2012.3.3(土)
み「ひょっとして……。
あなた、鉄ちゃん?」
謎「はいなー」
み「やっぱり。
何鉄なの?」
食「もちろん……。
食べ鉄でんがな」
み「そんなんあるわけ?
って言うか、あんた何県人?」
食「日本中、周っとりますけん。
方言が、ごっちゃになってますねん」
み「ところで……。
どうして、右側の座席が海寄りになるわけ?」
み「日本海が見えるのは、進行方向左側でしょ」
食「うふ♪」
み「なんだよ!
気味悪りーな」
食「そのわけは……。
もうちょっと、乗るとわかります。
それまでの、お楽しみっ♪」
み「ほんとは知らないんじゃないの?
食べる専門で」
食「失礼しちゃうわぁ。
“鉄”を名乗るからには……。
基本的なことは、バッチリ押さえてまんがな」
み「ほんまかぁ?」
食「あなた、何県人?」
み「いかん。
口調が伝染ってしまった」
食「いいじゃおまへんか。
それじゃ、“鉄”の証拠をご披露しましょうか。
さっき、お2人さんは、この車両がうるさいとおっしゃってましたね」
み「確かにね。
今も、けっこううるさいよ」
食「これは、ディーゼルエンジンの音でして……」
↑DD51用ディーゼルエンジンだそうです(JR大宮工場に展示)
食「音鉄には、愛好者が大勢いるんですよ」
み「この音の?」
食「はいなー。
ボクが弁当を噛み締めるように、聞いておりますな」
み「アホじゃないの」
食「同感です」
み「あら、庇わないわけ?」
食「こないだ、音鉄の人と乗り合わせたんですが……。
ボクの弁当を食べる音が耳障りだって……」
食「えらい怒られました」
み「その気持ちもわかる」
食「えー」
み「しかし、ディーゼル車ってのは、ちと時代遅れじゃないの?」
食「この体勢じゃ、ちょっと語りづらいですね」
み「こっちも聞きづらいわい」
食べ鉄オトコは、後ろの座席を立つと……。
通路を挟んだ隣の席に移りました。
手には、しっかり『白神鶏わっぱ』を持ったままです。
み「景色が見えんぞ」
食「しばし、ご辛抱を。
そもそも、『リゾートしらかみ』は、3編成の列車で構成されております。
この列車は、『くまげら』」
食「あとの2つは、『ぶな』と……」
食「『青池』です」
み「なんか、バラバラの名付け方だね。
“あおいけ”は、青い池って書くの?」
食「さいでんな。
どれも、“白神山地”にちなんだ名称なんですよ」
み「『青池』は、地名?」
食「はいなー。
青森県になりますね。
白神山地が、日本海近くまで迫ったあたりです。
そこに、十二湖という、湖沼群があります」
み「小将軍?」
食「どうやら、通じてませんね。
ペッパーの胡椒でもありませんよ」
み「わかっとるわい」
食「湖と沼で、湖沼です」
み「最初からそう言えよ」
食「はぁ。
すみません。
って、何でボクが謝るんですか」
み「続けてよし」
食「ですから……。
『青池』は、その十二湖のうちのひとつなんです」
み「湖の数が、12個あるわけ?」
食「東側の崩山から眺めると……」
食「よく見える湖沼の数が12だったので、付いた名称です。
実際には、33くらいあるみたいですね」
み「いつごろ出来たの?」
食「1704年の能代大地震だそうです」
み「300年前?
案外最近なんだ。
ところで、チミ」
食「ボクのことですか?」
み「ほかに誰がおる。
さっきから、コショー、コショーと言ってるくせに……。
なぜ、池があるのだ?」
食「『青池』のことですか?」
み「人工的に造られた池なの?」
食「違いますよ。
さっきも言ったじゃないですか。
地震で出来たんですよ。
そのとき崩れた山には……。
まさに崩山という名前が付いてます」
み「そしたら、“池”はおかしいだろ?」
食「青池は小さいんですよ」
食「1,000平米も無いんじゃないかな。
300坪です。
だから、“池”なんですよ」
み「間違っとる!」
食「何が?」
み「“池”ってのは、人工的に造られた水たまりを云うのだ。
人が水位の管理を出来る水域だね。
農業用の溜池とか……」
み「調整池」
み「これらを、池と云う」
食「そうなんですか」
み「湖沼学の定義では、そうなっておる」
食「スゴいですね」
み「こう見えて……。
湖沼学部を出ておるのだ」
食「そんな学部、どこの大学にあるんです?」
み「東大」
食「無いと思います」
み「一橋」
↑創設者、一橋慶喜
食「あそこは文系だけです」
み「疑っとるのか?」
食「はい」
み「けしからんヤツ。
それじゃ、湖と沼の違いを言ってみよ」
↑これがほんとの“湖沼額”
食「えーっと。
浅いのが沼で、深いのが湖でしょ」
み「そ・こ・が、素人の赤坂見附じゃ」
食「何です、それ?」
み「そんなら、どこまでが沼で、どこからが湖なのか?」
食「えー。
見た目じゃないですか?
