Mikiko's Room

 ゴシック系長編レズビアン小説 「由美と美弥子」を連載しています(完全18禁なので、良い子のみんなは覗かないでね)。
 「由美と美弥子」には、ほとんど女性しか出てきませんが、登場する全ての女性が変態です。
 文章は「蒼古」を旨とし、納戸の奥から発掘されたエロ本に載ってた(挿絵:加藤かほる)、みたいな感じを目指しています。
 美しき変態たちの宴を、どうぞお楽しみください。
管理人:Mikiko
東北に行こう!(41)
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食「『闘魂こめて』じゃないですか?」
『闘魂こめて』じゃないですか?

律「あ、そんな感じかも」
食「『六甲おろし』も『闘魂こめて』も……。
 正しくは、応援歌ではなく球団歌です」
み「学校で云えば、校歌みたいなもの?」
食「ですね」
み「歌ったんさい」
食「どっちからいきましょう?」
み「2つとも歌うつもりか?」
食「それじゃ、まず『六甲おろし』から」


み「フルコーラス、歌いあげるな!」
食「失礼しました。
 それでは、続きまして……。
 『闘魂こめて』、行きます」


み「歌いあげるなと言うに!」
食「すいません。
 歌い出したら、ブレーキが効かなくなっちゃって」
ブレーキが効かなくなっちゃって

み「暴走列車だな」
暴走列車だな

食「あ、問題出したの忘れてた」
み「なんだっけ?」
食「どうして、“バス”じゃなくて、“バース”なのか?」
どうして、“バス”じゃなくて、“バース”なのか?

み「それで先生が何か言いたかったのよね」
律「だから、わかったって言ったでしょ」
み「ウソこけ」
ウソこけ

律「ホントです。
 阪神の選手にはね、一人ひとり、テーマミュージックみたいな応援歌があるのよ。
 その先生、『六甲おろし』を存分に歌い切ると……。
 今度は、その応援歌を歌い始めるわけ」
み「つくずく、大迷惑だよな」
つくずく、大迷惑だよな

律「バース選手のは、すごく耳に残ってる」
み「何て云うの?」
律「えー。
 歌うの?
 恥ずかしいじゃない」
恥ずかしいじゃない

み「歌わなきゃわからないでしょ!」
食「ボクが代わりに歌っていいですか?」
律「あ、お願いします」
食「♪バース、かっとばせ、バース♪
 ♪ライトーにレフトにホームラン♪」
♪ライトーにレフトにホームラン♪

律「それそれ」
み「待てぃ」
待てぃ

食「何です?」
み「センターが無いではないか」
食「それは、歌詞の都合ですよ」
み「容赦ならん。
 センターに打ったら、反則ではないか」
センターに打ったら、反則ではないか

食「そんなわけないでしょ」
み「まぁ、いい。
 でも、この応援歌が、どう関係してるわけ?」
律「わからない?
 今の歌の、“バース”ってとこを“バス”に変えたらどうなると思う?」
今の歌の、“バース”ってとこを“バス”に変えたらどうなると思う?

み「はい、歌ったんさい」
食「♪バス、かっとばせ、バス」
律「ヘンでしょ?」
み「するってぇと何かい?
 このメロディが先にあって……。
 それに載せるために、“バース”になったとでも?」
このメロディに載せるために、“バース”になったとでも?

律「じゃないの?」
み「なわけあるかい。
 “バス”だったら、それなりのメロディになってるでしょ」
食「正解は、出そうにないですね。
 ちょっとアッケに取られる理由ですよ」
ちょっとアッケに取られる理由ですよ

み「もったいぶらずに、言ってみんさい」
食「“バス”だと……。
 スランプに陥ったとき……。
 新聞に、『阪神バス故障』とか書かれると危惧したからですよ」
『阪神バス故障』とか書かれると危惧したからですよ

