2012.3.3(土)
律「湯沢には、毎冬行くの。
ホテルの住所が、“南魚沼郡湯沢町”だった」
律「湯沢町って、どことも合併してないんですよね?」
老「左様です」
律「やっぱり、リゾートマンションとかの固定資産税が入るからですか?」
老「確かに、そういう税収は大きいですな。
新潟県内に3つある、不交付団体のひとつです」
律「“ふこーふだんたい”って、なんですか?」
老「地方交付税の交付を受けていない地方自治体のことです」
律「お金持ちの町ってことですね」
み「あとの2つって、どこだっけ?」
老「北蒲原郡の聖籠町」
老「ここは、新潟東港を擁しておる」
老「もうひとつが、刈羽郡の刈羽村」
老「言わずと知れた、東京電力柏崎刈羽原発の町じゃ」
み「湯沢だけが、ちょっと毛色が違うよね」
律「行ってみると、ほんとにスゴい景色よ」
律「バブルの塔って感じのリゾートマンションが、それこそ林立してる」
老「なにしろ、戸数が3,300くらいの町で……。
リゾートマンションの戸数が、15,000もあるんじゃからの」
み「ひょえ~。
まさに、バベルの塔だね」
老「しかしながら……。
最近は、税収の確保も大変なようじゃな」
み「やっぱり」
老「湯沢町には、東京採用で東京常駐の職員がおるんじゃよ」
み「何してるの?」
老「固定資産税の取り立てじゃよ」
み「それ専門?」
老「なにしろ、滞納額が20億円以上あるそうじゃからの」
み「ひぇ~」
律「でも、ほんとよくご存じですね」
老「ま、作者の都合でしょうがな」
み「はは。
その点については、深く追求しないことにして……。
ついでに、魚沼産コシヒカリが美味しいわけも説明して」
老「新潟県民を差し置いてか?」
み「特に許可する。
10時間分、前払いしてるんだからね」
老「やれやれ。
タダより高い酒は無しか。
それでは、簡単に説明しよう。
魚沼地域の特徴は……。
四方を山に囲まれた盆地ということじゃ」
老「夏場は、昼暑く、夜涼しい。
これが、米の糖度を上げるんじゃな」
老「冬場は、四方の山に大量の雪が積もる。
山に蓄えられた雪解け水は、土に沁みこみ、伏流水となる。
それが……。
用水として、田んぼを潤すわけじゃ」
老「川の水とは違い、冷たく水質も良い」
老「もちろん、そのまま飲める」
老「魚沼の米は、人が飲める水で作られとるんじゃよ。
その米が、旨くないわけは無いな」
み「だそうです。
でも、わたし……。
正直、お米の味がわからないんだよね」
老「情けないのぅ」
み「東京に出たときも……。
お米の味が変わったとは感じなかった」
律「今は、味が違うほどマズいお米、流通してないんじゃないの?」
み「ま、そうだよね。
でも、昔は違ったみたいなんだ。
東京に出張した新潟県民は……。
東京の米がマズいのに辟易してたんだって。
で、新潟県には……。
県職員の出張用として、宿泊施設が東京にあったんだ。
自前の施設で、新潟県産のお米を食べたかったんじゃない?」
律「それだけのために作ったの?」
み「もちろん、建前は別だろうけどさ。
今はもう無くなったみたいだけどね」
律「東京のお米がマズくなくなったから?」
み「そんな理由のわけ、ないでしょ。
ムダの削減対象じゃない?
でもわたし、ありしころに、一度行ったことがあるんだ」
律「お父さん、県の職員?」
み「そうそう。
子供のころ……。
父に連れられて、東京に遊びに行ったことがあるの。
そんとき、一度だけ泊まった」
律「ご飯、美味しかった?」
み「子供には、わからないよ」
律「行ったのは、その一度だけ?」
み「うん。
うちの親父、体壊して退職しちゃったからね。
せめて、大学に入るまで、在職してくれてたらなぁ」
律「どうして?」
み「高3の夏休み……。
東京の予備校に、夏期講習に行ったんだけどさ」
み「父親が県職員の子は、その王子会館に泊まれるんだよ」
律「王子にあったの?」
み「そう。
あ、施設の名前、言ってなかったっけ?
王子の駅から、ほんの徒歩数分。
子供のころの記憶でも、駅からすぐだったもの。
途中、橋があってね。
後から調べたら、音無橋って名前だった」
み「今は、橋の下が公園になってるみたい。
この橋を渡って坂道を上ると……」
み「王子会館」
み「隣に、レンガ造りの建物があってね……。
それが、以前コメントで話題になった大蔵省醸造試験場だった。
み「そこに行ったころは、ぜんぜん気づかなかったけどね」
律「Mikiちゃんは、お父さんに連れられて行ったのよね?
