2013.3.17(日)
食「さて、『余部鉄橋』を語り終えたところで……。
ようやく列車が、次の停車駅に止まりましたね」
↑『あきた白神』→『岩館』/側面展望
み「どこじゃい?」
食「『岩館(いわだて)』です」
↑綺麗にリニューアルされました。
↓元はこんな。
食「五能線では、秋田県最後の駅になります」
み「さっきの『あきた白神』駅から、何分かかったの?」
食「4分です」
み「『余部鉄橋』物語が、たった4分で語られたと言うのか!」
律「いいじゃないの。
『紙上旅行倶楽部』には、融通無碍な時間が流れてるのよ」
み「ま、それもそうだ。
本物の旅行より、ずっと楽しめるね」
律「それは、本物の方が楽しいと思うけど」
み「何だよ!」
食「『岩館』という地名は……」
み「勝手に進めるな」
食「ここからは、ぜひ車窓に集中していただきたいんです。
絶景続きになりますから」
み「その前に、ウンチクだけ垂れておこうという魂胆だな」
食「人聞きが悪いなぁ。
ま、あえて否定しないでおきます。
それじゃ、ウンチク垂れてもいいですか?」
み「ダメと言っても、垂れるんだろ?」
食「ぜひに」
み「ウンチ垂れるなよ」
律「汚い冗談は止めてちょうだい!」
み「へいへい」
食「『岩館』という地名の謂われは……。
戦国時代末期に遡ります。
当時、須藤兵部(ひょうぶ)の城館『岩館』があったんですね」
↑想像図。
み「ほー。
それから?」
食「それだけです」
み「なんだよ!
粗末なウンチク。
兎の糞ってとこだな」
↑ご安心あれ。甘納豆です。
律「止めなさいって!」
み「わかりました。
そしたら……。
あ、そうだ。
例によって、日帰り温泉の情報は?」
食「うーん。
ここらでは、覚えがないな」
み「なんでよ?
1町に1つはあるんじゃないの?」
食「だって、さっきからずっと同じ町ですよ。
八峰町」
み「合併したんだろ」
食「合併前だって、ずっとここらは八森町です」
み「あらそう」
食「民宿ならあります。
岩館の駅から、歩いて10分くらいかな」
み「300円?」
↑今となっては懐かしい。
食「そんなわけないでしょ。
1泊2食付きで、8,000円~12,000円ですね」
み「高けー。
12,000円って、どんな部屋なんだ?」
食「部屋はみんな同じです」
↑実際の部屋です。
み「それじゃ、4,000円の違いは何よ?」
食「料理ですよ。
素泊まりなら、どの部屋でも3,500円です」
↑洗面台は共同。懐かしいですね。夏休み、田舎のおばあちゃんの家に行った気分?
み「てことは……。
料理が、4,500円~8,500円ってこと?」
食「料理が売り物の宿なんですよ」
↑実際の料理です(1泊8,000円コース)。何の飾り気も無く、ただ皿に盛っただけ。でも、美味しいんだろうな。
食「何しろ、ご主人が岩館漁港の仲買人ですから」
↑岩館漁港
食「目の前の海で捕れた、新鮮な魚介類が存分に食べられます。
泊まらなくても、昼食や夕食だけでもオッケーです。
秋田市あたりから、料理だけ食べに来る人もいるそうです。
夏は、岩館海水浴場もありますから、子供連れに人気ですが……」
↑シャワー:40/トイレ:5/駐車場:600台/休み屋:300円(1人)
食「魚が美味しいのは、やっぱり冬ですね。
ハタハタ、タラ、アンコウ」
↑アンコウ。これを見ると引きますが……。とろけるような味でした(1度だけ食べたことあり)。
食「熱燗で食べる鍋は、応えられません」
↑まさに、鱈腹(たらふく)。
食「あー、お腹空いてきた」
み「さっき食べたばかりだろ」
律「何て云う名前の民宿なんですか?」
食「あ、失礼しました。
民宿『いがわ』と云います」
み「こりゃまた、シンプルなお名前。
ご主人の苗字かね?」
食「でしょうね」
み「じゃ、秋田県はこれで終わり?」
食「それでは、もう1つだけ。
駅近く、5分くらいですかね。
『漁火の館』という施設があります」
み「どういう施設じゃ?」
食「ブルーツーリズムを楽しむ施設です」
み「なに!
そんないかがわしい施設があるのか!
途中下車するかな?」
食「何がいかがわしいんですか?
また、ワザと聞き間違えましたね?」
み「うんにゃ。
はっきり聞いた。
ブルーフィルムを楽しむ施設じゃと」
食「こんな海っぱたに、そんなとこがあるわけないでしょ。
ブルーツーリズムです」
み「なんじゃい、それは?」
食「それじゃ、グリーンツーリズムって、聞いたことありませんか?」
み「金輪際ありません。
色に関係あるのか?」
食「大いにあります」
み「全身を緑色に塗って旅をするとか?」
食「そんなわけないでしょ。
グリーンツーリズムとは……。
都会の住人が農村に滞在し、自然や文化を体験する旅行のことです。
ヨーロッパで、1970年代以降、普及しました」
み「農業体験みたいなやつ?」
食「ですね。
日本でも、田植えや稲刈りを体験するツアーとか、あるでしょ」
み「新潟県の山村でも、確かやってたな」
食「旧八森町の本館地区には……。
『夕映えの館』という、グリーンツーリズムの体験施設もあります」
律「わかったわ。
それじゃ、ブルーは海ね?」
食「そのとおりです」
み「漁村に滞在するのが、ブルーツーリズム?」
食「そうです。
『漁火の館』は、そうした漁業体験が出来る施設です。
地元の名人から、釣りの手ほどきを受けることも出来ますよ」
↑ここまではしないと思いますが。
食「釣ったばかりの魚を、その場で調理して食べると……。
その美味しさには、みんな驚くそうです」
み「ほー。
海鮮好きには、堪えられまへんな」
食「素泊まりで、2,500円」
み「食料は、自分で採って来るの?」
食「もちろん、採って来たものも使われるでしょうが……。
3日前に予約すれば、ちゃんと準備してくれます。
時化とかに当たったら、海には近づけないでしょうし」
み「でもさ。
自然はともかく、文化も体験するとしたら……。
そうした施設じゃなくて、漁師さんの家にホームステイすべきなんじゃないの?」
↑こういう家ではないと思います。
食「ヨーロッパなんかでは、そうだと思います。
でも、日本じゃ難しいですよ。
受け入れ側の体制が」
み「ま、見ず知らずの人を泊めるわけだからね」
律「来る方も、民家に泊まるんじゃ、気詰まりなんじゃないの?」
み「日本には、ホームステイの文化が根づいてないからね」
食「結局、箱物を作らなきゃ、日本じゃ普及しないってことでしょうね」
み「ほかの色は無いの?」
食「聞いたことありませんね」
み「わたしとしては……。
ぜひ、ホワイトツーリズムを提唱したい」
律「わかった。
雪ね?」
み「左様じゃ」
食「なるほど。
雪国の暮らしを体験するわけですね?」
み「良かろ?」
食「ホワイトツーリズムという言葉は無いとしても……。
似たようなツアーは、ありますよ」
み「どんな?」
食「これから入る青森県には……。
『地吹雪体験ツアー』なるものがあります」
み「知ってる知ってる。
わざわざ角巻きかぶって、吹雪の原っぱに出るやつでしょ?」
食「ボクは、寒がりなので……。
ちょっと、パスですね。
ストーブ列車の方がいいです」
み「だらしないやつ」
食「あ、あれがチゴキ崎ですね」
み「誤魔化しおって」
律「あ、灯台」
食「チゴキ崎灯台です」
↑位置図
食「昭和29年に設置されました」
み「♪おいら岬の~」
食「♪灯台守は~。
ずいぶん古い歌、知ってますね」
み「中学の時……。
『オイラーの定理』っての、出てきたでしょ」
食「数学ですね」
み「数学だっけ?
