2012.3.3(土)
み「というわけで……。
冷まさないままの煮豆を俵に詰めるという、納豆作りが再現されたわけよ」
食「それが、義家軍の行く先々で起こったと?」
み「左様じゃ。
昔ながらの納豆が、藁苞(わらづと)に包まれてるのは……」
み「この、煮豆の俵を模しているのじゃ」
食「何で口調が変わるんです?」
み「真理を語る者は、こういう口調になる」
食「ボクは……。
食べたのは兵士だったと思うな」
み「何でよ?」
食「戦に出たくなかったんですよ」
み「へ?」
食「腐った馬の餌を食べて腹をこわせば……」
食「戦場に出なくていいって思ったわけです」
み「食中毒で死ぬかも知れんのよ」
み「当時は、抗生物質なんて無いんだから」
食「死んでもいいと思ったんじゃないですか。
戦場で斬り合いして死ぬくらいなら……」
食「腹をこわして死んだ方がマシだと」
み「実感がこもってるな。
前世は足軽?」
食「かも知れません。
NHKの大河ドラマとかで、合戦のシーンがあるでしょ」
食「子供のころ、それを家族で見ながら……。
顔には出しませんでしたけど……。
怖くてしょうがなかった」
食「自分ならどうするだろう……。
絶対に斬り合いなんか出来ないな」
↑考えすぎ
食「終わるまで、岩陰に隠れてようかとか……」
食「死んだふりして倒れてたら……。
誰も気づかないんじゃないか、なんてね」
み「情けな」
律「それが当たり前よ。
死ぬかも知れないんですもの」
食「ですよね。
でも、子供のころは……。
その気持、誰にも言えませんでした」
み「というわけで……。
合戦前夜、納豆食って腹こわそうとした?」
食「はい」
み「でも、それなら……。
どうして“納豆”の存在が、その地に伝わったんだ?
腹をこわそうとして、腐った馬の餌を食べたなんて……。
その兵士は、誰にも言わないだろ?」
食「うーん。
あ、そうだ。
案に相違して、腹をこわすことは出来なかった。
で、翌日は、イヤイヤ合戦に出たわけです」
食「ところが……。
手柄を立てちゃったんですね。
なぜか」
食「で、喜んだ兵士は……。
腐った馬の餌のおかげだって、吹聴した」
食「それで、腐った馬の餌を食べることが……。
兵士の間で、爆発的に流行したんですよ」
食「手柄を立てられる上に、美味しいんですから」
み「それが、地元にも伝わった?」
食「そうです」
み「ふーん。
わたしなら……。
納豆の効能だなんて、吹聴しないけどな。
黙ーって、ひとりで食べてる」
食「なんか……。
性格が出てますね」
み「どういう意味?」
食「そのまんまの意味ですけど」
律「ちょっと、2人とも。
あの発車ベル、『しらかみ』じゃないの?」
↑サウンドキーホルダー「テツオトサウンドポッド 山手線発車ベル」(エポック社)
食「あっ、しまった!
そうですよ!
走りましょう!」
み「またかよ!
朝もこうだったぞ」
↑秋田駅
律「早く!」
跨線橋の階段を、音立てて駆け下ります。
駅員さんが、ホイッスルを口に持って行きました。
み「その列車、待て~い」
律「何ふざけてるの!
乗りまーす」
ホイッスルを吹こうとした駅員さんがつんのめりました。
閉まりかけたドアから飛びこみます。
み「はぁ、はぁ」
食「ま、間に合いましたね」
律「ほんとにもう!
Mikiちゃんといると、どうしてこうなるのかしら」
み「わたしのせいなの?」
律「大半はね」
み「今回は……。
八幡太郎のせいだ」
よろめきながら、座席にたどりつき……。
リクライニングを倒して、思い切り大の字。
律「だらしないわよ」
み「何とでも言え」
発車ベルが止み……。
↑通票(△)とは何ぞや
ガタン。
列車が動き始めました。
窓の景色が、遠ざかって行きます。
み「え?」
さっきまでと、感じが違う。
律「ちょっと、Mikiちゃん!
