2012.3.3(土)
み「地学、習ったんだろ?」
食「忘れましたよ、もう。
受験科目じゃ無かったし」
み「受験科目じゃなきゃ、勉強しないのか。
嘆かわしいのぅ」
食「あなた、したんですか?」
み「受験科目でさえ、しなかったわい」
み「参ったか」
↑ふんぞりカエル
食「はい」
み「恐れ入谷の……」
食「鬼子母神」
律「やっぱり、夫婦漫才出来るわよ」
み「積極的にお断り」
食「それは、こっちのセリフです」
律「仲がよろしいわね」
み「良くないの!」
律「2人に免じて、質問は取り下げましょう」
み「免じなくていい」
律「でも、結局何が言いたかったの?」
み「忘れちゃったよ、ヘンな茶々入れるから」
食「太平洋と日本海は違うって話じゃなかったですか?」
み「おー、それそれ。
太平洋ってのは、海洋プレートに載ってるから……」
み「本物の海なわけ。
それに対し、日本海が載ってるのは……。
大陸プレート」
み「つまり!
日本海ってのは、内陸の湖みたいなもんだね。
実際、日本が大陸と地続きだったころは……。
正真正銘の湖だったわけでしょ」
食「あ、そろそろ、東能代に着きますよ。
席に戻りましょう」
み「なんで?」
食「この列車が走りだしたとき……。
お2人が感じた疑問があったでしょ?」
み「何だっけ?」
食「……。
忘れたんですか?」
み「何か感じた?」
律「さぁ」
食「ずっと楽しみにしてたのに……」
み「何を?」
食「答えをご披露できる時をです」
み「構わぬから、ここでご披露したまえ」
み「でも、答えの前に……。
疑問の方を先に披露してもらわねばならんな」
食「張り合いがないなぁ。
もちろん、ここで披露してもいいんですが……。
ボクたち、ちょっと占有しすぎでしょ」
律「そろそろ、譲らなきゃ」
み「ま、それもそうだね。
じゃ、席に戻ろうか」
特等席を起つと……。
さっきの小学生が、恨めしそうな顔で立ってました。
ずっと、席の空くのを待ってたようです。
ごめんね。
さて、席に戻ると間もなく……。
列車は、ホームに滑りこみました。
東能代です。
食「ちょっと、ホームに出て見ませんか?」
み「何でよ?
置いてかれたらタイヘンでしょ」
食「大丈夫です。
ここでは、11分停車しますから」
み「なんでそんなに停車するんだ?」
食「『リゾートしらかみ』は、特急でも急行でもありませんからね。
急いでる人は、乗らないんです」
み「でも、快速なんでしょ」
食「快速と云うのは、各駅停車じゃないってだけですよ。
とにかく、降りましょう」
み「何も無さそうな駅だけどな」
食「秋田駅では、駆け込み乗車みたいでしたよね」
律「そう!
この人が、ホテルでもたもたしてて。
危うく乗り遅れるところだったんですよ」
み「わたしのせいなの?」
律「100%そうでしょ。
8時回るまで、浴衣でのうのうとしてて」
み「ふん」
食「それは、危なかったですね。
それじゃ……。
この車両の全貌は、まだご覧になってないですね」
み「さっき、ご覧になったぞ。
端っこまで探検してきたからな」
食「それは、車両の中ですよね。
外からは、まだ見てないでしょ」
み「そんなもん、見てどうする」
食「列車に乗る際の基本ですから。
車両の頭から尻尾まで、じっくり検分するってのは」
み「なんでよ?」
食「自分の乗る列車の全貌を、しっかり把握しておかないと……。
落ち着かないでしょ」
み「別に」
食「内田百閒だって、そう言ってます」
み「『阿房列車』?」
食「そうです。
知ってるじゃないですか」
み「百閒のユーモア、面白いよね」
食「ですね」
み「弟子だかアシスタントだかの人がいたでしょ」
↑左:内田百閒/右:平山三郎
食「ヒマラヤ山系氏ですね」
み「山男なのか?」
食「単に、本名の平山のもじりですよ」
み「その人のキタナーいボストンバッグを例えて……。
『死んだ猫に手をつけたような』って書いてあったな」
↑これは、生きた猫鞄
み「非常に印象に残っておる」
食「で、とにかく!