化学じゃなかった?」
食「多面体の定理だったと思います」
み「ま、いいや。
中身は覚えてないから。
覚えてるのは、教師の寒いギャグ」
律「何よ?」
み「そのまんまだよ。
オイラーの定理って、言ってから……。
さっきの歌、歌ったの」
律「『♪おいら岬の~』?」
み「誰も知らないっつーの。
教室中、しーんとしちゃってね。
そのバカ教師、最近の生徒は、年々ノリが悪くなってくるとか言ってさ。
早い話、その歌を知ってる年代じゃなくなってきただけじゃない。
それに気づかないで……。
ずーっと毎年、おんなじギャグかましてたってこと」
律「Mikiちゃんは知ってたわけ?」
み「わたしはずーっと、ジジババの部屋で育ったからね。
懐メロには造詣が深いのだ。
いつごろの歌だと思う?」
律「江戸時代?」
み「そんなわけないだろ!
戦後すぐくらいだよ」
食「確か、昭和32年です。
木下恵介監督による映画『喜びも悲しみも幾歳月』の主題歌ですね」
み「なんでそこまで知ってる?」
食「あの映画に出てくる灯台を巡ってみたことがありますから」
み「どこが舞台なんですか?」
食「辺地に点在する灯台を……。
転々としながら駐在生活を送る燈台守夫婦の25年に渡る物語ですからね。
舞台となった灯台は、10箇所くらいありましたよ。
そうそう、佐渡の弾崎灯台もありました」
↓それでは、ダイジェスト版を御覧ください(主題歌の歌唱は、若山彰)。
み「あれ?
ずいぶん高いとこに登って来たね」
食「これこれ、これですよ。
ここからは……。
白波が砕ける岩場を、上から俯瞰するアングルが続くんです」
み「津波が来たら、逃げ場が無いのぅ」
律「またそういうことを言う!」
み「笹川流れを思い出すな」
食「知ってます。
新潟県北部の景勝地ですよね。
村上あたりでしたっけ?」
み「そうそう。
村上の北ね。
小さいころ、父に連れてってもらった。
アメフラシを捕まえたな」
↑笹川流れでの写真(出典)。わたしが捕まえたのは、こんなに大きくありませんでした。
食「そろそろ県境ですよ。
ここまで上がれば、津波の心配もありませんね」
み「今、どのくらいの高さなの?」
食「60メートルくらい登りました。
あ、県境の須郷崎です」
↑遠くに見える大陸みたいなのは、どこじゃ? ロシアじゃないよね。黄金崎かな?
食「この地名、須藤兵部と関係してるかも知れませんね。
須藤の“須”に、“郷(さと)”ですから」
み「秋田県よ、さようなら」
律「青森県よ、こんにちは」
み「思えば……。
長い長い秋田県であった」
律「青森県も長い?」
み「いつ抜けられることやら……。
って、いきなりトンネルじゃん」
食「3つくらい、続きますよ」
み「だんだん降りてきたな」
律「あ、鉄橋」
食「『第1入良川橋梁』です(画像が見つかりませんでした。読み方は“いらかわ”だと思います)」
み「また、ナンバーが付くわけ?」
律「第2は?」
食「わかりません。
線路が入良川を跨ぐのは、ここだけですから」
み「おかしいじゃないか。
誰か、教えてくれんもんかのぅ」
食「あ、次のトンネルの上に、昔の関所があったんですよ」
み「関所は昔に決まっておる」
↑長野県木曽町福島のマスコットキャラクター『福ちゃん』。関所を被ってます。
み「今の関所があってたまるか」
↑なんと、被り物を取った画像もありました。
律「揚げ足取らないの」
み「行稼ぎじゃ」
律「何て云う関所なんですか?」
食「大間越関所ですね」
み「聞いたことある名前だな」
食「五能線の撮影ポイント、『第2小入川橋梁』の上流を、大間越街道が跨いでました」
み「あ、その街道の関所か」
食「正確には、『口留番所』と云ったらしいです。
跡地は、公園として整備されてます」
食「見晴らしもいいみたいですよ」
み「高いとこから見張ってたわけだな」
食「佐竹藩と弘前藩の藩境ですからね。
国境警備の意味合いもあったようです」
↑これは、福ちゃんの木曽福島の関所(長野県木曽郡木曽町福島)。
み「どのくらいの通行があったの?」
食「月平均で40人くらいだったと云います」
み「は?