み「は?
 そんな理由なの?」
食「らしいです」
み「被害妄想的発想だよな」
食「でも、あんなに活躍するんなら……」
あんなに活躍するんなら……

食「素直に“バス”にしとけば良かったと、地団駄踏んだかも知れませんね」
素直に“バス”にしとけば良かったと、地団駄踏んだかも知れません

み「だけど、“バス”のまま登録されてたら……。
 あの応援歌は、別のメロディになってたろうし……」
食「あんなに活躍しなかったかも知れませんね」
み「わからんもんだよ」

 とか言ってるうちに、列車は2つめの駅に到着しました。
 車内アナウンスは、『八郎潟』。
車内アナウンスは、『八郎潟』


↑『追分 → 八郎潟』側面展望(掲載を忘れてました)

み「おー、懐かしや、八郎潟」
懐かしや、八郎潟

食「昨日、行かれたんですよね」
み「行かれた行かれた。
 寒風山から眺めただけだけどね」
寒風山から眺めただけだけどね

食「向こうに見えるのが、寒風山です」
向こうに見えるのが、寒風山です

み「東側から見ると、こんな風景なのか。
 どこまでも真平らって感じだね」
食「干拓地ですからね」
干拓地ですからね

み「なんで秋なのに、田植えしたばっかりなんだろ?」
食「そういうことは、気にしない!
 そうそう。
 ここは、冬景色がいいんですよ。
 一面の雪原」
一面の雪原

み「地吹雪が起きそうな感じだね」
地吹雪が起きそうな感じだね

食「怖いでしょうね。
 方向がわからなくなるんじゃないかな」
み「そりゃ怖いわ。
 昔、クルマで走ってて、怖い目にあったことあるもの」
食「どこでですか?」
み「新潟。
 田んぼの中の一本道でさ。
 横殴りの地吹雪に遭ったんだよ」
横殴りの地吹雪に遭ったんだよ

み「窓の外は、白一色。
 前後左右、上も下も真っ白になる」
前後左右、上も下も真っ白になる

食「ホワイトアウトってやつですね」
ホワイトアウトってやつですね

み「まさに、白い闇だね。
 ライト点けたって見えないんだから……」
ライト点けたって見えないんだから……

み「夜の闇より、よっぽど怖い。
 路肩まで雪の山だから……。
 脇にクルマを寄せて退避するわけにもいかない。
 かといって、道の真ん中で止めたら、もっと怖いからね」
律「どうして?」
み「追突されかねないもの。
 ほとんど視界が効かないんだからさ。
 大型トラックでも突っこんできたら……」
大型トラックでも突っこんできたら……

み「間違いなく、お陀仏よ」
間違いなく、お陀仏よ

律「それは怖いわ。
 でも、助かったわけよね?
 ここにいるんだから」
み「なんとかね。
 前の車のテールランプが、かすかに見えたの」
前の車のテールランプが、かすかに見えたの

み「必死にそれに着いていった。
 前に誰か走ってなかったら、ほんとどうなってたかわからない。
 真っ直ぐの道じゃないからさ」
真っ直ぐの道じゃないからさ

律「道を外れちゃう?」
み「そう。
 あの道で、ときどき見てたんだよ。
 田んぼに突っこんでるクルマ」
田んぼに突っこんでるクルマ

み「あれは間違いなく……。
 道がカーブしてることに気づかないで、真っ直ぐ行っちゃったんだね」
道がカーブしてることに気づかないで、真っ直ぐ行っちゃったんだね

律「怖わ」
み「ほんとに雪は怖いよ。
 橋の上でもエラい目にあったな」
律「まだあるの?」
み「急いでる時でさ……。
 家を出る時、屋根の雪を落とさないまま走ったんだ」
家を出る時、屋根の雪を落とさないまま走ったんだ
↑さすがに、ここまでではありませんでしたが