本来であれば、乗車時間には余裕を持って駅に着き……。
発車前に全貌を把握するのが基本です」
↑東京駅の1日駅長を務めたときの百閒
食「しかし、お2人はそれが出来なかったわけですから……。
ここで、列車の全貌を、ホームから見てみましょうよ」
み「それじゃ、付き合ってやるか」
ホームに出ると、けっこう降りてる人がいました。
そこここで、車両をバックに記念撮影をしてます。
み「4両しか無いから……。
こっからでも、全部見えちゃうよな」
食「じゃ、もうちょっと離れて見ましょう」
み「ホームから落ちちゃうだろ」
食「そうじゃなくて。
反対側のホームに渡って見るんです」
み「そこまでする?」
食「もちろん」
律「いいじゃないの。
これからも、ずっと座ってるんだから。
少し運動しましょうよ」
食「ですよね」
み「そんなら、わたしをおぶって」
律「行きましょ」
食「はいはい」
み「無視、するなー」
古びた跨線橋を渡り、隣のホームへ。
み「予想したとおり……。
何の変哲も無いが」
食「あるじゃないですか。
ここからなら、車両の全貌がファインダーに収まりますよ」
食「ほら、カメラ、カメラ」
み「座席に忘れて来た」
食「何で忘れるんです!」
み「チミだって、持ってないじゃないか」
食「ボクは、脳内に記憶するから大丈夫です」
食「なまじカメラなんか持ってると……。
目で見るということを、忘れてしまいますよ」
み「じゃ、何で人にカメラを勧めるわけ?」
食「あなたの記憶は頼りなさそうなので……」
食「写真に撮った方がいいかなと」
み「失敬なヤツ」
食「携帯ならあるでしょ」
み「あ、そうか。
それじゃ、1枚撮ろうか」
食「ボクが撮ってあげますよ。
2人、並んで下さい」
み「おー、すまんの。
ほれ、携帯」
食「それじゃ、撮りますよ……。
って、この携帯、ロックが掛かってますけど」
み「あ、そうか。
ちょっと貸して。
暗証番号、入れるから」
律「案外、慎重派なのね」
み「『Mikiko's Room』が、お気に入りに入ってたりするからね」
み「落っことしたら、ヤバいもの」
食「何です、みきこずなんとかって?」
み「知らなくていい話。
ほれ、外したよ」
食「それじゃ、並んで下さい。
はい……、チーズ」
『カシャ!』
2人の晴れ姿、お見せできないのが残念です。
み「チミも撮ってやろうか」
食「ボクは、いいですよ」
み「あ、フレームに収まらないか」
食「失礼だなぁ。
まぁ、先は長いですから……。
ここはいいですよ。
それより、面白いもの、お見せします」
↑これは、面白い顔
み「なに!
いよいよ、ストリップか?」
↑これは、スプリット
食「ありませんって。
ほら、こっちです」
み「また歩くのきゃ?」
食「もう、見えて来たでしょ」
み「あー。
クマゲラくんが、もう一人」
食「ご対面ですね」
律「何ですの、これ?」
食「待合室です」
み「こんなそっくりなデザインにしたら……。
間違えて、こっちに乗っちゃう人がいないか?」
食「開設以来、ひとりもいません」
み「あっ、そう」
食「そしてほら、これ」
み「おー。
五能線って、ここから始まるの?」
食「そうです」
み「五能線の“能”は、能代の“能”だったのか」
食「知らなかったんですか?」
み「世間の人は、フツー、知らんよ。
“五”は、どこ?」
食「さて、どこでしょう?」
み「さては、知らんな」
食「これを知らない“鉄”なんて、いませんよ」
み「“五”が付く地名なんて……。
日本にあったか?」
↑広島の居酒屋
食「あります」
み「新潟県に、護摩堂山があるが」
↑護摩堂山(274メートル)/紫陽花で有名
食「字が違うでしょ。
数字の“五”ですよ」
み「わかった。
♪京の五条の橋の上♪」
↑大正時代の五条大橋
食「♪だーいの男の弁慶が♪」
食「違います!
