2012.3.3(土)
み「とにかく、誰でもいいから呼びたいの。
あ、気分悪くなったから……。
酔い止めの薬が無いかって、フロントに電話する」
食「それなら、可能かも知れませんね」
み「だろー。
綺麗なおねーちゃんが、フロントに座ってたもんね」
み「で、薬を持っててくれたおねーちゃんが、ドアをノックしたら……。
ドア越しに、『どうやら大丈夫みたいだ』って、断るわけよ」
食「何で断るんです?」
み「ばかもーん。
その声は、録音テープなのだ」
み「つまり、共犯者がいるわけだ」
み「共犯者は、敦賀から乗船してる。
新潟までのチケットを持ってね」
み「人混みに紛れたいから、当然2等だね」
↑ガラガラの時は、超快適だそうです
み「で、新潟秋田間のチケットを持って新潟から乗船した真犯人は……。
船上で待つ共犯者と券を交換する」
み「で、真犯人は……。
何食わぬ顔で、そのまま下船」
み「共犯者はそのまま船に残り、個室に収まるって寸法よ」
食「そして共犯者が、あらかじめ録音してあったテープで……」
食「酔い止めを注文するわけですね?」
み「そう。
真犯人は、フロントの女の子に話しかけたりして……」
↑これは、フェリー「ふらの」のフロントです
み「自分の声を印象づけておくわけ」
食「それで、ドアがノックされたら、断りのテープを流すわけですね」
み「左様じゃよ、ワトソンくん」
食「でもそれじゃ、姿は見てないわけじゃないですか。
かえって怪しまれますよ。
工作っぽいから」
み「バカもーん。
それが盲点じゃ」
み「良いか。
怪しい真犯人は、当然ながら、刑事からアリバイを聞かれる」
↑必須アイテム「カツ丼」付き取り調べ
食「犯行時間には、フェリーに乗ってましたって答えるわけですね」
み「次なる質問は……。
当然ながら、『それを証明してくれる人はいますか?』ってことになる」
食「何で、『当然ながら』なんです?」
み「チミは、2時間ドラマを見ないのか!」
食「見ません」
み「不勉強なヤツ」
食「何の勉強ですか!」
み「とにかく、刑事は必ず、そう聞くの。
シナリオ上、聞いてもらわなきゃ困るんだから」
食「はぁ」
み「聞いてみたまえ」
食「は?」
み「何ごとも練習じゃ。
千里の道も一歩から。
はい、スタート」
食「はぁ。
『それを証明してくれる人はいますか?』」
み「そこから始めてどうする!
まずは、アリバイを聞くところからでしょ」
食「じゃ、『アリバイはありますか?』」
み「パカもーん。
刑事が、“アリバイ”なんて用語を使うわけあるかい」
食「じゃ、何て聞けばいいんですか?」
み「世話のかかるヤツじゃ。
じゃ、わたしの言うとおりしゃべれよ。
『これは……。
関係する方、すべてにお聞きしていることなんですが……。
午前1時ころ、あなた、どこにおらましたか?』」
食「フェリーの中です」
み「チミが答えてどうする!
役が違ってるじゃないか。
チミは、刑事役なの」
み「はい、聞いて」
食「忘れちゃいましたよ」
み「アホかね、チミは」
み「何でこんな短いセリフが覚えられないんじゃ。
蜷川に怒られるぞ」
食「俳優じゃありませんもん」
み「そんなことは、顔を見ればわかっとる。
若いうちは、何ごとも体験してみる。
万里の道も一歩から」
食「千里じゃないんですか?」
み「そういうことを覚えてて、どうしてセリフが覚えられないんだ?