この列車、逆に動いてる!」
み「うわわ。
後ずさってる」
み「どうしてよ!
列車間違えた?」
律「そんなわけないわよ。
あんな派手な車体、間違えようが無いでしょ」
律「この座席だって、確かにさっきまで座ってた席よ」
み「なら、どうして?
み「こら、食い鉄!
どうなっておるんだ!
列車が秋田に後戻りしてるぞ」
食「へっへっへ」
み「何だよ。
気味が悪いな」
食「これで、お分かりでしょ?」
み「何が?」
食「秋田を出るとき、右側だった席が……」
食「なぜ、日本海の見える左側の席に変じるか」
み「お分かりにならんわい。
いったい、どういうことだ?」
食「東能代駅のホームで見たでしょ。
五能線の起点の標識」
食「東能代から、五能線に入ったんですよ」
み「五能線に入ると、何で逆向きに走るんだ?」
食「青森まで早く行こうとするなら……。
奥羽本線にそのまんま乗ってればいいわけです」
食「でも、『リゾートしらかみ』は……。
わざわざ遠回りして、五能線を経由するわけです」
食「このへんの事情は、地図を見れば、ひと目でわかりますよ。
ほら」
み「なるほど。
そういうわけか。
でも、海は見えるかも知れんが……。
後ろ向きじゃぁな」
み「人生、前向きに行きたいものじゃ」
↑これは、前のめり。傘差し運転は止めましょう。
食「座席の向きを変えればいいんです」
↑夜中、トイレに行こうとしてこれを見たら……。背筋が凍るかもね。
食「みんなそうしてますよ」
み「へ?」
伸び上がって見ると……。
確かに、反対を向いてるのはわたしたちの座席だけです。
み「いつの間に?」
食「ボクらがホームに降りてる間ですよ」
み「ひょっとして……。
わざとホームに誘ったな?
驚かせようと思って」
食「当たりです。
でも、東能代に着く前に、車内放送がありましたよ」
み「聞こえなかった」
食「あんな大きい音で放送してたのに」
み「聞いてなかった」
食「そうだと思ったので、ホームに誘いました」
み「わたしは、列車が逆向きに走ることに、トラウマがあるのだ」
食「何のトラウマです?
確かに、異様に動揺してましたよね」
み「子供のころ、おんなじ夢を繰り返し見たんだ。
夜汽車の夢」
み「夢の中でもうたた寝してて……」
律「↑まーた、美化してる」
み「うるさい!
目が覚めると、列車が逆に走ってるの」
律「それのどこがトラウマなのよ?」
み「気分よ。
夢には、その夢特有の気分ってあるでしょ」
み「あの列車の夢はね……。
寂しいような不安なような……。
ほんと、切ない気分だった」
み「そう言えば、中学や高校に入ったばかりのとき……」
律「↑過剰美化!」
み「あんな気分だったな」
律「そのころ見た夢ってこと?」
み「もっと小さいころだと思うけど」
律「あくまで、↑こういう画像を使うわけね。
きっと、未来を暗示する夢だったのよ」
み「いつの間にか列車が逆に走ってるなんて、何の暗示よ?」
律「Mikiちゃんの人生そのものじゃないの」
み「てことは……。
あの夢を見てたころに……。
わたしの人生は、もう決まってたってこと?」
↑すでに将来が決まった“チビ鉄”
律「そうなんじゃないの」
み「くっそー。
逆向きの人生か。
でも、人生やり直せたら……」
み「やってみたい職業って、あるな」
律「たとえば?」
み「図書館の司書とかさ」
み「毎日、書棚の中で仕事できるもんね」
み「あとは……。
博物館の学芸員とか」
↑ルーブル美術館の学芸員だそうです。
み「先生は、何か無い?」
律「うーん。
医者になることしか考えてなかったから」
↑江戸時代末期の徳島の女医・稲井静庵(いないせいあん)
み「なるほど。
それが、一番幸せな人生かもね」
↑幸せな人生と云えば、この人(当ブログコメンターに、近い人がいますが)