こいつは浅そうだから、沼っぽいなとか」
み「喝!」
み「そんないい加減な学問があるか!」
↑これは、お湯加減
食「なんでボクが怒られにゃならんのです?」
み「それでは……。
湖沼学部教授から、その定義を伝授してやろう」
食「いつから教授になったんです?」
み「とつきとおか前じゃ」
食「そもそも、定義ってのは伝授するものじゃないんじゃ……」
み「何を言うか!
湖沼学部の奥義は、すべて口伝と決まっておる」
↑これは駅伝
食「あの。
ボク、席に戻ってもいいですか?」
み「ならん!
最後まで聞けぃ。
沼とは……。
底まで、太陽光が届く水たまりのことを云うのじゃ。
すなわち、最深部にも、藻が生えておる」
み「太陽光が届くので、光合成が出来るわけじゃな」
み「これに対し、湖とは……。
底までは、光が届かない水たまりを云う」
み「すなわち、最深部には藻が生えておらぬ。
明快であろう?」
食「なんだか、ほんとみたいですね」
み「なんだかとは、失敬な!
正真正銘の湖沼学奥義じゃ」
律「よくそんなこと知ってたわね」
み「恐れいったか。
決して、ハーレクインに教わったわけじゃないぞ」
律「誰よ、それ?」
み「気にするな。
ただの酔っ払いじゃ」
食「でも……。
水深何メートルからは湖って決めれば、簡単なんじゃないですか?」
み「ばかもん!
まったく奥義を理解してないではないか!」
食「やっぱり席に戻ります。
『鶏わっぱ』、まだ残ってるんで」
み「わたしの話を聞くまでは、おあずけ!」
食「そんなぁ」
み「良いか。
水たまりは、それぞれ透明度が違うだろ」
み「透明度の高い水域は、深くまで光が届く。
反対に、濁ってる水域では、すぐに光が届かなくなる」
食「へー。
じゃ、その定義どおりに名前が付けられてるわけですか?」
み「うんにゃ。
そこが、素人の悲しさよのぅ。
見た目で、テキトーに付けてしまっておるのじゃ。
水たまりに名前を付けるときは……。
今度から、わたしに断ってほしいものじゃ」
律「何であんたに断るのよ」
食「あのー。
終わりました?
どうしてボクが、講義を聞かなきゃならなかったんだろ?」
み「覚えの悪いやつ。
脳みそに“鶏わっぱ”が詰まってるんじゃないか」
食「失礼な。
確かに、弁当のことばかり考えてますけど……。
詰まってるのは、脳細胞です」
み「調べてみたの?」
食「みませんけど」
み「一度、精密検査受けてみなさい。
脳みその代わりに、“わっぱ飯”が詰まってるから」
み「頭がデカイから、一升くらい詰まってるわ」
食「席に戻ります」
み「喝!」
み「青池の話を忘れたのか?」
食「もう、勘弁して下さいよ」
み「自然に出来た水たまりなのに……。
“池”は間違いじゃと、鋭く指摘したはずじゃ」
食「あの……。
ひとつ聞いていいですか?」
み「なんじゃい」
食「どうしてそんな喋り方なんです?」
み「高所からモノを言うときに、便利な口調なのじゃ。
うんちくモードとも、マスミンモードとも云う」
食「ぜんぜんわかりません」
み「そう言えば、チミ。
すっかり訛りが抜けてしまったではないか」
食「はぁ。
すっかり毒気を抜かれました」
み「わたしも、九州弁ならしゃべれるぞ」
食「へー。
使ってみてくださいよ」
み「とっとっとー」
食「は?
何ですそれ?」
み「九州のクセに知らんのか?」
食「あの、別に九州じゃ無いんですけど。
でも、九州に行ったときも、そんな言葉、聞いたことなかったなぁ」
↑福岡の屋台
み「九州では、列車に乗らなかったのか?」
食「もちろん、乗りましたよ」
↑SL人吉
み「それなら、聞いてないはず無いでしょ」
食「どういう意味なんです」
み「座席の所有を高らかに宣言する言葉。
とっとっとー。
『ここは自分が確保しているところの座席である』という意味」
食「席を取ってあるってことですか?」
み「左様じゃ」
食「聞いたこと無いなぁ」
み「おぬし、モグリじゃないのか。
九州の列車に乗ると……。
そこらじゅうから聞こえて来るぞ。
『とっとっとー、とっとっとー』って。
ニワトリ小屋に乗ってるのかと思うほどじゃ」
食「九州をバカにしてますね」
み「事実を言っておる。
春に、別府から湯布院を回って来たのだ。
『ゆふいんの森』にも乗ったんだぞ」
食「ボクも乗りましたよ。
弁当が美味かったなぁ」
↑『ゆふいんの森弁当(1,200円)』
食「あ、そうだ。
『鶏わっぱ』食べなきゃ。
席に戻ります」
み「ならん!