でも、夏期講習の子って、ひとりで泊まるんでしょ?」
み「そりゃそうだよ。
受験ならわかるけど……。
夏期講習にまで付きそう親はいないでしょ」
律「親が県職員ってだけで……。
子供でも泊まれるの?」
み「大丈夫みたいよ。
もちろん、職員の出張じゃないんだから……。
ちゃんと宿泊費は取られたみたいだけど」
律「そりゃ、当たり前だわ」
み「受験の時なんか、受験生で一杯だって」
律「ま、受験はいいとしても……。
高校生が、そんな施設から予備校通いなんて、贅沢じゃない」
み「といっても、ホテルみたいな施設じゃないんだよ。
個室だけど……。
部屋には、トイレもお風呂も無いんだもの。
無くなっちゃったのは、案外このせいかも」
律「なんだ、そうなの。
でも、ちゃんと勉強しなきゃ……。
親御さんが泣くわよね」
み「その子はちゃんとしてたみたい」
律「Mikiちゃんは、してたの?」
み「してませんでしたねー」
律「どこに泊まってたの?」
み「小金井に、ばあちゃんの妹がいてね。
そこから通ってた」
律「そんなら、サボれないじゃない」
み「ま、いちおうは“行ってきまーす”って出かけるんだけど……。
予備校には行かなかった」
律「どこで遊んでたのよ?」
み「別に遊んでなんかないよ。
1人で電車乗って……。
ヘンなとこばっかり行ってた」
律「どんなとこ?」
み「多摩ニュータウンとか」
律「何しに?」
み「ただ、見物だよ。
SFが好きだったから」
↑画:武部本一郎
律「SFと多摩ニュータウンが、何か関係あるの?」
み「SF的風景でしょ」
み「農地がそこここに残っててさ。
その不思議な対比が、まさしくSFの世界って感じだったね」
律「しかし……。
東京に来て、わざわざ団地を見に行かなくたって」
み「わたし、団地って異様に好きなんだよ。
昔の団地。
昭和40年代とかの」
律「住んだことあるの?」
み「ないない」
律「じゃ、何でよ?」
み「わからぬ。
せせこましいとこが好きなのかも。
子供のころ、押し入れが好きだったから」
↑押し入れ好きのネコ(気持ちはよくわかる)
律「団地ったって……。
押し入れほど狭くないでしょうに」
み「確かにね。
でもほんと、小動物の巣穴みたいな感じなんだよ」
律「住んだこと無いのに、なんでわかるわけ?」
み「千葉県の松戸に、松戸市立博物館ってのがあるんだけど……」
み「知ってる?」
律「知らないわよ。
有名な博物館?」
み「ほぼ無名かも」
律「そこが団地と、何か関係あるの?」
み「おおあり。
そこにね、昭和37年当時の団地生活を再現した展示施設があるんだ」
み「部屋の中の再現だけじゃないんだよ。
なんと、鉄筋コンクリート造りの団地の、下2階分まで再現されてるわけ」
み「外階段を登ると……」
み「ちゃんと、玄関扉がある」
律「博物館の中に、団地が建ってるみたいな?」
み「そうそう、まさにそんな感じ」
律「よくそんな施設、見つけたわね」
み「河出書房新社の本で……。
そういう懐かしい暮らしをテーマにしたシリーズ本があるんだよ。
最初に買ったのは、『昭和のくらし博物館/著:小泉和子』って本」
み「『昭和のくらし博物館』って施設が、東京の大田区にあるわけ。
み「昭和26年に建てられた民家でね……。
著者の小泉和子さんのご自宅を、博物館にしちゃった施設なんだけど……。
これがまさに、サザエさんの家って雰囲気なんだ」
み「この本買ったときは、もう新潟に帰ってたんだけど……。
わざわざ、東京まで見に行ったよ」
律「それだけのために?」
み「左様です」
↑ごみ箱もまた懐かしい(臭くなかったら、中に入りたいくらい)
律「ヒマ人ね」
み「そのころはもちろん、『Mikiko's Room』もやってなかったしね。
で、そのシリーズに……。
『再現・昭和30年代 団地2DKの暮らし』って本があったわけ」
み「この本に、松戸市立博物館のことが載ってたの」
律「見に行ったわけ?」
み「もちろん」
律「松戸まで?」
み「もちろん。
その団地を見るだけのためにね」
律「呆れた」
み「良かったよ~。
先生も、一度見てみなって」
律「松戸まで、団地見に?
それほどヒマじゃないわ」
み「忙しくても、行く価値あるって。
あ~、もう一度行ってみたくなった」
↑動画がありました
ちなみに、河出書房新社のシリーズでは……。
『ちゃぶ台の昭和/著:小泉和子』もお勧めです。
↑このころが、日本の一番幸せな時代だったんじゃないでしょうか。
律「ところで……。
どっから、団地の話になったの?」
み「わからぬ」
老「終わりましたかな?」
み「ちょっと、マスミン!
どういうこと!
人のお酒、手酌で飲んで」
↑手酌猫。気持ちよさそうですね。
老「ようやく気づきましたかな?」
み「てことは……。
何杯も飲んだな?」
老「酌をしろとも言えんじゃろ」
み「だからって、勝手に飲んでいいって法はないでしょ」
老「話に夢中のようじゃったでな」
み「そういう時は、大人しく待ってるの。
おあずけ!」
律「いいじゃないの、Mikiちゃん。
減るもんじゃなし」
み「減るもんだよ!
ほら、見てみ。
ものすごく減ってる」
律「もう。
徳利なんて覗かないで」
律「貧乏臭いわね」
老「それでは……。
ごちそうになっただけは語りましょうかの」
み「大いに語ってもらおうじゃないの。
一晩中語ってもらうわよ。
ところで、何を語ろうってわけ?」
老「さっきの続きじゃよ」
み「なんだっけ?」
老「語り甲斐が無いのぅ。
これじゃよ、これ」
み「ん?
刺身のツマ?
そんな話、してたっけ」
律「Mikiちゃん!
