅です」
み「じゃ、今の駅も?」
食「無人駅です」
み「はぁ。
人口はどれくらいなの?」
食「岩崎村と合併して、ようやく10,000人を越えたんですが……。
今はもう、9,000人くらいになってしまったみたいです(町のホームページには、なぜか平成17年までの数字しか載ってません)。
1965年ころには、20,000人近くいたようですから……。
半減ですね」
み「半減は厳しいな。
三セク作って、観光は頑張ってるみたいなのに」
食「観光客は来ても、住人は減り続けてるってことです。
あ、列車の方向が変わったの、お気づきですか」
み「お気づきでない」
食「太陽の位置が変わったでしょ」
み「ほうか?」
食「瘤のように突き出した半島を巡ります」
み「男鹿半島?」
食「そんなわけないでしょ。
艫作崎(へなしざき)です」
み「屁無崎?」
食「頭にヘンな漢字が浮かんでますよ」
み「聞いたことにゃいもん」
食「別名、黄金崎(こがねざき)とも云います」
み「あ、これはわかるな。
日本海ってのは、夕日が沈むからね」
み「突き出た岬なら、遮るものもないだろうし」
律「あら、黄金崎って、青森にあるんですか?
伊豆で学会があったとき、たしか黄金崎ってとこ、通りましたよ」
食「そっちの黄金崎の方が、有名ですからね。
安山岩が風化して黄色くなった岩に夕陽があたると、黄金色に輝くんですよ」
食「西伊豆の景勝地です」
み「あ、そうか。
西伊豆は、西が海だから……。
日本海と同じなんだ」
食「でも、こちら青森の黄金崎にも……。
夕日を楽しめる、素晴らしい温泉があるんですよ」
み「ほー」
食「あ、もうすぐ駅に差し掛かります。
『陸奥沢辺』です」
み「また、後発の悲しさか。
本家の『沢辺』はどこ?」
食「宮城県の栗原町です。
『くりはら田園鉄道』の『沢辺』駅」
み「JRじゃないの?」
食「最後は三セクになりましたけど……。
元々は栗原電鉄という民営鉄道です」
み「最後はって……」
食「2007年に廃止されました」
食「もちろん、『沢辺』駅も無くなったわけです」
み「でも、民営鉄道の駅名にあるからって……。
JRが遠慮するかね?
そもそも、昔はネットとか無いわけだし……。
全国の民間鉄道の駅名って、どうやってチェックしたんだ?」
食「さー」
み「“さー”じゃねーだろ」
食「あ、通過します。
ほらほら」
み「誤魔化しおって。
あれ。
さっきも見たぞ、こんな駅」
↑『陸奥沢辺』駅
み「どこだったかな?」
食「『大間越』駅ですね」
食「その少し前の、『東八森』駅も同じでしたよ」
み「そうだっけ?
でも、『大間越』駅とは、形も色もそっくりだったな。
当時の流行り?」
食「ていうか、カプセル型と云われてますが……。
早い話、ユニットバスみたいなもんじゃないですか?」
み「工場で作って持ってきた?」
食「と思います」
み「味気ないのぅ」
食「国鉄末期の産物ですね」
↓こちらが、カプセル型駅舎の嚆矢となった『国包(くにかね)』駅(兵庫県加古川市)。
ちなみに、奥羽本線の『撫牛子』駅(青森県弘前市)もカプセル式。
ところで、『撫牛子』は、なんと読むでしょうか。
わたしは、“なでうし”と読みましたが……。
正解は、“ないじょうし”。
難読駅名で有名とのことですが……。
知ってない限り、読めねーだろ!