京都に行ってどうするんですか」
み「いちいち乗らんでもよろしい」
食「サービスです。
列車に乗り遅れるとタイヘンなので、答えを言います。
五所川原です」
み「あー。
青森の」
食「そうです。
青森側からは、五所川原線。
秋田側からは、能代線。
これが、両側から伸びて繋がったのが……。
五能線です」
み「五所川原って……。
相撲の漫画にあったよね」
食「妙な知識がありますね。
『うっちゃれ五所瓦』でしょ」
食「“かわら”の字が違いますけど」
↑下関名物“瓦そば”
み「あの人の漫画、好きだったんだ。
野球漫画もあったよね」
食「『わたるがぴゅん!』」
み「それそれ」
食「ちょっと、中に入ってみましょう」
み「おー、椅子がある」
食「当たり前でしょ。
待合室なんだから。
もっと別のものに驚いてくださいよ。
ほら、特産品が飾ってある」
み「曲げわっぱがあるな」
食「♪はいなー」
み「何それ」
食「♪秋田音頭です♪」
食「♪大館曲げわっぱ♪
♪キタカサッサー」
み「ふーん」
食「乗ってくださいよ」
み「何が悲しゅうて……。
駅の待合室で秋田音頭を踊らにゃならんのだ」
食「それじゃ……。
もっと、面白いものをお見せしましょう」
み「まさか……。
チミが脱ぐんじゃあるまいな?」
食「わけないでしょ!
その発想から離れてくださいよ。
ほら、こっちです。
じゃーん」
み「何これ」
食「運転席ですが」
み「今日び……。
小学生でも喜ばんぞ」
食「えー。
この運転席で、待合室が動かせるんですけど」
み「なに!」
食「ウソですよー」
み「くそー」
食「そろそろ帰りましょう。
乗り遅れたらタイヘンです」
再び跨線橋を渡ります。
食「あ、そうそう。
さっきの秋田音頭で思い出しました。
この東能代ですが……。
もとの駅名を、機織(はたおり)と云ったんです」
↑昭和14年2月3日午後2時製造の駅弁(「機織驛前」の表示があります)
み「新潟にも、帯織(おびおり)って駅があるよ」
み「このあたり、織物が盛んだったのか?」
食「近くに、檜山城があって……」
食「城主の姫君が、機織りにいそしんでたことに由来するそうです」
み「秋田音頭で思い出したって云うけど……。
織物なんて、秋田音頭の歌詞に出てくるか?」
食「檜山城の“ヒヤマ”ですよ」
み「あ。
桧山納豆!」
食「♪キタカサッサー♪
檜山城の跡は、公園として整備されてます」
み「ほー」
食「♪ヨイサッサー♪
小高い丘で、見晴らしがいいですよ」
み「納豆は、今でも名産なの?」
食「♪ヨイナー♪」
み「いちいち、合いの手入れるな!」
食「昔ながらの“わらつと”に入って売られてます」
食「今のご主人は、確か十四代目くらいじゃないかな?」
み「十四代?
一代30年としても……。
電卓電卓」
食「“14×30=”……。
420年ですね」
み「江戸以前じゃないの。
水戸から伝わったのか?」
食「その可能性は、おおいに大です。
なにしろ、初代久保田藩主・佐竹義宣は……」
↑肖像画だそうですが……、顔がわからんだろ!