駅弁なんだから、冷めるわけでもなかろ」
食「ま、これは、最初から冷めてますけど。
でも、温められるお駅弁があるの、知ってます?」
み「レンジを積んだ列車があるのか?」
食「違いますよ。
駅弁にヒモが付いてて……。
これを引っ張ると、弁当が温まるんです。
仙台の『牛タン弁当』」
↑ヒモを引っ張るとどうなるか、動画でご確認ください
み「高いの?」
食「1,000円です」
み「ふーん。
値段は、普通だね。
でも、なんでヒモを引くと温まるんだ?」
み「摩擦熱?」
食「あのね。
縄文時代じゃあるまいし……」
食「温まるまでなんて、どんだけヒモ引くんですか」
み「じゃ、どういう仕組みだよ?」
食「簡単です。
水と石灰が入ってるんです」
食「ヒモを引くと石灰の袋が破れて、水と反応して発熱する仕組み。
ちなみに、この発熱ユニットがかなり大きめで……」
食「外見のボリュームに引かれて買った人は……。
ちょっとがっかりするかも」
み「キミもその1人だったわけね」
食「おやつに食べましたから、大丈夫です」
み「おやつに、牛タン食うなよ……」
み「あ、そう言えば、『白神鶏わっぱ』の値段を聞いてなかったな」
食「これも同じく、1,000円です」
み「ふむ。
高いっちゃ高いけど……。
まずまず良心的だね。
こないだ、母親が外出したとき……。
夕食に、新潟駅で駅弁を買って帰ろうとしたら……」
↑新潟駅の駅弁売り場
み「高けーのなんのって。
1,200円くらい、平気で付けてるんだよ」
律「買わなかったの?」
み「1,200円出して、弁当食う気にはねー」
律「どうしたのよ?」
み「コンビニ弁当にした」
み「値段、3分の1だよ」
食「夕食くらい、1,200円出したっていいじゃないですか。
おやつに1,000円は、ちょっと高いですけどね」
み「そんなら、コンビニ弁当にすればいいじゃん」
食「食べ鉄が、そんなことできるわけないじゃないですか」
み「あ、そうそう。
『青池』って、水の色が青いわけ?」
食「いきなり話が戻りましたね。
もちろん、青いから『青池』です」
み「どういうわけで青いの?」
食「これがどうも、解明されてないみたいなんです」
み「そりゃまた、情けない話だね」
食「はぁ。
地下水よりも、もっと深い層から湧いて来る水らしいですね。
普通の水より、酸素の量がもの凄く多いそうです」
み「なんで青いの?」
食「だから、わかりませんて。
光の角度によっても、色は変化するみたいですし」
み「そう言えば……。
裏磐梯にも、五色沼ってあるじゃん」
食「ああ、そうですね」
み「五色には、青色は無いの?」
食「ありますあります。
その名も、『青沼』」
み「おー。
“池”にしないだけ、見識があるではないか」
食「あそこは、『青池』よりずっとデカいですからね」
食「6倍くらいあるんじゃないかな」
み「そこの青さは、解明されてるわけ?」
食「あれは、アロフェンって云う火山性の鉱物のせいらしいですね」
食「その微粒子が、光を反射するみたいです」
み「じゃ、『青池』もそうなんじゃないの?」
食「どうでしょうね。
『青沼』は、磐梯山の噴火でできたわけですけど……」
食「『青池』は、噴火じゃないですからね」
み「あ、そうか。
地震による山崩れだったね。
うーん、それじゃ何だろ。
誰かが、バスクリン入れてるんじゃないのか?」
食「そんなわけないでしょ。
じゃ、ボクはこれで」
み「降りるのか?」
食「降りませんよ。
発車したばっかりでしょ。
席に戻るんです」
み「まだ、話は終わっとらん。
『青池』の話だけして逃げるつもりか。
あと、『くまげら』と『ぶな』が残ってるだろ」
食「よく覚えてましたね……」
み「事柄の数が3つだと……」
み「忘れ難いものなのじゃ」
食「そうなんですか?」
み「プレゼンとかするときでも……」
み「特徴ななんかを、ズラズラ並べ立てるのは愚の骨頂。
3つに絞って、ズバババンと訴える」
↑“バ”が多すぎだろ
み「これが、印象に残るやり方」
食「へー。
スゴいですね。
お仕事は、営業ですか?」
み「経理じゃ」
食「経理が、何のプレゼンするんです?」
み「誰が、わたしの話をしておるか」
食「誰の話なんです?」
み「社員研修に呼んだ講師が言ってた」
食「なんだ。
受け売りですか」
み「受け売りをバカにするものは……。
受け売りに泣く!」
食「はぁ?