律「なんだか、また山に登ってきたわね」
↑五能線側面展望『十二湖』→『ウェスパ椿山』。4:35→『陸奥岩崎』通過。7:34→『陸奥沢辺』通過。
律「ほら、海があんなに下に見える」
み「んだなやー」
律「なんでいきなり東北弁なのよ」
み「そういう気分になってまいったぞい」
食「“ぞい”は東北弁じゃないと思います」
み「何弁?」
食「有り得ない弁です。
ほら、海の向こうに、白神山地が見えますよ」
み「おー。
お懐かしや」
律「ついさっきでしょ」
食「もうすぐ、五能線全線で一番高く登ります」
み「何メートル?」
食「海抜70メートル」
み「津波も大丈夫」
律「またそれを言う」
食「そろそろ、次の駅に停車です」
み「青森県、2つ目の停車駅だね。
また、陸奥なんたら?」
食「違います。
『ウェスパ椿山』駅です」
み「なんじゃそりゃ。
いきなり雰囲気の違う名前じゃないの。
でも、『陸奥ウェスパ椿山』にならなかったってことは……。
先発の『ウェスパ椿山』駅が無かったってことだね」
律「あるわけ無いでしょ」
み「何でそんな小洒落た駅名になったわけ?」
食「おんなじ名前のリゾート施設が、真ん前にあるからです」
食「平成13年に出来た、新しい駅です」
み「民間施設?
語呂合わせ系じゃないみたいだけど」
食「いえ。
これも三セクです。
『ウェスパ』の“スパ”は、温泉の“スパ”ですから」
み「あ、そうか。
じゃ、“ウェ”は何のもじり?」
食「なんでしょう?」
律「わかった。
“Welcome(ウェルカム)”よ」
食「惜しい!
“Western(ウェスタン)”です」
み「惜しくねーだろ!
でもそれだったら、官流ネーミングの王道だわ。
これも深浦町?」
食「そうです」
み「頑張るのぅ」
食「ていうか……。
さっきの『アオーネ白神十二湖』も『ウェスパ椿山』も……。
両方とも、旧岩崎村にある施設です」
↑赤が、旧深浦町。青が、旧岩崎村。
み「そうなの?
じゃ、深浦町は丸儲けじゃないの」
食「さー。
それはわかりませんよ」
み「あ、そうか。
経営が順調とは限らないわな。
村では支えきれなくて合併した可能性も?」
食「それもわかりません。
でも、悪い噂は無いようですよ。
貴重な雇用の場でもありますしね」
み「どのくらいの人が働いてるわけ?」
食「両方の施設で、150人くらいみたいです」
み「けっこう、いるね」
食「仕方ないですよ。
両施設とも、広いんですから。
ウェスパが14ヘクタール、アオーネが20ヘクタールかな」
み「そりゃ広いわ」
あ、風車がある」
食「飾りじゃないですよ。
本格的な風力発電施設です。
あそこで作り出す電力の半分で、施設内の電力をまかなえるそうです」
み「残りの半分は、どうしてるの?」
食「もちろん、東北電力に売ってます」
み「てことは……。
地震で停電になったら、避難施設としても使えるんじゃないの?」
食「ま、風車が被害を受けなければですが」
み「あ、そうか。
でも、あの風車って、人間に悪影響があるみたいだね」
律「どうして?」
み「ヘンな振動が、地面の下から伝わるんだって。
ほら、畑なんかに……。
ペットボトルで作った風車が回ってるの、見たことない?」
律「わたしの住んでるあたり、畑自体無いから」
み「さいざんすか」
律「そんな風車回して、どうするのよ?」
み「モグラ避けだよ」
律「へー」
み「風車の振動が、心棒から地面に伝わるんでしょ。
それをモグラが嫌って、近づかない」
律「風力発電装置も一緒ってこと?」
み「ですよ」
律「ほんとですか?」
食「低周波音が起きるのは確からしいですね」
食「これが、人の自律神経に悪影響をもたらすそうです」
食「人家近くに設置された場合……。
めまい、動悸、耳鳴りなどの症状を訴える人が出るみたいです」
↑上の3枚の画像は、こちらのページからお借りしました。
律「怖いわね」
食「でも、この風車の周りには民家がありませんから……。
大丈夫なんじゃありませんか?」
み「ま、そういうことか。
風車の隣の建物は何?」
食「展望台ですよ。
白神山地まで一望できます」
み「ほー。
見たことあるみたいじゃない」
食「見ましたよ」
み「ウソこけ。
あんな山の上じゃん。
チミが登れるわけなかろ」
食「失礼な。
でも実は……。
駅前からスロープカーが出てるんです」
食「最大斜度25度。
距離561メートル。
高低差は102メートル。
時速4.8キロ。
所要時間約8分の、短くてゆっくりとした旅です」
み「おー、そりゃ楽ちんそうだ」
み「で、リゾート施設って、何があるわけ?」
食「基本的には、コテージですね。
おとぎの国みたいな建物で、女性や子供に人気です」
み「ふむ。
この駅舎からしてそうだもんね」
食「ここも、物産館を兼ねてます」
↑屋根に小人が!