思い出した。
布海苔よ、布海苔」
み「あ、そうか。
小千谷の“へぎそば”には、布海苔が入ってるって話だった」
老「ようやく、思い出していただけたようじゃの」
み「ふーむ。
布海苔ねぇ。
毎年、大晦日に食べてながら、まったく気づかなかんだ」
律「でも……。
こんな色の海藻を混ぜたら……。
お蕎麦が赤っぽくなりません?」
み「そうだよね。
でも……。
大晦日に食べる“へぎそば”は、むしろ緑っぽいんだけど」
老「お2人とも……。
あまり、料理はせぬようじゃな」
み「ぎく」
律「う」
老「布海苔は、中国で“赤菜”と呼ばれるように……。
確かに、鮮やかな赤色をしておる。
しかし、これを煮込むと……。
深い緑色に変わるんじゃよ」
律「そうなんですか……」
み「わかめのメカブみたいだね」
律「あ、そうね。
あれも、スゴい綺麗な緑色になるわよね」
み「美味しいよね。
歯応えがいいし」
律「あのヌルヌルが……。
いかにもお肌によさそうじゃない?」
み「だよね」
老「また、話が逸れかけておるぞ」
み「おー、危ない危ない。
まーた、ただ酒、飲まれるとこだった。
これからは、質問攻めにしなくちゃな。
それじゃまず、第一問。
お蕎麦に布海苔を入れるのは、全国的に普通のことなの?」
老「その質問は、前にもしたではないか」
み「そうだっけ?」
老「蕎麦に布海苔を入れるのは、小千谷など魚沼地方だけじゃ。
そこから、魚沼地方の定義の話になって……」
律「あ、そうそう。
そして、湯沢のリゾートマンションの話」
み「先生が脱線させたんじゃないか」
律「わたしひとりのせいじゃありません」
み「よし、こっからは集中して問い詰めていくぞ。
布海苔ってのは、海藻よね」
老「左様じゃ」
み「てことは、海で採れるのよね?」
老「当たり前じゃ」
み「そこが、おかしいじゃないの。
小千谷を含む魚沼地方ってのは……。
海から離れてるでしょ」
老「山に囲まれた盆地じゃからな」
老「ここから、なぜ米が美味いかという話になった」
み「その山の中で、海藻を使ったお蕎麦が打たれてるわけでしょ。
そのお蕎麦は、どっから伝わったの?
当然、布海苔が採れる地域で考案され……。
それが、魚沼地方まで伝わったんじゃないの?」
律「そうなるわよね」
み「ところが!
布海苔を使った蕎麦は、魚沼の特産なんでしょ?」
老「左様じゃ」
み「小千谷から一番近い海っていうと……。
どのあたり?」
老「柏崎あたりになるかの」
み「布海苔蕎麦は、そういう、布海苔が採れるとこで生み出されたんじゃないの?」
老「小千谷に来る布海苔は……。
おそらく、新潟の海岸で採れたものではなかったじゃろ」
み「何でよ?」
老「需要が多かったでな。
おそれく……。
北前船で、北の方から運ばれてきたものではなかったかな」
み「北前船のころの話?
新潟の海岸で賄い切れないほどの布海苔が必要だったってこと?
ひょっとして、蕎麦が主食だったとか?」
律「北前船に乗せて、輸出してたんじゃない?
新潟名産として」
み「布海苔蕎麦を?」
律「そうそう」
み「だって……。
昔は、乾麺なんて無かったでしょ?」
み「生麺は、食べる直前に打つんじゃないの?
生麺を船に乗せて運ぶなんて……。
無理じゃないの」
律「あ、そうかぁ」
老「確かに……。
麺になったものは、その地で消費するほかは無かったじゃろうの」
み「それにもし、布海苔蕎麦が輸出されてたんなら……。
北前船の寄港地に、布海苔蕎麦が伝わってるはずじゃないの」
律「そうなるわよね」
み「でも、布海苔を使ったお蕎麦は、魚沼特産なんでしょ?」
老「左様じゃ」
み「変だよな。
あ、さっきの“需要が多かった”ってのは……。
お蕎麦以外に、布海苔が使われてたって意味?」
老「左様じゃ」
み「何で、そんなに布海苔が必要だったんだろ?」
律「お刺身のツマとか?」
み「北前船で、刺身のツマを輸入するか!
多すぎだろ」
律「輸出してたんじゃない?」
み「何を?」
律「お刺身」
↑寒ブリのお刺身(新潟中央市場・中央食堂)
み「するってぇと何かい?
生魚と布海苔を輸入して……。
それを、お刺身とツマに加工して輸出してたってこと?」
律「ダメ?」
み「何で、小千谷まで運んでそんなことせにゃならんの?
魚が腐っちまうだろ」
律「じゃ、何なのよ」
み「マスミン、降参だから教えて」
老「ほっほっほ。
それでは、盃一杯で手を打とうかの」
み「さっき、10時間分注いだでしょ」
老「貨幣価値は、常に一定というわけではない。
思いの外、インフレが進行しての」
老「さっきの盃一杯の価値は、すでに尽き申した」
み「詐欺師の口上だよな」
律「いいじゃないの。
教えていただきましょ。
わたしが、お注ぎいたしますわ」
老「おー、こりゃすみませんの」
律「でも、わたしのペンはお返しくださいね」
律「さっき、懐にしまわれたようですから」
老「あ、こりゃ失礼」
み「泥棒の手口だよな」
老「ばかもん。
うっかりしただけじゃ。
うぉほん!」
み「咳払いで誤魔化すな」
↑咳をすると鳴くネコ
老「それでは……。
語り申そう。
魚沼には……。
蕎麦の他にも、名産品がある」
み「だからお米でしょ」
老「食べ物のほかでじゃ」
み「そんなら、雪」
老「雪は産物ではないじゃろ。
しかし雪は、その名産品を作るための重要な条件ではある」
み「わかった。
雪だるま」
老「そんな名産があるか」
み「だって!
昔、テレビで見たよ。
雪を、雪だるま形の容器に詰めて、送ってた」
↑今でも買えました(高けー)
老「魚沼、雪、と云えば……。
誰かを思い出さぬか?」
み「どなたでしたっけ?」
老「『北越雪譜』」
み「あ、鈴木牧之(すずきぼくし)!」
み「でも、名産品とどんな関係があるんだ?」
老「鈴木牧之の本業は、何じゃった?」
み「本業?
