2012.3.3(土)
み「温泉?
八郎潟に浸かるんじゃなかろうな?」
食「違いますって」
み「生臭くなりそうだもんな」
↑生臭坊主
食「モール温泉と云います」
み「聞いたことない」
食「だから珍しいって言ったでしょ。
500万年前の海水が、地層水となった温泉ですね」
み「何か馳走してくれるのか?」
食「また、ワザとボケましたね。
ご馳走じゃなくて、地学で習う地層です」
み「うちの高校、選択なかったもん」
食「あぁ、そういう学校、多いみたいですね」
み「でもな。
模試で受けたことがあるのだよ」
み「地学を」
食「独学してたんですか?」
↑これは、独眼竜
み「するわけないじゃん」
食「それじゃ、何で模試なんか受けるんです?」
み「超能力の実験」
食「は?」
み「まったくわからない問題を、勘だけで解いたらどうなるかってね」
食「ヒマですね」
み「何とでも言え。
結果を聞いて驚くな。
50点満点で、45点だったのだよ」
食「うそでしょ」
み「わたし自身、驚いた。
マジメに受けた科目より点が良かったのには、腹立ったけど」
食「全科目、ぜんぜん勉強しなければ良かったんじゃないですか?」
み「わたしもそう思ったが……。
残念ながら、アフターカーニバルってことよ」
食「何です、それ?」
み「知らんの?
後の祭り」
食「話を続けていいですか」
み「祭りの話か?」
食「温泉の話ですよ。
モール温泉」
み「“もーる”ってのは、日本語?」
食「なわけないでしょ。
どんな字書くんですか」
み「ショッピングモールのモール(Mall)?」
食「腐植質という意味のドイツ語です(Moor)。
今から、500万年前のこと……。
新生代ですね」
食「恐竜の絶滅後になります」
食「哺乳類が栄え、豊かな草原が地球を覆ってました」
食「その植物が腐植質となり、温泉に溶けこんだんです」
み「特徴は?」
食「何と言っても、色ですね。
茶褐色。
腐植質を多く含みますから。
濃淡は、温泉によって差があるようです。
飴色もあれば……」
食「濃いところでは、ほとんどコーラ色」
食「さらには、温泉熱の皮下浸透度が高いことが挙げられます。
短時間で体の芯まで温まるんですよ」
食「保湿成分も多く含まれてて、美肌効果もあります」
み「おー。
そりゃええわい」
食「『ポルダー潟の湯』っていう日帰りの入浴施設もあって……」
食「手軽に楽しめます」
み「おー、日帰り温泉。
由布院でも行ったな」
み「ここのも町営?」
食「村営です。
大潟村ですから」
み「ポルダーって、どういう意味よ?
ポルダーガイストのポルダー?」
食「違います。
オランダの干拓地を、そう云うらしいです」
み「あぁ。
大潟村も干拓地だからね」
食「そうです。
実際、八郎潟の干拓が計画されたときには……」
食「干拓先進国オランダから、大学教授や技師を招いて提言を受けてるそうです」
↑デルフト工業大学教授・ピーター・フィリップス・ヤンセン
み「というわけで、ポルダーガイスト」
食「ただのポルダーです。
さすが村営施設、安いですよ」
食「300円」
み「ウソ!
東京の銭湯って、もっと高いんじゃなかった?」
食「今、450円くらいじゃないですか?」
み「東京の銭湯、2回分の料金で……。
温泉施設に3回入れるってことか。
だいたい、450円ってのは高すぎだよ」
み「30日でいくらになるの?
電卓電卓」
食「13,500円ですね」
み「それだけ出すんなら……。
風呂付きの部屋を借りられるよね」
食「東京では……。
もう、銭湯という業態は、存続できないのかも知れませんね」
み「でも、300円って施設も、怪しいもんだぜ。
ちゃんとした施設なんだろうな」
み「自分で沸かして入るとかじゃないの?