はい、スタート」
食「ズバリお聞きします」
食「午前1時ころ、どこにおらましたか?」
み「端折りおったな。
まぁ、いい。
続けるぞ。
『午前1時ですか。
その時間なら、フェリーに乗ってました』」
食「はぁ、そうでしたか」
み「……」
食「……」
み「続けんかい!」
食「どう続けるんです?」
み「少しは考えろよ。
そんなこっちゃ、『センセイのリュック』に出演できんぞ」
食「何のことです?」
み「えーい、面倒臭い。
ここからは、1人2役でやる」
食「最初からそうしてくださいよ」
み「せっかく役を振ってやったのに。
チミは、チャンスの前髪を掴み損ねたぞ」
み「俳優への道は閉ざされた」
食「最初から目指してませんって」
み「ま、その体格じゃ……。
オタクか相撲取りの役しかできんだろうが」
食「大きなお世話です」
み「それでは、ここからは、わたしの一人舞台となる」
み「まずは、フェリーに乗ってたと聞かされた刑事のセリフから。
スタート」
刑『ほー。
フェリーですか。
どちらから乗られました?』
犯『新潟です』
犯『出港は、23:30分でした。
あの日は遅れもなく、定刻でしたよ』
刑『ご旅行で?』
犯『いいえ。
新潟支店に勤務してます』
犯『あの日の翌日、秋田の本店で会議があったんですよ』
刑『確か、お勤め先は銀行さんでしたね』
犯『なんだ。
もう調べが付いてるんじゃないですか』
刑『でも、新潟から秋田まで、フェリーを使うって方は珍しいんじゃないですか?』
犯『まぁ、一般的には、そうでしょうけど。
わたしのようなものにとっては、絶好の交通手段なんですよ』
刑『ほー。
というと?』
犯『秋田本店での会議は、朝の8時半からなんですよ』
犯『JRの新潟駅発、秋田方面行き始発は、白新線の6:08分』
犯『2回乗り換えて、秋田駅にたどり着くのは、11:30分です』
犯『これでも、接続は抜群なんですけどね』
犯『時間は、5時間22分かかります』
刑『間に合いませんな』
犯『お話になりません。
新潟秋田間には、航空便はもちろん、高速バスもありません』
↑新潟交通の高速バス
犯『あとは車ですが、高速道が通じてませんからね』
犯『5時間はみておかなきゃならない。
万が一の渋滞なんかを考えれば……』
犯『新潟を出るのは、夜中になります』
刑『それはちょっと、キツイですな』
犯『会議前にはね。
ということで、朝イチの会議に出ようと思ったら……』
犯『普通は、前泊しなきゃならんのです』
犯『単身赴任の人なら、自分の家に泊まればいいんでしょうけどね』
犯『あいにく、わたしは独り身で……』
犯『実家も秋田じゃありません。
JRの運賃とホテル代がかかっちゃうわけです』
刑『でも……。
会社の出張なら、交通費や宿泊費は出るでしょう?』
犯『ハッハッハ。
痛いところを突かれました』
犯『ここから先は、会社に黙ってていただけますか?』
犯『実は、会社からは、ちゃんと交通費と宿泊費が出てるんです』
犯『会社で定めた規程額が、支払われるんです』
犯『つまり、領収書を提出する必要はない』
犯『わかります?』
刑『安くあげたいものですな』
犯『その通りです。
そこで、フェリーですよ』
犯『新潟秋田間、2等船室の料金は、4,000円です』
刑『JRの運賃は、いくらでしたっけ?』
犯『4,620円です。
これはもちろん、乗車料金だけですからね。
特急【いなほ】なんかを使えば……』
犯『特急料金が、プラス1,890円。
合わせて、6,510円もかかっちゃいます』
刑『さすが銀行さん、計算が速いですな』
犯『いえ、いろいろと安い方法を探したんで、覚えてるんです。
前泊すれば、これに、ホテル代もプラスになります』
犯『どうしたって、合計で1万2,3千円になっちゃいますよ』
刑『それがフェリーなら……』
犯『たったの、4,000円』
犯『これだけで、移動と宿泊が一緒に出来るわけですよ。
秋田到着は、5:50ですから……』
犯『朝食をゆっくり摂っても……』
犯『8時半の会議には余裕で間に合います』
刑『しかし、新潟出港は23時30分ということでしたよね。
それじゃ、ゆっくり眠れないんじゃないですか?』
犯『あぁ。
出港は、確かにその時間ですが……。
新潟に入港するのは、1時間前の22時30分ですから』
犯『残業をこなした後、古町で飲みながら時間を潰すには丁度いいです』
↑かつては芸者さんが400人もいて、京都の祇園、東京の新橋と並び称された街も、今はこのとおり。
刑『なるほど。
どうしてフェリーを選ばれたかについては、大いに納得いたしました』
犯『ありがとうございます』
刑『しかしながら……。
あなたが、そのフェリーに乗っておられたかどうかは、まだわかりません』
犯『予約の記録が残ってるはずですが』
刑『残念ながら、あなたが乗ったという事実を証明することは出来ません』
犯『つまりは、アリバイってことですね』
刑『そうなります。
もちろん、お一人で乗船されたんですよね』
犯『そうです』
刑『船内で、誰かにお会いになりませんでしたか?