み「コテージって、何人くらい泊まれるの?」
食「4人用と、6人用があります」
み「2人用は無いのか?」
食「全部、メゾネットですから」
食「でも、2人なら……。
4人用を借りて、2階の寝室を使わなけりゃいいだけですから」
み「安くしてくれるのか?」
食「同じじゃないですか。
1棟あたりの値段だと思いますよ」
み「おいくら?」
食「4人用が1万5千円くらいかな(14,700~16,800円)。
6人用で、確か2万円ちょっとだったと思います(21,000~23,100円)」
み「ふーむ。
4人で15,000円だと……。
1人、いくらになるんだ。
ほら、電卓電卓」
食「3,750円です」
み「ほー。
6人で、2万円だと?」
食「1人、3,333円」
み「安いじゃない」
律「家族連れには持って来いね」
み「コテージは、何棟くらいあるの?」
食「20棟くらい並んでたと思います」
み「なんだ、案外少ないじゃない。
はやらないの?」
食「アオーネとウェスパで、年間30万人が訪れるそうです。
世界遺産への拠点ですから……。
日本だけでなく、外国からのお客さんも多いみたいです」
み「それじゃ、20棟じゃ足りんのじゃないか?」
食「コテージが満室の時は、ゲストハウスも利用できます」
み「なんじゃ、それは?」
答えを言いますね。
“イトウ”です」
み「伊藤?
田中じゃなくて?」
食「何の話ですか。
知りませんか?、イトウ。
食「『釣りキチ三平』にも出て来ますよ(参照)。
国内最大の淡水魚です」
↑女の子は、劇場版『釣りキチ三平』のゆりっぺ役・土屋太鳳(たお)ちゃん
み「ほー。
最大って、どのくらいになるわけ?
10メートルとか?」
食「鯨じゃないんですから。
それでも、1メートルから、1.5メートルになります。
戦前には、十勝川で、2.1メートルの個体が捕獲されたこともあります」
み「2メートルの淡水魚?
そんなのが、ほんとに日本にいるの?
何食ってるんだ?」
食「何でも食べます。
悪食で有名なんですよ。
ほかの魚はもちろん、共食いもします。
カエルなんかはもちろんですが……。
泳いでるヘビやネズミ、水鳥の雛なんかも丸呑みですね。
アイヌの伝承には、鹿を呑んだという話もあります」
↑無料休憩する鹿
み「いくらなんでも、それは眉唾だろ。
どのあたりに分布してるわけ?
アイヌって云うからには、北海道にはいるんだろうけど」
食「昔は、岩手県や青森県の水系にも生息してましたが……。
今は、北海道だけですね。
残った河川でも、減少が続いてて……。
絶滅危惧種に指定されてます」
み「ちょっと待て。
北海道だけって……。
十二湖の名物料理なんだろ?
北海道から、わざわざ取り寄せてるってこと?
そもそも、絶滅危惧種を食べていいの?」
食「すみません。
説明が足りませんでしたね。
十二湖では、養殖されてるんです」
食「水が合ったんでしょうかね。
人工池の中に、大小数百匹のイトウが飼育されてますよ」
↑養殖池の動画がありました。
み「共食いするんじゃなかったの?」
食「大きさごとに仕切られてるらしいです。
大きいのは70センチくらい、5キロもあるみたいです」
み「ネズミまで食べる魚が、ほんとにウマいのかね?
物珍しさだけじゃないの?