てことは、1日に2人いないわけ?」
食「ま、誰も通らない日も、多かったんじゃないですか」
↑『木曽福島関所跡』。上の絵の場所でしょうか? ちょっと違う気も……。
み「何人くらい詰めてたの?」
食「町奉行が1人に、町同心や町年寄が15人。
名主2人に、月行事5人ですかね」
み「そこまで知ってるのは、不自然じゃないか?」
食「ボクに言わないでください」
み「まぁ、いい。
で、何人になるんだ?」
食「23人です」
み「多すぎだろ。
1日に1人しか通らないのに」
食「藩士は、奉行と同心だけで……。
あとは、地元の住民ですよ」
み「民間人か。
そんなんで警護なんか出来るのかね」
律「実際に、関所破りとかはあったんですか?」
食「ここに限らず、滅多には無かったようです。
ていうか、あっても、表沙汰にならなければ……。
無かったと一緒ですしね」
み「捕まえるケースは、少なかったってわけ?」
食「関所の役人も、お尋ね者でもない限り……。
大ごとにはしなかったようですよ。
なにしろ、ほんとに捕まえてしまえば磔(はりつけ)ですからね」
↑20~30回、槍で突かれます。たいていは、数回で絶命したそうですが。
食「箱根の関所でも、未遂で捕まった者については……。
“薮入り”と云って、道に迷ったものとして処理する場合が多かったようです。
実際、関所破りについては、ほとんど記録に残ってないんです。
箱根でも、お玉くらいじゃないですかね」
み「お玉って、女の人?」
食「奉公に出たばかりの子供ですよ」
み「どうして捕まったの?」
食「聞きたいですか?
可哀想な話ですよ」
み「ここまで聞いて、止めるわけにはいかんだろ。
最後まで聞くのが、人としての務めです」
食「ま、時代もまだ早かったせいもあるんでしょうけどね。
元禄15年のことでした」
み「♪時に~」
食「♪元禄15年~」
み「いちいち乗るなよ。
西暦何年?」
食「1702年です」
み「江戸幕府が出来て、ちょうど100年くらいだね」
食「お玉は、伊豆国大瀬村の生まれでした」
↑伊豆半島の最南部です。気候がいいんだろうな。
食「で、江戸に住む叔父さんの家に、奉公に上がったんです。
でも、どうしても江戸の暮らしに馴染めず……。
寂しさに泣き暮らす毎日だったようです」
み「いじめられたんじゃないか?」
食「可能性は、大でしょうね」
み「叔父さんの嫁が怪しい」
律「案外、娘かもよ」
み「あり得るね」
食「で、とうとう辛抱できなくなり……。
叔父さんの家を飛び出しました」
律「追い詰められたのね」
食「箱根の関所近くまで来ましたが……。
当然、道中手形など持ってません。
お玉は、屏風山を越えようとしますが……」
食「山の上まで、ずーっと柵が巡らされてました」
食「でも、懸命に探して、小さな破れ目を見つけました。
体が小さかったお玉は、その間を抜けようとしたんです」
み「その柵さえ越えれば、家に帰れるんだもんね」
食「でも、残念ながら体が挟まり、身動きが出来なくなりました」
み「そこを、役人に見つかったわけ?」
食「いえ、見つけたのは村人だったそうです」
律「どうして見逃してやらなかったの!」
食「見つけたのが1人だったら、そうしたかも知れませんね。
たぶん、数人で通りかかったんじゃないかな」
み「共有の秘密に出来るほど、仲が良く無かった?」
食「じゃないですか。
ヘタに助けたりしたら、仲間にチクられかねない。
可哀想だと思いつつ、役人に知らせたんでしょう」
み「神も仏もないわなぁ。
助けないまでも……。
せめて、見ぬふりして行ってくれれば」
食「でも、2月だったそうですからね。
箱根の山中で放って置かれたら、たぶん凍死です」
み「はぁ。
つくずく運が無いわ」
食「役人も、村人からの通報があったんでは……。
表立って処理するしかないでしょう」
み「どうなったの?」
食「2ヶ月間、獄屋に入れられた後……」
食「処刑されました」
み「無残な……」
食「でも、本来なら磔のところを……」
食「刑がひとつ軽くされたそうです」
み「どんな刑よ?」
食「獄門です」
み「ぜんぜん軽くないだろ!」
食「お玉の首を洗ったと云う池は、『お玉ヶ池』と名付けられました」
み「化けて出てやれば良かったんだよ」
律「親は、堪らなかったでしょうね」
み「奉公に出したのは、自分たちなんだもんね」
食「時代が悪かったんでしょう。
江戸時代も半ばを過ぎると……。
監視も緩くなって、賄賂を出せば通れたそうですから」
食「ま、お玉はお金を持ってなかったでしょうから……。
追い返されてしまったかも知れませんけど」
み「賄賂か。
ほんとに、そんなにいい加減だったの?」
食「“抜け参り”ってのが流行ったの、知ってます?」
み「あ、お伊勢参りだね」
↑歌川広重『伊勢参宮 宮川の渡し(部分)』
食「奉公人たちが、主人に無断で、突然伊勢参りに出かけたわけです。
当然、通行手形なんて持ってませんから……。
本来なら、箱根の関所で止められたはずです」
↑箱根関所資料館
み「役人に賄賂を渡して?」
食「あるいは、抜け道を通ったのかも知れません。
そのころには、抜け道の案内人がいたそうですから。
金を取る商売として成り立ってたようです」
み「そっちの方が、役人に渡す賄賂より、安く済んだのかね。
でも役人が、大っぴらに関所を通していいもんだったわけ?」
食「逆方向に追い返すんです」
み「なんじゃそれは?」
食「駕籠なんかだと、役人がワザとよそ見をしてる隙に……。
駕籠かきが、駕籠の向きを反対に変えます」
↑『岐阻道中 熊谷宿 八丁堤ノ景』画:渓斎英泉
