Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
東北に行こう!(58)
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み「ま、休んで正解だよ。
 まー、実に感心するほど面白くない小説。
 冒頭だけは、強烈だけど」
律「どういう風に?」
み「城崎温泉に行った理由が、冒頭の1行に書いてあるんだけど……。
 なんと!
 電車にはねられた養生だって」
律「よく無事だったわね」
み「死ぬだろ、普通」
律「それからどうなるの?」
み「蜂が死んでました」
蜂が死んでました

律「何それ?」
み「それしか覚えてない。
 読むのも書くのも、お互いに時間の無駄だろって感じだったね」
律「ヒドいこと言うのね。
 有名な小説家じゃないの」
有名な小説家じゃないの
↑67歳だそうです。老けてますねー。

み「巨匠は腐してもいいの。
 わたしが何を言おうが、向こうの評価が変わるわけ無いんだから」
食「『余部鉄橋』を続けていいですか?」


み「おう。
 続けたまえ」
続けたまえ

食「なんか……。
 引っかかりますが、あえてスルーして続けます。
 『余部鉄橋』があるのは、兵庫県美方郡香美町の香住区になります」
兵庫県美方郡香美町の香住区

み「区?
 なんでそんなとこに区が付くんだ?」
食「合併ですよ。
 “区”は、地域自治区のことです」
み「なにそれ?」
食「合併特例のひとつです。
 市町村が、その区域内の地域に、市町村長の権限に属する事務を分掌させ……。
 地域住民の意見を反映させつつ、これを処理させるため設置する自治・行政組織のことを云います」
み「↑Wikiからコピペしたな」
食「旧町名は、城崎郡香住町です」
旧町名は、城崎郡香住町です

み「郡が変わったってこと?」
食「ですね。
 日本海に面した地域です。
 『余部鉄橋』が架かるのは、山陰本線になります」
『余部鉄橋』が架かるのは、山陰本線になります

み「おー。
 山陰本線。
 旅情を感じる線名だねぇ」
雨の滝山信号場(鳥取市)
↑雨の滝山信号場(鳥取市)

み「乗ったこと無いけど。
 でも、日本海側が山陰で、反対側が山陽ってのは……。
 ちょっと引っかかるよな。
 裏日本と表日本みたいで」
裏日本と表日本みたいで

食「冬のお天気からいくと、まさに名前そのものですよ」
み「確かになぁ」
食「お日さまは、山の南側を通るわけですから……。
 陽のあたる側が“山陽で”、反対側が“山陰”ってのは、理にかなってますよ」
み「山のすぐ裏側は、影になるかも知れないけど……。
 日本海側まで影になるわけじゃないだろ」
食「そりゃそうですけど」
み「そもそも、大昔は、表日本と裏日本は、真逆だったんだよ」
大昔は、表日本と裏日本は、真逆だったんだよ

律「どうして?
 日本列島が裏返しだったの?」
み「そんなわけないでしょ。
 日本海側が、中国や朝鮮との交易の窓口だったから」
律「太平洋側は、アメリカなんかの窓口でしょ?」
み「あのね。
 大昔って言ったでしょ。
 昔の航海術じゃ、太平洋を渡ることなんか出来なかったの」
昔の航海術じゃ、太平洋を渡ることなんか出来なかったの

み「つまり、太平洋側では、『海=地の果て』だったわけ。
 その点、日本海は、よその国までも繋がる交通路だった」
日本海は、よその国までも繋がる交通路だった

み「古代出雲を始め……。
 日本海側が、まさに“表日本”として栄えてたんだよ」
古代出雲大社の想像図
↑古代出雲大社の想像図

律「へー」
食「あの。
 話題が、あまりにも遼遠になってますけど。
 そろそろ、『余部鉄橋』、進めていいですか?」
古代出雲大社に似てませんか?
↑古代出雲大社に似てませんか?