新潟でも……。
まさしく、幻の魚と書いて“幻魚(げんぎょ)”ってのがいるんだよ」
み「で、『うみてらす名立』って施設のレストランで……。
『幻魚丼』ってのがメニューにあってね。
一度、食べたことがあるんだけど……。
はっきり言って、マズかった。
あんなのなら、鯖缶の方が遥かにウマいよ」
『幻魚丼』の画像を探しましたが、見つかりませんでした。
メニューから外されたのかもしれません。
↑幻魚の干物。食欲わきませんよね。
み「どーも、“幻”ってのは、信用できん」
食「イトウを“幻の魚”と初めて呼んだのは、開高健らしいですね」
食「『私の釣魚大全』の中の……。
『釧路湿原で幻の魚を二匹釣ること』という章に収められてます(参照)」
み「いつごろのこと?」
食「確か、1968年ですね」
み「昭和43年?」
食「そうです」
み「大阪万博の前か。
40年以上昔だよ。
そのころから幻だったんなら……。
よく絶滅しなかったとも言えるんじゃない?」
食「ですかね。
現在の指定は、『絶滅危惧IB類』」
食「『20年後または5世代後に、20%以上の確率で絶滅の可能性あり』という定義です」
み「20%。
けっこうヤバくない?
ほんとに食っていいの?」
食「養殖ものですから。
第一、ニホンウナギだって絶滅危惧種なんですよ(2013年の指定でした)」
み「なるほど。
環境省も、ウナギを食うなとは言えんわな」
↑うな丼くん、元気でやってるかな?
み「じゃ、チミも食したことがあるわけね?」
食「もちろんです」
み「お味の方は?
食べてがっかり『幻魚丼』?」
食「とんでもない。
いわゆる、食通だけが讃えるような味じゃなくて……」
食「まさに、万人向けのど真ん中の美味しさです。
別名、『川のトロ』と呼ばれてるんです」
み「トロってことは、生で食べるの?」
食「お刺身ですね」
食「白身ですが脂が乗ってます」
み「ほー。
そんなにウマいんなら……。
数を減らしたのは、乱獲のせい?」
食「いや。
やっぱり、河川環境の変化が一番ですよ。
イトウは、上流から下流までの多様な環境が揃ってないと、生育できないんです」
み「産卵は、上流?」
食「ですね。
イワナやヤマメが棲むような上流部です」
↑赤い方が、婚姻色に染まったオス。
食「生まれた稚魚は川を下りますが……。
稚魚の生育には、氾濫原のような緩やかな水域が必須なんです」
↑昭和17年の尼崎市だそうです。
み「護岸工事されたらアウトってことか」
食「そうです。
氾濫原は、農地化されることが多いですからね」
食「もちろん、ダムが作られれば終わりですし」
み「じゃ、手付かずの川じゃなきゃ生きられないってこと?」
食「上流から下流まで、多様な河川環境が揃ってなければなりません。
一部の個体は、海にも出るんですよ」
み「へー」
食「ロシアでのサケ漁で混獲されることも、減少の原因に数えられてます」
↑ロシアでは、8月がサケ漁のシーズンだとか。8月でもセーターなんですね。
み「ロシアまで行ってるのか!
何年くらい生きるの?」
食「20年程度は生きるみたいです」
み「それは、長生きなわけ?」
食「もちろん、長い方でしょう」
↑ウナギが50年も生きるとは知りませんでした。
食「でも、それが減少原因のひとつとも言われてます」
み「なんで?
長生きなら、いいじゃん」
食「長生きっていうか……。
成熟してから長いんならいいんですけどね。
成熟するまでが長いんです」
み「育ちが遅いわけ?」
食「いや。
体は大きくなるんですが……。
産卵行動を取るようになるまで、時間がかかるんです」
↑メスを巡って争う、2匹のオス。
み「奥手ってことか。
何年かかるの?」
食「5年くらいだそうです。
体長は、50センチくらいになってます」
み「図体だけデカくても、子供ってこと?」
食「ですね」
み「オトナになる前に死んじゃうイトウも多いんだろうな。
童貞や処女のまま。
可哀想じゃ……」
食「はぁ」
み「そう言えばさ……。
シャケとかの産卵の時って……。
並んで口開けるよね」
↑作:永井文雄/【置き物】イトウ産卵シーン(台座、2体)/大きさ:約25×23×21(cm)/参考価格:¥350,000
み「あれって、イッてるわけ?」
食「知りませんよ。
シャケに聞いてください」
み「やっぱり、気持ちいいのかなぁ?」
食「イトウと云う名前の語源はご存知ですか?」
み「話を逸らしたな。
まぁ、いい。
車中でもあるし。
それは、あれだろ?