食「で、おもむろに向き直った役人は、『手形が無ければ、通すわけにいかぬ! 帰れ!』と叱りつける。
駕籠かきは、恐れ入った風体で、そのまま後ずさっていくんですね。
でも実際は、出て行ってしまってるわけです」
み「まるっきり落語じゃないか」
食「お玉も、こんな時代だったら、見逃されたでしょうにね」
み「関所ってのは、悲喜こもごもの物語が詰まってるとこなんだな。
窓から顔出せば見えるかな?」
食「窓なんか開きませんって。
見ればわかるでしょ」
↑こちらの窓の外は、なぜか品川です。
み「それじゃ、こんなに海際を走ってるのに……。
海の匂いを感じられないってことじゃん」
食「鈍行なら、存分に味わえますよ。
車内もガラガラだから、窓開けても怒られませんし」
み「ふーむ。
鈍行に乗り換えるか?」
律「イヤよ。
こんなに快適なのに」
み「だよな。
何に乗っても、風景だけは一緒だ。
あ、トンネル入っちゃった。
何も見えん」
食「当たり前でしょ」
み「『汽車ポッポ』の歌で……。
『♪トンネルだ、トンネルだ、うれしいな』って歌詞があるけど……。
アホとしか思えんよな。
いったいトンネルの、どこがうれしいわけ?」
↑童謡『汽車ぽっぽ』
食「昔は、夏場なんか、窓を開けて走ってたでしょうから……。
トンネルに入るたび、そこらじゅうでバタバタと窓閉めの騒ぎがあったりして……。
面白かったんじゃないですか?」
み「蒸気機関車の煙対策か」
食「子供たちは……。
そんな不便さにも、日常とは違う、旅の楽しさを感じるのかも知れませんね」
み「あ、トンネル出た……。
と思ったら、鉄橋だ。
日本の地形って、『汽車ポッポ』の歌詞通りだよな」
食「それは、『汽車ポッポ』ではなく……。
『汽車』ですよ」
み「そうだっけ?」
食「『♪今は山中今は浜』でしょ」
み「それそれ。
♪今は鉄橋渡るぞと」
食「♪思う間も無くトンネルの」
律「♪闇を通って広野原」
食「乗ってて飽きませんよ。
外国の鉄道なんて……。
まっ平らな同じ景色のところを、延々と走る路線が少なくないですからね」
↑シベリア鉄道の車窓。1日中、同じ景色の日もあるそうです。
食「ほら、集落が見えて来ました」
み「久しぶりに人家を見るな」
食「県境のあたりは、人家のない断崖がずっと続きましたからね。
鉄道だと、あっという間ですが……。
昔は、歩いて山を越えたわけです。
関所を通って、この集落の竈の煙を見た旅人は……。
ホッとしたと思いますよ」
み「ここは、なんてとこ?」
食「大間越です」
み「ここがそうか。
“大間越”って、そもそもどういう意味なんだ?」
食「大間は、船の入れる入江のことだそうです」
み「ふーん。
そこを越えるってことか」
食「駅を通過しますよ。
『大間越駅』です」
み「これがホンマの、大間越し」
ちなみに、駅舎は↓こんなです。
なんとも、形容しがたいデザインですね。もちろん無人駅。窓が無駄にデカいのは、照明を点けなくていいようにでしょうか?
なお、初セリのマグロの産地で有名になった大間町は、下北半島の最北端にあり、大間越とは別の場所です。
でもたぶん、“大間”が入江を表すという語源は一緒なんでしょうね。
み「青森県最初の駅には停まらないわけね。
大分、海が近くなったな」
食「このあたりは、海抜10メートルを切ってると思います。
『岩館駅』は、30メートルくらいありましたからね」
↑側面展望『岩館』→『十二湖』【13:15にトンネルを抜けると、大間越の集落(たぶん)】
み「津波が心配じゃ」
律「またそれを言う!
でもほんと、山側には田んぼも見えてきて……。
平坦地って感じになったわよね」
食「松林の向こうに、砂浜が見えますよ」
律「ほんと。
さっきまでは、岩だらけだったのに」
み「『♪今は山中、今は浜』だね。
そう言えば……。
青森県最初の町の説明が無かったぞ」
食「ご存知なかったんですか?」
み「ご存知のわけあるかい」
食「普通、調べてから来ません?」
み「来ませんでした」
食「深浦町(ふかうらまち)ですよ」
食「日本海に面してますから、青森県内では温暖な地域です」
み「あ、対馬海流?」
食「ですね。
また駅、通過します」
み「2つ目も通過かい。
青森県に失礼なんじゃないか?」
食「いちいち停まってたら、快速とは言えないでしょ」
み「秋田県の最後じゃ……。
『あきた白神』と『岩館』に連チャンで停まったでしょ。
青森県を軽視しとるんじゃないか?」
食「違いますよ。
『リゾートしらかみ』の停車駅数では、青森県の方がずっと多いんです。
確か、秋田県が8つで、青森県が14です」
↑冬期間は、千畳敷に停車しません。
み「あ、そうなの。
それで、秋田県境あたりで、帳尻合わせしたのか」
食「そんなこともないでしょうけど。
でも、要望はあったかも知れませんね。
はい、『白神岳登山口』通過です」
↑左手に海、右手に山。素晴らしいロケーションです。
↓でも、駅舎は強烈。
農作業小屋のようです。
↓内部は、こんな(絶句)。
↓1日に、5本ずつしか電車が来ません。
冬、乗り遅れたりしたら、凍死するんじゃないでしょうか?
み「ほー。
こっから白神山地に登るわけね」
食「白神山地の世界遺産登録後に、名称が変更になったんです。
確か、平成12年だったと思います。
それまでは、『陸奥黒崎』という駅名でした」
み「なるほど。
それじゃ、わかりづらいよな」
って……。
せっかくわかりやすくなっても……。
通過したんじゃ意味ないじゃないの」
律「それもそうよね」
み「山に入る人は、鈍行で来るってことか?