お知り合いとか』
犯『あの時間はもう、レストランも閉まってますしね』
犯『みなさん、お部屋の中でしょう』
刑『しかし、さっきのお話からすると……。
2等船室に泊まられたんじゃないんですか?』
刑『大部屋に雑魚寝であれば、ひとりくらい顔を合わすでしょう』
犯『あぁ。
さっきの話は、料金を安く上げられるということを強調したかったんで……。
2等船室の値段を言ったんですよ』
刑『4,000円、でしたかな。
ということは、実際には2等ではなかったと』
犯『すみませんね。
いろいろ端折っちゃって。
ついでに云うと……。
“2等”ってのも、昔の呼び名なんですよ』
刑『今は使わないんですか?』
犯『“ツーリストJ”という呼び名に変わってます』
↑略して“近ツリ”と呼ばれるそうです。
刑『ほー』
犯『ちなみに、昔の“2等寝台”は、“ツーリストB”です』
刑『個室ですか?』
犯『いえ。
“J”はいわゆる雑魚寝ですが……』
↑イメージです。船室ではありません。
犯『“B”は、2段ベッドになります』
刑『なるほど、“B”は、ベッドの略ですか』
刑『それなら、“J”は……。
雑魚寝(じゃこね)の“J”?』
犯『刑事さん……。
かましてくれますね』
犯『そんなわけないでしょ。
“J”は、絨毯の“J”だと思いますよ』
刑『絨毯!
何で日本語なんですか?
カーペットの“K”じゃないんですか?』
犯『わたしに言わないでください。
でも、雑魚寝(じゃこね)の“J”は、もっとヒドいんじゃないですか』
刑『すみません。
わたし、雑魚(じゃこ)が大好きなもので。
出汁を取った雑魚も、みんな食べてしまいます』
犯『痛風になりますよ』
刑『え?
あんな庶民的な食べ物で、痛風になるんですか?』
犯『あぁ。
痛風は贅沢病だなんて言われてますが……』
犯『そうじゃないんです。
煮干しとか干物は、特にダメですね』
刑『それは、まいったな』
犯『あと、魚や動物にかかわらず……。
内臓がダメです』
刑『サンマのハラワタは?』
犯『いけません』
刑『オー、マイガッ。
でも、内臓を食べるなんて、サンマくらいでしょう?』
↑東京都目黒区の「SUNまつり」
犯『とんでもない。
刑事さん、焼き鳥はお嫌いですか?』
刑『焼き鳥を悪く言う人がいたら……。
逮捕します』
犯『なんか、キャラが変わってきてませんか?』
刑『お気になさらずに。
乗って来ただけです』
犯『まぁいいです。
焼き鳥では、ネギ間だけ食べられます?』
刑『とんでもない。
砂肝に……』
刑『ハツ』
刑『もちろん、レバーも』
犯『それ、ぜんぶ内臓です』
刑『あ』
犯『飲み屋では、まず何を注文されますか?』
刑『うーん。
とりあえずは、“煮込み”かな』
犯『お好きですか?』
刑『“煮込み”を悪く言う人がいたら……。
死刑にします』
犯『警察官には無理でしょ』
刑『そうだったかな?』
犯『“煮込み”も、ダメなんです。
モツは内蔵ですから』
刑『それは、厳しい。
飲み屋で食べるものが無くなってしまいます』
犯『もっとも悪いのは、ビールです』
刑『なんですとー』
犯『完全にキャラが変わってますよ』
刑『とどめを刺されました』
刑『ビールがダメ、“煮込み”もダメ……。
サンマのハラワタも……。
レバーやハツもダメ?』
犯『プリン体がたくさん含まれてますから』
刑『プリンもダメですか?』
刑『わたし、署の冷蔵庫に入れてあるんですよ』
刑『ちゃんと名前を書いてあるのに、食べるヤツがいる。
署の提案ボックスに、防犯カメラの設置を進言しようかと思ってます』
犯『却下されると思います』
犯『でも、そんなにプリンがお好きなんですか?』
刑『好きなんてもんじゃありません。