火吹き竹吹いて」
食「そんなわけないでしょうが。
100人は入れる大浴場が男女別にありますし……」
食「超音波バスから、寝湯、サウナまであります」
食「お風呂を出たあとは……。
大広間の休憩所もありますし……」
食「レストランも併設してます」
食「別料金ですが、個室もあるんですよ」
み「いくら?」
食「10畳の部屋で、3,000円でしたね」
食「レストランのコース料理も、個室で摂れるそうですよ」
み「食事なんか取ってる場合か。
ほかの用途に使えるだろ?」
食「何です?」
み「ラブホ代わりに使うヤツらがいるんじゃないか?」
食「泊まれませんよ。
6時間の値段です」
み「十分、ご休憩できるじゃん」
み「2人でも、3,000円?」
食「人数は関係ありません。
10畳間に100人入っても、3,000円です」
み「100人入ってどうする。
イナバ物置じゃないんだから」
み「2人で十分でしょ。
ご休憩タイム……。
ぜったい利用者がいるよな。
カップルっていうより、夫婦者よ」
食「何で夫婦が利用するんです?」
み「田舎は、年寄りと同居でしょ。
声が聞こえたりすると気まずいから……。
家では、思い切りできんわけよ」
食「そうなんですか?」
み「たぶん。
そういう夫婦が……。
お手軽3,000円コースを選ぶわけよ」
み「お分かり?」
食「はぁ。
そういう雰囲気は、ありませんでしたけどね」
み「ま、相手がいないやつには……。
必要ないってことよ」
食「失礼な」
み「いるのか?」
食「今は……、いませんけど」
み「今もだろ?
日帰り温泉をラブホ代わりに使おうなんて……。
さもしい根性ではな」
食「してませんよ!
あなたが言ったんじゃないですか」
み「そだっけ?」
食「ほら、雷魚の話なんかしてるから……。
もう、次の駅に着いちゃいますよ」
み「次は、何て駅?」
食「森岳です」
み「森田健作?」
食「言うと思った。
そうそう。
この森岳にも、いい温泉があるんですよ」
食「地下800メートルから湧きだす強食塩泉。
しょっぱい温泉です」
食「昭和27年に、石油を掘ってたら……」
食「いきなり田んぼから、温泉が湧いたそうです」
食「女性ファンが多いんですよ」
み「なんで?」
食「美肌効果があるんです」
み「ここもか」
食「そのうえ、体の芯まで温まりますから。
冬には応えられません」
↑地獄谷温泉
み「日帰り温泉はあるの?」
食「もちろんです。
『森岳温泉ゆうぱる』」
み「300円?」
食「当たりです」
み「げ。
ここも300円かよ」
食「しかも、個室は、1時間500円!」
み「なにー!
1時間あれば、十分やれるではないか」
食「何をです?」
み「何をって、チミ。
とぼけるんでないよ。
チミなら、5分もあれば十分じゃないか?」
食「ほんとに失礼だな」
み「ちゃんと用途が、わかってるではないか」
食「宿泊棟もあって、素泊まりできます」
み「いくら?」
食「2,500円」
み「安っ!」
食「食事は出ませんけどね」
み「いいじゃん。
いいじゃん。
お弁当持ってけば」
食「休憩所で、出前も取れるみたいですよ」
食「あ、そうそう。
食事と云えば……。
このあたりは、“じゅんさい”が名物なんですよ」
食「美肌温泉に入って……。
“じゅんさい”のコラーゲンでプルプル」
食「女性に人気なわけでしょ」
み「“じゅんさい”って、食べたことあったかな?
水草だよね」
食「水草の芽ですね」
み「先生、食べたことある?
そう言えば……。
さっきからしゃべってないね。
乗り物酔い?」
律「お2人が、あんまり仲良くしゃべってるから。
お邪魔しちゃ、悪いみたいで」
↑思い切り邪魔なネコ
み「何じゃそれ!
失敬な!」
食「それは、ボクのセリフです!」
律「ほら、息もぴったり。
そのまま、漫才師になれるんじゃないの」
み「止めんか!
想像するだに、鬱陶しい。
下らんこと言ってないで、わたしの問いに答えよ」
律「なんだっけ?」
み「“じゅんさい”。
食べたことある?」
律「どこかの旅館で食べた気がするわね」
律「学会で泊まったときだったかしら」
み「秋田?」
律「どこだったかなぁ。
でも、ヌルヌルして歯応えがあって……」
律「美味しかった記憶がある」
み「食感を楽しむ珍味だよね。
なんで、あんなにヌルヌルしてるわけ?」
食「寒さから芽を守るためってのが、一般的な説みたいですね」
み「はっきりせんのぅ」
食「そりゃ、ほんとのところはわかりませんよ。
“じゅんさい”に聞いてみたわけじゃないですから」
み「わたしは、わかったけどね」
食「また、ヨタじゃないでしょうね」
↑これはヨーダ(肝心要のところが、作りこまれてないではないか)
み「失敬な!