伊藤さんが発見したからじゃないの?」
食「発見者の苗字が名前になるなら……。
山下とか川上とか、そんな魚ばっかりになっちゃいますよ」
み「スズキがいるじゃん」
食「あれは……。
鈴木さんが発見した訳じゃないと思います」
み「じゃ、なんだよ」
食「糸のような細い魚ってことで、糸魚(いとうお)と呼ばれたようです」
↑確かに細いことは細いです。
み「糸って、裁縫の糸?」
食「そうです」
み「それは、ありえんだろ」
食「どうしてです?」
み「だって、1メートル以上になる魚だよ。
細いったって、それを糸に例えるか?」
食「ま、言われてみればですけど。
産卵後のやせ細った個体が、上流で多く見かけられるせいみたいです」
み「いくら細いったって、糸は無いだろ。
だって、ウナギだって、糸魚とは呼ばれないわけでしょ」
み「いくら痩せても……。
ウナギよりは太いイトウが、糸魚とは納得できん」
食「じゃ、どういう語源です?」
み「知らん。
でもたぶん、アイヌ語だろ」
食「アイヌ語でイトウは、“チライ”ですよ」
み「わかった。
白井から伊藤に変化したんだ」
食「どんな変化ですか。
北海道の猿払村には、知来別(ちらいべつ)という地名もあります」
↑シネシンコは、“1本の蝦夷松”という意味だそうです。
食「今でも、日本有数のイトウ生息地です」
み「地名になるほど、アイヌの生活に根付いてたってことか」
食「皮が丈夫なんで、衣類や履物にも加工されてたようです」
↑これは、鮭皮のブーツ。ヒレがそのまま付いてる!
み「それは……。
生臭そうじゃ。
でも、服になるってことは、そうとうな大物だね」
食「うーん。
だって、一匹の皮を、そのまま着るわけじゃないでしょ」
↑サケ、カラフトマス、イトウなどの皮をはぎ合わせて作る『魚皮衣』
み「着たら可愛いだろ。
魚の着ぐるみみたいで」
食「可愛いかは、大いに疑問です。
でも、昔はデカいイトウがいたことだけは、確かでしょうね。
例の、鹿を飲んだというアイヌの伝承によると……。
人や鹿を呑みこむ怪魚チライを、アイヌの勇者カンナカムイが退治したそうです」
↑日本昔ばなし『湖の怪魚』
食「怪魚の死骸が川を堰き止め、湖が出来たと伝えられてます」
み「昔話のそういう大風呂敷なとこって、いいよね。
刺身はちょっとアレだけど……。
別の料理なら、食べてみたいかも。
どんな食べ方があるの?」
食「アオーネのレストラン『アカショウビン』では……」
↑アカショウビンは、カワセミ科の鳥の名前です。
食「『幻のイトウ御膳』が味わえます」
食「天ぷらやムニエル、カルパッチョなど、まさにイトウづくし」
↑イトウのカルパッチョ(左)と天ぷら(右)
食「これで、4,200円!
どうです?
降りて、食べてみますか?」
み「ふーむ。
案外、お手頃な値段じゃない。
先生、おごって」
律「お手頃なら、自分で食べなさい」
み「けち」
律「どっちが」
ガッタン。
食「あぁ、列車、出ちゃいましたね」
み「うわーん。
わたしの『イトウ御前』が……」
↓ちなみに、『十二湖駅』の全貌はこちら。
開業は、1959年(昭和34年)。
駅舎は、2005年に改築されたものです。
立派な駅舎に見えますが……。
観光案内所や産直施設が入ってるからなんですね。
実際には、無人駅です。
律「泣くな!
バカ女」
食「イトウは、この先の『鰺ヶ沢』でも養殖してます。
そこでも食べられますよ」
み「それを早く言わんかい。
旅を続けよう」
食「立ち直りが早いですね」
み「車窓の風景を見たまえ。
佳景ではないか」
食「誰の真似なんです?