女房と別れて結婚しようかと思ってるくらいです』
刑『まさか……。
まさか、あのプリンプリンちゃんが、体に悪いなんて……』
犯『プリンとプリン体は関係ありませんよ』
↑間違ってます。
刑『なんですとー』
犯『ぜったいキャラが違ってます』
刑『プリンちゃんと関係ないなら……。
何で、プリン体なんですか?』
犯『わたしに聞かれても困ります。
そこまで詳しくないですから』
刑『名前を変えるべきです』
刑『プリン体なんて、可愛い名前にしておくから……』
刑『人は用心を怠るんじゃないですか?』
犯『そんなことも無いでしょう。
でも、確かに愛らしい名前ですね』
刑『名前が可愛いのに凶悪ってのだったら……。
ピロリ菌もそうですよ』
刑『改名すべきです。
プリン体は、ブリン体。
ピロリ菌は、ビロリ菌』
犯『濁点にしただけじゃないですか』
刑『じゃ、デロリ菌』
犯『あの……。
話が大幅にずれてるんですけど。
わたしも忙しいんで』
刑『これは失礼しました。
何の話でしたっけ』
犯『そっちで覚えておいてくださいよ。
もういいですか?』
刑『ちょっと待って下さい』
刑『今、メモを見ますんで。
えーと。
どこに、入れた?
すいませんね。
昔は、警察手帳がメモ帳代わりでしたから……』
刑『それ1冊持ってれば良かったんですよ。
警察手帳が身分証になっちゃってから……』
刑『メモ帳を、別に持たなきゃならなくなりまして……。
面倒で仕方ありません。
あ、ありました』
刑『えーと。
そうそう。
あなたが乗られたのは……。
“ツーリストJ”、すなわち“2等船室”ではなかった、ということでしたな』
犯『そうです』
刑『出来るだけ安くあげたいのに……。
なぜ、一番安い部屋では無かったんですか?』
犯『わたしは、眠りが浅いタチでしてね。
人のイビキとか聞こえると、眠れないんですよ』
刑『なるほど。
ということで、個室?』
犯『そうです』
刑『絨毯の部屋は、“ツーリストJ”でしたね』
↑これは、“らいらっく(新潟ー小樽)”の“ツーリストJ”
刑『個室にも、名前があるんですか?』
犯『あります。
昔は、1等、特等、スイートでしたが……。
↓今は、ステート、デラックス、スイートに名称が変わってます(参照)』
刑『わかりづらいですなぁ』
↑新宿エルタワーの施設案内板。わかりづらいと話題になってるそうです。そうでもないと思いますが。
犯『初めての方は、何がなんだかわからないでしょうね。
ツーリスト、ステート、デラックスなんて並べられても』
↑これは“しらかば”の船内
刑『2等、1等、特等の方が、断然わかりやすいです』
刑『あれですか?
2等の乗客から、クレームが付いたとか?』
犯『そんなことないでしょう。
2等に乗って引け目を感じる人なんて、今どきいませんよ。
船会社の気の回しすぎです。
むしろ、2等、1等の呼び名の方が、船旅らしい風情があったって声が多いようです』
刑『でしょうな。
ところで、あなたが乗られたのは……。
何でしたっけ?
デコレーションじゃなくて……』
犯『ステート、デラックス、スイート』
刑『わかりづらいですな』
犯『昔で云えば、1等、特等、スイートです』
刑『スイートだけ変えなかったんですね』
犯『等級が入って無かったからでしょう』
刑『スイートにお泊りですか?』
↑スイートルームに続く廊下
犯『まさか。
ひとりでスイートに泊まるほど酔狂じゃありません』
犯『第一、足が出ちゃいます』
刑『おいくらですか?』
犯『新潟秋田間で、18,500円ですね』
刑『なるほど。
それなら、電車で行って、前泊した方が安い。
じゃ、個室の一番安いやつでしょう。
何て云いましたっけ?