み「成りたかった職業があって……。
実際、それになれたんだから。
でも、わたしも今、半分なりかけかも」
↑倉橋由美子訳ってのがスゴいね
律「何に?」
み「作家よ」
み「それで食べていくのはムリだけど……。
書いたものを読んでもらいたいって想いだけは……。
叶ったもの」
↑想いは叶姉妹(座布団三枚)
律「そうね」
み「なんか、この列車と似てるかも。
途中で逆向きになって、遠回りするけど……」
み「スゴく景色のいいところを通るわけだよね」
律「なるほど。
上手いとこ持ってったじゃない」
み「でしょー。
方向は逆向きでも、そっちを向けば前向きなのよ」
律「じゃ、前向きにならなきゃね」
み「だよね。
チミ、どうやって方向変えるんだ?」
↑只見線只見駅。人力による方向転換。
食「車内放送で説明がありましたよ(実際には、無いようです)」
↑おわかりでしょうが、『くまげら』の画像ではありません。
み「だから、聞いてなかったの。
ほれ、早く変えて」
食「座ってちゃ、変えられませんよ。
お立ちください」
↑君も早く、こうなるといいね(川崎市・金山神社 )
み「不便じゃのー」
↑これは便秘。「不便」とも云う?
食「それでは、回しますよ。
はい、出来上がり」
↑おわかりでしょうが、『くまげら』の画像ではありません。これは『青池』の車内。
み「簡単じゃん」
食「ちゃんと放送を聞いてれば、簡単です」
み「チミの座席は、変えないのか?」
食「このままでいいんです」
み「なんでよ?」
食「やっとこうして……。
向かい合わせになれたじゃないですか」
み「そういう魂胆か。
先生、どうする?
思い切り鬱陶しいけど」
律「いいじゃないの。
お話も聞きやすいし」
食「ありがとうございます!
あっ」
み「何だよ?」
食「もう、次の駅です」
み「早すぎだろ」
み「何て駅だよ?」
食「能代です。
東能代→能代間は、わずか5分ですね」
み「快速とは思えん」
食「東能代は……。
方向転換するわけですから、止めないわけにはいきませんし……。
能代は、このあたりの中心駅ですからね」
↑正直、中心駅には見えませんが……。
食「あと、能代駅には、お楽しみがあるんですよ」
み「何?
ストリップ?」
食「お願いですから、そこから離れてください」
み「じゃ、何だよ?」
食「降りてからのお楽しみ」
み「また降りるの?」
食「5分停車しますから」
み「たった5分?」
食「大丈夫。
お楽しみは、降りたホームにあります。
ほら、立って。
一番乗りしますよ」
み「せわしないのぅ。
座ったばっかりなのに」
食「婆さんみたいなこと、言わないでください」
食「若者は、起つ!」
み「バイアグラで?」
食「違います」
↑中国は大連。どうやったら、ここまでの間違い方が出来るのか……。
食い鉄くんに急かされ……。
停車を扉の前で待ちます。
停車とともに、ホームに降り立ちます。
食「ほら、こっちこっち。
じゃーん。
どうです?」
み「なんじゃこれ?」
食「見てわかりませんか?
バスケットゴールです」
み「そんなもん、見ればわかるわい。
何で駅のホームにバスケットゴールがあるのかと聞いておる」
食「能代は、バスケットの町なんです」
み「あ、能代工業か?」
食「知ってるじゃないですか」
み「それでバスケットゴールがあるわけ?」
食「それだけじゃないんですよ。
さて、これからがお楽しみ」
ゴールの周りには、たちまち人が集まって来ました。
駅員さんが、バスケットボールを食い鉄くんに渡しました。
食「行きますよ。
ここで見事ゴール出来れば、記念グッズをゲットできるんです」
み「なんとかならんか、そのフォーム」
食「必ず、決めてみせますからね」
み「お稲荷さんの狐が立ち上がったみたいなんだけど」
食「黙って!