み「しばらくは、何ごとも無かったんだけど……。
 そのうち、暖房が効いてくるわけよ」
そのうち、暖房が効いてくるわけよ

み「で、屋根と接してる部分の雪が解けるでしょ」
律「それが、橋の上でどうなったの?」
み「ちょっとブレーキ踏んだ途端……。
 屋根の雪が、雪崩を打ってフロントガラスに落ちて来た」
屋根の雪が、雪崩を打ってフロントガラスに落ちて来た

律「ワイパーは効かないの?」
み「新潟の雪は重いんだよ」
新潟の雪は重いんだよ

み「ワイパーなんか、ビクともしない。
 フロントガラス一面、真っ白な壁」
フロントガラス一面、真っ白な壁
↑このクルマは、わずかにワイパーが動いてたようですね

み「何にも見えない。
 橋の上で、路肩もない。
 走るしかないの。
 しかも、その橋のかかる川は……。
 阿賀野川よ」
泰平橋(橋長938メートル)
↑泰平橋(橋長938メートル)

食「あぁ、阿賀野川の河口を白新線で渡ったことがあります」
阿賀野川の河口を白新線で渡ったことがあります

食「ものスゴい大河ですよね」
み「中国からの留学生が……。
 阿賀野川の河口を見て……。
 ふるさとの景色に似てるって言ったそう」
中国からの留学生が、ふるさとの景色に似てるって言ったそう

み「とにかく、茫洋としてて、日本みたいじゃないわね。
 橋の長さも1キロ近くあるのよ」
橋の長さも1キロ近くあるのよ

み「歩いて渡れば、15分かかる」
律「そりゃスゴいわ。
 うちのマンションから駅までより遠いじゃない。
 10分でもかったるいのに」
み「ま、歩いて渡る人は、滅多にいないわな。
 わたしは、何年か前、チャリで渡ったことがある」
わたしは、何年か前、チャリで渡ったことがある

律「何でまた?」
み「春風に誘われてよ」
春風に誘われてよ

み「ゴールデンウィークだったかな。
 自転車散歩に出たら、気持ちよくて遠出したくなっちゃってさ。
 そのころはまだ、『Mikiko's Room』もやってなかったし。
 ゴールデンウィークなんて、ヒマのカタマリよ」
ゴールデンウィークなんて、ヒマのカタマリよ

み「で、渡り始めたんだけど……。
 途中から大後悔」
途中から大後悔

食「クルマが怖いんじゃないですか?」
み「ううん。
 それは全然ないの。
 わたしが渡ったのは、泰平橋って言って……。
 河口から、4本めの橋なんだけどさ。
 橋の本道は、片側一車線の自動車専用。
 で、その脇に、歩行者と自転車用の側道が、独立して付いてるの」
その脇に、歩行者と自転車用の側道が、独立して付いてるの

み「だから、クルマに煽られる怖さとは無縁」
律「じゃ、何で怖いの」
み「下を見るのが怖いのなんのって。
 側道は、鉄の柵で囲われてるから……」
側道は、鉄の柵で囲われてるから……

み「落ちる心配は無いんだけどね。
 その代わり、柵の隙間から水面が見えるわけよ。
 ゴールデンウィークころは、会津の雪解け水で……。
 もう、満々たる水量よ」
もう、満々たる水量よ

食「阿賀野川下流の水量は、スゴいみたいですね」
み「信濃川は、大河津分水と関屋分水で、大半の水が途中で海に落ちちゃってるから……」
信濃川は、大河津分水と関屋分水で、大半の水が途中で海に落ちちゃってる