食「水戸から来たんですから」
み「そうなの?」
食「元々は、常陸の国54万石の城主でした」
食「でも、関ヶ原の戦いで、徳川方に加担しなかった祟りで……」
食「1602年、21万石の秋田に転封されたんです」
み「左遷ってこと?」
食「そうです」
み「それで、水戸納豆が伝わった?」
食「自然に考えれば、そうですが……。
逆の面白い説もあるんですよ」
み「どんな?」
食「秋田に転封されるとき……。
義宣は、水戸の美人を、みんな秋田に連れて来たんだそうです。
それで、秋田には美人が多くなり……」
↑1953年、木村伊兵衛撮影(モデルさんではありません。大曲の田んぼで農作業をしてた人だそうです)
食「逆に、水戸には少なくなった」
み「ほんまきゃー?」
食「で、美人をごっそり連れてきた見返りに……。
水戸には、桧山納豆を伝えた」
み「美人と納豆じゃ、割に合わんじゃないの。
水戸って、そんなに美人が少ないの?」
食「さぁ。
行ったのは、1,2度ですけど……。
そんな感じはありませんでしたけどね。
あ、納豆の伝播には、もう一説あるんです」
み「言ったんさい」
食「八幡太郎義家って、ご存知ですか?」
み「聞いたこと、あるような……」
律「日本史の女王じゃなかったの?」
み「かつての栄光じゃ」
食「何です、それ?」
み「いいから、続けて」
食「八幡太郎義家、すなわち源義家ですが……」
食「どういう人か、ご存知ですか?」
み「いいから、続けて!」
食「清和天皇の血を引く名門の出です。
いわゆる、清和源氏ですね」
食「ちなみに、鎌倉幕府を開いた源頼朝は……」
食「義家のひ孫にあたります。
室町幕府を開いた足利尊氏も子孫のひとりです」
み「ほー」
食「いつごろの人だったか、知ってます?」
み「いいから、続けて!」
食「平安時代後期ですよ」
食「1039年の生まれとする説が有力です」
み「惜しい人を亡くしたね」
み「生きてれば、970歳か」
食「生きてるわけないでしょ」
み「どこの人よ?」
食「生誕地も、諸説あるようです。
鎌倉とも……。
大阪の羽曳野とも云われてます」
み「けっこう有名な人?」
食「昔から有名ですね。
徳川家康の“家”は、義家から取ったって説もあります」
み「ほー。
で、何した人よ」
食「ま、新興武士勢力の旗頭ですね」
食「戦に明け暮れた人です。
『前九年の役』や『後三年の役』で、東北に遠征してます」
↑奥羽本線・後三年駅(秋田県仙北郡美郷町)。『後三年の役』の古戦場だそうです。
食「で……。
なぜか、その遠征ルート上に、秋田や水戸など……。
納豆の発祥伝説のある地が、連なってるんです」
↑横手市にある碑
み「どゆこと?」
食「つまり、納豆は……。
義家の遠征途中で、偶然出来たものじゃないか、と云われてるんです」
み「どうやれば、納豆なんかが偶然できるんだ?」
食「軍馬の餌に、大豆が使われてたようです」
↑今でも、飼料として使われてます
食「煮た大豆を乾燥させて、俵に入れて運んでたんです」
食「で、『後三年の役』でのこと。
戦いが長引いて、馬の飼料が不足してしまいました。
そこで、近隣の農民に、馬の飼料として、煮た大豆を差し出すように命じた」
食「急かされた農民は、大豆を冷まず……。
熱いまま、俵に詰めて差し出した」
食「数日後……。
その大豆は、匂いを発し始めた。
俵を開いてみると、糸を引いてたわけです」
み「それが納豆?」
食「ですね」
み「てことは、食べたわけね。
人が」
食「当然でしょ」
み「誰が食べたんだ?」
食「知りませんよ。
兵士のひとりじゃないですか?」
み「おかしいだろ。
もともとは、馬の餌でしょ。
それが、ニオイを放って、糸まで引いてるんでしょ」
み「誰だって、腐ったと思うよ」
食「ま、そうかも知れませんね」
み「腐った馬の餌を、兵士が食うか?」
食「食いませんか?」
み「食わんだろ。
あ、そうか。
誰が食べたか、わかった!」
食「誰です?」
み「農民だよ」
食「どうして農民が食べるんです?