それ!」
食い鉄くんの放ったボールは……。
ものの見事にリングを外れ、ボード上部を直撃。
食「入れ!」
リングにかすりもしませんでした。
食「あ、あぁぁ。
惜しい!」
み「どこがじゃ」
食「ちきしょー」
食い鉄くんは、その場に這いつくばり、ホームを叩いて悔しがってます。
食「記念グッズ、欲しかったのにぃぃ」
み「バカじゃないの」
跳ね返ったボールは、大きな放物線を描き……。
わたしの胸にすっぽりと収まりました。
↑毛唐は気合いが違います
律「次、Mikiちゃんよ」
み「よし!
こら、そこどかんか。
見苦しいやつ」
食い鉄くんは、“orz”のままゴール下を退場。
み「よ~し、見ておれよ。
それ!
あ」
ボールが手を離れた瞬間、まったくリングに向かってないのがわかりました。
ボールは、ボード下の角を直撃。
鋭角に角度を変え、真下に跳ねました。
↑Cコースですね
その下には、這いつくばったままの食い鉄くんが……。
↑凄絶な“orz”(広島県竹原市「二窓の神明祭」クライマックス)
食「あぎゃぁ」
ものの見事に、脳天直撃です。
↑必殺パイルドライバー(関係ないけど、面白い画像だったので)
み「当たった」
食「な、何の恨みが……」
ボールは大きく跳ねて……。
先生の腕にすっぽり。
み「もう一発、かましてやって」
律「あんな器用なこと、出来ないわよ」
先生は、ボールを頭上に構えると……。
狙いをつけた様子もなく、軽々と放りました。
ボールは、綺麗な放物線を描き……。
リングに触れることもなく、ネットの中にすっぽり。
あまりの見事なゴールに、周りから拍手が起きました。
駅「おめでとうございます。
記念グッズをどうぞ」
小走りに近づいた駅員さんから、記念グッズが先生の手に。
み「何それ?」
律「ハガキかしら?」
駅「能代は、『東洋一の木都』と呼ばれた町なんです。
木製のハガキになります」
み「このバカは……。
こんなのが欲しくて、這いつくばったのか?」
↑這いつくばる人(浅すぎません?)
そのバカが跳ね起きて、先生の手元に駆け寄って来ました。
食「い、いぃなぁ。
すみません!
もう一回、チャレンジさせてください」
駅「生憎、お一人様一回限りのトライとなっております」
食「そんなぁ……」
律「あの、よろしかったら、これどうぞ」
食「え?」
律「差し上げます」
食「ほ、ほんとですかぁ。
ほんとにいいんですかぁ」
と言いながら、すでに手が出てます。
食「こういう、お金で買えないグッズは、ものすごく貴重なんですよ」
み「チミ。
帰ってから、ゴールを決めたって吹聴するつもりじゃないだろうな?」
食「もちろん、そうさせていただきます」
み「セコいやつ。
先生、そろそろ乗ろうか。
5分停車でしょ」
律「そうね」
食「あっ。
いけね!」
突然、食い鉄くんがホームを走り出しました。
↑異様に機敏なデブって、いますよね。
み「どうしたんだ、あいつ?」
律「スゴい勢いね」
み「脳にバイキンが回ったんじゃないのか?」
み「放っといて、乗ろう」
座席から前を見通しても、食い鉄くんの姿は見えません。
み「マジで、乗り遅れるんじゃないの、あいつ?
ま、いいか。
座席が広くなって」
律「ヒドいやつ」
み「ところで、先生って、バスケットやってたの?」
↑藤吉佐緒里選手(シャンソン):文句なしに美人!