み「おぅ、そうじゃった。
 進めたまえ。
 そもそも、いつごろ出来た橋なんだ?」
食「1912年、明治45年ですね」
み「てことは、ほぼ100年?」
食「運用期間、98年でした」
み「惜しい。
 もう2年、待てなかったものかね?」
食「98年間も保ったこと自体、奇跡に近いんじゃないですか。
 日本海が真ん前にあるんですよ」
日本海が真ん前にあるんですよ

食「冬場、鉄橋には、容赦なく潮風が吹き付けます」
冬場、鉄橋には、容赦なく潮風が吹き付けます

み「そうか。
 鉄は錆びるんだよね」
余部鉄橋の橋梁です
↑余部鉄橋の橋梁です。

み「何か秘密があるの?」
食「秘密なんかありません。
 保守、保守、また保守です。
 人間が手をかけ続けて、そこまで保たせたんです。
 保守を怠ってたら、いったい何年保ったか。
 なにしろ、完成からたった3年で、塗装を直さなきゃならなかったくらいなんですよ。
 5年目からは、腐食した部品の交換が始まりました」
5年目からは、腐食した部品の交換が始まりました

食「その5年目からは、橋守(はしもり)が置かれたんです」
み「橋守って……。
 また、古典的な呼び名だね。
 『余部鉄橋』専属なわけ?」
食「そうです。
 橋の下の作業小屋に詰めて、保守作業にあたったんです」
み「そういう人たちのお陰で……。
 海っぱたの鉄橋が、98年も保ったわけか。
 それだけ、大事な橋だったんだね」
食「この『余部鉄橋』が出来るまでは……。
 舞鶴から境までは、鉄道連絡船が繋いでたんです」
舞鶴から境までは、鉄道連絡船が繋いでたんです
【阪鶴丸】舞鶴・夕方4時発 → 境・午前8時着
【第二阪鶴丸】境・昼2時半発 → 舞鶴・午前8時着
↑上りと下りで、1時間半も違います。対馬海流を考えれば、もっと違うってことじゃないのか? なぜじゃ?

食「京都を出て、出雲に着くまで、24時間19分もかかってました。
 それが、『余部鉄橋』のおかげで、12時間49分に短縮されたんです」
『余部鉄橋』のおかげで、12時間49分に短縮されたんです

み「丸一昼夜が、半日になったってわけか」
食「そうです」
み「でも、いくら保守をしても……。
 100年の記念日を迎えさせられないほど……。
 老朽化が進んだってこと?」
老朽化が進んだってこと?

食「ま、保守が追いつかなくなってきたというのは、間違いないでしょうけど。
 例の橋守も、昭和38年までで廃止されましたし」
例の橋守も、昭和38年までで廃止されました

み「何で廃止するわけ?
 経年劣化を考えれば……。
 むしろ、増員が必要でしょ」
食「いや。
 保守自体は、もちろん行われてます。
 『余部鉄橋』の専属じゃなくなっただけで。
 保線区に引き継がれてますね」
保線区に引き継がれてますね

み「ふーん。
 引き継がれたってことは……。
 橋守の人って、国鉄の職員じゃなかったの?」
食「いえ。
 職員ですよ。
 最初は、建設時の塗装を請け負った日本ペイントの社員が、鉄道院に採用となり……。
建設時の塗装を請け負った日本ペイントの社員が、鉄道院に採用となり……

食「橋守を勤めたそうです」
み「鉄道院?
 鉄道省じゃないの?」
鉄道省じゃないの?

食「鉄道省は、1920年、大正6年からです。
 その前身が、鉄道院になります」
その前身が、鉄道院になります
↑ウォルサム製の公式時計(1912年)

み「なるほど。
 『第2小入川橋梁』のころは、すでに鉄道省になってたわけか」
食「そうです。
 で、橋守に話を戻しますが……。
 昭和38年まで、代々6人の方が、橋守として錆と戦い続けたんですよ」
昭和38年まで、代々6人の方が、橋守として錆と戦い続けたんですよ
↑歴代の橋守

み「なんで廃止しちゃったかねー。
 なんか納得出来ないけど」
食「やっぱり、ひとつの橋に専属ってのは……。
 予算とかの査定が厳しくなると、難しくなったんじゃないですか」
予算とかの査定が厳しくなると、難しくなったんじゃないですか

み「また金の話か」
食「時代に合わなくなったってことでしょうね。
 あと、橋の掛け替えが急がれたのには……。
 実は、老朽化以上に大きな理由があるんです」
み「なんじゃい」
食「昭和61年に、列車の転落事故がありましてね」
昭和61年に、列車の転落事故がありましてね

食「ご存知ですか?」
み「おー。
 事故の報道自体は、覚えてないけどね。
 でも、事故の影響は、今、身に沁みて味わってる」
律「どういうこと?」
み「あの事故のお陰で……。
 新潟でも、冬のダイヤが当てにならなくなったの」
新潟でも、冬のダイヤが当てにならなくなったの
↑雪の新潟駅