そうか、わかった。
登山の人って、荷物がスゴい大きいじゃない」
み「だから鈍行なのよ」
律「なんでよ?」
み「この『リゾートしらかみ』でもそうだけど……。
座席指定だから、荷物の置き場が無いでしょ。
大きい荷物は、網棚にも乗らないだろうし」
み「隣の席が空いてなかったら、ずっと抱いてなきゃならないよ。
だから、ガラガラの鈍行で来るってわけ。
だろ?」
ようやく列車が、次の停車駅に止まりましたね」
↑『あきた白神』→『岩館』/側面展望
み「どこじゃい?」
食「『岩館(いわだて)』です」
↑綺麗にリニューアルされました。
↓元はこんな。
食「五能線では、秋田県最後の駅になります」
み「さっきの『あきた白神』駅から、何分かかったの?」
食「4分です」
み「『余部鉄橋』物語が、たった4分で語られたと言うのか!」
律「いいじゃないの。
『紙上旅行倶楽部』には、融通無碍な時間が流れてるのよ」
み「ま、それもそうだ。
本物の旅行より、ずっと楽しめるね」
律「それは、本物の方が楽しいと思うけど」
み「何だよ!」
食「『岩館』という地名は……」
み「勝手に進めるな」
食「ここからは、ぜひ車窓に集中していただきたいんです。
絶景続きになりますから」
み「その前に、ウンチクだけ垂れておこうという魂胆だな」
食「人聞きが悪いなぁ。
ま、あえて否定しないでおきます。
それじゃ、ウンチク垂れてもいいですか?」
み「ダメと言っても、垂れるんだろ?」
食「ぜひに」
み「ウンチ垂れるなよ」
律「汚い冗談は止めてちょうだい!」
み「へいへい」
食「『岩館』という地名の謂われは……。
戦国時代末期に遡ります。
当時、須藤兵部(ひょうぶ)の城館『岩館』があったんですね」
↑想像図。
み「ほー。
それから?」
食「それだけです」
み「なんだよ!
粗末なウンチク。
兎の糞ってとこだな」
↑ご安心あれ。甘納豆です。
律「止めなさいって!」
み「わかりました。
そしたら……。
あ、そうだ。
例によって、日帰り温泉の情報は?」
食「うーん。
ここらでは、覚えがないな」
み「なんでよ?
1町に1つはあるんじゃないの?」
食「だって、さっきからずっと同じ町ですよ。
八峰町」
み「合併したんだろ」
食「合併前だって、ずっとここらは八森町です」
み「あらそう」
食「民宿ならあります。
岩館の駅から、歩いて10分くらいかな」
み「300円?」
↑今となっては懐かしい。
食「そんなわけないでしょ。
1泊2食付きで、8,000円~12,000円ですね」
み「高けー。
12,000円って、どんな部屋なんだ?」
食「部屋はみんな同じです」
↑実際の部屋です。
み「それじゃ、4,000円の違いは何よ?」
食「料理ですよ。
素泊まりなら、どの部屋でも3,500円です」
↑洗面台は共同。懐かしいですね。夏休み、田舎のおばあちゃんの家に行った気分?
み「てことは……。
料理が、4,500円~8,500円ってこと?」
食「料理が売り物の宿なんですよ」
↑実際の料理です(1泊8,000円コース)。何の飾り気も無く、ただ皿に盛っただけ。でも、美味しいんだろうな。
食「何しろ、ご主人が岩館漁港の仲買人ですから」
↑岩館漁港
食「目の前の海で捕れた、新鮮な魚介類が存分に食べられます。
泊まらなくても、昼食や夕食だけでもオッケーです。
秋田市あたりから、料理だけ食べに来る人もいるそうです。
夏は、岩館海水浴場もありますから、子供連れに人気ですが……」
↑シャワー:40/トイレ:5/駐車場:600台/休み屋:300円(1人)
食「魚が美味しいのは、やっぱり冬ですね。
ハタハタ、タラ、アンコウ」
↑アンコウ。これを見ると引きますが……。とろけるような味でした(1度だけ食べたことあり)。
食「熱燗で食べる鍋は、応えられません」
↑まさに、鱈腹(たらふく)。
食「あー、お腹空いてきた」
み「さっき食べたばかりだろ」
律「何て云う名前の民宿なんですか?」
食「あ、失礼しました。
民宿『いがわ』と云います」
み「こりゃまた、シンプルなお名前。
ご主人の苗字かね?」
食「でしょうね」
み「じゃ、秋田県はこれで終わり?」
食「それでは、もう1つだけ。
駅近く、5分くらいですかね。
『漁火の館』という施設があります」
み「どういう施設じゃ?」
食「ブルーツーリズムを楽しむ施設です」
み「なに!
そんないかがわしい施設があるのか!
途中下車するかな?」
食「何がいかがわしいんですか?
また、ワザと聞き間違えましたね?」
み「うんにゃ。
はっきり聞いた。
ブルーフィルムを楽しむ施設じゃと」
食「こんな海っぱたに、そんなとこがあるわけないでしょ。
ブルーツーリズムです」
み「なんじゃい、それは?」
食「それじゃ、グリーンツーリズムって、聞いたことありませんか?」
み「金輪際ありません。
色に関係あるのか?」
食「大いにあります」
み「全身を緑色に塗って旅をするとか?」
食「そんなわけないでしょ。
グリーンツーリズムとは……。
都会の住人が農村に滞在し、自然や文化を体験する旅行のことです。
ヨーロッパで、1970年代以降、普及しました」
み「農業体験みたいなやつ?」
食「ですね。
日本でも、田植えや稲刈りを体験するツアーとか、あるでしょ」
み「新潟県の山村でも、確かやってたな」
食「旧八森町の本館地区には……。
『夕映えの館』という、グリーンツーリズムの体験施設もあります」
律「わかったわ。
それじゃ、ブルーは海ね?」
食「そのとおりです」
み「漁村に滞在するのが、ブルーツーリズム?」
食「そうです。
『漁火の館』は、そうした漁業体験が出来る施設です。
地元の名人から、釣りの手ほどきを受けることも出来ますよ」
↑ここまではしないと思いますが。
食「釣ったばかりの魚を、その場で調理して食べると……。
その美味しさには、みんな驚くそうです」
み「ほー。
海鮮好きには、堪えられまへんな」
食「素泊まりで、2,500円」
み「食料は、自分で採って来るの?」
食「もちろん、採って来たものも使われるでしょうが……。
3日前に予約すれば、ちゃんと準備してくれます。
時化とかに当たったら、海には近づけないでしょうし」
み「でもさ。
自然はともかく、文化も体験するとしたら……。
そうした施設じゃなくて、漁師さんの家にホームステイすべきなんじゃないの?」
↑こういう家ではないと思います。
食「ヨーロッパなんかでは、そうだと思います。
でも、日本じゃ難しいですよ。
受け入れ側の体制が」
み「ま、見ず知らずの人を泊めるわけだからね」
律「来る方も、民家に泊まるんじゃ、気詰まりなんじゃないの?」
み「日本には、ホームステイの文化が根づいてないからね」
食「結局、箱物を作らなきゃ、日本じゃ普及しないってことでしょうね」
み「ほかの色は無いの?」
食「聞いたことありませんね」
み「わたしとしては……。
ぜひ、ホワイトツーリズムを提唱したい」
律「わかった。
雪ね?」
み「左様じゃ」
食「なるほど。
雪国の暮らしを体験するわけですね?」
み「良かろ?」
食「ホワイトツーリズムという言葉は無いとしても……。
似たようなツアーは、ありますよ」
み「どんな?」
食「これから入る青森県には……。
『地吹雪体験ツアー』なるものがあります」
み「知ってる知ってる。
わざわざ角巻きかぶって、吹雪の原っぱに出るやつでしょ?」
食「ボクは、寒がりなので……。
ちょっと、パスですね。
ストーブ列車の方がいいです」
み「だらしないやつ」
食「あ、あれがチゴキ崎ですね」
み「誤魔化しおって」
律「あ、灯台」
食「チゴキ崎灯台です」
↑位置図
食「昭和29年に設置されました」
み「♪おいら岬の~」
食「♪灯台守は~。
ずいぶん古い歌、知ってますね」
み「中学の時……。
『オイラーの定理』っての、出てきたでしょ」
食「数学ですね」
み「数学だっけ?