律「やったわよ、
体育の授業で」
↑14番、番号が後ろ前だろ
み「そうでなくて。
部活とか」
律「わたしは勉強一筋」
み「さっき、スゴくカッコよかったじゃない」
↑これも藤吉選手
律「気にしないで。
何やっても、そうだから」
み「腹ん立つ」
律「あ、彼、間に合ったみたい」
冷まさないままの煮豆を俵に詰めるという、納豆作りが再現されたわけよ」
食「それが、義家軍の行く先々で起こったと?」
み「左様じゃ。
昔ながらの納豆が、藁苞(わらづと)に包まれてるのは……」
み「この、煮豆の俵を模しているのじゃ」
食「何で口調が変わるんです?」
み「真理を語る者は、こういう口調になる」
食「ボクは……。
食べたのは兵士だったと思うな」
み「何でよ?」
食「戦に出たくなかったんですよ」
み「へ?」
食「腐った馬の餌を食べて腹をこわせば……」
食「戦場に出なくていいって思ったわけです」
み「食中毒で死ぬかも知れんのよ」
み「当時は、抗生物質なんて無いんだから」
食「死んでもいいと思ったんじゃないですか。
戦場で斬り合いして死ぬくらいなら……」
食「腹をこわして死んだ方がマシだと」
み「実感がこもってるな。
前世は足軽?」
食「かも知れません。
NHKの大河ドラマとかで、合戦のシーンがあるでしょ」
食「子供のころ、それを家族で見ながら……。
顔には出しませんでしたけど……。
怖くてしょうがなかった」
食「自分ならどうするだろう……。
絶対に斬り合いなんか出来ないな」
↑考えすぎ
食「終わるまで、岩陰に隠れてようかとか……」
食「死んだふりして倒れてたら……。
誰も気づかないんじゃないか、なんてね」
み「情けな」
律「それが当たり前よ。
死ぬかも知れないんですもの」
食「ですよね。
でも、子供のころは……。
その気持、誰にも言えませんでした」
み「というわけで……。
合戦前夜、納豆食って腹こわそうとした?」
食「はい」
み「でも、それなら……。
どうして“納豆”の存在が、その地に伝わったんだ?
腹をこわそうとして、腐った馬の餌を食べたなんて……。
その兵士は、誰にも言わないだろ?」
食「うーん。
あ、そうだ。
案に相違して、腹をこわすことは出来なかった。
で、翌日は、イヤイヤ合戦に出たわけです」
食「ところが……。
手柄を立てちゃったんですね。
なぜか」
食「で、喜んだ兵士は……。
腐った馬の餌のおかげだって、吹聴した」
食「それで、腐った馬の餌を食べることが……。
兵士の間で、爆発的に流行したんですよ」
食「手柄を立てられる上に、美味しいんですから」
み「それが、地元にも伝わった?」
食「そうです」
み「ふーん。
わたしなら……。
納豆の効能だなんて、吹聴しないけどな。
黙ーって、ひとりで食べてる」
食「なんか……。
性格が出てますね」
み「どういう意味?」
食「そのまんまの意味ですけど」
律「ちょっと、2人とも。
あの発車ベル、『しらかみ』じゃないの?」
↑サウンドキーホルダー「テツオトサウンドポッド 山手線発車ベル」(エポック社)
食「あっ、しまった!
そうですよ!
走りましょう!」
み「またかよ!
朝もこうだったぞ」
↑秋田駅
律「早く!」
跨線橋の階段を、音立てて駆け下ります。
駅員さんが、ホイッスルを口に持って行きました。
み「その列車、待て~い」
律「何ふざけてるの!
乗りまーす」
ホイッスルを吹こうとした駅員さんがつんのめりました。
閉まりかけたドアから飛びこみます。
み「はぁ、はぁ」
食「ま、間に合いましたね」
律「ほんとにもう!
Mikiちゃんといると、どうしてこうなるのかしら」
み「わたしのせいなの?」
律「大半はね」
み「今回は……。
八幡太郎のせいだ」
よろめきながら、座席にたどりつき……。
リクライニングを倒して、思い切り大の字。
律「だらしないわよ」
み「何とでも言え」
発車ベルが止み……。
↑通票(△)とは何ぞや
ガタン。
列車が動き始めました。
窓の景色が、遠ざかって行きます。
み「え?」
さっきまでと、感じが違う。
律「ちょっと、Mikiちゃん!