律「何で新潟のダイヤに影響するのよ?」
み「列車の運行基準が変わったんだよ。
 今は、風速20メートル以上で、徐行運転になるからね。
 徐行って、何キロなの?」
食「時速25キロです」
み「それじゃ、ダイヤが乱れるわけだ。
 さらに、風速25メートルになると……。
 運転見合わせだよ」
風速46メートル。さすがにこれはヤバい
↑風速46メートル。さすがにこれはヤバい。

食「『余部鉄橋』では、さらに厳しく……。
 風速20メートルで、運行停止になりました。
 これによって、冬場の定時性が、著しく低下することとなりました。
 はっきり言って……。
 通勤通学の足としては、まったく当てにならなくなったんです。
 年間300本以上の列車が運休になりましたから」
み「しかし、何でこう一律に止めてしまうのかね?
 すべての路線で、同じ規則にするのは間違っとる。
 止めるかどうかは、人が判断すればいいだろ」
食「責任重大ですよ」
み「それが職責というもんだろ。
 数字だけで運用するなら……。
 人間なんかいらんわい。
 みんな機械にしてしまえばいい」
みんな機械にしてしまえばいい

律「また、極論言うんだから」
食「一律に止めるようになったのは、事故原因と大いに関係してるんですが……。
 それは、おいおい語らせていただきます」
み「大きく出たな。
 そう言えば、以前……。
 メジャーリーガーに、カタラナートという選手がいたな」
律「メジャーリーグなんて、見てるの?」
み「見てないわい。
 ニュースのスポーツコーナーで聞いたの。
 確か、イチローと首位打者を争ってたんだよ。
 それで、朝のニュースでも、名前が出てきたんだと思う。
 誰かが、ダジャレを言ってたし」
律「どんな?」
み「どんなって、何の捻りもなく、そのままだよ。
 『カタラナートについて、語らなーといけません』とか」
律「……」
み「絶句するでしょ。
 誰が言ったんだったかな?
 ジョー小泉か?」
ジョー小泉か?

食「ジョー小泉は、ボクシングでしょ」
み「でも、テレビであんなダジャレ言うヤツ……。
 ジョー小泉くらいしか考えられないけどね」
食「話を、戻しますね」
み「おぉ。
 カタラナートいけませんか?」
食「ぜひ、語らせてください」
み「どこまで語った?」
食「日常的な足として、鉄道を利用してる人にとって……。
 『余部鉄橋』の架け替えは、まさに悲願だったというところからです」
み「なるほど。
 あと2年で100年なのになんて言ってるのは……。
 毎日利用してない人間の発想ってことだね。
 逆に云えば、98年もよく保ったよ」
食「建設当時の部材の精度が非常に高く……。
 最後まで、狂いが生じなかったそうです」
最後まで、狂いが生じなかったそうです

み「おー、スゴいじゃないか。
 明治の日本」
食「残念ながら……。
 部材はアメリカ製です」
部材はアメリカ製です

み「ありゃ、そう。
 でもそれを、98年も保つ橋として組み上げたのは……。
 日本人でしょ?」
食「もちろん、そうです」
み「手抜き工事で経費を浮かそうなんて発想は……。
 誰ひとり持ってなかったんだろうね」
食「ものすごい橋を作るという誇りのもと……。
 関わった人全員が、全力で取り組んだでしょうね」
関わった人全員が、全力で取り組んだでしょうね
↑建設当時の写真

み「その橋の寿命を縮めたのが……。
 老朽化じゃなくて、運行規則の変更だったってのは、皮肉な話だね。
 原因となった事故って、どういうものだったのよ?」
食「事故の発生は……。
 1986年、昭和61年でした」
1986年、昭和61年でした

み「え、そんな昔だったの?
 それじゃ、覚えてないはずだ。
 まだ、電車利用してないころだもん」
律「わたしは、まだ生まれてなかったかも」
み「この女はほっといて、話えお進めてちょうだい」
律「なんでよ!」
食「それでは、改めまして……。
 語らせていただきます」
 時は!」
み「♪元禄15年~」
♪元禄15年~
↓『俵星玄蕃』、ぜひお聞きください。