意味わかりませんけど」
み「あるいは、押し売りに泣く」
食「席に戻ります」
み「ならぬと言っとるだろ」
食「あの……。
酔ってるんですか?」
み「酔ってたのは昨日。
今は、これ以上無くシラフじゃ」
↑これは、ジラフ
食「絡まれてる気がするんですけど」
み「気のせいじゃ」
食「じゃ、簡単に済ませますよ。
『くまげら』ってのは……」
み「待った」
食「なんです?」
み「『青沼』で思い出したことがある」
食「また、そこに戻るんですかぁ」
み「そのセリフ、夕べも言われた気がする」
食「誰でも言うと思います」
み「“青沼静馬だ”」
食「は?」
律「ちょっとMikiちゃん、どうしたの?
ノドが枯れてるわよ」
み「これは、物真似」
律「何の?」
み「だから……。
“青沼静馬だ”」
律「まだ、お酒が抜けてないんじゃないの?」
食「大いに同感です」
み「わからんかね?
映画だよ。
“青沼静馬だ”」
食「あ、思い出した。
『犬神家の一族』ですね」
み「左様じゃ。
その中のセリフ」
律「なんで声が枯れてるの?」
み「戦争で、顔に火傷を負ったんだよ」
律「声と関係ないじゃない」
み「声帯まで焼けたんだろ」
律「声帯に届くほどの火傷なら、生きてません」
み「映画なんだからしょうがないでしょ。
もともとは、横溝正史の小説だけど」
律「見たの?
その映画」
食「最近、リメイクされましたよ」
み「あ、あれは見てない。
石坂浩二が、また金田一耕助やったんだよね」
み「あの人、幾つなの?」
食「確か、リメイク版が2006年。
石坂浩二は、当時65歳でしたね」
み「イジョーだよ。
水戸黄門までやった役者が……」
み「また金田一耕助やるか?」
律「結局、何が言いたいわけ?」
み「何って……。
わたしが見たのは……。
もっと昔の映画」
食「あれは……。
そうとう昔ですよ。
ボクが生まれる前じゃないかな?」
み「ウソこけ」
食「ほんとですよ。
確かあれは……。
1976年。
34年前ですね」
み「何でそんなに詳しいわけ?」
食「作者の都合でしょうね」
み「それは置いといて……」
食「しかし……。
34年前の映画のセリフを覚えてるってことは……」
み「妙な計算してるな」
食「年齢が、だいたいわかりました」
み「バカモン!
映画を見たと言っても……。
映画館ではないわ」
食「どこで見たんです?
まだレンタルビデオなんて、無かったでしょ?」
み「失敬な!
子供のころからあったわい。
VHSとベータ、2種類の大きさのパッケージが並んでた」
↑左:VHS/右:ベータ
食「その時代は知りませんねー」
み「うちは、ベータだったんだよ」
み「VHSの方は借りられてても……。
ベータは残ってたりしたから、便利だった」
食「レンタルビデオで見たわけですね」
み「違う」
食「じゃ、なんでビデオの話になるんですか!」
み「チミが言い出したんだろ」
食「そうでしたっけ?」
み「やっぱり、頭に“わっぱ飯”が詰まっとるようじゃの」
食「詰まるほど食べてませんって。
もう、食べさせてくださいよ」
み「ダメ。
まだ、おあずけ」
食「ビデオじゃなきゃ、何で見たんですか?」
み「その昔……。
レーザーディスクというのがあったことを……。
知っとるけ?」
食「今度は何県人です?」
み「九州のどこか」
食「知っとるけなんて、使いませんよ」
み「九州は……。
“ばってん”、か?」
食「まぁ、それは使うでしょうけど」
み「ばってん!」
み「丸、三角、四角」
食「九州をバカにしよるとですか!」
み「バカにはしとらんよ。
ちょっと、からかってみたい年頃なのじゃ」
食「幾つなんです?」
み「18」
食「断固、席に戻ります」
み「ならん!
“レーザーディスクを見せてくださーい”」
食「いきなり、なんなんですか?」
み「そういうCMがあったのじゃ。
知らんかね、レーザーディスク」
食「なんとなく覚えてます」
み「今のDVDをでっかくしたようなディスクでさ……」
↑大きさの違いを見よ
あなた、鉄ちゃん?」
謎「はいなー」
み「やっぱり。
何鉄なの?」
食「もちろん……。
食べ鉄でんがな」
み「そんなんあるわけ?