この列車、逆に動いてる!」
み「うわわ。
後ずさってる」
み「どうしてよ!
列車間違えた?」
律「そんなわけないわよ。
あんな派手な車体、間違えようが無いでしょ」
律「この座席だって、確かにさっきまで座ってた席よ」
み「なら、どうして?
み「こら、食い鉄!
どうなっておるんだ!
列車が秋田に後戻りしてるぞ」
食「へっへっへ」
み「何だよ。
気味が悪いな」
食「これで、お分かりでしょ?」
み「何が?」
食「秋田を出るとき、右側だった席が……」
食「なぜ、日本海の見える左側の席に変じるか」
み「お分かりにならんわい。
いったい、どういうことだ?」
食「東能代駅のホームで見たでしょ。
五能線の起点の標識」
食「東能代から、五能線に入ったんですよ」
み「五能線に入ると、何で逆向きに走るんだ?」
食「青森まで早く行こうとするなら……。
奥羽本線にそのまんま乗ってればいいわけです」
食「でも、『リゾートしらかみ』は……。
わざわざ遠回りして、五能線を経由するわけです」
食「このへんの事情は、地図を見れば、ひと目でわかりますよ。
ほら」
み「なるほど。
そういうわけか。
でも、海は見えるかも知れんが……。
後ろ向きじゃぁな」
み「人生、前向きに行きたいものじゃ」
↑これは、前のめり。傘差し運転は止めましょう。
食「座席の向きを変えればいいんです」
↑夜中、トイレに行こうとしてこれを見たら……。背筋が凍るかもね。
食「みんなそうしてますよ」
み「へ?」
伸び上がって見ると……。
確かに、反対を向いてるのはわたしたちの座席だけです。
み「いつの間に?」
食「ボクらがホームに降りてる間ですよ」
み「ひょっとして……。
わざとホームに誘ったな?
驚かせようと思って」
食「当たりです。
でも、東能代に着く前に、車内放送がありましたよ」
み「聞こえなかった」
食「あんな大きい音で放送してたのに」
み「聞いてなかった」
食「そうだと思ったので、ホームに誘いました」
み「わたしは、列車が逆向きに走ることに、トラウマがあるのだ」
食「何のトラウマです?
確かに、異様に動揺してましたよね」
み「子供のころ、おんなじ夢を繰り返し見たんだ。
夜汽車の夢」
み「夢の中でもうたた寝してて……」
律「↑まーた、美化してる」
み「うるさい!
目が覚めると、列車が逆に走ってるの」
律「それのどこがトラウマなのよ?」
み「気分よ。
夢には、その夢特有の気分ってあるでしょ」
み「あの列車の夢はね……。
寂しいような不安なような……。
ほんと、切ない気分だった」
み「そう言えば、中学や高校に入ったばかりのとき……」
律「↑過剰美化!」
み「あんな気分だったな」
律「そのころ見た夢ってこと?」
み「もっと小さいころだと思うけど」
律「あくまで、↑こういう画像を使うわけね。
きっと、未来を暗示する夢だったのよ」
み「いつの間にか列車が逆に走ってるなんて、何の暗示よ?」
律「Mikiちゃんの人生そのものじゃないの」
み「てことは……。
あの夢を見てたころに……。
わたしの人生は、もう決まってたってこと?」
↑すでに将来が決まった“チビ鉄”
律「そうなんじゃないの」
み「くっそー。
逆向きの人生か。
でも、人生やり直せたら……」
み「やってみたい職業って、あるな」
律「たとえば?」
み「図書館の司書とかさ」
み「毎日、書棚の中で仕事できるもんね」
み「あとは……。
博物館の学芸員とか」
↑ルーブル美術館の学芸員だそうです。
み「先生は、何か無い?」
律「うーん。
医者になることしか考えてなかったから」
↑江戸時代末期の徳島の女医・稲井静庵(いないせいあん)
み「なるほど。
それが、一番幸せな人生かもね」
↑幸せな人生と云えば、この人(当ブログコメンターに、近い人がいますが)