食「違います。
 いきなり腰を折らないでください」
み「力が入りすぎだろ。
 講談じゃないんだから」
田代まさしではない。田辺一鶴という講談師です(故人)
↑田代まさしではない。田辺一鶴という講談師です(故人)。

食「力を抜いてなんか語れない事故です。
 あれは、昭和61年も押し詰まった、12月28日のことでした。
 時刻は、13時25分。
 日本海からの風速33メートルの突風に煽られ……。
 客車の全車両が、橋の真ん中から転落したんです」
み「あの橋、高さってどれくらい?」
食「41.5メートルです」
橋梁を渡る列車から撮影
↑橋梁を渡る列車から撮影。

み「『第2小入川橋梁』より……。
 えーと、17メートルも高いわけか」
食「ビルの12階くらいですね」
『凌雲閣』こと、浅草十二階。尖塔があるので、高さは52メートルだったそうです
↑『凌雲閣』こと、浅草十二階。尖塔があるので、高さは52メートルだったそうです。

み「そこから、列車が真っ逆さま?」
食「そうです」
み「大惨事じゃないの」
食「6名の死者が出てます」
み「え?
 たった、6名?
 何でよ?
 何両が落ちたの?」
食「7両でした」
7両でした

み「それが、ビルの12階の高さから、真っ逆さまに落ちたんでしょ?
 福知山線級の事故じゃない」
食「回送列車だったんです」
回送列車だったんです

み「なんだ!
 それを早く言えよ」
食「でも、福知山線の事故と、妙な暗合があるんです」
み「どんな?」
食「回送される前の客車列車は、『みやび』と名付けられた臨時列車でした。
 買い物ツアー客なんかを載せたお座敷列車だったんですが……。
 この列車の始発が……。
 福知山駅だったんです」
福知山駅だったんです

み「うわ。
 ちょっと鳥肌立った」
食「でしょう。
 福知山駅を、朝の9時26分に出発し……。
 11時49分、鉄橋手前の香住駅で、すべての乗客を降ろします。
 その後、橋を渡った浜坂駅に回送するため、香住駅を13時15分に発車しました」
香住駅を13時15分に発車しました

み「で、13時25分、『余部鉄橋』に差し掛かったわけだね」
食「そうです」
み「もし仮に……。
 その臨時列車が、乗客を載せたまま『余部鉄橋』を渡ってたら……」
その臨時列車が、乗客を載せたまま『余部鉄橋』を渡ってたら……
↑余部鉄橋を渡る『みやび』。

律「怖いわね」
み「臨時列車には、何人乗ってたの?」
食「174名です」
み「ひえー。
 それで、7両も繋いでたのか。
 それが落ちてたら、大変な事故だったね」
食「それだけ乗客が多ければ、落ちなかったかも知れません」
み「何でよ?」
食「回送列車が落ちたのは、空荷で軽かったからだと思います。
 実際、落ちたのは客車だけで……。
 先頭のディーゼル機関車だけは、橋梁に残りましたから」
電化区間を走る『みやび』。デビューから1年も経たない、真新しい車両でした
↑電化区間を走る『みやび』。デビューから1年も経たない、真新しい車両でした。

み「引っ張られて落ちなかったのかね?
 ディーゼル機関車って、そんなに重いの?」
食「『DD51』でしたから」
み「おー、『DD51』か!」
食「ご存じですか?」
み「知らいでか。
 オレンジ色の憎いヤツよ」
オレンジ色の憎いヤツよ

食「北海道では、ロイヤルブルーに装って……。
 トワイライトエクスプレスを引いてますよ」
トワイライトエクスプレスを引いてますよ

み「重連だろ」
重連だろ

食「詳しいですね」
み「『DD51』に関しては、ちょーっとばかしうるさいのだ」
律「『DD51』って、何よ?
 『D51』の間違いじゃないの?」
『D51』の間違いじゃないの?

み「これだから、素人は……」
これだから、素人は……

み「そもそも、『D51』の“D”って、どういう意味か知ってる?」
律「そのくらい知ってるわよ。
 デコイチの“D”でしょ?」
み「アホか!
 逆だろ。
 『D51』だから、デゴイチなの!
 って、あんたさっき、デコイチって言わなかった?」
律「デコイチでしょ?」
み「濁れよ!
 デコじゃなくて、デゴ」
律「デコよ」
み「それじゃ、D58はデコッパチか?」
それじゃ、D58はデコッパチか?