み「河口近くの水量は大したことないわけ」
河口近くの水量は大したことない

み「幅は、隅田川の2倍くらいかな」
幅は、隅田川の2倍くらいかな
↑まさに“春のうららの隅田川”。

み「でも、阿賀野川は違う。
 奥会津からの水が全部下ってくるからね。
 で、側道から下見るとさ……。
 川面が波立ってるわけよ」
川面が波立ってるわけよ

 ↓動画もありました。


み「水の厚みがはっきりとわかる色だし。
 もう、海のど真ん中と一緒」
海のど真ん中と一緒
↑最下流の松浜橋付近

み「怖いのなんのって」
律「渡らなきゃいいのに」
み「しかたないでしょ。
 渡り始めてから気づいたんだから」
渡り始めてから気づいたんだから

食「結局、渡り切ったんですか?」
み「おうよ」
食「何で引き返さないんです?
 渡っちゃったら、また戻らなきゃならないじゃないですか」
み「そうなのよー。
 それも、渡り切ってから気づいた」
律「戻ったわけ?」
み「戻らなきゃ、おうちに帰れないでしょ」
戻らなきゃ、おうちに帰れない

み「もう、あんな冒険はゴメンだね」
食「で、フロントガラスの件はどうなりました?
 その橋の真ん中だったんでしょ」
み「そう!」
泰平橋の真ん中

み「屋根の雪が、フロントガラスに滑り落ちて……。
 一面、真っ白」
一面、真っ白

み「ワイパー動かそうとしても、ピクリともしない」
律「どうしたのよ」
み「必死に窓開けてさ……。
 窓から顔出しながら……。
 手で、フロントガラスの雪を取ろうとするんだけどさ。
 除いても除いても、上から新しい雪が落ちてくる」
除いても除いても、上から新しい雪が落ちてくる

み「結局……。
 窓から顔出したまま、走ったわよ」
窓から顔出したまま、走ったわよ
↑ここまでの顔は、してなかったはず……。

 上の画像は、『車の窓から顔を出してやばい顔になった犬たちの写真17枚』というページから拝借。
 おもろいよ。

み「対向車の人は、バカな女と思ったでしょうね」
食「でも、よく無事でしたね」
み「寿命が半年くらい縮んだ」
寿命が半年くらい縮んだ

律「クルマ、止めれば良かったのに」
み「後ろに、ずーっと繋がってるんだもの」
後ろに、ずーっと繋がってるんだもの

み「追突事故でも起きたら、わたしの責任よ」
追突事故でも起きたら、わたしの責任よ

食「起きたら起きたときですよ。
 それより、自分の命が大事でしょ」
それより、自分の命が大事でしょ

み「確かにね。
 でも、パニクると、正常な判断なんか出来なくなるのよ」
パニクると、正常な判断なんか出来なくなるのよ

食「クルマの運転に向いてないんじゃないですか?」
み「わたしもそう思う」
クルマの運転に向いてないんじゃないですか?

み「ときどき、どこ走ってるかわからなくなるし」
ときどき、どこ走ってるかわからなくなるし

律「ナビ、付いてないの?」
ナビ、付いてないの?

み「ないよ」
律「便利なのに」
み「たまーに、友達のナビ付きのクルマに乗ることがあるんだけどさ……。
 ぜったい、わたしには無理だと思う」
ぜったい、わたしには無理だと思う

律「操作が?
 簡単よ」
み「機械の操作は、そんなに苦手じゃないのよ。
 苦手なのは、脳内の地図処理能力」
苦手なのは、脳内の地図処理能力

み「ナビがあると……。
 眼の前の道路と、ナビの地図と……。
 ふたつの情報を処理しなきゃならんわけでしょ。
 余計混乱するのよ」
律「何で別々に処理しようとするのよ。
 重ね合わせればいいだけじゃない」
現実の風景に重ねて表示してくれるナビ
↑現実の風景に重ねて表示してくれるナビ、すでに製品化されてました(こちら

み「そんな簡単にはいかんにょら。
 友達のナビって、地図データが古いのかさ……。
 現実の道路と違ってるのよ」
律「あー、それはあるわね」
み「川を渡ろうとしてたんだけど……。
 ナビに無い橋があったわけ」
幻の橋(北海道遺産・旧国鉄士幌線タウシュベツ橋梁)
↑幻の橋(北海道遺産・旧国鉄士幌線タウシュベツ橋梁)