み「成りたかった職業があって……。
実際、それになれたんだから。
でも、わたしも今、半分なりかけかも」
↑倉橋由美子訳ってのがスゴいね
律「何に?」
み「作家よ」
み「それで食べていくのはムリだけど……。
書いたものを読んでもらいたいって想いだけは……。
叶ったもの」
↑想いは叶姉妹(座布団三枚)
律「そうね」
み「なんか、この列車と似てるかも。
途中で逆向きになって、遠回りするけど……」
み「スゴく景色のいいところを通るわけだよね」
律「なるほど。
上手いとこ持ってったじゃない」
み「でしょー。
方向は逆向きでも、そっちを向けば前向きなのよ」
律「じゃ、前向きにならなきゃね」
み「だよね。
チミ、どうやって方向変えるんだ?」
↑只見線只見駅。人力による方向転換。
食「車内放送で説明がありましたよ(実際には、無いようです)」
↑おわかりでしょうが、『くまげら』の画像ではありません。
み「だから、聞いてなかったの。
ほれ、早く変えて」
食「座ってちゃ、変えられませんよ。
お立ちください」
↑君も早く、こうなるといいね(川崎市・金山神社 )
み「不便じゃのー」
↑これは便秘。「不便」とも云う?
食「それでは、回しますよ。
はい、出来上がり」
↑おわかりでしょうが、『くまげら』の画像ではありません。これは『青池』の車内。
み「簡単じゃん」
食「ちゃんと放送を聞いてれば、簡単です」
み「チミの座席は、変えないのか?」
食「このままでいいんです」
み「なんでよ?」
食「やっとこうして……。
向かい合わせになれたじゃないですか」
み「そういう魂胆か。
先生、どうする?
思い切り鬱陶しいけど」
律「いいじゃないの。
お話も聞きやすいし」
食「ありがとうございます!
あっ」
み「何だよ?」
食「もう、次の駅です」
み「早すぎだろ」
み「何て駅だよ?」
食「能代です。
東能代→能代間は、わずか5分ですね」
み「快速とは思えん」
食「東能代は……。
方向転換するわけですから、止めないわけにはいきませんし……。
能代は、このあたりの中心駅ですからね」
↑正直、中心駅には見えませんが……。
食「あと、能代駅には、お楽しみがあるんですよ」
み「何?
ストリップ?」
食「お願いですから、そこから離れてください」
み「じゃ、何だよ?」
食「降りてからのお楽しみ」
み「また降りるの?」
食「5分停車しますから」
み「たった5分?」
食「大丈夫。
お楽しみは、降りたホームにあります。
ほら、立って。
一番乗りしますよ」
み「せわしないのぅ。
座ったばっかりなのに」
食「婆さんみたいなこと、言わないでください」
食「若者は、起つ!」
み「バイアグラで?」
食「違います」
↑中国は大連。どうやったら、ここまでの間違い方が出来るのか……。
食い鉄くんに急かされ……。
停車を扉の前で待ちます。
停車とともに、ホームに降り立ちます。
食「ほら、こっちこっち。
じゃーん。
どうです?」
み「なんじゃこれ?」
食「見てわかりませんか?
バスケットゴールです」
み「そんなもん、見ればわかるわい。
何で駅のホームにバスケットゴールがあるのかと聞いておる」
食「能代は、バスケットの町なんです」
み「あ、能代工業か?」
食「知ってるじゃないですか」
み「それでバスケットゴールがあるわけ?」
食「それだけじゃないんですよ。
さて、これからがお楽しみ」
ゴールの周りには、たちまち人が集まって来ました。
駅員さんが、バスケットボールを食い鉄くんに渡しました。
食「行きますよ。
ここで見事ゴール出来れば、記念グッズをゲットできるんです」
み「なんとかならんか、そのフォーム」
食「必ず、決めてみせますからね」
み「お稲荷さんの狐が立ち上がったみたいなんだけど」
食「黙って!
