2012.3.3(土)
律「さっきも言ったけど……。
このお蕎麦、虎ノ門で食べたお蕎麦と似てるわよ」
み「似てるって、虎ノ門も“冷がけ”?」
律「ううん。
わたしが食べたのは、盛り蕎麦だったけど……。
鴨南蛮を注文した先生のは、普通に湯気が立ってたわ」
み「じゃ、何が似てるのよ?」
律「色よ。
ほら、このお蕎麦、白いでしょ」
み「なるほど。
半分も食べてから気づいたが……。
うどんみたいに白いね」
老「それが、砂場蕎麦の特徴じゃな」
み「そう言えば……。
お蕎麦って、いろんな色があるよね。
あれって、何か練りこんであるから?」
老「確かに、ピンク色の麺などは練り物じゃが……」
↑赤キャベツの色素だそうです
老「普通の蕎麦は、ほとんど蕎麦だけの色じゃな」
み「それじゃ、蕎麦にも種類があるのか。
茶色っぽいのもあるし……」
律「緑色がかったのもあるわよね」
み「これは、白いし。
そう言えば……。
茶蕎麦って、聞いたことがあるよな」
律「あぁ、緑色のやつね」
み「茶蕎麦なら、茶色いんじゃないの?」
律「緑よ。
スゴい綺麗な緑色」
老「あれは、お茶を練りこんだ静岡の名産じゃ。
蕎麦本来の緑は、あれほど鮮やかでは無い」
み「確かに、緑っぽいとは云っても……。
薄っすらって感じだよね」
老「あの薄緑色ってさ……。
器の朱と合うわよね」
み「なるほど。
和風のコーディネートだね。
結局、お蕎麦の色って、なんで違うのよ?
品種の違い?」
老「蕎麦には、はっきりした品種区分がないんじゃ」
み「なんで?」
老「蕎麦は他家受粉植物なので、ほかの品種と交雑しやすい」
み「“たかじゅふん”?
鷹が受粉させるのか?」
老「そんな植物は無いわ。
異なった株同士でなければ受粉しない植物を、他家受粉植物と呼ぶ」
老「品種といっても、産地の違い程度の区分じゃよ。
粉の色が異なるほどの違いは無い」
み「じゃ、何で打ったお蕎麦の色が違うの?」
老「挽き方によるんじゃ」
み「説明せよ」
老「杯が空になった」
み「それって、催促してるわけ?」
律「あ、気づきませんで。
お注ぎします」
み「2ミリだけ!
ちょっと!
そんなに入れちゃダメ」
律「セコいこと言わないの。
二合もあるんだから」
み「3人で飲んだら、二合徳利なんてあっという間だよ」
み「サービスしすぎ。
マスミン、10時間分くらい入れたからね」
老「盃一杯で10時間か?」
み「ソーラーカーなら、そのくらい走るんじゃないの」
老「妙なものと一緒にされたものじゃが……。
まぁ良い。
蕎麦の色の違いじゃな」
み「そうそう。
なぜ、蕎麦の色が違うのか?」
老「それは、蕎麦粉の色が違うからじゃ」
み「なるほどー。
って、当たり前じゃないの!」
老「それでは、なぜ蕎麦粉の色が違うか。
それにはまず、蕎麦の実の構造から語らねばならんな」
み「端折れんのか?」
老「10時間、語っても良いのじゃろ?」
み「ほんまに語る気かよ……。
それじゃ、飛良泉はこっちで飲んじゃうからね」
老「お前さまは、ちと飲み過ぎじゃぞ」
み「大して飲んでおらぬわ。
ありゃりゃ。
お蕎麦が逃げる」
老「手元が怪しくなっておるではないか」
↑間違った箸の持ち方だそうです(こちら)。こんな間違い方をするヤツがいるか!
み「大丈夫。
先生、注いで!」
律「ほんとに大丈夫?
目が据わってきてるけど」
↑座ってる猫。動画もあります(こちら)。
み「ほれ、マスミン。
構造、構造」
老「まず、蕎麦の実は、殻を被っておるじゃろ?」
み「ちょっと。
誰も聞いてないと思うけど……。
いきなりシモネタ?」
老「誰がそんな話をしておる」
み「皮被りとか、言ったじゃないの」
↑「幼児の包茎は、ご両親が優しくむいてあげましょう(こちら)」とのことです……。
老「教育的指導が必要じゃな」
老「お冷やをもらいなさい。
日本酒と交互に飲むんじゃ。
これを『和らぎ水』と言う」
老「悪酔いしないコツじゃぞ」
み「水なんか飲んだら、割り勘負けする。
あ、これ飲めばいいんじゃん」
律「ちょっと、けっこう塩っぱいわよ、このお汁」
み「『和らぎ汁』じゃ。
……。
うへっ。
ほんとだ、塩っぱい。
でも、冷たくて美味しい」
律「ノド乾くわよ」
み「“ひやがけ”って、ぜったいお酒に合うよ。
冷たいから、お蕎麦も伸びないし」
律「冷たいと伸びないの?」
み「じゃないかな?」
律「お汁を吸って膨れることを、“伸びる”って云うんじゃない?」
み「うん」
律「冷たくても、お汁に浸かってれば“伸びる”でしょうに」
み「そうかぁ?」
律「そう言えば……。
日本蕎麦って、そんなに伸びる印象は無いわよね」
↑すくすく伸びる蕎麦のスプラウト(もやし)。面白そう。
み「うどんだって、伸びないよ。
だって、“煮込みうどん”なんてメニューがあるんだからさ」
み「あれが伸びてたら……。
てんこ盛りになっちゃう」
律「なんで伸びないのかしら?」
み「ラーメンは伸びるよね」
み「わかった!