み「友達と2人で、迷ったわよ。
 渡っていいものかどうか」
渡っていいものかどうか

律「何で迷うのよ?」
み「だって、ナビの地図上では、何にも無いのよ。
 ま、思い切って渡ったけどさ。
 渡ってる間じゅう、生きた心地しなかった」
佐田沈下橋(四万十川)
↑佐田沈下橋(四万十川)

律「なんで?」
み「ナビ見ると……。
 川の中を渡ってるわけよ」
川の中を渡ってるわけよ

み「ひょっとしたら……。
 眼の前の橋の方が、幻なんじゃないか……。
 渡ってる途中で、消えてなくなるんじゃないかって」
渡ってる途中で、消えてなくなるんじゃないかって

み「渡り切ったときは、2人して歓声あげたね」
律「阿賀野川の橋?」
み「違うよ。
 あんな長い橋だったら、途中で窒息してるって。
 ほとんど息止めてたから」
ほとんど息止めてたから

律「呆れた話」
み「さてと、チミ。
 途中になってる話は、無かったかな?」
食「取りあえず、大丈夫だと思いますよ。
 なんだかボクも、よく覚えてません」
なんだかボクも、よく覚えてません

み「若いのに健忘症か」
若いのに健忘症か

み「気の毒にのぅ。
 バースの話は終わったっけ?」
バースの話は終わったっけ?
↑超リアルフィギュア(着脱出来てどうなる?)

食「『阪神バス故障』でケリが付いたと思いますよ。
 あ、そう言えば……」
み「ほら、忘れてた」
食「違いますよ。
 八郎潟とバースが繋がったんです」
み「まさか、八郎潟までボールが飛んできたとか?」
八郎潟までボールが飛んできたとか?

食「ありえないでしょ。
 バースの本名が“Bass”だってことは、話しましたよね」
バースの本名が“Bass”だってことは、話しましたよね

食「八郎潟は、バス釣りのメッカになってるんです」
八郎潟は、バス釣りのメッカになってるんです

み「バスって……。
 あの、外来魚で評判の悪い?」
外来魚で評判の悪い?

食「そうです。
 2003年からは、八郎潟でもリリース禁止になってますね」
2003年からは、八郎潟でもリリース禁止になってますね

み「リリースってのは、釣った魚を、水に帰しちゃうことでしょ?」
リリースってのは、釣った魚を、水に帰しちゃうことでしょ?

食「ですね」
み「どうして、そんなことするわけ?」
食「さぁ。
 ボクも、釣りは詳しくないですから。
 結局は、美味しくないからじゃないですか?」
結局は、美味しくないからじゃないですか?
ブラックバスの燻製

食「網で捕ろうって人もいないみたいだし」
網で捕ろうって人もいないみたいだし

食「デカいから、食べでもあるだろうし」
デカいから、食べでもあるだろうし
↑10kgを越える大物も……

み「おー。
 ここで再び、ある情景が、記憶の底から蘇ってしまった」
食「またですか」
み「忘れる前にしゃべらせて。
 わが幼少のころの話」
わが幼少のころの話

み「父に連れられて、父の実家に遊びに行ったの」
律「あれ?
 Mikiちゃんのお父さんって、マスオさん?」
Mikiちゃんのお父さんって、マスオさん?

み「そうそう。
 婿養子。
 実家は大きな農家でさ、父はそこの次男なわけ」
実家は大きな農家でさ、父はそこの次男なわけ
↑もちろん、こんな豪農ではありません

み「そのときは、もう父の兄が農業を継いでた。
 その叔父さんにわたしは、ずいぶんと可愛がってもらったんだけどね。
 で、父に連れられて遊びに行った日のことよ。
 夏前だったと思うんだけど……。
 夏のような日差しが、ギラギラ射してた」
夏のような日差しが、ギラギラ射してた