あ、あのあたりが『ガンガラ穴』です」
み「なんじゃ、それは?」
食「海蝕洞です。
大岩を波がえぐり、洞穴が空いてるんです。
奥行きは、50メートルもあります」
み「見えんぞ」
食「穴は海に向いてますから、あたりまえです」
み「じゃ、どうやって見るんだ?」
食「遊覧の小舟が出てます」
み「中に入れるの?」
食「とば口だけじゃないですか」
食「奥に入ったって、真っ暗で何も見えませんよ」
み「ライトを点ければいいではないか」
食「洞穴の奥には、コウモリが群生してます。
驚いて飛び出てきたら、大変ですよ」
み「やっぱりパス。
あ、洞窟に入った!」
食「トンネルです」
『森山トンネル』を抜けた列車は……。
岩の点在する浦の風景を見ながら松原沿いに進みます。
↑五能線側面展望『十二湖』→『ウェスパ椿山』。トンネルは、1:45くらい。
み「また、鉄橋だ」
食「笹内川橋梁です」
み「第何?」
食「ナンバーは付いてません」
み「どーも、一貫性が無いのぅ」
食「そろそろ、次の駅です」
み「何て駅?」
食「『陸奥岩崎』です」
み「やたら、“陸奥”が付くね」
食「さっきの『白神岳登山口』駅も、元は『陸奥黒崎』でしたしね」
み「やっぱり、後発路線だから、『岩崎』も『黒崎』も、ほかに先を越されてたんだろうね」
食「ですね。
『岩崎』駅は、福岡にありました」
み「ありました?」
食「廃止されたんです。
明治45年に設置された香月線の駅です。
昭和60年、香月線が廃止され、『岩崎』駅も無くなりました」
↑1973年(昭和48年)の『岩崎』駅(こちらのページから拝借)
み「そんなら、『陸奥岩崎』の“陸奥”を取ってもいいんじゃないの?」
食「いまさら、そうもいかないでしょ。
馴染んじゃってますから」
み「『黒崎』駅は?」
食「これも、福岡県にあります」
み「廃止?」
食「いえ。
こちらは、北九州市にある鹿児島本線の駅ですからね。
バリバリの現役です」
↑なんか、ファッションが独特ですね。
食「あ、『陸奥岩崎』駅、通過します」
み「通過かよ。
一瞬しか見えなかったけど……。
普通の、駅らしい駅だったね」
↑正面から見た『陸奥岩崎』駅
食「ここは、旧岩崎村の中心地でしたから」
み「あぁ。
今の深浦町も合併して出来たのか」
食「2005年、平成の大合併で、岩崎村と合併しました」
み「デカそうな町だよね」
食「面積は、500平方キロ弱でしょう」
み「ありゃ。
新潟市よりは小さいのか」
食「でも、五能線の駅が18もあります」
↑赤枠で囲った18駅が、深浦町にあります。
み「18!
ひとつの町で?
そりゃスゴいわ」
食「日本一、駅数の多い“町”です。
でも、駅員さんがいる旅客駅は、深浦だけなんです。
あとは全部、委託駅か無人駅です」
み「じゃ、今の駅も?」
食「無人駅です」
み「はぁ。
人口はどれくらいなの?」
食「岩崎村と合併して、ようやく10,000人を越えたんですが……。
今はもう、9,000人くらいになってしまったみたいです(町のホームページには、なぜか平成17年までの数字しか載ってません)。
1965年ころには、20,000人近くいたようですから……。
半減ですね」
み「半減は厳しいな。
三セク作って、観光は頑張ってるみたいなのに」
食「観光客は来ても、住人は減り続けてるってことです。
あ、列車の方向が変わったの、お気づきですか」
み「お気づきでない」
食「太陽の位置が変わったでしょ」
み「ほうか?」
食「瘤のように突き出した半島を巡ります」
み「男鹿半島?」
食「そんなわけないでしょ。
艫作崎(へなしざき)です」
み「屁無崎?」
食「頭にヘンな漢字が浮かんでますよ」
み「聞いたことにゃいもん」
食「別名、黄金崎(こがねざき)とも云います」
み「あ、これはわかるな。
日本海ってのは、夕日が沈むからね」
み「突き出た岬なら、遮るものもないだろうし」
律「あら、黄金崎って、青森にあるんですか?