蕎麦ってのは、中華蕎麦のことだよ」
律「なるほど。
支那蕎麦とか言うものね」
み「今どき、“支那”はマズいんじゃないの?」
律「そうなの?」
み「ま、“China”のことなんだから……。
本来は、差別語では無いんだけどね。
今は、反中国的思想を持つ人が……。
中国を貶めるニュアンスで、わざと使ってる場合が多いからね。
デリケートな言葉ではある」
律「へー」
み「ところで……。
鍋焼きうどん、食べたくならない?」
律「突然、何よ」
み「鍋焼きうどんって、なぜか突然食べたくなるよね」
律「そうかしら」
み「受験勉強のとき、夜食に食べなかった?」
律「なんか、それって……。
スゴい古いイメージなんじゃない?」
律「Mikiちゃんは、食べたの?」
み「食べない。
夜食を食べたくなるほど、遅くまで起きてなかった。
むしろ、大学に入ってから食べた」
律「自分で作ったの?」
み「まさか。
コンビニだよ」
律「アルミホイルの鍋に入ったやつ?」
み「それそれ。
ね、2人でひとつ、注文しない?」
律「鍋焼きうどん?」
み「土鍋に入った熱々」
律「でも……。
どうして、“鍋焼き”って云うのかしら?
煮てるだけなのに」
み「そういえばそうだよな。
これはぜひとも、マスミンに聞かねば。
お酒おごってるんだからね」
老「料金の内か?」
み「当然!」
老「それでは、猪口一杯分だけ説明しよう。
今で云う“鍋”料理というものは……。
元々は、“鍋焼き”料理と呼ばれていたらしい」
み「鍋料理、全部が?」
老「左様じゃ」
み「この“きりたんぽ鍋”も?」
老「左様じゃ」
み「焼いてないじゃない」
老「鍋を焼いておるじゃろ」
み「は?」
老「鍋を焼くことによって……。
中のスープが加熱され、その結果、具材が煮込まれるという仕組みじゃ」
み「じゃ、すべての“鍋料理”は、“鍋焼き料理”だってこと?」
老「はるか縄文の昔よりな」
み「怪しい説」
老「猪口一杯分の説じゃ。
追加料金、払うか?」
み「いらない。
“鍋焼きうどん”が“鍋うどん”でも、イッコーに構いません。
美味しければいいの。
先生、食べるでしょ?」
老「そんなメニューはないぞ」
み「なんで!」
老「“鍋焼きうどん”を出す居酒屋の方が珍しいわい」
み「納得できーん」
み「↑は、小樽にある『美園』というお店のもの。
この『美園』さんは、パフェ屋なのだ。
しかしながら、ちゃんと“鍋焼きうどん”があるではないか」
み「パフェ屋にあって、居酒屋にないという法はあるまい」
老「パフェ屋にある方が尋常でないわ」
み「あ、そうだ。
出前頼めばいいんじゃない」
老「スナックじゃあるまいし。
居酒屋の中から出前を取るやつがあるか」
み「ちぇー。
せっかくの思いつきが」
老「蕎麦を食べながら、うどんを注文しなくても良いじゃろ。
話の続きを聞きなさい」
み「鍋焼き説なら、もうけっこう」
老「その前の話じゃ」
み「何だっけ?」
老「やっぱり、お冷やをもらったほうが良いな」
み「水なんか飲んだら、割り勘負けする。
あ、これ飲めばいいんじゃん」
律「Mikiちゃん。
それ、さっきもやったわよ」
み「そうだっけ?」
律「ほんとに飲み過ぎよ。
少し休みなさい」
み「そんなに酔っとらんわい。
あ、思い出した。
皮被りの話だよ。
皮被り!」
律「そういう単語を、大声で叫ばないでちょうだい。
恥ずかしい人ね」
み「どうだい、マスミン。
ちゃんと覚えてただろ」
老「皮ではなく、殻じゃ。
蕎麦の実は、殻を被っておる」
老「これを、蕎麦殻と云うな」
み「ばーちゃんの枕が蕎麦殻だった」
老「蕎麦殻枕は、シャリシャリと気持ちがいいものじゃ」
み「ばあちゃんの匂い、思い出すなぁ」
老「続けても良いかな?」
み「おぅ」
老「殻、すなわち果皮の内側には、種皮がある。
いわゆる甘皮じゃな。
その甘皮の内側が、胚乳。
さらにその内側、一番中心が胚芽となる。
老「蕎麦粉の色は……。
蕎麦のどの部分が含まれるかによって決まってくるわけじゃ」
み「どの部分って……。
あんな小さい蕎麦の実を、部分ごとに挽き分けてるってこと?」
老「それほど難しいことではないぞ」
み「なんでよ!
蕎麦の実を分解して、部分ごとに分けるんでしょ?」
老「そんなことは、せずとも良い。
まず、殻を取り除く」
老「これを、丸抜きと云う。
それを、軽く粗挽きすると……。
まず、中心の柔らかい部分が粉になる」
み「ちょっと待てぃ」
老「なんじゃ?」
み「どうして中心から粉になるのよ?