そうか。
確か、本業でも、立派に成功した人だったんだよな。
えーっと。
コメントで書いて……。
『Mikikoのひとりごと』にも載せたんだけど( 『鈴木牧之のこと』)」
老「どうやら……。
付け焼刃で書いたようじゃな」
み「悪いか」
老「開き直ってないで、思い出しなされ」
み「クイズはもういいから、教えてって!」
老「鈴木牧之の本業は……。
小千谷縮(おぢやちぢみ)の仲買じゃよ」
み「あ、そうだった!」
老「魚沼のもうひとつの名産は……。
麻織物じゃ」
老「越後上布(えちごじょうふ)と呼ばれる」
老「そのうち縮織(ちぢみおり)のものを、小千谷縮と云うな」
老「越後上布、小千谷縮、共に、国の重要無形文化財であり……。
ユネスコの無形文化遺産でもある」
み「おー、スゴい」
老「新潟県民が驚いてどうする」
律「“ちぢみおり”って、どんなのを云うんですか?」
み「先生、そんなことも知らないの?」
律「着物なんて……。
旅館で浴衣着るくらいだもの」
み「情けない」
律「じゃ、Mikiちゃんは知ってるの?」
み「当然。
“ちぢみおり”と云うのは……。
韓国のチヂミが織りこんであるのだ」
律「ウソおっしゃい!
そんな着物、臭くて着れるわけないじゃない」
み「ま、そうでやんしょうね。
それじゃ、答えはマスミンから」
老「布に、ちりめん状の皺を作る織り方を、縮織と云う」
老「布がべたりと肌に付かないので……。
夏着に用いられる」
律「あ。
それって、シアサッカーと同じですね」
み「シアサッカーって、どうやってデコボコにするんだっけ?」
律「わかんない」
み「マスミン」
老「なんでわしが、シアサッカーの織り方を知っておるんじゃ?」
み「マスミンが知らなきゃ、お話が進まないでしょ」
老「まったく、都合の良いキャラに作られたものじゃ。
仕方がないの。
なぜか、知っておる」
み「おー、やっぱり」
老「強く張った縦糸と、弱く張った縦糸を……。
何本かずつ、交互に配するわけじゃ。
こうやって織ると……。
強く張った糸が縮み、弱く張った糸が弛んで波打つ。
これで、布にデコボコが出来る」
み「さすがー。
じゃ、縮織は、どうやって皺を作るわけ?」
老「縮織では、横糸に仕掛けがある」
み「横糸を引っ張るの?」
老「撚りを強く掛けた横糸を使うんじゃ。
撚った横糸を糊で固め、織り込む。
で、織り上げた後……。
湯で揉む」
老「すると、横糸を固めていた糊が溶け、撚りが戻る。
それによって、表面にちりめん状の皺が寄るんじゃな」
み「なるほどー」
律「よく考えたわね」
み「庶民の着物だったの?」
老「とんでもない。
江戸の昔から、最高級衣料じゃ。
反物は、雪に閉ざされる魚沼の農民が、冬仕事に織るわけじゃがな。
それを買って、江戸で売りさばく仲買商などは、莫大な財を築いた」
み「あ、鈴木牧之がそうだったね」
老「江戸時代後期には……。
織りの技術は、至芸の域にまで達した。
銅銭の穴をするすると抜けるほど薄い反物まで生産された」
老「まさに、肌が透いて見えるほどの夏着じゃな。
あまりにも贅沢だということで……。
寛政や天保の改革で、禁止されたほどじゃ」
み「へー。
そんな高級品を、魚沼の農民が作ってたとはね」
老「とにかく……。
気が遠くなるほど、根の要る作業じゃ。
まず、糸を作るところから始めるんじゃからの」
老「越後の農民だからこそ作れた、とも云えるんじゃないかの」
み「でも、そんなに高く売れるなら……。
ほかの地方にも広がりそうだけどね」
老「実は、雪国でなければ作れない織物なんじゃよ。
鈴木牧之は、『北越雪譜』の中で、こう書いとる」
『雪中に糸となし、雪中に織り、雪水に洒ぎ、雪上に晒す
雪ありて縮あり
されば越後縮は雪と人と気力相半ばして名産の名あり
魚沼郡の雪は縮の親といふべし』
み「『雪は縮の親』って、どういう意味?」
老「まさしく、雪がなければ縮は出来ぬということじゃ」
み「なんでよ?」
老「ひとつは、材料となる芋麻(からむし)が、乾燥にはなはだ弱いことが云えよう」
老「雪に覆われた高湿度の環境が、どうしても必要なんじゃ」
み「ふむふむ」
老「もう一つが、『雪晒し』じゃな。
一冬かけて織り上げた反物を……。
雪の上で晒すんじゃ。
今でも、この『雪晒し』を行わなければ……。
小千谷縮や越後上布とは認められない」
み「ふーん。
でも、雪なら、ほかの地方でも降るでしょうに」
老「確かにの。
しかし……。
『雪晒し』に必要なものは、雪だけじゃないんじゃ」
み「どゆこと?」
老「まっさらな深い雪と……。
さんさんと降り注ぐ陽光。
この2つが揃わなければならん」
み「そんな都合のいい日、新潟じゃ滅多にないでしょ」
老「新潟市のような平地ではムリじゃろうな」
み「それじゃ、魚沼の冬は、新潟市より晴れ間が多いってこと?」
老「いやいや。
そんなことはない」