純粋に、学術的な考察じゃ」
律「アヤシイものだわ」
み「ヌルヌルしてるのは……。
芽が美味しいからです」
食「はぁ?」
み「美味しいから……。
そのままだと、魚や鳥に食べられちゃうわけ」
み「で、自らヌルヌル化して……。
食べにくくしてるってこと」
律「食べにくいの?」
み「魚なんかは、絶対に食べられないね。
つるんと滑って」
み「鳥だって、難しいよ。
咥えたクチバシから、きょろんと逃げる。
そのうち頭にきて……。
あんなのはマズいんだって、思い込むようになる」
律「イソップの狐みたい」
食「取れない葡萄は酸っぱい?」
み「そうそう」
律「でも、普通食べにくくするためには……。
刺を生やすとかするんじゃない?」
食「ですよね。
オニバスなんて、トゲだらけですよ」
み「目的はひとつでも、方法は千差万別ってことでしょ。
食べられない工夫なんて、それこそ無数にあるじゃない」
食「ま、そうですけど」
み「よし、この件は一件落着」
食「どう落着したんです?」
み「森岳は、おおむね完了ってこと」
食「あ、ひとつ思い出した」
み「何よ?」
食「森岳(もりたけ)の読みです」
食「昔は、“もりおか”って読んでたんだそうです」
み「何で変わったわけ?」
食「鉄道が変えたんです」
み「追分系統のウンチクだな」
食「ここに駅が出来たとき……。
岩手県の盛岡との混同を避けるため……」
食「駅名の読みが“もりたけ”に変えられたんです」
食「その後……。
地名の読みも、“もりたけ”に変化していきました。
つまり、駅名が地名の読みまで変えてしまったんですね」
み「かつての鉄道は、そこまでの力を持ってた……。
と、言いたいわけ?」
食「ま、今よりも影響力が大きかったことだけは、確かでしょう」
み「じゃ、森岳は、ほんとに終わりね」
食「すいません。
もう一つだけ、思い出しました」
み「なんじゃい!」
食「この近くに、ひとりの義民の碑が建ってるんです。
『義民弥惣右衛門(やそえもん)の碑』と云います」
↑地元では、漫画にもなってます
み「いつごろの人よ?」
食「元禄期ですね。
江戸時代初期です」
↑地元(旧・若美町)の小学生は、必ず読んでるようです
み「何した人?」
食「当時、男鹿半島の北の付け根あたりでは……」
食「芦崎(現・三種町芦崎)と野石(現・男鹿市野石)という2つの村の間で、激しい村境闘いが続いてました。
そんなある日のこと……。
沖で、綿を積んだ船が座礁し……」
食「大量の綿が、村境の浜に打ち上げられました」
食「当時の綿は、大変に貴重なものだったんです」
食「で……。
2つの村の村人たちは、競うように綿を拾い集めました」
食「それだけでは飽きたらず……。
難破船に乗りこんで、積荷を運び出しました」
み「完璧な泥棒じゃん」
↑泥棒が雪駄なんか履いてるか?
食「そのとおりです。
当然、船主は、役所に訴え出ました」
↑水原代官所(新潟県阿賀野市)
食「村人たちは、綿を村境の松林に隠しましたが……」
食「出張ってきた役人に見つかってしまいました」
み「松林に綿の山なんて、隠しようが無いだろ」
食「ま、そういうことです。
で、当然のことながら、詮議が始まりました」
食「両村の庄屋が呼び出され……。
この松林は、どっちの土地かと糾されました」
食「松林の属する村が厳しい処罰を受けることは、火を見るより明らかです」
食「芦崎の庄屋は、処罰を恐れ……。
『ここは芦崎の土地じゃない』と、全面否定しました」
食「続いて、野石の庄屋、弥惣右衛門が糾されました。
弥惣右衛門は、『ここは野石の土地だ』と、はっきりと答えました」
食「結果……。
弥惣右衛門は、事件の責任を取らされ……。
処刑されました」
み「ひょえー」
食「でも、長く続いた境界争いは、それで終わったんです」
食「なにしろ、役人の真ん前で……。
片方は『うちの土地じゃない』と言い、もう片方は『うちの土地だ』と言ったんですからね。
もちろん弥惣右衛門は、そうなることを見越してたんでしょう。
弥惣右衛門が、自らの命と引き換えに獲得した土地は、130ヘクタールに及んだと云います。
野石村の人たちは……。
処刑地に供養塔を建てました。
それが、『義民弥惣右衛門の碑』です。
今でも、8月30日の命日には、碑の前で慰霊祭が行われてます」
み「ほー。
昔は、腹の座った人がいたもんだね」
食「遙かな祖先から自分に繋がり、そして更に子孫へと続いていく……。
そういう一族の連なり感ってのは、明確にあったでしょうね」
食「だからこそ……。
先祖の労に報いるため、子孫の安寧のために……。
自分の命を投げ出せた」
み「一族の1人であるという自覚が、個人としての自覚より強いってわけか」
食「でしょうね」
み「ところで……。
海は、まだかいな」
食「もう少々お待ち下さい。
これまで奥羽本線は、男鹿半島の付け根を切り取るように北上してましたから……。
海への眺望は、男鹿半島に遮られたかたちになります」
食「でも、男鹿半島を抜ければ……。
もう、海を遮るものはありません」
食「イヤというほど、海を堪能できます」
み「津波警報が出たら、どうやって逃げるんだ?」
律「そういうことは、言わないの」
み「なんでよ?