臼は、外っかわに当たってるんでしょ?」
み「外側から挽けていくはずじゃないの」
老「そこが……。
素人の赤坂見附じゃな」
み「それは……。
素人の“浅はかさ”と云いたいわけ?」
老「ほー。
お分かりか」
み「われながら、お分かりになるのが悲しいが……。
おやじギャグというより……。
すでに、じじいギャグの領域だね。
で、なんで外側から粉にならないわけ?」
老「中にいくほうが柔らかいからじゃ。
外側から圧力がかかると、実が割れる。
すると、中の柔らかい部分から砕けて粉になっていくわけじゃ」
み「ほー」
老「最初に軽く粗挽きして取れる粉を、一番粉と云う」
老「胚乳の中心部が主体の粉じゃ」
み「待って。
一番内側は、胚芽じゃなかったの?」
老「よく覚えてたの」
み「こういう疑問を潰しておかないと……。
HQに突っこまれるからね。
なに懐探ってんのよ?
まさか、財布忘れたわけじゃないでしょうね。
マスミンの分まで立替えないからね。
皿洗いして返してちょうだい」
老「ばかもん。
手帳を出しておるのじゃ。
おぉ、やっと出た」
老「……」
み「手帳が出たのに、何でまだ探ってるのよ?」
老「書くものを……」
み「難儀なジサマだね。
手帳にくっつけておけばいいじゃん」
老「手帳が痛むわい。
どこへ潜りこんだかの?
お前さま、何か持っておらんか?」
み「ボールペンならある」
老「ちょっと貸してくれんか?」
み「やだ。
先っちょ舐めるから」
老「ボールペンを舐めるバカがおるか」
律「わたしがお貸ししますわ」
老「おー、ありがたい。
ほー、これはいいペンですな」
律「ほほほ。
案外、安く買えましたの」
み「でも、あげないよ」
老「お前さまのものでは無いじゃろ」
み「ところで……。
何しに手帳なんか出したのよ」
老「蕎麦の実の断面図を……。
描いてやろうと思っての。
こんな感じかの。
さら、さら、さら……、と」
↑こちらから拝借
み「案外、上手じゃん」
老「絵は、正式に学んだでな」
み「そうか。
菅江真澄は、挿絵まで自分で書いてたんだったね」
↑菅江真澄の描いたなまはげ
老「何をゴチャゴチャ言っとる」
み「この、サナダ虫みたいなのは、何よ?」
↑目黒寄生虫館の売店で売ってます。
律「Mikiちゃん!
お蕎麦食べてるときに、その例えは止めてちょうだい」
↑Tシャツもあります。立体プリントで超リアル。
み「あ、ゴメンゴメン。
でも、似てたから」
老「それが胚芽じゃよ。
文字通り、蕎麦の芽になるところじゃ。
その周りを包んでるのが……。
胚乳。
栄養になる部分じゃ」
↑顕微鏡写真
老「ここが一番柔らかいので……。
真っ先に砕けて、粉になる」
み「なるほど」
老「これを、一番粉と呼ぶんじゃな」
老「澱粉を主体とした、真っ白い粉になる。
この粉で打った蕎麦は……。
蕎麦独特の風味は無いが、真っ白でほんのりと甘い蕎麦になる」
老「更科蕎麦が、この系統じゃ」
み「なるほど。
贅沢な蕎麦って感じだね。
この弥助そばも白いよね」
老「こういう白い蕎麦は……。
当時、東北では目に出来なかったじゃろうな。
さて、一番粉を取ったあと、さらに挽砕を続けると……」
み「何でそこでバンザイするのよ?」
老「バカモン。
わしの方がバンザイしそうじゃ。
“挽き砕く”。
これを漢字で書けば、『挽砕』となろうが」
み「最初から、“挽き砕く”って言えばいいじゃないの」
老「続けて良いかな?
さらに、挽砕を続けると……」
み「待てぃ」
老「なんじゃ」
み「皆まで言うな。
一番粉の次に取れる粉には……。
心当たりがある。
それは……」
律「二番粉よね」
み「何で先に言うのよ!」
律「前振りが長いからよ」
老「ま、そのとおりじゃな」
み「くっそー」
老「仰せのとおり、これを二番粉と云う」
老「一番粉にならなかった胚乳や、胚芽が砕けてくる。
淡い緑色をしており、蕎麦らしい風味に富んでいる」
↑左が一番粉、右が二番粉
老「タンパク質などの栄養分も豊富じゃ。
さらに、二番粉を取り分けた残りを挽くと……」
み「待て待て、待てぃ。
皆まで言うな」
律「次は、三番粉よね」
み「このアマ!」
律「早い者勝ち」
み「おのれ……。
性根を見たぞ」
老「仰せのとおり、三番粉じゃ」
老「甘皮の部分まで挽き出されて来る。
挽きたてでは、濃い緑色をしている。
蕎麦らしい香りは一番強く、栄養価も高い。
ただ、繊維質が多く、味や食感は劣る。
さらに、三番粉を取り分けた残りを挽くと……」
み「四番粉!
よんばんこぉぉぉぉぉぉ!」
律「ちょっと!
絶叫しないでくれる。
みんな振り返ってるじゃないの」
み「はぁはぁ。
ノドから血が出た。
しかし、ついに勝った……。
ほれ、マスミン。
答え、言ったんさい」
老「最後に挽かれる粉を……」
み「挽かれる粉を?」
老「末粉と云う」
律「ちょっと、Mikiちゃん。
大丈夫?