って言うか、あんた何県人?」
食「日本中、周っとりますけん。
方言が、ごっちゃになってますねん」
み「ところで……。
どうして、右側の座席が海寄りになるわけ?」
み「日本海が見えるのは、進行方向左側でしょ」
食「うふ♪」
み「なんだよ!
気味悪りーな」
食「そのわけは……。
もうちょっと、乗るとわかります。
それまでの、お楽しみっ♪」
み「ほんとは知らないんじゃないの?
食べる専門で」
食「失礼しちゃうわぁ。
“鉄”を名乗るからには……。
基本的なことは、バッチリ押さえてまんがな」
み「ほんまかぁ?」
食「あなた、何県人?」
み「いかん。
口調が伝染ってしまった」
食「いいじゃおまへんか。
それじゃ、“鉄”の証拠をご披露しましょうか。
さっき、お2人さんは、この車両がうるさいとおっしゃってましたね」
み「確かにね。
今も、けっこううるさいよ」
食「これは、ディーゼルエンジンの音でして……」
↑DD51用ディーゼルエンジンだそうです(JR大宮工場に展示)
食「音鉄には、愛好者が大勢いるんですよ」
み「この音の?」
食「はいなー。
ボクが弁当を噛み締めるように、聞いておりますな」
み「アホじゃないの」
食「同感です」
み「あら、庇わないわけ?」
食「こないだ、音鉄の人と乗り合わせたんですが……。
ボクの弁当を食べる音が耳障りだって……」
食「えらい怒られました」
み「その気持ちもわかる」
食「えー」
み「しかし、ディーゼル車ってのは、ちと時代遅れじゃないの?」
食「この体勢じゃ、ちょっと語りづらいですね」
み「こっちも聞きづらいわい」
食べ鉄オトコは、後ろの座席を立つと……。
通路を挟んだ隣の席に移りました。
手には、しっかり『白神鶏わっぱ』を持ったままです。
み「景色が見えんぞ」
食「しばし、ご辛抱を。
そもそも、『リゾートしらかみ』は、3編成の列車で構成されております。
この列車は、『くまげら』」
食「あとの2つは、『ぶな』と……」
食「『青池』です」
み「なんか、バラバラの名付け方だね。
“あおいけ”は、青い池って書くの?」
食「さいでんな。
どれも、“白神山地”にちなんだ名称なんですよ」
み「『青池』は、地名?」
食「はいなー。
青森県になりますね。
白神山地が、日本海近くまで迫ったあたりです。
そこに、十二湖という、湖沼群があります」
み「小将軍?」
食「どうやら、通じてませんね。
ペッパーの胡椒でもありませんよ」
み「わかっとるわい」
食「湖と沼で、湖沼です」
み「最初からそう言えよ」
食「はぁ。
すみません。
って、何でボクが謝るんですか」
み「続けてよし」
食「ですから……。
『青池』は、その十二湖のうちのひとつなんです」
み「湖の数が、12個あるわけ?」
食「東側の崩山から眺めると……」
食「よく見える湖沼の数が12だったので、付いた名称です。
実際には、33くらいあるみたいですね」
み「いつごろ出来たの?」
食「1704年の能代大地震だそうです」
み「300年前?
案外最近なんだ。
ところで、チミ」
食「ボクのことですか?」
み「ほかに誰がおる。
さっきから、コショー、コショーと言ってるくせに……。
なぜ、池があるのだ?」
食「『青池』のことですか?」
み「人工的に造られた池なの?」
食「違いますよ。
さっきも言ったじゃないですか。
地震で出来たんですよ。
そのとき崩れた山には……。
まさに崩山という名前が付いてます」
み「そしたら、“池”はおかしいだろ?」
食「青池は小さいんですよ」
食「1,000平米も無いんじゃないかな。
300坪です。
だから、“池”なんですよ」
み「間違っとる!」
食「何が?」
み「“池”ってのは、人工的に造られた水たまりを云うのだ。
人が水位の管理を出来る水域だね。
農業用の溜池とか……」
み「調整池」
み「これらを、池と云う」
食「そうなんですか」
み「湖沼学の定義では、そうなっておる」
食「スゴいですね」
み「こう見えて……。
湖沼学部を出ておるのだ」
食「そんな学部、どこの大学にあるんです?」
み「東大」
食「無いと思います」
み「一橋」
↑創設者、一橋慶喜
食「あそこは文系だけです」
み「疑っとるのか?」
食「はい」
み「けしからんヤツ。
それじゃ、湖と沼の違いを言ってみよ」
↑これがほんとの“湖沼額”
食「えーっと。
浅いのが沼で、深いのが湖でしょ」
み「そ・こ・が、素人の赤坂見附じゃ」
食「何です、それ?」
み「そんなら、どこまでが沼で、どこからが湖なのか?」
食「えー。
見た目じゃないですか?