防災意識は、常に持ってなきゃならんでしょ」
律「今、思いついたくせに」
み「ま、これから走る日本海側では……」
み「それほど大きな津波は起きないだろうけどさ」
律「何でよ?」
み「同じ東北でも……」
み「太平洋側は怖いよ。
東北沖で……。
太平洋プレートが、北米プレートに潜りこんでるでしょ」
律「そうなの?」
み「そうなんです。
で、潜りこむ太平洋プレートに引きずられて……。
北米プレートには、歪みが溜まるわけ」
み「弓を引くようにたわんでいくわけよ。
そして限界に達すると……。
この弓が放たれる。
すなわち!
引きずりこまれてた北米プレートが、跳ねあがる」
み「これが、プレート境界型地震ね。
プレートが跳ねあがるとき、海水が持ちあげられるでしょ」
み「それで、大津波が起きるわけよ」
律「日本海側では、それが起きないの?」
み「日本海では、北米プレートとユーラシアプレートが接してるけど……。
これらは、両方とも大陸プレートだからね」
み「フォッサマグナって、聞いたことあるでしょ?」
食「糸魚川静岡構造線ですね」
み「そう。
正確には、糸魚川静岡構造線と柏崎千葉構造線の間の帯状の地域」
み「あれは、日本海から続く、北米プレートとユーラシアプレートの境界なのよ」
み「地球観測衛星からも、日本列島を横切る窪みが、はっきりと見えるんだ」
み「地学的に云えば……。
東日本と西日本は、この境界で分けられるってこと」
律「何で、大陸プレート同士だと、片方が潜りこまないの?」
み「密度が同じから。
海洋プレートは、大陸プレートより、密度が大きい。
つまり重いわけ。
だから、潜りこみが起きる」
律「大陸プレート同士では、それが無い?」
み「ぶつかり合って、押し合ってるだけ」
み「実際、日本列島は、年に1センチずつ東西に縮んでるんだって」
律「それはそれで、怖そうだけどね」
み「ま、上下にズレるよりはマシよ」
食「弓は引き絞られてないってことですね」
み「左様左様」
律「どうして、海洋プレートと大陸プレートでは、密度が違うの?
そもそも、海洋プレートと大陸プレートの違いって何よ?」
み「その質問は、禁ずる」
律「何でよ!」
み「興味があったら、自分で調べてみること」
律「ははぁ。
わからないんだ」
み「話題を移します。
そもそも、同じ海でも……。
太平洋と日本海では、大違いなんだよ」
↑昔は、日本海側が表日本だった
律「しょっぱさが違うとか?」
↑ご存知、死海です
み「そうでない!
太平洋ってのは、まさしく正真正銘の海。
太平洋プレートって云う、海洋プレートに乗ってるからね」
律「だから、海洋プレートって何なのよ?」
み「話の腰を折らないで」
律「やっぱりわからないんだ」
み「日本海が載ってるのは、北米プレートとユーラシアプレート」
み「つまり、大陸プレートなわけよ」
律「大陸プレートって、何?」
み「案外、シツコイ性格ね。
興味があったら、自分で調べる!」
律「教えてよ~」
み「そんなことじゃ、学問は極められませんぞ」
律「地学は専門外だわ」
み「仕方ないのぅ。
今日は、特別じゃぞ。
それでは……。
先生の疑問にお答えしましょう。
はい、石塚くんどうぞ」
食「え?
何でこっち見てるんです?