何も、椅子から転げ落ちなくてもいいでしょ」
律「食事中に、お行儀悪いわよ」
み「さ、再起不能じゃ」
律「ほら。
引っ張ってあげるから。
ちゃんと、お座りして」
老「ま、四番粉とも云うんじゃがな」
み「なんだよ、それ!」
老「末粉は、ほとんど胚乳を含まず……。
甘皮や胚芽が主体の粉じゃ。
乾麺などに使われる」
律「こないだ食べたお蕎麦は、黒っぽかったんですが……。
あれは、どの部分なんですか?」
老「蕎麦屋の名前を覚えてますかな?」
律「確か……。
『なんとか藪蕎麦』でした」
老「それでしたら、『挽きぐるみ』ですな」
律「クルミが入ってるんですか?」
老「いやいや。
殻の付いたまま挽いて、取り分けをしない粉を、『挽きぐるみ』と云います」
老「殻はフルイで取り除くんですが……。
細かく砕けたものは取り切れません。
したがって、黒っぽい蕎麦粉になりますな」
律「なるほど」
老「食感は、多少ボソつきますが……。
蕎麦らしい蕎麦です。
いわゆる、田舎蕎麦がこれですな」
律「へー。
今度、お蕎麦屋さん行ったとき、みんなに教えてやります。
あれ?
Mikiちゃん、ずいぶん静かになったじゃないの?」
み「椅子から落ちて、目が回った」
老「酔いが回ったんじゃろ。
酒はわしに任せて……。
蕎麦を食べなさい」
み「任せない!
でも、少し休む。
お蕎麦食べよ。
ちゅるちゅるちゅるちゅるー」
↑かわいい“そばちょこ”(こちらのお店)
律「ちょっと。
お汁が跳ねてるわよ」
み「このお蕎麦、つるつるしてるんだもん」
律「確かにそうよね。
ノド越し最高」
老「布海苔が入っておるからの」
み「あ、そうなの。
って……。
“フノリ”って何よ?」
老「新潟県民が、知らんのか?」
み「げ。
新潟県と関係あるわけ?
“漁夫の利”とは……」
老「関係ない」
み「やっぱり」
老「食べたこと無いかの?
小千谷名物、“へぎそば”」
み「あ。
それならある!
毎年、年越し蕎麦に送ってもらうもん」
老「“へぎそば”は……。
別名、“布海苔蕎麦”とも呼ばれる」
み「“フノリ”が入ってるわけね。
だから……。
その、“フノリ”って、なんなのよ!」
老「わしの目の前にあるじゃろ。
これじゃ」
み「へ?
お刺身のツマ?」
律「あ。
それって、海藻サラダとかに、よく入ってる」
み「てことは……。
海藻?」
老「左様じゃ。
“フ”は、布。
“ノリ”は、海苔ピーの海苔じゃ」
↑海苔ピー近影
み「どこで採れるの?」
老「海岸の岩に張りついておる。
日本全国で、普通に見られる」
み「ふーん。
全国にあるってことは……。
お蕎麦に入れるのも、一般的なわけ?」
老「いやいや。
蕎麦の繋ぎに布海苔を使うのは……。
新潟の小千谷など、魚沼地方だけじゃな」
み「小千谷って、魚沼に入るんだっけ?」
律「新潟県民が、そんなことでは困るんじゃないの」
み「だって。
わたしの住む新潟市からだと……。
福島県や山形県に行くより遠いんだよ。
新潟県って、縦に長いから」
律「湯沢とか、スキー場のある方でしょ?」
み「ま、だいたいね」
律「頼りないわね」
み「魚で云うと……。
腹びれのあたり」
律「なによそれ?」
み「新潟県の形を魚に例えると、ってこと」
律「わかりにくいわね」
み「そもそも、魚沼地方って、明確な定義があるの?」
老「無くてどうする。
魚沼地方で生産されたコシヒカリを……。
“魚沼産コシヒカリ”と呼ぶんじゃからの」
み「あ、そうか。
魚沼市だけじゃないってわけね」
老「魚沼地方は、4つの地区に分けられる。
魚沼市と、長岡市の川口(旧川口町)が、北魚沼地区。
南魚沼市と、湯沢町が、南魚沼地区。
十日町市、津南町が、中魚沼地区。
そして、小千谷市が、小千谷地区じゃ」
み「平成の合併で、ずいぶん簡単になったよね」
老「簡単になったんじゃから……。
覚えときんしゃい」
み「へいへい」
老「合併して魚沼市となった、旧町村名を答えよ」
み「う」
老「小出町、堀之内町、入広瀬村、守門村、広神村、湯之谷村」
み「そんなにたくさん合併したんだ」
老「北魚沼郡の7町村の内、6町村が合併した。
残るひとつは、どこか?」
み「どこだっけ?」
老「さっき、ヒントをやったじゃろ。
北魚沼地区」
み「あ、川口町。
そうか。
川口町だけが、長岡市と合併したのか」
老「飛び地合併じゃな」
老「それでは、合併して南魚沼市となった、旧町名を答えよ」
み「ふふ。
“町名”ってことは、村は入ってないってことだね」
老「左様じゃ」
み「ずばり!