食「なんか、『異邦人』みたいですね」
なんか、『異邦人』みたいですね

み「そう。
 そんな雰囲気の日よ」
み「遊びに行ったときは、玄関から入らず、裏口から入るの」
玄関から入らず、裏口から入るの
↑これは、有楽町の飲み屋です

み「あ、言っとくけど……。
 新潟の農家の敷地って、ものすげー広いからね。
 叔父さんちも、敷地の中に、子供なら迷いそうな竹林があったから」
敷地の中に、子供なら迷いそうな竹林があった

み「裏口って言うと、せせこましいイメージがあると思うけどさ。
 そんなんじゃないのよ。
 敷地の中、軽トラで走るからね」
敷地の中、軽トラで走るからね

み「裏口は、その軽トラの通り道に面してる。
 そこに叔父さんがいてね……。
 大きなタライの中を見てた」
大きなタライの中を見てた

み「挨拶しながら近づくと、叔父さんはニコニコしながら迎えてくれて……。
 タライの中を指さした。
 途端に、タライから水が跳ねたんだよ」
途端に、タライから水が跳ねたんだよ

み「覗きこむと……。
 キタナイ泥水みたいな中に、不気味な生き物が身をくねらせてた」
キタナイ泥水みたいな中に、不気味な生き物が身をくねらせてた

『お魚?』
『雷魚って云うんだよ』
雷魚って云うんだよ

『ライギョ?
 買ってきたの?』
買ってきたの?

『ははは。
 こんなもの、金出して買うバカはいないさ。
 釣ったんだよ』
釣ったんだよ

『阿賀野川で』
阿賀野川で

『鯉かと思ったら、とんだゲテモノだ』
鯉かと思ったら、とんだゲテモノだ

『これ、飼うの?』
『飼うもんか。
 食べるんだよ、今夜』
バンコクのスーパーに並ぶ雷魚くん
↑バンコクのスーパーに並ぶ雷魚くん

 わたしが身をのけぞらせると、叔父は楽しそうに笑った。
 あんな不気味な魚を食べるなんて、信じられなかった。
 なんかさ、迷彩柄みたいな配色なんだよ。
迷彩柄みたいな配色なんだよ

 ウロコは無くて、ヌルヌルしてる。
ウロコは無くて、ヌルヌルしてる

 頭も口も大きい。
頭も口も大きい

 でも、ナマズみたいな愛嬌は無くて、ひたすら凶悪顔。
ナマズみたいな愛嬌は無くて、ひたすら凶悪顔

 ウツボの系統だね。
ウツボの系統だね

『みきこも、食べていきなさい』

 わたしは曖昧に笑いながら、ぜったい今日は早く帰らねばと思った。

 その後、母屋に寄って、父が用事を済ませてる間、従姉妹と庭で遊んでた。
 裏口とは別に、屋敷の前っかわにも大きな庭があるの。
裏口とは別に、屋敷の前っかわにも大きな庭があるの

 土蔵の脇には、大人でも腕が回らないほどのタブノキが聳えてる。
香取五神社のタブノキ(滋賀県長浜市)
↑香取五神社のタブノキ(滋賀県長浜市)

 何十年前かの落雷で大枝が折れ……。
何十年前かの落雷で大枝が折れ……

 蔵の屋根瓦を壊したって話は、父からよく聞かされた。

 雷魚のことは、すっかり忘れて遊んでたんだけど……。
 縁側に出た父から、帰ることを告げられて思い出した。
縁側に出た父から、帰ることを告げられて思い出した

 雷魚を食べずに済んで、ほっとした。

 帰るときも、裏口の脇を通った。
 するとそこには叔父がしゃがみ込んで、水道の水で出刃包丁を洗ってた。
叔父がしゃがみ込んで、水道の水で出刃包丁を洗ってた

 裏口を上がると、すぐ台所なのよ。
裏口を上がると、すぐ台所なのよ
↑こんな立派な造りではありませんでしたが、板敷きでした。

『なんだ、食べていかないのか、これ』

 叔父が突き出した包丁の先をたどると……。
 まな板の上に、真っ白い肉が盛られてた。
まな板の上に、真っ白い肉が盛られてた
↑本物の雷魚の肉です(こちら

 あんな黒い魚が、こんな白い肉の塊になることが……。
 ちょっと信じられなかった。
 でも、もちろん、食べる気になんかなれない。
 曖昧な顔でいとまの挨拶しながら、父の手を引っ張るわたしに……。
 叔父が手招きした。