スラックス?』
犯『ぜんぜん違います。
ステートです』
↑“すずらん(敦賀ー苫小牧東港・直行便)”の船内見学会にて
あ、気分悪くなったから……。
酔い止めの薬が無いかって、フロントに電話する」
食「それなら、可能かも知れませんね」
み「だろー。
綺麗なおねーちゃんが、フロントに座ってたもんね」
み「で、薬を持っててくれたおねーちゃんが、ドアをノックしたら……。
ドア越しに、『どうやら大丈夫みたいだ』って、断るわけよ」
食「何で断るんです?」
み「ばかもーん。
その声は、録音テープなのだ」
み「つまり、共犯者がいるわけだ」
み「共犯者は、敦賀から乗船してる。
新潟までのチケットを持ってね」
み「人混みに紛れたいから、当然2等だね」
↑ガラガラの時は、超快適だそうです
み「で、新潟秋田間のチケットを持って新潟から乗船した真犯人は……。
船上で待つ共犯者と券を交換する」
み「で、真犯人は……。
何食わぬ顔で、そのまま下船」
み「共犯者はそのまま船に残り、個室に収まるって寸法よ」
食「そして共犯者が、あらかじめ録音してあったテープで……」
食「酔い止めを注文するわけですね?」
み「そう。
真犯人は、フロントの女の子に話しかけたりして……」
↑これは、フェリー「ふらの」のフロントです
み「自分の声を印象づけておくわけ」
食「それで、ドアがノックされたら、断りのテープを流すわけですね」
み「左様じゃよ、ワトソンくん」
食「でもそれじゃ、姿は見てないわけじゃないですか。
かえって怪しまれますよ。
工作っぽいから」
み「バカもーん。
それが盲点じゃ」
み「良いか。
怪しい真犯人は、当然ながら、刑事からアリバイを聞かれる」
↑必須アイテム「カツ丼」付き取り調べ
食「犯行時間には、フェリーに乗ってましたって答えるわけですね」
み「次なる質問は……。
当然ながら、『それを証明してくれる人はいますか?』ってことになる」
食「何で、『当然ながら』なんです?」
み「チミは、2時間ドラマを見ないのか!」
食「見ません」
み「不勉強なヤツ」
食「何の勉強ですか!」
み「とにかく、刑事は必ず、そう聞くの。
シナリオ上、聞いてもらわなきゃ困るんだから」
食「はぁ」
み「聞いてみたまえ」
食「は?」
み「何ごとも練習じゃ。
千里の道も一歩から。
はい、スタート」
食「はぁ。
『それを証明してくれる人はいますか?』」
み「そこから始めてどうする!
まずは、アリバイを聞くところからでしょ」
食「じゃ、『アリバイはありますか?』」
み「パカもーん。
刑事が、“アリバイ”なんて用語を使うわけあるかい」
食「じゃ、何て聞けばいいんですか?」
み「世話のかかるヤツじゃ。
じゃ、わたしの言うとおりしゃべれよ。
『これは……。
関係する方、すべてにお聞きしていることなんですが……。
午前1時ころ、あなた、どこにおらましたか?』」
食「フェリーの中です」
み「チミが答えてどうする!
役が違ってるじゃないか。
チミは、刑事役なの」
み「はい、聞いて」
食「忘れちゃいましたよ」
み「アホかね、チミは」
み「何でこんな短いセリフが覚えられないんじゃ。
蜷川に怒られるぞ」
食「俳優じゃありませんもん」
み「そんなことは、顔を見ればわかっとる。
若いうちは、何ごとも体験してみる。
万里の道も一歩から」
食「千里じゃないんですか?」
み「そういうことを覚えてて、どうしてセリフが覚えられないんだ?