南魚沼郡にあった町でしょう!」
老「じゃから、それはどこじゃと聞いとる」
み「だから……。
それが、わからんと言っとる」
老「情けないのぅ。
南魚沼郡の、六日町、大和町、塩沢町じゃ」
老「ここも、ひとつだけ残った。
それは、どこか?」
み「わからぬ!」
老「さっきヒントをやったじゃろ。
南魚沼地区じゃ」
み「えーっと。
忘れた」
律「湯沢町じゃないの?」
老「正解じゃ」
み「げ。
なんで知ってんの?」
律「わたし、スキーするから」
↑これはしないと思います
このお蕎麦、虎ノ門で食べたお蕎麦と似てるわよ」
み「似てるって、虎ノ門も“冷がけ”?」
律「ううん。
わたしが食べたのは、盛り蕎麦だったけど……。
鴨南蛮を注文した先生のは、普通に湯気が立ってたわ」
み「じゃ、何が似てるのよ?」
律「色よ。
ほら、このお蕎麦、白いでしょ」
み「なるほど。
半分も食べてから気づいたが……。
うどんみたいに白いね」
老「それが、砂場蕎麦の特徴じゃな」
み「そう言えば……。
お蕎麦って、いろんな色があるよね。
あれって、何か練りこんであるから?」
老「確かに、ピンク色の麺などは練り物じゃが……」
↑赤キャベツの色素だそうです
老「普通の蕎麦は、ほとんど蕎麦だけの色じゃな」
み「それじゃ、蕎麦にも種類があるのか。
茶色っぽいのもあるし……」
律「緑色がかったのもあるわよね」
み「これは、白いし。
そう言えば……。
茶蕎麦って、聞いたことがあるよな」
律「あぁ、緑色のやつね」
み「茶蕎麦なら、茶色いんじゃないの?」
律「緑よ。
スゴい綺麗な緑色」
老「あれは、お茶を練りこんだ静岡の名産じゃ。
蕎麦本来の緑は、あれほど鮮やかでは無い」
み「確かに、緑っぽいとは云っても……。
薄っすらって感じだよね」
老「あの薄緑色ってさ……。
器の朱と合うわよね」
み「なるほど。
和風のコーディネートだね。
結局、お蕎麦の色って、なんで違うのよ?
品種の違い?」
老「蕎麦には、はっきりした品種区分がないんじゃ」
み「なんで?」
老「蕎麦は他家受粉植物なので、ほかの品種と交雑しやすい」
み「“たかじゅふん”?
鷹が受粉させるのか?」
老「そんな植物は無いわ。
異なった株同士でなければ受粉しない植物を、他家受粉植物と呼ぶ」
老「品種といっても、産地の違い程度の区分じゃよ。
粉の色が異なるほどの違いは無い」
み「じゃ、何で打ったお蕎麦の色が違うの?」
老「挽き方によるんじゃ」
み「説明せよ」
老「杯が空になった」
み「それって、催促してるわけ?」
律「あ、気づきませんで。
お注ぎします」
み「2ミリだけ!
ちょっと!
そんなに入れちゃダメ」
律「セコいこと言わないの。
二合もあるんだから」
み「3人で飲んだら、二合徳利なんてあっという間だよ」
み「サービスしすぎ。
マスミン、10時間分くらい入れたからね」
老「盃一杯で10時間か?」
み「ソーラーカーなら、そのくらい走るんじゃないの」
老「妙なものと一緒にされたものじゃが……。
まぁ良い。
蕎麦の色の違いじゃな」
み「そうそう。
なぜ、蕎麦の色が違うのか?」
老「それは、蕎麦粉の色が違うからじゃ」
み「なるほどー。
って、当たり前じゃないの!」
老「それでは、なぜ蕎麦粉の色が違うか。
それにはまず、蕎麦の実の構造から語らねばならんな」
み「端折れんのか?」
老「10時間、語っても良いのじゃろ?」
み「ほんまに語る気かよ……。
それじゃ、飛良泉はこっちで飲んじゃうからね」
老「お前さまは、ちと飲み過ぎじゃぞ」
み「大して飲んでおらぬわ。
ありゃりゃ。
お蕎麦が逃げる」
老「手元が怪しくなっておるではないか」
↑間違った箸の持ち方だそうです(こちら)。こんな間違い方をするヤツがいるか!
み「大丈夫。
先生、注いで!」
律「ほんとに大丈夫?
目が据わってきてるけど」
↑座ってる猫。動画もあります(こちら)。
み「ほれ、マスミン。
構造、構造」
老「まず、蕎麦の実は、殻を被っておるじゃろ?」
み「ちょっと。
誰も聞いてないと思うけど……。
いきなりシモネタ?」
老「誰がそんな話をしておる」
み「皮被りとか、言ったじゃないの」
↑「幼児の包茎は、ご両親が優しくむいてあげましょう(こちら)」とのことです……。
老「教育的指導が必要じゃな」
老「お冷やをもらいなさい。
日本酒と交互に飲むんじゃ。
これを『和らぎ水』と言う」
老「悪酔いしないコツじゃぞ」
み「水なんか飲んだら、割り勘負けする。
あ、これ飲めばいいんじゃん」
律「ちょっと、けっこう塩っぱいわよ、このお汁」
み「『和らぎ汁』じゃ。
……。
うへっ。
ほんとだ、塩っぱい。
でも、冷たくて美味しい」
律「ノド乾くわよ」
み「“ひやがけ”って、ぜったいお酒に合うよ。
冷たいから、お蕎麦も伸びないし」
律「冷たいと伸びないの?」
み「じゃないかな?」
律「お汁を吸って膨れることを、“伸びる”って云うんじゃない?」
み「うん」
律「冷たくても、お汁に浸かってれば“伸びる”でしょうに」
み「そうかぁ?」
律「そう言えば……。
日本蕎麦って、そんなに伸びる印象は無いわよね」
↑すくすく伸びる蕎麦のスプラウト(もやし)。面白そう。
み「うどんだって、伸びないよ。
だって、“煮込みうどん”なんてメニューがあるんだからさ」
み「あれが伸びてたら……。
てんこ盛りになっちゃう」
律「なんで伸びないのかしら?」
み「ラーメンは伸びるよね」
み「わかった!