ボク、石塚じゃありませんよ」
み「体型が石塚だろ」
み「はい、答えて」
食「ムチャ振りでしょ。
わかりませんよ、そんなこと」
八郎潟に浸かるんじゃなかろうな?」
食「違いますって」
み「生臭くなりそうだもんな」
↑生臭坊主
食「モール温泉と云います」
み「聞いたことない」
食「だから珍しいって言ったでしょ。
500万年前の海水が、地層水となった温泉ですね」
み「何か馳走してくれるのか?」
食「また、ワザとボケましたね。
ご馳走じゃなくて、地学で習う地層です」
み「うちの高校、選択なかったもん」
食「あぁ、そういう学校、多いみたいですね」
み「でもな。
模試で受けたことがあるのだよ」
み「地学を」
食「独学してたんですか?」
↑これは、独眼竜
み「するわけないじゃん」
食「それじゃ、何で模試なんか受けるんです?」
み「超能力の実験」
食「は?」
み「まったくわからない問題を、勘だけで解いたらどうなるかってね」
食「ヒマですね」
み「何とでも言え。
結果を聞いて驚くな。
50点満点で、45点だったのだよ」
食「うそでしょ」
み「わたし自身、驚いた。
マジメに受けた科目より点が良かったのには、腹立ったけど」
食「全科目、ぜんぜん勉強しなければ良かったんじゃないですか?」
み「わたしもそう思ったが……。
残念ながら、アフターカーニバルってことよ」
食「何です、それ?」
み「知らんの?
後の祭り」
食「話を続けていいですか」
み「祭りの話か?」
食「温泉の話ですよ。
モール温泉」
み「“もーる”ってのは、日本語?」
食「なわけないでしょ。
どんな字書くんですか」
み「ショッピングモールのモール(Mall)?」
食「腐植質という意味のドイツ語です(Moor)。
今から、500万年前のこと……。
新生代ですね」
食「恐竜の絶滅後になります」
食「哺乳類が栄え、豊かな草原が地球を覆ってました」
食「その植物が腐植質となり、温泉に溶けこんだんです」
み「特徴は?」
食「何と言っても、色ですね。
茶褐色。
腐植質を多く含みますから。
濃淡は、温泉によって差があるようです。
飴色もあれば……」
食「濃いところでは、ほとんどコーラ色」
食「さらには、温泉熱の皮下浸透度が高いことが挙げられます。
短時間で体の芯まで温まるんですよ」
食「保湿成分も多く含まれてて、美肌効果もあります」
み「おー。
そりゃええわい」
食「『ポルダー潟の湯』っていう日帰りの入浴施設もあって……」
食「手軽に楽しめます」
み「おー、日帰り温泉。
由布院でも行ったな」
み「ここのも町営?」
食「村営です。
大潟村ですから」
み「ポルダーって、どういう意味よ?
ポルダーガイストのポルダー?」
食「違います。
オランダの干拓地を、そう云うらしいです」
み「あぁ。
大潟村も干拓地だからね」
食「そうです。
実際、八郎潟の干拓が計画されたときには……」
食「干拓先進国オランダから、大学教授や技師を招いて提言を受けてるそうです」
↑デルフト工業大学教授・ピーター・フィリップス・ヤンセン
み「というわけで、ポルダーガイスト」
食「ただのポルダーです。
さすが村営施設、安いですよ」
食「300円」
み「ウソ!
東京の銭湯って、もっと高いんじゃなかった?」
食「今、450円くらいじゃないですか?」
み「東京の銭湯、2回分の料金で……。
温泉施設に3回入れるってことか。
だいたい、450円ってのは高すぎだよ」
み「30日でいくらになるの?
電卓電卓」
食「13,500円ですね」
み「それだけ出すんなら……。
風呂付きの部屋を借りられるよね」
食「東京では……。
もう、銭湯という業態は、存続できないのかも知れませんね」
み「でも、300円って施設も、怪しいもんだぜ。
ちゃんとした施設なんだろうな」
み「自分で沸かして入るとかじゃないの?