煮豆は、軍に差し出しちゃってるんですよ」
み「腐ってる豆を差し出したということで……。
農民は、軍に呼び出されたわけよ。
で、罰として……。
その腐った馬の餌を食わされた」
食「つまり、納豆を?」
み「そう。
頬張った瞬間は、気持ち悪かっただろうね。
でも、我慢して噛み締めてみると……。
案に相違して、食べられることがわかった」
↑猫も食うなり。
み「それどころか……。
タダの煮豆より、数段美味しい」
み「こりゃイケるでねえか、と思ったものの……。
もちろん、顔には出さない」
み「罰のつもりが、そうじゃなかったってことがわかったら……。
別の罰を受けるかも知れないからね」
み「で、苦しそうな顔しながら、納豆をたらふく食べたわけ」
み「村に帰った農民たちは、『ウマかっただなや』と囁き交わした」
み「後で腹をこわすんじゃないかと心配したけど……」
み「何ともない」
食「忘れましたよ、もう。
受験科目じゃ無かったし」
み「受験科目じゃなきゃ、勉強しないのか。
嘆かわしいのぅ」
食「あなた、したんですか?」
み「受験科目でさえ、しなかったわい」
み「参ったか」
↑ふんぞりカエル
食「はい」
み「恐れ入谷の……」
食「鬼子母神」
律「やっぱり、夫婦漫才出来るわよ」
み「積極的にお断り」
食「それは、こっちのセリフです」
律「仲がよろしいわね」
み「良くないの!」
律「2人に免じて、質問は取り下げましょう」
み「免じなくていい」
律「でも、結局何が言いたかったの?」
み「忘れちゃったよ、ヘンな茶々入れるから」
食「太平洋と日本海は違うって話じゃなかったですか?」
み「おー、それそれ。
太平洋ってのは、海洋プレートに載ってるから……」
み「本物の海なわけ。
それに対し、日本海が載ってるのは……。
大陸プレート」
み「つまり!
日本海ってのは、内陸の湖みたいなもんだね。
実際、日本が大陸と地続きだったころは……。
正真正銘の湖だったわけでしょ」
食「あ、そろそろ、東能代に着きますよ。
席に戻りましょう」
み「なんで?」
食「この列車が走りだしたとき……。
お2人が感じた疑問があったでしょ?」
み「何だっけ?」
食「……。
忘れたんですか?」
み「何か感じた?」
律「さぁ」
食「ずっと楽しみにしてたのに……」
み「何を?」
食「答えをご披露できる時をです」
み「構わぬから、ここでご披露したまえ」
み「でも、答えの前に……。
疑問の方を先に披露してもらわねばならんな」
食「張り合いがないなぁ。
もちろん、ここで披露してもいいんですが……。
ボクたち、ちょっと占有しすぎでしょ」
律「そろそろ、譲らなきゃ」
み「ま、それもそうだね。
じゃ、席に戻ろうか」
特等席を起つと……。
さっきの小学生が、恨めしそうな顔で立ってました。
ずっと、席の空くのを待ってたようです。
ごめんね。
さて、席に戻ると間もなく……。
列車は、ホームに滑りこみました。
東能代です。
食「ちょっと、ホームに出て見ませんか?」
み「何でよ?
置いてかれたらタイヘンでしょ」
食「大丈夫です。
ここでは、11分停車しますから」
み「なんでそんなに停車するんだ?」
食「『リゾートしらかみ』は、特急でも急行でもありませんからね。
急いでる人は、乗らないんです」
み「でも、快速なんでしょ」
食「快速と云うのは、各駅停車じゃないってだけですよ。
とにかく、降りましょう」
み「何も無さそうな駅だけどな」
食「秋田駅では、駆け込み乗車みたいでしたよね」
律「そう!
この人が、ホテルでもたもたしてて。
危うく乗り遅れるところだったんですよ」
み「わたしのせいなの?」
律「100%そうでしょ。
8時回るまで、浴衣でのうのうとしてて」
み「ふん」
食「それは、危なかったですね。
それじゃ……。
この車両の全貌は、まだご覧になってないですね」
み「さっき、ご覧になったぞ。
端っこまで探検してきたからな」
食「それは、車両の中ですよね。
外からは、まだ見てないでしょ」
み「そんなもん、見てどうする」
食「列車に乗る際の基本ですから。
車両の頭から尻尾まで、じっくり検分するってのは」
み「なんでよ?」
食「自分の乗る列車の全貌を、しっかり把握しておかないと……。
落ち着かないでしょ」
み「別に」
食「内田百閒だって、そう言ってます」
み「『阿房列車』?」
食「そうです。
知ってるじゃないですか」
み「百閒のユーモア、面白いよね」
食「ですね」
み「弟子だかアシスタントだかの人がいたでしょ」
↑左:内田百閒/右:平山三郎
食「ヒマラヤ山系氏ですね」
み「山男なのか?」
食「単に、本名の平山のもじりですよ」
み「その人のキタナーいボストンバッグを例えて……。
『死んだ猫に手をつけたような』って書いてあったな」
↑これは、生きた猫鞄
み「非常に印象に残っておる」
食「で、とにかく!