み「それじゃ、どうしてよ?」
老「春じゃよ。
春には、さんさんと陽が降りそそぐじゃろ」
み「そりゃそうでしょ。
一冬雪に閉ざされてきた越後の人にっとて……。
春は、目に眩しいほどの陽の光を感じる。
むしろ、夏よりも明るい感じなんだよね」
律「どうして?」
み「たぶん……。
樹の枝に葉っぱが無いからだと思う。
遮るものの無い日の光が、街中に散乱する感じ」
↑春の新潟市
ホテルの住所が、“南魚沼郡湯沢町”だった」
律「湯沢町って、どことも合併してないんですよね?」
老「左様です」
律「やっぱり、リゾートマンションとかの固定資産税が入るからですか?」
老「確かに、そういう税収は大きいですな。
新潟県内に3つある、不交付団体のひとつです」
律「“ふこーふだんたい”って、なんですか?」
老「地方交付税の交付を受けていない地方自治体のことです」
律「お金持ちの町ってことですね」
み「あとの2つって、どこだっけ?」
老「北蒲原郡の聖籠町」
老「ここは、新潟東港を擁しておる」
老「もうひとつが、刈羽郡の刈羽村」
老「言わずと知れた、東京電力柏崎刈羽原発の町じゃ」
み「湯沢だけが、ちょっと毛色が違うよね」
律「行ってみると、ほんとにスゴい景色よ」
律「バブルの塔って感じのリゾートマンションが、それこそ林立してる」
老「なにしろ、戸数が3,300くらいの町で……。
リゾートマンションの戸数が、15,000もあるんじゃからの」
み「ひょえ~。
まさに、バベルの塔だね」
老「しかしながら……。
最近は、税収の確保も大変なようじゃな」
み「やっぱり」
老「湯沢町には、東京採用で東京常駐の職員がおるんじゃよ」
み「何してるの?」
老「固定資産税の取り立てじゃよ」
み「それ専門?」
老「なにしろ、滞納額が20億円以上あるそうじゃからの」
み「ひぇ~」
律「でも、ほんとよくご存じですね」
老「ま、作者の都合でしょうがな」
み「はは。
その点については、深く追求しないことにして……。
ついでに、魚沼産コシヒカリが美味しいわけも説明して」
老「新潟県民を差し置いてか?」
み「特に許可する。
10時間分、前払いしてるんだからね」
老「やれやれ。
タダより高い酒は無しか。
それでは、簡単に説明しよう。
魚沼地域の特徴は……。
四方を山に囲まれた盆地ということじゃ」
老「夏場は、昼暑く、夜涼しい。
これが、米の糖度を上げるんじゃな」
老「冬場は、四方の山に大量の雪が積もる。
山に蓄えられた雪解け水は、土に沁みこみ、伏流水となる。
それが……。
用水として、田んぼを潤すわけじゃ」
老「川の水とは違い、冷たく水質も良い」
老「もちろん、そのまま飲める」
老「魚沼の米は、人が飲める水で作られとるんじゃよ。
その米が、旨くないわけは無いな」
み「だそうです。
でも、わたし……。
正直、お米の味がわからないんだよね」
老「情けないのぅ」
み「東京に出たときも……。
お米の味が変わったとは感じなかった」
律「今は、味が違うほどマズいお米、流通してないんじゃないの?」
み「ま、そうだよね。
でも、昔は違ったみたいなんだ。
東京に出張した新潟県民は……。
東京の米がマズいのに辟易してたんだって。
で、新潟県には……。
県職員の出張用として、宿泊施設が東京にあったんだ。
自前の施設で、新潟県産のお米を食べたかったんじゃない?」
律「それだけのために作ったの?」
み「もちろん、建前は別だろうけどさ。
今はもう無くなったみたいだけどね」
律「東京のお米がマズくなくなったから?」
み「そんな理由のわけ、ないでしょ。
ムダの削減対象じゃない?
でもわたし、ありしころに、一度行ったことがあるんだ」
律「お父さん、県の職員?」
み「そうそう。
子供のころ……。
父に連れられて、東京に遊びに行ったことがあるの。
そんとき、一度だけ泊まった」
律「ご飯、美味しかった?」
み「子供には、わからないよ」
律「行ったのは、その一度だけ?」
み「うん。
うちの親父、体壊して退職しちゃったからね。
せめて、大学に入るまで、在職してくれてたらなぁ」
律「どうして?」
み「高3の夏休み……。
東京の予備校に、夏期講習に行ったんだけどさ」
み「父親が県職員の子は、その王子会館に泊まれるんだよ」
律「王子にあったの?」
み「そう。
あ、施設の名前、言ってなかったっけ?
王子の駅から、ほんの徒歩数分。
子供のころの記憶でも、駅からすぐだったもの。
途中、橋があってね。
後から調べたら、音無橋って名前だった」
み「今は、橋の下が公園になってるみたい。
この橋を渡って坂道を上ると……」
み「王子会館」
み「隣に、レンガ造りの建物があってね……。
それが、以前コメントで話題になった大蔵省醸造試験場だった。
み「そこに行ったころは、ぜんぜん気づかなかったけどね」
律「Mikiちゃんは、お父さんに連れられて行ったのよね?