化学じゃなかった?」
食「多面体の定理だったと思います」
み「ま、いいや。
中身は覚えてないから。
覚えてるのは、教師の寒いギャグ」
律「何よ?」
み「そのまんまだよ。
オイラーの定理って、言ってから……。
さっきの歌、歌ったの」
律「『♪おいら岬の~』?」
み「誰も知らないっつーの。
教室中、しーんとしちゃってね。
そのバカ教師、最近の生徒は、年々ノリが悪くなってくるとか言ってさ。
早い話、その歌を知ってる年代じゃなくなってきただけじゃない。
それに気づかないで……。
ずーっと毎年、おんなじギャグかましてたってこと」
律「Mikiちゃんは知ってたわけ?」
み「わたしはずーっと、ジジババの部屋で育ったからね。
懐メロには造詣が深いのだ。
いつごろの歌だと思う?」
律「江戸時代?」
み「そんなわけないだろ!
戦後すぐくらいだよ」
食「確か、昭和32年です。
木下恵介監督による映画『喜びも悲しみも幾歳月』の主題歌ですね」
み「なんでそこまで知ってる?」
食「あの映画に出てくる灯台を巡ってみたことがありますから」
み「どこが舞台なんですか?」
食「辺地に点在する灯台を……。
転々としながら駐在生活を送る燈台守夫婦の25年に渡る物語ですからね。
舞台となった灯台は、10箇所くらいありましたよ。
そうそう、佐渡の弾崎灯台もありました」
↓それでは、ダイジェスト版を御覧ください(主題歌の歌唱は、若山彰)。
み「あれ?
ずいぶん高いとこに登って来たね」
食「これこれ、これですよ。
ここからは……。
白波が砕ける岩場を、上から俯瞰するアングルが続くんです」
み「津波が来たら、逃げ場が無いのぅ」
律「またそういうことを言う!」
み「笹川流れを思い出すな」
食「知ってます。
新潟県北部の景勝地ですよね。
村上あたりでしたっけ?」
み「そうそう。
村上の北ね。
小さいころ、父に連れてってもらった。
アメフラシを捕まえたな」
↑笹川流れでの写真(出典)。わたしが捕まえたのは、こんなに大きくありませんでした。
食「そろそろ県境ですよ。
ここまで上がれば、津波の心配もありませんね」
み「今、どのくらいの高さなの?」
食「60メートルくらい登りました。
あ、県境の須郷崎です」
↑遠くに見える大陸みたいなのは、どこじゃ? ロシアじゃないよね。黄金崎かな?
食「この地名、須藤兵部と関係してるかも知れませんね。
須藤の“須”に、“郷(さと)”ですから」
み「秋田県よ、さようなら」
律「青森県よ、こんにちは」
み「思えば……。
長い長い秋田県であった」
律「青森県も長い?」
み「いつ抜けられることやら……。
って、いきなりトンネルじゃん」
食「3つくらい、続きますよ」
み「だんだん降りてきたな」
律「あ、鉄橋」
食「『第1入良川橋梁』です(画像が見つかりませんでした。読み方は“いらかわ”だと思います)」
み「また、ナンバーが付くわけ?」
律「第2は?」
食「わかりません。
線路が入良川を跨ぐのは、ここだけですから」
み「おかしいじゃないか。
誰か、教えてくれんもんかのぅ」
食「あ、次のトンネルの上に、昔の関所があったんですよ」
み「関所は昔に決まっておる」
↑長野県木曽町福島のマスコットキャラクター『福ちゃん』。関所を被ってます。
み「今の関所があってたまるか」
↑なんと、被り物を取った画像もありました。
律「揚げ足取らないの」
み「行稼ぎじゃ」
律「何て云う関所なんですか?」
食「大間越関所ですね」
み「聞いたことある名前だな」
食「五能線の撮影ポイント、『第2小入川橋梁』の上流を、大間越街道が跨いでました」
み「あ、その街道の関所か」
食「正確には、『口留番所』と云ったらしいです。
跡地は、公園として整備されてます」
食「見晴らしもいいみたいですよ」
み「高いとこから見張ってたわけだな」
食「佐竹藩と弘前藩の藩境ですからね。
国境警備の意味合いもあったようです」
↑これは、福ちゃんの木曽福島の関所(長野県木曽郡木曽町福島)。
み「どのくらいの通行があったの?」
食「月平均で40人くらいだったと云います」
み「は?
てことは、1日に2人いないわけ?」
食「ま、誰も通らない日も、多かったんじゃないですか」
↑『木曽福島関所跡』。上の絵の場所でしょうか? ちょっと違う気も……。
み「何人くらい詰めてたの?」
食「町奉行が1人に、町同心や町年寄が15人。
名主2人に、月行事5人ですかね」
み「そこまで知ってるのは、不自然じゃないか?」
食「ボクに言わないでください」
み「まぁ、いい。
で、何人になるんだ?」
食「23人です」
み「多すぎだろ。
1日に1人しか通らないのに」
食「藩士は、奉行と同心だけで……。
あとは、地元の住民ですよ」
み「民間人か。
そんなんで警護なんか出来るのかね」
律「実際に、関所破りとかはあったんですか?」
食「ここに限らず、滅多には無かったようです。
ていうか、あっても、表沙汰にならなければ……。
無かったと一緒ですしね」
み「捕まえるケースは、少なかったってわけ?」
食「関所の役人も、お尋ね者でもない限り……。
大ごとにはしなかったようですよ。
なにしろ、ほんとに捕まえてしまえば磔(はりつけ)ですからね」
↑20~30回、槍で突かれます。たいていは、数回で絶命したそうですが。
食「箱根の関所でも、未遂で捕まった者については……。
“薮入り”と云って、道に迷ったものとして処理する場合が多かったようです。
実際、関所破りについては、ほとんど記録に残ってないんです。
箱根でも、お玉くらいじゃないですかね」
み「お玉って、女の人?」
食「奉公に出たばかりの子供ですよ」
み「どうして捕まったの?」
食「聞きたいですか?