火吹き竹吹いて」
食「そんなわけないでしょうが。
100人は入れる大浴場が男女別にありますし……」
食「超音波バスから、寝湯、サウナまであります」
食「お風呂を出たあとは……。
大広間の休憩所もありますし……」
食「レストランも併設してます」
食「別料金ですが、個室もあるんですよ」
み「いくら?」
食「10畳の部屋で、3,000円でしたね」
食「レストランのコース料理も、個室で摂れるそうですよ」
み「食事なんか取ってる場合か。
ほかの用途に使えるだろ?」
食「何です?」
み「ラブホ代わりに使うヤツらがいるんじゃないか?」
食「泊まれませんよ。
6時間の値段です」
み「十分、ご休憩できるじゃん」
み「2人でも、3,000円?」
食「人数は関係ありません。
10畳間に100人入っても、3,000円です」
み「100人入ってどうする。
イナバ物置じゃないんだから」
み「2人で十分でしょ。
ご休憩タイム……。
ぜったい利用者がいるよな。
カップルっていうより、夫婦者よ」
食「何で夫婦が利用するんです?」
み「田舎は、年寄りと同居でしょ。
声が聞こえたりすると気まずいから……。
家では、思い切りできんわけよ」
食「そうなんですか?」
み「たぶん。
そういう夫婦が……。
お手軽3,000円コースを選ぶわけよ」
み「お分かり?」
食「はぁ。
そういう雰囲気は、ありませんでしたけどね」
み「ま、相手がいないやつには……。
必要ないってことよ」
食「失礼な」
み「いるのか?」
食「今は……、いませんけど」
み「今もだろ?
日帰り温泉をラブホ代わりに使おうなんて……。
さもしい根性ではな」
食「してませんよ!
あなたが言ったんじゃないですか」
み「そだっけ?」
食「ほら、雷魚の話なんかしてるから……。
もう、次の駅に着いちゃいますよ」
み「次は、何て駅?」
食「森岳です」
み「森田健作?」
食「言うと思った。
そうそう。
この森岳にも、いい温泉があるんですよ」
食「地下800メートルから湧きだす強食塩泉。
しょっぱい温泉です」
食「昭和27年に、石油を掘ってたら……」
食「いきなり田んぼから、温泉が湧いたそうです」
食「女性ファンが多いんですよ」
み「なんで?」
食「美肌効果があるんです」
み「ここもか」
食「そのうえ、体の芯まで温まりますから。
冬には応えられません」
↑地獄谷温泉
み「日帰り温泉はあるの?」
食「もちろんです。
『森岳温泉ゆうぱる』」
み「300円?」
食「当たりです」
み「げ。
ここも300円かよ」
食「しかも、個室は、1時間500円!」
み「なにー!
1時間あれば、十分やれるではないか」
食「何をです?」
み「何をって、チミ。
とぼけるんでないよ。
チミなら、5分もあれば十分じゃないか?」
食「ほんとに失礼だな」
み「ちゃんと用途が、わかってるではないか」
食「宿泊棟もあって、素泊まりできます」
み「いくら?」
食「2,500円」
み「安っ!」
食「食事は出ませんけどね」
み「いいじゃん。
いいじゃん。
お弁当持ってけば」
食「休憩所で、出前も取れるみたいですよ」
食「あ、そうそう。
食事と云えば……。
このあたりは、“じゅんさい”が名物なんですよ」
食「美肌温泉に入って……。
“じゅんさい”のコラーゲンでプルプル」
食「女性に人気なわけでしょ」
み「“じゅんさい”って、食べたことあったかな?
水草だよね」
食「水草の芽ですね」
み「先生、食べたことある?
そう言えば……。
さっきからしゃべってないね。
乗り物酔い?」
律「お2人が、あんまり仲良くしゃべってるから。
お邪魔しちゃ、悪いみたいで」
↑思い切り邪魔なネコ
み「何じゃそれ!
失敬な!」
食「それは、ボクのセリフです!」
律「ほら、息もぴったり。
そのまま、漫才師になれるんじゃないの」
み「止めんか!
想像するだに、鬱陶しい。
下らんこと言ってないで、わたしの問いに答えよ」
律「なんだっけ?」
み「“じゅんさい”。
食べたことある?」
律「どこかの旅館で食べた気がするわね」
律「学会で泊まったときだったかしら」
み「秋田?」
律「どこだったかなぁ。
でも、ヌルヌルして歯応えがあって……」
律「美味しかった記憶がある」
み「食感を楽しむ珍味だよね。
なんで、あんなにヌルヌルしてるわけ?」
食「寒さから芽を守るためってのが、一般的な説みたいですね」
み「はっきりせんのぅ」
食「そりゃ、ほんとのところはわかりませんよ。
“じゅんさい”に聞いてみたわけじゃないですから」
み「わたしは、わかったけどね」
食「また、ヨタじゃないでしょうね」
↑これはヨーダ(肝心要のところが、作りこまれてないではないか)
み「失敬な!