でも、夏期講習の子って、ひとりで泊まるんでしょ?」
み「そりゃそうだよ。
受験ならわかるけど……。
夏期講習にまで付きそう親はいないでしょ」
律「親が県職員ってだけで……。
子供でも泊まれるの?」
み「大丈夫みたいよ。
もちろん、職員の出張じゃないんだから……。
ちゃんと宿泊費は取られたみたいだけど」
律「そりゃ、当たり前だわ」
み「受験の時なんか、受験生で一杯だって」
律「ま、受験はいいとしても……。
高校生が、そんな施設から予備校通いなんて、贅沢じゃない」
み「といっても、ホテルみたいな施設じゃないんだよ。
個室だけど……。
部屋には、トイレもお風呂も無いんだもの。
無くなっちゃったのは、案外このせいかも」
律「なんだ、そうなの。
でも、ちゃんと勉強しなきゃ……。
親御さんが泣くわよね」
み「その子はちゃんとしてたみたい」
律「Mikiちゃんは、してたの?」
み「してませんでしたねー」
律「どこに泊まってたの?」
み「小金井に、ばあちゃんの妹がいてね。
そこから通ってた」
律「そんなら、サボれないじゃない」
み「ま、いちおうは“行ってきまーす”って出かけるんだけど……。
予備校には行かなかった」
律「どこで遊んでたのよ?」
み「別に遊んでなんかないよ。
1人で電車乗って……。
ヘンなとこばっかり行ってた」
律「どんなとこ?」
み「多摩ニュータウンとか」
律「何しに?」
み「ただ、見物だよ。
SFが好きだったから」
↑画:武部本一郎
律「SFと多摩ニュータウンが、何か関係あるの?」
み「SF的風景でしょ」
み「農地がそこここに残っててさ。
その不思議な対比が、まさしくSFの世界って感じだったね」
律「しかし……。
東京に来て、わざわざ団地を見に行かなくたって」
み「わたし、団地って異様に好きなんだよ。
昔の団地。
昭和40年代とかの」
律「住んだことあるの?」
み「ないない」
律「じゃ、何でよ?」
み「わからぬ。
せせこましいとこが好きなのかも。
子供のころ、押し入れが好きだったから」
↑押し入れ好きのネコ(気持ちはよくわかる)
律「団地ったって……。
押し入れほど狭くないでしょうに」
み「確かにね。
でもほんと、小動物の巣穴みたいな感じなんだよ」
律「住んだこと無いのに、なんでわかるわけ?」
み「千葉県の松戸に、松戸市立博物館ってのがあるんだけど……」
み「知ってる?」
律「知らないわよ。
有名な博物館?」
み「ほぼ無名かも」
律「そこが団地と、何か関係あるの?」
み「おおあり。
そこにね、昭和37年当時の団地生活を再現した展示施設があるんだ」
み「部屋の中の再現だけじゃないんだよ。
なんと、鉄筋コンクリート造りの団地の、下2階分まで再現されてるわけ」
み「外階段を登ると……」
み「ちゃんと、玄関扉がある」
律「博物館の中に、団地が建ってるみたいな?」
み「そうそう、まさにそんな感じ」
律「よくそんな施設、見つけたわね」
み「河出書房新社の本で……。
そういう懐かしい暮らしをテーマにしたシリーズ本があるんだよ。
最初に買ったのは、『昭和のくらし博物館/著:小泉和子』って本」
み「『昭和のくらし博物館』って施設が、東京の大田区にあるわけ。
み「昭和26年に建てられた民家でね……。
著者の小泉和子さんのご自宅を、博物館にしちゃった施設なんだけど……。
これがまさに、サザエさんの家って雰囲気なんだ」
み「この本買ったときは、もう新潟に帰ってたんだけど……。
わざわざ、東京まで見に行ったよ」
律「それだけのために?」
み「左様です」
↑ごみ箱もまた懐かしい(臭くなかったら、中に入りたいくらい)
律「ヒマ人ね」
み「そのころはもちろん、『Mikiko's Room』もやってなかったしね。
で、そのシリーズに……。
『再現・昭和30年代 団地2DKの暮らし』って本があったわけ」
み「この本に、松戸市立博物館のことが載ってたの」
律「見に行ったわけ?」
み「もちろん」
律「松戸まで?」
み「もちろん。
その団地を見るだけのためにね」
律「呆れた」
み「良かったよ~。
先生も、一度見てみなって」
律「松戸まで、団地見に?
それほどヒマじゃないわ」
み「忙しくても、行く価値あるって。
あ~、もう一度行ってみたくなった」
↑動画がありました
ちなみに、河出書房新社のシリーズでは……。
『ちゃぶ台の昭和/著:小泉和子』もお勧めです。
↑このころが、日本の一番幸せな時代だったんじゃないでしょうか。
律「ところで……。
どっから、団地の話になったの?」
み「わからぬ」
老「終わりましたかな?」
み「ちょっと、マスミン!
どういうこと!
人のお酒、手酌で飲んで」
↑手酌猫。気持ちよさそうですね。
老「ようやく気づきましたかな?」
み「てことは……。
何杯も飲んだな?」
老「酌をしろとも言えんじゃろ」
み「だからって、勝手に飲んでいいって法はないでしょ」
老「話に夢中のようじゃったでな」
み「そういう時は、大人しく待ってるの。
おあずけ!」
律「いいじゃないの、Mikiちゃん。
減るもんじゃなし」
み「減るもんだよ!
ほら、見てみ。
ものすごく減ってる」
律「もう。
徳利なんて覗かないで」
律「貧乏臭いわね」
老「それでは……。
ごちそうになっただけは語りましょうかの」
み「大いに語ってもらおうじゃないの。
一晩中語ってもらうわよ。
ところで、何を語ろうってわけ?」
老「さっきの続きじゃよ」
み「なんだっけ?」
老「語り甲斐が無いのぅ。
これじゃよ、これ」
み「ん?
刺身のツマ?
そんな話、してたっけ」
律「Mikiちゃん!