律「そんなこと言ってないでしょ。
 デコですよね?」
食「両方使われてます。
 現場では、“デコイチ”って呼んでたみたいですよ(参照)」

律「ほらみなさい」
み「くっそー。
 その現場は間違っとる。
 それじゃ、“D”の意味はわかったの?」
律「知らないわよ」
み「それじゃぁ、教えてつかわそう。
 “D”ってのは、動輪の数を表してるわけ」
律「動輪の“D”?」
み「ちぎゃう!
 動輪は日本語だろ!
 そもそも、動輪ってなんだかわかる?
 機関車の脇に付いてるでっかい車輪のことよ。
 “A”なら、1つ。
 “B”だと、2つ。
 “C”は、3つ」
『ばんえつ物語号』の『C57』
↑『ばんえつ物語号』の『C57』。

み「そして、“D”が4つなの」
『D51』
↑『D51』。

律「“Z”なら、26ってことね」
み「そんなムカデみたいな機関車があるか!」
そんなムカデみたいな機関車があるか!
↑アメリカには、こんな機関車も。

み「そしたら……。
 『DD51』に付く、もう一つの“D”は何でしょう?
 数字には関係なくて、単に英単語の頭文字よ。
 簡単でしょ?」
律「デンジャラス?」
み「デンジャラスなのは、おまえじゃ!
 ディーゼルの“D”だろ!」
食「ほんとに詳しいですね」
み「ちなみに、電気機関車は“Electric”で“E”なのじゃ」
食「いや、驚いたな」
み「思い知ったか。
 ハーレクインに聞いたのではないぞ。
 最初から知っておったのだ」
律「鼻の穴、膨らませすぎ」
食「話を続けていいですか?」
み「続けたまえ」
食「恐れ入ります。
 そんなわけで……。
 機関車だけ橋の上に残り……。
 客車はすべて転落したわけです」
み「回送列車で軽かったからだったな」
食「一概には言えませんけど……。
 そういう可能性もあるということです」
み「でも、逆に……。
 回送列車だったら、6人も亡くなったってのが不思議だけど」
律「運転手さんは、ご無事だったんでしょ?
 機関車は落ちなかったんだから」
食「はい。
 列車に乗ってた方で亡くなられたのは、車掌さんお一人でした」
み「じゃ、あとの5名の人は?」
食「鉄橋の真下にあった、カニ加工場の従業員です。
 すべて、地元の主婦の方たちでした」
鉄橋の真下にあった、カニ加工場の従業員です

み「それは……。
 切ないなぁ。
 でも、どういう経緯で、事故が起きたのよ?
 風速、何メートルだっけ?」
食「最大風速は、33メートルだったようです」
み「当時でも、停止しなきゃならん風でしょ?」
食「25メートル以上で、運行停止でした」
み「何で、そういうことになったわけ?」
食「風速25メートルを示す警報は、2回鳴ってました」
風速25メートルを示す警報は、2回鳴ってました
↑イメージです。

み「でも、停止しなかった?」
食「当時は、警報が鳴っても……。
 列車への停止指示は、司令室の判断で行ってたんです」
み「司令室が、停止指示を出さなかったわけ?」
食「経緯はこうです。
 1回目の警報が鳴ったのは、13時10分でした。
 臨時列車『みやび』は、まだ終点の香住駅ですね」
カニが名物なのがわかります。お客さんは、正月用の海産物を買いに来たんでしょう
↑カニが名物なのがわかります。お客さんは、正月用の海産物を買いに来たんでしょう。

食「司令室は、香住駅に風速を問い合わせました」
み「風速は、香住駅で測ってるわけ?」
食「違います。
 鉄橋中央の両側に、自動風速発信器が設置されてました。
 この風速計が25メートルを超えると、福知山鉄道管理局の司令室に赤ランプが点灯し……」
福知山鉄道管理局庁舎(現・JR西日本福知山ビル)
↑福知山鉄道管理局庁舎(現・JR西日本福知山ビル)