それ!」
食い鉄くんの放ったボールは……。
ものの見事にリングを外れ、ボード上部を直撃。
食「入れ!」
リングにかすりもしませんでした。
食「あ、あぁぁ。
惜しい!」
み「どこがじゃ」
食「ちきしょー」
食い鉄くんは、その場に這いつくばり、ホームを叩いて悔しがってます。
食「記念グッズ、欲しかったのにぃぃ」
み「バカじゃないの」
跳ね返ったボールは、大きな放物線を描き……。
わたしの胸にすっぽりと収まりました。
↑毛唐は気合いが違います
律「次、Mikiちゃんよ」
み「よし!
こら、そこどかんか。
見苦しいやつ」
食い鉄くんは、“orz”のままゴール下を退場。
み「よ~し、見ておれよ。
それ!
あ」
ボールが手を離れた瞬間、まったくリングに向かってないのがわかりました。
ボールは、ボード下の角を直撃。
鋭角に角度を変え、真下に跳ねました。
↑Cコースですね
その下には、這いつくばったままの食い鉄くんが……。
↑凄絶な“orz”(広島県竹原市「二窓の神明祭」クライマックス)
食「あぎゃぁ」
ものの見事に、脳天直撃です。
↑必殺パイルドライバー(関係ないけど、面白い画像だったので)
み「当たった」
食「な、何の恨みが……」
ボールは大きく跳ねて……。
先生の腕にすっぽり。
み「もう一発、かましてやって」
律「あんな器用なこと、出来ないわよ」
先生は、ボールを頭上に構えると……。
狙いをつけた様子もなく、軽々と放りました。
ボールは、綺麗な放物線を描き……。
リングに触れることもなく、ネットの中にすっぽり。
あまりの見事なゴールに、周りから拍手が起きました。
駅「おめでとうございます。
記念グッズをどうぞ」
小走りに近づいた駅員さんから、記念グッズが先生の手に。
み「何それ?」
律「ハガキかしら?」
駅「能代は、『東洋一の木都』と呼ばれた町なんです。
木製のハガキになります」
み「このバカは……。
こんなのが欲しくて、這いつくばったのか?」
↑這いつくばる人(浅すぎません?)
そのバカが跳ね起きて、先生の手元に駆け寄って来ました。
食「い、いぃなぁ。
すみません!
もう一回、チャレンジさせてください」
駅「生憎、お一人様一回限りのトライとなっております」
食「そんなぁ……」
律「あの、よろしかったら、これどうぞ」
食「え?」
律「差し上げます」
食「ほ、ほんとですかぁ。
ほんとにいいんですかぁ」
と言いながら、すでに手が出てます。
食「こういう、お金で買えないグッズは、ものすごく貴重なんですよ」
み「チミ。
帰ってから、ゴールを決めたって吹聴するつもりじゃないだろうな?」
食「もちろん、そうさせていただきます」
み「セコいやつ。
先生、そろそろ乗ろうか。
5分停車でしょ」
律「そうね」
食「あっ。
いけね!」
突然、食い鉄くんがホームを走り出しました。
↑異様に機敏なデブって、いますよね。
み「どうしたんだ、あいつ?」
律「スゴい勢いね」
み「脳にバイキンが回ったんじゃないのか?」
み「放っといて、乗ろう」
座席から前を見通しても、食い鉄くんの姿は見えません。
み「マジで、乗り遅れるんじゃないの、あいつ?
ま、いいか。
座席が広くなって」
律「ヒドいやつ」
み「ところで、先生って、バスケットやってたの?」
↑藤吉佐緒里選手(シャンソン):文句なしに美人!
律「やったわよ、
体育の授業で」
↑14番、番号が後ろ前だろ
み「そうでなくて。
部活とか」
律「わたしは勉強一筋」
み「さっき、スゴくカッコよかったじゃない」
↑これも藤吉選手
律「気にしないで。
何やっても、そうだから」
み「腹ん立つ」
律「あ、彼、間に合ったみたい」