蕎麦ってのは、中華蕎麦のことだよ」
律「なるほど。
支那蕎麦とか言うものね」
み「今どき、“支那”はマズいんじゃないの?」
律「そうなの?」
み「ま、“China”のことなんだから……。
本来は、差別語では無いんだけどね。
今は、反中国的思想を持つ人が……。
中国を貶めるニュアンスで、わざと使ってる場合が多いからね。
デリケートな言葉ではある」
律「へー」
み「ところで……。
鍋焼きうどん、食べたくならない?」
律「突然、何よ」
み「鍋焼きうどんって、なぜか突然食べたくなるよね」
律「そうかしら」
み「受験勉強のとき、夜食に食べなかった?」
律「なんか、それって……。
スゴい古いイメージなんじゃない?」
律「Mikiちゃんは、食べたの?」
み「食べない。
夜食を食べたくなるほど、遅くまで起きてなかった。
むしろ、大学に入ってから食べた」
律「自分で作ったの?」
み「まさか。
コンビニだよ」
律「アルミホイルの鍋に入ったやつ?」
み「それそれ。
ね、2人でひとつ、注文しない?」
律「鍋焼きうどん?」
み「土鍋に入った熱々」
律「でも……。
どうして、“鍋焼き”って云うのかしら?
煮てるだけなのに」
み「そういえばそうだよな。
これはぜひとも、マスミンに聞かねば。
お酒おごってるんだからね」
老「料金の内か?」
み「当然!」
老「それでは、猪口一杯分だけ説明しよう。
今で云う“鍋”料理というものは……。
元々は、“鍋焼き”料理と呼ばれていたらしい」
み「鍋料理、全部が?」
老「左様じゃ」
み「この“きりたんぽ鍋”も?」
老「左様じゃ」
み「焼いてないじゃない」
老「鍋を焼いておるじゃろ」
み「は?」
老「鍋を焼くことによって……。
中のスープが加熱され、その結果、具材が煮込まれるという仕組みじゃ」
み「じゃ、すべての“鍋料理”は、“鍋焼き料理”だってこと?」
老「はるか縄文の昔よりな」
み「怪しい説」
老「猪口一杯分の説じゃ。
追加料金、払うか?」
み「いらない。
“鍋焼きうどん”が“鍋うどん”でも、イッコーに構いません。
美味しければいいの。
先生、食べるでしょ?」
老「そんなメニューはないぞ」
み「なんで!」
老「“鍋焼きうどん”を出す居酒屋の方が珍しいわい」
み「納得できーん」
み「↑は、小樽にある『美園』というお店のもの。
この『美園』さんは、パフェ屋なのだ。
しかしながら、ちゃんと“鍋焼きうどん”があるではないか」
み「パフェ屋にあって、居酒屋にないという法はあるまい」
老「パフェ屋にある方が尋常でないわ」
み「あ、そうだ。
出前頼めばいいんじゃない」
老「スナックじゃあるまいし。
居酒屋の中から出前を取るやつがあるか」
み「ちぇー。
せっかくの思いつきが」
老「蕎麦を食べながら、うどんを注文しなくても良いじゃろ。
話の続きを聞きなさい」
み「鍋焼き説なら、もうけっこう」
老「その前の話じゃ」
み「何だっけ?」
老「やっぱり、お冷やをもらったほうが良いな」
み「水なんか飲んだら、割り勘負けする。
あ、これ飲めばいいんじゃん」
律「Mikiちゃん。
それ、さっきもやったわよ」
み「そうだっけ?」
律「ほんとに飲み過ぎよ。
少し休みなさい」
み「そんなに酔っとらんわい。
あ、思い出した。
皮被りの話だよ。
皮被り!」
律「そういう単語を、大声で叫ばないでちょうだい。
恥ずかしい人ね」
み「どうだい、マスミン。
ちゃんと覚えてただろ」
老「皮ではなく、殻じゃ。
蕎麦の実は、殻を被っておる」
老「これを、蕎麦殻と云うな」
み「ばーちゃんの枕が蕎麦殻だった」
老「蕎麦殻枕は、シャリシャリと気持ちがいいものじゃ」
み「ばあちゃんの匂い、思い出すなぁ」
老「続けても良いかな?」
み「おぅ」
老「殻、すなわち果皮の内側には、種皮がある。
いわゆる甘皮じゃな。
その甘皮の内側が、胚乳。
さらにその内側、一番中心が胚芽となる。
老「蕎麦粉の色は……。
蕎麦のどの部分が含まれるかによって決まってくるわけじゃ」
み「どの部分って……。
あんな小さい蕎麦の実を、部分ごとに挽き分けてるってこと?」
老「それほど難しいことではないぞ」
み「なんでよ!
蕎麦の実を分解して、部分ごとに分けるんでしょ?」
老「そんなことは、せずとも良い。
まず、殻を取り除く」
老「これを、丸抜きと云う。
それを、軽く粗挽きすると……。
まず、中心の柔らかい部分が粉になる」
み「ちょっと待てぃ」
老「なんじゃ?」
み「どうして中心から粉になるのよ?