可哀想な話ですよ」
み「ここまで聞いて、止めるわけにはいかんだろ。
最後まで聞くのが、人としての務めです」
食「ま、時代もまだ早かったせいもあるんでしょうけどね。
元禄15年のことでした」
み「♪時に~」
食「♪元禄15年~」
み「いちいち乗るなよ。
西暦何年?」
食「1702年です」
み「江戸幕府が出来て、ちょうど100年くらいだね」
食「お玉は、伊豆国大瀬村の生まれでした」
↑伊豆半島の最南部です。気候がいいんだろうな。
食「で、江戸に住む叔父さんの家に、奉公に上がったんです。
でも、どうしても江戸の暮らしに馴染めず……。
寂しさに泣き暮らす毎日だったようです」
み「いじめられたんじゃないか?」
食「可能性は、大でしょうね」
み「叔父さんの嫁が怪しい」
律「案外、娘かもよ」
み「あり得るね」
食「で、とうとう辛抱できなくなり……。
叔父さんの家を飛び出しました」
律「追い詰められたのね」
食「箱根の関所近くまで来ましたが……。
当然、道中手形など持ってません。
お玉は、屏風山を越えようとしますが……」
食「山の上まで、ずーっと柵が巡らされてました」
食「でも、懸命に探して、小さな破れ目を見つけました。
体が小さかったお玉は、その間を抜けようとしたんです」
み「その柵さえ越えれば、家に帰れるんだもんね」
食「でも、残念ながら体が挟まり、身動きが出来なくなりました」
み「そこを、役人に見つかったわけ?」
食「いえ、見つけたのは村人だったそうです」
律「どうして見逃してやらなかったの!」
食「見つけたのが1人だったら、そうしたかも知れませんね。
たぶん、数人で通りかかったんじゃないかな」
み「共有の秘密に出来るほど、仲が良く無かった?」
食「じゃないですか。
ヘタに助けたりしたら、仲間にチクられかねない。
可哀想だと思いつつ、役人に知らせたんでしょう」
み「神も仏もないわなぁ。
助けないまでも……。
せめて、見ぬふりして行ってくれれば」
食「でも、2月だったそうですからね。
箱根の山中で放って置かれたら、たぶん凍死です」
み「はぁ。
つくずく運が無いわ」
食「役人も、村人からの通報があったんでは……。
表立って処理するしかないでしょう」
み「どうなったの?」
食「2ヶ月間、獄屋に入れられた後……」
食「処刑されました」
み「無残な……」
食「でも、本来なら磔のところを……」
食「刑がひとつ軽くされたそうです」
み「どんな刑よ?」
食「獄門です」
み「ぜんぜん軽くないだろ!」
食「お玉の首を洗ったと云う池は、『お玉ヶ池』と名付けられました」
み「化けて出てやれば良かったんだよ」
律「親は、堪らなかったでしょうね」
み「奉公に出したのは、自分たちなんだもんね」
食「時代が悪かったんでしょう。
江戸時代も半ばを過ぎると……。
監視も緩くなって、賄賂を出せば通れたそうですから」
食「ま、お玉はお金を持ってなかったでしょうから……。
追い返されてしまったかも知れませんけど」
み「賄賂か。
ほんとに、そんなにいい加減だったの?」
食「“抜け参り”ってのが流行ったの、知ってます?」
み「あ、お伊勢参りだね」
↑歌川広重『伊勢参宮 宮川の渡し(部分)』
食「奉公人たちが、主人に無断で、突然伊勢参りに出かけたわけです。
当然、通行手形なんて持ってませんから……。
本来なら、箱根の関所で止められたはずです」
↑箱根関所資料館
み「役人に賄賂を渡して?」
食「あるいは、抜け道を通ったのかも知れません。
そのころには、抜け道の案内人がいたそうですから。
金を取る商売として成り立ってたようです」
み「そっちの方が、役人に渡す賄賂より、安く済んだのかね。
でも役人が、大っぴらに関所を通していいもんだったわけ?」
食「逆方向に追い返すんです」
み「なんじゃそれは?」
食「駕籠なんかだと、役人がワザとよそ見をしてる隙に……。
駕籠かきが、駕籠の向きを反対に変えます」
↑『岐阻道中 熊谷宿 八丁堤ノ景』画:渓斎英泉
食「で、おもむろに向き直った役人は、『手形が無ければ、通すわけにいかぬ! 帰れ!』と叱りつける。
駕籠かきは、恐れ入った風体で、そのまま後ずさっていくんですね。
でも実際は、出て行ってしまってるわけです」
み「まるっきり落語じゃないか」
食「お玉も、こんな時代だったら、見逃されたでしょうにね」
み「関所ってのは、悲喜こもごもの物語が詰まってるとこなんだな。
窓から顔出せば見えるかな?」
食「窓なんか開きませんって。
見ればわかるでしょ」
↑こちらの窓の外は、なぜか品川です。
み「それじゃ、こんなに海際を走ってるのに……。
海の匂いを感じられないってことじゃん」
食「鈍行なら、存分に味わえますよ。
車内もガラガラだから、窓開けても怒られませんし」
み「ふーむ。
鈍行に乗り換えるか?」
律「イヤよ。
こんなに快適なのに」
み「だよな。
何に乗っても、風景だけは一緒だ。
あ、トンネル入っちゃった。
何も見えん」
食「当たり前でしょ」
み「『汽車ポッポ』の歌で……。
『♪トンネルだ、トンネルだ、うれしいな』って歌詞があるけど……。
アホとしか思えんよな。
いったいトンネルの、どこがうれしいわけ?」
↑童謡『汽車ぽっぽ』
食「昔は、夏場なんか、窓を開けて走ってたでしょうから……。
トンネルに入るたび、そこらじゅうでバタバタと窓閉めの騒ぎがあったりして……。
面白かったんじゃないですか?」
み「蒸気機関車の煙対策か」
食「子供たちは……。
そんな不便さにも、日常とは違う、旅の楽しさを感じるのかも知れませんね」
み「あ、トンネル出た……。
と思ったら、鉄橋だ。
日本の地形って、『汽車ポッポ』の歌詞通りだよな」
食「それは、『汽車ポッポ』ではなく……。
『汽車』ですよ」
み「そうだっけ?」
食「『♪今は山中今は浜』でしょ」