思い出した。
布海苔よ、布海苔」
み「あ、そうか。
小千谷の“へぎそば”には、布海苔が入ってるって話だった」
老「ようやく、思い出していただけたようじゃの」
み「ふーむ。
布海苔ねぇ。
毎年、大晦日に食べてながら、まったく気づかなかんだ」
律「でも……。
こんな色の海藻を混ぜたら……。
お蕎麦が赤っぽくなりません?」
み「そうだよね。
でも……。
大晦日に食べる“へぎそば”は、むしろ緑っぽいんだけど」
老「お2人とも……。
あまり、料理はせぬようじゃな」
み「ぎく」
律「う」
老「布海苔は、中国で“赤菜”と呼ばれるように……。
確かに、鮮やかな赤色をしておる。
しかし、これを煮込むと……。
深い緑色に変わるんじゃよ」
律「そうなんですか……」
み「わかめのメカブみたいだね」
律「あ、そうね。
あれも、スゴい綺麗な緑色になるわよね」
み「美味しいよね。
歯応えがいいし」
律「あのヌルヌルが……。
いかにもお肌によさそうじゃない?」
み「だよね」
老「また、話が逸れかけておるぞ」
み「おー、危ない危ない。
まーた、ただ酒、飲まれるとこだった。
これからは、質問攻めにしなくちゃな。
それじゃまず、第一問。
お蕎麦に布海苔を入れるのは、全国的に普通のことなの?」
老「その質問は、前にもしたではないか」
み「そうだっけ?」
老「蕎麦に布海苔を入れるのは、小千谷など魚沼地方だけじゃ。
そこから、魚沼地方の定義の話になって……」
律「あ、そうそう。
そして、湯沢のリゾートマンションの話」
み「先生が脱線させたんじゃないか」
律「わたしひとりのせいじゃありません」
み「よし、こっからは集中して問い詰めていくぞ。
布海苔ってのは、海藻よね」
老「左様じゃ」
み「てことは、海で採れるのよね?」
老「当たり前じゃ」
み「そこが、おかしいじゃないの。
小千谷を含む魚沼地方ってのは……。
海から離れてるでしょ」
老「山に囲まれた盆地じゃからな」
老「ここから、なぜ米が美味いかという話になった」
み「その山の中で、海藻を使ったお蕎麦が打たれてるわけでしょ。
そのお蕎麦は、どっから伝わったの?
当然、布海苔が採れる地域で考案され……。
それが、魚沼地方まで伝わったんじゃないの?」
律「そうなるわよね」
み「ところが!
布海苔を使った蕎麦は、魚沼の特産なんでしょ?」
老「左様じゃ」
み「小千谷から一番近い海っていうと……。
どのあたり?」
老「柏崎あたりになるかの」
み「布海苔蕎麦は、そういう、布海苔が採れるとこで生み出されたんじゃないの?」
老「小千谷に来る布海苔は……。
おそらく、新潟の海岸で採れたものではなかったじゃろ」
み「何でよ?」
老「需要が多かったでな。
おそれく……。
北前船で、北の方から運ばれてきたものではなかったかな」
み「北前船のころの話?
新潟の海岸で賄い切れないほどの布海苔が必要だったってこと?
ひょっとして、蕎麦が主食だったとか?」
律「北前船に乗せて、輸出してたんじゃない?
新潟名産として」
み「布海苔蕎麦を?」
律「そうそう」
み「だって……。
昔は、乾麺なんて無かったでしょ?」
み「生麺は、食べる直前に打つんじゃないの?
生麺を船に乗せて運ぶなんて……。
無理じゃないの」
律「あ、そうかぁ」
老「確かに……。
麺になったものは、その地で消費するほかは無かったじゃろうの」
み「それにもし、布海苔蕎麦が輸出されてたんなら……。
北前船の寄港地に、布海苔蕎麦が伝わってるはずじゃないの」
律「そうなるわよね」
み「でも、布海苔を使ったお蕎麦は、魚沼特産なんでしょ?」
老「左様じゃ」
み「変だよな。
あ、さっきの“需要が多かった”ってのは……。
お蕎麦以外に、布海苔が使われてたって意味?」
老「左様じゃ」
み「何で、そんなに布海苔が必要だったんだろ?」
律「お刺身のツマとか?」
み「北前船で、刺身のツマを輸入するか!
多すぎだろ」
律「輸出してたんじゃない?」
み「何を?」
律「お刺身」
↑寒ブリのお刺身(新潟中央市場・中央食堂)
み「するってぇと何かい?
生魚と布海苔を輸入して……。
それを、お刺身とツマに加工して輸出してたってこと?」
律「ダメ?」
み「何で、小千谷まで運んでそんなことせにゃならんの?
魚が腐っちまうだろ」
律「じゃ、何なのよ」
み「マスミン、降参だから教えて」
老「ほっほっほ。
それでは、盃一杯で手を打とうかの」
み「さっき、10時間分注いだでしょ」
老「貨幣価値は、常に一定というわけではない。
思いの外、インフレが進行しての」
老「さっきの盃一杯の価値は、すでに尽き申した」
み「詐欺師の口上だよな」
律「いいじゃないの。
教えていただきましょ。
わたしが、お注ぎいたしますわ」
老「おー、こりゃすみませんの」
律「でも、わたしのペンはお返しくださいね」
律「さっき、懐にしまわれたようですから」
老「あ、こりゃ失礼」
み「泥棒の手口だよな」
老「ばかもん。
うっかりしただけじゃ。
うぉほん!」
み「咳払いで誤魔化すな」
↑咳をすると鳴くネコ
老「それでは……。
語り申そう。
魚沼には……。
蕎麦の他にも、名産品がある」
み「だからお米でしょ」
老「食べ物のほかでじゃ」
み「そんなら、雪」
老「雪は産物ではないじゃろ。
しかし雪は、その名産品を作るための重要な条件ではある」
み「わかった。
雪だるま」
老「そんな名産があるか」
み「だって!
昔、テレビで見たよ。
雪を、雪だるま形の容器に詰めて、送ってた」
↑今でも買えました(高けー)
老「魚沼、雪、と云えば……。
誰かを思い出さぬか?」
み「どなたでしたっけ?」
老「『北越雪譜』」
み「あ、鈴木牧之(すずきぼくし)!」
み「でも、名産品とどんな関係があるんだ?」
老「鈴木牧之の本業は、何じゃった?」
み「本業?