臼は、外っかわに当たってるんでしょ?」
み「外側から挽けていくはずじゃないの」
老「そこが……。
素人の赤坂見附じゃな」
み「それは……。
素人の“浅はかさ”と云いたいわけ?」
老「ほー。
お分かりか」
み「われながら、お分かりになるのが悲しいが……。
おやじギャグというより……。
すでに、じじいギャグの領域だね。
で、なんで外側から粉にならないわけ?」
老「中にいくほうが柔らかいからじゃ。
外側から圧力がかかると、実が割れる。
すると、中の柔らかい部分から砕けて粉になっていくわけじゃ」
み「ほー」
老「最初に軽く粗挽きして取れる粉を、一番粉と云う」
老「胚乳の中心部が主体の粉じゃ」
み「待って。
一番内側は、胚芽じゃなかったの?」
老「よく覚えてたの」
み「こういう疑問を潰しておかないと……。
HQに突っこまれるからね。
なに懐探ってんのよ?
まさか、財布忘れたわけじゃないでしょうね。
マスミンの分まで立替えないからね。
皿洗いして返してちょうだい」
老「ばかもん。
手帳を出しておるのじゃ。
おぉ、やっと出た」
老「……」
み「手帳が出たのに、何でまだ探ってるのよ?」
老「書くものを……」
み「難儀なジサマだね。
手帳にくっつけておけばいいじゃん」
老「手帳が痛むわい。
どこへ潜りこんだかの?
お前さま、何か持っておらんか?」
み「ボールペンならある」
老「ちょっと貸してくれんか?」
み「やだ。
先っちょ舐めるから」
老「ボールペンを舐めるバカがおるか」
律「わたしがお貸ししますわ」
老「おー、ありがたい。
ほー、これはいいペンですな」
律「ほほほ。
案外、安く買えましたの」
み「でも、あげないよ」
老「お前さまのものでは無いじゃろ」
み「ところで……。
何しに手帳なんか出したのよ」
老「蕎麦の実の断面図を……。
描いてやろうと思っての。
こんな感じかの。
さら、さら、さら……、と」
↑こちらから拝借
み「案外、上手じゃん」
老「絵は、正式に学んだでな」
み「そうか。
菅江真澄は、挿絵まで自分で書いてたんだったね」
↑菅江真澄の描いたなまはげ
老「何をゴチャゴチャ言っとる」
み「この、サナダ虫みたいなのは、何よ?」
↑目黒寄生虫館の売店で売ってます。
律「Mikiちゃん!
お蕎麦食べてるときに、その例えは止めてちょうだい」
↑Tシャツもあります。立体プリントで超リアル。
み「あ、ゴメンゴメン。
でも、似てたから」
老「それが胚芽じゃよ。
文字通り、蕎麦の芽になるところじゃ。
その周りを包んでるのが……。
胚乳。
栄養になる部分じゃ」
↑顕微鏡写真
老「ここが一番柔らかいので……。
真っ先に砕けて、粉になる」
み「なるほど」
老「これを、一番粉と呼ぶんじゃな」
老「澱粉を主体とした、真っ白い粉になる。
この粉で打った蕎麦は……。
蕎麦独特の風味は無いが、真っ白でほんのりと甘い蕎麦になる」
老「更科蕎麦が、この系統じゃ」
み「なるほど。
贅沢な蕎麦って感じだね。
この弥助そばも白いよね」
老「こういう白い蕎麦は……。
当時、東北では目に出来なかったじゃろうな。
さて、一番粉を取ったあと、さらに挽砕を続けると……」
み「何でそこでバンザイするのよ?」
老「バカモン。
わしの方がバンザイしそうじゃ。
“挽き砕く”。
これを漢字で書けば、『挽砕』となろうが」
み「最初から、“挽き砕く”って言えばいいじゃないの」
老「続けて良いかな?
さらに、挽砕を続けると……」
み「待てぃ」
老「なんじゃ」
み「皆まで言うな。
一番粉の次に取れる粉には……。
心当たりがある。
それは……」
律「二番粉よね」
み「何で先に言うのよ!」
律「前振りが長いからよ」
老「ま、そのとおりじゃな」
み「くっそー」
老「仰せのとおり、これを二番粉と云う」
老「一番粉にならなかった胚乳や、胚芽が砕けてくる。
淡い緑色をしており、蕎麦らしい風味に富んでいる」
↑左が一番粉、右が二番粉
老「タンパク質などの栄養分も豊富じゃ。
さらに、二番粉を取り分けた残りを挽くと……」
み「待て待て、待てぃ。
皆まで言うな」
律「次は、三番粉よね」
み「このアマ!」
律「早い者勝ち」
み「おのれ……。
性根を見たぞ」
老「仰せのとおり、三番粉じゃ」
老「甘皮の部分まで挽き出されて来る。
挽きたてでは、濃い緑色をしている。
蕎麦らしい香りは一番強く、栄養価も高い。
ただ、繊維質が多く、味や食感は劣る。
さらに、三番粉を取り分けた残りを挽くと……」
み「四番粉!
よんばんこぉぉぉぉぉぉ!」
律「ちょっと!
絶叫しないでくれる。
みんな振り返ってるじゃないの」
み「はぁはぁ。
ノドから血が出た。
しかし、ついに勝った……。
ほれ、マスミン。
答え、言ったんさい」
老「最後に挽かれる粉を……」
み「挽かれる粉を?」
老「末粉と云う」
律「ちょっと、Mikiちゃん。
大丈夫?