伊豆で学会があったとき、たしか黄金崎ってとこ、通りましたよ」
食「そっちの黄金崎の方が、有名ですからね。
安山岩が風化して黄色くなった岩に夕陽があたると、黄金色に輝くんですよ」
食「西伊豆の景勝地です」
み「あ、そうか。
西伊豆は、西が海だから……。
日本海と同じなんだ」
食「でも、こちら青森の黄金崎にも……。
夕日を楽しめる、素晴らしい温泉があるんですよ」
み「ほー」
食「あ、もうすぐ駅に差し掛かります。
『陸奥沢辺』です」
み「また、後発の悲しさか。
本家の『沢辺』はどこ?」
食「宮城県の栗原町です。
『くりはら田園鉄道』の『沢辺』駅」
み「JRじゃないの?」
食「最後は三セクになりましたけど……。
元々は栗原電鉄という民営鉄道です」
み「最後はって……」
食「2007年に廃止されました」
食「もちろん、『沢辺』駅も無くなったわけです」
み「でも、民営鉄道の駅名にあるからって……。
JRが遠慮するかね?
そもそも、昔はネットとか無いわけだし……。
全国の民間鉄道の駅名って、どうやってチェックしたんだ?」
食「さー」
み「“さー”じゃねーだろ」
食「あ、通過します。
ほらほら」
み「誤魔化しおって。
あれ。
さっきも見たぞ、こんな駅」
↑『陸奥沢辺』駅
み「どこだったかな?」
食「『大間越』駅ですね」
食「その少し前の、『東八森』駅も同じでしたよ」
み「そうだっけ?
でも、『大間越』駅とは、形も色もそっくりだったな。
当時の流行り?」
食「ていうか、カプセル型と云われてますが……。
早い話、ユニットバスみたいなもんじゃないですか?」
み「工場で作って持ってきた?」
食「と思います」
み「味気ないのぅ」
食「国鉄末期の産物ですね」
↓こちらが、カプセル型駅舎の嚆矢となった『国包(くにかね)』駅(兵庫県加古川市)。
ちなみに、奥羽本線の『撫牛子』駅(青森県弘前市)もカプセル式。
ところで、『撫牛子』は、なんと読むでしょうか。
わたしは、“なでうし”と読みましたが……。
正解は、“ないじょうし”。
難読駅名で有名とのことですが……。
知ってない限り、読めねーだろ!
律「なんだか、また山に登ってきたわね」
↑五能線側面展望『十二湖』→『ウェスパ椿山』。4:35→『陸奥岩崎』通過。7:34→『陸奥沢辺』通過。
律「ほら、海があんなに下に見える」
み「んだなやー」
律「なんでいきなり東北弁なのよ」
み「そういう気分になってまいったぞい」
食「“ぞい”は東北弁じゃないと思います」
み「何弁?」
食「有り得ない弁です。
ほら、海の向こうに、白神山地が見えますよ」
み「おー。
お懐かしや」
律「ついさっきでしょ」
食「もうすぐ、五能線全線で一番高く登ります」
み「何メートル?」
食「海抜70メートル」
み「津波も大丈夫」
律「またそれを言う」
食「そろそろ、次の駅に停車です」
み「青森県、2つ目の停車駅だね。
また、陸奥なんたら?」
食「違います。
『ウェスパ椿山』駅です」
み「なんじゃそりゃ。
いきなり雰囲気の違う名前じゃないの。
でも、『陸奥ウェスパ椿山』にならなかったってことは……。
先発の『ウェスパ椿山』駅が無かったってことだね」
律「あるわけ無いでしょ」
み「何でそんな小洒落た駅名になったわけ?」
食「おんなじ名前のリゾート施設が、真ん前にあるからです」
食「平成13年に出来た、新しい駅です」
み「民間施設?
語呂合わせ系じゃないみたいだけど」
食「いえ。
これも三セクです。
『ウェスパ』の“スパ”は、温泉の“スパ”ですから」
み「あ、そうか。
じゃ、“ウェ”は何のもじり?」
食「なんでしょう?」
律「わかった。
“Welcome(ウェルカム)”よ」
食「惜しい!
“Western(ウェスタン)”です」
み「惜しくねーだろ!
でもそれだったら、官流ネーミングの王道だわ。
これも深浦町?」
食「そうです」
み「頑張るのぅ」
食「ていうか……。
さっきの『アオーネ白神十二湖』も『ウェスパ椿山』も……。
両方とも、旧岩崎村にある施設です」
↑赤が、旧深浦町。青が、旧岩崎村。
み「そうなの?