そうか。
確か、本業でも、立派に成功した人だったんだよな。
えーっと。
コメントで書いて……。
『Mikikoのひとりごと』にも載せたんだけど( 『鈴木牧之のこと』)」
老「どうやら……。
付け焼刃で書いたようじゃな」
み「悪いか」
老「開き直ってないで、思い出しなされ」
み「クイズはもういいから、教えてって!」
老「鈴木牧之の本業は……。
小千谷縮(おぢやちぢみ)の仲買じゃよ」
み「あ、そうだった!」
老「魚沼のもうひとつの名産は……。
麻織物じゃ」
老「越後上布(えちごじょうふ)と呼ばれる」
老「そのうち縮織(ちぢみおり)のものを、小千谷縮と云うな」
老「越後上布、小千谷縮、共に、国の重要無形文化財であり……。
ユネスコの無形文化遺産でもある」
み「おー、スゴい」
老「新潟県民が驚いてどうする」
律「“ちぢみおり”って、どんなのを云うんですか?」
み「先生、そんなことも知らないの?」
律「着物なんて……。
旅館で浴衣着るくらいだもの」
み「情けない」
律「じゃ、Mikiちゃんは知ってるの?」
み「当然。
“ちぢみおり”と云うのは……。
韓国のチヂミが織りこんであるのだ」
律「ウソおっしゃい!
そんな着物、臭くて着れるわけないじゃない」
み「ま、そうでやんしょうね。
それじゃ、答えはマスミンから」
老「布に、ちりめん状の皺を作る織り方を、縮織と云う」
老「布がべたりと肌に付かないので……。
夏着に用いられる」
律「あ。
それって、シアサッカーと同じですね」
み「シアサッカーって、どうやってデコボコにするんだっけ?」
律「わかんない」
み「マスミン」
老「なんでわしが、シアサッカーの織り方を知っておるんじゃ?」
み「マスミンが知らなきゃ、お話が進まないでしょ」
老「まったく、都合の良いキャラに作られたものじゃ。
仕方がないの。
なぜか、知っておる」
み「おー、やっぱり」
老「強く張った縦糸と、弱く張った縦糸を……。
何本かずつ、交互に配するわけじゃ。
こうやって織ると……。
強く張った糸が縮み、弱く張った糸が弛んで波打つ。
これで、布にデコボコが出来る」
み「さすがー。
じゃ、縮織は、どうやって皺を作るわけ?」
老「縮織では、横糸に仕掛けがある」
み「横糸を引っ張るの?」
老「撚りを強く掛けた横糸を使うんじゃ。
撚った横糸を糊で固め、織り込む。
で、織り上げた後……。
湯で揉む」
老「すると、横糸を固めていた糊が溶け、撚りが戻る。
それによって、表面にちりめん状の皺が寄るんじゃな」
み「なるほどー」
律「よく考えたわね」
み「庶民の着物だったの?」
老「とんでもない。
江戸の昔から、最高級衣料じゃ。
反物は、雪に閉ざされる魚沼の農民が、冬仕事に織るわけじゃがな。
それを買って、江戸で売りさばく仲買商などは、莫大な財を築いた」
み「あ、鈴木牧之がそうだったね」
老「江戸時代後期には……。
織りの技術は、至芸の域にまで達した。
銅銭の穴をするすると抜けるほど薄い反物まで生産された」
老「まさに、肌が透いて見えるほどの夏着じゃな。
あまりにも贅沢だということで……。
寛政や天保の改革で、禁止されたほどじゃ」
み「へー。
そんな高級品を、魚沼の農民が作ってたとはね」
老「とにかく……。
気が遠くなるほど、根の要る作業じゃ。
まず、糸を作るところから始めるんじゃからの」
老「越後の農民だからこそ作れた、とも云えるんじゃないかの」
み「でも、そんなに高く売れるなら……。
ほかの地方にも広がりそうだけどね」
老「実は、雪国でなければ作れない織物なんじゃよ。
鈴木牧之は、『北越雪譜』の中で、こう書いとる」
『雪中に糸となし、雪中に織り、雪水に洒ぎ、雪上に晒す
雪ありて縮あり
されば越後縮は雪と人と気力相半ばして名産の名あり
魚沼郡の雪は縮の親といふべし』
み「『雪は縮の親』って、どういう意味?」
老「まさしく、雪がなければ縮は出来ぬということじゃ」
み「なんでよ?」
老「ひとつは、材料となる芋麻(からむし)が、乾燥にはなはだ弱いことが云えよう」
老「雪に覆われた高湿度の環境が、どうしても必要なんじゃ」
み「ふむふむ」
老「もう一つが、『雪晒し』じゃな。
一冬かけて織り上げた反物を……。
雪の上で晒すんじゃ。
今でも、この『雪晒し』を行わなければ……。
小千谷縮や越後上布とは認められない」
み「ふーん。
でも、雪なら、ほかの地方でも降るでしょうに」
老「確かにの。
しかし……。
『雪晒し』に必要なものは、雪だけじゃないんじゃ」
み「どゆこと?」
老「まっさらな深い雪と……。
さんさんと降り注ぐ陽光。
この2つが揃わなければならん」
み「そんな都合のいい日、新潟じゃ滅多にないでしょ」
老「新潟市のような平地ではムリじゃろうな」
み「それじゃ、魚沼の冬は、新潟市より晴れ間が多いってこと?」
老「いやいや。
そんなことはない」
み「それじゃ、どうしてよ?」
老「春じゃよ。
春には、さんさんと陽が降りそそぐじゃろ」
み「そりゃそうでしょ。
一冬雪に閉ざされてきた越後の人にっとて……。
春は、目に眩しいほどの陽の光を感じる。
むしろ、夏よりも明るい感じなんだよね」
律「どうして?」
み「たぶん……。
樹の枝に葉っぱが無いからだと思う。
遮るものの無い日の光が、街中に散乱する感じ」
↑春の新潟市