何も、椅子から転げ落ちなくてもいいでしょ」
律「食事中に、お行儀悪いわよ」
み「さ、再起不能じゃ」
律「ほら。
引っ張ってあげるから。
ちゃんと、お座りして」
老「ま、四番粉とも云うんじゃがな」
み「なんだよ、それ!」
老「末粉は、ほとんど胚乳を含まず……。
甘皮や胚芽が主体の粉じゃ。
乾麺などに使われる」
律「こないだ食べたお蕎麦は、黒っぽかったんですが……。
あれは、どの部分なんですか?」
老「蕎麦屋の名前を覚えてますかな?」
律「確か……。
『なんとか藪蕎麦』でした」
老「それでしたら、『挽きぐるみ』ですな」
律「クルミが入ってるんですか?」
老「いやいや。
殻の付いたまま挽いて、取り分けをしない粉を、『挽きぐるみ』と云います」
老「殻はフルイで取り除くんですが……。
細かく砕けたものは取り切れません。
したがって、黒っぽい蕎麦粉になりますな」
律「なるほど」
老「食感は、多少ボソつきますが……。
蕎麦らしい蕎麦です。
いわゆる、田舎蕎麦がこれですな」
律「へー。
今度、お蕎麦屋さん行ったとき、みんなに教えてやります。
あれ?
Mikiちゃん、ずいぶん静かになったじゃないの?」
み「椅子から落ちて、目が回った」
老「酔いが回ったんじゃろ。
酒はわしに任せて……。
蕎麦を食べなさい」
み「任せない!
でも、少し休む。
お蕎麦食べよ。
ちゅるちゅるちゅるちゅるー」
↑かわいい“そばちょこ”(こちらのお店)
律「ちょっと。
お汁が跳ねてるわよ」
み「このお蕎麦、つるつるしてるんだもん」
律「確かにそうよね。
ノド越し最高」
老「布海苔が入っておるからの」
み「あ、そうなの。
って……。
“フノリ”って何よ?」
老「新潟県民が、知らんのか?」
み「げ。
新潟県と関係あるわけ?
“漁夫の利”とは……」
老「関係ない」
み「やっぱり」
老「食べたこと無いかの?
小千谷名物、“へぎそば”」
み「あ。
それならある!
毎年、年越し蕎麦に送ってもらうもん」
老「“へぎそば”は……。
別名、“布海苔蕎麦”とも呼ばれる」
み「“フノリ”が入ってるわけね。
だから……。
その、“フノリ”って、なんなのよ!」
老「わしの目の前にあるじゃろ。
これじゃ」
み「へ?
お刺身のツマ?」
律「あ。
それって、海藻サラダとかに、よく入ってる」
み「てことは……。
海藻?」
老「左様じゃ。
“フ”は、布。
“ノリ”は、海苔ピーの海苔じゃ」
↑海苔ピー近影
み「どこで採れるの?」
老「海岸の岩に張りついておる。
日本全国で、普通に見られる」
み「ふーん。
全国にあるってことは……。
お蕎麦に入れるのも、一般的なわけ?」
老「いやいや。
蕎麦の繋ぎに布海苔を使うのは……。
新潟の小千谷など、魚沼地方だけじゃな」
み「小千谷って、魚沼に入るんだっけ?」
律「新潟県民が、そんなことでは困るんじゃないの」
み「だって。
わたしの住む新潟市からだと……。
福島県や山形県に行くより遠いんだよ。
新潟県って、縦に長いから」
律「湯沢とか、スキー場のある方でしょ?」
み「ま、だいたいね」
律「頼りないわね」
み「魚で云うと……。
腹びれのあたり」
律「なによそれ?」
み「新潟県の形を魚に例えると、ってこと」
律「わかりにくいわね」
み「そもそも、魚沼地方って、明確な定義があるの?」
老「無くてどうする。
魚沼地方で生産されたコシヒカリを……。
“魚沼産コシヒカリ”と呼ぶんじゃからの」
み「あ、そうか。
魚沼市だけじゃないってわけね」
老「魚沼地方は、4つの地区に分けられる。
魚沼市と、長岡市の川口(旧川口町)が、北魚沼地区。
南魚沼市と、湯沢町が、南魚沼地区。
十日町市、津南町が、中魚沼地区。
そして、小千谷市が、小千谷地区じゃ」
み「平成の合併で、ずいぶん簡単になったよね」
老「簡単になったんじゃから……。
覚えときんしゃい」
み「へいへい」
老「合併して魚沼市となった、旧町村名を答えよ」
み「う」
老「小出町、堀之内町、入広瀬村、守門村、広神村、湯之谷村」
み「そんなにたくさん合併したんだ」
老「北魚沼郡の7町村の内、6町村が合併した。
残るひとつは、どこか?」
み「どこだっけ?」
老「さっき、ヒントをやったじゃろ。
北魚沼地区」
み「あ、川口町。
そうか。
川口町だけが、長岡市と合併したのか」
老「飛び地合併じゃな」
老「それでは、合併して南魚沼市となった、旧町名を答えよ」
み「ふふ。
“町名”ってことは、村は入ってないってことだね」
老「左様じゃ」
み「ずばり!
南魚沼郡にあった町でしょう!」
老「じゃから、それはどこじゃと聞いとる」
み「だから……。
それが、わからんと言っとる」
老「情けないのぅ。
南魚沼郡の、六日町、大和町、塩沢町じゃ」
老「ここも、ひとつだけ残った。
それは、どこか?」
み「わからぬ!」
老「さっきヒントをやったじゃろ。
南魚沼地区じゃ」
み「えーっと。
忘れた」
律「湯沢町じゃないの?」
老「正解じゃ」
み「げ。
なんで知ってんの?」
律「わたし、スキーするから」
↑これはしないと思います