じゃ、深浦町は丸儲けじゃないの」
食「さー。
それはわかりませんよ」
み「あ、そうか。
経営が順調とは限らないわな。
村では支えきれなくて合併した可能性も?」
食「それもわかりません。
でも、悪い噂は無いようですよ。
貴重な雇用の場でもありますしね」
み「どのくらいの人が働いてるわけ?」
食「両方の施設で、150人くらいみたいです」
み「けっこう、いるね」
食「仕方ないですよ。
両施設とも、広いんですから。
ウェスパが14ヘクタール、アオーネが20ヘクタールかな」
み「そりゃ広いわ」
あ、風車がある」
食「飾りじゃないですよ。
本格的な風力発電施設です。
あそこで作り出す電力の半分で、施設内の電力をまかなえるそうです」
み「残りの半分は、どうしてるの?」
食「もちろん、東北電力に売ってます」
み「てことは……。
地震で停電になったら、避難施設としても使えるんじゃないの?」
食「ま、風車が被害を受けなければですが」
み「あ、そうか。
でも、あの風車って、人間に悪影響があるみたいだね」
律「どうして?」
み「ヘンな振動が、地面の下から伝わるんだって。
ほら、畑なんかに……。
ペットボトルで作った風車が回ってるの、見たことない?」
律「わたしの住んでるあたり、畑自体無いから」
み「さいざんすか」
律「そんな風車回して、どうするのよ?」
み「モグラ避けだよ」
律「へー」
み「風車の振動が、心棒から地面に伝わるんでしょ。
それをモグラが嫌って、近づかない」
律「風力発電装置も一緒ってこと?」
み「ですよ」
律「ほんとですか?」
食「低周波音が起きるのは確からしいですね」
食「これが、人の自律神経に悪影響をもたらすそうです」
食「人家近くに設置された場合……。
めまい、動悸、耳鳴りなどの症状を訴える人が出るみたいです」
↑上の3枚の画像は、こちらのページからお借りしました。
律「怖いわね」
食「でも、この風車の周りには民家がありませんから……。
大丈夫なんじゃありませんか?」
み「ま、そういうことか。
風車の隣の建物は何?」
食「展望台ですよ。
白神山地まで一望できます」
み「ほー。
見たことあるみたいじゃない」
食「見ましたよ」
み「ウソこけ。
あんな山の上じゃん。
チミが登れるわけなかろ」
食「失礼な。
でも実は……。
駅前からスロープカーが出てるんです」
食「最大斜度25度。
距離561メートル。
高低差は102メートル。
時速4.8キロ。
所要時間約8分の、短くてゆっくりとした旅です」
み「おー、そりゃ楽ちんそうだ」
み「で、リゾート施設って、何があるわけ?」
食「基本的には、コテージですね。
おとぎの国みたいな建物で、女性や子供に人気です」
み「ふむ。
この駅舎からしてそうだもんね」
食「ここも、物産館を兼ねてます」
↑屋根に小人が!
み「コテージって、何人くらい泊まれるの?」
食「4人用と、6人用があります」
み「2人用は無いのか?」
食「全部、メゾネットですから」
食「でも、2人なら……。
4人用を借りて、2階の寝室を使わなけりゃいいだけですから」
み「安くしてくれるのか?」
食「同じじゃないですか。
1棟あたりの値段だと思いますよ」
み「おいくら?」
食「4人用が1万5千円くらいかな(14,700~16,800円)。
6人用で、確か2万円ちょっとだったと思います(21,000~23,100円)」
み「ふーむ。
4人で15,000円だと……。
1人、いくらになるんだ。
ほら、電卓電卓」
食「3,750円です」
み「ほー。
6人で、2万円だと?」
食「1人、3,333円」
み「安いじゃない」
律「家族連れには持って来いね」
み「コテージは、何棟くらいあるの?」
食「20棟くらい並んでたと思います」
み「なんだ、案外少ないじゃない。
はやらないの?」
食「アオーネとウェスパで、年間30万人が訪れるそうです。
世界遺産への拠点ですから……。
日本だけでなく、外国からのお客さんも多いみたいです」
み「それじゃ、20棟じゃ足りんのじゃないか?」
食「コテージが満室の時は、ゲストハウスも利用できます」
み「なんじゃ、それは?」