み「それそれ。
♪今は鉄橋渡るぞと」
食「♪思う間も無くトンネルの」
律「♪闇を通って広野原」
食「乗ってて飽きませんよ。
外国の鉄道なんて……。
まっ平らな同じ景色のところを、延々と走る路線が少なくないですからね」
↑シベリア鉄道の車窓。1日中、同じ景色の日もあるそうです。
食「ほら、集落が見えて来ました」
み「久しぶりに人家を見るな」
食「県境のあたりは、人家のない断崖がずっと続きましたからね。
鉄道だと、あっという間ですが……。
昔は、歩いて山を越えたわけです。
関所を通って、この集落の竈の煙を見た旅人は……。
ホッとしたと思いますよ」
み「ここは、なんてとこ?」
食「大間越です」
み「ここがそうか。
“大間越”って、そもそもどういう意味なんだ?」
食「大間は、船の入れる入江のことだそうです」
み「ふーん。
そこを越えるってことか」
食「駅を通過しますよ。
『大間越駅』です」
み「これがホンマの、大間越し」
ちなみに、駅舎は↓こんなです。
なんとも、形容しがたいデザインですね。もちろん無人駅。窓が無駄にデカいのは、照明を点けなくていいようにでしょうか?
なお、初セリのマグロの産地で有名になった大間町は、下北半島の最北端にあり、大間越とは別の場所です。
でもたぶん、“大間”が入江を表すという語源は一緒なんでしょうね。
み「青森県最初の駅には停まらないわけね。
大分、海が近くなったな」
食「このあたりは、海抜10メートルを切ってると思います。
『岩館駅』は、30メートルくらいありましたからね」
↑側面展望『岩館』→『十二湖』【13:15にトンネルを抜けると、大間越の集落(たぶん)】
み「津波が心配じゃ」
律「またそれを言う!
でもほんと、山側には田んぼも見えてきて……。
平坦地って感じになったわよね」
食「松林の向こうに、砂浜が見えますよ」
律「ほんと。
さっきまでは、岩だらけだったのに」
み「『♪今は山中、今は浜』だね。
そう言えば……。
青森県最初の町の説明が無かったぞ」
食「ご存知なかったんですか?」
み「ご存知のわけあるかい」
食「普通、調べてから来ません?」
み「来ませんでした」
食「深浦町(ふかうらまち)ですよ」
食「日本海に面してますから、青森県内では温暖な地域です」
み「あ、対馬海流?」
食「ですね。
また駅、通過します」
み「2つ目も通過かい。
青森県に失礼なんじゃないか?」
食「いちいち停まってたら、快速とは言えないでしょ」
み「秋田県の最後じゃ……。
『あきた白神』と『岩館』に連チャンで停まったでしょ。
青森県を軽視しとるんじゃないか?」
食「違いますよ。
『リゾートしらかみ』の停車駅数では、青森県の方がずっと多いんです。
確か、秋田県が8つで、青森県が14です」
↑冬期間は、千畳敷に停車しません。
み「あ、そうなの。
それで、秋田県境あたりで、帳尻合わせしたのか」
食「そんなこともないでしょうけど。
でも、要望はあったかも知れませんね。
はい、『白神岳登山口』通過です」
↑左手に海、右手に山。素晴らしいロケーションです。
↓でも、駅舎は強烈。
農作業小屋のようです。
↓内部は、こんな(絶句)。
↓1日に、5本ずつしか電車が来ません。
冬、乗り遅れたりしたら、凍死するんじゃないでしょうか?
み「ほー。
こっから白神山地に登るわけね」
食「白神山地の世界遺産登録後に、名称が変更になったんです。
確か、平成12年だったと思います。
それまでは、『陸奥黒崎』という駅名でした」
み「なるほど。
それじゃ、わかりづらいよな」
って……。
せっかくわかりやすくなっても……。
通過したんじゃ意味ないじゃないの」
律「それもそうよね」
み「山に入る人は、鈍行で来るってことか?
そうか、わかった。
登山の人って、荷物がスゴい大きいじゃない」
み「だから鈍行なのよ」
律「なんでよ?」
み「この『リゾートしらかみ』でもそうだけど……。
座席指定だから、荷物の置き場が無いでしょ。
大きい荷物は、網棚にも乗らないだろうし」
み「隣の席が空いてなかったら、ずっと抱いてなきゃならないよ。
だから、ガラガラの鈍行で来るってわけ。
だろ?」
コメント一覧
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1. 八十郎- 2013/03/19 20:45
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相変わらずいいですねえ、“行こう”シリーズ。
生き生きとして、Mikikoさん益々健在に感じます。
私にとって印象的な東北の思い出は、
やはり恐山の青森、
そして岩手でしたか、立って入る小判型の温泉。
強風で大間鉄道は脱線することがある、
とタクシーの運ちゃんに聞いて感心した私でした。
離れ小島に 南の風が
吹けば」春来る 花の香便り
高峰美枝子さん、おきれいですねえ。
駅舎の中で中心を占める黄色いものは
何でしょうか。
何であれ、必要な物でしょうし、
面白い風景でした。
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2. Mikiko- 2013/03/20 08:14
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http://blog-imgs-48-origin.fc2.com/m/i/k/mikikosroom/20130303104554de2.jpg
除雪道具ですね。
なぜ黄色いのかは不明ですが。
ちなみに新潟では、赤が主流です。
手前は、降ったばかりの軽い雪を払う道具。
奥の方は、スノーダンプと呼ばれてます。
重たい雪を載せて運ぶ道具です。