食「警報が鳴る仕組みです」
み「警報は、鳴ったんでしょ?
 何で、香住駅に風速を問い合わせる必要があるのよ?」
食「あ、司令室では警報が鳴るだけで、風速は表示されないんです。
 風速が表示されるのは、香住駅なんです」
み「なんか……。
 『もう少し頑張りましょう』ってシステムだわね。
 で、香住駅の回答はどうだったわけ?」
食「風速は20メートルで、異常なしとの回答でした」
み「警報が鳴ったときだけ……。
 瞬間的に、25メートルを超えたってこと?」
食「でしょうね。
 問い合わせたときは、すでに風速が落ちてたわけです。
 で、回送を待つ『みやび』は、まだ香住駅に止まったままでしたし……。
 反対側から来る列車も無かったことから、様子を見ることにしたんです」
み「うーむ。
 あながち、頭ごなしには責められない対応だわな」
食「で、そうこうしてるうちに、2回目の警報が鳴りました。
 時間は、13時25分です。
 回送列車となった『みやび』は、10分前に香住駅を発車し……。
 すでに、鉄橋の直前まで来てました。
 司令室は、もう停止命令を出しても間に合わないと判断し……。
 信号を操作しませんでした」
み「本来は、どういう方法で列車が止めらことになってたわけ?」
食「鉄橋の両端に、『特殊信号発光機』というのが設置されてます」
『特殊信号発光機』というのが設置されてます
↑余部鉄橋の画像ではありません。

食「五角形をしていて、5つの赤灯が付いてます。
 司令室が、これを遠隔操作します。
 すると、信号の赤いランプがぐるぐる回って、危険を知らせるわけです」
信号の赤いランプがぐるぐる回って、危険を知らせるわけです

み「つまり、鉄橋に進入しようとしてた回送列車に対しては……。
 この信号を作動させなかったということ?」
食「そうです。
 運転手は、警報信号が点灯してないことを確認し……。
 鉄橋に進入しました」
み「間が悪いっちゃ、それまでだけど……」
食「結果は、あまりにも厳しかったわけです。
 この経緯を受けて……。
 運行停止の判断を司令室が行うというシステムは、廃止されました」
み「機械の警報が鳴ったら、即停止というわけ?」
食「そういうことです。
 風速発信器と信号を直結しました。
 間に、人の判断が介在しないようにしたんです」
間に、人の判断が介在しないようにしたんです

み「あのときも……。
 最初の警報で信号が点灯してれば、事故は起きなかったわけだ」
食「そういうことです。
 もっとも、あの事故の後は……。
 警報が鳴ったら即止めるようにしてたでしょうから……。
 事実上、警報即停止で運用されてたんじゃないですか?」
み「自分の判断間違いで、事故が起きたら……。
 責任重大だもんね」
食「実際、あの事故で列車を停止させなかった責任を問われ……。
 福知山司令室の指令長と指令員3名に、有罪判決が下ってます」
み「ひょえー。
 それじゃもう、警報が出ても止めない指令員なんか、いるわけないわな」
食「そういうことです」
律「風って怖いのね。
 遅れるくらい、我慢しなくちゃ」
雪の新潟駅
↑雪の新潟駅。

み「人ごとだと思って。
 朝の5分、10分は、身を削られるような時間なの」
律「最初から早めに出ればいいじゃない」
最初から早めに出ればいいじゃない

み「人のこと言えるのか。
 東日本大震災のとき、酔っ払って出勤出来なかったくせに」
律「あれは、もともと非番の日だったでしょ!
み「さいざんすか。
 まぁ、ええわ。
 しかし……。
 風速33メートルって、そんなにスゴい風なのかね?
 電車がひっくり返るほどの。
 台風のときは、そのくらいの風、普通に吹くよね」
台風のときは、そのくらいの風、普通に吹くよね

み「でも、電車が飛ばされたなんてニュース、聞かないけど」
電車が飛ばされたなんてニュース、聞かないけど

律「だから、そういう風のときは、運転停止なんでしょ?」
み「停止してても、飛ばされることに変わりはないんじゃないの?」
律「そんなら、何のために止めるのよ?」
み「乗客を降ろすためじゃないの?」
律「どうして降ろしちゃうのよ。
 乗ったままの方が、飛ばされにくいんじゃなかった?」
み「乗客を重しに使うわけ?」
律「だって、『余部鉄橋』の事故も……。
 お客さんが乗ってなかったから飛ばされたんでしょ?」
お客さんが乗ってなかったから飛ばされたんでしょ?