はい、スタート」
食「ズバリお聞きします」
食「午前1時ころ、どこにおらましたか?」
み「端折りおったな。
まぁ、いい。
続けるぞ。
『午前1時ですか。
その時間なら、フェリーに乗ってました』」
食「はぁ、そうでしたか」
み「……」
食「……」
み「続けんかい!」
食「どう続けるんです?」
み「少しは考えろよ。
そんなこっちゃ、『センセイのリュック』に出演できんぞ」
食「何のことです?」
み「えーい、面倒臭い。
ここからは、1人2役でやる」
食「最初からそうしてくださいよ」
み「せっかく役を振ってやったのに。
チミは、チャンスの前髪を掴み損ねたぞ」
み「俳優への道は閉ざされた」
食「最初から目指してませんって」
み「ま、その体格じゃ……。
オタクか相撲取りの役しかできんだろうが」
食「大きなお世話です」
み「それでは、ここからは、わたしの一人舞台となる」
み「まずは、フェリーに乗ってたと聞かされた刑事のセリフから。
スタート」
刑『ほー。
フェリーですか。
どちらから乗られました?』
犯『新潟です』
犯『出港は、23:30分でした。
あの日は遅れもなく、定刻でしたよ』
刑『ご旅行で?』
犯『いいえ。
新潟支店に勤務してます』
犯『あの日の翌日、秋田の本店で会議があったんですよ』
刑『確か、お勤め先は銀行さんでしたね』
犯『なんだ。
もう調べが付いてるんじゃないですか』
刑『でも、新潟から秋田まで、フェリーを使うって方は珍しいんじゃないですか?』
犯『まぁ、一般的には、そうでしょうけど。
わたしのようなものにとっては、絶好の交通手段なんですよ』
刑『ほー。
というと?』
犯『秋田本店での会議は、朝の8時半からなんですよ』
犯『JRの新潟駅発、秋田方面行き始発は、白新線の6:08分』
犯『2回乗り換えて、秋田駅にたどり着くのは、11:30分です』
犯『これでも、接続は抜群なんですけどね』
犯『時間は、5時間22分かかります』
刑『間に合いませんな』
犯『お話になりません。
新潟秋田間には、航空便はもちろん、高速バスもありません』
↑新潟交通の高速バス
犯『あとは車ですが、高速道が通じてませんからね』
犯『5時間はみておかなきゃならない。
万が一の渋滞なんかを考えれば……』
犯『新潟を出るのは、夜中になります』
刑『それはちょっと、キツイですな』
犯『会議前にはね。
ということで、朝イチの会議に出ようと思ったら……』
犯『普通は、前泊しなきゃならんのです』
犯『単身赴任の人なら、自分の家に泊まればいいんでしょうけどね』
犯『あいにく、わたしは独り身で……』
犯『実家も秋田じゃありません。
JRの運賃とホテル代がかかっちゃうわけです』
刑『でも……。
会社の出張なら、交通費や宿泊費は出るでしょう?』
犯『ハッハッハ。
痛いところを突かれました』
犯『ここから先は、会社に黙ってていただけますか?』
犯『実は、会社からは、ちゃんと交通費と宿泊費が出てるんです』
犯『会社で定めた規程額が、支払われるんです』
犯『つまり、領収書を提出する必要はない』
犯『わかります?』
刑『安くあげたいものですな』
犯『その通りです。
そこで、フェリーですよ』
犯『新潟秋田間、2等船室の料金は、4,000円です』
刑『JRの運賃は、いくらでしたっけ?』
犯『4,620円です。
これはもちろん、乗車料金だけですからね。
特急【いなほ】なんかを使えば……』
犯『特急料金が、プラス1,890円。
合わせて、6,510円もかかっちゃいます』
刑『さすが銀行さん、計算が速いですな』
犯『いえ、いろいろと安い方法を探したんで、覚えてるんです。
前泊すれば、これに、ホテル代もプラスになります』
犯『どうしたって、合計で1万2,3千円になっちゃいますよ』
刑『それがフェリーなら……』
犯『たったの、4,000円』
犯『これだけで、移動と宿泊が一緒に出来るわけですよ。
秋田到着は、5:50ですから……』
犯『朝食をゆっくり摂っても……』
犯『8時半の会議には余裕で間に合います』
刑『しかし、新潟出港は23時30分ということでしたよね。
それじゃ、ゆっくり眠れないんじゃないですか?』
犯『あぁ。
出港は、確かにその時間ですが……。
新潟に入港するのは、1時間前の22時30分ですから』
犯『残業をこなした後、古町で飲みながら時間を潰すには丁度いいです』
↑かつては芸者さんが400人もいて、京都の祇園、東京の新橋と並び称された街も、今はこのとおり。
刑『なるほど。
どうしてフェリーを選ばれたかについては、大いに納得いたしました』
犯『ありがとうございます』
刑『しかしながら……。
あなたが、そのフェリーに乗っておられたかどうかは、まだわかりません』
犯『予約の記録が残ってるはずですが』
刑『残念ながら、あなたが乗ったという事実を証明することは出来ません』
犯『つまりは、アリバイってことですね』
刑『そうなります。
もちろん、お一人で乗船されたんですよね』
犯『そうです』
刑『船内で、誰かにお会いになりませんでしたか?