こいつは浅そうだから、沼っぽいなとか」
み「喝!」
み「そんないい加減な学問があるか!」
↑これは、お湯加減
食「なんでボクが怒られにゃならんのです?」
み「それでは……。
湖沼学部教授から、その定義を伝授してやろう」
食「いつから教授になったんです?」
み「とつきとおか前じゃ」
食「そもそも、定義ってのは伝授するものじゃないんじゃ……」
み「何を言うか!
湖沼学部の奥義は、すべて口伝と決まっておる」
↑これは駅伝
食「あの。
ボク、席に戻ってもいいですか?」
み「ならん!
最後まで聞けぃ。
沼とは……。
底まで、太陽光が届く水たまりのことを云うのじゃ。
すなわち、最深部にも、藻が生えておる」
み「太陽光が届くので、光合成が出来るわけじゃな」
み「これに対し、湖とは……。
底までは、光が届かない水たまりを云う」
み「すなわち、最深部には藻が生えておらぬ。
明快であろう?」
食「なんだか、ほんとみたいですね」
み「なんだかとは、失敬な!
正真正銘の湖沼学奥義じゃ」
律「よくそんなこと知ってたわね」
み「恐れいったか。
決して、ハーレクインに教わったわけじゃないぞ」
律「誰よ、それ?」
み「気にするな。
ただの酔っ払いじゃ」
食「でも……。
水深何メートルからは湖って決めれば、簡単なんじゃないですか?」
み「ばかもん!
まったく奥義を理解してないではないか!」
食「やっぱり席に戻ります。
『鶏わっぱ』、まだ残ってるんで」
み「わたしの話を聞くまでは、おあずけ!」
食「そんなぁ」
み「良いか。
水たまりは、それぞれ透明度が違うだろ」
み「透明度の高い水域は、深くまで光が届く。
反対に、濁ってる水域では、すぐに光が届かなくなる」
食「へー。
じゃ、その定義どおりに名前が付けられてるわけですか?」
み「うんにゃ。
そこが、素人の悲しさよのぅ。
見た目で、テキトーに付けてしまっておるのじゃ。
水たまりに名前を付けるときは……。
今度から、わたしに断ってほしいものじゃ」
律「何であんたに断るのよ」
食「あのー。
終わりました?
どうしてボクが、講義を聞かなきゃならなかったんだろ?」
み「覚えの悪いやつ。
脳みそに“鶏わっぱ”が詰まってるんじゃないか」
食「失礼な。
確かに、弁当のことばかり考えてますけど……。
詰まってるのは、脳細胞です」
み「調べてみたの?」
食「みませんけど」
み「一度、精密検査受けてみなさい。
脳みその代わりに、“わっぱ飯”が詰まってるから」
み「頭がデカイから、一升くらい詰まってるわ」
食「席に戻ります」
み「喝!」
み「青池の話を忘れたのか?」
食「もう、勘弁して下さいよ」
み「自然に出来た水たまりなのに……。
“池”は間違いじゃと、鋭く指摘したはずじゃ」
食「あの……。
ひとつ聞いていいですか?」
み「なんじゃい」
食「どうしてそんな喋り方なんです?」
み「高所からモノを言うときに、便利な口調なのじゃ。
うんちくモードとも、マスミンモードとも云う」
食「ぜんぜんわかりません」
み「そう言えば、チミ。
すっかり訛りが抜けてしまったではないか」
食「はぁ。
すっかり毒気を抜かれました」
み「わたしも、九州弁ならしゃべれるぞ」
食「へー。
使ってみてくださいよ」
み「とっとっとー」
食「は?
何ですそれ?」
み「九州のクセに知らんのか?」
食「あの、別に九州じゃ無いんですけど。
でも、九州に行ったときも、そんな言葉、聞いたことなかったなぁ」
↑福岡の屋台
み「九州では、列車に乗らなかったのか?」
食「もちろん、乗りましたよ」
↑SL人吉
み「それなら、聞いてないはず無いでしょ」
食「どういう意味なんです」
み「座席の所有を高らかに宣言する言葉。
とっとっとー。
『ここは自分が確保しているところの座席である』という意味」
食「席を取ってあるってことですか?」
み「左様じゃ」
食「聞いたこと無いなぁ」
み「おぬし、モグリじゃないのか。
九州の列車に乗ると……。
そこらじゅうから聞こえて来るぞ。
『とっとっとー、とっとっとー』って。
ニワトリ小屋に乗ってるのかと思うほどじゃ」
食「九州をバカにしてますね」
み「事実を言っておる。
春に、別府から湯布院を回って来たのだ。
『ゆふいんの森』にも乗ったんだぞ」
食「ボクも乗りましたよ。
弁当が美味かったなぁ」
↑『ゆふいんの森弁当(1,200円)』
食「あ、そうだ。
『鶏わっぱ』食べなきゃ。
席に戻ります」
み「ならん!