食「実は……。
 転覆の原因については、別の意見があるんです。
 計算上では……。
 風速33メートルの風で、客車が転覆することは有り得ないそうですから」
み「有り得ないって、実際、有り得たわけでしょ」
食「橋の上のレールなんですが……。
 風向きとは逆に、海側に向かって曲がってたそうなんです」
風向きとは逆に、海側に向かって曲がってたそうなんです
↑この画像では、わかりませんね。でも、レールが4本に見えるのはなぜ?

み「どういうこと?」
食「単純に、風圧で転覆したんじゃない可能性があります」
単純に、風圧で転覆したんじゃない可能性があります

み「さっぱりわからん」
食「フラッター現象って、御存知ですか?」
み「ご存知ない」
食「風や気流のエネルギーを受けて起こる、破壊的な振動のことで……。
 航空機の安全性で、よく問題にされます。
 翼で起きた振動が増幅されて、最終的に翼の破壊に至る現象です」
フラッター現象

み「それが、『余部鉄橋』に起きたっていうわけ?
 その、フリッパー現象」
フリッパー現象

食「フラッター現象です」
み「なぜに?
 設計ミス?」
絶対設計ミス(中国成都)
↑絶対設計ミス(中国成都)。

食「いえ。
 それはありません。
 でも、設計ミスからフラッター現象を起こし……。
 橋自体が崩落した、有名な事故があります。
 ご存知ですか?」
み「日本で?」
食「アメリカです。
 1940年でした。
 ワシントン州、タコマ市の湾口に架けられた、『タコマナローズ橋』と云います」
タコマは、マリナーズの本拠地、シアトルの近くです
↑マリナーズの本拠地、シアトルの近くです。

食「鉄橋ではなく、道路橋ですね。
 全長1,600メートル。
 建設当時は世界3位の長さでした」
タコマナローズ橋

み「どういう設計ミス?」
食「コストを浮かせるために、橋桁を薄くした軽量設計が採用されたんです」
み「設計は姉歯か?」
設計は姉歯か?

食「アメリカ人のモイセイフという人でしたが……。
 橋梁設計の第一人者でした。
 構造計算を誤魔化したわけではなく……。
 当時最新の橋梁理論では、十分、強度は確保されてると判断されてたんです」
当時最新の橋梁理論では、十分、強度は確保されてると判断されてたんです

み「その理論が間違ってたということ?」
食「ま、そうなりますね。
 建設してるときから、揺れたそうです。
 それも、尋常な揺れ方じゃない。
 たわみ、ねじれるんです。
 路面のうねりが、はっきりわかるほどでした」
路面のうねりが、はっきりわかるほどでした

み「何で中止しなかったかね?」
食「ま、これは世界共通なんでしょうけど……。
 一旦走りだした公共事業は、途中で止めるのが難しいってことじゃないですか」
み「そのまま完成させちゃった?」
食「そうです。
 でも、揺れ対策として、ダンパーやケーブルが設置されてます」
み「揺れは収まったの?」
食「ダメでした。
 竣工後も派手に揺れ続け……。
 ロデオになぞらえて、“Galloping Gertie(馬乗りガーティ)”とあだ名されました」
“Galloping Gertie(馬乗りガーティ)”とあだ名されました

食「なにしろ、運転してて“橋酔い”するほどだったそうです。
 橋を使わず、遠回りする人も多かったと云います」
み「で、とうとう落ちた?」
食「開通からわずか4ヶ月後の、1940年11月7日でした。
 風速が、19メートルに達した途端……」
み「19メートル?
 JRなら、徐行さえしない風速じゃん」
食「上下の振動から、ねじれるような揺れに変わりました」
上下の振動から、ねじれるような揺れに変わりました

食「これが、1時間ほど続いた後……。
 突如、桁が崩壊し、橋ごと落下したんです」
突如、桁が崩壊し、橋ごと落下したんです

み「1,600メートルの橋が落ちたら……。
 大惨事じゃない」
1,600メートルの橋が落ちたら……

食「死者は、ゼロでした」
み「何でよ?」
食「見た目、明らかに危ないんで……。
 全員、橋の袂に避難済みだったんです」
全員、橋の袂に避難済みだったんです

み「そんなにわかりやすいほど揺れてたの?」
食「この橋の崩落が有名なのは……。
 一部始終が、映像に収められてるからです」
み「誰が撮ってたのよ。
 戦前でしょ?
 映像用カメラを持ち歩いてる人なんて、いないだろうに」
映像用カメラを持ち歩いてる人なんて、いないだろうに
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