お知り合いとか』
犯『あの時間はもう、レストランも閉まってますしね』
犯『みなさん、お部屋の中でしょう』
刑『しかし、さっきのお話からすると……。
2等船室に泊まられたんじゃないんですか?』
刑『大部屋に雑魚寝であれば、ひとりくらい顔を合わすでしょう』
犯『あぁ。
さっきの話は、料金を安く上げられるということを強調したかったんで……。
2等船室の値段を言ったんですよ』
刑『4,000円、でしたかな。
ということは、実際には2等ではなかったと』
犯『すみませんね。
いろいろ端折っちゃって。
ついでに云うと……。
“2等”ってのも、昔の呼び名なんですよ』
刑『今は使わないんですか?』
犯『“ツーリストJ”という呼び名に変わってます』
↑略して“近ツリ”と呼ばれるそうです。
刑『ほー』
犯『ちなみに、昔の“2等寝台”は、“ツーリストB”です』
刑『個室ですか?』
犯『いえ。
“J”はいわゆる雑魚寝ですが……』
↑イメージです。船室ではありません。
犯『“B”は、2段ベッドになります』
刑『なるほど、“B”は、ベッドの略ですか』
刑『それなら、“J”は……。
雑魚寝(じゃこね)の“J”?』
犯『刑事さん……。
かましてくれますね』
犯『そんなわけないでしょ。
“J”は、絨毯の“J”だと思いますよ』
刑『絨毯!
何で日本語なんですか?
カーペットの“K”じゃないんですか?』
犯『わたしに言わないでください。
でも、雑魚寝(じゃこね)の“J”は、もっとヒドいんじゃないですか』
刑『すみません。
わたし、雑魚(じゃこ)が大好きなもので。
出汁を取った雑魚も、みんな食べてしまいます』
犯『痛風になりますよ』
刑『え?
あんな庶民的な食べ物で、痛風になるんですか?』
犯『あぁ。
痛風は贅沢病だなんて言われてますが……』
犯『そうじゃないんです。
煮干しとか干物は、特にダメですね』
刑『それは、まいったな』
犯『あと、魚や動物にかかわらず……。
内臓がダメです』
刑『サンマのハラワタは?』
犯『いけません』
刑『オー、マイガッ。
でも、内臓を食べるなんて、サンマくらいでしょう?』
↑東京都目黒区の「SUNまつり」
犯『とんでもない。
刑事さん、焼き鳥はお嫌いですか?』
刑『焼き鳥を悪く言う人がいたら……。
逮捕します』
犯『なんか、キャラが変わってきてませんか?』
刑『お気になさらずに。
乗って来ただけです』
犯『まぁいいです。
焼き鳥では、ネギ間だけ食べられます?』
刑『とんでもない。
砂肝に……』
刑『ハツ』
刑『もちろん、レバーも』
犯『それ、ぜんぶ内臓です』
刑『あ』
犯『飲み屋では、まず何を注文されますか?』
刑『うーん。
とりあえずは、“煮込み”かな』
犯『お好きですか?』
刑『“煮込み”を悪く言う人がいたら……。
死刑にします』
犯『警察官には無理でしょ』
刑『そうだったかな?』
犯『“煮込み”も、ダメなんです。
モツは内蔵ですから』
刑『それは、厳しい。
飲み屋で食べるものが無くなってしまいます』
犯『もっとも悪いのは、ビールです』
刑『なんですとー』
犯『完全にキャラが変わってますよ』
刑『とどめを刺されました』
刑『ビールがダメ、“煮込み”もダメ……。
サンマのハラワタも……。
レバーやハツもダメ?』
犯『プリン体がたくさん含まれてますから』
刑『プリンもダメですか?』
刑『わたし、署の冷蔵庫に入れてあるんですよ』
刑『ちゃんと名前を書いてあるのに、食べるヤツがいる。
署の提案ボックスに、防犯カメラの設置を進言しようかと思ってます』
犯『却下されると思います』
犯『でも、そんなにプリンがお好きなんですか?』
刑『好きなんてもんじゃありません。
女房と別れて結婚しようかと思ってるくらいです』