本来であれば、乗車時間には余裕を持って駅に着き……。
発車前に全貌を把握するのが基本です」
↑東京駅の1日駅長を務めたときの百閒
食「しかし、お2人はそれが出来なかったわけですから……。
ここで、列車の全貌を、ホームから見てみましょうよ」
み「それじゃ、付き合ってやるか」
ホームに出ると、けっこう降りてる人がいました。
そこここで、車両をバックに記念撮影をしてます。
み「4両しか無いから……。
こっからでも、全部見えちゃうよな」
食「じゃ、もうちょっと離れて見ましょう」
み「ホームから落ちちゃうだろ」
食「そうじゃなくて。
反対側のホームに渡って見るんです」
み「そこまでする?」
食「もちろん」
律「いいじゃないの。
これからも、ずっと座ってるんだから。
少し運動しましょうよ」
食「ですよね」
み「そんなら、わたしをおぶって」
律「行きましょ」
食「はいはい」
み「無視、するなー」
古びた跨線橋を渡り、隣のホームへ。
み「予想したとおり……。
何の変哲も無いが」
食「あるじゃないですか。
ここからなら、車両の全貌がファインダーに収まりますよ」
食「ほら、カメラ、カメラ」
み「座席に忘れて来た」
食「何で忘れるんです!」
み「チミだって、持ってないじゃないか」
食「ボクは、脳内に記憶するから大丈夫です」
食「なまじカメラなんか持ってると……。
目で見るということを、忘れてしまいますよ」
み「じゃ、何で人にカメラを勧めるわけ?」
食「あなたの記憶は頼りなさそうなので……」
食「写真に撮った方がいいかなと」
み「失敬なヤツ」
食「携帯ならあるでしょ」
み「あ、そうか。
それじゃ、1枚撮ろうか」
食「ボクが撮ってあげますよ。
2人、並んで下さい」
み「おー、すまんの。
ほれ、携帯」
食「それじゃ、撮りますよ……。
って、この携帯、ロックが掛かってますけど」
み「あ、そうか。
ちょっと貸して。
暗証番号、入れるから」
律「案外、慎重派なのね」
み「『Mikiko's Room』が、お気に入りに入ってたりするからね」
み「落っことしたら、ヤバいもの」
食「何です、みきこずなんとかって?」
み「知らなくていい話。
ほれ、外したよ」
食「それじゃ、並んで下さい。
はい……、チーズ」
『カシャ!』
2人の晴れ姿、お見せできないのが残念です。
み「チミも撮ってやろうか」
食「ボクは、いいですよ」
み「あ、フレームに収まらないか」
食「失礼だなぁ。
まぁ、先は長いですから……。
ここはいいですよ。
それより、面白いもの、お見せします」
↑これは、面白い顔
み「なに!
いよいよ、ストリップか?」
↑これは、スプリット
食「ありませんって。
ほら、こっちです」
み「また歩くのきゃ?」
食「もう、見えて来たでしょ」
み「あー。
クマゲラくんが、もう一人」
食「ご対面ですね」
律「何ですの、これ?」
食「待合室です」
み「こんなそっくりなデザインにしたら……。
間違えて、こっちに乗っちゃう人がいないか?」
食「開設以来、ひとりもいません」
み「あっ、そう」
食「そしてほら、これ」
み「おー。
五能線って、ここから始まるの?」
食「そうです」
み「五能線の“能”は、能代の“能”だったのか」
食「知らなかったんですか?」
み「世間の人は、フツー、知らんよ。
“五”は、どこ?」
食「さて、どこでしょう?」
み「さては、知らんな」
食「これを知らない“鉄”なんて、いませんよ」
み「“五”が付く地名なんて……。
日本にあったか?」
↑広島の居酒屋
食「あります」
み「新潟県に、護摩堂山があるが」
↑護摩堂山(274メートル)/紫陽花で有名
食「字が違うでしょ。
数字の“五”ですよ」
み「わかった。
♪京の五条の橋の上♪」
↑大正時代の五条大橋
食「♪だーいの男の弁慶が♪」
食「違います!