純粋に、学術的な考察じゃ」
律「アヤシイものだわ」
み「ヌルヌルしてるのは……。
芽が美味しいからです」
食「はぁ?」
み「美味しいから……。
そのままだと、魚や鳥に食べられちゃうわけ」
み「で、自らヌルヌル化して……。
食べにくくしてるってこと」
律「食べにくいの?」
み「魚なんかは、絶対に食べられないね。
つるんと滑って」
み「鳥だって、難しいよ。
咥えたクチバシから、きょろんと逃げる。
そのうち頭にきて……。
あんなのはマズいんだって、思い込むようになる」
律「イソップの狐みたい」
食「取れない葡萄は酸っぱい?」
み「そうそう」
律「でも、普通食べにくくするためには……。
刺を生やすとかするんじゃない?」
食「ですよね。
オニバスなんて、トゲだらけですよ」
み「目的はひとつでも、方法は千差万別ってことでしょ。
食べられない工夫なんて、それこそ無数にあるじゃない」
食「ま、そうですけど」
み「よし、この件は一件落着」
食「どう落着したんです?」
み「森岳は、おおむね完了ってこと」
食「あ、ひとつ思い出した」
み「何よ?」
食「森岳(もりたけ)の読みです」
食「昔は、“もりおか”って読んでたんだそうです」
み「何で変わったわけ?」
食「鉄道が変えたんです」
み「追分系統のウンチクだな」
食「ここに駅が出来たとき……。
岩手県の盛岡との混同を避けるため……」
食「駅名の読みが“もりたけ”に変えられたんです」
食「その後……。
地名の読みも、“もりたけ”に変化していきました。
つまり、駅名が地名の読みまで変えてしまったんですね」
み「かつての鉄道は、そこまでの力を持ってた……。
と、言いたいわけ?」
食「ま、今よりも影響力が大きかったことだけは、確かでしょう」
み「じゃ、森岳は、ほんとに終わりね」
食「すいません。
もう一つだけ、思い出しました」
み「なんじゃい!」
食「この近くに、ひとりの義民の碑が建ってるんです。
『義民弥惣右衛門(やそえもん)の碑』と云います」
↑地元では、漫画にもなってます
み「いつごろの人よ?」
食「元禄期ですね。
江戸時代初期です」
↑地元(旧・若美町)の小学生は、必ず読んでるようです
み「何した人?」
食「当時、男鹿半島の北の付け根あたりでは……」
食「芦崎(現・三種町芦崎)と野石(現・男鹿市野石)という2つの村の間で、激しい村境闘いが続いてました。
そんなある日のこと……。
沖で、綿を積んだ船が座礁し……」
食「大量の綿が、村境の浜に打ち上げられました」
食「当時の綿は、大変に貴重なものだったんです」
食「で……。
2つの村の村人たちは、競うように綿を拾い集めました」
食「それだけでは飽きたらず……。
難破船に乗りこんで、積荷を運び出しました」
み「完璧な泥棒じゃん」
↑泥棒が雪駄なんか履いてるか?
食「そのとおりです。
当然、船主は、役所に訴え出ました」
↑水原代官所(新潟県阿賀野市)
食「村人たちは、綿を村境の松林に隠しましたが……」
食「出張ってきた役人に見つかってしまいました」
み「松林に綿の山なんて、隠しようが無いだろ」
食「ま、そういうことです。
で、当然のことながら、詮議が始まりました」
食「両村の庄屋が呼び出され……。
この松林は、どっちの土地かと糾されました」
食「松林の属する村が厳しい処罰を受けることは、火を見るより明らかです」
食「芦崎の庄屋は、処罰を恐れ……。
『ここは芦崎の土地じゃない』と、全面否定しました」
食「続いて、野石の庄屋、弥惣右衛門が糾されました。
弥惣右衛門は、『ここは野石の土地だ』と、はっきりと答えました」
食「結果……。
弥惣右衛門は、事件の責任を取らされ……。
処刑されました」
み「ひょえー」
食「でも、長く続いた境界争いは、それで終わったんです」
食「なにしろ、役人の真ん前で……。
片方は『うちの土地じゃない』と言い、もう片方は『うちの土地だ』と言ったんですからね。
もちろん弥惣右衛門は、そうなることを見越してたんでしょう。
弥惣右衛門が、自らの命と引き換えに獲得した土地は、130ヘクタールに及んだと云います。
野石村の人たちは……。
処刑地に供養塔を建てました。
それが、『義民弥惣右衛門の碑』です。
今でも、8月30日の命日には、碑の前で慰霊祭が行われてます」
み「ほー。
昔は、腹の座った人がいたもんだね」
食「遙かな祖先から自分に繋がり、そして更に子孫へと続いていく……。
そういう一族の連なり感ってのは、明確にあったでしょうね」
食「だからこそ……。
先祖の労に報いるため、子孫の安寧のために……。
自分の命を投げ出せた」
み「一族の1人であるという自覚が、個人としての自覚より強いってわけか」
食「でしょうね」
み「ところで……。
海は、まだかいな」
食「もう少々お待ち下さい。
これまで奥羽本線は、男鹿半島の付け根を切り取るように北上してましたから……。
海への眺望は、男鹿半島に遮られたかたちになります」
食「でも、男鹿半島を抜ければ……。
もう、海を遮るものはありません」
食「イヤというほど、海を堪能できます」
み「津波警報が出たら、どうやって逃げるんだ?」
律「そういうことは、言わないの」
み「なんでよ?