刑『まさか……。
まさか、あのプリンプリンちゃんが、体に悪いなんて……』
犯『プリンとプリン体は関係ありませんよ』
↑間違ってます。
刑『なんですとー』
犯『ぜったいキャラが違ってます』
刑『プリンちゃんと関係ないなら……。
何で、プリン体なんですか?』
犯『わたしに聞かれても困ります。
そこまで詳しくないですから』
刑『名前を変えるべきです』
刑『プリン体なんて、可愛い名前にしておくから……』
刑『人は用心を怠るんじゃないですか?』
犯『そんなことも無いでしょう。
でも、確かに愛らしい名前ですね』
刑『名前が可愛いのに凶悪ってのだったら……。
ピロリ菌もそうですよ』
刑『改名すべきです。
プリン体は、ブリン体。
ピロリ菌は、ビロリ菌』
犯『濁点にしただけじゃないですか』
刑『じゃ、デロリ菌』
犯『あの……。
話が大幅にずれてるんですけど。
わたしも忙しいんで』
刑『これは失礼しました。
何の話でしたっけ』
犯『そっちで覚えておいてくださいよ。
もういいですか?』
刑『ちょっと待って下さい』
刑『今、メモを見ますんで。
えーと。
どこに、入れた?
すいませんね。
昔は、警察手帳がメモ帳代わりでしたから……』
刑『それ1冊持ってれば良かったんですよ。
警察手帳が身分証になっちゃってから……』
刑『メモ帳を、別に持たなきゃならなくなりまして……。
面倒で仕方ありません。
あ、ありました』
刑『えーと。
そうそう。
あなたが乗られたのは……。
“ツーリストJ”、すなわち“2等船室”ではなかった、ということでしたな』
犯『そうです』
刑『出来るだけ安くあげたいのに……。
なぜ、一番安い部屋では無かったんですか?』
犯『わたしは、眠りが浅いタチでしてね。
人のイビキとか聞こえると、眠れないんですよ』
刑『なるほど。
ということで、個室?』
犯『そうです』
刑『絨毯の部屋は、“ツーリストJ”でしたね』
↑これは、“らいらっく(新潟ー小樽)”の“ツーリストJ”
刑『個室にも、名前があるんですか?』
犯『あります。
昔は、1等、特等、スイートでしたが……。
↓今は、ステート、デラックス、スイートに名称が変わってます(参照)』
刑『わかりづらいですなぁ』
↑新宿エルタワーの施設案内板。わかりづらいと話題になってるそうです。そうでもないと思いますが。
犯『初めての方は、何がなんだかわからないでしょうね。
ツーリスト、ステート、デラックスなんて並べられても』
↑これは“しらかば”の船内
刑『2等、1等、特等の方が、断然わかりやすいです』
刑『あれですか?
2等の乗客から、クレームが付いたとか?』
犯『そんなことないでしょう。
2等に乗って引け目を感じる人なんて、今どきいませんよ。
船会社の気の回しすぎです。
むしろ、2等、1等の呼び名の方が、船旅らしい風情があったって声が多いようです』
刑『でしょうな。
ところで、あなたが乗られたのは……。
何でしたっけ?
デコレーションじゃなくて……』
犯『ステート、デラックス、スイート』
刑『わかりづらいですな』
犯『昔で云えば、1等、特等、スイートです』
刑『スイートだけ変えなかったんですね』
犯『等級が入って無かったからでしょう』
刑『スイートにお泊りですか?』
↑スイートルームに続く廊下
犯『まさか。
ひとりでスイートに泊まるほど酔狂じゃありません』
犯『第一、足が出ちゃいます』
刑『おいくらですか?』
犯『新潟秋田間で、18,500円ですね』
刑『なるほど。
それなら、電車で行って、前泊した方が安い。
じゃ、個室の一番安いやつでしょう。
何て云いましたっけ?
スラックス?』
犯『ぜんぜん違います。
ステートです』
↑“すずらん(敦賀ー苫小牧東港・直行便)”の船内見学会にて