京都に行ってどうするんですか」
み「いちいち乗らんでもよろしい」
食「サービスです。
列車に乗り遅れるとタイヘンなので、答えを言います。
五所川原です」
み「あー。
青森の」
食「そうです。
青森側からは、五所川原線。
秋田側からは、能代線。
これが、両側から伸びて繋がったのが……。
五能線です」
み「五所川原って……。
相撲の漫画にあったよね」
食「妙な知識がありますね。
『うっちゃれ五所瓦』でしょ」
食「“かわら”の字が違いますけど」
↑下関名物“瓦そば”
み「あの人の漫画、好きだったんだ。
野球漫画もあったよね」
食「『わたるがぴゅん!』」
み「それそれ」
食「ちょっと、中に入ってみましょう」
み「おー、椅子がある」
食「当たり前でしょ。
待合室なんだから。
もっと別のものに驚いてくださいよ。
ほら、特産品が飾ってある」
み「曲げわっぱがあるな」
食「♪はいなー」
み「何それ」
食「♪秋田音頭です♪」
食「♪大館曲げわっぱ♪
♪キタカサッサー」
み「ふーん」
食「乗ってくださいよ」
み「何が悲しゅうて……。
駅の待合室で秋田音頭を踊らにゃならんのだ」
食「それじゃ……。
もっと、面白いものをお見せしましょう」
み「まさか……。
チミが脱ぐんじゃあるまいな?」
食「わけないでしょ!
その発想から離れてくださいよ。
ほら、こっちです。
じゃーん」
み「何これ」
食「運転席ですが」
み「今日び……。
小学生でも喜ばんぞ」
食「えー。
この運転席で、待合室が動かせるんですけど」
み「なに!」
食「ウソですよー」
み「くそー」
食「そろそろ帰りましょう。
乗り遅れたらタイヘンです」
再び跨線橋を渡ります。
食「あ、そうそう。
さっきの秋田音頭で思い出しました。
この東能代ですが……。
もとの駅名を、機織(はたおり)と云ったんです」
↑昭和14年2月3日午後2時製造の駅弁(「機織驛前」の表示があります)
み「新潟にも、帯織(おびおり)って駅があるよ」
み「このあたり、織物が盛んだったのか?」
食「近くに、檜山城があって……」
食「城主の姫君が、機織りにいそしんでたことに由来するそうです」
み「秋田音頭で思い出したって云うけど……。
織物なんて、秋田音頭の歌詞に出てくるか?」
食「檜山城の“ヒヤマ”ですよ」
み「あ。
桧山納豆!」
食「♪キタカサッサー♪
檜山城の跡は、公園として整備されてます」
み「ほー」
食「♪ヨイサッサー♪
小高い丘で、見晴らしがいいですよ」
み「納豆は、今でも名産なの?」
食「♪ヨイナー♪」
み「いちいち、合いの手入れるな!」
食「昔ながらの“わらつと”に入って売られてます」
食「今のご主人は、確か十四代目くらいじゃないかな?」
み「十四代?
一代30年としても……。
電卓電卓」
食「“14×30=”……。
420年ですね」
み「江戸以前じゃないの。
水戸から伝わったのか?」
食「その可能性は、おおいに大です。
なにしろ、初代久保田藩主・佐竹義宣は……」
↑肖像画だそうですが……、顔がわからんだろ!