駅弁なんだから、冷めるわけでもなかろ」
食「ま、これは、最初から冷めてますけど。
でも、温められるお駅弁があるの、知ってます?」
み「レンジを積んだ列車があるのか?」
食「違いますよ。
駅弁にヒモが付いてて……。
これを引っ張ると、弁当が温まるんです。
仙台の『牛タン弁当』」
↑ヒモを引っ張るとどうなるか、動画でご確認ください
み「高いの?」
食「1,000円です」
み「ふーん。
値段は、普通だね。
でも、なんでヒモを引くと温まるんだ?」
み「摩擦熱?」
食「あのね。
縄文時代じゃあるまいし……」
食「温まるまでなんて、どんだけヒモ引くんですか」
み「じゃ、どういう仕組みだよ?」
食「簡単です。
水と石灰が入ってるんです」
食「ヒモを引くと石灰の袋が破れて、水と反応して発熱する仕組み。
ちなみに、この発熱ユニットがかなり大きめで……」
食「外見のボリュームに引かれて買った人は……。
ちょっとがっかりするかも」
み「キミもその1人だったわけね」
食「おやつに食べましたから、大丈夫です」
み「おやつに、牛タン食うなよ……」
み「あ、そう言えば、『白神鶏わっぱ』の値段を聞いてなかったな」
食「これも同じく、1,000円です」
み「ふむ。
高いっちゃ高いけど……。
まずまず良心的だね。
こないだ、母親が外出したとき……。
夕食に、新潟駅で駅弁を買って帰ろうとしたら……」
↑新潟駅の駅弁売り場
み「高けーのなんのって。
1,200円くらい、平気で付けてるんだよ」
律「買わなかったの?」
み「1,200円出して、弁当食う気にはねー」
律「どうしたのよ?」
み「コンビニ弁当にした」
み「値段、3分の1だよ」
食「夕食くらい、1,200円出したっていいじゃないですか。
おやつに1,000円は、ちょっと高いですけどね」
み「そんなら、コンビニ弁当にすればいいじゃん」
食「食べ鉄が、そんなことできるわけないじゃないですか」
み「あ、そうそう。
『青池』って、水の色が青いわけ?」
食「いきなり話が戻りましたね。
もちろん、青いから『青池』です」
み「どういうわけで青いの?」
食「これがどうも、解明されてないみたいなんです」
み「そりゃまた、情けない話だね」
食「はぁ。
地下水よりも、もっと深い層から湧いて来る水らしいですね。
普通の水より、酸素の量がもの凄く多いそうです」
み「なんで青いの?」
食「だから、わかりませんて。
光の角度によっても、色は変化するみたいですし」
み「そう言えば……。
裏磐梯にも、五色沼ってあるじゃん」
食「ああ、そうですね」
み「五色には、青色は無いの?」
食「ありますあります。
その名も、『青沼』」
み「おー。
“池”にしないだけ、見識があるではないか」
食「あそこは、『青池』よりずっとデカいですからね」
食「6倍くらいあるんじゃないかな」
み「そこの青さは、解明されてるわけ?」
食「あれは、アロフェンって云う火山性の鉱物のせいらしいですね」
食「その微粒子が、光を反射するみたいです」
み「じゃ、『青池』もそうなんじゃないの?」
食「どうでしょうね。
『青沼』は、磐梯山の噴火でできたわけですけど……」
食「『青池』は、噴火じゃないですからね」
み「あ、そうか。
地震による山崩れだったね。
うーん、それじゃ何だろ。
誰かが、バスクリン入れてるんじゃないのか?」
食「そんなわけないでしょ。
じゃ、ボクはこれで」
み「降りるのか?」
食「降りませんよ。
発車したばっかりでしょ。
席に戻るんです」
み「まだ、話は終わっとらん。
『青池』の話だけして逃げるつもりか。
あと、『くまげら』と『ぶな』が残ってるだろ」
食「よく覚えてましたね……」
み「事柄の数が3つだと……」
み「忘れ難いものなのじゃ」
食「そうなんですか?」
み「プレゼンとかするときでも……」
み「特徴ななんかを、ズラズラ並べ立てるのは愚の骨頂。
3つに絞って、ズバババンと訴える」
↑“バ”が多すぎだろ
み「これが、印象に残るやり方」
食「へー。
スゴいですね。
お仕事は、営業ですか?」
み「経理じゃ」
食「経理が、何のプレゼンするんです?」
み「誰が、わたしの話をしておるか」
食「誰の話なんです?」
み「社員研修に呼んだ講師が言ってた」
食「なんだ。
受け売りですか」
み「受け売りをバカにするものは……。
受け売りに泣く!」
食「はぁ?