『みきこ。
 面白いもの見せてやる。
 こっち来てごらん』

 叔父が、タライの中を覗き込みながら、わたしを再度手招きする。
 さっきまで、雷魚の泳いでたタライ。
さっきまで、雷魚の泳いでたタライ

 雷魚料理も断ってることだし、あんまり断ってばかりじゃ悪いなって思った。
 で、何の気なしにタライを覗いたわけ。
 すると……。
 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」
ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ

律「ちょっと、何よ!
 急に大声出して。
 驚くじゃないの」
み「そう。
 タライを覗きこんで、わたしもびっくり仰天よ。
 マジで飛び退った」
マジで飛び退った

律「何が入ってたのよ?」
み「だから、雷魚よ」
だから、雷魚よ

律「だって、料理されちゃったんでしょ?」
タイ料理
↑タイ料理(魚の“鯛”ではなく、国の“タイ”)

み「肉はね。
 でも、頭と骨は残ってた」
律「捌いた残骸ってこと?」
捌いた残骸ってこと?

み「違うのよ。
 泳いでたの。
 悠々と。
 頭と骨だけの雷魚が」
頭と骨だけの雷魚が

律「ウソおっしゃい」
み「ホントだってば。
 絶対アイツは……。
 頭と骨だけにされたことに気づいてなかった」
頭と骨だけにされたことに気づいてなかった

食「確かに、雷魚の生命力はスゴいみたいですけど……」
雷魚の塩焼き・再びタイです
↑それを食う人間は、もっとスゴい(雷魚の塩焼き・再びタイです)

食「にわかには信じがたい話ですね」
にわかには信じがたい話ですね

み「何でよ」
食「だって、骨だけで泳げるわけ無いじゃないですか。
 骨は、筋肉が動かしてるんだから」
肝心要の“キン”肉が付いてないぞ
↑肝心要の“キン”肉が付いてないぞ。

み「わたしに、雷魚の事情はわからないわよ」
雷魚の蒸し焼き(当然のごとく……、タイです)
↑雷魚の蒸し焼き(当然のごとく……、タイです)

み「でも、この目に焼き付いてるんだもの。
 真っ黒なでっかい頭と……。
 そこに繋がる白い骨。
 骨が、ゆらゆらと左右に揺らいでた」
骨が、ゆらゆらと左右に揺らいでた

律「もう。
 気味悪い話、止めてくれない」
食「『白神鶏わっぱ』、吐きそうになりました」
み「吐くなよ!」
律「Mikiちゃんが悪いのよ」
み「思い出したものは、仕方ないでしょ」
律「どっから、こんな話になったのよ?」
み「コイツのせいだ」
食「ボクですか?」
み「チミが、バス釣りの話を持ちだしたんだろ」
ブラックバスの煮付け
ブラックバスの煮付け

食「はぁ。
 でも……。
 そっから、雷魚の話を始める人のほうが……」
>雷魚の唐揚げ/やっぱり……、タイです
雷魚の唐揚げ/やっぱり……、タイです

み「悪くない!
 で?
 八郎潟名物は、バス釣りしか無いの?」
八郎潟名物は、バス釣りしか無いの?

み「あとは、地吹雪だけ?」
雪国地吹雪体験ツアー(青森県五所川原市金木町)
↑『雪国地吹雪体験ツアー(青森県五所川原市金木町)』

食「そんなわけ無いですよ。
 珍しい温泉があります」
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