食「水戸から来たんですから」
み「そうなの?」
食「元々は、常陸の国54万石の城主でした」
食「でも、関ヶ原の戦いで、徳川方に加担しなかった祟りで……」
食「1602年、21万石の秋田に転封されたんです」
み「左遷ってこと?」
食「そうです」
み「それで、水戸納豆が伝わった?」
食「自然に考えれば、そうですが……。
逆の面白い説もあるんですよ」
み「どんな?」
食「秋田に転封されるとき……。
義宣は、水戸の美人を、みんな秋田に連れて来たんだそうです。
それで、秋田には美人が多くなり……」
↑1953年、木村伊兵衛撮影(モデルさんではありません。大曲の田んぼで農作業をしてた人だそうです)
食「逆に、水戸には少なくなった」
み「ほんまきゃー?」
食「で、美人をごっそり連れてきた見返りに……。
水戸には、桧山納豆を伝えた」
み「美人と納豆じゃ、割に合わんじゃないの。
水戸って、そんなに美人が少ないの?」
食「さぁ。
行ったのは、1,2度ですけど……。
そんな感じはありませんでしたけどね。
あ、納豆の伝播には、もう一説あるんです」
み「言ったんさい」
食「八幡太郎義家って、ご存知ですか?」
み「聞いたこと、あるような……」
律「日本史の女王じゃなかったの?」
み「かつての栄光じゃ」
食「何です、それ?」
み「いいから、続けて」
食「八幡太郎義家、すなわち源義家ですが……」
食「どういう人か、ご存知ですか?」
み「いいから、続けて!」
食「清和天皇の血を引く名門の出です。
いわゆる、清和源氏ですね」
食「ちなみに、鎌倉幕府を開いた源頼朝は……」
食「義家のひ孫にあたります。
室町幕府を開いた足利尊氏も子孫のひとりです」
み「ほー」
食「いつごろの人だったか、知ってます?」
み「いいから、続けて!」
食「平安時代後期ですよ」
食「1039年の生まれとする説が有力です」
み「惜しい人を亡くしたね」
み「生きてれば、970歳か」
食「生きてるわけないでしょ」
み「どこの人よ?」
食「生誕地も、諸説あるようです。
鎌倉とも……。
大阪の羽曳野とも云われてます」
み「けっこう有名な人?」
食「昔から有名ですね。
徳川家康の“家”は、義家から取ったって説もあります」
み「ほー。
で、何した人よ」
食「ま、新興武士勢力の旗頭ですね」
食「戦に明け暮れた人です。
『前九年の役』や『後三年の役』で、東北に遠征してます」
↑奥羽本線・後三年駅(秋田県仙北郡美郷町)。『後三年の役』の古戦場だそうです。
食「で……。
なぜか、その遠征ルート上に、秋田や水戸など……。
納豆の発祥伝説のある地が、連なってるんです」
↑横手市にある碑
み「どゆこと?」
食「つまり、納豆は……。
義家の遠征途中で、偶然出来たものじゃないか、と云われてるんです」
み「どうやれば、納豆なんかが偶然できるんだ?」
食「軍馬の餌に、大豆が使われてたようです」
↑今でも、飼料として使われてます
食「煮た大豆を乾燥させて、俵に入れて運んでたんです」
食「で、『後三年の役』でのこと。
戦いが長引いて、馬の飼料が不足してしまいました。
そこで、近隣の農民に、馬の飼料として、煮た大豆を差し出すように命じた」
食「急かされた農民は、大豆を冷まず……。
熱いまま、俵に詰めて差し出した」
食「数日後……。
その大豆は、匂いを発し始めた。
俵を開いてみると、糸を引いてたわけです」
み「それが納豆?」
食「ですね」
み「てことは、食べたわけね。
人が」
食「当然でしょ」
み「誰が食べたんだ?」
食「知りませんよ。
兵士のひとりじゃないですか?」
み「おかしいだろ。
もともとは、馬の餌でしょ。
それが、ニオイを放って、糸まで引いてるんでしょ」
み「誰だって、腐ったと思うよ」
食「ま、そうかも知れませんね」
み「腐った馬の餌を、兵士が食うか?」
食「食いませんか?」
み「食わんだろ。
あ、そうか。
誰が食べたか、わかった!」
食「誰です?」
み「農民だよ」
食「どうして農民が食べるんです?
煮豆は、軍に差し出しちゃってるんですよ」
み「腐ってる豆を差し出したということで……。
農民は、軍に呼び出されたわけよ。
で、罰として……。
その腐った馬の餌を食わされた」
食「つまり、納豆を?」
み「そう。
頬張った瞬間は、気持ち悪かっただろうね。
でも、我慢して噛み締めてみると……。
案に相違して、食べられることがわかった」
↑猫も食うなり。
み「それどころか……。
タダの煮豆より、数段美味しい」
み「こりゃイケるでねえか、と思ったものの……。
もちろん、顔には出さない」
み「罰のつもりが、そうじゃなかったってことがわかったら……。
別の罰を受けるかも知れないからね」
み「で、苦しそうな顔しながら、納豆をたらふく食べたわけ」
み「村に帰った農民たちは、『ウマかっただなや』と囁き交わした」
み「後で腹をこわすんじゃないかと心配したけど……」
み「何ともない」