意味わかりませんけど」
み「あるいは、押し売りに泣く」
食「席に戻ります」
み「ならぬと言っとるだろ」
食「あの……。
酔ってるんですか?」
み「酔ってたのは昨日。
今は、これ以上無くシラフじゃ」
↑これは、ジラフ
食「絡まれてる気がするんですけど」
み「気のせいじゃ」
食「じゃ、簡単に済ませますよ。
『くまげら』ってのは……」
み「待った」
食「なんです?」
み「『青沼』で思い出したことがある」
食「また、そこに戻るんですかぁ」
み「そのセリフ、夕べも言われた気がする」
食「誰でも言うと思います」
み「“青沼静馬だ”」
食「は?」
律「ちょっとMikiちゃん、どうしたの?
ノドが枯れてるわよ」
み「これは、物真似」
律「何の?」
み「だから……。
“青沼静馬だ”」
律「まだ、お酒が抜けてないんじゃないの?」
食「大いに同感です」
み「わからんかね?
映画だよ。
“青沼静馬だ”」
食「あ、思い出した。
『犬神家の一族』ですね」
み「左様じゃ。
その中のセリフ」
律「なんで声が枯れてるの?」
み「戦争で、顔に火傷を負ったんだよ」
律「声と関係ないじゃない」
み「声帯まで焼けたんだろ」
律「声帯に届くほどの火傷なら、生きてません」
み「映画なんだからしょうがないでしょ。
もともとは、横溝正史の小説だけど」
律「見たの?
その映画」
食「最近、リメイクされましたよ」
み「あ、あれは見てない。
石坂浩二が、また金田一耕助やったんだよね」
み「あの人、幾つなの?」
食「確か、リメイク版が2006年。
石坂浩二は、当時65歳でしたね」
み「イジョーだよ。
水戸黄門までやった役者が……」
み「また金田一耕助やるか?」
律「結局、何が言いたいわけ?」
み「何って……。
わたしが見たのは……。
もっと昔の映画」
食「あれは……。
そうとう昔ですよ。
ボクが生まれる前じゃないかな?」
み「ウソこけ」
食「ほんとですよ。
確かあれは……。
1976年。
34年前ですね」
み「何でそんなに詳しいわけ?」
食「作者の都合でしょうね」
み「それは置いといて……」
食「しかし……。
34年前の映画のセリフを覚えてるってことは……」
み「妙な計算してるな」
食「年齢が、だいたいわかりました」
み「バカモン!
映画を見たと言っても……。
映画館ではないわ」
食「どこで見たんです?
まだレンタルビデオなんて、無かったでしょ?」
み「失敬な!
子供のころからあったわい。
VHSとベータ、2種類の大きさのパッケージが並んでた」
↑左:VHS/右:ベータ
食「その時代は知りませんねー」
み「うちは、ベータだったんだよ」
み「VHSの方は借りられてても……。
ベータは残ってたりしたから、便利だった」
食「レンタルビデオで見たわけですね」
み「違う」
食「じゃ、なんでビデオの話になるんですか!」
み「チミが言い出したんだろ」
食「そうでしたっけ?」
み「やっぱり、頭に“わっぱ飯”が詰まっとるようじゃの」
食「詰まるほど食べてませんって。
もう、食べさせてくださいよ」
み「ダメ。
まだ、おあずけ」
食「ビデオじゃなきゃ、何で見たんですか?」
み「その昔……。
レーザーディスクというのがあったことを……。
知っとるけ?」
食「今度は何県人です?」
み「九州のどこか」
食「知っとるけなんて、使いませんよ」
み「九州は……。
“ばってん”、か?」
食「まぁ、それは使うでしょうけど」
み「ばってん!」
み「丸、三角、四角」
食「九州をバカにしよるとですか!」
み「バカにはしとらんよ。
ちょっと、からかってみたい年頃なのじゃ」
食「幾つなんです?」
み「18」
食「断固、席に戻ります」
み「ならん!
“レーザーディスクを見せてくださーい”」
食「いきなり、なんなんですか?」
み「そういうCMがあったのじゃ。
知らんかね、レーザーディスク」
食「なんとなく覚えてます」
み「今のDVDをでっかくしたようなディスクでさ……」
↑大きさの違いを見よ