防災意識は、常に持ってなきゃならんでしょ」
律「今、思いついたくせに」
み「ま、これから走る日本海側では……」
み「それほど大きな津波は起きないだろうけどさ」
律「何でよ?」
み「同じ東北でも……」
み「太平洋側は怖いよ。
東北沖で……。
太平洋プレートが、北米プレートに潜りこんでるでしょ」
律「そうなの?」
み「そうなんです。
で、潜りこむ太平洋プレートに引きずられて……。
北米プレートには、歪みが溜まるわけ」
み「弓を引くようにたわんでいくわけよ。
そして限界に達すると……。
この弓が放たれる。
すなわち!
引きずりこまれてた北米プレートが、跳ねあがる」
み「これが、プレート境界型地震ね。
プレートが跳ねあがるとき、海水が持ちあげられるでしょ」
み「それで、大津波が起きるわけよ」
律「日本海側では、それが起きないの?」
み「日本海では、北米プレートとユーラシアプレートが接してるけど……。
これらは、両方とも大陸プレートだからね」
み「フォッサマグナって、聞いたことあるでしょ?」
食「糸魚川静岡構造線ですね」
み「そう。
正確には、糸魚川静岡構造線と柏崎千葉構造線の間の帯状の地域」
み「あれは、日本海から続く、北米プレートとユーラシアプレートの境界なのよ」
み「地球観測衛星からも、日本列島を横切る窪みが、はっきりと見えるんだ」
み「地学的に云えば……。
東日本と西日本は、この境界で分けられるってこと」
律「何で、大陸プレート同士だと、片方が潜りこまないの?」
み「密度が同じから。
海洋プレートは、大陸プレートより、密度が大きい。
つまり重いわけ。
だから、潜りこみが起きる」
律「大陸プレート同士では、それが無い?」
み「ぶつかり合って、押し合ってるだけ」
み「実際、日本列島は、年に1センチずつ東西に縮んでるんだって」
律「それはそれで、怖そうだけどね」
み「ま、上下にズレるよりはマシよ」
食「弓は引き絞られてないってことですね」
み「左様左様」
律「どうして、海洋プレートと大陸プレートでは、密度が違うの?
そもそも、海洋プレートと大陸プレートの違いって何よ?」
み「その質問は、禁ずる」
律「何でよ!」
み「興味があったら、自分で調べてみること」
律「ははぁ。
わからないんだ」
み「話題を移します。
そもそも、同じ海でも……。
太平洋と日本海では、大違いなんだよ」
↑昔は、日本海側が表日本だった
律「しょっぱさが違うとか?」
↑ご存知、死海です
み「そうでない!
太平洋ってのは、まさしく正真正銘の海。
太平洋プレートって云う、海洋プレートに乗ってるからね」
律「だから、海洋プレートって何なのよ?」
み「話の腰を折らないで」
律「やっぱりわからないんだ」
み「日本海が載ってるのは、北米プレートとユーラシアプレート」
み「つまり、大陸プレートなわけよ」
律「大陸プレートって、何?」
み「案外、シツコイ性格ね。
興味があったら、自分で調べる!」
律「教えてよ~」
み「そんなことじゃ、学問は極められませんぞ」
律「地学は専門外だわ」
み「仕方ないのぅ。
今日は、特別じゃぞ。
それでは……。
先生の疑問にお答えしましょう。
はい、石塚くんどうぞ」
食「え?
何でこっち見てるんです?
ボク、石塚じゃありませんよ」
み「体型が石塚だろ」
み「はい、答えて」
食「ムチャ振りでしょ。
わかりませんよ、そんなこと」